襲ってくるバーテックスを蹴散らしながら、大阪の周辺地域を見て回ったが生き残りはいなかった。
大阪での捜索を終わると名古屋へ向かう。だが、もう誰も「次こそは」とは言えなかった。杏なんかはかなりショックを受けているようだし、無理もない。それでも、あれは見せるべき光景だったと俺は思っている。
何せ、ここから更に凄惨な世界の現状を知る事になるのだから。
ーーもうすぐ名古屋駅か……
一度目に確認して以降は、
そんな光景がこの先には広がっている。
名古屋駅の正面にある高層ビルの屋上に降り立った。周囲を遠方まで一望できるこの場所は、視界の先にある『その光景』も余すところなく見る事が出来た。
「おいおい……何だ、あれ?」
球子が声を上げた。
示唆した先にある、駅周辺とその向こうの地域が、巨大な卵状の組織に覆われていた。数キロ以上にも及ぶ範囲に、幾つもの卵が密集している様は生理的な嫌悪感を煽り、それだけで直視する事を拒む。
そんな中で若葉は勇者の力によって強化された視覚で、その卵を見た。卵の中で、何かが蠢いているのが分かる。人一人分よりも一回りか二回り大きな卵は、この世の物とは思えない。あんな物の中に何が居るのか。きっと、そこまで考えの至ったのだろう。
「っ……!?」
直後に若葉の顔が青ざめた。
一方で知っていた俺ですら、この光景には目を背けたくなる。それに、前に見た時は駅に数個ある程度だったというのに、今やこれだけの規模にまで広がってしまっている。その変化だけで気分が悪くなった。
その時、バタリと杏がへたり込む。
「……う、ぅ……」
「大丈夫かっ、あんず!?」
慌てて球子が彼女を支えた。
「だ……大丈夫……。ちょっと、びっくりしちゃって……」
言いながらも、目は涙を浮かべ顔色も青を通り越して白いとすら言えるくらいに悪くなっている。
ーー無理もないか……俺も最初はこんな感じだったし。
彼女が受けた精神的なショックの大きさを鑑みれば、むしろよく耐えている方だと思う。実際、俺が最初にこの光景を見た時は、こみ上げる吐き気を押さえる事が出来なかった。
「私たちの四国も……いつかこんなふうに……」
それは、考えうる最悪の未来。
四国が攻め滅ぼされ、バーテックスの占領する地となった時に訪れる成れの果て。
「タマが絶対にさせない!」
杏のそんな言葉を球子は断ち切った。
「そのためにタマたち勇者がいるんだっ。こんなふうに、させてたまるかっ!人間が……わけのわからない化け物なんかに、負けてたまるかっ!」
必死に叫ぶ球子の言葉に元気づけられたのか、杏は涙を拭う。
「そう、ですよね……私たちが頑張らないと……」
そうして自分の力で立つが、やはり顔色は依然として悪いままだ。完全に立ち直るには、せめてもっと落ち着ける場所でないと心を休める事も出来ない。
「あまり長居するのは良くないか……若葉、早くここを離れよう」
杏の事もあるが、千景や友奈、それにひなたも精神的にかなりまいっている。若葉と球子だけは気丈に振舞っているが、それも薄氷の上の強がりと言ったところだ。
「ああ、そうしーー」
と、その言葉を言い切る前に若葉は刀を抜き。俺は剣を構えた。
「まずいな。囲まれた」
周囲にはいつの間にか、バーテックスの大群が迫っていた。それもビルを四方八方から囲っていて、逃げ場がない。
仲間が疲弊してるこの状況で現れたのも偶然とは思えないが、今は一先ず突破口を作らなければ……そう判断して、若葉に進言しようとした所で、球子が前に出た。
「……タマは今、腹が立ってんだ……」
その小さな背中から感じ取れるのは、煮えたぎる程の怒りの念。
人間の世界をこんな風に変えてしまった事、何より杏を傷つけた事への憤りを力に変えて、鋭い眼光で目の前のバーテックスを睨む。
「おい、タマっち?何してーー」
「この世界は、お前たちなんかに奪わせないっ!そのためなら、どんなことだってやってやるっ!」
「待て、球子ーー!」
俺と若葉の声も届かない。
動こうとした時にはすでに球子は切り札を発動させていて、『輪入道』の力をその身に降ろしていた。何倍もの大きさになった旋刃盤をバーテックスに向かって放つ。
「行っけぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
投擲された旋刃盤は円形の外周部で鋭利な刃を高速回転させ、そこに炎を纏いながらバーテックスを焼却、斬殺していく。空中を囲うバーテックスを殲滅した後は、その向こうにある卵状の組織へと襲いかかりこれも一つ残らず焼き尽くした。
その瞳にこもった無尽蔵な怒りが炎となって燃え、この地から奴ら(バーテックス)を根絶やしにする。
「タマっち、衝動的になる気持ちは分かるけど……あまり切り札を使わない方がいい。本当に、どんな影響があるか分からないんだ」
「すまん、キリト。つい、カッとなっちまって……まあ、後悔はしてないけど」
注意こそすれ、俺もそれ以上は追求するような事はしない。
彼女の怒り、悲しみ、その情は痛いほど分かる。それに、今ここでこの光景を打ち破らなければ、きっと球子も、杏も、心の中で区切りを付けることが出来なかった。そう思えば、球子の行動を責める事なんてできない。
しかし、切り札が危険な技なのも事実なのだ。
若葉達の使う『切り札』と、俺の使う『切り札』は丸っきり別物だ。だが、性質は違えど同じ勇者の力である以上は、体への負担以外にも……もっと大きな、取り返しのつかない代償があるように思えてならない。
ーー俺が切り札を使うと、記憶を失うみたいに……多分、彼女達にも……
隠されたナニカがある。
だから、無暗やたらに使ってほしくはなかった。
「どうせなら、これに乗って名古屋を見て回らないか?空から探した方が手っ取り早いだろ?」
「……ああ」
若葉も半分は納得のいっていない表情をしていたが、一先ずはそれを飲み込んで旋刃盤に乗った。
結局、名古屋にも生存者は居なかった。再び駅前ビルの屋上に戻って来て、球子が座り込むと旋刃盤は元の大きさに戻った。
「あー、やっぱりキツいな、切り札使うのって……」
「だから言っただろ……少し休憩するか?」
隠された代償がどうこう以前に、体への負担も尋常じゃないのだ。長時間、或いは乱用すればそれだけで命に関わるような技だし、球子も例にもれず体力が底をついている事だろう。
「いいやっ!休憩なーし、タマが足引っ張ってるみたいで嫌だからなっ!」
バッと飛び上がる要領で立ち上がった球子は、自らの元気を見せつけるように言ってのけた。
「一体どこにそんなパワーが……まあ、球子が大丈夫ならいいけどさ。あまり無理はするなよ?」
「分かってるって!本当にキリトは心配性だなー」
「タマっち先輩……それ殆どはタマっち先輩が変な無茶するからだと思うけど……」
次の行き先は長野県諏訪市。
厳密に言えば、諏訪の大結界があった諏訪湖周辺だ。上社本宮を中心として、複数本の御柱と四つの諏訪大社によって結界を構築し、数少ない継続的な人類の生存圏としていた。
ただ、それも今は瓦礫と廃墟の山と化していた。俺と歌野、水都を始めとした諏訪の住民は辛くも脱出する事は叶ったが、結局のところ諏訪の地をバーテックスから守り抜くという究極的な目標は果たせなかった。
「ここが、諏訪か……」
「ああ、そして俺が守り切れなかった地でもある」
上社本宮のあった場所に辿り着くも、やはりそこには木材や瓦礫のみしかなかった。鳥居、神楽殿、社務所、参集殿……歌野や水都、諏訪の人達と掛け替えのない時を過ごした場所はすでにその面影もなく、その光景に気が滅入りそうになる。
「参集殿は、この辺りだったかな。ここで、若葉と通信したんだ」
「覚えている。あの時は私も、天地がひっくり返るような思いだったからな」
それを感慨深く見つめた俺は、荷物の中から一個のデジカメを取り出した。
「それ……カメラ?」
興味深げに見つめた千景に俺は説明する。
「歌野に、諏訪の様子を撮ってきてくれって頼まれたんだ。俺達は、ここの最期を見届ける事が出来なかったから……」
崩され去った上社本宮を撮るうちに、やるせない気持ちになった。歌野たち諏訪の住民は、諏訪の地を愛していた。故郷を捨てる選択は辛いものだったろうに、そうさせてしまった自分が情けなく思えて仕方がない。
「住民は全員四国に避難したから、ここに人は居ない。けど、他にも見ておきたい所がある。……良いかな?」
生存者の捜索という名目の上では、諏訪に長時間留まる意味はない。しかし、若葉は俺の問いに頷いてくれた。
「ああ、私も少し見て回りたい。歌野が生きた地が、どんな場所だったのか……」
そう、若葉にとっても歌野は掛け替えのない親友だ。
彼女は諏訪への救援に向かえなかった事をずっと悔やんでいたから、せめて、今だけでもこの場所を見ておきたかったのだろう。
上社本宮の後には、商店の建ち並ぶ区画だった場所へと向かう。もっとも、ここも徹底的に破壊しつくされていたが、俺にとっては昨日の事のように光景を思い出せる大切な場所だ。
「何もないね……」
悲しげに言う友奈に俺は頷きながら返答する。
「……ここに、めちゃくちゃ美味い蕎麦屋があってさ。歌野や水都と一緒に何度か来たんだ。店主のおっちゃんが凄く気前の良い人で、何度がご馳走してもらった。四国でも今度店を開けるんだって言ってた」
ここも写真に収める。
「では、帰った後……皆で食べに行きましょうね?」
「うん。そうしよう」
ひなたの優しい言葉で少しだけ気分が楽になる。
そこからも歌野の家があった場所や諏訪大社の四つの社があった場所など、様々な場所を回った。何処も例外なく破壊しつくされていて、その度合いで言えば他の地域よりも徹底されたものだ。まるで人の痕跡を滅する事そのものが目的であるかのような所業。
だが、それは何の因果か。
最後に訪れたその場所だけは、まだ微細に痕跡が残っていたのだ。
「これは、畑……か?」
若葉の声に俺は首肯する。
「間違いない……この場所は、歌野が大切に育ててた畑だったから、よく覚えてる。まさか、残ってるなんて……」
手入れが長いことされていない為、本当に原型を残してるだけではあるが、それでも確かに畑だったと分かるような残り方をしている。
よりにもよって、この場所が残っているとは思わず、写真を撮るのも忘れてその場に立ち尽くす。けれど、数秒後にハッとすると俺は畑の隅の方へと向かった。
「確か、この辺りに……!」
注意深く目を凝らすと、それはすぐに見つけることが出来た。
畑の土の中で一箇所だけ不自然に盛り上がった場所がある。それを見つけて、俺はそこを夢中になって掘り返した。
「あった」
途中で若葉達も手伝ってくれたお陰で、思ったよりも早くそれを見つけることが出来た。
土の中から出てきたのは身長ほどもある木製の箱だった。
「これは……キリト、これが何なのか知っているのか?」
「ああ。これは俺と歌野の二人で、諏訪を出発する直前に埋めた物だ。もしも、俺が四国に辿り着けなかった時の為に……」
「若葉達に宛てて」と言葉にする必要はなかった。
俺が言い切る前に、若葉と千景が木箱の蓋を開けていたからだ。
「あ、ちょっと!待って、その中にある手紙は……!」
「何か、問題が……?」
「あ、イエ……何も、ありません」
千景の冷ややかな睨みと有無を言わせぬ声音に、それ以上口を開くことは出来なかった。友奈たちも箱の中身に見入っており、俺は観念して皆が気が済むまで待つ。
すると、若葉が箱の中から一本の鍬を、千景が二枚の手紙を取り出した。