暦も二〇一九年へと進み、前年のクリスマスパーティーから新年会、温泉旅行やらで気持ち新たに切磋琢磨していた勇者達。
新年に入ってから最初の侵攻は、そのおめでたい気分を帳消しにしてしまう程、それまでに類を見ない規模のバーテックスが押し寄せていた。
「多すぎる……」
若葉が端末に映る敵正反応を見て顔を顰めた。
前回の十倍、或いはそれ以上すらくだらない量のバーテックス。ここに来て、バーテックスも遂に本気を出してきた事を知る。
「あの量は流石に、一筋縄じゃ行かなそうだな」
流石のキリトもこの規模の大群を相手取るの初めてであり、剣を握る手に力が込もる。
「今までの十倍。いや、もっと居るかも……」
ざっと数えただけでも、千体以上ものバーテックスが押し寄せてくる。
一体一体の撃破は今の勇者達にとってそう難しい事じゃないが、ここまで多勢に無勢と来れば話は違ってくる。戦とは兵の質よりも量が勝る方に軍配があがるのは自明の理。これまで以上に勇者間でのチームワークが大切になる一戦だが、肝心な連携はまだ未熟な部分の方が多い。
それぞれが思考を巡らせる中、若葉は刀の柄を握る。
――リーダーである私が弱気になってどうする?敵の数が多いなら、今までの十倍……いや、もっと多く切り伏せればいい。
「私が先頭に立つ」
「待て、若葉っ!」
キリトの制止の言葉も聞かず、若葉はバーテックスに向かって跳躍した。
襲ってくるバーテックスに刀を一閃する事で即時に数体撃破したが、単独で突貫してきた若葉をバーテックスが取り囲んでいく。
「何だ?バーテックスの様子が……」
その場に取り残された他の勇者達も応戦しようと臨戦態勢を取ったが、即時にその異変を感じ取った。
「……どういう事だっ!?あいつら、タマ達の方に全然こないぞ!」
その言葉通り、バーテックスは若葉の方へと向かうばかりでより神樹に近いキリト達は完全に眼中にないと言った様子だった。それを見て、キリトは戦慄した。同時に、杏が声を上げた。
「バーテックスは、まず若葉さんを潰す気です……!」
ぎしりと歯をくいしばった。
キリトが想定していた最悪の事態の一つが、今ここで起きてしまった。今までも若葉という特級戦力に煮え湯を飲まされ続けたバーテックスは、まずは彼女から撃破する作戦に切り替えたのだ。
「チッ、あのバカ……!」
こうなってしまっては、悠長な事はしていられない。
「チカっち、友奈!バックアップを頼む。すぐに若葉を連れ戻すぞ!杏とタマっちは後方の守護を!」
「わ、わかりました!」
この状況で別れるのはあまり得策ではないが、下手をすれば若葉が死ぬ。
これからの戦いの為にも、彼女の欠員だけは決して許されない。例え、この命に変えても連れ戻す必要がある。キリトは後方に千景と友奈を伴って、若葉を追う。
「連れ戻すと言っても……あの包囲は私の時以上よ?どうやって……」
バーテックスを撃破しながら、千景がキリトに問う。
「……俺が単騎で突っ込む」
その言葉に千景は「は?」と声音を低くする。
「そんなの無茶だよ!?幾らキリちゃんが強くても、そんな事をしたら……」
「分かってる。でも、今はこれしかないんだ。それに、単独での戦闘経験が深い俺一人なら、この規模の大群でも何とか切り抜けられる。……友奈の言う通りタダじゃ済まないだろうけどな」
腕の一本や骨の数本は持っていかれる覚悟はした方がいい。
若葉の命を救える最も確率の高い方法がこれなら、考えるまでもない代価だ。
「それなら、私達も……!」
「ダメだ。俺と若葉が使い物にならなくなった時、二人が万全じゃないと残ったバーテックスに対抗できない」
千景はその言葉に押し黙った。
キリトの決意は固い。どちらにしても、誰かがいく必要があるのなら確かにキリトが行く方が助けられる確率が高い。それ自体は覆しようのない事実だ。何しろ、この場にキリトより強い者が居ないのだから。
「……大丈夫、無事じゃ済まないとは言ったけど死ぬつもりは毛頭ない。ちゃんと若葉を連れて戻ってくる。だから、その時は二人が俺の事を守ってくれ」
普段となんら変わりない表情で笑いかける。二人の返事を聞くよりも先に、キリトはバーテックスの大群へと飛び込んだ。
突撃してきたもう一人の獲物にバーテックスが一斉に襲い来る。それを数多のソードスキルと体術を駆使して、最短距離で若葉の居る位置へと向かって行った。
□
彼女の大体の居場所は事前に端末で確認している。しかし、如何せんバーテックスの数が多過ぎてろくにそれ以上範囲を絞れない。
――『切り札』を使えば、いや……
あれは対進化体における唯一無二の奥の手だ。
出力される能力自体が桁違いに上がる分、確かにこの数のバーテックスすらもどうにか出来るかもしれないが現状それはあまり得策とは言えない。
――冷静になれ。ステイクール。
今までも何度だって、躊躇い、迷った末に、失ったものもあれば掬いあげる事の出来た命があった。若葉は弱くない。こんな所で死ぬような剣士じゃない事を、俺はよく知っているはずだ。焦って判断を見誤るな、この緊迫した状況でこそミスの一つだって許されない。
「せめて、若葉の正確な居場所が分かれば……」
そこで、俺は思い至る。
――そうだ。今まで俺は何度だって、この方法で皆を守って来たじゃないか……
忘れていた。たった一つ、俺が『黒の剣士』の記憶も力も関係なく、バーテックスの溢れた地獄の世界で磨き上げた技術がある。空間を震わせる僅かな音、風の流れ、それらに対しての超感覚。第六感と言ってもいい。
外界において常に死が隣にある様な極限状態に三年に身を置いたことで育まれた、驚異的なまでの直感。
「大丈夫、やれる」
周囲のバーテックスを薙ぎ払い、目を閉じて、感覚を研ぎ澄まし、意識を集中させる。
バーテックスの出す異音が周囲を飛び交う中、僅かに耳に届く剣戟の音。その方角は――
「そこかッ!」
前方斜め右の方向、そこから微かに剣戟の音が聞こえた。
狙いを絞る事が出来れば、後はその一点を見据えて剣を振ればいい。
「より突破力のあるスキルで――」
――穿つ!
▽片手剣単発技▽
ヴォーパルストライク
クリムゾンレッドの炎が漆黒の刀身を包み込む。致命の一打と名付けられたこの剣技は、今の俺が持つ手札の中でも最大の瞬間火力を叩き出す。バーテックスの耳障りな異音すらもかき消す轟音が、樹海に響く。
渾身の一撃の炸裂は、バーテックスの白で埋め尽くされた空間に刻む一筆の赤と成り、凡百の死徒を切り裂いて青い衣の勇者の下へと届いた。