反転した【ナイトメア】から命からがらの敗走以来、微妙にポンコツなエレンを抱えて逃げながら随分危ない橋を渡ってきたアルテミシアだったが、知恵と勇気と助けてくれた友人たち、そして幸運のお陰で何とか切り抜けてきた。
それでも流石に今回はもうだめかもしれない。
明るく白い牢獄らしくない独房で一人、憔悴しきったアルテミシアはそう思う。
身にまとうのは粗末な衣服、というより拘束着のみ。
狭い独房は床や壁が歪で不均衡な形状をしており、座るにも眠るにも不都合なせいで体が全く休まらない。
今は斜めの壁にもたれるようにして、片足が浮く形で体を辛うじて落ち着けているが、この不自然な格好が一番まし。
時間を告げるものはなく、食事も恐らく不定期に粗末なものが差し入れられるだけ。
腕が使えないアルテミシアはそれを動物の様に這いずり、食べる他なかった。
食事を無視したところ強引に取り押さえられ、口内に漏斗で強引に押し込まれた一件以来、どれだけ惨めでもアルテミシアにそれを食べないという選択はなかった。
独房の扉は少なくとも三重にはなっている様で外の情報は徹底的に遮断されており、『給餌』の時のみ何の前触れもなく一つずつ開き、閉まる。
とはいえ他に外部から何の刺激も無いわけではない。
5mは上にあろう天井には通気口の様なものがあり、そこからやはり不定期に音や臭いがする―――不快な金切り音の様なものと、ムギが焼けるような焦げた臭いが―――お陰でぐっすりと眠ることができない。
当然時間を知らせるものは何もなく、自分が囚われてからの仕打ちがどれ程の期間続くか、そして何よりいつどうしたら終わるのかと言ったことは完全に不明。
これが拷問であり、そういうやり方があると言うのは知識としては分かっていたが、だからと言って耐えられるかは全く別の問題だった。
一体ここに入れられてからどれだけたったのだろう。
アルテミシアがエレンを連れて逃走して以来、世界中を逃げながらDEMで起こった真実を聞いてくれる人を探しさすらう日々、本当の意味で心が休まったことは無かった。
それでも捕まった結果で、ここまでの苦痛は想像すらしていなかった。
最後にある外の世界はASTの日下部燎子に匿われていた部屋で急速に意識が遠くなっていき、それが外からガスによる攻撃であることを理解した手遅れの状態の記憶。
エレンや自分たちの話を聞き、助けてくれた燎子たちはどうなったのだろうか。
―――決まっている、ほぼ間違いなく無事では済んでいないだろう。
捕まった当初は慚愧の念に堪えず心苦しかったが、幸か不幸か、今となっては自分自身のあまりの苦しみで心が麻痺してしまったのかそんなことすら感じない。
実際アルテミシアはもう限界に近いのだとぼんやり思う。
この部屋にあるインターホンに向かって何を訴えても―――その中で事実上降伏を口にしているが―――いかなる反応も無い。
こうして拷問されている以上、命を獲られることはまずない。
恐らく精神的、肉体的に追い詰めることで再度洗脳を行うつもりなのだろう―――理性ではそう考えられるが、アルテミシアの追い詰められた精神にとってそんな発想は何の慰めにもなりはしない。
―――裏切の報復として、自分が朽ち果てるまでここに閉じ込められるのではないか―――
―――自分が苦しみ、発狂していくところを見て楽しんでいるのではないか―――
―――そもそも自分を助けた所から罠だったのはないか―――
そういうことを考えるのも今となっては煩わしい。
意味の無いことで体力と気力を使いたくない。
自分では見えない幽鬼の様な表情でアルテミシアは苦痛から逃れることだけを願う。
最初は不気味さを感じていた部屋の白さだったが、今では摩耗した自分の心境を移すキャンパスの様に感じて逆に落ち着く―――あるいは慣れて何も感じない。
白く不均等な壁に時折何かが映る。
それは過去のある記憶の断片だったり、自分の惨たらしい最後だったり、サイケデリックな全く狂気の産物の光景だったり―――それらは一つの例外もなくアルテミシアの妄想に他ならない―――たぶんそのはずだ。
自分で思っている以上に精神が悲鳴を上げていることにアルテミシアは気が付き、そしてやはり何も感じない。
もはやそんな気力すらなかった。
アルテミシアという自己はもうすぐ終わるのだろう。
だったら気が狂ったところでなんだというのか。
『おーい。キミまだ正気? 生きてる?』
そんな声が聞こえる、聞こえた気がした。
ああ幻聴もするんだ、まあ当然か
そんな風に感じるアルテミシアは意識しないように目を閉じ、壁にもたれたまま身じろぎもしない。
洗脳されるにしても殺されるにしても早くしてほしい、その方が苦しまなくて済む―――
『―――おーい!! 聞こえてるの!? 生きていて聞こえてるなら返事してよ!』
一際大きくなる声に体をびくりと動かし、あわててインターホンに顔を向ける。
小さなモニターには何も映っていないが、付属のインターホンスピーカーには通信状態を示す緑のランプがついていた。
「な……なに!? 誰なの!?」
『なんだ返事できるんじゃないの。てっきりもう壊れちゃってるのかと思ったわ』
あはははは、とアルテミシアをあざ笑う少女特有の高い声。
普段なら苛立つだろうが、完全に無人で過酷な環境下、長期間にわたって心身ともに痛めつけられたアルテミシアにそんな気力は残っておらず、ただただ恐怖と困惑を感じるだけだった。
『何か捕まってひどい目にあってるおまぬけさんがいるって聞いたから、暇つぶしに来たわ。そうね……退屈しのぎにキミの話を聞かせてちょうだいな。キミもどうせここで壁と話すか、妄想に耽るしかないんでしょう? キミの無駄な時間を有意義にしてあげるわ』
「……はい? な、何を言って……」
『もー鈍いわね。キミの正気の為に会話してあげるって言ってるの! 一応エリートだって聞いたんだけど、ホワイトルームで頭の中まで真っ白になった? それとも元々抜けてる賢いおバカさんだった?』
小馬鹿にしたような声であざ笑うようにカラカラと話す声の主。
ここで初めてアルテミシアの中に恐怖以上に苛立ちが生じ、せめて誰何しようとして―――状況がつかめないのと、会話が久しぶりすぎるので何を言って良いかわからず押し黙ってしまう。
沈黙を否定ととったのだろうか、いまだ正体の見えない少女はからかうような呆れるような声でアルテミシアに話を続ける。
『勿論キミがあたしを信用しない、何も話したくないのは勝手だけど。その場合キミはこのままもうしばらくこのきれいで素敵なお部屋で一人暮らししてもらうことになるんじゃなーい? その後は……まあ、前と同じでしょ多分。キミの同行者のもやしさんも連れていかれたし』
「それって……エレンのこと?」
『そうそう、あの自称最強さん。多分今頃前にキミがされたのと同じような処置をされてるんじゃないの? まあ、キミもすぐに後を追う訳だから、それはそれで別に焦らなくても良いんじゃない?』
「……もしかして、助けてくれるの?」
『まさか! あたしにできるのはキミに頑張れ頑張れって応援してあげるくらいかしら? まあ、気休めにはなるんじゃない。心安らかにいけるって意味で。おと……CEOもキミを殺す気はさらさらなさそうだし……もっともあの女王様はどうかわかんないけどね。あははは!』
「……あなた一体誰? どうしてそんなこと知ってるの?」
『うーん、そうねー……今は丸名ありすとでも名乗りましょうか。さしずめ電子の精霊、みたいなもんね。こう見えてあたし、DEMにはいろいろ因縁があるのよねー。キミと話してあの女王猿の足を引っ張れる材料があるならそれでよし、駄目ならそれはそれでよし』
別に期待はしてないかなー、と言いまた高い声で笑うありすを名乗る少女。
何かと癪に障る態度だがそれを面に出すのはどうにか抑える、そもそもそんな元気も無かったが。
どうやらこの少女―――声だけしか判断材料は無いが―――はアルテミシアから何らかの情報を得たいのだろう。
それを断ったところで崖っぷちのアルテミシアにもはやデメリットがあるとも思えない。
むしろ少しでも正気を保つには、この胡散臭い『精霊』と話すのも悪くない―――現にアルテミシアは久しぶりに苛立つと言う人間らしい感情に浸っていた。
少しだけ頭が回転してきたことを自覚したアルテミシアはまず当たり前のことを聞くことにする。
「それで……あなたは私に何を聞きたいの? こう言っては何だけど上層部の事ならもう大した情報をもってないよ?」
『まあ慌てないでよ。まず先に現在の状況を教えてあげるわ。そうしないと話が通じないでしょうし……キミ、ラタトスクは勿論知ってるわね?』
「……精霊を匿い使役する秘密組織、DEM最大の敵」
『うんうん、定型文みたいな説明ご苦労様。まあそんな感じよね―――もう過去形になりつつあることを除けば』
「……過去形?」
どういう意味だろうか。
もしかしたら反乱でDEMがアルテミシアの想像以上に崩壊しつつあると言う事だろうか―――もしそうなら今の現状を打開する、僅かな光明となるかもしれない。
『そりゃそうでしょう。何せそのラタトスク、今さっきキミが言った通りの事実で一般人にすら知れ渡って世界の敵になってるんだから。世界VSラタトスク、崩壊と言うか殲滅寸前っていう訳』
「……は?」
アルテミシアの儚い希望は想像の斜め上からあっさりと打ち砕かれる。
「な、なんで? 一体何が起こってるの……?」
『そんなのあたしが知りたいくらいだよ。ここ数日で世界中に精霊の存在が周知されて、同時にラタトスクの存在か種々の証拠とともにパブリックドメイン化。まあ流石に市井の人間は大抵信じていないみたいだけど、徐々に証拠が積み上げられている状況。それでラタトスク内部の大規模な内通により、戦力の大部分が無力化、攻撃を受けたラタトスク幹部は行方不明……残ったのは旗艦フラクシナスと数隻の戦艦。それらも世界中の反精霊組織から攻撃を受けて彷徨えるオランダ人状態』
「それ……まさかDEMが暴露したの?」
『察しが良いわね。CEO自ら山みたいな証拠とともに世界中の一般メディアに情報を漏らしたらしいわよ』
「……何で? 何のために?」
『さぁ? あたしじゃなく本人か彼の女王様に聞いてみたら?』
アルテミシアの絞り出す疑義の声に対するありすのつれない返事。
はっきりいってDEMにとって悪手、というより自爆スイッチを押す様な行為。
DEMは精霊に関する神秘を魔術と言う形で一般から隠匿、独占することで富と力を独占してきた。
もし精霊の存在を公開すれば、それをきっかけにDEMが各方面から詰問を受けるのは間違いがなく、何らかの形で技術や過去の犯罪について公開を余儀なくされるだろう。
無論交渉の余地はあるだろうが、ラタトスクという端から見たら精霊による武装集団の存在を明らかにした以上、今までそれを隠蔽していたDEMは限界がある。
それはいかに大きくとも一企業でしかなく、社員と言ってもどこかの国家に属する国民でしかないDEMの崩壊のきっかけになるだろうことは想像に難くない。
影で行動するなら兎も角、表に出た以上どうしようもない。
「あの【ナイトメア】の反転精霊の差し金? それでも彼女も精霊である以上、自分の首をしめることにしかならないと思うんだけどなぁ……わざわざ敵に結束と攻撃を促す?」
『だからあたしに聞かないでってば。元々キミに現状の回答は最初から期待していないわよ……一つ言えるのはラタトスクと向こう側についた精霊たちはノーフューチャーだってこと』
「精霊ね……そういえばラタトスクの精霊たちはどうなってるの?」
『詳しくは分かんないけど【プリンセス】や【ベルセルク】、【ゾディアック】の姿は観測されていて【ハーミット】、【ディーヴァ】も恐らく能力を行使していただろうって話が回線から漏れてたわ。あとフラクシナスの艦長さんも現在進行形で指揮を執ってるみたいね』
「つまり概ね健在ってことかな。あくまで今のところだけど」
アルテミシアは少し前に自分に接触してきた白い少女のことを思い出す。
鳶一折紙―――あの殺しても死ななそうな、アルテミシアと交戦経験もある魔術師にして精霊の接触は、しかしアルテミシア(それとエレン)の相手に対する不信から消極的な情報交換に終わった。
今こうして自分の現状を鑑みてあの時の提案ラタトスクへの合流を受け入れるべきだったかと獄中で何度も悔やんだが、あるいは杞憂だったかもしれない。
恐らく彼女も生きているのだろうなと、自分のことを棚上げして場違いに僅かな安堵をするアルテミシアは、『……それでさ』とアリスの問い掛け―――さりげなく、そして今までと違いどこか躊躇いがちな―――に注意をそちらに向ける。
『キミに一つ聞きたいんだけど……DEMの中で精霊の雄、ていう区分の実体について何か聞いたことがある?』
「……精霊の雄?」
そんなものは聞いたことが無い、何かの冗談のようだ。
そう答えようとしたアルテミシアの、ふっと脳裏によぎる過去のある出来事と存在。
【シスター】のセフィラ強奪と【ゾディアック】攻撃の時に出くわした男の子、そしてウェストコットが告げていたいずれ殺害するだろう精霊たちの鍵の存在。
「……心当たりはある、かな」
『それは……この人?』
今まで何も映っていなかったモニターが急に発光し何かを映す。
今まさに脳裏に浮かんでいた男子学生の姿、というのがアルテミシアの感想だった。
恐らく何かの証明写真だろう、正面を無表情で向き直り、ブレザーを着ているのが見えるから学生証の写真だろうか。
黙って首を縦に振るアルテミシアに、ありすは『そう……』とだけ返す。
話の間隙、居心地の悪い沈黙が幕を引く様に降りてくる。
面識があるのだろうか、どう質問するのが良いかそんなことを考えるアルテミシアの思考は
「―――捜しましたわ、アルテミシアさん。まさかDEM執行部副部長があれ程くさしていた日本支部で囚われの身とは。流石はイギリス人、ご自身の身を張って皮肉の風を吹かす様、わたくし感心してしまいますわ」
どこからともなくアルテミシアの苦境を嗤う声に阻まれる。
「っつ!? あなたは!?」
『あら、まさかキミがここで出てくるとはね。どういう風の吹き回しかしら? 今でも生き残った分身体がいるのは知ってたけど全部女王様の下僕になってたのかと思ってたわ。それとも……実は本物?』
驚くアルテミシアと感心したような素振りのありす。
真っ白い部屋の中に異物の様に現れた赤くて黒い女。
拘束具に捕らわれうらぶれたアルテミシアと、対照的な瀟洒な笑みを浮かべて凛として立つ黒い令嬢。
【ナイトメア】、時崎狂三が柳の下の亡霊のように唐突に、されど圧倒的な存在感を放ってアルテミシアの眼前に立つ。
分身体の一人というアルテミシアの当たり前の推測は、ありすの発言を受けてだろう、彼女が顕現させた背後にそびえたつ金色の大時計の存在が否定する。
驚愕し、絶句するアルテミシア
ありすも無言でその光景を迎える。
あり得ないはずの光景、それならあの反転体は一体何なのか。
頭の中が疑問で埋め尽くされるアルテミシアを尻目に、インターホン先から狂三へ話を始める。
『それでキミは何がしたいの? もしかしてCEOか『本物』の女王様の居場所でも探しに来たの? それならここには何もないから、あたしとしてはこのまま何もせず帰ってくれるのが一番なんだけど。それともその天使を試してみる? まあ、もっともだからと言って頭を下げて命乞いするとかありえないから。ほら、キミがあたしをどうにかする前にここで警報の一つでもならせばそれでおしまい。あははは! そもそもキミでは殺す体を見つけることすら出来ないでしょう!』
「あら、あら。その喋り方と尖り方、あなたはもしや……ええ、ええ。わたくしはあなたと直接お会いしたことがおそらくございませんが、あなたの正体に心当たりはありますわ。成程、あなたがここにいるのも士道さんの為ですわね。それならばあなたはわたくしの話を聞く価値があるでしょう……何せ、わたくし一人では手も足も出せませんが、幸い士道さんがどこにいるかはわかっていましてよ? ねぇ、DEM生まれのウイルスさん?」
『―――ふーん? やっぱり気にくわないわね……どうも本物ぽいし、面白いわ。いいでしょう、話を聞きましょうか。時崎狂三、キミはあたしに何をしてほしいいの?』
「僥倖ですわ。元々用があったのはそこの副部長さんでしたが、DEMに詳しくて情報を探れるあなたがいるのなら勝算があがりますわ……ええ、ええ。無論、女王に攫われた士道さんをお迎えにあがりますわよ。まず、本丸にいる狡猾で悪辣な参謀を探してくださいまし。鞠奈さん?」
一度暗くなっていたモニターが再び光り、何かが映る。
それは声から想像される通りの少女だった。
勝気そうに笑う口元に黒くて長い髪。
好奇心の強そうな表情を浮かべ、知的そうな黄色い目を【ナイトメア】に向ける。
会話から受けるイメージから離れたどこかかっちりとした印象の服を身にまとうはやや小柄そうな体、顔立ちは非現実的なほど整っておりどこか浮世離れした雰囲気を漂わせる。
鞠奈と呼ばれた少女が否定をせず姿を現したことで、初めてアルテミシアはありすなる少女の正体を知り、同時に酷く合点がいった。
「あなた、もしかして精霊……?」
『当たらずも遠からず、と言ったところかしら。それで、アルテミシア・アシュクロフト、キミはどうするの? あたしとしては、このままここで何もなかったことにして立ち去ってあげても良いけど?』
「それって遠回しに死ねって言ってる? ……はぁ、選択肢がないのは分かったよ。それで逆に聞くけど結局どうするの? 私にも分かるように言って」
「そうですわね、一言でいうなら……黒幕の暗殺?」
「いきなり吹かすね……あの反転精霊でしょ? 勝算があるの?」
「できると言うよりやらなければならない状況ですわ。それに業腹ではありますが、今彼女に戦いを挑みに行くわけではありませんの。流石に勝負にもなりませんわ……その前に女王の手足、従者を討ちますわ」
【ナイトメア】が穏やかに、しかし毅然とそういう。
留まるも地獄、進むも地獄―――そんな言葉が脳裏をよぎる。
このまま外に出てから約束を反故にして逃げても、すぐDEMに捕まるのは間違いないだろう。
選択肢が無いことに嘆息するアルテミシアは、しかし先ほどまでと異なり自分の中に困難に立ち向かう意思が湧き上がったことに驚き、その人間らしい感情を心地良く思う。
「その前に一つ聞かせてもらって良いかな。あなたたちにとってその男の子、五河士道はどういう存在なの?」
好奇心ではあるが最低限これは聞いておかねばならない。
二人とも口には出していないが、敵だったアルテミシアをわざわざ助けてまで情報収集したり戦力にしようとするのはリスクでしかない。
そうまでするモチベーション、恨みか利益か、はたまた―――
『―――聞いてる時点でわかってるんじゃないの。そこの性悪精霊さんは好きで好きで仕方ないけど素直になれない王子様ために、こっそり一肌脱ぎに来たんでしょう』
「あら、あら……語るに落ちていませんこと? 消滅したと伺っていましたが、そんなあなたが折角拾った命を再び危険に晒してまでわざわざ死地に来たのもそう言う事でしょうに。ねぇ、ツンデレAIさん?」
あはははと笑う丸名ありす―――もとい鞠奈と、うふふふと微笑む【ナイトメア】―――時崎狂三。
アルテミシアそっちのけで美しい少女たちがお互いに視線を交わす光景は、しかし真逆の凄まじい圧を感じさせる。
その光景が可笑しくて微笑ましくて、アルテミシアは久方ぶりに心から笑うことができた。
アルテミシア・B・アシュクロフトはDEM日本支部の監禁状態から不明な手段で脱した。
監視カメラは直前に何者かに無力化され、監視要員も如何なる異常に気が付かなかったという普段なら大問題になる異常事態。
もっとも最重要対象のエレンに対する『処置』に取り掛かっていたこと、何よりラタトスク並びに精霊を壊滅させる一連の作戦行動下にあって、DEMはその脱獄を精査する余裕も無かった。
ましてやDEM日本支部でもう使われなくなっていたコンピューターが何故かなくなっていることに気が付いたものは誰もいなかった。