結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第三十八話:地下道の惨状

 

 夕飯を済まし、川で一通り汗を流した面々は後退で見張りをしながら夜を明かした。

 見張り番の順番で最後になっていた俺は、夜明けをコーヒーを飲みながら迎えると、続々と起き始める面々に「おはよう」と穏やかに告げる。結局、バーテックスの襲撃はなく静かな夜だった。

 

 とは言え、昨晩の事もあって千景は少々恥ずかしそうにしていたが、それらの出来事や話した内容も含めて、彼女は二人の秘密にしてくれた。

 

『大切な人が相手だからこそ……話せない気持ち。私にも分かるから……』

 

 千景はそう言って、俺に背を向けた。何も詮索せず、追求せず、ただ理解だけを示してくれる。そんな友人は、きっと一生にそう何人も出来るものじゃない。

 その有難さと尊さを知っているからこそ、俺は素直に「ありがとう」と言いながらも……心の何処かでは、彼女の胸の内にある秘密を暴いた過去に、後悔はしていなくとも、自己嫌悪するのだった。

 

 

 

 二日目は、神戸から大阪へと向かう。夜明け直後の白い空気の中を疾走しながら、俺達は次の行き先について話していた。

 

「そういえば、大阪の梅田駅あたりには、すっごく広い地下街があるみたいなんですよ」

 

「あぁそうだな。俺も四国に向かう途中で立ち寄ったから、覚えてるよ。でも、あそこは……」

 

 大阪梅田駅には巨大な駅ビルを起点とした、大規模な地下街が構築されており、周辺にある阪神百貨店や阪急駅といった様々な建物からアクセス出来るようになっていた。故に、この場所は避難民が居る可能性が最も高い場所と、杏は睨んでいるのだろう。

 しかし、俺はすでにこの大阪駅ビル内や地下施設周辺が一体どういう状況(・・・・・・)になっているのか知っている。果たしてそれをありのまま伝えたものか……そこまで考えて、若葉に「どうかしたか?」と聞かれた事で、俺は首を横に振った。

 

「いや、何でもない」

 

 やはり、若葉達には直接自分の目で確かめてもらった方がいい。

 

「そうか?ならば、先にそこへ行ってみるか」

 

 生き残りが居るかも知れない場所をしらみつぶしに探す。例えその先でどんなショッキングな光景があったとしても、彼女達にはそれ以外に出来る事などないのだから。

 

 

 

 阪急神戸線の線路沿いに、梅田駅の駅ビルの近辺まで辿り着いた。以前までは東京に次ぐ日本最大の都市の一つとして、夜も消えない灯りが灯っていたであろう街も、今やその影はなく無残に破壊しつくされていた。

 駅ビルから各施設に伸びていたであろう大型の歩道橋は崩れ落ち、駅ビルを正面から捉えれば、吹き抜け構造になっている区画が円形に抉れており、バーテックスが真正面から突っ込んだような痕になっている。

 

 そんな惨状でも幸いな事に地下への入口は無事で、若葉達はそこから地下へと入る。しかし、そこに作られていた棚やテーブルを利用した仮組みのバリケードも既に破壊されていた。

 

「若葉ちゃん、これは……」

 

 ひなたの言わんとする事を理解しながらも、若葉は首を横に振る。

 

「いや、確かめてみないと、何もわからない」

 

 結果は見えている。

 地下は籠城するには確かに有効であり、これ程に入り組んだ地下道なら尚のこと隠れるには適している。だが、もしも一度地下への侵入を許せば、その後に待っている光景は想像に難くない。

 少し奥に進めばもう明かりの類はなく、視界の先まで暗闇一色だった。持って来た懐中電灯で照らしながら中を進むと、壁に入った亀裂や施設の荒れ具合から、バーテックスの襲撃を受けたのは確実。

 そんな中で俺は、ようやくそれまで貫いていた沈黙を破った。

 

「皆、少しついてきてくれ」

 

 いきなりそう言った俺に怪訝な顔を浮かべた面々だったが、それだけで特に何も言わず従ってくれた。

 暗闇で支配され、現地人でなければ迷うような地下道を途中に張り出されてる地図などを参考に進むと、ようやく俺は『その場所』に辿り着いた。

 

「なっ、これは……!?」

 

 その光景に若葉は驚嘆の声を上げた。

 円形の広場のような場所で、中心には大きな噴水のような物があるが、問題はその中心だ。そこには……………大量の白骨死体が積みあがっていたのだ。

 

 あまりにもショッキングな光景に、杏が悲鳴を上げ、ひなたがその場にへたり込む。

 

「ひどい……地上だけじゃなく、地下までこんな……」

 

 千景が苦しそうに呻く。

 破壊しつくされた街並みだけでも、その当時の光景が思い出され彼女達にはキツイ物だっただろう。だがここまでの道のりでは、一貫してこの様に人の亡骸が直接的に現れた事はなかった。本来なら、道端やそこら中にこのような光景が広がっていてもおかしくないのに……そうじゃなかったのは、単純にバーテックスが人を一片すら残さず食いつくしたからだ。

 

「キリトは……この事を知ってたのか?」

 

 降り積もった雪を思わせる白骨の山に近付いた若葉は、視線を向けはしなかったが声だけで俺に問うた。責めるでもなく、かと言って憤りとも取れない声音に、俺はそのまま事実だけを返した。

 

「……丁度、今から一年くらい前の事だったよ。俺が幾つもの中継地点を経て、避難民と一緒に四国に辿り着いた事は前に話したと思うけど……ここはその一つだったんだ」

 

 今でも、その当時の印象や感情は鮮明に思い出せる。

 

「当時、ここを拠点にした時、おとな数人を連れて地下街を探索したんだ。旅に役立つ物とか、もしかたら生き残りが居るかもって……」

 

 バーテックスと遭遇する危険はあったが、それでも神樹の加護による簡易結界があったので、探索するなら今しかないと勇気ある人達と一緒に探索した。

 

「その探索の途中で、仲間の一人がここを見つけたんだ」

 

 地下道に響いた仲間の悲鳴、バーテックスの襲撃を予期した俺はすぐにその発生源に向かい………その叫喚の原因がバーテックスではなく、もっと別の、ある意味では悍ましい光景である事を理解した。共に来た仲間数人も腰抜かす者、呆然とする者と様々だった。

 俺自身も目の当たりにした時は、あまりの恐ろしさに声が出せなかった。

 

「その時は、皆もあまり余裕がない状況だった。何せ、生きる事に必死だったからな。ここの事は考えないようにして、他の人も……特に子供だけは絶対に近づけないようにした」

 

 その当時は誰しもが、見なかった事にし、蓋をするしかなかったのだ。

 深く考えて精神に異常をきたせば、数年かけた命懸けの旅が全て無駄になる可能性すらあった。今でも、ここを見た数人の仲間は、内々に精神的なカウンセリングを受けているし、俺も定期的に連絡を交わしている。

 だが、頑としてこの事を外に漏らさないのだけは共通の約束としていた。

 

「何も言わずに連れて来た事は謝るよ。でも、俺は放っておけなかった。こんな形で、誰の目にも触れず、取り残された彼らの事を少しでも覚えていたかった」

 

 それが勇者の義務であると。

 俺は床を探すと、そこから一冊のノートを見つけて消沈する若葉に渡した。疑問をはらんだ目で見返した若葉に告げる。

 

「それは、ここに避難してた人達の日記だ」

 

 聞いて、若葉はもう一度手元のノートをまじまじと見詰めると意を決したようにページをめくりだした。

 

 

 

 

 そこに書いてあったのは、妹と共にこの地下道に逃げ込んだ一人の少女が辿った末路。

 何処までも救いがない。筆舌に尽くしがたい程の絶望を味わい。あまりにも残酷な最期を迎えた罪なき人々の話だ。

 

「これが……その結末か」

 

 キリトを除いて、他の皆も若葉の元に集まりその日記を読んだ。

 結論から言うと、ここには元々大勢の人々が逃げ込んでいた。命からがら逃げ延び、この地下街に集まった人々は、永続する食糧問題と極限状態の板挟みでかなりの困窮状態だった事が伺える。目の前にある白骨の山も、バーテックスによるものではなく、同じ人間同士の争いや理不尽な暴力によって殺された人々の成れの果てだ。

 

 この日記の筆者も、大切な妹を何者かによって殺された。

 そして、最後には痺れを切らした者達が自らの手でバリケードを破壊し、侵入してきたバーテックスによってここの人達は全滅した。

 

 惨めで、人の尊厳とは一体何なのかと問いたくなるような結末。しかし、若葉にはそれが今の四国に今後訪れるであろう事態の縮図のように思えた。

 

「若葉ちゃん……」

 

 ひなたが心配そうに声をかけてきて、若葉は怒りで震える手を押さえた。

 

「大丈夫だ、ひなた」

 

 ノートを噴水の縁に置くと、そして次にはキリトに視線を送る。すると、腕を組んで壁に寄りかかっていたキリトがこちらに歩いてきた。

 

「キリトは、これを私達が見るべきだと思って、ここに案内したのだな?」

 

「ああ、その通りだ」

 

 若葉の問いにキリトは首肯する。

 

「事前に伝えるべきかとも思ったけど……俺が何か言って脚色するよりも、皆の目で、ありのままにこの現状を見てほしかった。そうしないと、ダメだと思ったんだ」

 

「いや、別にお前の事を責めているわけじゃない。今ではお前の気持ちも、何となく分かるしな……」

 

 キリトが事前にこの事を言っていれば、確かに心の準備は出来たのかもしれない。しかし、それはキリトという一個人のフィルターを通した脚色をしてしまうという事でもある。

 自らで見聞きし知らなければ分からない事、誰かの言葉で語ってはならない事など、この世界には無数に存在する。それが分からない者はこの場には居ない。だからこそ、誰もキリトを責めるような事はしなかった。

 

 その時、地下道の暗闇からガサゴソと物音がした。

 

「バーテックスか……!」

 

 こんな場所に現れるものと言えば奴らしかいない。

 

「ここにもう生き残りはいない!早々に脱出するぞ!ひなたは私達の傍から離れるな!」

 

 日記の事もあって怒りで我を忘れそうになるのを抑え、若葉は冷静に判断をくだす。

 一匹残らず殲滅してやりたい気持ちを胸の内にしまって刀を抜くと、他のメンバーも武器を構えた。

 

 

 

 地下道の地図は殆ど若葉とキリトの頭に入っていた為、迷うことなく最短距離の出口へと向かっていく。先程の日記の内容から怒りを乗せて刀を振る若葉に対して、千景は少しばかり違った感情を以って戦っていた。

 当然、千景も人々を無残に殺したバーテックスに怒りは抱いていた。しかし、それ以上に追い詰められた人間の姿に果てしない悲しみと、諦観を覚えていた。

 

 ーーもしかしたら、四国もあんな風に……

 

 遠くない未来、四国にもこの地下道で起こったような事が起こらないとも限らない。むしろ、今よりも危機が迫ればそうなる可能性は高い。

 千景はこの中で誰よりも、人の醜さを知っている。その捌け口にされてきたから、淘汰される側だったから、追い詰められた時に人がどうなるかなんて語られるまでもない。以前までの千景なら、そんな彼らを只管(ひたすら)に軽蔑し、嫌厭(けんえん)した事だろう。

 だが、今の彼女にそこまでの悪感情は抱けなかった。

 

 ーーそうなったら……私だけじゃなくて……高嶋さんや、桐ヶ谷さんに、皆まで……

 

 今の千景は以前よりも他人が見えている。

 極限状態に立たされた時に垣間見える本性が、必ずしも人の本質だとは限らない。それはあくまで一側面に過ぎず、優しい時もあれば、酷い時もある、それが人間だと千景は理解していた。

 だからこそ、他人を一言でこうと括る事は出来ない。

 

 それにーー極限状態に立たされても、なお他人を思いやれる人が居る事を既に知っていた事も千景にとっては大きかった。昨晩、キリトの内側に多少なりとも触れたからこそ、千景は今回の事に思考を流される事はなかった。

 それでも、軽蔑する気持ちや、負の感情は捨てきる事が出来ないが……あくまでそれは『悲しみ』という、全く別ベクトルの物に変換されている。

 

 ーー私達はあんな風には死なない……どんな風になろうと、絶対に生き抜くんだから……!

 

 




ようやく物語に動きが見えてきましたね
ここからはかなり展開が早くなると思います
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