結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第四十三話:落花

 

✾『落花』✾

 

 優勢だったはずの戦況が一瞬にして、絶望へと変わる。

 その始まりは、バーテックスの大群の加勢と一緒に現れた、一体の巨大な進化体だった。そいつは、一番近くに居た黒衣の剣士を……勇者の中でも最上位の力を持つキリトを、たった数秒で倒したのだ。その上何度もソードスキルを叩き込まれたはずの巨体には、一抹のダメージもない。

 

「キリトさぁぁん!」

 

 黒いシルエットが横一線に飛んで、数キロ後方に叩きつけられてた。

 間違いなく重傷。復帰が難しいのは遠目からでも明らかだった。

 

「嘘だろ、一撃で……」

 

 普段は楽観的な球子ですら表情を歪め驚愕している。

 

「私が行きます!攻撃力は私が一番高いですからっ!」

 

 仲間をやられた事への怒りを、杏はクロスボウに込める。

 

「凍れ!」

 

 放たれた冷気の奔流はバーテックスの巨体に直撃する。

 先程の攻撃を面へのものとするなら、今回は点に対する集中砲火。威力はさっきの何倍もある。にも関わらず、杏の渾身の一射はバーテックスの表皮を少し凍らせる程度で足止めにもならない。

 

「そんなっ」

 

 これまではどんなに強力な進化体であろうと、精霊の力を使えば圧倒する事が出来た。

 それが全く通用しない事に動揺をあらわにする。

 

「わっ!?」

 

 そこにサソリ型バーテックスの尾が迫り、寸前で回避する。

 あと少し遅れていれば直撃。さらにその威力を間近で感じた杏は、先程これを正面から受けてしまったキリトの容態を予測し、恐怖を覚えた。

 

 ーーこんなのを一撃でもまともに受けたら……

 

 周囲では若葉達が次々と切り札を発動させている。『これまでに無い事態』の言葉の意味を理解した杏は、只々自身の無力を呪うしかない。目の前の圧倒的な力を嵐だとするなら、彼女達はまるでか弱く咲くだけの一輪の花だ。

 

「あんず、危ないっ!」

 

 球子の声にハッと我に返った杏の目前には、すでに鋭利な尾が迫っていた。

 避けられない。もはや絶体絶命かに思われたが、寸前で切り札を使った球子が助けに入る。巨大な旋刃盤から球子が、尾が命中する寸前で杏を引っ張り上げたのだ。

 

「っ!」

 

 しかし、直撃は免れたものの尾針の先端が杏の左腕を掠った。

 

「あんず、大丈夫かっ!」

 

「大したことないよ。ちょっと掠っただけ……えっ?」

 

 杏は自身の腕を見て苦悶の声を漏らした。

 通常ならば軽い裂傷ていどの傷は、周囲が紅くただれたように腫れあがっていたのだ。そればかりか、まるで神経が麻痺したように腕が動かない。

 

「あんず、腕が……!」

 

「あのバーテックスの針、毒を持ってるんだ……」

 

 それもかなり効力が高く、即効性の高い毒だ。

 掠っただけでこれなら、深めに貰った場合の事など想像したくもない。

 

「でも、右腕が無事だから、まだ戦える!」

 

 唯一の幸運は利き腕ではなく左腕だった事だろうか?

 利き腕さえ無事なら、射撃の精度もそこまで著しくは下がらない。

 

「……わかった。だったら早く治療できるように、さっさと戦いを終わらせるっ!」

 

 弱音を吐かず右手でしっかりとクロスボウを握った杏に、球子もそれ以上止めるような事はせず目前の敵に集中する。

 尾の攻撃をかいくぐりながら、旋刃盤でバーテックスに接近する。

 

「連撃いくぞ!あんずっ!」

 

「うん!」

 

 杏が吹雪をぶつけ、球子が炎を纏った旋刃盤で体当たりする。

 赤と蒼が織り交ざって、獄炎と極寒の共存する地獄を作り出す。それ自体でダメージを与えることが出来ずとも、もしかすれば急激な冷却と熱の波状攻撃は効果があるかもしれない。

 

「「いけぇぇぇえええ!!」」

 

 これまでに勇者が起こしたどの攻撃よりも高威力。

 ただの進化体なら数秒と持たずに倒せるであろう力を持ってしても、やはり届かない。

 

 反撃に振り降ろされた尾を回避した球子が驚愕の声を上げる。

 

「全然効いてないっ!」

 

 杏と球子の心中が絶望に包まれる。

 球子の輪入道は勇者達の中でも特段高火力な切り札だ。そこに杏の雪女郎を上乗せしても通用しないのなら、そもそも今の時点で勇者にこいつを倒す手段は無いという事になる。こんな事は誰も予想できなかった。

 大社も、巫女も、勇者もーー

 最初にキリトが負け、そして杏と球子の渾身の特攻も届かなかった。

 

 敗北。

 それが意味するところは、つまり世界の終わりだ。

 

 次の瞬間、とうとう球子の旋刃盤をバーテックスの尾が捉えた。二人をしなる尾が打ち付ける。生身でトラックにぶつけられたような衝撃を受けた二人は、精霊による強化も解除され、宙を舞って樹海へと落ちていく。

 杏の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 ガン、

 ガン、

 ガンーー

 

 暗闇の中に落ちた意識が聞いたのは、金属を重い鋼が打つような音。

 杏はその音によって目を覚ました。そして、目にしたのはーー

 

「……た、タマっち、先輩……?」

 

 何度も何度も、楯の上から尾針で打ち付けられる球子の姿だった。

 足は地面にめり込んで、周囲には噴出したであろう血が至る所に滲んでいる。立っているのすら不思議なくらいのケガなのに、なおも球子は楯でバーテックスの攻撃を受け続けていた。

 

「目、覚ましたか……?」

 

 球子は意識を失った杏を守るために、たった一人で今の今までバーテックスの攻撃をその身で受け続けたのだ。

 それこそ一撃受けるだけで致命傷になり得るのにも関わらず、決して倒れる事なく。

 

「早く逃げろ。あんず……!」

 

「何言ってるの!?タマっち先輩こそ逃げないとっ」

 

 だが、球子はバーテックスの攻撃を楯で受けながら首を横に振った。

 

「タマは、無理だ……」

 

「どうして……?」

 

「足が、動かないんだ……多分、骨が砕けてるから……全身が痺れたみたいに……動けない」

 

 杏は思わず口元を抑え、涙をこらえた。痛々しい傷の数々を背負って、言葉にする間もバーテックスの攻撃を受け続けている。

 

「あんず……お前だけでも、逃げろ……!」

 

「ダメだよ!出来るわけないよ!」

 

 親友を置いて逃げる。それは杏とって死ぬよりも辛い事だ。

 杏にとって球子は片割れだ。無くてはならない存在で、彼女が居ない世界など怖くて想像もできない。そんな世界で生きたくない。生きていけない。球子が何度「逃げろ」と言っても、杏は首を縦には振らない。

 そればかりか、効かないのを承知で必死に弓を引き矢をバーテックスに放つのだ。

 

 どうにもならない。

 そんな事はもう二人共分かっていて、それでも生き残り、守り抜く道を諦めない。

 

 球子の守りたいという意思を具現した〈神屋楯比売(かむやたてひめ)〉が、

 杏の強くなりたいという想いを具象した〈金弓箭(きんきゅうせん)〉が、

 

 お互いを守り抜くために、最期の力を発揮し、散る間際の輝きを魅せる。そんな少女達の必死な思いを一蹴するように、球子の楯に入ったヒビに、無情な一撃をバーテックスが振り下ろした。

 

「ぁ……」

 

 球子が出したそれは、か細い声だった。

 これまで自身と杏を守ってくれた、溢れんばかりの思いの結晶たる楯が無残に破壊され、バーテックスの尾が無防備な球子へと迫る。杏の矢も効かない。その針は二人の少女を貫き、明確な終わりを告げるーー

 

「ーー下がれッ!!!!!」

 

 その時、空気を揺らすほどの覇気が響き渡った。

 

▽片手剣単発技▽

ヴォーパルストライク

 

 ジェットエンジンのような轟音が鳴り、赤黒い光を纏った刺突が球子の目前を一閃する。

 迫った尾針に側面から正確に突き立てられたそれは、一瞬の拮抗の末に、二人の少女に死をもたらさんとしていた尾を撥ね退けた。

 

 軌道がそれた尾は球子と杏のすぐ傍に突き刺さり、その衝撃で二人は樹海の上を転がった。球子と杏は何が起こったのか、一瞬理解できなかった。しかし、間際に聞こえた声だけは誰の物かハッキリしていて、杏が倒れ伏した体を持ち上げ、傍で意識を失い横たわる球子を労わるその時……見上げた先にあったのはーー

 

 あの黒い背中だった。

 

「どう、して……」

 

 杏がそう言葉をこぼすと、キリトは困ったように笑った。

 

「どうしてって……守るって、約束しただろ?」

 

 いつになくボロボロで、至る所に血が滲んでいて、それでも不敵に笑って見せるのは紛れもない、かの剣士の姿なのだから。

 絶望的な状況の中で、包囲をたった一人突破したキリトはここに立つ。

 

「二人共、ナイスガッツ。よく頑張ったな」

 

 その姿に、一体杏がどれだけ安心したか。涙を滲ませながらも、杏はようやく悟ったのだ。

 

「後は任せてくれ」

 

 もう自分達は大丈夫であると、万事任せて問題ないと、何より勇者の勝利が確実となった事を……

 

「……絶対に、死なないでくださいね?」

 

「ああ、分かってる」

 

 そう返答したのを最後に、キリトは表情は戦場へと赴く。剣のように鋭い気配を纏い、一歩踏み出し、目の前の巨大なバーテックスに向かって嘯いた。

 

「よくも、ここまで好き勝手やってくれたな」

 

 剣を構え、その瞳が見据えるのは目の前の巨大な敵でありながら、映るのは遥か彼方の『蒼穹の城』。覚悟を決めた剣士は目を閉じ、自身の中にある『黒の剣士』の概念的情報へとアクセスする。

 

「来いーー」

 

 代償を支払い、黒い風が吹き荒れて、黒い結晶が樹海の大地に咲く。

 

「エリュシデータ、ダークリパルサー!」




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