10月4日ーー
誕生日を祝われるのなんて、多分三年ぶりくらい。
まあ、俺は三年前より以前の記憶がないから、あまり実感は湧かない。でも、何となく、消えたはずの記憶の底から温かな感触をかんじた。それは妙に心地よくて、やっぱり祝ってもらえて良かったと思う。
今日からは、若葉から貰ったこの日記帳に日記をしたためて行こうと思う。忘れても大丈夫なように……
11月10日ーー
杏と球子の馴れ初めを聞いた。
あの二人はいつも仲がいいと思っていたけど、過去にそんな事があったなんて知らなかった。実を言えば、ああいう関係性は少し羨ましい。俺にも戸籍上は両親と、年の近い妹が居たはずなんだけど、もう顔も思い出せないから……余計にそう思うのだろうか?
12月15日ーー
先日あった三度目の侵攻から一週間くらい経った。
今日は休日だったからチカっちと一緒に町のゲームセンターに行ったんだけど、結局この前連勝を阻まれた雪辱は返せずにいる。本当にどんなゲームやらせても強いから、ちょっと自信を無くしそう。でも、負けが込んで悔しくても、チカっちと一緒だとやはり楽しさの方が大きい。
12月25日ーー
今日は待ちに待ったクリスマスという事で、勇者の皆でクリスマスパーティーを開催した。今の世の中だから、サンタさんなんて来てくれるとは思えないけど、その分皆でプレゼント交換をしたりして大盛り上がり。このイベントは、ここ最近で一番楽しかった。出来れば、ずっと忘れたくない。
1月1日ーー
今日は皆で年明け早々に温泉旅館に来ている。まあ、俺は中身があれなので個室の風呂で粛々と過ごさせてもらったが、それでも日頃の疲れに旅館の湯はなかなかに沁みるというものだ。それから……
……。
一ページ、一ページ、その一つひとつに綴られた思い出を前にして千景は何も言葉に出来なかった。
書いてあることは、一人の中学生が紡ぐありきたりな内容だ。なのに、それがこうも重く辛い現実へと繋がってしまう不条理。普段のたわいない会話とか、出来事とか、そんなのは覚えていなくても普段の生活に問題が起きるような事はない。
でも、それが生きる上で何より大切な要素なのを、千景は誰よりも理解していた。
特に、今が人格を形成する大切な時期である彼女達なら尚更だ。
「……なんなのよ……こんなのって…ーー」
あまりにも酷い話だ。
自分達は命をかけて戦っているのに、世間からは罵詈雑言で罵られ、記憶すらも奪われる。
そこまでして、戦うだけの価値や意味が本当にあるのだろうか?千景にはもう、それすら分からなかった。
「もしも、私が桐ヶ谷さんの立場だったら……」
切り札を使えば、あの完全体のバーテックスすら倒せるとして、その代償に記憶を失う。それも部分的にではなく、ほぼ全ての記憶を、だ。
幼い頃の記憶にはもはや何の未練もないが、もしも丸亀城で皆と過ごした記憶までなくなるとしたら……
「っ」
そこまで考えて、千景はゾッとした。そんなの耐えられる訳がない。ここで多くの事を感じ、多くのものを貰ったからこそ、それを失うのは死ぬよりも辛い。
振り返ってベッドの方を見ると、安らかそうに見える寝顔も、酷く辛そうなものに見えてしまう。
「桐ヶ谷さん……あなたは一体、どんな思いで戦っているの?」
答えが返ってくる事はない。その問いは、ただ静かに部屋の隅にある虚空へと消えていった。
■
五月に入ってから、バーテックスの侵攻が頻発するようになった。
今までは最低でも一か月は間隔があったのに対して、今は一週、早ければ二日程度のスパンで攻めてくる事もザラにある。規模はそれほどではないにしても、今は友奈が入院中なのもあって戦力は三人しかいない。そんな状況で、敵を退け続けるのは簡単な事じゃない。
「これで、最後っ!」
進化体バーテックスの上に乗って、漆黒の切っ先を突き立てる。
それが最後の一体で、進化体は崩壊する。そのまま樹海の上に降り立った俺は、疲労によって足から力が抜けそうになる。寸前で剣を杖にするようにして体を支えると、周囲を見回す。
それぞれ〈七人岬〉と〈源義経〉を宿した千景と若葉も、進化体を始末した所だった。
「……今月に入って何回目だ?」
「知らない……もう数えるのもやめたわ」
「侵攻してくる回数があまりにも多すぎる。このままでは……」
勝利したというのに、その余韻なんてどこにもない。
千景、若葉、そして俺の三人とも、最近は疲労なんて無視して戦い続けている。限界が近いのは言うまでもない。だが、若葉と千景の疲労は俺のそれとは比べ物にならない。何故なら、二人は毎回のように切り札を使い続けているからだ。
別に時間をかけて相手すれば、そこまでしなくても退ける事は可能だ。しかし、それが出来ない理由が俺達にはある。
それは、樹海への侵食による、現実への被害だ。
時間をかければ、その分現実世界に被害が出て、その分一般人の犠牲者が増える。だから、早期決着を付けるために、危険を承知で精霊の力を使い続けるしかない。
ーージレンマだな。それも、最悪の……
樹海化が解けると、いつも通り病院で検査があって、それが終わってようやく解放される。いつもひなたが付き添いで来てくれるので、待合室に行くとすでに若葉が居た。
「キリト。お前はどうだった?」
「いや、特に何も……無理し過ぎだ。とは再三言われるけど、俺は二人と違って精霊の加護を使っている訳でもないから」
自分の言うのも苦しい。
二人は体をすり減らしてまで精霊の力を使っているのに、未だそれをせずに戦っている。なのに、俺は代償の事を二人に言えていない。それでも、二人と同じくらいの速度で進化体は倒せているが、それはハイリスクハイリターンな戦いを続けているだけに過ぎない。
切り札を使い続けている二人と同じで、そんな無茶がいつまでも続くわけがない。
ハッキリ言って、この消耗戦はかなり俺達にとって分が悪い。
「そうか……何度も言うようだが、私達が精霊の加護を使っているから自分も。などとは考えるなよ?お前の切り札は強力だが、それ故にどんな副作用があるかも分からないんだ」
「あ、あぁ、そうだな」
若葉はいつも、決まって戦闘が終わるとこう言ってくれる。俺が負い目を感じないように気遣ってくれているのだろう。
部屋に重苦しい空気が流れる。そんな中で、千景が診察を終えて待合室に入ってきた。
「千景さん。大丈夫でしたか、体は」
ひなたが心配そうに聞くと、千景は吐き捨てるように言う。
「大丈夫なわけないわ……医者からは、切り札の使用を控えるように言われた」
「チカっちも同じ感じか」
誰も彼も、もう後がない。
五人でやっていたあの頃が、今はこんなにも遠い。
「あの人達は、何もわかってない……なんのために、こんな、体をボロボロにしてまで戦っていると思ってるの……全部、少しでも被害を抑えるためなのに……」
千景が気持ちを吐き出す事を誰も咎める事は出来ない。それは、ある種当然の感情だからだ。
「だったら、切り札なんて使わないでやるわ……そしたら、どれだけの犠牲が出るか、身をもって知る事になる……。四国の人たちも、大社の人間も、皆、みんなっ!
「チカっち!それ以上は……」
声を上げ、千景が語るのを止める。
言っている事は痛いほど理解できる。彼女の言う事はある意味ではその通りだし、吐き出して少しでも楽になるのならそうさせてやりたい。しかし、その言葉は仲間をーーひなたを傷つけてしまう。こんな状況だからこそ、それだけはダメだ。
遅れてその事に気付いた千景は、悲しそうな表情をしたひなたを見て、苦し気に俯いた。
「ごめんなさい……そんなつもりじゃ……」
「大丈夫ですよ、千景さん。吐き出して楽になるのなら、私が全部受け止めますから」
優しい声音で言うひなたの言葉に、千景は拳をより強く握った。
「……私、先に帰るわ。本当に……ごめんなさい」
足早に病院の出口に向かう千景。
「待て、千景ーー」
追いかけようとした若葉の肩にそっと手を置く。
「俺が追いかける。若葉はひなたと一緒に帰っててくれ」
「し、しかし……」
納得いかない様子で食い下がる若葉に俺は苦笑交じりに言った。
「お前が行くと、何かの弾みで喧嘩になりかねないだろ?……頼む。ここは俺に任せて欲しい」
若葉と千景は仲が悪いわけではないが、何かと意見がぶつかりやすい。
それが大抵、冷静に話し合えば解決するはずなのに平行線のままお互いが譲らないから、口論になる事も今までに何回かあった。それは、単純に若葉と千景の元来の気質の違いから起こる衝突で、別にどちらが悪いとかって話じゃない。
しかし、今は中立に経てる人間が千景を追うべきだ。ここでまた口論になんてなったら、それこそ確執にまで繋がりかねない。
「……分かった。すまない、キリト」
渋々ではあるものの、若葉も納得してくれたみたいで、その返答を聞くと俺は即座に千景の後を追った。
残り話数ざっと仮計算してみた感じ、あとのわゆ編は20話ていどらしいです
え、マジ?