結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第三十五話:光華

「なっ」

 

 キリトはその光景に絶句した。

 丸亀城よりも更に向こう。バーテックスの大群の中心地点で、先程の蛇型を構成していた何倍もの数のバーテックスが融合を開始していた。それによって、瞬く間に進化体を形成したバーテックスは、丸亀城ですら小さく思える程の全長数十メートルもの巨人へと変化した。

 

「大きい……」

 

 あまりのスケールに息を吐く千景。勇者達が一様に驚愕するのも無理はない。何しろ、目前の敵は勇者たちがまるで羽虫や豆つぶ同然に思える大きさで、これほど巨大な進化体は当然初めてだった。それまでの価値観から考えれば、常軌を逸した規模だと言ってもいい。

 そんな中で、キリトと若葉は冷静だった。

 

「若葉、あれってーー」

 

「分かっている」

 

 声を掛けたキリトの意を察して頷く。

 両者は巨大な進化体の中からあるものを探していた。

 

 ーー幾ら構成するバーテックスの数が多くても、これだけ大きな進化体をそう簡単に作り出すことは出来ないはずだ。形状を維持する上で、必ず何処かにウィークポイントが存在するはず……。

 

 ゲームと同じで、急ピッチで(こしら)えた物には、得てして脆い部分(バグ)が生まれてしまう。二人は、この巨大な進化体も同様に幾つかの綻びがあるのではないかと思ったのだ。

 そして、若葉とキリトはバーテックスの巨体に幾つかの脆弱部位を見つけ出した。

 

「皆、こいつはまだ未完成だ!完全に融合が終わっていない今のうちに、脆い部分を叩けば倒せるかもしれない!」

 

「脆い部分?でも、どうやってあんな所まで……」

 

 キリトの言葉を聞いて千景も脆弱部位を見つけた様だったが、その場所すらも遥か上空というレベル。

 勇者の身体能力でも到達不可能な高さだった。

 

「いや、タマの輪入道ならーー行ける!」

 

 疲労困憊な体に鞭打って、球子は輪入道の力で巨大化した旋刃盤に飛び乗る。確かにこの状態の旋刃盤ならば、道中のバーテックスを薙ぎ払いながら進化体の脆弱部位を叩くことが出来る。

 

「タマっち先輩、私も行くよ!」

 

 だが、旋刃盤に乗り込んだのは球子だけではなかった。

 飛び立つ旋刃盤には既に勇者全員が搭乗しており、球子を一人で行かせるまいと付いてきたのだ。

 

「タマちゃんアンちゃんだけに危ない事はさせられないよ!」

 

「一和同心、私も行く」

 

 若葉と友奈が、

 

「脆弱部位を潰すにしても、サポートは多いに越した事はないからな」

 

「ここに来て残る選択肢はないわ……」

 

 キリトと千景が、その姿に球子は一瞬だけキョトンとしたがすぐに笑みを浮かべた。

 

「じゃあ、皆で行くか!」

 

 行く手に立ちはだかるバーテックスを輪入道の炎と回転する刃、更に登場する勇者たちの武器で倒し進んでいく。

 目指すは進化体の脆弱部位。全部で六つある弱点を一人で潰すのは困難を極めるが、それも勇者全員でかかれば決して不可能ではない。

 

「球子は前方正面!杏は右上方二時の方向!友奈は下方五時の方向!右斜め後方!キリトは私と共に上方二箇所を叩くぞ!」

 

 それぞれが旋刃盤から跳躍し、球子は乗ったまま脆弱部位へと攻撃を開始する。しかし、ここで気を見計らったかのようにバーテックスが一斉に勇者を取り囲んだ。

 

「くそ、なんだコイツら!?」

 

 キリトは悪態を付きながらも、冷静な頭で思考する。

 誘いこまれた。ーーそう認識した時にはもう遅い。恐らくバーテックス側もこちらが弱点を狙ってくる事を予期して、トラップを敷いていたのだ。こちらが数箇所の部位に散ってバラバラになった所を迎撃し、各個撃破する。

 なかなかどうして、手間取らせてくれる。

 

 ーー無理やり突破して活路を開くしかないが、この状況だとそれもままならない。……使うか?

 

 自身と若葉を取り囲むバーテックスを相手取りながら、キリトは剣を握る手に力を込めた。

 球子と同じように【切り札】を使えば、意図も容易くこの状況を打開できるだろう。しかし、キリトは最後の一歩を踏み出せないでいた。

 

 ーー怖がっているのか?俺は……

 

 記憶が消える。その代償が重くのしかかる。

 次に記憶が消失すれば、今度は歌野や水都、若葉、千景、友奈、杏、球子、ひなた。皆との思い出すらも忘れてしまうかもしれない。キリトにはそれが、自分がこの場で死ぬことよりも恐ろしかった。

 そうしている間にも、進化体は融合を終えようとしている。もう幾何(いくばく)の猶予も残されていない。

 

「迷っている場合じゃない」

 

 覚悟を決めて、自身の(フラクトライト)に刻まれた黒の剣士の記憶へとアクセスしようとした。

 

「キリト!」

 

 その時、不意に若葉が叫んだ。

 

「……若葉?」

 

 視線を向けると若葉は今まさに、バーテックスの群れの中心へと突っ込もうとしていた。

 

「私が【切り札】を使う!」

 

 その宣言はまさに闇にさした一つの光明だった。若葉はそれ以上何かを語ることはなく、ただキリトに視線を向けて薄く口角を上げる。そして、小さく口を開いた。たった一つ、それだけで十分だと言わんばかりに紡がれた一言。

 その瞬間、光が収束して若葉の装いが変わる。

 

 源義経、強靭な肉体と常人離れした体術を持つ武人。その魂を身に降ろし、若葉は跳んだ(・・・)。通常個体のバーテックスを足場に、次から次へと跳躍し凄まじい速度で空中を飛び回る。八艘飛び、かつて義経は舟から舟へと飛び移りこれを繰り返すことで海の上を駆けたという。その技を持って、若葉は自由ままならないはずの空中において並外れた機動力を手にする。天空の支配者はバーテックスから彼女へと移り変わったのだ。

 

 キリトも以前に同じような芸当で上空に飛び上がる技を使った事はあるが、今の若葉のスピードはその比ではない。

 その様は凄まじいの一言、通常個体はみるみるうちに数を減らしていき、勇者達に活路が開かれる。

 

「サンキュー若葉、これで行ける!」

 

「撃ち抜けます!」

 

「今度こそ、勇者パァンチ!」

 

「邪魔はもう……ない!」

 

 勇者達が脆弱部位に攻撃を仕掛ける。未完の状態で脆い部分を叩かれた進化体は巨体を維持できず崩壊させていく、あと一押しで進化体を完全に撃破できる。その一手、決まり手を担うべく漆黒のシルエットが巨体を駆け上がり、頭から飛び上がった。

 

「若葉、お前の思い。言葉、受け取ったぞ!」

 

 切り札を使う直前、若葉は確かにこう言った。「任せた」と。

 ならば、今はその信頼に、今持てる全てで報いる。このラストアタックは決して逃さない。

 

▽二刀流15連撃技▽

イクスタキオン・ユニベーション

 

 今のキリトが切り札なしで使える最大連撃数のソードスキル。

 青い光が二刀を纏い、彼女は咆哮した。

 

 神速の十五連撃が二箇所の脆弱部位を一度に抉り、刻む。

 

「はあぁぁああッ!!」

 

 最後にクロス型の切り払いが脆弱部位を切り裂く。

 それが決め手となり、構成途中だった巨体が完全な崩壊を始めた。

 

 

 

 

 

 

 若葉は崩壊する進化体を見ながら、重力に従って樹海へと真っ逆さまに落ちていく。

 

「体が……動かない……」

 

 切り札を使った反動だ。限界を越えた力の行使には、相応の代償が付きまとう。これによって、若葉は指一本動かせないでいた。戦線への復帰は絶望的、如何に勇者といえどこの高さから落下すればタダでは済まないだろうが、死ななければそれでいいと若葉は目を閉じた。

 

「若葉ぁぁぁぁああああああ!!!!」

 

 だが、そこに一つ声が聞こえた事でその目は再び開かれた。

 

「キリト?」

 

 目線だけを動かして、声の主を探すと自分よりも更に上空から落下してくる黒い影があった。

 

「うおぉぉぉああああああ!」

 

 情けない悲鳴を上げながら落ちてくるキリトは、すぐに若葉に追い付きひしっとその体を抱きしめた。

 

「キリト!?お前、何をしている?」

 

 困惑気味な若葉に、キリトもまた困ったように笑う。

 

「はは……いやぁ、張り切って進化体の脆弱部位を叩いたはいいけど、着地の手段を考えていなくてさ?一人で落ちるのも怖いし、折角なら若様とご一緒にと思いまして……」

 

 先程のまでの鬼気迫る様子は何処へやら、いつものように柔らかく笑い、そんな事を言うキリトに若葉はため息をついた。

 

「なっ、お前という奴は……」

 

 「どうしていつもそうなんだ?」と苦言を呈そうとして、寸前で飲み込む。

 剣を握れば若葉ですらも目を見張る剣士へと様変わりする勇者が、一度気を抜けばこの通り。それがキリトの魅力でもあるのだが、若葉としてはもう少し脇も詰めもキッチリして欲しいものだった。

 やれやれと言った様子の若葉にキリトは苦笑し、こう言った。

 

「それに、ちゃんとお礼も言っておきたかったし……」

 

「礼?」

 

 はてと若葉は思う。キリトの言う"礼"には皆目見当がつかなかい。

 

「切り札を使ってくれた事だよ。あれのお陰で、皆が死なずに済んだ。勿論、俺も……だから、ありがとな。若葉」

 

 結果的に、キリトが切り札を使う事はなかった。もしもあの場で切り札を使ってしまっていたなら、今頃キリトは大切な思い出を失っていただろう。口に出す事はなくとも、このお礼にはそう言った二重の意味が含まれている。仲間と、記憶、二つを守ってくれた若葉への。

 若葉は首を横に振る。

 

「礼を言われるような事じゃない。私は勇者として、何よりも皆のリーダーとして、当然の事をしたまでだ」

 

 この世界に生きる人々と、仲間達を守る。

 若葉は自身の立てた誓いを果たすために必死だった。だからこそ、キリトが言うような殊勝な理由など無いし、また礼や称賛をされる為に切り札を使ったわけでもない。

 

「それでも……俺は今日、若葉に守ってもらった。例え、若葉が嫌と言ってもこればかりは譲れないよ」

 

「む、お前もしつこい奴だな?」

 

 若葉がそう言うと、キリトはしたり顔で返答する。

 

「これでも押し売りと値切りは得意分野だ」

 

「それは……褒められた事ではないな」

 

 いやに自慢げなキリトにまたもや若葉はため息をついた。しかし、同時にこれこそがキリトという剣士なのだと若葉は結論付ける。ただ己にも他にも真っ直ぐであるからこそ、こんな状況でも飾らない普段の自分を前に出せる。それにつられて、こちらまで調子を崩されてしまうのだ。

 けれど、そんなキリトの人柄が他人を惹きつける。

 未だに千景や友奈と比べてキリトとの交流が浅い若葉の目にも、それだけは確かだった。

 

「……キリト」

 

「なんだ?」

 

 密着し、落下による風音さえなければ、心臓の音まで聞こえそうなほど近く。

 そんなキリトに若葉は、これまでで一番の素直な笑みで言った。

 

「進化体を仕留めた、最後の剣技。見事だった」

 

 閉じていく戦場。

 その中で、二人の剣士が落ちていく。

 

 

 過去最大規模のバーテックスの侵攻は、勇者達の勝利で幕を閉じた。

 形成された巨大な進化体は構成途中に崩壊、その後の残党処理は残った四人だけで事足りるものだった。後に『丸亀城の戦い』と名付けられたこの合戦の吉報はすぐに世間を賑わせ、束の間の平穏と安らぎを人々に与えるだろう。




道中に色々とありましたが
これにて【のわゆ編】前半が終了になります

今の時点で36話かかっているけど何とか五月までには行けそうです

更に物語は加速していきますが、これからもよろしくお願いします
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