結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第三十一話:冷たい怒り

 

 しなやかな肢体から放たれた、赤き轟の一閃が敵群の包囲を一蹴する。キリトはその瞬間、目に入った光景に目を見開いた。

 そこには今まさに、死角から片腕を負傷した若葉に突撃するバーテックスの姿。ただでさえ負傷と疲労の著しい彼女が、そんな攻撃を貰えば無事では済まない。

 

「若葉!」

 

 叫ぶ。

 それと同時に、キリトは黒衣が霞む程の早さで接近し若葉を突き飛ばした。

 

「ぐっ!?」

 

 咄嗟の判断でそうしたキリトの体に凄まじい衝撃が走る。若葉を庇った事でバーテックスの突撃を諸に受けたキリトが代わりに吹き飛ばされる。

 そのまま樹海の幹の上を数回バウンドし、大きな隙を晒したキリトにバーテックスが殺到する。

 

「う……らあ"ッ!!」

 

 だが、吹き飛ばされながらもキリトは体勢を整えると、激痛の蝕まれる軸足に体術スキル〈弦月〉を発動させて樹海の地を蹴る。

 

▽片手剣3連撃技▽

シャープネイル

 

 空中での慣性を殺さない最小限の動作の三連撃で、すれ違い様にバーテックスを三体切り伏せる。

 流れるような逆転はもはや芸術とすら思える領域の技だが、その分背負った代償も大きい。最後の垂直斬りと同時に、着地したキリトは顔を顰めてうめき声を上げた。

 

「痛ッ、くそ……足と肋骨を少しって所か……」

 

 折れてはいないと直感で判断するが、確実にヒビは入っている。

 今の無理で更に足の症状が悪化した気がするが、あそこで動かしていなければもっとマズイ事になっていたのは想像に難くない。必要経費といった所か――と、キリトは自身を納得させる。

 

「キリト!」

 

 その名を呼び、群がるバーテックスを倒しながら若葉がキリトに駆け寄った。

 

「なぜ、ここに来た!?」

 

 こんなバーテックスの大群を相手に、単身で突っ込むなど自殺行為。

 それは間違いを犯した若葉自身が最もよく分かっていた。しかし、キリトはこれほどの傷を負いながらも尚この場所に来た。

 

「あのな……そんなこと言われたって、放っておける訳ないだろ?若葉、お前は大切な仲間だ。お前が危ない状況なら、俺は何度だって同じように命をかけるし、助けに来る。見捨てたりなんて絶対にしない」

 

 キリトは剣を杖にして立ち上がり、鋭い視線で若葉の瞳を見返した。

 

「敵憎し、仇を撃つ、報いを受けさせる。そんな風にして戦ってたら、自分も他人も、何も守れないよ。俺達は、ちゃんと"生きて"勝たなくちゃならないんだ」

 

 二本の剣を握り立つ後ろ姿で若葉に語る。

 「お前も剣を取れ」、「生きて帰るぞ」と。

 

 今まで若葉が見たどの剣士よりも、鋭く、美しく、強い。師や自身を含めても尚、それは覆らない。片腕を使えない若葉を放って逃げに専念すれば、キリトだけなら確実に包囲から脱出できる。だが、その背中がこれを言葉として出すことを許さない。

 もう、自分を放って逃げろなんて言える訳がなかった。

 

「お前は、強いな……キリト」

 

 だから若葉は、キリトに背中を預けて一つだけ言った。

 

「……死ぬなよ」

 

 その言葉に、キリトは不敵な笑みを浮かべて返答した。

 

「そっちこそ」

 

 痛みに苛まれながら、満身創痍の勇者二人は剣を振る。

 二人の剣舞は、襲ってくるバーテックスをまるで万全を思わせる勢いで倒し続けた。

 

 

 

 

 

 

 最終的に勇者が倒したバーテックスの総数は当初の目算を遥かに上回り、計二千五百体にも及んだ。

 間違いなく過去最大規模の侵攻に対して、勇者は十時間以上もの長い時を戦い続け、血みどろの地獄の中で誰一人欠けずに勝利できたのはほぼ奇跡と言ってよかった。それ程に勇者達の疲労は著しく、樹海化が解けた時にはすぐさま全員が大社管理の病院へと運ばれた。

 

 誰もが少なくない傷を負った中で、一番重傷を負ったのは――今回、最も多くのバーテックスを倒したキリトだった。

 

 

 キリトが治療室へ入った後、病院の廊下に乾いた音が響いた。

 そこには、頬を腫らした若葉とそんな彼女を睨む千景の姿があった。

 

「乃木さん……何で、あんな勝手な事をしたの!?」

 

 本来なら止めるべきだが、今回ばかりは経緯だけにその場に居る球子や杏もどうしたらいいか分からずに居た。あの友奈でさえも口を閉ざすばかりで仲裁に入れない。

 

「あなたが一人で特攻なんてしたから……桐ヶ谷さんは、あんな風になって……!」

 

 若葉は千景の糾弾をただ静かに受け入れるばかりで、何も言い返しはしない。彼女からしても千景の怒りは当然のものだと理解していた。

 そんな無抵抗な若葉に対して、千景はなおも捲し立てる。

 

「桐ヶ谷さんだけじゃない……高嶋さんだって大怪我をした。土居さんや伊予島さんは……主力が居ない中、たった二人で神樹を守っていたのよ……」

 

 右腕にギプスをはめた友奈は、バーテックスの攻撃で全治一か月の負傷。球子と杏も軽傷とは言え、一歩間違えれば危うかった瞬間なんて幾らでもあった。命懸けて戦っているという点は変わらずとも、戦い方を工夫すれば、その危険を可能な限り無くす事は出来る。逆に言えば、一つの乱れがそれ以上の危険を伴う事もあり得るという事だ。

 今回の場合は完全に後者だった。

 

「…………ッ!」

 

 やり場のない怒りに千景はまた手を上げそうになって、けれどそれを寸前で止める。

 

 ――本当に、最低よ。あなたも、私も……

 

 胸中で毒づいた。若葉と、他ならない自分自身に。

 千景は今回若葉がした事と同じ事を過去に一度してしまっている。その時自身を助けたのも、他ならないキリトだった。その時は乱戦だった事もあり、単独専攻の件は有耶無耶になったが"やった"という事実は変わらない。

 

 彼女は激情家でありながらも、キリトと友奈と関わり始めて以降は多少なりとも周りの事が見えるようになっていた。

 だからこそ、今回の若葉の間違いが過去のどうしようもない自分と重なるようで許せなかった。復讐と称賛、求めるものは違えど共通して『バーテックスを一体でも多く倒す』ことしか考えていなかった点は同じだ。

 

「……ごめんなさい、高嶋さん。私、今日はもう帰るわ……」

 

 千景は逃げるようにその場を後にした。

 若葉は病院の無機質な床を見つめながら、拳を血が滲む程に固く握る。

 

 ――全て、私のせいだ。

 

 『私は、本当に勇者のリーダーに相応しいのか』その問いが重くのしかかる。

 誰かが吐いた息は白く、重苦しい冬の曇った寒天へと消えて行った。

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