結城友奈は勇者である-黒の章-   作:グランドマスター・リア

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第五十四話:勇者の行方

 

 胸の中で泣く少女は、まるで幼い子供のよう。

 服に皺が出来るくらいに強く握って、大層に泣き叫びたいだろうに、それ必死に抑えて嗚咽をもらす。樹海の中心で、戦場の只中で、若葉がまだ戦っているのに極色彩の幹の陰でひたすらに千景を包む。

 あまりにも不条理、そう思えてならない。

 彼女だけじゃない。勇者そのものを取り巻く現実は、あまりにも残酷な物で満ちすぎている。何故、彼女たちがこんなにも追い詰められなければならない?

 過酷な運命の中で戦って、なおもこんなに酷い仕打ちを受けるいわれが何処にある?

 

「……っ」

 

 既に切り札は解除し、通常時の姿へと戻ったキリトは急に襲い来る眩暈に意識を失いかけた。

 

 ーーなるほど、いつものやつか……っ!

 

 過去三回、切り札の使用後に例外なく訪れる強烈な眩暈。

 恐らくは急な力の行使の反動が、記憶の欠損とは別に物理的な形で押し寄せる。平衡感覚がイカれているのか、こうなるとまともに立ち上がる事すらできなくなる。

 

「……桐ヶ谷さん?」

 

 額を押さえ呻いたキリトに、異変を感じ取った千景が涙に濡れた表情を上げた。

 

「ごめんっ、チカっち。ちょっとやばいかも」

 

「どうしたの?しっかりして、桐ヶ谷さん!」

 

 溢れた涙も引っ込むほどに血相を変えた千景を、なるべく安心させたくて笑おうとしても、上手く出来ているかすら分からない。

 

「……切り札の、反動?」

 

 以前に完全体のバーテックスを退けた際も、キリトは切り札の使用後に意識を失ってしまった。状況は酷似している上に、何しろキリトの切り札はあれだけ異次元な強さを誇っているのだ。記憶の欠損に関わらず、体への物理的な反動も相当であるはず。

 

 一頻り苦悶した後、ふとした拍子にパタリとその体から力が抜けた。

 ポスリと今度は千景の胸にキリトの体が収まる。

 

「こんなになるまで……どうして、私なんかの為に……」

 

 幼子みたいに意識を落としたキリトの表情を見て、千景は頼りなく呟く。

 

「家族同然、だから……」

 

 暴走していた最中も、会話の内容は鮮明に覚えている。

 キリトは千景達の事を家族同然の存在だと言い切ってみせた。家族の温かみを忘れてしまった千景にとって、この言葉がどれだけ救われるものだったか……

 

「そうね……あなたは、そういう人だったわね」

 

 きれいごとばかりで、お人好し。

 千景はそんな風には生きられない。辛いと分かっていて進む度胸も、現実に抗ってまで現状を打破するだけの強さもない。彼女に出来るのはせいぜい目の前の使命を必死に全うする事くらいで、正直に言えば仲間を助けるだけの余裕だってないのだ。

 ずっと、ずっと自分の事に必死で、周りなんて見てる余裕がなかったから。

 

「ねぇ、桐ヶ谷さん。今この時くらいなら、私も、あなたみたいになっていいかしら?」

 

 そっとキリトをその場に寝かせて、大葉刈を携え立ち上がる。その瞳の見据える先には、傷ついた二人を蹂躙しようと殺到するバーテックスの白い大群。

 今なら、目を逸らしたってハッキリ見える。守るべき人、守りたい人の姿が。

 

「ダメよ。お前達なんかに、この人は殺させない」

 

 先手に飛び込んでいた星屑の一体を両断する。

 

「お前達の相手は私よ!バーテックス!」

 

 自身も切り札の過度な使用によって満身創痍なのにも関わらず、傷口が開いて出血するのもお構いなしに鎌を振る。

 体は自らの血によって至る所に惨たらしい赤が見え、額や見える部分も本来の肌色を探す方が難しいほど。それでも、彼女は何度も鎌を振って、その回数分だけ血を流す。激痛にさいなまれながら、赤い彼岸花を樹海の戦場に咲かせる。

 

 しかし、やがてその奮戦にも限界が訪れる。

 

「っ、しまーー」

 

 不意に死角に潜んでいたバーテックスが一体、突進してきた。

 何とか反応して鎌を振るが、バーテックスはそれによる損傷も意に介することなく巨体で千景を打ち据えた。凄まじい勢いでの直撃。嫌な音が体中から鳴って、千景の華奢な体は呆気なく吹き飛ばされた。

 

「ぐっ、ごは」

 

 樹海に叩き付けられた千景の体が、流れ出た血だまりの中で僅かに動く。

 明らかに重傷。もしも、寸前でバーテックスに損傷を与えて勢いを殺していなければ、いまの突進一発で致命傷になり得た。

 

 ーー足、動かない。腕も、折れてる?あぁ……これ、ダメなやつだ……

 

 足は言うことを聞かず、武器を握る腕は不愉快な痛みを返すだけで、一向に動かない。

 確実な戦闘不能状態。明確な敗北。そして、戦場で倒れた者の末路などいつの時代も決まっている。

 

「ごめんなさい。桐ヶ谷さん……あなたに助けられた命、早速無駄にしてしまったわ……」

 

 来るべき死を前に、様々な後悔が脳裏をよぎる。

 

「また、皆でうどん食べたかった……高嶋さんにも、また会いたかった……」

 

 思えば、後悔ばかりの人生。なんとも下らない幕引き。

 最期に親友の顔を見ることも叶わない。それを感じながらも、千景は目だけは背けまいと群がってくるであろうバーテックスに向けた。しかし、目にしたのは意外な光景だった。

 

「……?何で、何を、して……」

 

 バーテックスは膝をつき、倒れた千景に群がるどころか明後日の方向へと飛んで行っていた。

 しかし、その方向にあるものを理解した瞬間に、困惑は確実な焦りに変わる。

 

「まさか」

 

 何しろ、その方角はキリトが倒れている場所を示していた。

 

「ダメ、ダメよ、そんなの……」

 

 這いつくばるようにして、千景は必死に進もうとする。

 

「やめて、その人だけは……」

 

 深い絶望に染まった表情で、目に涙を浮かべながら、その手を必死にキリトの方へと伸ばす。しかし、その手はあまりにも遠い。まるで、バーテックスの顔のような模様はそんな千景を嘲笑っているようにも見える。

 いやだ、やめて、そんな痛烈な懇願をバーテックスが聞くわけもない。こいつらはただ、キリトを千景以上の脅威だと判定し、優先的に倒すことを選びそれを実行するだけ。

 

「誰、か」

 

 ぎゅっと手を握りしめる。

 

「桐ヶ谷さんを、助けて」

 

 果たして、その無性の願いが神にでも届いたのか。次の瞬間、その場に勇猛な一撃を知らせる声が響いた。

 

「勇者ッ、パァァァンチ!!」

 

 轟音がバーテックスの大群をぶち破る。

 迸る気合いと共に桜色のシルエットがその場に降り立った。赤いポニーテルを揺らして、今しがた千景が再会を望んだ親友が三度拳を振るってバーテックスを蹴散らすと、その場からキリトを抱え上げて千景の方へと跳躍した。

 

「ごめん、ぐんちゃん!また遅くなっちゃった!」

 

「高嶋、さん?」

 

 入院していて、その場に居るはずのない少女が勇者装束を纏いそこに居る。

 これは何の奇跡か。或いは死に際に垣間見えるという都合のいい夢か?しかし、どうやらそのどちらでもないらしい。

 

「何だか……病院のベッドで横になってたら、急にぐんちゃんとキリちゃんが危ないような気がして……そしたら、もう居ても立っても居られなくて、病院を抜け出してきたんだ」

 

 まさに神託にすら思える直感。

 だが、理由はどうであれ千景とキリトにとってまさに友奈の登場は降ってわいた希望に他ならない。まさに、今の千景にとって彼女は以前まで以上に救世主的な存在に見えた。

 

「若葉ちゃんが、進化体を倒すまで、私がぐんちゃんとキリちゃんを守る!」

 

 言って、膝をついて千景の涙を優しく拭う。

 

「だから……もう泣かないで、ぐんちゃん」

 

 そうして、友奈は立ち上がると千景に背を向けてバーテックスの前に立ちはだかる。

 背後からでも滲み出る闘志と怒りが感じられ、その矛先は当然、親友を傷つけた化け物たちへと向けられる。

 

「ここから先には、絶対に、通さないっ!!」

 

 構えると同時に友奈は殺意のこもった目でバーテックスを睨む。桜色の勇者の拳がバーテックスを打ち砕く。

 その後、戦闘は若葉と友奈を主体に行われ、およそ一時間後に戦闘は終了した。

 

 

 

 

 

 

 六月未明、梅雨(つゆ)の時期に起こった侵攻は、勇者にとっても、世界にとっても大きな問題の始まりとなる一戦となった。

 規模は過去に起こった侵攻に比べれば、そこまで大きなものではなかったが、樹海の浸食による被害は完全体出現の際を除いて過去最多クラスのものだった。

 現実では土砂崩れなどが発生し、死者や怪我人も数人でるような事態にまで発展。これによって住民の間でも様々な憶測が流れ始め、勇者対する疑念や欺瞞の声も上がり始める。これを受けた大赦は、日を待たずして若葉による演説を行う事となった。

 

 

 だが、一番問題なのは被害が広がった事実そのものではなく、その理由だ。

 規模がそこまで大きくなかったにも関わらず、現実へと被害がこれほど広がってしまったのは、千景の暴走による制圧の遅れが直接的な原因とされた。千景は勇者としての資格を剥奪され、端末も没収。

 若葉達とも引き離すべきだとして、千景は故郷である村にある実家へと強制送還。……される筈だった。

 

「友奈、キリトは見つかったか?」

 

「ううん、寮の部屋にも、丸亀城にも何処にもいない!」

 

「くっ……一体、何処へ行ったと言うのだ」

 

 その日の丸亀城は慌ただしかった。

 何故なら、キリトが失踪したからだ。判明したのは早朝、若葉が日課の朝練の為に起きだした時、寮のロビーの机に『すみません。ちょっとの間、寮を空けます。退職ではないので席をおいといたままにしといてください。Byキリト』などと言うふざけた書き込みが発見された事が始まりだった。

 

 大人に捜索隊と若葉達で足取りを追えど一向にキリトは見つからない。そして更に、それと同時刻に千景の姿も大社の施設から消えていたのだ。

 その日が丁度、千景が故郷へと送還される日だった。直前まで、若葉達はその不当な扱いに抗議していたが、キリトはもはや手段を選んでいられないと判断し、彼女を連れ出し、行方を眩ませたのだ。

 

 

 

 そうして、皆が血相変えて二人を探す中……一方その頃、高知県の山中に件の二人の姿はあった。

 

「ふっふっふ、甘いぜ大社。捜索、警備、どっちをとっても点数を付けるなら落第点ってやつだ」

 

 まるで悪巧みが成功した子供のように不敵に笑うキリト。

 今回の逃避行の主犯格たるこの剣士は、今まさに千景を連れてこの高知の山中へと逃げおおせてきていたのだ。

 

「助けてもらった手前、あまりこんな事は言いたいくないけど……本当に、大丈夫なのかしら」

 

 それは何に向けたものなのか、千景はため息交じりに額を押さえる。

 何しろ、彼女からすれば日も昇らない深夜に叩き起こされたかと思えば、めっちゃ満面の笑みで手を差し伸べ「逃げよう」と嘯くこの少女に連れ去られてきた状況。勇者に変身したキリトによって抱えられるままに、あれよあれよ川越え山越え、降り立ったのはこんな山奥。ため息の一つだって付きたくなるだろう。

 

「そう心配すんなって……確か、花本さんはこの辺りだって言ってたけど」

 

 ギリギリ舗装されてるように見えなくもない山道を、何か探しながら歩くキリト。

 そんな彼女の後ろ姿に、千景は思うところはあれど敢えてそれは飲み込む。前回の戦いで、キリトはまたしても切り札を使い、記憶の大部分を失った。しかし、それに関してはもう彼女自身が答えを出したという。戦闘のあと「辛くはあるけど、大丈夫。もう迷ったりしない」と何か吹っ切れたように言われては、誰も、何も言えなかった。

 

「お、あった。こっちだ」

 

 千景の手を引いて、何かを見つけた様子のキリトは足早に山道を歩く。

 そうして、数分歩いた後にその正体はようやく姿を表した。

 

「え……これは、屋敷?」

 

 二人の目の前に現れたのは、それはもうこんな山奥には似つかわしくない屋敷。広さはちょっと豪勢な日本家屋といった様子だが、どちらにしてもこんな山奥にある屋敷なんて怪しいにも程がある。しかし、キリトは何も警戒する様子もなく屋敷へと入っていく。

 

「ち、ちょっと桐ヶ谷さん!待って」

 

 相変わらず能天気な黒髪を追うと、玄関先で何やら操作した後、キリトは開いた両扉を潜って千景と共に中へと入る。

 すると、そこには思わぬ人物が待っていた。

 

「っ、そんな、あなたは……花本さん!?」

 

 その人物は千景も良く知る少女だった。着物姿の小柄な眼鏡少女、花本美佳。大社で巫女をやっているはずの少女が今目の前に居る。その事実に狼狽していると、美佳は折り目よく淑やかに礼をする。

 

「お久しゅうございます、郡様。そして、ここまでの長旅ご苦労様でした、桐ヶ谷様」

 

「いや、勇者に変身して飛んできたから意外と快適な旅だったよ。花本さんも、今回は協力してくれてありがとう」

 

 まるで事前に示し合わせていたかのような会話に、千景はキョトンとする。そんな彼女の疑問を知ってからしらずか、キリトは千景に語りかけた。

 

「……聞きたい事は山ほどあるだろうけど、とりあえず中に入ろうか。そこで、今回の事について全部説明する」

 

 千景はもはやどうツッコンで良いのか分からなかった。しかし、一つだけ確かな事として……この剣士はまたしても何かとんでもない計画を実行に移していた事だけは明らかだった。

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