結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第四十話:遠征の終わり

 

 針の筵。

 人に苦しめられ責められて、一時も安心できない、恐ろしい場所のたとえ。居たたまれない気持ちでいることのたとえ……である。

 

 記憶にないという程ではないにしても、勇者として覚醒して以降は久しくそんな思いはしていなかった。それを今、キリトは凄まじい居心地の悪さと共に痛感している。

 

 ーー死ぬと思って書いた遺書を目の前で読まれるって……一体、何の罰ゲームだよ。

 

 すぐにでも四国に帰還したい気分だ。

 

「四国の皆へ。この手紙を読んでいるという事はーー」

 

 一枚目の、キリトが書いた方の手紙を読み進める若葉。その中に書かれていたのは、当時のキリトが四国の勇者達に宛てた短文のメッセージ。勝手な行動への謝罪や、生きて戻れなかった前提で書いた物なので、様々な心情が書かれていた。だが、その中でも特に印象に残ったのは、若葉へのメッセージだろう。

 

 その時はまだ、キリトも四国に来たばかりで千景や友奈ともそこまで仲は良くなかった。そんな中で、若葉へのそれはある種、頼みのような文言だった。

 

『ーー東京の人達と四国を頼んだ』

 

 たった一言、それだけでその当時のキリトがどういう思いだったのか伺える。

 続く二枚目は歌野が書いたもので、そちらにも同様に後を託すような文言が多く書かれていた。共通して、二つの遺書はキリトと歌野が最期を覚悟して書いたもので、生きている以上はこの手紙もあまり意味はないのかもしれない。

 書いた本人ですら、忘れていたような代物だ。それが今、巡り巡ってこの様な状況になった訳だがーー

 

「……そう言えば、確か歌野が他にも何か入れてたっけ」

 

 皆が手紙を読んでいるのを横目に、キリトは鍬と手紙を入れていた箱の中を再度確認する。箱を埋めた際に、鍬と手紙を入れたのは覚えていたが、歌野が他にも袋のような物を幾つか入れていたのを思い出したのだ。

 

「これは種?」

 

 各袋には大小さまざまに種類の違う粒が入っていた。

 

「どうしたんですか?キリトさん」

 

 そう声をかけてきたのは杏だった。

 

「おう、杏。もう手紙は読み終わったのか?」

 

「はい。私は普段からたくさん本を読んでいるので、一足先に読み終わっちゃいまして……キリトさんが持ってるの。何かの種ですか?」

 

「そうだと思う。まあ、種類までは分からないけど」

 

 杏の問いにキリトは首肯し、袋ごと彼女に渡す。受け取った種を杏は注意深く見詰める。

 

「多分これ、ソバの種だと思います」

 

 うち一つから取り出した種を見ながら杏は自身の記憶を頼りに話す。

 

「分かるのか?」

 

「ちょっと前に、図鑑で見た事があるんです。こっちの袋はダイコンの種……こっちがきゅうりかな?今の季節に植えられるものもありますね」

 

 作物の種、それは何とも歌野らしい贈り物で、鍬とセットというのも彼女の農業への情熱を彷彿とさせた。

 何らかの形で若葉達に自身の生きた証を託すため。今だから一つの思い出として処理できるが、実行直前の時点では確率の低い賭けだったのだ。覚悟はしていた。だからこそ、この種一つひとつには、彼女の不屈の意思と優しさが詰まっている。

 そう思うと、自然と笑みがこぼれた。

 

「それじゃあ、しっかり持って帰らないとな」

 

 種の袋を杏から返してもらうと、大切に懐へしまう。

 そこに、ちょうど手紙を読み終わった面々も此方に来て、早速キリトは手紙の内容やらで質問攻めにあった。自業自得を自覚していたキリトは困ったような反応をしながらも、その殆どに紳士に答える。中でも若葉は内容が内容だけに涙目になっていたので、もう平謝りするしかなかった。

 

 

 

 

 それらが終わる頃には日も沈んで、月明かりが照らし始める。

 本来なら初日と同じ様に炊事の後、後退で見張りをしながら睡眠を取る予定だったのだが……俺は鍬を持ち、漠然と目の前の畑を見つめていた。

 

「キリちゃん!」

 

「ん、友奈か。……もう寝る時間か?」

 

「うん、だから呼びに来たんだけど……キリちゃんはここで何をしてたの?」

 

 友奈が隣に立って俺と同じ方向を見る。けれど、そこには荒れた畑があるだけでイマイチ要領を得ない様子だ。そんな彼女に俺は苦笑しながら、ここに居た訳を一つずつ説明する。

 

「『何』ってほど、大層な事じゃないよ。こんな静かな夜だし、ちょっと懐かしんでた」

 

 この畑は俺と歌野が共に耕し汗水流した思い出の場所でもある。

 故にこうして苔むした荒地に変わろうとしていても、目を閉じればいつだってあの日々が思い出せる。今もうその面影を残すのみだけど、確かにあった人々の営みの姿は、懐かしく、儚く、言いようのない寂しさを連想させた。

 

「失った物はもう二度と戻ってこない。そんな事、分かってたはずなのにな……」

 

 あの日守れたものもあれば、守れなかったものもある。

 その現実を受け止める義務が俺にはある。こんな所で一丁前に感傷に浸っている場合じゃない。

 

「ごめん。すぐに行くよ」

 

 言って、そこを立ち去ろうとすると、友奈がそんな俺の腕を掴んで引き留めた。

 

「待って」

 

「……友奈?」

 

 振り返ると、友奈は真剣な、それでいて優しい目をして俺を見ていた。

 

「二度と戻らない。ーーなんて、そんな悲しいこと、言っちゃダメだよ」

 

 握られた鍬をそっと指から解いて自身の手に収めると、友奈はもう一度畑の方を向いた。

 

「確かに、全部は戻らないかもしれない。取り返しのつかない事って、沢山あるから……でも、キリちゃんも歌野ちゃんも生きてる。諏訪の人達だってそうでしょ?だったら、時間はかかってもーーきっと戻せるよ」

 

 ガサリと不慣れなフォームで鍬を振り下ろす。それを一度、二度、三度と繰り返し雑草の生えた畑を耕し始めた。

 

「ほらね?少しだけかもしれないけど、戻ったよ!」

 

 屈託のない笑顔で、自身が耕した一角を手を広げて見せつけた。

 その範囲は数ミリで、全体から見れば数十、百、万のうちの一かもしれない。しかし、ちっぽけでも確かにあの頃と同じ色の景色で、俺は今自分の吐いた言葉がいかに不適切だったのかを自覚した。

 友奈はもう一度、鍬を俺の手に託した。

 

「さあ、キリちゃんも!」

 

 数秒、手に収まった鍬を見つめてから俺は数歩前に出て、友奈が耕した所から鍬を振る。

 何度も、何度も、振るうちに土は耕されて、思い出の景色はバラバラになっていたパズルみたいに少しずつ修復されていく。友奈が手や装束がボロボロになるのも気にせず、雑草を抜いている。

 

 ーーなんだ。こんなにも簡単じゃないか……

 

 諦めていた。

 歌野たちに故郷を捨てさせた罪悪感から逃げたくて、いつしか俺は『取り戻す』という選択肢すら取れなくなっていた。やろうと思えば、こんなにも簡単な事なのに……

 心の持ちよう一つで、幾らでも人は進める。遠い未来の何処かで蘇らせるために、今だけでもその一助になる事は決して罪深い事じゃないはずだ。

 

 

 俺と友奈でそうしていると、いつの間にか若葉達も集まってきて、結局皆でずっと畑を耕していた。寝る間も惜しんで没頭し、畑の一部を耕して終わる頃には既に朝日が昇っていた。

 柔らかくなった土の上に俺は持っていた種を捲くと、残りは四国に持ち帰るべく大切にしまった。

 

 その後、長距離の移動と農作業で疲れた勇者達は畑の傍で少しの間だけ眠りについた。眠りが醒めれば、勇者達は東京、北方へと旅を続ける。遂に、俺が勇者になるきっかけとなった長い旅の始点にーー今はもう忘却の彼方に失われた故郷に、三年ぶりの帰還を果たす。

 かに、思われた……

 

『四国が再び危険に晒されている』

 

 その報せが入ったのは、出発を目前に控えた時の事だった。

 

 

 

 

 

 

 突然の報せによって急遽、遠征から帰還した勇者達。大社はあくまで芳しくなかった結果を隠し、事実とは異なる『明るいニュース』を流した。

 これに対して、当然のように彼女達はいい思いなどしていなかった。事実はその逆であり、四国外の状況は絶望的、そんな報道が出来ないのは分かっていても口惜しい事この上ない。特に自分達の目で見て、酸いも甘いも思い知った少女達からすれば、あまりにも納得の行かない結末だ。

 

 ーー大社のやり方は短期的に見れば間違ってないんだろうな。でも、こんなのいつまでも続かないぞ?

 

 キリトは自らの心情以上にこの状態の異質さを憂う。

 歪曲した情報を流して、無理にでも明るい空気を作り出す。これは今の困窮した状況には確かに有効だろうが、同時に後の危うさも秘めている。ハリボテと嘘だけで固められた仮初の平和など、簡単に崩れ去る。そんな事は、キリトが一番よく分かっていた。

 

 

 もっとも、それを最も多分に感じているのは他のメンバーも動揺だったのだろう。

 

「相変わらず嘘ばっかりだ。折角のうどんが不味くなる」

 

 昼休み、球子が不機嫌そうにこぼした一言。

 食堂のテレビで流れる雑多なニュース番組や、大社主導の特番なんかでは、日夜四国外への遠征がいかに喜ばしい結果をもたらしたのかを放映し続けている。これが先にキリトが案じた歪曲した情報の一部で、その他にもインターネットでの情報操作など、その手法は多岐に渡る。

 

「人々の士気を下げない為に情報を操作する……戦争なんかではよくある事だけど……」

 

 杏も含みのある様子で口にする。

 負け戦を勝ち戦だったと報道し、あたかも我が国は勝利への一途を辿っていると人々に知らしめる。なかなかどうして、戦争とは言い得て妙だ。確かにこれはバーテックスと人類の戦争と呼べなくもないし、何者かがそう表現しても不思議ではない。

 

「みんな、うどん伸びちゃうよ!ニュースばっかり見てたら!よ~し、伸びちゃうくらいだったら、私がタマちゃんの肉うどんを食べる!」

 

 そこに一言投じたのは友奈だった。

 

「あ!友奈お前っ、肉まで食べやがったなっ!」

 

「残すくらいだったら、食べた方がいいかなって」

 

 富の奪い合いならぬうどんの奪い合い。

 恐らく皆の沈んだ様子を見た友奈が気を使ったのだろうが。その結果、割りを見たのは球子だったようだ。まあ、彼女も反撃に友奈のきつねうどんの油揚げを横取りし、友奈はそれに涙目で抗議するといういかにも締まらない状況になってしまったのだが……

 

「もう、タマっち先輩、子供みたいな喧嘩しないでください」

 

「友奈さんも、お行儀が悪いですよ」

 

 豪煮やした杏とひなたに叱られ、二人はしょんぼりした様子で「はぁい」返事し席に戻った。

 そんな二人のしょげた様子がおかしくて、キリトは一笑いしながら言った。

 

「ぷっ、あははっ!……まあまあ二人共、そう落ち込むなって。ほら、俺のうどんの肉、二人にも分けてやるから、な?」

 

 言って、キリトは自身のうつわから一枚ずつお肉を二人のうつわに移した。

 それを見た友奈と球子は目を輝かせる。

 

「いいのかっ!?」

 

「そうだよ!これじゃあキリちゃんのお肉がなくなっちゃう……」

 

「笑わせてくれたお礼だよ。お駄賃として受け取ってくれたまえ」

 

 人差し指を立てて嘯く。

 そんなキリトに友奈と球子は分けてもらったお肉を前に手を合わせ、「「はは~」」と崇め奉る。

 

「精神年齢はどっちもどっち……ね」

 

「だが、今の私達には欠かせない心持ちかもしれないな」

 

 そんな様子を傍らから眺め、若葉と千景は薄く微笑するのだった。

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