紗和アベンジ   作:TORIA

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⑫ネコの奴隷たちと牢獄

 

 驚異の50%減

 鳶一折紙は溜息をつく。

 他でもない、折紙にとって値千金の士道と一緒に居る時間が減っているのだ。

 

 理由は複数ある。

 冬休みに入って学校が休みになった。

 精霊の入りびたる数が増えた。

 仕込んでいた盗聴器がばれた。

 そして何より―――

 

「よしよし、なでて欲しいのか。あはは、良い子だな、お前は」

 

 士道の膝に飛び乗る文字通りの泥棒ネコ。

 二か月前にやってきた子ネコは、士道にとてつもなく懐いている。

 それこそ他の誰かが近づくと機嫌が悪くなり、どこかに行ってしまうことが多々ある位に。

 そして士道もなんだかんだでこの毛むくじゃらの塊を甘やかしてしまう。

 

 ―――奴は大変な物を盗んでいきました、士道と私の時間です。

 

「むう、シドーの所ばかり行くとは……そーれ、ニクキュー! 猫じゃらしだぞ!」

 

 折紙のそばから士道の近くに行こうとする十香は、エノコログサ状の猫じゃらしをぶんぶんと音が出るような勢いで振りながら近づく。

 

 件のネコ、ニクキューはそれを一瞥しただけで士道の膝の上で丸くなっただけだった。

 

「何故だ!? 何故私が使っても寄ってこないのだ!?」

「十香……あなたの振り方ではトラでもじゃれつけない。もっと落ち着くべき」

「む、むぅ……そうなのか。ほーらニクキュー、これでどうだ!」

 

 先ほどよりはゆっくりと、それでも元気が良すぎる十香のスイングはやはりニクキューの興味の対象ではなかったようで、ニクキューはうるさそうに十香をオリーブ色の眼で一瞥すると、士道の膝の上で目を閉じる。

 

 困ったような笑みの士道と、「ぐぬぬぬ」と言う擬音が聞こえそうな顔の十香を眺める折紙。

 意外なことは何もない。

 このネコ、ニクキューはいつもこうだ。

 いっそネコらしいネコとも言える―――何といってもニクキューと言う名前を付けた十香に対してもこうなのだ。

 

 あるいはもしかしたらその名前が気に喰わないのかもしれない、とすら思ってしまう。

 折紙も内心、このぬいぐるみの様な可愛らしいネコの名前がニクキューはないと少し思ってしまう。

 士道もそう思っているのかもしれない。

 折紙は士道が自室の中ではニクキューのことをコロンと呼んでいるのを知っている。

 ……何故知っているかは愛の力ゆえだ、他意はない。

 

 ネコらしく人の好き嫌いが激しく、意中の相手に対しても気が乗らない時にはまるで興味がない。

 折紙にもたまによってくる程度で、距離を置いてじっと見ていることがほとんどだ。

 とは言え、誰に対してもこうなわけではない。

 

「主様、今戻ったのじゃ。おお、折紙に十香も来ておったか。丁度良い、芋ようかんを買ってきたのじゃ」

「ああ、六喰わざわざすまないな。人数もそろったしお茶でも用意しようかな。ニクキューもちょっとのいてくれ……こら、頼むから膝から動いてくれ」

「むん。主様、むくに任せてくれ。ニクキュー、むくが遊んでやろう」

 

 買い物に行っていたらしい六喰が、膨らんだビニール袋を置きつつリビングに入ってきた。

 ソファーの上から動けなくなっていた士道の膝上の駄々っ子に手を伸ばすと、ニクキューはさも「やれやれ、しょうがないにゃ」とでも言いたげな顔で、六喰に抱きかかえられる。

 

 ニクキューはどうやら六喰がお気に入りなようだ―――あくまで相対的にだが。

 ようやっと立ち上がった士道は六喰に礼を言いながら台所に入っていく。

 士道が座っていた場所に同じように六喰は腰かけ、そのまま膝の上にニクキューを乗せる。

 ニクキューは士道の背中を見ていたが、やがて目を瞑りそのまま六喰の膝の上で丸くなった。

 

 その様子を少し恨めしそうに見ていた十香だが、六喰の隣に座ると彼女と一緒にニクキューを撫で始めた。

 折紙は士道の手伝いをすべく台所に向かう。

 勝てない戦いはしないに限る、士道との時間は今や貴重だ。

 

 ニクキューはもしかしたら六喰の穏やかな雰囲気を察しているのかもしれない。

 何かの用事で何度か来ただけの令音が随分と懐かれていたことを思い出す。

 仕舞いには彼女の肩に飛び乗ったことにおどろいたが、令音は特に気にするでもなく落ち着いてなでつつ所用をこなしていた。

 琴里などに至っては毎日朝夕の餌をやっているのに、食べ終わるや否や自分から離れて令音の方にすり寄るニクキューを見て随分複雑な顔をしていたものだ。

 それ以来、琴里が暇を見ては『ネコの好かれ方』と言う類の本を見ているのを他の精霊たちも良く知っている。

 

 そうまでして精霊たちがニクキューに好かれたいのは、ニクキューが一番好きなのが士道で、士道もニクキューをまるで第三の妹の様に溺愛しているからだ。

 一度ニクキューが五河家から脱走したことがあった。

 

 その時の士道の必死さはまるで精霊を助けるときの彼の様で―――他でもない折紙が反転した時の様に―――他の精霊たちも結局ニクキューが家の近く路上駐車の日当たりが良いボンネットの上で丸くなっているのを見つけるまで文字通り死に物狂いで探すのを手伝った。

 

 それ以来、ニクキューの首輪はGPS付となった。

 市販の製品は今一つなので折紙が作成したものだ。

 多少手間取ったとは言え士道たっての願いとあれば断る理由もない。

 普段からの特技が役に立って折紙も満足だ。

 

 そんなことをネコが知る由もなく、これ以降ニクキューは特に外に出たがることも無く首輪が役に立つことも無い。

 気まぐれネコの心は読みがたく、手がかかり、それ故に士道に可愛がられる―――それこそ折紙の主観的には精霊たちよりも。

 そんな訳で精霊たちはニクキューに好かれることで士道に近づこうとするのだが、誰もが六喰や令音の様に行くわけではない。

 多くの場合良くておやつだけもらっていく、悪いと無視と言う形で離れていく。

 そして大体その後は、苦笑いする士道の膝の上にちゃっかり収まっている毛むくじゃら。

 

 ―――ああ、宦官や外戚が権力を握った理由が良くわかる。

 

 芋ようかんを切る士道の横でお茶を用意しながら歴史の風を今に感じた折紙は、士道と十香にこのネコの名前をコロンにした方が良いのではと言う提案を言うかどうか考えていた。

 

 

 

 士道の部屋の扉には今や小さなドアが付いている。

 いやゆるネコドアだ。

 これが無いとドアの前でいつまでも『彼女は』待っている。

 

「本当、お前は甘え上手だな。今はニクキューか」

 

 イスに座った士道のそのまた膝に飛び乗るコロン。

 このネコの名前はコロンにするはずだったのだ。

 それがニクキューと呼ばれるようになったのは、十香がそう名付けたがり、精霊の意をくむラタトスクとしてもそれに反対する理由が無かったからだ。

 

 コロンと言う名前を授けたあの時の少女、緋衣響のことを思い出す。

 あれ以来会っていないが、自分が名前を与えたネコが別の呼び方をされているのを見たらどう思うだろうか。

 そう言う意味ではまだ果たされていない再会の約束を幸運に感じてしまい、士道は少し自己嫌悪する。

 いかにもネコが大好きそうな彼女はコロンにとても寄り付かれていた―――それこそ士道がコロンのことを誰にでも懐くネコと勘違いするほどに。

 

「実際は初対面の人には絶対よりつかないんだけどな。緋衣さんは例外だったらしいな、お前にとって」

 

 宿題しないとなぁと思いつつも、膝の上のコロンをなでる士道。

 もしここで教科書を開いても、机の上に飛び乗って妨害してくるのは目に見えている。

 それなら下にいる面々に預ければよいのだが、コロンは嫌そうな態度を隠しもしない。

 

「まるで面倒な彼女だな……」

 

 言っておかしくなって笑う士道。

 士道のスリッパに丸くなって納まる、琴里の服を毛まみれにする、柱で爪とぎをする、ごみ箱をひっくり返す、よしのんをくわえてどこかに引きずっていく……この二か月での悪行を思い出し、そして結局ネコだからで終わってしまうし許してしまう。

 今となっては士道にとって、もうコロンのいない生活は考えられないし考えたくもない。

 正直自分でも、ここまでかわいがるとは思ってもみなかった。

 本当に手のかかる身内が増えた様なものだが、三人目の妹は随分と可愛らしい―――決して琴里や真那が駄目なわけではないが。

 こういっては何だが、自分が将来家を出るときに隣にいる人が(いるとすれば)誰かは全く分からないが、それでもコロンは連れて行くと思う。

 

「こういうのをネコの奴隷っていうんだろうな……よしよし、なでてやるからあんまり服に毛をつけるなよ」

 

 膝の上からどかず頭を擦り付けるご主人様を、なだめるようになでながら苦笑しつぶやく奴隷の士道。

 当然ここに来た目的の宿題は全く進まないがこれも致し方なし。

 いつも通りならばそのうちふっとどこかに行き、しばらく一人で何かするはずだ。

 

 精霊たちもなんだかんだでコロンを可愛がっている様だ。

 士道がコロンと遊んでいると一緒に遊ぼうとしてくる。

 単に可愛いからという訳でも無さそうだが、コロンが皆に気に入られているのは一安心でもある。

 

「そういえば、最近狂三に会ってないな……こいつに会ったら喜ぶだろうに」

 

 ふとネコが大好きな精霊のことが思い出される。

 いつもならそろそろ顔を出す頃合いだと思うのだが、最後に会ったのは士道の両親が急に帰ってきた時だったか。

 あの時は精霊たちがもめて大変だったが、狂三はそんなこととは全く関係なくネコとたわむれていたなぁと下らないことが頭をよぎると士道の携帯が鳴る。

 

「おっと、この音は琴里からだ……はいはい、今出るよっと。ちょっとどいてくれよ」

 

 膝の上のコロンを下におろして、ベットの上で音を鳴らす携帯を獲ろうとして振り返り―――

 

 

「どうも、今晩は。そして初めまして五河士道さん」

 

 

 

 そこに狂三がいた。

 

 

「……えっ? お、お前は狂三なのか……?」

 

 いつの間にか二階の部屋に女の子がいる。

 ドアや窓が開いた形跡はなく、下には精霊たちがいるはずだ。

 あり得ない状況に驚く以上に、目の前の相手から士道は目を逸らせなかった。

 何といっても目の前にいる女の子は士道の知る狂三であって狂三ではなかった。

 

 不揃いなツインテール、左右で異なる瞳、ありえないほど整った美貌と体躯

 

 ―――そしてそれ以外の全てが異なっていた。

 

 足先まで白一色の軍服らしき衣装はいつもの艶やかな霊装と真逆だが驚くほど違和感がない。

 烏の塗羽の様な黒い髪と対照的な白い髪を、同じく白い時計とも太陽とも思える帽子が装飾する。

 手には狂三が持つとも思えない銀色のサーベルを握りこむ。

 その眼は赤と青に輝いて、狂三の様な魅力にあふれた、それでいてどこか冷笑的にも感じる余裕のある笑みを浮かべ、たおやかに微笑む。

 

 白い姫君にして軍人、あるいは令嬢

 

 そんな取り留めも無い感想が携帯の着信音をBGMに脳裏をよぎっていた時間は恐らく数十秒、その間混乱に囚われていた士道に狂三―――仮にそうだとして―――が士道に穏やかに、外見通りの清らかな声で話しかける。

 

 「突然の来訪、無礼は謝罪します。早速ですが、五河さん。わたしに同行していただきます。ご安心ください、わたしがあなたに危害を加えることはありません」

 

 いつの間にか琴里からの電話は切れたようだ。

 お陰で彼女の声が一言一句間違うことなく聞こえた。

 

 声が狂三と異なる。

 口調もいつもと違う。

 何より恰好がおかしい―――それこそ狂三が裏返ったような色調。

 

 裏返ったかのような存在―――反転

 

「狂三……まさかお前、反転、したのか……?」

 

 信じたくない、だが信じざるをえない様な光景。

 

 あの時崎狂三が反転精霊に堕ちると言う衝撃。

 今までの十香や折紙、二亜のことが頭をよぎり、恐慌状態に陥りかかる士道を尻目に、狂三は微笑みを絶やすことなく、剣持つ手を上にあげ―――

 

 

んなぁーごー

 

 

 いつの間にかコロンは狂三の足元にすり寄り、しっぽを立てながら甘えるように鳴いていた。

 狂三は急に困ったような笑みを浮かべ、体をかがめると剣を持たない手をコロンに差し出す。

 

 この場に似つかわしくない間の抜けた光景、お陰で少し落ち着くことができた。

 コロンはかなり人見知りで初めて会う人間に親しくすることは今まで一度も無かった。

 

 士道の表情に脅威以外の物を見出したのだろうか、狂三は再び立ち上がり居住まいを正す。

 

「……失礼しました。改めまして五河士道さん、わたしに同行していただきます。拒絶は無意味です……コロン、後にしてください」

 

 無視されたコロンは立ち上がり、前足で狂三の膝をふみふみしだした。

 どうやら余程かまってほしいらしい。

 微笑ましい物を見て場違いに表情が緩みかけるが、ここで士道の脳裏に電流が走る。

 

「……お前はどうしてこいつの名前を知っているんだ?」

「あら、意外なことは何もありませんよ。下であなたの大事な彼女たちがそう呼んでいたではありませんか」

「他の連中はこいつをコロンとは呼ばないし知らない。全員別の名前で呼ぶ」

 

 押し黙る狂三。

 士道はさらに畳みかける。

 

「こいつは人見知りで初見の相手には絶対に近づいていかないんだ……酷くなつかれているよな?」

「……偶々では? もしかしたら今まで出くわした人が気にくわなかっただけかもしれませんよ」

「今になって君の声にようやっと心当たりができたんだ……久しぶり。元気だったかい緋衣さん?」

 

 二か月前に一度会っただけの相手だ。

 鎌をかけただけだが、士道には確信があった。

 あの時の儚く白い少女と、目の前の女王の様な白い狂三。

 

 間違いない、二人は同一人物だと。

 

 

 

 急に肩に荷が乗ったような重圧を感じる。

 気のせいではない。

 コロンが紗和の肩に飛び乗ったのだ。

 どうやら構わなかったことがお冠らしい。

 

 ―――紗和にとって予想外の結果、しかしだからなんだと言うだろうか。

 ばれたのならばいっそ開き直れば良い。

 

 コロンの喉をなでながら目の前の少年の眼を見る。

 

 先ほどまでの恐れの色はもうなかった。

 あるのは緊張感と疑惑、そしてある種の覚悟。

 

 ―――紗和には分かってしまった、この人は自分を救おうとしている。

 

 その考えを嘲笑しはしない。

 この人がそういう人だと言うことは知っていた。

 他の精霊たちの反応も理解できる。

 

 ―――だが、紗和にとっては余計なお世話だ。

 

 それがどれほど善意と覚悟がこもったものであっても紗和は悪意の反転精霊だ。

 最大限にそれを踏みにじり利用させてもらおう。

 

「……わたしが何者か気になりますか?」

「君は……狂三なのか? それとも緋衣響と言う別の誰かなのかい?」

「さあ、どうでしょうか。わたしにも断言しかねますが、そうですね……その答えを知りたいのならこのままわたしについて来てください」

「それは構わないんだけど……俺は君のことを何て呼べば良いのかな? 時崎狂三かそれとも、緋衣響なのか?」

 

 さて、何と答えるべきだろうか。

 確かにどちらも間違いではない、だが気にくわない。

 少しだけ悩んだ末

 

「―――山打紗和。それがわたしの名前です」

 

 結局紗和は本名を明らかにする。

 それは確かに若干の優越感、そして紗和が気がつかないほど僅かな嫉妬を含んだものではあった。

 

 紗和はコロンを床におろすと、顔を一頻り撫でまわす。

 コロンが落ち着いたころ合いに剣を鍵のように空間に刺し、ドアを開く。

 突如出現した出入り口に一瞬躊躇した士道だったが、意を決して開かれた門をくぐる。

 意外と失敗したが結果として目的を達成したことに安堵する紗和は、しかし表情には出さず、終始維持していた穏やかな表情を崩すことなくその後を追う。

 

 この時、自分の脚の間を縫うように小さい影が音もなく同行したことに気が付かなかったのは、それだけ内心動揺していたからだろうか。

 

 

 

 五河士道は突如失踪した。

 二階に行った僅かな間の失踪、一階は夕飯後の精霊たちが複数くつろいでおり、彼女たちは士道が降りていくところも、誰かが二階にあがるところも全く目撃しておらず、何があったかを知る者は誰もいない。

 同時に二か月前にやってきた士道の愛猫もこの時から行方不明となったが、彼女の主人の消失と言う事態の深刻さ故にその不在は次第に気にされなくなっていった。

 

 

 

 

 時崎狂三にもはや時間の感覚は無かった。

 

 あの満月の夜からこの異空間の牢屋に投獄されて以来、自分は死んだと言い聞かせていた。

 ―――実際死んだ方がましだろう

 

 体は拘束されたうえでイスに縛りつけられ身じろぐことすら出来無い。

 とうの昔に視界も塞がれて以降、もう時間の感覚も無い。

 同時に何かの音が聞こえたことは一度も無い。

 何も口にしていないが、精霊の体は飢えも渇きも無縁、しかし疲労感が消えることは無い。

 何よりもうすでに絶望し、心の折れた狂三には事態を打開する何の意思も沸くことは無い。

 

 やはり自分はあの時首を刎ねられ、今は地獄で永遠の責め苦を受けている、と言う考えすら脳裏をよぎる。

 

 恐怖も後悔も絶望も諦観も苦悶も飢渇も段々と擦り切れ、最後はただひたすら肉の檻の中に閉じ込められた時崎狂三の魂だけが永遠に残る、そんな妄想に苛まれる。

 

 それでも狂三の心を縛り続けるものがあり、そのおかげで狂三はまだ正気を保っていられる。

 

 一つは紗和に対する負い目。

 狂三はまだ、紗和に謝罪もしていない。

 

 二つ目は彼女の反転の原因。

 もし紗和が望むのなら、どんなことをしても元の姿に戻したい。

 

 そして何より三つ目―――

 

(士道さん……)

 

 紗和が最後に言った言葉、士道の進退についての不安。

 もし士道が捕らえられ、ここに連れてこられたら……

 

 会いたい―――抱きしめて欲しい、慰めて欲しい、優しい言葉をかけて欲しい、狂三の犯した罪を聞いて欲しい。

 

 会いたくない―――こんな姿を見られたくない、彼を危険に晒したくない、彼女が彼を害するなど考えたくもない、彼が永遠に失われるかもしれない。

 

 アンビバレンツな感情に振り回される、その間だけは人間として生きている感覚がする。

 今の狂三にとって彼のことを思い悩む間だけは自分の心に色彩が戻る。

 いつしか狂三にとって士道の事を考えるのが唯一の癒しになっていた。

 

 だから―――

 

 

「狂三……? お前、本物の狂三だよな……?」

 

 その声を聞いた時、その時まで脳内で考えていた士道の妄想の声と区別がつかず、そしてしばらく反応ができなかったのも仕方がないのだ。

 

 時崎狂三は五河士道と再会した、してしまった。

 

 

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