結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第四十九話:怒言

 

 全速力で疾走し、約一時間ほどで千景の故郷である村に辿り着く。

 

「チカっちは……家か?」

 

 この間来た時の記憶を頼りに千景の実家に向かう。やがて見覚えのある一軒家が見えてきて、俺はその前に立ち、焦れる気持ちを抑えながらインターホンを押した。家の中から反応はない。だが、人の気配は微かにするから、留守という訳ではないはずだ。

 

 痺れを切らして家のドアを引くと、鍵が開いていた。

 

「入るぞ」

 

 無礼を承知で中に押し入ると、家の中は見るも無惨ほど荒れ散らかっており、本当にここが千景の実家か疑いたくなった。だが、標識には確かに〈郡〉と書かれていたし、ここで間違いない。

 前に来た時、彼女が家の中を見せたがらなかったのはこの惨状が原因だったのかもしれない。

 

 どちらにしても、漂う雰囲気は只ならない様子を醸し出していた。

 

 足の踏みどころを探しながら廊下を進むと、リビングには一人の男が居た。

 

「何だ、お前?勝手に人の家に上がりこんでなにを………まさかお前、千景と同じ勇者か?」

 

 その言葉で、この男が千景の父親なのだと分かった。そして、その隣で眠っているのが母親だろうか。

 

「ああ、そうだ。チカ……千景は今どこに――」

 

 問いは、男の怒鳴り声で遮られた。

 

「よく俺の前に顔を出せたな!!千景も、お前も……お前らクズのせいで、この家はもう散々な有様だ!」

 

「は?いきなり何言って……」

 

 突然の罵詈雑言に顔をしかめて問い返すと、男は狂ったように叫び散らした。

 

「分からないか?だったら、それを見てみろ!お前ら勇者が負けたせいで、毎日毎日それがうちに投げ込まれる。外を歩けば中傷される!」

 

 指さした先にあったのは、床に散らばった数十枚の紙だ。訝しみながら注意深く見ると、そこに書かれた内容に、息を呑み、絶句した。

 

 それらに書かれていたのは、「死ね」とか「クズ」とか、勇者に対する酷い中傷の数々だったのだ。

 

 動揺と共に訪れる、激しい怒り。世間が、勇者の存在に百パーセント肯定的でないのは、大分前から分かっていた。ネットの裏掲示板なんかで、勇者が手酷く批判されているのも知っている。

 幾ら大社とは言っても、全てを隠せる訳じゃない。火のない所に煙は立たぬように、噂をリークする奴なんてのは何処にだって居る。

 

 しかし、俺は真の意味で、何が起こっているのかまでは理解していなかった。勇者本人でなくとも、その親族への嫌がらせや中傷。特にこんな田舎の村なら、こういった事だって十分にあり得る話だった。

 

 気が回らなかった。

 そう言うのは簡単だが、それだけで済ませていい事じゃない。しかし、そうして大量の情報を処理する中でも、千景の父は口汚く罵るのをやめなかった。

 

「はっ、クズで何の役にも立たない娘を持っちまったせいで、俺の人生は滅茶苦茶だ!大社からの支援金がなかったら、あんな娘――」

 

 それ以上は聞けない。許容できる範囲を超えていた。

 

「っ、お前ェ!!」

 

 とうとう我慢の限界が来て、男の胸ぐらを掴み上げた。殺意を込めて睨むと、分かりやすく男はたじろいだ。

 ここで感じた多くの怒りを吐露する。

 

「クズで何の役にも立たない、だと?子供に……実の子にそんな事を言う親が何処に居るんだ!!あいつがどんな思いで戦っているのかも知らず……勇者はな?死ぬほど痛くても、辛くても、逃げる事は許されないんだ!いつも、無数の人の命を背負って戦ってるから……それが一体どれだけの重圧なのか、お前に分かるか?」

 

「知るか!それがお前らの役目だろうが!その分、勇者様、勇者様って普段から崇められていい気分味わってんだからそれくらい――ごがッ!?」

 

 拳を男の顔面に振り下ろした。

 罪のない一般人を殴ったなんて知られれば責任問題になる。だが、もう自分の名誉なんてどうでもいい。命をかけて戦う大切な友達が悪し様に罵られるのだけは許せなかった。

 

「救いようのないクズはお前だ。二度と彼女の前に顔を見せるな」

 

 本気で殴ってしまった事もあり、男は痛みに震えあがっている。

 あと二、三発は殴ってやりたい気持ちを押さえて、俺は足早に千景の実家を出る。

 

「きっと、チカっちもあれを見てしまったんだ。……だとしたら、このままじゃ取り返しのつかない事になる!」

 

 あの中には、千景以外の勇者を悪く言うような内容も多くあった。

 優しい彼女が、今の精神状態でそんなものを見て、どんな行動に走るかなんて想像に難くない。状況は一刻を争うだろう。

 しかし、ただ闇雲に探しても見つかるとは思えない。胸を撫で、焦れる心を静かにし思考を巡らせる。

 

「落ち着け、ステイクール……まだそう遠くへは行っていないはず」

 

 その場から跳躍して、高い位置から村全体を見渡す。小さな村だから、それだけで遮蔽物がない場所ならある程度は全貌が分かる。

 

 見間違うなど有り得ない。この狭い世界で、彼女の姿一つ見つけるのに必要な時間なんて一秒で十分だ。

 

 学校のある方向、畑に囲まれた道を歩く三人の女子グループと、その先に待ち構える大鎌を持った少女はすぐに見つけられた。その抜き身の刃が意味するところを察して、俺はそのまま電柱の側面を蹴って全速力でその場に向かう。

 

 ――ダメだ!それだけはっ!!

 

 勇者の身体能力を全開にすれば、およそ十秒もかからずに到達する距離。しかし、今だけはその数秒が何十分にも感じられた。

 まさに千景が大鎌を女子生徒に振り下ろそうとした瞬間、俺は無理な体勢でも畑の一部を蹴って更に加速。

 

「やめろ、チカっち!」

 

 コンマ数秒の誤差を刈り取る。

 漆黒の刃で下段から切り上げて、振り下ろされた千景の大鎌を打ち返した。ガキンと金属の衝突する音が鳴って、千景は驚愕の表情した。

 

 

 

 

 目の前に現れた黒衣の剣士に、千景の中で幾つもの疑問がわく。

 

「桐ヶ谷さん……どうして、ここに?」

 

 動揺が抑えきれない。

 けれど、今の千景には冷静に何かを考える余裕はない。ただ「何故邪魔をするの?」とだけ思った。でも、キリトの黒い両目に映った自分は、とても恐ろしい化け物のように見えた。

 

「あ、あぁ……」

 

 狼狽する千景に、キリトは必死に呼びかけた。

 

「もうやめろ、チカっち!お前が今、何を切ろうとしたのか……ちゃんと見て、考えるんだ!」

 

 必死に呼びかけるキリトの言葉も、今の千景の錯乱した意識には届かない。

 キリトの後ろで蹲っている元同級生が憎くて仕方なくて、その憎しみの炎が理性をかき乱す。

 

「っ、うわぁぁぁああ!!」

 

 絶叫しながら千景は女子生徒に斬りかかる。しかし、またしてもキリトがそれを受け止めた。

 

「ぁ……ぇ」

 

 目の前で行われる非日常的な光景に呆然とする女子生徒達に対して、キリトは苛立ったように叫んだ。

 

「っ、何ぼーっとしてんだ!死にたくなかったらさっさと失せろ!」

 

 キリトとて、千景を辱めた上、消えないトラウマを植え付けた連中を助けたくなどない。それ故に表に出た強い言葉だったが、これによって正気に戻った女子生徒達は一目散に逃げ出した。

 

「待てっ!」

 

 なおも追いかけようとする千景を、鍔迫り合いのまま押しとどめる。

 

「チカっち!頼むから、一度落ち着いてくれ!」

 

「うるさい!……分かってるわよ、そんなことっ!だからって……こんなの、許せるはずないじゃない!!」

 

 二刀を押し切って、何度も、何度もキリトに鎌を振るう。

 その鬼気迫る連撃をキリトは全て防ぐ。

 

「それでも、俺は……お前の鎌が、人を傷つける所なんか見たくない!」

 

 キリトは彼女の思いを全て受け止めるつもりで、何度攻撃されようと一切反撃しない。

 

「弱音も、恨み言も、俺が全部聞く。ぶつけたいなら何度だって受け止めるから……だからっ!」

 

 止まってくれと、祈った。しかし、そんな心からの言葉に千景はキッと睨みつけ言い返した。

 

「っ、本当に……きれいごとばかりの人!そう言う癖に、自分は弱音一つ吐かないじゃない!全部隠すじゃない!?それなのに、私にはやりたいように手を差し伸べて……最後には全部忘れちゃう癖に、そんなの無責任よッ!!」

 

 千景の瞳から何度も涙がこぼれる。そんな彼女を見て、キリトは悲痛な表情で歯をくいしばった。

 

「止めたいなら、力づくでそうすればいいじゃない!その剣で反撃すればいいじゃない!あなたが本気になれば、私よりもずっと強いでしょう!?」

 

「そんな事……できるわけないだろ!」

 

「どうしてっ!」

 

 問いへの答えはある種、どんな救い文句よりも単調な理由だ。大義も、勇者としての責務も関係ない。

 

「お前が、俺の友達だからだッ!」

 

 澄んだ空気を、乾いた金属音が切り裂く。

 宙を舞った大鎌が道端に落ちて突き刺さる。千景は咄嗟にその鎌を拾いに行こうとしたが、伸ばされた腕は鎌の柄を掴む前に力なく下げられた。その様子に未だ身構えていたキリトは訝るが、すぐに千景の瞳が自分ではなく周囲を見回して恐怖に歪んでいる事に気付いた。

 

 そう、周囲には騒ぎを聞きつけた村人が数十人と集まっていたのだ。そして、千景に向けられているのは侮蔑、軽蔑、嫌悪といったあらゆる負の感情が込められた視線だった。

 

「やめて……やめて……そんな目で、私を見ないで」

 

 視線の檻に閉じ込められた千景は半狂乱状態に陥っていた。

 呼吸が浅くなって、動機が早くなる。村人が口々に……

 

『やはりあの子は』

 

『所詮はクズの子』

 

 罵詈雑言を囁く。千景はその場に座り込んで、嗚咽をもらした。

 

「……れ」

 

 少女を守るように、剣士は立った。

 

「黙れ!!」

 

 刃のような一括で村人は一様に押し黙り、千景はハッとして顔上げた。その背中と、その横顔には――静かで冷たい怒りと、バーテックスに向けられていたような鋭い殺気が垣間見えた。

 

「お前らに、チカっちをそんな風に言う資格なんかない!ずっとこの子に守られてきた分際で、何でそんな目を向けられるんだ!?」

 

 千景は何が起こっているのか分からないと言った様子で呆然としていた。そんな彼女を背にかばいながら、キリトは自身の気持ちを雄弁に叫ぶ。

 

「たった一人の幼い少女を蔑み、辱しめた癖に、それをさも当然かのように悪びれもしない。俺からしてみれば……バーテックスなんかより、お前らの方がよっぽど人でなしの化け物だ!」

 

 一人、また一人と指さして罵る。

 村人達の向ける視線が困惑から批難のものに変わり、それら数十もの敵意が自身へ一斉に向けられようと一切臆する事はない。中には口汚い言葉でキリトを批判する者も表れている。だが、キリトは冷めた目でそれらを見返すと、ため息交じりに視線を外して千景の方へ振り返った。

 

「ごめんチカっち。ちょっと、落ち着ける場所に行こうか」

 

「え?ぁ……」

 

 キリトは優しい声音でそう言うと、千景を抱え上げて歩き出す。村人は周囲を囲っていたのでその方向にも道を塞ぐように数人たむろしていたが、キリトが一度睨むと顔を恐怖に歪ませて道を開けた。

 抱えられた千景が見上げるキリトの表情は、夕日を背に大層な暗がりを帯びて見えた。




やっと言えました
僕がのわゆを読んだ時から、ずっとこの悪魔のような連中に言ってやりたかった事を不躾ながらキリト君に言っていただきました
悔いはありません
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