結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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ようやくです


第五十三話:彼は英雄

 

 落ちた花が吹雪のように舞って、千景の体が包まれる。

 あまりにも美しく、残酷なまでに綺麗な赤の色彩。

 その輝きの中で、千景は七人岬の力をその身に降ろしてキリトを取り囲んだ。そして、一斉に大鎌を振るいキリトを攻撃する。

 

「っ、精霊の力を!?やめろチカっち!こんな事、絶対に間違ってる!」

 

 言いながら、戦場全体を俯瞰する。

 若葉に応援を要請しようと思っても、バーテックスに往く手を阻まれてこちらに来れない。この状況を、キリト一人でどうにかするしかないのだ。

 

「ええ、そうね。全て、間違っていたのよ。……私が勇者になって、あなた達と居た時間全てが!」

 

「っ!」

 

 反撃できず捌くのに手一杯なキリトに千景はなおも攻撃を続ける。

 『どうにかできないのか?』『何か千景を落ち着かせる方法は?』そう考えども、妙案が都合よく降ってわく事はない。

 

 ――ちくしょう、何でこんな事に……?

 

 理不尽な現実への悲痛な感傷を心中で叫ぶ。

 

 ――もっと早くに彼女の苦しみを取り除き、癒してやる方法はなかったのか?

 いやそもそも、彼女が精霊の力を乱用するのを止めてさえいれば、自らが記憶の欠損を恐れずに使いさえしていれば、こんな事にはならかった。

 

 過ぎた事への後悔が次々と押し寄せる。

 重要なのは、今、どうするか?であるのに、こうなる前にどうにかする方法は無数にあった。という事実が思考を鈍らせる。

 

「ほら、さっさと反撃しないと死んじゃうわよ?桐ヶ谷さん!」

 

「嫌だ、俺は……お前を傷つけるなんて、出来ない!」

 

 幾ら分身と言っても、キリトは自らの意思で仲間を傷つける事など出来ない。

 そんな風に言う目の前の剣士に、千景はどこまでも冷めた目を向ける。

 

「そう、本当にきれいごとばかりね、あなたは……自分の命が狙われても、反撃一つしない。でも、あなたらしくもある。だったら、こういうのはどうかしら?」

 

 鎌と剣が鍔迫り合いになったと同時に千景が囁く。

 

「この戦闘が終わって、あなたを殺したら。ーー次は乃木さんを殺すわ」

 

「……っ」

 

 底冷えするような声音から放たれた言葉に、キリトは目を見開く。

 

「その後はどうしようかしら?勇者が居なくなって、バーテックスに蹂躙される人達を眺めでもする?特にあの村の人達……いざ殺されるってなったら、一体どんな風に助けを求めるのかしら?私達、勇者に」

 

 もう「どうして?」とは、聞けなかった。

 ただキリトは呆然と変わり果てた友人を見つめるしかできない。

 

「でも、今のあなたには絶対に止められないわ」

 

 千景は明確な敵意を込めて、キッと睨む。

 

「『傷つけたくない』?そう言いつつ、どうせあなたは本気で私を止める気なんてないのよ」

 

「そんな事……」

 

 ない、と言おうとしてそれは千景の言葉で遮られる。

 

「だって、あなたは切り札を使えないじゃない」

 

 そう言われて、言葉を詰まらせた。

 確かに千景の言う通り、キリトは切り札を使うのを躊躇っている。緊急に迫られればその限りではないにしろ、それだけの恐怖とトラウマが足を踏みとどまらせる。代償を知る千景は、そんなキリトの心を見透かす。そして言うのだ。そんな意思の弱いあなたでは止められない、と。

 

 ――確かに、チカっちの言う通りだよ……

 

 必要に迫られた時にしか、一歩を踏み出せない。

 千景にはそれが分かっていた。分かっているから、そう確信を持って言えるのだ。今この時、キリトは敵ではない仲間によってその現実を突きつけられている。まるで、逃げることを許さないと告げるように……

 

 

『それでも、お前は進む方を選ぶのか?』

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 何者かの声が響く。

 それと同時に、景色は樹海から鏡映しの水面が一面に広がる世界へと変わった。

 

 視界の先に、彼は居た。

 黒い髪と瞳に、それと同じ色をしたロングコートからなる洋装。

 顔立ちはまるで自分と瓜二つ。違う点があるとすれば、髪の長さと声の高さくらいだろう。俺には、それが誰なのかすぐに分かった。

 

 ――彼は"俺"自身だ。

 

『その先へ進めば、もう戻る事は出来ない。理想を叶えるか、破滅するか、究極の二者択一だ。もしかしたら、地獄の釜に自ら身を差し出す行為かもしれないんだぞ?』

 

 ここではない、別の世界で活躍した『黒の剣士』が彼なのだ。

 そんな彼が問うてくる、己の覚悟を。

 

「……確かに、そうかもしれないな」

 

 俯きがちに返答する。

 

「ずっと、怖かったんだよ。自分の意思で向き合う事が……それじゃあ何も救えないって、俺は誰よりも知っていたはずなのにな」

 

 自嘲気味に笑う。

 他ならない『黒の剣士』の記憶はそれを教えてくれていた。

 

 まるで我が事のように、何度も追憶した。

 仲間を失い、敵とはいえ人を殺す感覚。

 そのどれもを今のキリトは知っている。

 

 既に何度も選択を強いられ、その度に自らの意思で決断してきたからこそ、停滞の罪深さを知っているのだ。

 選択と立場の板挟みになり、前後不覚に陥れば人は容易く善悪の判断基準を失う。今まさに、俺は今――その彼岸に立っているのだ。

 

『なら、諦めるのか?』

 

「いや……」

 

 自らの心に問いかける。

 目の前の『黒の剣士』が言う"道"とは、要するに自分の意思で物事を決め、進んでいくという事だ。

 

 この世界における絶対的な正義(神樹と大社)から訣別し、己の意思で戦い抜く覚悟。

 

 ――重いな。でも、俺の追い求める理想は、きっと……

 

 その先にしかない。

 

 理想を追い求める行為は、きっと果てしなく辛い。

 何度も壁にぶち当たって、挫けそうになる事だってあるはずだ。

 

 見たくない物を見なくちゃいけない。

 分不相応な責任を負って、それでも前を向き歩いていくしかない。それは、いまだ未熟な精神しか持ちえない子供には、あまりにも重く苦しい選択だ。

 

 そんな選択を強いられてなお、俺は驚くほど自分の心が穏やかである事を自覚した。

 

 ――いや、そんなの最初から決まってる。

 

 何故ならそれが、『キリト』という人間の在り方だから……何処の世界へ行こうと、何度生まれ変わろうと、これだけは決して変わらない。

 

『覚悟は、決まったみたいだな』

 

 【黒の剣士】の影に背を向ける。

 使命も、運命も、一旦忘れよう。もっとシンプルでいいんだ。この人を救いたい、助けたい、一緒に居たい、だから命をかけて戦う。

 

 世界の命運に勝るほどの強い願いを持ち、立ち上がり、その手で取れば、それは――――――

 

「ああ、もう少し頑張ってみるよ」

 

 理不尽を切り裂く剣となる。

 

 

 

 

 

 打ち払った、その景色もろとも千景の鎌を真正面から。

 距離が離れたこの瞬間、キリトは覚悟を決める。

 

「俺は剣士だからな」

 

 勇者とは、絶対的な神『神樹』の使徒であり、勇み人を助ける者の事を言う。

 故に、神とそれに属する大社から与えられる絶対的な使命のもと、不特定多数の者の為にその命を賭すのだ。

 

 故にこそ、()の在り方はそれとは大きく異なる。

 

 確固たる信念の元、誰に批判されようとも、自らの正しさの為に意思と責任をもって行動する。

 例えその行動のもたらす結果が、多くの人にとっての幸福にはならなかったとしても、覚悟を決め、痛みを伴いながらも前進する。

 

 

 ある意味で言えば独善的、悪、なるほど幾らでも罵れよう。だが、言い換えればそれは強さだ。

 キリトの追い求める理想とは、まさしくそういう物なのだ。

 

 例え神樹の御心や大社の意思にそぐわなくても、あくまで自身が善とする行為の元に行動し、仲間を救ってきた。

 

「決めたよ、チカっち」

 

 根底にあったものなんて、最初から何一つとして変わっていない。

 そうして、確固たる自己を持つ者こそが真の強者たりえる。

 

「俺は、誰が何と言おうとお前を救うし、誰を傷つけようともお前を守る。それによって生まれる憎しみも、恨みも、俺が全て背負う」

 

 慢性的に神樹の意思を遂行する者達への否定。まさに停滞の対極。

 その在り方こそ――人は『英雄』と呼ぶ。

 

「そんなこと……出来っこないわ」

 

 吐き捨てるように千景は否定する。しかし、キリトは今度こそ、その顔にいつもような飄々とした笑みを浮かべた。

 

「いーや、やってやるさ。何しろ、今までもずっとそうして来たんだからな」

 

 目をつぶり自身の中にある『黒の剣士』の概念的情報に接続、その真意を自らに降ろす。

 

「来い――エリュシデータ、ダークリパルサー!」

 

 黒い勇者装束が、異界の英雄たるロングコートへと変化していく。

 未だその心意の解放を惜しむように輝きが収束して、そのベールが途切れとぎれに切り裂かれ、姿を表す。

 

「行くぞ、郡千景。少しキツ目に灸を据えてやる」

 

 その瞳に見据えられ、千景の体にゾクりと緊張が走る。

 忌々し気に歯噛みし、七人の千景がその大鎌で再度キリトに襲い掛かった。

 それに対して、キリトは右半身後方に引き、左足を半歩前へと進める。

 

▽片手剣7連撃技▽

デッドリーシンズ

 

 罪を意味する七回の斬撃が分身の攻撃を跳ね除け、そのうち三体を消滅させる。

 その剣にはもう今までのような迷いはなく、あるのは決して負けないという強い意思のみ。

 

「……!どうして、あなたはッ!?」

 

 困惑、動揺、懐疑、そんな様々な感情が今度は千景の鎌を鈍らせた。

 それでもなお、彼女は無限に再生する分身を差し向けるが、キリトはまさに鬼神のごとき勢いでそれらを撃破し、ある一点の勝機を見据える。

 

 ――チカっちの切り札には発動限界がある。そこまで押さえ続ける事さえ出来れば、彼女を止められるはずだ。

 

 今のキリトであれば、もっと強引に、より早く決着を付ける事も可能だが、それでは千景を殺してしまうかもしれない。

 

 切り札を長く使った分失われる記憶が増えるとしても、キリトにとってそんな事は躊躇う理由にならなかった。

 

 そんな彼に、千景が慟哭する。

 

「記憶がないんでしょう!?だったら、もう私だって殆ど赤の他人じゃない!なのに、どうしてそこまで必死になるのよ!?」

 

「それは前にも言った!お前が、俺の友達だからだ!」

 

 言い切る。

 それによって千景は押し黙った。

 

「記憶がないから大事なんだ。何かも忘れてしまった俺にとって、もうお前は……お前達は家族同然なんだよ!それを失わない為なら、俺はバーテックス以上の悪にだってなってやる!」

 

 口だけのでまかせじゃない。

 キリトは本気でそう言っているのだ。

 

 勇者達を家族だと、そう言って憚らず剣を振るのだ。一振りする度に、その家族同然の少女達との思い出すらも、消えてしまうのに……

 

「っ、うわぁぁぁぁああ!!!!」

 

 千景は悲鳴のような叫びを上げながら三人でキリトの退路を塞ぎ、釘付けにした上で、四人で同時に斬りかかる。

 それが決まれば致命傷は避けられない。

 ……にも関わらず、キリトは襲い来る死神を前に一切の動揺すら見せない。

 

 何せ、キリトにはもう、全身血だらけとなった千景の限界が見えていたからだ。

 

「……ぇ………?」

 

 大鎌を振り下ろそうとした瞬間、全ての分身が消滅した。

 

 ――何で、私の切り札が……!?

 

 切り札が解除された事で一人となった千景。

 その隙は大きく、勝負を決めるには好機には十分。

 

 耳障りな音を立てて、大葉刈が弾かれる。

 手から離れた大鎌が宙を舞って数メートル先に落ちると、それを取りに行こうとした千景を、キリトは剣を放って両手で押さえつけた。

 

「離しなさい!っ……離せぇ!!」

 

「チカっち………ぐっ……俺の声を聞け、千景ぇ!!」

 

「っ」

 

 ピタリと千景の動きが止まった。

 赤く染まっていた目が瞬き、正常な光を取り戻す。

 

「……ようやく、聞いてくれたな」

 

 安堵した表情を前に、千景は自らの意識の憑りついていた闇が取り払われた事に気付く。

 鼓膜を震わせるほどのキリトの一喝が、千景を正気に戻したのだ。

 それは、精霊の加護が途切れ、僅かながら精霊の浸食が緩和したほんの一瞬だったこそ出来た事だ。

 その奇跡的な事象を、キリトは当然のようにやってのけた。

 

「桐ヶ谷……さん?」

 

「そうだ。さっきまでお前に殺されかけてた人の顔を、忘れたなんて言わないよな?」

 

「ぁ……え……」

 

 千景はようやく明瞭になった意識で自分のやろうとしていたこと、やった事の重大さを理解した。

 

「そんな……私っ……なんて、事をっ!」

 

 それによってパニック状態になりかけた千景の体を、キリトが優しく抱きしめる。

 

「良いんだ。全部、本心じゃないって分かってる」

 

「それでも、私は、あなたの事を……高嶋さんを……皆の、事をっ」

 

 言ってはいけない事、やってはいけない事を沢山してしまった。

 

「お前のせいじゃない。まだ言えてなかったけど、今までの千景の暴走は……全部、精霊の穢れによるものなんだ」

 

「……精霊の、穢れ?」

 

 言われて初めて、千景は自覚した。

 

 キリトが言う通り、確かに今までの自分が冷静じゃなかったのは確かだ。

 落ち着いて考えれば、全て丸く収まるのに、思考が負の方へと強制的に流されて、正常な判断を鈍らせていた。

 

「ああ、だから、最初からお前が気に病むことじゃない。ずっと、辛かっただろ?」

 

 再び背に回した腕に、キリトは優しく力を込める。ここが戦場で、いつバーテックスが襲ってきてもおかしくないのに、千景はそれを振り解く事は出来ない。

 

「よく、頑張ったな」

 

 情けなくて、恥ずかしいのに、その温かさと安心感に甘えてしまう。

 

「うぅ、ぁ……」

 

 千景はキリトの肩に顔をうずめて、声を抑えながら泣いた。

 まるで、累積した負の感情を全て出し切るように、沢山の涙が目から溢れ、キリトはそんな少女の背中を優しくさすり続けた。




※あとがきめっちゃ長いです


今回は千景編の大詰めという事で結構重要な内容が多めになり
そして、ようやく彼女を救う事が叶いました
正直、千景の生存か、死亡か、に関してはプロット段階でも未だ決められず本編にした際にようやく決まった展開なんです
展開的に、彼女の生死はあまりにも深すぎるから凄く迷いました

ってな感じで、千景編も終結でついにのわゆ編そのものの最終章へと入っていきます
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