結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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本来なら前話と統合して投稿する予定だった箇所なので引き続き短め


第五十一話:千景の手

 

 村から帰ってきて以降、大社本部の暗い部屋の中で千景は項垂れていた。

 電気も付けずに、ただソファの上で背を丸めて膝の上に顔をうずめている。それでも、彼女にとってその闇はもはや痛くも辛くもなかった。あの村で味わってきた苦しみに比べれば、そんなもの彼女にとって童の戯れに等しい。

 

 ーー大社は、きっと私をもう自由にはさせないでしょうね。

 

 勇者の力を民間人に向けたばかりか、キリトにも襲い掛かった。いかなる理由があろうと、それは許される行為じゃない。でも、そんな事はどうでもいい。

 知られてしまった。自らの醜い過去も、嘆きの慟哭も全て。もう誰とも会いたくない。何も感じたくない。皆だって、こんな女にもう会いたくないに決まってる。

 

「結局、私はいつになっても孤独。どれだけ時間が経っても、環境が変わっても、人の本質は変わらない。本当に、なんて滑稽なのかしら……」

 

 あまりの愚かさに笑えて来る。

 

 ーー目を閉じて、耳をふさげば、もう何も……

 

 より一層の深い闇に意識を落とそうとした時、部屋の扉が乱暴に開いた。

 

「チカっち!居るか?」

 

 血相変えた見知った人の声の後、カチッと電気の付く音がして視界を大っぴらな光が満たす。

 その後に顔を上げようとした千景を、バッと柔らかく温かな感触が包んだ。すると、布の擦れる音と抱擁した者の息遣いが直に聞こえた。

 

「良かった。ちゃんと居てくれた……ごめん、大社の奴らに引き離されたとは言え、今の君を一人になんかするべきじゃなかったのに……」

 

 千景と同じ黒い長髪が彼女の頬を撫でる。

 何度も聞いたはずの声なのに、何故かそれを聞くだけで安心して、荒んだ心が自然と落ち着いていく。熱い抱擁の中で、千景は小さく息をつき、か細い力で腕を回した。

 

「また、来てしまったのね。桐ヶ谷さん」

 

 あの村でもそうだった。

 いつだってこの人は、いの一番に駆けつけてくれる。その速さで、今まで幾度となく大事を成してきた。

 

「っ当たり前だろ?俺はまだ、チカっちと何も話せていない」

 

 そうキリトは言うが、実際はそんなに簡単な事じゃない。

 キリト達勇者は確かに千景との接触を控えるように通達されていたし、当事者であるキリトに至っては一時待機の命令まで出ていた。大社を管理する大人達の指示を無視してでも、自分のなすべき事を為す。

 自らに一本通った信念の元に行動するからこそ、迷わない。常人であれば二の足を踏むような選択も、一切の躊躇いなく出来てしまう。

 

「キリト!?千景は居たのか?」

 

 遅れて新たな二名も部屋に入ってきた。

 若葉とひなたに千景は一層に目を丸くした。

 

「千景さん……ごめんなさい。やはり、無理を言ってでも私も付いて行くべきでした。あなたを一人にしたばかりに、あんな……」

 

 ひなたはずっと責任を感じていた。今回の件は、一歩間違えれば……否、一歩間違えなくても取り返しのつかない事態になっていた。

 しかし、ひなたが村まで同行していれば、そもそもキリトが出向くまでもなく事件は未然に防げたかもしれない。こればかりは巫女として、何よりも友人として、悔やんでも悔やみきれない。

 

「何で、上里さんが謝るのよ?……悪いのは、ちょっと悪口を言われたくらいで、冷静さを失って逆上した私なのに……」

 

「千景さんそれはっ!」

 

「ーーひなた」

 

 ぴしゃりとした鋭い呼称がひなたの言葉を遮る。

 

「桐ヶ谷さん……」

 

 何か訴えるように目を向けたひなたにキリトは首を横に振る。彼女が言おうとした内容はキリトも理解している。ひなたは、千景に暴走の真の理由である『穢れ』について話そうとしたのだ。しかし、キリトはその前に伝えるべき事を伝えるために待ったをかけた。

 

「チカっち、君が村人たちに怒ったのは……本当に自分の為(・・・・)か?」

 

「……?どういう意味よ?」

 

 千景は質問の意味が分からず聞き返す。

 

「そのままの意味だよ。チカっちは、自分への中傷が許せなくて、村人に鎌を向けたのかって事だ」

 

「……っ、それは……」

 

 二度聞いて千景はようやくキリトの真意を理解した。

 そうだ、彼女は知っている。恐らくは千景に向けられた物だけじゃない、勇者全員に向けられた醜い言葉の数々も……

 

「勇者が、俺達が侮辱されたから、許せなかったんだよな?」

 

「っ!?」

 

 図星を疲れた千景は分かりやすく動揺を露にする。

 

「そうなのか?千景」

 

 若葉が続けて問うと千景はキリトを両手で押し返した。

 

「違う、違う!私は、そんな殊勝な理由なんかで怒ったりしない!全部、自分の為よ!私は、こんな思いをしてまで戦っている私を侮辱したあいつらが許せなかった。あなた達の事なんて、頭の片隅にだって……ある訳が………」

 

 弱々しく消えゆく声音を聞けば、それが心にもない言葉なんて事は若葉にも分かった。

 

「チカっち、もう良いんだ」

 

「……え?」

 

 キリトはその顔を俯かせて言う。

 

「帰ろう。お前の居場所はこんな殺風景な部屋でも、あの村でも、親元でもない。皆と一緒に過ごす、あの丸亀城の寮と教室だろ?」

 

 優しく笑って言うキリトに千景は何かに怯えるように首を横に振る。

 

「無理よ……私は、あなた達とは違う。あの時、あの人達に刃を向けた時点で、私の手は汚れてしまった。もう、あなた達とは一緒に居られない」

 

 怖いのだ。

 その手が、今度は大切なものを傷付けてしまうかもしれない事が。それくらいなら千景は自分が一生監禁されて過ごす事を選ぶ。それくらい、千景にとって壊したくない、壊し難いものなのだ。彼女たちとの思い出も、これからも。

 

「何処が、汚れてるんだよ」

 

 そっと千景の両手を、キリトの手で包む。

 

「こんなにも綺麗じゃないか。少しも穢れてなんてない。俺の大好きな、チカっちの白くて綺麗な両手だ」

 

 日々の鍛錬で固くなっていても、そこにあるのは、女の子らしく小さくて繊細な手だ。そして、その手は未だ誰も傷付けてなんていない。

 

 ーー俺とは大違いな、優しい手だ。

 

 キリトは自らの手こそ、穢れていると感じてしまう。記憶の中の彼が、長い旅路のさなかで誰かを殺した時の感覚を、同じように鮮明に共有しているから。

 

「それでも、私は……」

 

 その手を取っていいのか、分からない。

 間違いを犯した自分が、こんなにも優しくされる資格があるのか?

 分からない。もう、千景には何を是とし何を非すればいいのか、その明確な答えすら出せずにいた。『その手を離せ』と後ろ暗い理性が囁くのに、感情の部分はどうしようもなく『離したくない』と叫ぶのだ。

 

 何秒もの逡巡が、場を静寂で満たす。

 

 しかし、その静寂は本人達の思いもよらない形で終わる事となる。

 

「……っ、キリト!」

 

 若葉が不意に切迫した声を発した。

 それを受け取り、いやそれと同時にキリトと千景も感じ取った。

 

「ああ。まさか、このタイミングで来るなんてな」

 

 時の停止。

 もはや慣れてしまったこの感覚。締め切った部屋の中であっても、その感覚は如実だ。何せ、世界そのものの時が止まり、平和な四国全体が死の戦場と化すのだから。

 

「バーテックス……」

 

 千景の呟きと共に四国は虹色の光に包まれた。




次回からいつも通りのボリュームです
そして、のわゆ編の完結が本当に迫ってきました
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