裏路地を歩くことしばらく。
この国の闇も相当に深いようだ。
昼間だというのに日が当たらない道を進み、まるでサーカスのテントのような小屋が路地の一角に現れる。
「こちらですよ勇者様」
「へいへい」
奴隷商は不気味なステップで歩いていく。なんていうの? スキップにしては跳躍距離が長い。
それから、奴隷商は予想通り、サーカステントの中へ俺を案内した。
「さて、ここで一応尋ねておくが、もしも騙したら……」
「巷で有名なバルーン解放でしょうね。そのドサクサに逃げるおつもりでしょう?」
「いいや。そんなまどろっこしい事はしないさ。この場所で人間が売られていたって言う噂が流れるだけさ」
ほう…2回ほど噛ませただけで、そんな呼び名がつけられているのか。
まあ、たわけた連中に制裁を加えるのに便利な手段だからな。有名にもなるだろう。
「勇者を奴隷として欲しいと言うお客様はおりましたし、私も可能性の一つとして勇者様にお近付きしましたが、考えを改めましたよ。はい」
「ん?」
「あなたは良いお客になる資質をお持ちだ。良い意味でも悪い意味でも」
「そうか。」
「どういう意味でしょう」
なんとも掴み所の無い奴隷商だ。俺に何を期待しているのだろうか。
ガチャン!
という音と共にサーカステントの中で厳重に区切られた扉が開く。
「ほう……」
店内の照明は薄暗く、仄かに腐敗臭が立ち込めている。
獣のような匂いも強く、あまり環境が良くないのはすぐに分かった。
幾重にも檻が設置されていて、中には人型の影が蠢いている。
「さて、こちらが当店でオススメの奴隷です」
奴隷商が勧める檻に少しだけ近づいて中を確認する。
「グウウウウ……ガア!」
「獣人か?」
檻の中には人間のような、皮膚に獣の毛皮を貼り付けて鋭い牙や爪を生やした様な生物……簡単に表現するなら狼男が唸り声を上げて暴れまわっていた。
「獣人ですよ。一応ヒトの分類になっております。」
「一応…ね。」
ファンタジーでは割りと良く出てくる種類の人種だな。
主に敵としてだけど。
「俺は勇者で、この世界に疎いんでね。詳しく教えてくれないか」
他の勇者のように俺は世界に詳しく無い。だから常識一つ知らないのだ。情報屋はまだ見つかっていない。
確かに町を見ていると、時々、イヌの耳をした人種や猫の耳を生やした奴を見かけることがある。
あれを見て、あーファンタジーだなぁとは思うが、数は少ない。
「メルロマルク王国は人間種至上主義ですからな。亜人や獣人には住みづらい場所でしてね」
「やはりそうか。」
城下町となるとさすがに亜人、獣人を見かけるが確かに旅の行商か冒険者崩れ程度しか見かけない。つまり差別されていて、まともな職には就けないという事だろう。
「で、その亜人と獣人とは何なんだ?」
「亜人とは人間に似た外見であるが、人とは異なる部位を持つ人種の総称。獣人とは亜人の獣度合いが強いものの呼び名です。はい」
「なるほど、カテゴリーでは同じという訳か」
「ええ、そして亜人種は魔物に近いと思われている故にこの国では生活が困難、故に奴隷として扱われているのです」
「ひとつ聞くが、この者達は何か犯罪でも犯したのか?それとも人さ…職業斡旋屋に売られたのか?」
「そうですねぇ。ここに居る奴隷達は皆、犯罪は犯しておりません。」
「そうか。」
何処の世の中にも闇がある。しかも人間では無いという認識のある場所ではこれほど都合の良い生き物は居ないという事か。
「そしてですね。奴隷には」
パチンと奴隷商が指を鳴らす。すると奴隷商の腕に魔法陣が浮かび上がり、檻の中に居る狼男の胸に刻まれている魔法陣が光り輝いた。
「ガアアア! キャインキャイン!」
狼男は胸を押さえて苦しみだしたかと思うと悶絶して転げまわる。
もう一度、奴隷商がパチンと鳴らすと狼男の胸に輝く魔法陣は輝きを弱めて消えた。
「このように指示一つで罰を与えることが可能なのですよ」
「中々便利な魔法のようだな」
仰向けに倒れる狼男を見ながら俺は呟く。
「俺も使えるのか?」
「ええ、何も指を鳴らさなくても条件を色々と設定できますよ。ステータス魔法に組み込むことも可能です」
「ふむ……」
中々便利な設計をしているじゃないか。
「一応、奴隷に刻む文様にお客様の生体情報を覚えさせる儀式が必要でございますがね」
「奴隷の飼い主同士の命令の混濁が無いために、か?」
「物分りが良くて何よりです」
ニイ……っと奴隷商は不気味に笑う。
変な奴だ。
奴隷商を見ていると、祖国を日本に売り付け自分は情報局に入ってきた男の事を何故か思い出した。
「まあ、良いだろう。コイツは幾らだ?」
「何分、戦闘において有能な分類ですからね……」
金銭において俺の噂は絶えないだろう。下手に吹っかけても買う気は無い。
「金貨15枚でどうでしょう」
「相場が良く分からないが……相当オマケしているのだろうな?」
金貨1枚は銀貨100枚相当に匹敵する。
王様がバラで渡したのには理由がある。金貨はその単位の大きさゆえ、両替に困る特色を持っている。
城下町で売っている装備品は基本的に銀貨で買ったほうが店の方も対処が楽なのだ。
「もちろんでございます」
……。
俺の凝視に奴隷商も笑顔で対応する。
「買えないのを分かっていて一番高いのを見せているな?」
「はい。アナタはいずれお得意様になるお方、目を養っていただかねばこちらも困ります。下手な奴隷商に粗悪品を売られかねません」
どっちにしても怪しい奴だ。
「参考までにこの奴隷のステータスはコレでございますよ」
小さな水晶を奴隷商は俺に見せる。するとアイコンが光り、文字が浮かび上がる。
戦闘奴隷Lv75 種族 狼人
その他色々と取得技能やらスキルやらが記載されている。
75……俺のレベルの7倍程だ。
こんな奴が配下に居たらどれだけ楽に戦えるか分からないな。
おそらく、他の勇者よりも現時点では強いだろう。
金銭の割に合うかと聞かれればギリギリ許容ラインか。
そもそも、健康状態もあまり良くなさそうなのは元より、命令に従っても普段の行動に支障をきたしそうな奴だ。
迷惑料を差し引いてこの値段なのだろう。
「コロシアムで戦っていた奴隷なのでしたがね。足と腕を悪くしてしまいまして、処分された者を拾い上げたのですよ」
「ふむ……」
これで粗悪品という事か。
Lvに見合わない程度か。
「さて、一番の商品は見てもらいました。お客様はどのような奴隷がお好みで?」
「安い奴でまだ壊れていないのが良いな」
「となると戦闘向きや肉体労働向きではなくなりますが? 噂では……」
「主神に唾を吐きかける真似ができるか!」
「ふふふ、私としてはどちらでも良いのです、ではどのような奴隷がお好みです?」
「変に家庭向きも困る。今必要なのは戦闘力になる奴だ。」
「ふむ……噂とは異なる様子ですね勇者様」
「…契約の女神に誓いやっていない。」
ああ、俺は何だって言える。俺はしていない。
俺に今必要なのは俺の代わりに敵を倒すことが出来る奴だけだ。
それは別に使えれば何だって良いんだ。
「性別は?」
「問わない」
「ふむ……」
奴隷商はポリポリと頬を掻く。
「些か愛玩用にも劣りますがよろしいので?」
「見た目を気にしてどうする」
「Lvも低いですよ?」
「戦力が欲しいなら育てる。」
「……面白い返答ですな。人を信じておりませんのに」
「人自体は信じているさ。教義や主義を拡大解釈し棲み分けが出来ず徹底排除する宗教を信用していないだけだ。」
「これはしてやられましたな」
クックックと奴隷商は何やら笑いを堪えている。
「ではこちらです」
そのまま、檻がずっと続く小屋の中を歩かされること数分。
ギャーギャーと騒がしい区域を抜けると、今度はビービーとうるさくなってきた。
不意に視線を向けると小汚い子供や老人の亜人が檻で暗い顔をしている。
そしてしばらく歩いた先で奴隷商は足を止めた。
「ここが勇者様に提供できる最低ラインの奴隷ですな」
そうして指差したのは三つの檻だった。
一つ目は片腕が変な方向に曲がっているウサギのような耳を生やした男。見た限りの年齢は20歳前後。
二つ目はガリガリにやせ細り、怯えた目で震えながら咳をする、犬にしては丸みを帯びた耳を生やし、妙に太い尻尾を生やした10歳くらいの女の子。
三つ目は妙に殺気を放つ、目が逝っているリザードマンだ。ただ、なんかリザードマンにしては人に近い気がする。
「左から遺伝病のラビット種、パニックと病を患ったラクーン種、雑種のリザードマンです」
なるほど、三つ目は雑種、混血か。
「どれも問題を抱えている奴ばかりだな」
「ご指名のボーダーを満たせる範囲だと、ここが限界ですな。これより低くなると、正直……」
チラリと奥のほうに目を向ける奴隷商。俺も視線を向ける。
遠目でも分かる、死の臭い。
葬式で微かに臭う、あの臭いの濃度が濃い。あの先には何かが充満している。
微かに腐敗臭もしてきている。
…台湾市街戦を思い出すな。
「なるほど。死体ギリギリの奴等か」
「ええ、はいそうでございます。」
「後で見せてくれ。『死んでなければ回復させる。死んですぐなら叩き起こして回復させる』が信念の聖女に叩き込まれた術があるのでな。」
治癒の聖女「私のことね!」
盾の勇者「⁉︎」