モンスターハンター //赤銅髪の少女//   作:[ysk]a

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1:賑わいのミナガルデ

 

―――十二年後―――

 

 

ガタゴトと揺れる荷馬車の中は、決して寝心地がいいとは言えない。

だが、それは十年以上も乗っていれば否が応でも慣れてしまうようなものであり、現に十人も狭い荷馬車の中に乗り合わせていて窮屈なのにも拘らず、その赤銅髪の少女は気持ちよさそうに丸まって眠っていた。 

西シュレイドよりもはるか南方の郊外の村から、馬車で一週間の距離にあるミナガルデという街。

それはモンスターを狩ることを生業とするハンターが集まる、王国から自治権までも認められた『狩人の街』。

ハンターならば誰もが憧れ、ひたむきに目指す「一流」と呼ばれる猛者が数多く存在する、聖地のような場所である。

 そして、只今ゲストハウスにおける【キングクラス】と称されるような最高級の部屋のベッドにて眠るかのように、心地よい寝顔で荷馬車の一角を占領する少女は、単身その街を目指していた。

 

「お客さん達、着いたぜ!」

 

 いつの間にか荷馬車の外から聞こえてくるのは、ガタゴトという荷馬車の走る聞きなれた音ではなく、ガヤガヤザワザワといった、やかましいでは生温いほどの喧騒だった。

 捕まえていた手綱から片手を離して、御者の中年は荷馬車のほうを振り返って盛大な声を張り上げる。

 その声に気づいて、荷馬車の中にいた少女を除いた全員がぞろぞろと降りていく。

 あるものは大きな皮袋をひっつかみ、あるものは背の丈以上もある大きな剣を携え、あるものは一体何をつめこんでいるのか、パンパンに膨れ上がったバックを背負った。

 だが、そんな出来事の中でも、少女に起きる気配は皆無。

 

「おーい、お譲ちゃん! 起きな、着いたってば!」

 

 もしかしたら青走竜《ランポス》の親玉である、《ドスランポス》の叫び声に近いほどの大声で御者は呼びかけたが、しかし少女はそれでもスヤスヤと非常に気持ちよさそうに眠っている。

 例えると囲炉裏の近くで丸くなって眠っているアイルーの如く。思わず御者は、こんな幸せそうな寝顔をゆがめなければならないことに、非常に大きな罪悪感に駆られた。

 それ以前にこんな寝苦しいとしか言えない荷馬車の中で、なぜそんなにも気持ちよさそうに寝られるのか大いに疑問に思ったりもする。今までいろんな客を運んできたが、これほど幸せそうに眠る客は初めてだった。

 

「しょうがねぇなぁ……」

 

 一向に起きる気配のない少女にため息をつき、御者は荷馬車を引くアプトノスに待つよう指示をして、荷馬車の中に入っていった。

 中は正直、かなり臭っていた。

 道中で何度か行水のために湖に立ち寄ったりはしたが、やはり一週間もの間まともに体を洗ってない人間ばかりが乗り込んでいると、それ相応の異臭が漂ってきてしまう。少女が降りたら、一度掃除しなければまずいだろう。

 その点で言えば、こんな乗り合い馬車に乗ってくる女の子というのもかなり珍しい、というより初めての客だった。

 身なりからしてハンターのようだが、正直こんな華奢な体の女の子に勤まるのかどうか、御者は不安でしょうがない。

 

(まぁ、後衛で味方のサポートに徹する、とかだろう)

 

 なんとなくではあるが、少女の狩りにおける役割をそんな風に予想しながら、御者は少女に近寄ってその肩を揺さぶった。

 

「ほら、街に着いたぜ。このまんま寝られると、いつまでたっても出発できねんだ。さっさと起きてくれんか」

「ん……ふぇ?」

 

 かなり強めに揺さぶってみて、ようやく少女から反応があった。

 このまま夕方まで寝られずにすんだことに安心して、御者はため息をつく。あと一押しで目覚めるはずだ。

 それから何度か同じように揺さぶって、少女はようやく上半身を起こした。

 纏っていた麻の布がずり落ち、包まれていた少女の体がようやく現れる。

 

(……本当に大丈夫なんかね)

 

 やっぱり、どうみてもハンターの体つきではない。

 ぱっと見の印象は、強く抱きしめたら折れそう、というほどではないがそれに近いほど細く、また幼い。

 防具も、腕と腰と足だけの、見た目にもわかる安価な装備で、胸は下着のような武装ダブレットのみ。兜のような類は所持してすらいない。

 こんななりで狩りにでかけるというのなら、それは自殺行為だ。まぁ、中にはその防具を買う金すらないために、こんな自殺行為に近い装備のハンターもいるにはいるが。

 

「よう、おはよう。街に着いたぜ。早く降りてくれないと、次の商売ができないんだがね?」

「……へ?」

 

 寝ぼけ眼をゴシゴシこすり、少女はようやく頭がはっきりしてきたのだろう、きょろきょろと周りを見回して自分の状況を把握したらしい少女は顔を真っ赤に染めた。

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 少女は大声を上げて頭を下げ、すさまじい勢いで荷馬車を飛び降りた。その勢いや、すぐ傍らにあった自分の荷物を忘れたことに気づかないほどである。

 外で「あぁっ!」という驚きの声が響き、御者は苦笑しながらその荷物を拾い上げ外に飛び降りた少女に向かって放り投げた。

 

「ほれ、忘れもんだよ」

「うわとと。あ、ありがとうございます!」

「いやいや。こちらとしても起きてくれて助かったよ」

 

 取り落としそうになった荷物を、胸元で抱きしめるように持って深々と礼を言ってくる少女に、なにかこそばゆいものを感じながら、御者は手を振ってやんわりとそれを止めさせる。

 ここまで感謝されたのは初めてだ。大抵はたいした挨拶も交わされず、あったとしても適当な会釈程度の日々だったので、なおのこと少女の純粋さがまぶしい。

 

「ま、いろいろ大変だろうけどがんばんな」

「はいっ! お気をつけて!」

 

 いやいや、気をつけるのはお嬢ちゃんのほうだろう。

 そう続けそうになって、御者は言葉を飲み込んだ。

 ハンターというのは、大抵のやつらが融通が悪いというか、頑固だ。いまさら自分のような一介の御者が説教を垂れたところで、聞く耳などあるわけがない。この少女ならば、それも例外だったかもしれなくはないが。

 とにかく、御者は苦笑だけを向けて、おとなしく自分のもとの居場所に戻っていった。

 

 

 ゆっくりと遠ざかる荷馬車を見つめてから、少女は胸元に抱きかかえていた荷物――リュック型のポーチを背負って、周囲の様子をじっくりと眺め回すように後ろを振り向く。

 人々の流れは一つの方向に集中していた。

その方向に目に付くそれは、ハンター達の戦利品を一度で大量に運ぶための大きなゴンドラ。それが二つあり、片方は人を、もう片方は前述のようにモンスターの骨や皮などの戦利品が大量に積み込まれている。それから、そのゴンドラのロープが続いている断崖絶壁、とまではいかないまでも、かなり急で切り立っている大きな崖。

そこからは、下に向けて大きな滑車とともに頑丈の一言では表せないような、少女の胴ほどはありそうなくらいに太いロープが垂れ下がり、その終着点には巨大な飛竜用の籠がくくりつけられていた。

当然、その籠の中には飛竜が入っている。

おおかた、どこかのハンターが捕獲してきたのだろう。麻酔で眠っているのか、思いのほかその籠の中の飛竜は大人しい。よく見るとそれが耳鳥竜《イャンクック》であるのがわかった。

 その様を呆然と、感嘆と畏敬の念を持って少女は見つめていた。

できるなら飽きるまでそうしていたかったのだが、少女には、それ以上その壮観な様子をのんびりと眺めさせてもらえるほどの余裕はなかった。目的地はこのゴンドラの先、あの崖の上である。

突然、視線の先にあった人の乗っている方のゴンドラが、掛け声も合図も何も無しに動き出した。

それに気づいた少女は、慌てて大声を上げながら、その動き出したゴンドラに向かって走り出す。

 

「ま、まってくださいっ! 私も乗りますっ!!」

 

 乗り合わせていた様々な老若男女が、何事かと振り返る。

 いぶかしげな視線がすぐさま呆れたような、微笑ましいとでも思っているかのような生暖かい視線に変わった。

たぶん両方だろう。突然女の子が必死に走ってきて、待ってくれときたのだ。乗り遅れに対する感想は人様々であるが、その中には共通して「やれやれ」という気持ちがあるに違いない。

 

(うぅ、やっちゃった……)

 

その乗り合わせている人達の感情に気づいて、頬を恥ずかしげに染めながらも、少女は走る速度を緩めない。

ゴンドラが自分の身長ほども昇り始め、そのすぐ下まで辿り着いたところで、走った勢いをつけたまま少女はジャンプした。

跳躍してからの頂点付近ぎりぎりで右手がゴンドラの縁をつかむと、その衝撃でゴンドラが大きく揺れて乗客から軽い悲鳴が上がった。だが、その人たちに心の中で短く謝罪しながら、少女は動きを止めない。

少女はそのまま、勢いを殺さずに左手で縁をつかむと、そのまま揺れる反動を利用して縁を掴んでいる手を軸に一回転する。

 

「よっ、と」

 

 回転の勢いを、頂点付近で強引に殺し、そのままゆっくりと着地する。

 ちょうど地上で前転した際、そのまま逆立ちになってゆっくりと降り立つ、といった感じだ。

 ふぅ、と軽く息を吐いたところで、周囲から拍手がわき起こった。

 

「元気が良いなぁお嬢ちゃん!」

「パンツは縞々か! いい趣味してるじゃねぇか!」

「え、えぇっ!?」

 

 思わず、ばっ!と履いていたブル-ジャージのスカート部分を押さえる。どうやら、前転して降り立った際に見られてしまったらしい。恥ずかしさで顔が熱くなっていくのが手に取るようにわかる。少女の顔が、まるで熟れた林檎のように真っ赤に染まった。

そんな少女を見て、乗り合わせていた人達からどっと笑い声が湧き上がる。

 なんとも奇妙ではあるが、しかし暖かい笑い声の中、少女はなんともいえない苦笑を浮かべながら、大人しく次のゴンドラを待てば良かったと、今更ながらに心底後悔した。というか、誰だ。今セクハラ発言を大声で口走ったエロオヤジは。

 その後、なぜか親しくなってしまった同じゴンドラに乗り合わせていた人達から、目的の場所を正確に教えてもらうと、少女はゴンドラから逃げるように飛び降りて駆け出した。

物々しい造りの街門を走りながら視界の端に留めながら潜り抜け、噴水を取り囲むように成り立っている広場へと向かっていく。

その噴水の前にこの街の大まかな地図看板が置いてあり、そこから北にある洞窟が酒場で、その中にギルドの本部があると聞いたのだ。

 まずはゲストハウスに部屋をとった後、長旅の汚れを行水で落としたかったのだが、いかんせんここは『ハンターの街』と呼ばれているミナガルデ。この街では、ハンターならば、まず『ギルド』というハンターを取り締まる組織で登録を済ませないと、何もできない。

 何をするにもまずは登録。

 早くギルドに登録して、ゆっくりしたい。それが、今の少女の正直な気持ちである。

 それはさておき。

 

「……うっわぁ」

 

 改めて見まわしてみた目の前に広がる光景に、思わず少女は感嘆の声を上げた。

 

「なんていうか、村とは大違いね……」

 

この街が動き始めてから、この人の流れは絶えたことなどないのだろうか。

 頭にさまざまな果物をいれたバスケットを載せて歩いている商人、アプトノスに手綱をつけて、その背中に大量の荷物を載せてのんびりと移動している子供と大人、モンスターの骨を素材に作られた《ボーンシリーズ》と呼ばれる防具に身を包み、展開したらその人の身長の倍はありそうな槍を、背中に取り付けられたラックに引っ掛けているハンターなど。あの槍は確か、《バルバロイタスク》という槍だったはず。

刀身の竜骨をモンスターの体液で溶かし、その後凝固させるという方法で何度も強化し続けるという、単純ながらしっかりとした手法で生まれた無骨な外見と、紅走竜《イーオス》の革を用いた盾と握り手が使いやすいというのが特徴の、実用性重視の中堅クラスのハンター、それもかなりの豪傑の使い手が好んで用いる武器だ。全身骨づくしとは、もしや骨フェチか何かだろうかと邪推しつつ、同時に街の人々の美意識の違いに、少々的外れな感想を抱いてしまう。

いまさっき目の前を通った毒怪鳥《ゲリョス》の装備とで全身を包んだガンナーのハンターなんか特に、少女の間違った考えにさらに拍車をかけてしまっている。

 もちろん、ハンターはそれらの人物だけでなく、耳鳥竜《イャンクック》から剥ぎ取れる素材をもとに作られた、《クックシリーズ》と呼ばれる防具に身を包むハンター、少女と同じ防具のシリーズであろうが、使われている鉱石が違うのか、少し色合いの違う防具のハンターなど、数えるのがバカらしくなるくらいたくさんいる。

 

(あぁ! あれって《レウスシリーズ》!? すっごいなぁ……)

 

目の前を通り過ぎた女性の装備を見て、少女は心の中で感嘆の声をあげる。

《レウスシリーズ》とは、赤火竜《リオレウス》の素材を用いた装備だ。赤火竜は、飛竜とよばれるワイバーンの中でも、『空の王者』や『天空の覇者』とも称される、飛竜の中でも最強の部類に入るワイバーンである。

その甲殻は断熱性に優れ、ワイバーンのブレスである火球の直撃を受けても、普通の《ハンターシリーズ》や《ハイメタシリーズ》の防具なら溶解して跡形も残らないが、《レウスシリーズ》ならば多少の変形があろうとも耐え切れるという代物だ。ちなみに、少女の装備しているような防具で直撃を受けたら、少女自身が原型を留めない焼死体となることは必至である。

もちろん、この《レウスシリーズ》装備を作るだけでも、何匹もの赤火竜を倒さなければならない。

さらに言えば、この飛竜を一人狩れるようになれば、ハンターとしての腕前は一流と呼んで差し支えないとまで言われているのだ。それを考えると、先ほどの女性が如何にすごいハンターなのか、少女は容易に想像が付いた。しいてはいつか自分も、という強い憧憬と決意が心に溢れる。

また、行き交う人々のそれに加え、あちこちでは数え切れないほどの露天が開かれ、ひっきりなしに客引きの声が街道に響き渡っていた。たぶん、この街で揃わない食材や日用品はほとんどないだろう。

先ほどなんか、通りがけに見ただけだが、村の酒好きの大人たちの飲んでいたポピ酒はもちろんのこと、その中でも滅多に見たことのない『ブレスワイン』が大量に売っていた。いつかお金に余裕ができたら、三樽分くらい買って村の大人たちにお土産でもっていきたいなと秘かに思う。

ミナガルデの街は、ぐるりと見渡すだけで買い物客、ハンター、子供、商人と、まるで王国の主要都市と同じくらいか、それ以上の賑わいを見せている。

それは、物心つく頃から今まで、辺境の村で育ってきた少女にとって、生まれてはじめてのカルチャーショックであった。

 

「(これが、街かぁ)」

 

 完全におのぼりさん状態で広場を見渡す少女。

本名を【アイリーズ・リーメイビ】という。

愛称はリズ。故郷は西シュレイド郊外のオルラド村。

 赤銅の髪を頭の上で結わえ、その年相応に発達した華奢な体つき(胸以外)は、正直ハンターという過酷な職業にはむいていないとしか思えない。しかし、それは表面上のこと。

 さきほどのゴンドラでのアクションしかり、彼女の体は十二分にハンターとしての力を秘めている。

 当然、成人男性の平均体重の三分の一以上はある飛竜の卵だって運べるし、大の大人が運ぶような、酒が一杯に入った大樽だって簡単に担げる。華奢に見えても、その内に秘める力は普通の成人男性を遥かに上回っているのだ。人間、みかけに寄らないということである。

 そんなリズのハンターとしての装備はと言うと、兜は所持しておらず、それどころか胴鎧すらも付けていない。代わりに、少女の胸には申し訳程度の、下着に近い武装ダブレットのみが存在する。その胸自体は悲しいくらいに平たくはあるが。本人もそのことはかなり気にしているので、口にしてはいけない。絶対に。

 そのせいで、一時期無理やりにでも『ソレ』を隠すために、かなり分厚いことで知られる《ハイメタシリーズ》と呼ばれる防具の胴鎧を付けようかとも思ったが、そうすると現在の装備ではとてもアンバランスでずんぐりむっくりになってしまう上に、ただの道化にしか見えなくなると悟ったので断念した。

それよりも、まずは先立つお金がなかったから、というのが大きな理由でもある。案外に《ハイメタシリーズ》は高価だったのだ。

それを購入できるお金がなければどうしようもない。

買うのとは別に、自分で素材を集めてきて作ってもらうというのもあるが、残念なことに素材の一つである希少鉱石の一つ、『マカライト鉱石』が一つもなかったのでその線もボツとなった。

ここまできてしまえばもうリズはあきらめの境地で、自分の胸はむしろ希少価値が高いのだ! などと無理矢理に思い込んで開き直ってしまっている。

 ちなみに、腕と腰は、とても安価でそれなりに丈夫な、駆け出しのハンターが手に入れやすい文字通りの《ハンターシリーズ》と呼ばれる物で固めてある。

足にはまるで、ズボンのようではあるが膝上までの裾と、その脛に申し訳程度の鉄板と呼んで差し支えない脛当ての防具のついたもの、そして股下十センチ程度までのタイトな青いスカートという、ただの衣服にしか見えない《ブルージャージー》という装備だった。

 だが、しっかり防具としての役割を果たすよう、鋼鉄製の繊維が中に混じっていて、動きやすさをほとんど損なうことなく「それなり」の丈夫さを備えている一品でもある。お金がなかなか集まらない、村出の新人ハンターにはこれ以上なく有難い防具なのだ。まぁ、それでも別の防具とは比較にならないほど貧弱なものには変わりはないが。

 つまり今のリズの装備は、熟練のハンターから見れば『ほとんど防具を付けていないに等しい』と言われてもしょうがない恰好だと言える。

 

「なんとか、したいなぁ……」

 

 ただいまの所持金、全額で500ゼニーとちょっと。最も格安の食事を酒場で数回も取れば、楽勝ですっからかんになりそうなくらい、心許ない金額だ。

 

「……早くギルドで登録して、せめてキノコ狩りでもして少しでもお金を稼がなきゃ」

 

 かなり切羽詰っていた。

 こんなお金では、防具云々以前の問題だ。しかも、防具よりも重要な課題も存在している。

 リズは自分の腰に吊り下げられている剣に、そっと手をやる。

 鈍い光を放ちながら、その鉄の塊は確かに存在していた。

 ケルビの革を巻かれた柄から、ちょうどリズの腕の長さほどの刀身が伸びている。

 最も安価で、同時に貧弱である新人用の武器。

 大きく大別される中で最も小柄であり、取り回しやすい新人用の剣。

 片手剣《ハンターナイフ改》だ。

 一応売り余った(生活費を稼ぐために、村の外で手に入れた物は必要最低限のものを除いて売りさばいていた)ものの中でも、偶然数個残っていた《鉄鉱石》を使ってもとあった武器を強化したものであるが、いかんせん安物であるようにその切れ味も悪い。

 何かしらの付加効果がついているわけでもなく、単に安く、取り回しやすくて使い勝手のいい武器だったから選択しただけだ。それ以上の意味はない。

 だが、つい一ヶ月以上も前に起きた出来事で、これ以上は力不足だと痛感したのも事実である。切れ味が悪いことに、あれほど苦い思いをした出来事は無かった。

 だから、なんとか早く武器だけでも、もう少し上位のものに切り替えたいと画策しているわけである。

 

「(とにもかくにも、まずはギルドで登録しなきゃ!)」

 

 柄から手を離して、リズは胸の前で拳を握った。

 

「(せっかく村長さんが紹介状を書いてくれたんだから、一生懸命やらなきゃね)」

 

 幼いときから、自分と兄の面倒を全面的に見てくれた村長のためにも、リズは決意を新たに、酒場への道を急いだ。

 

 

 どのくらい歩いたのだろうか。

 予想以上に混雑していた市場を通り抜け、目の前に噴水を見つけたときには、さすがにリズも安心感を隠し切れなかった。

 地図看板の前まで来て酒場の位置を改めて確認し、ひとつため息をつく。

 

「はぁ。なんだってあんなに勧誘されるのかなぁ。やっぱ、地方のモンだって舐められてるから……?」

 

 結局商人の押しに負けて買ってしまった水梨をリュックから一つ取り出して、皮のまま齧る。温暖期の今が旬の果物だ。水分たっぷりで、適度な甘さ。少し疲れた体にちょうどいい。

 

「ま、悪い買い物じゃなかったかな?」

 

 もぐもぐと、口の中に含んでいた果肉を飲み込んで、リズは近くにあったベンチに腰を下ろす。

 とりあえずこれを食べてから、酒場に行こう。

 そう決めて、とっとと水梨を腹の胃袋に収めると、リズは勢いよく立ち上がって、一路酒場に向かって元気よく歩き出した。

 

 肩からへその辺りまでしかない扉を体で押し開いて入っていくと、酒場に充満するその独特な空気がリズの鼻を突いた。同時に、一瞬だけ足が入り口の前で止まってしまう。

 煙草の紫煙、酒のアルコール臭、狩り帰りの独特の異臭、思わず唾が口の中を満たすほど美味そうな料理の匂いなど、様々な匂いがない交ぜになって、なんともいえない、本当に微妙で、それ以上形容のしようがない空気になっている。

 しかしそれは村でも十分なれたもの。むしろリズはその匂いに懐かしささえ覚えた。

 だから、扉の前で一瞬立ち止まってしまったのは、空気のせいではなかったのだ。

 

「(うわ、見られてる)」

 

 周囲から突き刺さる、好機のような、品定めするかのような視線。

 もちろん覚悟はしていた。それなりのことにも耐えられるという自信はあった。

 だが。

 

「(む、村の人達とは迫力が違う……)」

 

 さすがはハンターの集う街、と言ったところだろうか。

 全員が全員自分を見ているわけではないが、しかし中にはもちろん、思わず体が竦んでしまうほどの鋭い視線を持つハンターもいる。見ると、顔中が傷だらけの相当高齢なハンターがこちらを見つめていて、リズの品定めでも終わったのか、まるで興味なさそうにすぐにふいと顔をそらして食事に戻った。

 まるで小馬鹿にされたようなその態度に――もちろん、もしかしたら自分の勘違いかもしれないが――若干悔しさを感じながらも、しかしいつまでもこうやって立ちすくんでいる場合ではないと思う。

 リズは大きく深呼吸すると、胸を張って背筋を伸ばし、強気な態度で一歩を踏み出した。

 

「(張れるほどの胸が無いのが悲しい……)」

 

 自らのアイデンティティーに対してなんて自虐的な虚勢なんだろうと気づいて、心の中でしくしくと涙を流す。

 自分で心の傷に塩を塗りこんでいる気分だ。この恨みはいつか青走竜どもに晴らしてやろう。そう心に決めた。

そうやって、油断した時だった。

 

「おっと、すまん」

「きゃ!?」

 

 背中から何かがぶつかってきて、リズは思わず蹈鞴を踏んだ。

 転びそうになった体勢を、持ち前の平衡感覚で持ち直して、後ろをキッ!と睨み付けるように振り返る。

 そして、睨み付けたことを後悔した。

 

「……っ?!」

 

 目の前にいるのは、自分よりも頭一つ半ほど大きい、入り口の戸に手をかけたまま逆光の中に立つ黒い岩男だった。

 そう、『黒い岩男』である。

 全身にごつごつとした漆黒の岩を張り付かせていて、それが鎧だと気づくには、数秒の時間を要した。

右肩は鎖帷子がむき出しな上、右腕も自分と同じくらい軽装でかなり身軽そうなのだが、それとはまったく対照的に、左腕にはごつい岩の塊を纏い、肩にもまるで噴火直前の火山のような形をした岩の肩当を身に付けている。殴られたら、簡単に脳漿をぶちまけて、瞬時に肉塊になってしまうに違いない。

 全体的に《ハイメタシリーズ》のような太った印象を持つが、それに加えて岩の無骨さも加わり、さも熟練したハンターであるかのような風格を漂わせている。事実、熟練のハンターなのかもしれないが。

背後には、展開すれば自身の身長と同じくらいの長さになりそうな、長大な重火弓を背負っている。それも、何かの頭を象った様な形で、村でよく見た《アルバレスト》のような重火弓(へヴィボウガン)らしい。

 これもまた、漆黒の色で染め上げられた甲殻で覆われていた。しかも、銃口はただの頭ではなく、なにかのモンスターの口を象っていて、その口の中から銃口が覗いている様はどうみてもモンスターが咆哮しているようにしか見えない。

 たが、そんな岩男の中でも最も異彩を放っているのが、その兜である。

 鉱山で働く職人がかぶるようなごついヘルメットに、口元全体を覆うマスク、そしてなにより、逆光を受けて輪郭が闇のような漆黒に染まった中、まるで鬼の目のように真っ赤に点っている、黒いフレームの中にある深紅のレンズのゴーグルである。

これが最も、リズの恐怖を駆り立てていた。

 

「すまんすまん、まさか入り口に人が立ち止まってるとは思わなくてよ。怪我はねぇか?」

 

 岩男は、そのおぞましい外見からは想像もつかない気さくさ、というよりむしろ軽薄な馴れ馴れしい口調で、マスクをしたままのくぐもった声で笑いながら怯えて固まってしまっているリズに問いかけた。

 入り口全体を埋めてしまうほどの巨体なため、岩男がこちらに近づいてきた拍子でそこにできた小さな隙間から漏れ出た逆光が、ちょうど男の体を覆うようにリズに降り注ぎ、それがなおのこと男の薄気味悪さを倍増する。

 なにより、やはりその赤い目のゴーグルが恐ろしかった。

 単純に、闇の中で真っ赤な瞳が二つ、自分を見つめているように錯覚してしまう。

 リズは素で、捕って食われるんじゃないかと恐怖した。

 かつてランポスの集団に追い詰められて死にかけた時のような、身の竦むような恐怖が襲ってくる。

 

「あ~、そうか」

 

 小さな悲鳴を上げて後ずさるリズを見て、漆黒の岩男はがっはっはと笑いながらその兜に手をやり、一気に取り払った。

 

「これで少しはましになったろ?」

「ふ、ふぇ」

 

 リズの主な恐怖の対象が何であるか察したのだろう。

 取り払った忌々しい兜の中からは、三十代半ばから四十代半ばくらいの、厳つい顔が現れた。

 リズよりはるかに短いが、男性にしては長いほうの髪を頭上で結わえていて、その左目には縦に大きな傷跡が走っている。

 確かに兜を付けていたときほど恐ろしくは無いが、今度はその、まさに熟練のハンターである顔にリズは驚いた。

 

「ん、そういやぁ見ない顔だな。新人か?」

 

 無骨な手甲に包まれた手で無精髭が結構伸びている顎を撫でながら、岩男はリズの顔を覗き込んできた。

 リズも、その遠慮の無い視線に少し居心地の悪さを覚える。というか、なんかセクハラされている感じがした。

 じろじろと全身を嘗め回すように見られ、額を冷たい汗が流れ落ちる。

 しばらく品定めするかのような視線でリズを見ていた岩男は、その気味の悪い視線を収めると、リズに笑顔を向けて信じられないことをのたまった。

 

「いい体つきをしてるなぁ、お嬢ちゃん。将来は映えるような美人さんになるぞ……胸以外」

「なっっ!?」

 

 酒場中がどっと笑いの渦に包まれる。

 恥ずかしさと怒りで、顔が真っ赤になるのがリズにはわかった。

 いつもならこの場で、遠慮も慈悲も情けもなく、その顔面に向かって得意のローリングソバットを誠心誠意全身全霊を込めて叩き込んでやるのだが、さすがにそんなことをはじめて来たばかりのこの酒場で、それも初対面の男にしでかしたら、後がどうなるかわからない。

 羞恥と自信のプライドを傷つけられたことで腸が煮えくり返るようだったが、問題を起こしてはいけないと必死に自分に自制をかける。

 

「がっはっは! まぁそう気にするなよお嬢ちゃん。貧乳だって悪くはないさ。むしろ、貧乳だからこそ輝く美しさもあるんだぜ?」

 

 男の無責任な慰めも、今のリズにはむしろ逆効果であった。

 ふつふつと、自制心という箍が外れそうである。あと一言でも『貧乳』という単語の意味に該当する言葉を言われたら、これ以上怒りを理性で抑え付けて我慢できるという保証はなかった。

 

「それよりお嬢ちゃん、新人だろ。登録はもう済ませたのか?」

「……いいえ。まだですよ」

 

 リズの、怒りのこもったぶっきらぼうな返答に、岩男は苦笑を浮かべる。さすがにからかいすぎたと気づいたのだろう。だが、脱ぎ去った兜を左手に抱えて、岩男はそれでも楽しそうに言った。

  

「おっしゃ。じゃマスターのところまで案内してやる。こっちにきな」

「え、ちょ……っ」

 

 ぐいっと、外見通りのとんでもない右腕の怪力に、リズは体ごと右手をひっぱられた。

支えられてはいるが、しかし転んでそのまま引きづられそうになる体を立て直して、早足で進んでいく岩男の後をついていく。

 

「(頼んでなんか無いのに!)」

 

 こんな失礼な男にペースを握られたことに憤りを感じつつ、しかし反論できない自分にも情けない思いを抱える。

 初日からこんな様では、前途多難だ。

 とは言っても、岩男の言うことは事実であるし、ギルドマスターが何処にいるかわからないのもまた、事実である。

仕方なく諦めをつけ、大人しく岩男につれてかれるまま歩くことにした。

それにしても、岩男がリズの歩幅を無視してズンズン先を進んでいくのは、彼が至極マイペースな人間だからであろうか。やや小柄なリズはそれに続くために早足にならざるを得なかった。

 心の中で「(なんて自分勝手な男なんだろう)」とか「(少しはこっちに気を使うとかもできないのかな)」などといった愚痴を続けながら酒場の中央を通り過ぎ、そのまま給仕達のいるカウンターを無視して、岩男は突き当たりを右に曲がった。 

 さすがにこのままではどこに連れて行かれるのか不安になって、「あの」と、リズが一体このままどこにいくのか尋ねようと声を出した瞬間、岩男は傍にいたリズが思わず耳を塞いでしまうような大声で叫んだ。 

 

「おーいマスター! 新人がきたぜーっ!」

 

 この街に来てから今まで聴いたことの無い(街に着いたときの御者の叫び声は記憶に無い)、まるで青走竜が仲間を呼ぶときに上げるかのような大声を至近距離で聞いて、リズは耳を押さえたままそのやかましさに顔をしかめる。

 それとなく周囲を見回してみると、どうやらたどり着いたのは酒場の奥の一角のようだった。

 そこにでん!と置かれた樽の上に、リズの村の村長とほとんど、いやまったく同じ格好の竜人族の老人が座っていて、暢気に煙管をふかしている。

 その姿が妙に懐かしくて、リズは少し機嫌がよくなるのを感じた。

 

「ほ、アビスか。どうやら、今回は少々簡単すぎたようじゃの?」

「たかが岩竜一匹に手こずるわきゃねーだろ。ほれ、討伐の証拠だ」

 

 腰にくくりつけていた皮袋を、乱暴に放り投げる。

 マスターと呼ばれた老人もそれを軽々と受け取ると、袋の口を開いて中を見る。

 眉間に皺を寄せながら数秒、じっと中を見つめた後、袋から目を離してその口を縛り付けると、アビスと呼んだ岩男に向かって言った。

 

「うむ、確かに……ベッキーや!」

「は~い?」

 

アビスはそれを受けて、にんまりとそのごつい顔に笑顔を浮かべる。

それだけみれば、かなりいい人に見えるのにと、リズは心の中で思った。

 老人の呼ばれた声に反応したのは、片手に四つずつビールのジョッキを持った、赤い給仕服とちょっと短めのスカートを着た給仕の女性だった。

 急いで手に持っていたジョッキをカウンターに置くと、その奥からなにやら台帳を取り出してこちらに近づいてくる。

 リズは、その姿を見てはっ、と息を呑んだ。

 黒曜石のような、艶かしい輝きと瑞々しさを誇る黒髪を、肩まで伸ばしてセミロングにしており、その顔の両側からは、さらに伸ばした一房ずつを円筒状の髪留めで止めている。

 それに加え、ただでさえはっきりと、その人物に似合う似合わないが現れる酒場の給仕の制服を器用に着こなし、膝上まである、全体的にふんわりと開がったスカートから伸びる足はスラリとしていて、すっと通った鼻筋に大きな瞳には同姓のリズでさえ見とれてしまう。

どう見ても、まごうことなく正真正銘の美人だ。王国の舞姫と遜色ないんじゃないかとも思う。

そして、なによりその胸。

思わず自分の物と比べて、リズは気分がどん底まで落ち込むのを味わう。

 

「(なんで私のはこんなにもぺったんこに……神様は不公平だ……)」

 

 そんな、自分のあまりにもふくらみに乏しい双丘に手を当てて、ほろりと涙しているリズの様子には気づかなかったのか、給仕の女性はニコニコと、こちらもまた思わず赤面してしまいそうな笑顔を浮かべて村長から皮袋を受け取り、台帳にサラサラと何かを書き込む。

 どうやらこの給仕の女性――ベッキーこそが、この町のハンターギルドの受付嬢兼酒場の給仕らしい。

 

「はい、依頼の完遂を確認しました。依頼遂行ご苦労様です。依頼開始からたった一日だなんて、相変わらず見事な腕前で」

「なぁに、ベッキーちゃんの相変わらずな犯罪的美しさには、かないやしないさ」

「そう言いながら、いつも料理を運ぶ度にお尻に手を回すのさえやめていただければ、素直にうれしいんですけどねぇ?」

 

 ベッキーがニッコリと微笑みながらそう言うや否や、アビスは冷や汗を流しながらすばやくそっぽを向いた。白々しく口笛なんかも吹いている。

 その笑顔に一瞬、殺意を感じたのは、きっとリズの気のせいなどではない。

 

「き、気のせいじゃないかぁ? 俺はそんな不埒な真似なんかしな……」

「はい、こちらが報奨金です。次のお仕事も期待してますね」

「……あいよ。ちえ、ベッキーちゃんはもうちょっと初くてもいいと思うんだけど、そのあたりどう思うよマスター?」

「ほっほ、そんなんじゃこの酒場の給仕はつとまらんて。腕っ節の強さは、おぬしに引けはとらぬと思うぞぇ?」

「マスター、さすがにそれは誇張です……って、あら? そういえば、そちらの可愛いお嬢さんは?」

 

 完全に蚊帳の外だったリズを見て、ベッキーが小首をかしげた。

 自分をほっといてぽんぽんと進んでいく会話の中、どうやらこのギルドのマスターと思われる竜神族の老人とかなり親しげに会話を交わすアビスにすっかり驚いていたリズは、突然話題が自分のほうに向いたことにびっくりし、ぱくぱくと口を開くだけで、言葉を話すことができなかった。

 その様子を見て取ったアビスが、哀れに思ったのかささやかなフォローに回る。

 

「あぁ、さっき聞こえたろ? 新人のお嬢ちゃんだ。胸は無いが、将来は美人に……!?」

 

 背中で殺気を感じ、思わず言葉を途中で止めてしまう。

それでいて、反射的に振り返ってしまったのが、アビスのミスであった。

 

「どぅわぁれがっ………平板、洗濯板かぁっっっ!!!!!」

「ぐべらぶっ!??」

 

 得意げに説明を垂れ始めた油断しきっていたアビスの顔に、今度こそリズの必殺技が叩き込まれた。

 ふわりと、まるで羽毛が風に吹かれて浮かんだかのようにリズが空中に飛び上がり、そのまま勢いよく捻った腰が生みだす遠心力とともに、その小さな体が劇的な運動エネルギーを生みだす。

そして、生まれた勢いを足先に、全エネルギーを一遍も余すことなく連続的に、完璧に伝え、結果としてその勢いはリズの足をまるで鞭のようにしならせると、一瞬だけ風を切る音を鈴の音のように響かせながら、怒髪天を衝く怒りと共にしまりのない笑顔を浮かべるアビスの顔面に、理想の勢いと軌道、そして完璧なタイミングで叩き込んだ。

 その技の華麗さは、その光景を目の当たりにしていた竜人族の老人とベッキーだけでなく、偶然その様を見た酒場の客全てが、勢いよく吹っ飛んでいったアビスなど完全に忘れ去り、息を弾ませながら着地した少女に呆気にとられて固まってしまうほどのものであった。

 

「わ、私だって、好きでこんなぺったんこの世紀末になったんじゃないわよっ! これからちゃんと大きくなるんだからっ!!」

 

 回し蹴りを放った勢いのまま音も無く着地し、まるで成熟に数十年を置いたブレスワインのようにリズは顔を真っ赤にすると、吹っ飛んでいったアビスに向かって思いの丈を怒鳴り散らした。

 ちょうどその本心の告白が終わると同時に、リズに蹴り飛ばされたことでアビスの手からすっぽ抜けた兜が鈍い音を立てて床に落ち、ゴロゴロと間抜けに転がる。その様は、なんともいえない切なさをかもし出していた。

 酒場全体に、同時に口を開くことが憚れる重い沈黙が訪れる。

なにより、リズの主張が切実すぎた。女性達はみな一様に首を縦に振りながら同情し、男共は苦笑いを浮かべて固まるしかない。

 その中でも、男供の心の内では、満場一致で一つの約束事が取り決められていた。

 後にそれは、誰が作ったかもわからない『ミナガルデ禁止語録』と呼ばれる書物の、第一ページの最初に来る言葉となる。

 それすなわち。

 

―――【貧乳】

 

 




次は29日00時を予定。
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