結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第三十二話:若葉の苦悩

 

 最大規模のバーテックス決戦から一週間後。

 前回、前々回と同じ様に勇者達の凱旋はなされ。世間は盛り上がり、たちまち祝いムードとなっていた。大社が『過去最大規模』と箔を付けて宣伝したのも、このお祭り騒ぎに拍車をかけていた。

 

 そんな中、今回の侵攻における討伐数トップである俺は病院生活を余儀なくされていた。

 一時は意識不明の重体だったものの、戦闘から二日後には目を覚まし、今は集中治療室から個室の病室に移されている。尚、病室から出ることは許されていない。当然の絶体安静で、脱走なんて試みようものなら血眼のナースさんが総出で探し回る確定発生のサブイベント付きだ。

 

 正に退屈の極み。個室なのでゲームの持ち込みとプレイは問題ないが、それでもずっとベッドの上というのは流石にくるものがある。

 誰か来ないか。そう思ってはみても平日の真っ昼間では丸亀城の皆も授業中で、来るのは大体夕方頃。しかし、一人だけ居た。日中暇をしていて、尚且つ病院内を自由に動けてこの特別個室にも自由に出入りできる唯一の少女が――

 

「これでキリトも私と同じ、ホスピタルフードフレンズの仲間入りね!」

 

 少女は満面の笑みで、味気ない昼食を頬張る俺に言う。

 この少女、元諏訪の勇者にして今は病院で療養生活を送っている白鳥歌野である。

 

「残念だったな。俺は明日から流動食は脱却で、しっかり朝昼晩で美味い飯くわせてもらえるみたいだぞ?」

 

「ワッツ!?私の時は一か月は汁物とかおかゆばっかりだったのに、キリトだけズルい!」

 

 あまり腹の底から笑うと傷が開くので程々に、ハハハと高笑い。

 

「これでも体の頑丈さは取り得の一つなんだ。三年間の地獄の旅で鍛え上げたタフネスを侮ってもらっちゃ困るね」

 

 人差し指を立てて左右交互に振りながら言い放つと、歌野は頬を膨らました。

 

「私だって、畑仕事で鍛え上げた自慢のボディーは健在よ!今だって、リハビリに毎朝クワを振ってるんだから!」

 

 負けじと自信満々に胸を張る歌野に微笑する。やはり、彼女と居ると退屈しない。いかに曲者揃いの丸亀組といえど、歌野ほどに弾けた性格をしている者は居ない。その点においては歌野の良いところでもあり、そして悪いところでもあるが、それらの要素をひっくるめて間違いなく美徳だと断言できる。

 

 そうして二人で軽口を叩き合っていると、不意に病室の扉が開いた。

 

「もう、二人共!病室の外まで丸聞こえだよ?この階はキリトさんの部屋しかないから良いけど、あまり騒がしくしちゃダメだよ」

 

 制服姿でショートカットの少女が入室する。彼女は、歌野の巫女であり無二の親友の藤森水都。この四国に来て以降、大社内部で避難民関連の仕事を任されているらしく、本人も慣れないなりに一生懸命がんばっている。

 

「みーちゃん!大社のお仕事は終わったの?」

 

 歌野が聞くと、水都は頷いた。

 

「うん。今日は早めに上がらせて貰ったんだ。うたのんもキリトさんも、お腹空いてるでしょ?りんご剥くけどいる?」

 

「いるいる!」

 

「俺も貰うよ」

 

 首肯して、水都は個室に付いている台所の方へと歩いて行った。

 その後ろ姿を見送ると、ふと歌野が問いかけて来た。

 

「ねぇ、キリトの退院っていつの予定だっけ?」

 

「えっと、確か再来週の末くらいだったと思うけど……何だ?せっかく出来た遊び相手が居なくなるのが寂しいのか?」

 

「それもあるけど……」

 

 冗談のつもりで言った事を歌野は何の気なしに肯定され、こっちも苦笑を浮かべる。しかし、彼女の問いの理由はそういう事ではなかったらしく、かぶりを振った。

 

「心配なのよ。あなたや、皆の事がね」

 

 窓の外の景色を眺めながら、それまでとは打って変わって真剣な顔をする歌野。

 

「勇者の戦いはいつも命懸け。明日、隣に大切な人が生きている保証なんて何処にもない。だから、せめてここで戦う彼女達には悔いのない道を選んで欲しいのよ」

 

「悔いのない道……か。少なくとも、今の若葉達には少し難しい話だろうな」

 

 思い出す。

 それは四日前――俺が目を覚まし、この病室に移って来た時の事だ。治療室から出られた事で、面会を許可された俺の元に真っ先に駆け付けたのは他ならない乃木若葉だった。

 

 彼女も少なからず傷を負い安静であるはずなのに、ひなたに肩を借りて来た若葉は、真っ先に俺に対して頭を下げたのだ。

 

『本当にすまなかった』

 

 外傷より、もっと内側の目に見えない部分の痛みに苛まれた彼女の顔を、俺はきっと忘れないだろう。

 言葉をかける事は簡単だ。笑って許す事も出来る。別に俺は若葉を責めている訳じゃないし、この怪我は自分の至らなさと弱さが原因だと納得している。

 しかし、俺以外の人までそうではない。

 客観的に見れば、今回の件は間違いなく若葉に原因がある。若葉の頬に貼られたガーゼが、一体誰の手によって付けられた傷なのか、そんなのは考えるまでもない。

 戦いが終わったというのに、考える事は山積みだ。

 

 

 

 

 

 

 あの戦い以降、私は思考の檻に閉じ込められていた。

 一体でも多くのバーテックスを倒し、死んでいった者達の無念を晴らす。その黒い炎が、私の剣をより強くしていたと言っても過言ではない。しかし、千景に

 

『あなたはいつもバーテックスへの復讐の為だけに戦っている……!』

 

 と言われて、何一つ反論する事が出来なかった。

 これからどう戦っていけばいいのか、これまでの自分が間違っていたのか。これらの問いは、自身を構成していた根本的な部分を壊した。『何事にも報いを』、良い事にも悪い事にもし返す、それが乃木家の教えで、私はずっとそれを信じて生きてきた。

 バーテックス相手にも一人で戦い、その戦果も十全なものだった。しかし、事がここに至ってそれが崩れた。

 

 こんな時、思考の壁にぶち当たった時はいつも親友であるひなたに聞いてきた。彼女なら、私には思いもよらない冴えた答えをくれるに違いない。けれど、そんな淡い期待も一蹴される事となる。

 

『今、若葉ちゃんが抱えている問題は、自分で答えを探して、自分で乗り越えるしかありません』

 

 ひなたの出した返答に、私は戸惑いを隠せなかった。でも、それだけじゃない。翌朝、部屋にはもうひなたは居らず、大社へ往く彼女を見送りも出来なかった。

 

 ――私は、ひなたにも愛想を尽かされてしまったのだろうか?

 

 それもあって、私は初めてひなたに拒絶された様な気分になった。

 まるで右も左も覚束ない状態で、暗闇の中に取り残されたような。でも、それも当然だ。何せ、私はリーダーとして皆を守るどころか危険に晒した。最早、どんな仕打ちを受けても文句を言えない。

 

 そうやって、まるで抜け殻のようになっていた私に声を掛ける者が居た。

 

「若葉さん!」

 

 そうして机の前に立ったのは、杏だった。

 

「なんだ?」

 

 普段は絶対にしないような覇気のない顔で聞き返す。

 

「ちょっと出かけましょう!」

 

 乗り気じゃなかった。

 でも、今日の杏はいつにも増して強引だった。杏は私を引っ張るようにして町に連れ出した。丸亀城の周辺、この辺りは古くから城下町として栄え、今でも市街地として活気がある。三年前以降、四国の外から移住してきた者も多く、諏訪や東京からの避難民を受け入れたのもこの地域だった。その関係上、キリトなどはよく来ていた様だったが、私はあまり立ち寄った事はない。

 

 ――急に外に連れ出して、どういうつもりだ……?

 

 その疑問に対する問いは、長らく時間を待たずして知る事となる。

 杏はそこから、何件もの家とそこに住む人について語った。三年前のショッキングな出来事から、天恐(・・)を患ってしまった者や生きる気力を失ってしまった者。でも、その誰もが『勇者』に希望を見出し、少しずつ歩みを進め始めていると言うのだ。

 

 それだけじゃない。

 

 そこに住む人々は、若葉を見つけるや否や何度も感謝の言葉を掛けてくれた。今までも、町に出掛けた際に声を掛けられ、感謝される事は何度もあった。けれど、称賛や他者からの言葉を必要としていなかった若葉は、それらを聞きこそすれ、それ以上の意味を見出す事はしてこなかった。

 

「これが、若葉さんが守っているものです」

 

「私が……守っているもの」

 

 少し足を踏み出し、目を向けるだけで、こんなにも変わるものなのか。

 私の中で何かが変わっていく気配がした。

 

 ――私は、ずっとあの日の記憶に囚われていた。

 

 三年間に起きた惨状。多くの人に消えない傷を与えたバーテックスの侵攻は、当時幼かった私自身の心にもトラウマを残した。

 変わり果てた友人、破壊された建物、蠢くバーテックス。

 怖かった。ずっと、怖かったのだ。また、友があんな風になるんじゃないかと。その焦燥が憎しみとなって、私の行動原理になっていた。

 

『若葉ちゃんは、遠くばかりじゃなくてもっと近くを……自分の周りの人の事を見てあげた方がいいのかもしれません』

 

 私はその時、ひなたが言った言葉の意味をようやく理解した。

 

 

 

 

 

 入院から約一か月。

 常人ではありえない回復力でメキメキと回復した俺は、当初言い渡されていた期間を待たずして、早くも退院する事となった。

 主治医は大層驚いていた様だったが……まあ、四国の外にいた頃はどんな酷い怪我を負っても入院なんて出来なかったし、むしろこの早さは妥当といった所だった。

 

 今日はその当日。体の傷も十分に癒えて、あまり無理は良くないが訓練にも支障はない。

 諸々の準備もあるので、退院日はお昼にのんびりと病院を出発する事にした。

 

「それじゃあ、もう行くよ」

 

 最後に、入口まで見送りに出てきてくれた歌野に挨拶をする。

 

「うん、またいつ戻ってきても良いからね?若葉も、あまり無理しないように」

 

 歌野が俺の隣に居る若葉に目を向ける。

 

「ああ、歌野も元気でな」

 

 退院日は平日だったが若葉は特別にリーダーとして、迎えに来てくれたのだ。余談だが、若葉と歌野は予てより通信で話していた事もあって、こちらでも定期的に会うくらいは仲良くしているらしい。俺の病室で二時間も蕎麦うどん談義をするのはやめて欲しいものだが……

 

 病院を出発した後、俺はおずおずと言った様子で前を歩く若葉に声を掛けた。

 

「なあ、若葉?時間も良い頃合いだし、何か食べてから丸亀城に戻らないか?」

 

「……キリト。平日の真っ昼間から町で外食など……」

 

 ジトっと目を細めた若葉に、俺は頭の上で手を合わせて懇願する。

 

「頼むよ!俺、準備で朝もろくに食ってないからもう腹ペコなんだ!」

 

 「だが」と難しそうな表情をして、少し考え込むような仕草をした。しかし、一向に懇願の体勢を崩さない俺にとうとう諦めたのかため息交じりに言った。

 

「……分かった。皆には内緒だからな」

 

「よし!サンキュー若葉」

 

 許可を貰えたと見るやガッツポーズを取る。それを見て若葉は再度、長いため息を付いた。

 行き先は譲歩して若葉いきつけのうどん屋にしたので、それで勘弁して欲しい。

 

 うどん屋につくと、注文を待っている間に俺は若葉の様子を伺う。最後に見舞いに来た時には、表情が暗く、普段の彼女とは似ても似つかないくらい覇気のなかったのは何処へやら。今はもう、憑き物が取れたように雰囲気も優しい。

 

「……何だ?」

 

 視線に気付いた若葉が聞いてくる。

 

「いや、前よりも表情が柔らかくなったと思って……何か良い事でもあった?」

 

「なっ!?」

 

 その問いに若葉は照れくさそうにしたかと思うと、やがて観念したようにその質問に答えた。

 

「……そんなに分かりやすかったか?」

 

「まあね。話し方って言うのかな?雰囲気からも、角が取れたというか」

 

 肩肘張っているという点は未だ改善の余地があるが、こうして向かい会っているとより分かりやすい。相手を見る目や、返す言葉の一つを取っても以前とは段違いだ。

 

「この話は、お前にはするまいと思っていたのだが……あの戦いの後、千景に言われたんだ。私は『復讐の為だけにバーテックスと戦っている』と……ひなたに相談しても『自分で答えを見つけていくべき』と窘められ、一時は自分がどうしたら良いのか分からなくなった。でも、そんな時に杏が町に連れ出してくれて、そこに住む人々の生活を見て、言葉を聞き、気付かされた。自分が何のために戦い、真に何を見るべきだったのか。遠くより近く、この言葉の意味をようやく理解できた」

 

 俺が居ない間にあった若葉の変化。

 復讐に囚われている点での未熟さや、何かあった際にひなたに頼ってしまう精神面での諸さ。それらは以前から懸念していた事の一つであり、いつか解決するべきだと思っていた事でもあった。それが、知らないうちに自分で答えを見つけ出し、前に進めるまでに成長した。

 

 ――もう大丈夫そうだな。

 

 今回に関しては、杏が解決の一助になったという部分も喜ばしい事だ。この分なら、一先ずは安心していいだろう。次以降の侵攻でその真価を試される事になるだろうが、きっと彼女達なら切り抜けられる。

 そう結論付けて、俺は目下の問題を頭の中で一区切りさせた。




若葉編にするつもりだった3話分の投稿取り下げました
まことに申し訳ない
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