結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

80 / 119
今回は先に謝っときます
ごめんなさい!


第三十七話:温和のひと時

 

 その後も、結局生き残りを発見する事は出来ず、集合時間になってしまった。

 友奈たちの方も同様に芳しい結果は得られなかったようで、更に周辺には今でもバーテックスがうろついている為、神戸周辺に生存者がいる可能性は絶望的という結論に至った。

 

「日も暮れて来そうだし、そろそろ野営する場所を見つけないとな!」

 

 雰囲気の沈んでいたさなか、その沈黙を破ったのは球子だった。その意図を察した俺も、努めて明るく振舞う。

 

「そうだな。お腹も空いたし……それに、歩きすぎて今日はもうクタクタだ」

 

 肩をすくめて言うと、それ以外の面々も徐々にその表情を緩めた。最初から生存者が居る可能性は低かったのだから、気にしすぎても仕方がない。やれる事を一生懸命にやり、その結果どうにもならない場合は、「所詮こんなもんだ」と諦めるのも必要な事だ。

 

「無事に残っている建物があればいいが……」

 

「うーん、どれも崩れそう……」

 

 若葉と友奈は周囲の建物を見回すが、どれも錆びつきボロボロになった鉄筋コンクリートがむき出しになっており、寝食を過ごすには少々頼りない。

 

「いいや、野営をするなら綺麗な水がある所じゃないとダメだ。持って来た水だってそんなに多くないしさ」

 

 球子がそんな二人に待ったをかける。

 彼女の言う通り、遠征に際して必要な水を全て持ってくると膨大な量になってしまうため、基本的に水は現地調達としていた。携帯式の浄水器も持ってはいるが、あくまで簡易的なもので過信は出来ない。故に水道などのインフラが破壊された都心部よりも、綺麗な川などのある山部の方が野営地には好ましい。

 

「それなら、六甲山の辺りはどうだ?あそこならキャンプ場もあるし、料理に必要な火を起こす為の枝や木も沢山ある」

 

「ナイスアイデアだ、キリト!」

 

 という事で、初日の野営は六甲山でのキャンプに決定した。

 まあ『決定』とは言っても、基本的にはアウトドア経験の深い球子に、長旅で野営慣れしている俺が主体になって方針を決めたに過ぎないが。

 

 球子を先頭にして六甲山のキャンプ場までやってきた七人は、念の為にキャンプ場内をくまなく探した。とは言え、ロッジやその他の施設もバーテックスの襲撃で破壊されており、生存者は居なかった。

 幸いな事に倉庫の方は無事だったようで、そこからひなたがキャンプ用のテントなどを見つけてきた。

 

「キリト。お前テントの設営とか出来るか?」

 

「ん?ああ、出来るよ」

 

「よし!それじゃあ、火起こしとか炊事の準備はタマ達がやるから、そっちは頼む」

 

「オーケー、任された!」

 

 現代ではテントも簡易化して、初心者でも数分とかからず設営が出来るような物も増えた。だが、キャンプ場にある様な数人でも入れる大型の物は、やはり経験者でなければ少し難しい。それもあって、料理の方は球子とひなたと杏が、その他の作業はキリト達に分担された。

 

 夕食はやはりというか、満場一致で『うどん』になり、保存の効くインスタントの讃岐うどんを鍋で茹で上げると器に装ってみんなで食べる。

 

「はぁ、温まるなぁ。こういうのを、五臓六腑に染み渡るって言うんだったか?」

 

「キリちゃん、言葉遣いおじさん臭くなってるよー?」

 

 友奈に指摘されて頬を薄く朱に染めながら、苦笑する。

 昼間の光景が悲惨な物だったために、こんな何気ない食事ですら得難いもののように思える。人も文明もない、夜空の下で友人達と食べる食事はいつもより格別に美味く感じた。

 

「桐ヶ谷さんは例え大人になっても……性格はこのまま変わらなそうよね?」

 

「チカっちぃ、お前だってあんまり人の事言えないと思うんだけど?」

 

「あら、心外ね。あなたじゃあるまいし」

 

 どくさに紛れてナチュラル煽りを入れてきた千景をジト目で見つめるが、千景はそんな物はどこ吹く風とうどんをすする。

 

「分かるぞ、キリト。昼間はひどい光景ばかりを見せられたからな……こうして、みんなでうどんを食べていると、心が安らぐ」

 

 身に染みる思いをしていた人はどうやら俺だけではなかったようだ。

 二人揃ってしんみりとしている若葉と俺に、ひなたと杏が苦笑しながら優しく言った。

 

「お二人とも、しんみりし過ぎです」

 

「そうですよ?まだ今日は初日で、明日は大阪に行って、その後はもっと遠い所に行くんですから……!」

 

 彼女達が言う通りまだ初日だ。

 こんな所を思いやられている訳には行かないし、ここからもっと辛い旅になる可能性だってある。気を安らぎもほどほどにしとくべきだろう。

 

 ーー……前は毎日、何かに追い詰められながら過ごしてたのにな。もうずっと、何年も前みたいだ。

 

 まだ俺が四国に来てから一年も経っていないのに、それが随分と前の事にように思える。三年前のあの日以降は、毎晩目を閉じて体を休めるだけの作業を睡眠とし、本当の意味で眠った記憶なんて一度もない。ここ数年はバーテックスの溢れるこの外の世界で、必死に生きるのが当たり前の毎日だった。それなのに、今は結界から外に出て、たった一日過ごしただけでこんなにも"疲れ"を感じている。

 

 うどんの湯気が立つ、満点の星空を俺はそんな感慨にふけりながら見上げていた。

 

 

 

 

 

 夕食が終わった後、若葉達は近辺にあった川で汗を流しに行った。

 俺も当然誘われはしたのだが、流石に産まれたままの姿の少女達に囲まれる勇気などある訳がなく、丁重に辞退させてもらった。見張りは千景が引き受けたようだったので、俺は一人キャンプ場で星空を見上げながらぼーっとしていた。

 

「いっその事、こっちでも男だったらこういう時に楽なのになぁ……いや、この場合は向こうが女だったらって考えた方が自然か?」

 

 もしも向こうの世界の黒の剣士が女だったなら、人格が混ざりあってもこんな難儀な事にはならなかっただろう。

 言っても仕方がない事なのはわかっているし、この問題は一生引きずるだろうなと既に諦めているので、前ほど深刻には考えていない。

 

「それに、前よりもあっちの側面が強くなってるし」

 

 剣ダコで固くなった手を見つめる。

 数か月前に諏訪で一度『切り札』を使ってから、更に人格は"向こう側"に寄ってしまったように思う。名乗る時も本名であるはずの『桐ヶ谷和葉』の名に違和感を覚えるくらいには、きっと俺はもう『黒の剣士』の人格に染まってしまったのだろう。

 もっとも、家族や故郷の友人の事を忘れてしまった俺に、元より『彼女』の名を名乗る資格などない。

 今の俺にせめて出来ることは、四国の勇者達を守りながら、この体を少しでも長く生かす。それだけだ。

 

 そうやって手持ち無沙汰に呆けていると、背後から見知った少女達の声が聞こえてきた。

 

「キリトー!上がったぞー!」

 

「お、結構早かったな?それじゃあ、俺も汗を流すとしますか……」

 

 キャンプ場に戻ってくる若葉達と入れ違いになるようにして、川の方へと向かう。

 

「それにしても、キリトは何故一人で入りたがるのだ?」

 

「えっと、それは……」

 

 何となく耳に聞こえた若葉とひなたの会話。その場では特に気にも留めなかったが……それを最後まで聞かなかった事を、俺は後に大きく後悔することとなる。

 

 

 

 

 月光が照らす夜の川で、衣服を脱いで足を付けると肌をツンと刺す冷たさに一瞬身震いするが、徐々に鳴らし腰まで完全に沈める。一応、バーテックスが現れた際にすぐにでも対応できるよう、腕に巻くタイプの簡易バンドにスマホを取り付けている。変身さえ出来れば星屑の一体や二体、体術スキルで殴り倒す事だって訳ないのだ。

 

 その為、見張りが居ない今は完全に一人の水浴びだった。

 

「傷、前より増えたかな……」

 

 普段の風呂では自分の体を意識したりしないが、こうして環境が違うと腕や足などについた傷跡が鮮明に見えてくる。

 幾ら大社の医療技術があっても、大きな傷なんかは痕が残るのもしばしばで、更に四国に来る以前に負った傷に関しては、痛々しくこの体に残っている。お世辞にも綺麗とは言えない体にしてしまった事に、申し訳なさを感じずにはいられない。

 

 それでも、これからもっと多くの傷を負う事になるのを先に心中で謝っておく。

 

「それにしても、真冬の滝行かってくらい冷たいな……風邪ひきそう」

 

 季節はまだ春にもなりきらない三月の真っただ中で、体を清める為とは言えなかなかどうして芯に来る冷たさだ。

 しかし、それとは別にこうして水に浸かるのは心地よく、あと少し、もう少し、と長くなってしまうものだから困ったものだ。思い切って肩までつかり、「うひゃ」と変な悲鳴を上げる。まさにその時だった。

 

「……桐ヶ谷、さん?」

 

「え?」

 

 ばしゃりと水の立つ音と、声のした方向に目を向けた。

 そこに居るのは月と星空の光に照らされた、白色の乙女。垣間見える横顔には困惑と疑念、申し訳程度に手で隠された肢体はこれでもかと艶めかしさを演出し、水に濡れた黒髪が華奢な脚線美を更に美しく彩る。

 そんな少女、郡千景の姿に目を奪われるのは、例え同性でも仕方のない事だろう。

 

「ッ……!?」

 

 バッチリと見てしまった手前、もう遅いと理解しつつも俺は咄嗟に後ろを向いた。

 そんな所作に疑問符を浮かべた千景が言う。

 

「えっと……何をしているの?」

 

「いや、これはそのぉ……乙女のこういう姿をあまりマジマジと居るのは、紳士としてあるまじき行為と言いますか?」

 

 てんぱっているのが丸わかりな早口で捲くし立てると、早鐘を打つ心臓が更にうるさくなる。

 

 ーーくっそう、今手元にエリュシデータがあればこのうるさい心臓を一刺しで止められるのに!!

 

 それは反対に無くて良かったと捉えられなくもないが、俺は次に湧いた疑問を呈した。

 

「何で、チカっちはここに?」

 

 千景は見張り役を引き受けていたとは言え、ずっとそうだったとは思えない。つまり、彼女は既に水浴びを済ませているはずで、今も尚この場所にいる理由には見当も付かなかった。

 

「途中から見張りは高嶋さんが変わってくれたんだけど……あまり入れなかったから、もう少しだけと思って」

 

 額を押さえた。

 先に若葉達に聞いておくべきだったと、自身の失態を恨む。そもそも、先程の若葉とひなたの会話をもう少し聞いていればこの事態を防げた可能性が高い。

 

 ーーまさか、切り札の代償がバレるのを恐れて言ってなかったのが、こんな所で裏目に出るなんて……

 

 『ーー言ってなかった』これが指すのは、俺の中の人格などその辺に関する事情で、ひなたにはそれとなく誤魔化しを入れているが、それ以外の面子にはそれすらもしていなかった。

 過去の自分を馬鹿野郎と殴ってやりたいが、生憎とこの世界にドラ〇もんは居ないし、タイムマシンも存在しない。

 

「ねぇ、どうしてずっと後ろ向いてるのよ?」

 

 そうしていると、千景は訝った様子で俺の傍まで来て、横顔を覗き込んで来た。それによって垣間見えるあれやこれやに、最早情緒は崩壊寸前まで追い詰められる。

 

「ちょっ!?」

 

 反射的に顔の前に両手をやって仰け反る。

 だが、その拍子で体勢が不安定になったのが良くなかった。咄嗟に引こうとした後ろ足が浅い川底の不安定な部分に取られ、バランスを失う。

 

「あっ……」

 

 そう声を漏らしたのは俺か、千景か。

 視界が星の天蓋を見上げた。手は顔の前にやっていてつこうにも間に合わず、立て直そうにも足腰は完全にそのパワーを失っている。これも嫁入り前の娘の裸体を見た事への報いだと観念して、せめてケガだけはしない事を祈りながら後ろに倒れる事を許容しようとして、

 

「危ない!」

 

 ばしゃーん!と川の水が大きな音を立てて飛ぶ。

 倒れる直前に千景の叫びが聞こえて、数秒後にくるはずの手痛い衝撃が和らぐ感覚がしたかと思うと、瞑っていた目を少しずつ開く。

 

「っ」

 

 言葉にならなかった。

 額と額がくっつきそうな程近くに千景の顔があって、倒れる俺を助けようとしたのか右腕は背中に回されていて……傍から見れば、千景が俺に対して、覆い被さるような体勢になっていた。

 

「あの、えっと……大丈夫?」

 

 その声音は予想外の接近におずおずとしつつも、心配の色が伺えた。

 

「…………うん」

 

 そう言葉を返すのがやっとで、現実離れした思考が戻るのに数秒の時を要する。

 その間、妙な沈黙が場に立ち込めて、川のせせらぎだけが二人の耳に音として認識される。しかし、我に返った俺はそんな平和的涼やかな雰囲気を消し飛ばす程の衝撃襲われた。

 

 やばい。そう感じたのは、自身の体に千景の柔らかな体が密着している事に気付いたからだ。

 

「ご……」

 

「ご?」

 

 首を傾げる千景に、行き詰りながら俺は謝罪の言葉を吐いた。

 

「ごめん!」

 

 千景の肩を両手で掴んで、多少強引になりながらも俺から離すとさっと数メートルほど距離を離して後ろを向いた。

 意味が分からないと言った様子の千景が何かを言うよりも前に、俺は次々と言葉を並べた。早く説明をしないと大変な事になると感じたからだ。

 

「俺、君に話してない事があった。不誠実だって分かってたのに……こんな状況になるまで黙ってた」

 

「……何の話?」

 

 絞り出すような声音で言えば、千景はただ音ではないと察したのか聞き返す。

 

「信じられないかも知れない……でも、俺、体はこんな風に女の子なんだけど、実は……」

 

 全て、洗い浚い話した。

 勇者になる過程でこの体に起きた事と、それに伴う人格の変化。体は女の子だけど、実は男でした。そう告白するような物で、改めてこんな事になるくらいなら、先に言っておけば良かったと後悔した。

 

「と、言う訳なんです」

 

 ーー終わったな……色んな意味で。

 

 一通り話し終えると、俺はこの先に訪れるであろう社会的な死を憂いた。最後がしどろもどろな敬語なのが尚のこと情けない。

 

「………」

 

 何も言わない千景。振り返る訳にもいかなので、彼女がどんな表情をしているのか分からないのが恐ろしい。

 しばらくして、ばしゃりと音を立てて千景が背後で立ち上がった。ピクリと肩が震えて、水が冷たい以外の要因で顔を青ざめる。こちらは仮に背中から『大葉刈』で斬られても文句を言えない状況で、微動だにするなという方が無理な話だ。

 

 しかし、祈るように目を瞑った俺の背に触れたのは、大葉刈の鋭利な刃ではなく、千景のものと思われるしなやかな手だった。

 

「ちか、げ?」

 

 いつものあだ名呼びも忘れて。恐るおそるその名を呼ぶと、多少揺れた声音で千景は言った。

 

「怒ってないわ。別に……」

 

 そう語った千景に俺は「え?」と間の抜けた返答をしてしまった。

 

「何よ『え?』って……私が怒り狂って、鎌で切りかかるとでも思ったの?」

 

「い、いや、そんな事は……」

 

 すみません、あります。めっちゃ思ってました。

 不機嫌そうに息をついた千景に、俺はどう返せばいいのか分からなかった。

 

「驚いたけど、それだけ……あなたの抱えた辛さとか、これまでの事とか、そっちの方が衝撃的だったから……」

 

 彼女がそう言うのは、きっと俺が事情を説明する上で話した過去の事だ。

 目の前で家族や友人を殺されて、勇者の力に覚醒した事。その後、間もなく血反吐を吐くような思いで四国を目指した事。どれも欠かさずに話したから、彼女には人格がどうこうよりもそっちの方が印象的だった。そう、千景は言っているのだ。

 

「よく見ると、こんなに傷だらけじゃない……」

 

 背中に振れる手が古傷をなぞる。

 

「こんなの見せられて……聞かされて……人格がどうとか、そんな些細な事で怒れないわよ」

 

 千景は抱える過去の経験故に他人の痛みを人一倍理解できる。そして、思いやれる。千景は優しい。境遇が歪めさえしなければ、多くの人に愛される資格がある。そう言えるほどに……

 

「よく…頑張ったわね」

 

 後ろから頭を撫でられて、俺は久しく忘れていた感覚を思い出した。

 懐かしい。そう感じるのは、"記憶"ではなく『魂』がそれを憶えているから。人ならば誰しもが幼い頃に知る暖かさで、まるで心に直接触れて、包み込むような安心感。つうっと不意に頬を伝う雫が、ポタリと川に落ちて混ざり合って消える。

 

 悲しさや哀しさからのそれは何度も流した。だけど、こんな風な涙を流した記憶はもう、俺には"無い"。

 

 『命を賭した頑張り』を誰かに心から労われ、褒められて、愛してもらえる事がこんなにも優しい感覚を想起させるなんて……

 

「ごめん、千景……もう少し、そのままで……」

 

「はいはい。しょうがないわね……」

 

 仕方ないなといった声音には、呆れよりもずっと大きな安らぎがあって。

 俺はそのまま冷たい川によって体温が奪われ、芯が冷えるまで、その感覚を享受したのだった。




次回以降のゆゆゆイベントに行く際は千景推しの方に襲われないように気を付けようと思います
でも、やりたかったんです!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。