結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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寒暖差による体調不良からの復活
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第五十二話:狂花

 

 樹海化によって変質した世界に、変身したキリトと若葉が降り立つ。

 その見つめる先からは、バーテックスの白い大群が挙をなして押し寄せてきていた。その中には、二体ほどの進化体も含まれれている。

 普段はキリト、若葉、千景の三人で対応するが今回は千景が変身に必要な端末を没収されている為、二人でこの侵攻に対処しなければならない。

 

「チカっちは後方で隠れててくれ。バーテックスは、俺と若葉で何とかする」

 

「ああ、二人だけでも退けてみせる!」

 

 言って、戦場へと駆けて行った二人の遠ざかる背中を、千景はただ見ている事しかできない。

 まるで意思を持ったかのように、勇者の数が少なくなったタイミングで攻めてくる。そのいやらしさに歯噛みをする間も千景にはない。今の精神的に追い詰められた千景にとって、何も出来ない無力感と、キリトと若葉が共に戦う様は毒だ。

 先程のキリトとの会話で、一時は脱しかけた負の連鎖が再び千景の精神を蝕む。

 

 ーーどうして、私はあの場所に立っていないの?

 

 そんなの簡単だ。

 全て自分のせい。

 

 つまり、勇者としてあるまじき愚行を犯した自分に、あの輝かしい二人と肩を並べる資格はもうないという事。

 

「はは、あははっ。どうしてかしら?全部、ぜんぶ自分のせいなのに……憎くて、恨めしくて、仕方がない。いつ?いつから、私は、こんな救いようのない……」

 

 キリトも、若葉も、目に映る全てを恨むように思考が堕ちていく。

 何者かの手によって、そう仕向けられているように。以前のような声は聞こえないのに、今はもうそれが必要ないほどに千景の精神は歪み切ってしまった。いや、意図的に歪まされてしまったと言う方が正しいだろう。

 

 憎いならば、全て壊せばいい。

 壊してしまえ。

 

 そう、何者でもない自分自身が心中を雁字搦(がんじがら)めにして囁くのだ。

 頭を押さえて蹲った。何も見ず、感じない為に、そうして千景の足元に落とした視線には……そこにあるはずのない、長方形の端末があった。

 

「……何で、これがここに?」

 

 それは紛れもない千景の端末だった。

 大社によって取り上げられて、そこには無いはずの物が、何故かそこにある不可解な現象。けれど、それを取った千景が困惑しながらも端末を起動すると、何の問題もなくそのアプリへと辿り着いてしまった。

 変身用アプリ、これを起動すれば千景は勇者になれる。

 

「これを使えば、一緒に戦える?」

 

 ならば迷う事はない。……はずなのに、千景は言い知れない危機感をそこから感じ取っていた。

 その端末が、まるでこれまで千景を追い詰めてきた悪意の象徴であるかのように、不気味に嗤うのだ。「さあ使え」「使ってしまえ」と、まるで今変身してしまえば自分が、自分で無くなってしまう、といった様な漠然とした不安。

 

「……そうよ。今更、何を迷う事があるの」

 

 信頼も、称賛も、名誉も栄誉も全て失って、今更何を怖がる必要がある。

 仮にこれが死の予感であるならば、それはそれで構わない。ようやく、この地獄から抜け出せるのだから。

 

 千景は変身した。大葉刈を携え、赤と黒の彼岸花をモチーフとした流麗残酷な天使のごとき勇者へと。本来ならその赤は、バーテックスを切り裂き、世界を守るための赤だ。しかし、今この時だけは最悪の形で牙をむく事となる。

 

「え……なに、これ?」

 

 変身した千景の視界が闇に包まれる。

 そこは果ても何もない暗闇だ。変身して樹海に降り立ったはずの千景の思考を困惑が満たす。

 

『全部、あの人達のせい』

 

「っ誰!?」

 

 背後から声が聞こえて振り返ると、そこに居たのは……

 

「わ、たし?」

 

 千景自身だった。

 黒く澱み、光の無い瞳をした自身の鏡身。彼女が続けて囁く。

 

『あなたのせいじゃない。全部、あの人達のせい』

 

「なにを言って……」

 

 訳が分からない。しかし、真面に聞いてはいけない事は彼女にも分かった。

 

「早くここから出しなさい!早く桐ヶ谷さんと乃木さんの加勢に……」

 

『行ってどうするの?』

 

 音もなくぬめりと、少女は千景の目の前まで寄ってくる。

 千景は動けない。まるで金縛りにかかったように、そいつから距離を取ることが出来ないのだ。

 

『加勢?あなたも自分に嘘をつくのが下手ね。殺したいほど憎い癖に』

 

「……っ!もうやめて……あなたの言葉なんて聞きたくない!」

 

 違う、これは私の思考ではないと千景は何度も自身に言い聞かせる。

 そんな彼女の献身を嘲笑うように少女は不気味に笑んで、苦しむ千景の耳元で言った。

 

『いいわよ、ここから出して上げても。というより、あなたが望めばいつだって出られるわ』

 

「……え?」

 

 目を丸くした千景に、少女は追い打ちする。

 

『ただし、そうなればもうあなたは二度と戻ってこれないけれど……』

 

「っ、いや!」

 

 その言葉の意味を理解して、千景は子供のように首を横に振る。しかし、少女は心底愉快そうに笑ってその手で千景の体を押した。

 

『行ってらっしゃい。勇者様(・・・)?』

 

 現世に戻る瞬間、千景の脳内に溢れだしたのは、あまりにも大きな憎しみだ。

 声にならない悲鳴を上げながら、それらが優しい思い出すらも塗りつぶす。蔑まれ、辱しめられ、淘汰され生まれた全ての負の感情と殺意が、千景の精神をぐちゃぐちゃにする。いま彼女が感じているのは、最悪の形での走馬灯。悲惨な過去の追体験だ。

 

 その思考が、樹海に戻ってきた時、涙で濡れた千景の目に、もう守るべき存在は映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 戦闘開始から十数分、侵攻して来たバーテックスが普段よりも少なかった事もあり、早くも勇者の勝利が見え始めていた。

 この分なら、切り札なしでも戦闘を切り抜けられる。例え進化体が相手でも、若葉と二人で一体ずつ対処すればそう時間はかからない。樹海への浸食も最小限に済むだろう。

 

「あと一息だ!気張るぞ若葉!」

 

「分かっている!」

 

 一体目の進化体の撃破まであと一歩。

 そこまで来た時、俺は背後から産毛立つような死の気配を感じて、咄嗟にバーテックスに振り下ろそうとしていた剣を振り向き様に薙ぎ払う。瞬間、ガギンと金属の鳴る音と共に、凶刃が俺の剣を打ち据えた。

 

「なっ!?」

 

 一秒遅れの驚愕。

 何しろ、俺に背後から不意打ちを仕掛けてきたのは、潜んでいたバーテックスではなかった。何しろ、その刃は俺も良く知る黒い刃で、それは長柄の大鎌から伸びる。大葉刈、精霊の力を宿す神器が、自身の命を刈り取ろうと振るわれたのだ。

 そして、これが意味するのは単純明快な真実。

 

「流石の反応速度ね。完全に取った思ったのだけれど……」

 

 そう口にするのは、黒い長髪で赤い勇者装束の少女、千景だった。

 

「何やってんだ、千景!どういう事か説明しろ」

 

 端末を没収されているはずの千景がどうして変身できているのか、何故その鎌を味方である自分に振るってきたのか。

 あらゆる疑問が浮かんでは、冷静さをかき乱す。

 

「……もう、どうでもいいのよ」

 

「は?」

 

 か細く呟かれた言葉に俺は首を傾げる。

 

「あなたも、あの人も、あの人達も……結局、私が何をしようと疎まれ、嫌われ、蔑まれる。もう憎むのも、信じるのも疲れたわ」

 

「……っ!」

 

 見つめ返した黒い瞳に、俺は絶句した。これまで多くの人と出会い、その中で様々な人を見てきた。中には、人生に希望を持てず絶望しきった者だっていた。

 しかし、今の千景はその誰よりも深く、察し図る事がままならない程の闇の中にあった。あまりの事態に動揺する俺を見て、千景は自嘲気味に笑う。

 

「ふふっ、何て顔してるのよ?あなたらしくもない……いつもみたいに、飄々と笑ってみなさいよ」

 

「っ、冗談にしたって笑えないぞ?チカっち」

 

 ダメだ、思考が纏まらない。

 千景は明らかに普通じゃない。恐らく精霊の浸食が相当進んでしまっている。言葉で会話するだけじゃどうにもならない。こんな時『俺』ならどうする?

 焦りと動揺でろくに策も浮かばない中、現実は残酷なまでに牙をむく。

 

「嗚呼、ダメよ。桐ヶ谷さん……そんな顔しても、何を言っても……もう後戻りなんて出来ないの」

 

 大葉刈の刃を俺に向けながら、千景は言う。

 

「さあ、剣を取って。その切っ先を私に向けて。もしも、あなたがまだこんなどうしようもない私を友達だと言ってくれるのなら……」

 

 ポツリぽつりと、その笑みからは想像も付かないほどに悲壮な血の涙が彼女の頬を伝い、樹海の幹に落ちては消える。

 

「私を……殺して」

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