結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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遂にここまで来てしまった


第四十二話:脅威

 

 真実に辿り着いた時、それはいつだって早すぎて包み隠されるか、遅すぎて手遅れか、その二択だ。

 円滑に問題が共有される事は重要とは言え、非常に稀な事であり、その壁にぶつかるのはある種必然だった。

 

 『勇者の切り札』がもたらす隠された副作用を探る上で、精霊の正体に目を付けた杏の慧眼は、奇しくもその真実を詳らかにした。切り札を使えば、勇者の身体に『穢れ』が溜まる。そう考えたのは、精霊とは必ずしも良い存在ではなく、怨霊であり、更にこれを宿らせる行為を呪い憑きと定義した事が発着点だ。

 降霊術のルーツや精霊となった妖怪や魑魅魍魎の伝承からなぞった推理は、まさしく的を得たもので、その明晰な頭脳は確実に勇者の力の核心に迫っていた。

 

 しかし、現実はいつだって非常だ。その答えが出たは良かったが、検証するだけの時間をーーバーテックスは与えなかった。

 

 心せよ。優美であればあるほどに、花の一生とは短いものなのである。

 

 

 

✾『脅威』✾

 

 

 

 桜が散るのは早いからと花見の予定を立てていた、その夕方。

 スマホから樹海化の警報が鳴り、四国全体が神樹の結界によってミステリアスな戦場へと変わった。神託では、『今までにない事態』とまで言われた侵攻だ。それは前回の総力戦すらも超えるものであるという事だが、その実は彼女達にとって拍子抜けするものだった。

 

「なんだよ、今までにない事態とか言ってた割には、大したことなさそうだな」

 

「油断するなよ、球子。何事も大丈夫だと思った時が一番失敗しやすい」

 

 若葉の指摘に対して球子は余裕を崩さずに返す。

 

「はいはい、若葉は心配性だな」

 

 接近してくるバーテックスを視界に捉え、それぞれが武器を構える。

 そんな中で、キリトだけはなおも武器を構えないまま神妙な顔つきで何かを考え込んでいた。

 

「キリト、敵が来るぞ?何か気になる事もあるのか?」

 

 若葉に声をかけられて、キリトはようやく我に返った。

 

「あぁ、いや……何でもない。ごめん、戦闘に集中するよ」

 

 確かに目の前に見える敵の総数は前回の総攻撃に比べればなんら大した事のないものだ。

 しかし、キリトは胸中に渦巻く圧倒的な不安感を無視できないでいた。先日の切り札の事もあって緊張でもしているのかと思ったのだが、どうやらそう言った様子でもない。まるで不可視の死線が目前まで迫っているような、そんな感じなのだ。

 とは言え、こんな抽象的で不確定な話を、わざわざ戦闘前にするのもどうかと思って、一先ず意識の片隅に追いやった。

 

「あの!皆さん、聞いてください!」

 

 そこでいつになく声を張った杏の呼びかけた。

 

「どうしたの……?」

 

 千景が訝しげに聞くと、杏は真剣そうな表情で答えた。

 

「今回は切り札を使うのはなしにしましょう」

 

「っ……杏、お前」

 

 キリトは彼女との先日の会話を思い出す。だが、その内容を知るのは他ならない当人たちのみで、若葉達は事情を知らない。

 

「それは、どうして?」

 

 故に、千景を始めとして若葉達が意図を図りかねるのも仕方がない事だった。

 

「元々大社からも、精霊の力を使うのはできるだけ控えるように言われていましたし……もしかしたら、本当に危険かもしれませんから」

 

「場合によっては……そうも言ってられない時だってあるわ」

 

 千景の反論に対して、杏は言い返せない。千景とて杏の言う事が分からない訳ではない。切り札を前提とした戦いが危険という話なら、確かにそれはその通りだし、"出来る限り"使わないようにしようというのなら協力もする。

 だが、全く使わずに勝とうというのは、流石にリスクとリターンが見合っていないと千景は思うのだ。

 今まで、進化体との戦いでは、殆どが切り札の恩恵を受けて討伐してきたと言っていい。それを考慮すれば、果たして『切り札を使わずに勝つ』事が可能なのか。確かに、相手が一体だけなら、キリト、若葉、千景などのフォワード三人で協力すれば、先の総力戦時の様に仕留める事自体は可能だ。

 

 しかし、必ずしも相手が一体だけなんて保証はどこにもない。

 力を出し惜しんだ結果、仲間が犠牲になりました。……なんてのは、ハッキリ言って論外だ。

 

「伊予島さん……あなたの言う事も理解できる。使うのを控えるだけなら協力するけど……でも、私は……私自身も含めてこの中の誰かが危なくなったら……確実に切り札を使うわ」

 

 一方的に否定したくもないが、かと言ってこれが千景の出来る最大限の譲歩だ。

 

 ーー以前までの私なら、こんなこと絶対に言わなかったでしょうね……

 

 千景は内心で自嘲しながら、それ以降は特に何か言う事はなかった。

 

「ともかく、杏と千景の意見はどちらも一理ある。今回は出来るだけ切り札の使用を控えつつ、場合によって各自の判断で使うという事にしよう」

 

 若葉が両者の意見を取り纏めた事で、一先ずこの話は切り上げる事となった。

 

「話し合いは済んだみたいだな。丁度やっこさんがお出ましみたいだぜ」

 

 キリトの言葉でそれまで話し合っていた勇者達は再びバーテックスに視線を移し、臨戦態勢を取った。

 

 

 

 

 戦闘の進みはまずまずと言った所だろうか。

 それぞれがバーテックスを各個撃破し、唯一後衛である杏だけは球子と共に行動している。特にもっとも警戒すべき進化体の生成は杏が随時、弓で阻止しているので未だ起こっていない。しかし、目に見えた優勢に対して俺はそれまで以上に緊張を感じていた。

 

 ーーまただ、どんどん強くなってる。

 

 バーテックスの通常個体を次々と切り裂いて、一際大きな高台の上へと移動する。

 

「……何処だ?」

 

 強化された視力で戦場全体を見渡すが、特に変わった様子はない。

 分からない。さっきから感じている異様なまでの緊張感の正体は一体なんだ?

 

「やっぱり、気のせいなのか?いや……でも、これはそんな言葉で片づけていいようなものじゃない」

 

 危険を察知する第六感とも呼べるこれのお陰で、俺は今まで生き残る事が出来た。

 風の揺らぎや空気感の変化、訪れる危機とはそれら僅かな歪みの総合値だ。まぐれや偶然に思えても、必ず前兆はある。

 しかし、今は同時に戦闘中でもある。観察と考察の時間を易々と与えてくれるほど、バーテックスは甘くない。高台に立っていた事で目立ってしまったのか、瞬く間に四方八方を通常個体が取り囲んでしまった。

 

「くっ、考える暇もないか!」

 

 高台を跳躍し、バーテックスの突進を回避するとガラ空きの背後から漆黒の剣を突き立てる。

 そのまま取り囲むバーテックスを足場にしながら、一切止まる事なく空中殺法を繰り広げる。一瞬でも動きを止めれば、たちまち大群の餌食になりかねない危機的状況でも、俺は一切の焦りを見せず剣を振る。

 単調で動きの鈍い通常個体ていどなら、百集まろうが二百集まろうが物の数じゃない。

 

 最も厄介なのは()に情報不足である。故に攻撃方法が分からない進化体は厄介なのだ。

 

 ーー杏のお陰で、進化体の形成は今のところ防げてるけど……このままじゃ時間の問題だな。

 

 幾ら的確な射撃をして融合を阻止しても、相手は何百といった数のバーテックスだ。

 その融合をたった一人で阻止し続けるなど、どんな優秀なスナイパーであろうと不可能。包囲していたバーテックスを粗方殲滅した時点で、その綻びは現れた。

 

「いけない!」

 

 杏がそう叫び。

 俺も進化体の形成が始まったことに気付く。百体近くのバーテックスが群がり、一つの強力な個体へと生まれ変わろうとしていた。

 ならば以前のように連携して倒そうと若葉達を探すが、全員通常個体の殲滅に手を焼いているようで、とてもじゃないが呼び戻せる状態じゃない。

 

「仕方がないなっ。切り札を使うぞ!」

 

「待って、私がやるから!」

 

 前に出て再び輪入道を発動させようとした球子を静止し、杏が目を閉じ神樹の概念的情報へと意識を接続し、精霊の力をその身に降ろす。

 勇者装束が変化し、より神秘的な姿に昇華する。ーー『雪女郎』全てを凍てつかせる死の象徴たる力が、杏に宿った。

 

「あれが、杏の切り札……」

 

 何と美しく、そして恐怖的なのだろう。

 杏がクロスボウを天空へ向けると、放たれたのは矢ではなく降りしきる白い粒子。それらは雪だ。辺り一面を覆いつくすほどの白い雪。そして、次の瞬間に雪は烈風によって激しい吹雪と化した。

 

「うお!?さっむ……!!」

 

 勇者装束を纏っていて、なおも極寒と呼べるほどの寒さが訪れる。

 更に視界も真っ白になり、敵も味方の位置も分からない。そんな中で杏の声が響く。

 

「皆さん、危険ですので動かないでください!敵は私が、全部やっつけますから!」

 

 杏が展開した切り札『雪女郎』は、広範囲を極寒の吹雪で制圧する。

 勇者とて変身していなければ、即座に絶命するような極地の冷域によって、丸亀市に攻め入ってきた通常個体を凍てつかせる。

 

 数秒後、吹雪が止むと進化体を形成しようとした個体は勿論、殆どのバーテックスが凍結していた。それらは凍ったまま落下し、地面に叩きつけられて砕け散る。運よく逃れたバーテックスも残り僅かとなっていた。

 

「凄い殲滅力だな……」

 

 背筋をゾクりさせるほどの力だ。

 強力な進化体でもなければ、それこそ凡百の通常個体など幾ら集まろうと物の数ではないだろう。

 

「残りのバーテックスは、一割くらい。これなら、例え進化体を作られてもーー」

 

 安堵に胸を撫でおろそうとした時、途轍もない圧迫感が肺を押しつぶした。

 コヒュっと喉が詰まったような感覚の後、俺は反射的に目を瀬戸内海の方へと向けた。

 

「あ、れは……バーテックスの援軍?いや、それより……」

 

 ーー何だ、あれは?

 

 大きなエビ。否、サソリのような形状をした巨大な怪物が見て取れた。

 具体的には、前の戦いで未完成に終わった巨大な進化体と同等かそれ以上の大きさだ。

 

「さっきから感じていた気配の正体は、あれだったのか?」

 

 道理で幾ら戦場を見渡しても見つからない訳だ。

 何にしても、今の時点で奴との距離が一番近いのは俺だ。せめて、攻撃パターンとステータスくらいは割り出したい所だろうか?

 

「さて、どう来る?」

 

 巨大な進化体との距離は数キロメートルまで近付き、警戒を最大まで高めどんな攻撃も防げるように集中する。

 一秒、二秒……距離が一キロを切ったところで、

 

「っ!?」

 

 全身を貫くような悪寒を感じて咄嗟に後方に跳躍する。ズザンという轟音と共に鋭利な尾が元居た場所に突き刺さっていた。

 

「こいつは、予想よりヤバイかもな……」

 

 今の一合だけで、この個体の力を推し量る。スピード威力ともに過去の進化体全てを凌駕する。更に……

 

「ぜあァッ!!」

 

▽二刀流2連撃技▽

エンドリボルバー

 

 斬りつけた二連撃は不愉快な衝撃を手元に返すだけで、その巨体には傷一つ入らない。

 

「っ、固すぎる!?」

 

 悪態交じりに吐き捨てて、反撃に繰り出された高速の尾を回避する。

 一撃でも受ければ悪くて致命傷、良くても重傷は避けられない。そしてこちらの攻撃は一切通らないと来た。

 

「うおぉお゛!」

 

 渾身の気合いを込めて剣を振り、尾による猛攻を回避しながら反撃を繰り返す。

 このバーテックスの尾は受け流すだけでも相当な衝撃を手元に伝え、それは武器を危うく取り落としそうになるほどだ。

 

 何度も剣と尾、そしてバーテックスの固い外皮が火花を散らす。ここまで全体にしても一分とない、僅か数秒の攻防である。一撃も受けられない緊張感もそうだが、不規則にしなる尾を凌ぎ続けるのは相当な集中力を要する。

 弾く度、回避する度にゴリゴリと意識のパラメーターが減っていくのが分かる。

 

 更にダメージを与えることすら出来ない焦燥がノイズとなって、本来あるべき繊細さを欠かせる。

 

「っ、はぁぁああ!」

 

▽片手剣単発技▽

ヴォーパルストライク

 

 ならばもっと高威力かつ貫通力のある技で。

 そう考え、尾を跳躍で回避し、大技を発動させようと剣を引き絞る。

 

「いっ……」

 

 だが、それが良くなかった。

 鋭い気合いと共に赤黒い光を纏った刺突を繰り出そうとしたその時、視界の端に柔軟に切り返し方向転換した尾を捉えた。

 

「しまーー」

 

 咄嗟にスキルを使っていない方の剣を構える。が、そんなもの意味を成さないと言わんばかりに全身を強烈な衝撃が襲う。

 直撃。体が凄まじい勢いで吹き飛ばされ、数キロ後方の壁に叩きつけられた事でようやく停止する。しかし、負ってしまった傷は相当に深いものだった。

 

「ぐ、ごはっ!」

 

 体が前のめりに倒れ、ゴポリと血の塊を吐き出す。

 少なくとも骨の数本、内蔵も損傷受けている。致命傷ではないが、間違いなく重傷だ。正面から受けてしまったとは言え……反応し、更に防御も間に合っていた。空中で最大限に衝撃を逃がしてなお、このダメージ。

 

「ちくしょう、一撃で、こんなの……あり得ないだろっ!」

 

 悪態を付けどケガが治る訳じゃない。

 遠くから誰かが俺の名前を呼んでいるが、それを認識するのすら辛い状況だ。けれど確かな事として、あいつだけは絶対に野放しにしてはいけない。

 今の一戦でハッキリ分かった。奴は今までの進化体とは格が違う。それこそ、例え切り札の力があっても、あんなのとまともに戦えば確実に死ぬ。

 

「うご、け!」

 

 剣を杖にして、何とか立ち上がる。

 

「動けっ!」

 

 体に受けた損傷は気にするな。死ななきゃそれで良い。

 視界の先には、あの巨大な進化体に立ち向かう杏と球子の姿があった。

 

「杏、タマっち……ダメだ。そいつと戦っちゃ……」

 

 逃げろと叫ぼうにも、肺に激痛が走って出てくるのは赤い鮮血だけだ。

 

 ーーそうだ、若葉達は?

 

 全員で協力すれば、或いは……そう思って見回すと、全員複数の進化体に囲まれて、そちらの対処で手一杯になっていた。幾ら切り札を使っていても、複数の進化体の進化体に囲まれてはそう易々と突破は出来ないだろう。

 

「っ、俺だけでも!」

 

 鈍痛に縫いつけられた体を前に出そうとして、瞬間、視界を大量の白い怪物が覆い隠した。

 そこには数十体の通常個体のバーテックスと、二体の進化体が行く手を阻むようにして立ちふさがっていた。のしかかる絶望、真っ黒になった思考の中でプツンと何かが切れる音がした。

 

「……け」

 

 ギシリとかみしめ、重篤なケガをもろともせず剣を振った。

 

「退けぇッ!!」




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