結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第四十一話:忘種

 

 昼食を食べ終わり、食堂から教室へ戻る道中の事だった。

 

「あんず、午後の授業、欠席するって先生に言っておいてくれ」

 

「えっ、うん、いいけど……」

 

 杏の返事を聞くや否や、球子はそそくさと皆とは別の方向へと歩いて行く。

 

「お、タマっち。サボりか?」

 

 そこにキリトが悪戯っ子のように笑って声をかけると、分かりやすく憤慨した球子がキリトを指さした。

 

「お前と一緒にするなっ!検査だよ、け・ん・さ!これから病院に行くんだ!それじゃあな」

 

「病院って……」

 

 杏はその理由を球子にたずねようとしたが、その頃には既に食堂を後にして去っていく球子の後姿が廊下の向こうに小さくなっていた。そして、今し方球子を茶化したキリトもまた打って変わって、何か気掛かりであるかのように表情に神妙な色を映していたのだった。

 

 

 

 

 午後の授業も終わり、夕暮れ前の放課後の事。

 俺は丸亀城内の学校にある図書室に訪れていた。もっとも、普段の俺であれば放課後と言えば千景と自主練をするか、ゲーセンに行くかの二択で、そうでなくともこう言った場所にはあまり来ることはない。つまりは、折り入って用があるから来たわけだが、ガラガラと引き戸を開けるとーー

 

「え、あ……キリトさん」

 

 人の居ない図書室に設置されたテーブルで一人、本を左右正面に所狭しと並べて読みふける少女、杏の姿があった。

 

「まさか、先客が居たなんてな。調べ物か?」

 

 常に伽藍洞(がらんどう)という程でもないが、スペースが広い割に使用者が少ないのは学校の図書室の通例みたいなものだ。

 それでも、この図書室にも番人と呼ばれる存在は居たらしい。

 

「えぇ、まあ……」

 

 会話の糸口程度に振ってみた話題だったが、杏は目を伏せて憂いた様な反応を返し、俺はそんな様子が妙に気になった。

 だから、訝るように肩を竦めてみると、杏は再び視線を手元の本に落とし、俺はその後ろからその内容を見た。そこに書かれていたのは、奇しくも俺が今日、調べに来た内容と一致していたのである。

 

「それ、輪入道の」

 

 恐らくは、日本の妖怪やら魑魅魍魎の類いを紹介する図鑑のようなものだろうか?

 そして、今杏が開いているページには『輪入道』の小噺(こばなし)や逸話が書かれていた。声に出した俺に対して、杏は視線を向けず何か辛いものを押し隠すように、視線を下へと沈める。

 

「……キリトさん。切り札の代償って、何だと思います?」

 

 訊かれて、俺は考えながら答える。

 

「そう、だな。確実なのは、体への負担だけど……」

 

 目の前にテストの解答用紙があって、これが『問題』なら、これだけでは空欄が一つ残るだろう。

 

「私は、切り札は一種の降霊術の様なものなんだと思うんです」

 

 そこに推論を付け足したのは、他ならない出題者の杏だった。

 

「降霊術って言うと、あの世から霊を降ろして話したりできるって言うあれか?」

 

「はい。その認識で間違いありません」

 

 俺はあまりそっち方面の知識に明るくはないが、言われてみれば確かに似ている部分は多い。

 

「降霊術は安全なものもあれば、危険なものも多いです。代表的なのは、こっくりさんとかでしょうか?儀式や手順を守れば、大抵は問題はないんです……でも、乱用したり、手順を守らなかったりすると、降霊した人に悪影響が出る事もあるんです」

 

「その悪影響って?」

 

「……降ろした霊とか、呪術的に高次な存在に……意識や精神を浸食されたり、とかです」

 

「っ!」

 

 それを聞いて、俺は驚愕の声がもれるのを押さえる事が出来なかった。

 高次元な存在をその身に降ろすことで起こる精神の異常。それはもしかしなくとも、俺が切り札を使用した際に生じる記憶の欠損にも通じるものだ。あの悪夢のような副作用は、一つの身体に二つの人格を混在している状態で、双方のバランスを崩してしまったが故に起こる一種のバグのようなものだと思っていた。

 

 しかし、これがもしも杏の言ったような理由に帰結するならば、話はもっと単純であり、そして残酷なものであるという事になる。

 

「確かに、皆がこれまでに切り札を使った後……特に短いスパンで連続使用した球子なんかは、最近やけにぼーっとする事が多かったりはしてたけど……」

 

 それだけじゃない。友奈や若葉も、切り札を使った直後はまるで自分じゃないみたいに呆然としている時があった。

 あれが切り札を使った事による精神の異常だとするならば、大きすぎる力への代償としても説明がつく。

 

「私、怖いんです。私はまだ切り札を一度も使っていないから、少しだけ余裕があります。でも、タマっち先輩は……もう三回も使っているんです」

 

 あの球子が自ら病院へと足を運ぶほどだ。自らの身体に異変を感じているのは間違いない。

 そこまで表面化してしまっているなら、これ以上切り札を使うのはあまりにも危険だ。しかし、これを言ったとして果たして彼女は納得して「はいそうですか」と切り札を使うのを自粛してくれるだろうか?

 

 ーーいや、無いな。

 

 あの球子に限って、そんな選択は決してしないだろう。

 恐らく、その場では空返事に頷いて見せても、いざ杏が危険に陥れば使うに決まってる。

 

「……」

 

 やるせなさと、恐怖に震える杏に俺は何と声をかけていいのか分からなかった。

 元はと言えば、俺が迷わなければ球子が切り札を使うことは無かったのではないか?

 記憶が消える恐怖に怯えて、一歩踏み出す事を躊躇っている間に、何度過ちを犯した?

 

 数えようと思えど、数え切れないほどの負の連鎖だ。それもこの世界での出来事に留まらないのだから質が悪い。

 

「二人は、俺が守るよ」

 

 だから、そんな言葉しか俺には吐けない。

 視線を向けた杏の潤んだ瞳を見て、若干の罪悪感を覚えながら言う。

 

「俺だって、まだ一回も(・・・)切り札を使ってないんだ。ちょっとやそっとの無理でどうにかなるような事はないさ」

 

「……それ、信じていいんですか?」

 

 真っ直ぐに真剣な色をした眼差しを見返しながら答える。

 

「ああ、大丈夫」

 

 嘘をついてでも、仲間を守れるのならそれでいい。

 これまでずっと守ってもらってきたんだから、それくらいはどうか許してほしい。例え、今し方塗り固めたメッキがいつか自らに牙をむくことになろうとも、俺は『剣士』としての自分を張り続けるしかない。

 

 

 

 

 

 

 結局、切り札の件についてはキリトと杏で内々調査する方向に落ち着いた。

 すぐにでも皆に知らせるべきかとも考えたが、まだ推測の域を出ない状況で下手を撃てば、それこそ仲間の命を危険にさらす事になる。切り札は危険な技であると同時に、勇者の勝利には欠かせない生命線でもあるのだ。

 

 

 キリトもまた、懸念すべき事に苦悩しながらも、普段はなるべくそれを考えないようにした。

 一日、二日と経てど厳戒態勢の日々の中で、勇者達は(つと)めて精神的な疲労を感じながらも前を向いて歩む毎日ーー

 

 そんな中でも、楽しい事は無数にあって、中でも若葉の提案したレクリエーションと称したバトルロワイヤルは勇者メンバー間で予想外の白熱をみせ。最後に若葉を出し抜いたキリトの作戦勝ちで幕を降ろすかと思いきや、まさかの外野であるひなたを味方につけていた杏の更なる作戦勝ちとなった。

 その際の一幕がこちらーー

 

『おい待て!それ(ひなたに渡した若葉の訓練中の写真)ってただの賄賂(わいろ)じゃねぇか!?そんなのアリかよ!』

 

『ルール上でダメとは言われてないので、正当な作戦です。キリトさんだって……皆が負けるまで待って、漁夫の利を狙おうとしてたじゃないですか?』

 

『うっ、それは……別に潜伏し続けるのが、ルール上でダメとは……』

 

 言葉を詰まらせたキリトに杏はニッコリと笑って。

 

『じゃあ、問題ないですね!』

 

『諦めなさい桐ヶ谷さん。あなたの負けよ』

 

 肩にそっと手を置いた千景がそう言って、キリトはようやくげんなりした様子で負けを認めた。

 勝者である杏には敗者への命令権が進呈され、若葉、友奈、球子の三人で恋愛小説の一幕を再現という、ご褒美タイムが展開されていた。

 

「あれ、俺達もやんなきゃダメなのか?」

 

 男子の制服に身を包み、甘ったるいセリフを吐く若葉に壁ドンされた状態で、しおらしい演技をさせられる球子。更にそこへ現れる熱血生徒っぽい友奈。

 要求した本人は目を輝かせながら指示を出している。

 

「絶対にイヤよ……あんな恥ずかしいの……」

 

 キリトの問いかけに千景は断固拒否の意思を示す。難色を見せる二人を前に、ようやくご褒美タイムを終えた三人と杏が戻ってきた。

 

「さて、お二人にはどんな役柄がいいでしょうか?」

 

「「ひっ」」

 

 口元を三日月型した杏を前に、二人は底冷えする。

 しかし、杏は首を横に振った。

 

「キリトさんと千景さんには、別の命令にします」

 

「え?」

 

 まさかの言葉にキリトと千景は首をかしげる。そうして二人が訝しんでいると、杏は教卓から二枚の白い紙を出して二人に渡した。紙にはそれぞれ、『卒業証書 三年 桐ヶ谷和葉』『卒業証書 三年 郡千景』と書かれていた。

 

「凄い達筆だな………これって」

 

 それを見たキリトは少々面食らったような表情をしていた。

 

「命令は、それを受け取ってください」

 

 千景も呆然としながら卒業証書を見つめていた。

 

「よく考えたら、ぐんちゃんとキリちゃんって三年生だから、本当はもう卒業だしね。卒業証書、私たちで作ったの」

 

 いつも一つの教室で過ごしているから意識する事は少ないが、キリトと千景は皆よりも歳が一つ上だ。本来なら今年で中学は卒業し、高校生になる。

 

「といっても、学年が高一になるってだけで、学校もここから変わらないけどな」

 

 球子が述べた通り、勇者を一箇所に集めて管理するという名目上、学び舎が変わる事はない。

 

「だが、形だけでも、こういう行事は行った方がいい」

 

「ええ、私もそう思います」

 

 若葉とひなたも頷く。

 学校が変わらず、何なら教室だって変わらない。クラスメイトだって、ずっと同じでそれ自体はキリトも千景も特に悪い事だとは思っていない。しかし、『卒業』という本来なら記念すべき事象にも殆ど意味を感じていなかったのは確かだった。むしろ、皆に言われるまで忘れていたまである。

 千景とキリトはお互いに顔を見合わせると、顔をほころばせた。

 

「そういう事なら、ありがたく受け取らせてもらうよ」

 

「命令なら、仕方がないものね……」

 

 桜がまだ蕾に包まれた時期、勇者達は笑いあいながら日々を過ごした。

 瀬戸内海は静かに波打つだけで、神託のバーテックスは未だに攻めてこない。




次回、遂に球子と杏の分岐点である"あの戦い"です
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