紗和アベンジ   作:TORIA

4 / 16
④瓜蔓抄

 

 緋衣響

 

 隣界に落ちてきた狂三の分身体の一人に、影に日向について回った準精霊

 全くの無力なようで、その実恐ろしく機転が利き、性根の座った、厄介な敵対者

 そして―――

 

「なぜ? ……よりによってあなたが?」

 

 紗和は隣界における最後の記憶がない。それでも確信を持って言える。

 

 響はこちら側には来られない、まず間違いない。

 彼女は現実世界で人間だったことが無い。

 彼女の正体は、隣界で散った複数の準精霊のなれの果て。

 言うならば、霊力で出来たつぎはぎだらけの亡霊の様な存在、この世界では心臓の動かし方すらわからないはずだ。

 

 自分の手を頬にあてる。

 鏡の中の響も頬をおさえる。

 自分の体だ、残念ながら肉で出来ている。

 

 紗和の敵にして、消えたはずの女が、鏡の中で無表情のまま紗和を睨みつける。

 恐怖は無い、ただひたすら苛立たしい。

 

「朝起きたら芋虫になるよりかは、少しだけマシかな……業腹だけども」

 

 本人が聞いたらフンガーって怒りそうだな、と苦笑する紗和。

 初めて見る顔が、聞いた声で不可解な不満を言う。

 蓮はその様子を見て首をかしげるしかなかった。

 

 

 

 

「―――緋衣さん? 大丈夫かい?」

 

 声がかかる。

 紗和は今朝の不愉快な椿事を思い起こすのをやめ、意識を眼前の彼、五河士道に向ける。

 

 今、自分かいるのは動物病院の待合室。

 休日に空いている病院は近くになく、ここまで来るのにかなり時間がかかったが、おかげで五河士道と話す時間は取れた。

 

 曰く、妹―――真那というらしい、と衣替えの買い物中(妹は嫌々だと言っていたが、紗和にはまんざらでもなさそうに見えた)にか細い鳴き声が聞こえ声の元を辿ったところ、緋衣響―――つまり紗和に出くわし声をかけたらしい。

 その真那は先に帰り、荷物を置くと同時に、家で事情を説明する(他に厄介な来訪者が家にいると言っていた)ために先に帰ったとのことだ。

 紗和の挙動が怪しまれたり、精霊というのがばれていないことに内心安堵しつつ、子ネコの現状を改めて考える。

 

「獣医の先生は問題ないと思うって言っていたし、様子を見るのもかねて今日は預かってくれるって言ってくれたのは助かるけど、問題はその後だよな……」

「そうですね。正直、飼い主が名乗り出る可能性は低いと思いますし」

 

 士道が理由を求めるように見るので、紗和は説明する。

 この時期にこの位の成長段階の子ネコがいるというのは、ネコの妊娠の時期から考えてかなり遅く、母ネコの飼い主にとって予想外だった可能性が高い。

 また、ネコは一度に多数の子ネコを出産する。

 子ネコの引き取り手を見つけるのは予め計画していても苦労することから、この子ネコも、引き取り手が簡単に見つからなかったと思われる。

 無論、飼い主がそれでも飼うと言うのは当然だが、実際この子はあんな所にいたわけだ。

 

「つまり飼い主にとって子ネコが一匹いなくなっても積極的に探さない可能性がかなり高いと思います……あまり良い話ではありませんが」

 

 もっと言うと母ネコの飼い主に捨てられた、あるいは後で引き取り手が飼うのをやめたという可能性もかなりあるが、わざわざそんなことを説明してもしょうがない。

 

 そうか、という士道。しばしの重い沈黙の後に顔を紗和に向け

 

「確か緋衣さんは飼えないんだよな……だったら、うちで飼おうと思うんだ」

 

 内心、紗和の期待した、同時にいくらか罪悪感を覚える発言を真剣な表情で士道は発した。

 

「……確かにわたしは今ネコを飼う余裕がありませんが、あなたの方は大丈夫なのですか?」

「ああ、まあ多分大丈夫と思う。うちは一軒家だし、幸か不幸か両親は共働きだし。それに俺も、家族も、うちによく来る知り合いもネコが好きなやつが多いし」

 

 そこまで言うと士道は紗和に笑みを向ける。

 

「……何より、いくらネコでも、捨てられて独りぼっちは寂しいだろうしな」

 

 成程この人はいつもこんな感じか、と紗和は思う。

 

「短い付き合いですが、あなたのことは何となくわかります。きっとあなたに飼われるこの子は、銀のスプーンを咥えるネコです」

「そう言ってくれるとありがたいよ。緋衣さんはネコを昔飼ってたんだっけか。もし良かったら詳しいみたいだし、是非ネコを飼うのにアドバイスがもらえると嬉しいんだけども、どうかな?」

 

 紗和に異論などない。

 

「ネコのいる生活は可愛いくて楽しくて嬉しいものですが、同時に大変で手間がかかってイラだつこともあります。ですが予め準備し、覚悟しておけば嫌なことは軽減できます。ささやかですが、わたしがお手伝いします。まずはトイレにケージ、ブラシ、爪とぎ、シート、それから……」

「ははは……お手柔らかにお願いするよ」

 

 どうやら思ったよりも紗和は張り切っていたらしい。

 士道の困ったような、それでいて微笑ましい物を見るような反応に少し頬を染め、そっぽを向く紗和に、会計呼び出しの声が聞こえる。

 代金の支払いを士道がしていると(紗和が払うのは丁寧に断られた)、士道が何かに目を向け考えこんでいる。

 どうしたのか、と思って紗和がのぞき込むと、それは診察券の名前欄。

 苗字に五河と書いてあるが、名前はまだない。

 

「もしよかったら緋衣さんがこいつの名付け親になってくれないか? こいつも君に懐いてるみたいだし、君が名前をあげたら喜ぶと思うんだ……俺、ネーミングセンス自信無いし」

「まだ飼い主が出てくる可能性もあります。仮に出てこなくても五河さんのご家族と相談して名前を付けてあげた方が……」

 

 と言う間にも、まあまあと、紗和にマジックを渡す士道。

 別に紗和としても構いはしないのだが、紗和の脳裏には当然の様にあるネコの記憶が思い起こされる。

 

 もう生きていないことなど分かっているが、あやかる位はあの子もきっと許してくれだろう。

 

 躊躇は一瞬、ペン先を動かし名前欄を丸っこい字で埋める。

 

「五河コロン……うん、可愛い名前じゃないかな」

 

 後から覗き込む士道の同意を受けて紗和は改めて微笑み、同時に心の中でかつての愛猫の冥福を祈る。

 それは乾ききったた良心に対するただの慰めかもしれないが、それでも紗和はコロンを通してマロンの記憶を明確に思い起こせたことが、悲しくそして、嬉しかった。

 

 

 それから紗和は士道に付き合い、ペットショップで必要な物一式を見繕う手伝いをした。

 途中でネコの品種やしつけ、清掃、トイレ指南、予防接種などの教授も行っている内に気が付けば日が大分落ちつつある。

 

「ありがとう緋衣さん、お陰で助かったよ。こんな時間まで付き合ってくれたし、何かお礼がしたい所だけど……もしよかったらうちで晩御飯でも食べていかないか? 他にも大勢いるし」

「お気遣いありがとうございます。ですがわたしはこの後用事があります。ご家族の方への説明もあるでしょうし、今日はお暇させてもらうことにします」

 

 五河家の内部に興味がないわけではないが、精霊が複数いる状況は流石に何かあったときに対処できない。

 そうか、とどこか残念そうな様子の士道に、少し困ったようなあいまいな笑みを浮かべる紗和。

 それでも五河家の近くまでついて言ったのは、決して無念だったからではなく、士道のコロンといつか遊んでやってくれと言う頼みを聞き、それを紗和が受けたら家の場所を案内してくれたからにすぎない。

 

 ―――まあ、約束するだけですけど

 

 五河家から離れながら、紗和はそう考える。

 そうこうする間に冬の早い夜が訪れる。

 暗い路地を歩く紗和は、空気の冷え込む感覚を覚え、白い息を吐きながら、今しがたまでの予期せぬ出会いを総括する。

 

 正直に言うと思ったよりは悪くなかったと思う。

 本来は狂三の思い人であり、上手く利用する方法などを検討するべきなのだろうが、そう言う考えは不思議なほど起こらなかった。

 紗和の話をしっかりと聞いて楽しそうに肯定してくれたし、女の子に慣れていると聞く士道も、考えていた印象よりも誠実そうに感じた。

 どんな精霊も、かどうかは分からないが、誰が相手でも一定の好感度は稼げるだろう。

 ここまで考えてふと思う。

 男女が長時間二人きりで遊ぶこれは―――

 

「もしかしてこれって、わたしの人生初のデートになるのかな……?」

 

 そう考えると妙な気分になってしまう。

 好き、と言う感覚は紗和には良くわからないが、少なくとも嫌だとは思わなかった。

 

 冗談ではない、自分は一体何を考えているのだ。

 誤魔化す様にかぶりを振り、それでもどこか浮ついた心は、五河さんは晩御飯何を作るんだろう、などと言う隣界にいたころでは絶対に思いつかないことを考えて、ふと彼の家を振り返る。

 

 

 

 

 

 何もない暗がりに『彼女』を見つけた。

 

 

 

 

 

「あら、あら。ねえねえ、わたくし」

「ええ、ええ。何ですの、わたくし」

「うふふ、言うまでもないでしょう……今日のわたくしたちは幸運ですわ」

 

 完全な暗がり、にもかかわらず彼女たちの姿ははっきり見える。

その姿は頭の先からつま先まで、それこそ顔も衣装も髪型も全く同じで、くすくす笑う少女たちの異常な美しさと併せて、華やかさと不気味さが混じる奇妙な光景だった。

 

 『ナイトメア』と称される、時間と影を司る恐怖の精霊、時崎狂三。

 彼女の分枝とも言うべき分身体が三人、己が権能の影の中で愉し気に嗤う。

 彼女たちの艶やかな唇から、聞こえるのは―――

 

「まさか士道さんがネコさんを飼い始めるとは……いかなわたくしたちとて、想像できませんでしたわ……」

「コロンさんですって。まさにキャット・オブ・キャッツとでも言うべき素敵な名前ですこと……ああ、早くお会いしたいですわ」

「あら、あら。わたくしなんてもう動画と写真でご尊顔を確保しましてよ。ああっ……この子はきっと一際、可愛らしいネコさんになること間違いなしかと」

 

 「抜け駆けとはずるいですわ!」「わたくしにも転送してくださいまし!」などと続く騒がしくも華のある声。

 女三人寄れば姦しい

 古くからの名言はやはり間違えてはいないことを示すのんきな光景。

 

 ―――そんな談笑に耽る狂三たちに近づく者が一人。

 

「あら、あら。遅いお帰りですことわたくし」

「あなたが戻ってくるということは士道さんも無事戻られたという事ですわね。では、そろそろ交代に戻りましょう」

「うふふ、この朗報を他のわたくしたちにも伝えて差し上げないと。これからは士道さん担当は、今まで以上に争奪が激しくなりそうですわ……」

 

 思い思いに話しかける三人の狂三たちだが、ここで今しがた来た狂三から返事が無いことに気が付く。

 不審に思い、その顔色を伺う。

 表情は無い。かと言って無表情ではない。

 強いて言えば緊張だろうか、浮かび上がってくる感情をどうにか押さえつけている様な雰囲気。

 何事かを訊ねようとする狂三たちに、しかし先に声がかかる。

 

 

「そうですよねぇ。狂三さんが彼を放置するはずがないもの。そういう意味ではこれは必然なんでしょうね」

 

 

 三人の背後から聞こえる馴染みのない声に驚き、同時に銃を構えながら反射的に振り返る。

 

 トレンチコートを着た、華奢な白い少女だった。

 色素の薄い皮膚と同じ様に白くて長い髪は腰まで届き、青みががった灰色の瞳が狂三たちを見つめる。

 顔のパーツとしては微笑んでいるが、その端正な面から感情が読み取れない。

 

 理解不能な状況だが、それでも分かることはある。

 

「あら、あら……確か緋衣響さんでしたか。そう、ご同輩だったとは。これはこれは、不躾な挨拶で失礼いたします。ですがわたくしたち、か弱い乙女ですので、知らない相手には臆病になってしまいますの。お許しくださいまし」

 

 三人のうち一人は、目の前の少女が先ほどまで士道に同行していた緋衣響なる人物であることを思い出す。

 そして、この状況―――狂三の影の中に気づかれずに入り、五体満足、余裕綽々で存在するという、人間では不可能な事象は彼女が自分達と同じ存在、精霊である可能性が極めて高いことを示唆する。

 

「それで……わたくしたちに何の御用でして? わたくしたちのことをご存じのご様子ですが、それならなおのこと、わたくしたちの影の中、相応の覚悟はできておいで」

 

 挑発する声は背後からの銃声に切り裂かれた。

 叩き付けられるかのような鋭い痛みに対応する間もなく、いつの間にか目前の響は短銃を手に、銃弾を打ちかける。

 

 狂三の分身体が一人地に臥す頃には、残った二人はようやく自分たちが響と後ろの分身体に挟撃されていることを、全身の痛みとともに理解する。

 

 迷いは一瞬

 

 飛来する弾丸を気にする余裕は無し。

 二人の分身体は左右に飛び、そのまま全力で逃走する。

 どちらか片方が生き残れば良い。

 本体までたどり着ければ勝ちだ。

 死んで元々、それが時崎狂三の分身体たちの在り方。

 

 

 

 自分はどれ程逃げれただろうか。

 銃声はもう聞こえない。

 逃げたもう一人のわたくしは射殺されたのだろうか。

 

 そろそろ交代要員との合流場所の廃屋にたどり着く。

 自分たちに攻撃を加えたわたくしがどうなってしまったのかは謎だが、洗脳されたのならこの場所は割れていないのだろうか、不安を頭がよぎる。

 もし仮にDEMのような集団が背後にいれば事態は一気に危機的なものになるだろう。

 

 かといって現状、合流以外の手は微妙だ。

 スマホは先の攻撃で破壊されてしまった。

 まずは他のわたくしたちに連絡してもらう必要がある。

 相手が影の中に入ってこれる以上、すぐにある程度の戦力を集めないと、狂三本体が極めて危険だ。

 敵の力は不明とは言え、普通の精霊と仮定するなら、奇襲を受けた際、分身体が多少いた程度では全滅する可能性は大いにありうる。

 

(これが駄目なら、いっそのこと、士道さんに接触するのも考えた方が良いかもしれませんわ……)

 

 そうこうする間に、向こうの影から3人程、自分と同じ顔が銃をもって姿を現す。

 緊迫も弛緩も油断も無い、何時もと同じような雰囲気。

 ようやっと少しだけ安堵することができた。

 怪訝そうな表情を浮かべる集団の一人が、駆け込みながら息を切らすわたくしに問いかける。

 

「あら、あら。わたくし一人ですの? 他のわたくしたちは?」

「そのことですの! 敵襲ですわ!」

「まあ、まあ。何ごとかと思えば――――敵ではありませんわよ」

 

 途端、連続する発砲音

 苦し気に上がる悲鳴。

 それも長くは続かない。

 

「さあさあ、わたくし。落ち着いたのなら女王がお待ちですわ」

 

 しくじった、そう思う間にも意識が痛みで遠のいていく。

 

 まるで能面の様な、表情の無いわたくしたちの白い手が、自分を取り押さえて影に引き込みに来ると言う悪夢の様な光景を、しかしどこか陳腐な映画のワンシーンの様に感じながら、打ち倒された狂三は意識を手放した。

 

 後には無人の廃墟が埃だらけのまま、数分前と同じように打ち捨てられるがまま残された。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。