モンスターハンター //赤銅髪の少女//   作:[ysk]a

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2:腹ぺこ少女の奏楽

 

 

「フフフ♪ 大丈夫よ、リズちゃん。私だってその歳の頃は、リズちゃんと同じくらいしかなかったんだから。これから十分成長するわ」

「うぅ……そうですか?」

「そうそう。あんなセクハラ親父のことなんて気にしなくていいの。また何か言ってきたら、さっきみたいにお得意の蹴りでぶっ飛ばしちゃいなさい♪」

「お、おいおい、それは勘弁してくれ。アレはベッキーちゃんの鉄拳と同じくらい効くんたぞ?」

 

 赤く腫れ上がった頬を痛そうに撫でながら、漆黒の岩男――アビスが呻くように呟いた。

 それを聞いて竜人族の老人――この街のギルドを統括する人物、ギルドマスターが楽しそうに笑う。ベッキーも、アビスの前にビールを置きながら笑っていた。むしろあの蹴りを食らって、頬骨に皹も入らなかったその驚異的な頑丈さに驚愕さえ覚えてしまい、その異常さに笑いが漏れてしまう。どちらかというと、苦笑に近いが。

 

「いや、本当に冗談じゃないんだって。ベッキーちゃん、二代目登場じゃねぇか?」

「あら、それはいいかも♪ リズちゃんなら、アビスさんのセクハラに的確な突っ込みを入れられそうだし」

「……すまん、やっぱ今のは忘れてくれ」

 

 先ほどのきっついローリングソバットを思い出して、アビスは冷や汗を流しながら苦笑した。

 猛突猪《ブルファンゴ》の突進を喰らった時でも、リズのローリングソバットほどのダメージは受けなかった。鼻に直撃していたら今頃粉々に砕けていたに違いない。鼻の骨は案外柔らかいのだ。そう思うと、アビスはリズに対する『かよわい』という認識を少々改める他無かった。

今、リズ達は酒場のカウンター席に座っている。

 もう昼の半ばも過ぎたこの時間帯は、狩り帰りのハンターと、仕事の休憩で訪れた商人や、この街の住人で溢れかえっていた。

 一応注文ラッシュは過ぎたから多少は落ち着いているものの、それでもベッキーは先ほどからひっきりなしに、他の給仕の女性たちと一緒に慌ただしく仕事をこなしている。

 

「さてアイリーズ、だったかの? この街でハンターの登録をしたいらしいが」

「あ、はい。これ、紹介状です」

 

 一通り笑い終えたのか、目じりの涙を拭いながら声をかけてきたギルドマスターの言葉で、リズはようやく本来の目的を果たせるのかと感無量になる。

今までの過程の苦労がまざまざとよみがえり、本当に泣きそうになった。

なにより、貧乳と三回も馬鹿にされたのが最もむかつく上に、屈辱である。

 もう一度、アビスの顔面にソバットを叩き込みたい衝動を我慢しながら、リズはやや乱暴に、ポーチの中から丸められていた紙を取り出す。

 長旅のせいか、それはかなりぼろぼろになっていたが、しかし読めないほど痛んではいない。一応、これでもかなり慎重に扱ってきたのだから。

 それを受け取ったギルドマスターは、煙管を口に加えて、ゆっくりと紙面に目を走らせる。

 一応、アビスのすぐ斜め前のカウンターの上に座っているのだが、アビスはどうやら気にした風でもなく、美味そうにビールを一気飲みした。

 

「ベッキーちゃん! ビールもういっちょ!!」

「はいは~い!」

 

 自分の頭くらいの大きさはありそうなジョッキを、これで三杯目をいっき飲みしてみせたアビスに、さすがのリズも驚きを隠せない。というか、まだ飲むか。

 

「……そんなに飲んで平気なの?」

「おうよ。一週間も禁酒してたんだ。まだまだ飲みたりねえよ」

「……でたらめな体だこと」

「はっはっは! そんな褒めるない!」

「全っ然褒めてないっ」

「気分はぜっこーちょーーーっっ!!!!!」

「……はぁ」

 

 すぐさま四杯目のビールを渡され、再びをそれを一気飲みする。リズはその飲みっぷりに、さすがにそれ以上二の句が継げなくなった。

 リズの村でも、アビス程の酒豪はいなかった。ざっと見回した限りでも、アビスみたいにまるで浴びるように酒を飲んで、正気でいる客はいない。逆に浴びるように飲んで酔っ払っているものなど、何十人といるのだ。むしろ、そっちのほうが全然正常だと思えた。

 

「うむ、確かにオルラド村の坊主からの紹介状じゃな。では、この誓約書に目を通し、こっちの紙に必要事項を記入してサインしとくれ」

「はい」

 

 ざっと紹介状を流し読みしたギルドマスターは、どこからか取り出してきた二枚の紙をリズに渡しながら契約手順を説明をする。

「(あの村長を坊主扱いって……)」と内心苦笑いしながらリズは素直にそれを受け取って、まず一枚目の紙に目を通した。

 誓約書といっても、それはハンターにおける一般常識だ。ギルドマスターがやっていたようにざっと斜め読みし、特に疑問点が無いことを確認すると、二枚目に取り掛かる。

 なお、宿泊施設が『ポーン』クラスなら無償で利用できると知ったときは、内心飛び上がるほど喜んだ。

 

「この紹介状はこちらで預からせてもらうが、構わんかの?」

「はい、構いません。ところで、この二枚目の紙なんですが、現時点のことを書けばいいんですよね?」

「勿論。不明な点や書きたくない箇所は、飛ばしてくれても構わんよ。嘘偽りを記しても、返ってくるのは己の身じゃからの」

「わかりました」

 

 元気よく返事をして、もう一度リズは二枚目の設問に目を通す。

 年、性別、出身の村、得意武器、その他補足事項。

 ギルド側はこれらの情報を元に、そのハンターの請け負える依頼の難易度の管理や斡旋をしている。

 リズは、得意武器の欄に「一応、片手剣」と記入した。補足事項には、『耳鳥竜《イャンクック》が大量発生した際の依頼で、村人の協力をもとに四匹を狩猟。他、《ドスランポス》と《ドスイーオス》が率いる群れは、単独で十数回狩猟した経験あり』と記しておく。

 最後に自分の名前で署名をし、ギルドマスターにインクとペンと一緒に紙を渡す。

 受け取った紙を一読して、ギルドマスターはリズに質問をした。

 

「この得意武器の『一応』というのは、どういう意味かの?」

「えと、お金がないので、片手剣しか使ったことが無いんです。もしかしたら、他に私が得意とする武器があるかもしれないと思って……」

「ふむふむ」

「へぇ、よくそれで今までやってこれたなリズちゃん。もしかしてその剣、《ハンターナイフ》か?」

「む……一応《改》です。いくらなんでも強化くらいはしてますよ」

「……いや、それでも十分驚きなんだがな」

 

 頬を膨らませて、ちょっと焦点のずれた反論をするリズに、アビスは苦笑を隠し切れなかった。

 金が無いといっても、まさか街に来て《ハンターナイフ》を使っているハンターがいるとは思わなかった。少なくともこの街でそんなハンターをアビスは見たことが無い。酷くても、片手剣使いなら、青走竜《ランポス》の素材を用いた《サーペントバイト改》、《ハンターナイフ》を強化し続けた《アサシンカリンガ》、それにモンスターの骨を加工、強化した、外見はむしろ鋸に近い《サーペントバイト》に似た《ボーンネイル》など、それなりに強化したものを持っていたのだ。

 ある意味、初期装備としかいえない防具と武器を所持しているリズ自体が、そしてその装備で今までやってこれたというのが、アビスにとって驚くべきことであった。

 

「ほっほ、耳鳥竜を一度の依頼で四匹! これは村人と一緒にかの? それとも、協力を元に単独で、かの?」

「一応、協力を元にです。近くの森に十数匹も沸いてきちゃって、なんとか村の人達に落とし穴や麻酔薬を運んでもらいながらやりました。他の人達もいたんですけど、気づいたら私が一番多く狩ってたんですよね。

 ちなみに、討伐が一匹、捕獲が三匹です」

 

 言いながら、リズは頬を赤く染めて照れる。

リズにとって、このことに関しては数少ない、真正面から自慢できることだからだ。

 村長にも手放しで褒めてもらえたし、村のみんなからも感嘆された。

 あの時リズは、自分が村におけるハンターとしてみんなから認めてもらえたという事実に、嬉しさで一杯だったのだ。

 捕まえた耳鳥竜を引き渡した際にもらったお金と、剥ぎ取った素材を売り払って手に入れたお金、そしてその依頼で手に入った報奨金は、今まで世話になった村長と孤児院に、必要最低限のお金を残してほとんど全額渡したのもいい思い出である。

 最初は遠慮されたが、泣きながら頼むと、渋々ではあったが受け取ってもらえた。

 リズにとって、自分が村長にできる恩返しの方法と言えば、そのぐらいしか思い浮かばなかったからである。

 その後も幾度か耳鳥竜《イャンクック》の討伐や捕獲は請け負っていたし、実際に依頼の成功率も安定していた。

 そして、とある事件をきっかけにして村長に街に行くよう勧められ、こうしてここまで来たのである。

 だが、そんな照れてるリズを横目で見やりながら、内心アビスは舌を巻いていた。

 まだ年齢は十六歳。装備は貧弱中の貧弱。

 

(いくら村人の協力があったとはいえ、たった一人で耳鳥竜を四匹だと?)

 

 耳鳥竜《イャンクック》は、確かに駆け出しのハンターでなくても、それなりの実力を持っていれば簡単に狩れる相手ではある。もちろん、歳云々は無しでだ。アビスは年齢よりも、ハンターとしての経験の度合いを基準とする。

それはさておき、とにかく、いくら村人達の協力があったとはいえ、単独――それもリズのような駆け出し臭いハンター――で四匹となると、そうは言っていられない。

 手練のハンターでも、四匹となれば話は別だ。一対一だとしても、それを長時間繰り返せば、集中力が途切れることはもちろん、蓄積された疲労によって自身の動きは鈍ってくるし、そして、判断の一つでも誤れば重傷を負うことだって無いわけではない。

 それが、まだ新人のハンターで、なおかつリズの装備で考えるならばどうなるかなど、想像に難くはないのだ。

 それを踏まえて考えると、もしかしたら、リズはハンターとしてとても高い素質を持っていることになる。

 ただ、とてもそうは見えないことが、アビスが自身の推測に確固たる確証をもてない理由であった。

 アビスがそうやって思索にふけっている間に、どうやらリズのハンター登録手続きは終わったらしい。

 最後に、ギルドマスターが確認事項を読み上げて書類を自分の隣に置くと、愛用の煙管を咥えて言った。

 

「ふむ。では、これよりおぬしはこの街のハンターじゃ。ランクは『ワーデン』より……」

「え、ちょ、ちょっと待ってください!」

 

 突然悲鳴のような大声を立ち上がりながらあげるリズにびっくりして、つらつらと言葉を連ねていたギルドマスターの言葉が止まった。

 豪快に酒を飲んでいたアビスも、そのジョッキを静かに下ろす。

 二人に怪訝な顔で見つめられ、リズは思わず立ち上がったところで固まり、さすがに恥ずかしくなったのかそのまま顔を伏せると、ごにょごにょと相当注意しなければ聞こえないほど小さな声で、話し始める。

 

「あ、あの、できれば『ルーキー』からが、いいなぁ、なんて……」

「ふむ、不服かの?」

「い、いえ! そうじゃなくて……その、『ワーデン』って、ランクは確か6、ですよね?」

「うむ、そうじゃが」

 

 ハンターには、そのハンターの実力に合わせて『ランク』というものが存在している。

 1なら『ベイグランド』。2なら『ストレンジャー』。3なら『レンジャー』という風にだ。

 当然、ランクが高ければ高いほどそのハンターの実力は高いことの証明になっているし、難しい依頼なども優先的に回ってくるようになり、何かとハンターにとっては都合がいい。

なにより、そのランクによって泊まれるゲストハウスの格が決まってくる。

 最も最上位である『キング』クラスのゲストハウスともなれば、文字通りまるで王国貴族のような待遇だと聞いたことがある。

 ぜひとも一度は泊まってみたいが、今のリズには夢のまた夢。だからこそ、ギルドマスターの決定に異議を唱えたのだ。今の財政状況を考えれば、できるだけ無駄な支出は減らしたいのである。

 

「じゃぁ、ゲストハウスで泊まるのはルークから、ってことになるんですよね?」

「まぁ、基本的にはそうじゃの?」

 

 一体それがどうしたのか?

 そんな視線を向けられて、リズは自分の財政事情が恥ずかしくてしょうがなかった。

 しかし、ここで本当の理由を言わないのは、せっかく異議を唱えた意味が無い。

 たとえ田舎ものだと笑われようとも、今の財布には代えられないのだから。

 肩身の狭いような、すぐにでも穴にもぐりたいような居心地の悪さを抱えながら、若干体を低く小さくして、リズは恐る恐るその続きを話した。

 

「……お金、かかるじゃないですか」

「「は?」」

 

 二人の目が点になった。

 もちろん、ギルドマスターとアビスの目が、である。

 その二人の様子に、リズはさらに体を縮こまらせ、しまいにはシュンと顔を伏せてしまう。

 その耳が真っ赤になっているのをみて、アビスは豪快な笑い声を上げた。

 

「がっはっはっは!! そうかそうか!! なるほどな!!!」

「~~っ! わ、笑わないでくださいっ! こう見えてすごく切実なんですから!」

 

 もう何度目だろうか。

 恥ずかしい目に遭うとは覚悟していたが、まさか一日のうちにこれほど恥ずかしい目に遭うとは想像もできなかった。

 こうして顔が赤くなったのが何回目かも馬鹿らしくなる。

 リズはまるで雪栗鼠のように頬を膨らませると、そのまま視線で殺してやる!くらいの勢いで大笑いしているアビスを睨み付けた。

 ギルドマスターは顎に手を当て、目の前の光景などどこ吹く風というように思案にふけっている。

 しばらくそうやって思案して、手早く紙に何かを記録すると、アビスと言い争うリズに向かっていった。

 

「ならば『ルーキーハンター』でいいかの? これなら『ポーン』の部屋に泊まることになるぞい」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 からかってくるアビスを放置して、すぐさまギルドマスターの声に反応するあたり、かなり気にかけていたらしい。

 その鬼気迫る表情には、ギルドマスターも苦笑を返すしかなかった。もちろん、それには別の意味も込められていたが、リズがそれに気づくことはなかった。

 

 

 

 

 その後、酒場で登録を済ませたリズは、近くにあるゲストハウスに案内され、まずその部屋を見て驚いた。

 ちなみに、ゲストハウスまで案内してくれたのは、忌々しいことにあのセクハラ親父のアビスである。

 きっと近いうちに何かしらの方法で仕返ししてやると、硬く心に誓ってその後ろを渋々と歩いてきたのだ。この積もりに積もった恨み、はらさでおくべきか。

 それはさておき。

 

「こちらがあなた様の部屋になります。プーギーはどこかに隠れておりますので、ご安心ください」

「……はぁ」

「では、失礼いたします」

 

 ここのオーナーなのかどうかはわからないが、とりあえず受け付けの係員が呼んできたこのゲストハウスの職員に案内されて来たのが、ハウスの中でも最も最下級の宿泊部屋『ポーン』クラスの部屋である。

 無償だから、相当ひどいんだろうなぁとは思っていたが。

 

「これは……ひどすぎるよねぇ」

 

 さすがに目の前の現状に、先ほどのハンターランク変更を申し出たことを思わず後悔してしまう。

 

 藁が敷かれた床に、粗末な木組みで安物中の安物のシーツで覆われたベッドが部屋の東側。

 その反対には、どの部屋にも当然ある、縦にしたら軽く自分と同じくらいの長さはありそうなハンター用のアイテムボックスがでん!と置かれており、すぐ隣にこれまた粗末な机が放置してある。埃を被ってはいないので、掃除はしているらしい。あまり効果があるようには思えないが。

とにかく、ベッドの向かい側はそんな感じで、扉から向かって正面はというとこれはハンターの部屋らしく、かなり大きな戸棚と共に、あらゆる武器を吊り下げておくためのフックや鎖などが天井から吊り下げられていた。

ここだけが妙にこの部屋とマッチしていて、なんだか逆に違和感を感じる。

その右隣――つまりは机の隣には結構大きな本棚が置かれていて、そこには既に数冊の本が入っていた。

しかし、人間が使う日常雑貨をどう置いたところで、ただ一つ、どうやっても変えられない認識がある。

 

「……豚小屋と同じじゃない」

 

 そう思ってしまうのも、無理は無かった。

 なにより、床の藁がいけなかった。まだ木組みのままならいいが、藁があることで一層豚小屋としての感じが強まってしまう。これなら、まだ村の自分の家のほうが全然マシだ。これがポーンなら、あの家はビショップといってもいいだろう。

 まぁ、ブーツの泥や汚れをふき取ってくれる、という点では確かに役に立つが、しかし気分はよくない。

 

「ぷぎっ?」

「ん?」

 

 しかも、それ自体がいるからなおのこと。

 変な鳴き声がしたほうに振り返ると、ベッドのしたからトコトコと、なんだか薄いピンク色の細長い生き物――プーギーという名の豚――が出てきた。

 お尻にはオムツをしていて、その頭には小さな王冠が飾りとして乗っけられている。

 くりくりと適度に潤んだ大きな瞳は、どこか見るものを引き込む愛嬌があって、ちょこんと小首をかしげる様はなんともキュートだ。

 だが、たいていのハンターはその程度の感想である。

 なんでもギルドマスターの計らいで、狩りに疲れたハンターを癒すために各部屋に住まわせているらしいが、所詮豚は豚である。いくら可愛くとも、この豚一匹で心が癒されるなら誰も苦労はしな―――、

 

「かっわぁいいぃいいっっ!!!!」

「ぷぎっ!?!」

 

 ここに例外がいた。

 電光石火の勢いで荷物を捨て去って、すかさず床に座り込み豚を抱きかかえるリズ。

 その背後には数百個ものハートが乱舞し、プーギーの困惑した顔にこれでもかと自分の頬を擦り付ける。ちょっと迷惑そうだ。

 

「そっかそっかぁ! この子がいるなら納得だよね♪ 変に人間くさかったら居づらいもんねっ♪ あーんもう可愛すぎっ!!!!!」

「ぷ!?」

 

 突然の非常事態に目を白黒させるプーギー。

 体全体を包み込むようにして抱きかかえられ、あまつさえ頬擦りをされ続けているのだ。

 生まれてこの方ここまでスキンシップをとられたことなど無かったため、この新たな珍客には驚きを隠さずに入られない。

 

「名前何にしよっか? 何がいいかな? ん~~~~ん~~~~~~~……」

 

 目の前に抱き上げ、その目を覗き込みながら本気で真剣に悩み始めるリズ。

 その少女を見上げるように、プーギーは冷や汗を流してガタガタと震えている。

 一つだけ、この反応に似た事件を思い出したからだ。

 

『どう料理しようか。うう~~~ん』

 

 そう言って悩むそぶりを見せた男のその顔を見た瞬間、プーギーはベッド下の、男の手が届かない位置まで一目散に逃げ去った。

 それがこうして、今でもベッド下を隠れ家としている理由でもある。

 

「ぷ……」

 

 だが、今は逃げる余裕すらない。

 力一杯抱きしめられている上に、その少女の腰には鈍く刃を光らせる剣が見えている。少しでも反抗的な態度をとれば、即座にナマス切りにされて今日の夕飯となるのは明白だ。

 しかし、今のままでも結局は変わらない運命かもしれない。

 逃げられない、抵抗できない。まさに万事休すだ。

 その瞬間、プーギーは自らの死を悟った。あぁ、なんと短い人生――いや、豚生だっただろうか。できれば、かわいいお嫁さんと結婚くらいはしたかっ……。

 

「決めた! 君はレゥ、レゥだよ! よろしくね♪」

「……ぷ?」

 

 覚悟を決め、目を閉じてその瞬間を待とうと思った瞬間、いきなり持ち上げられると、目の前に少女の顔が来てそんなことを言われた。

 その様子から、どうやら取って食われるのではないらしい。

 というか、先ほどから『レゥ、レゥ』と呼んでニコニコ笑っているのからして、どうやら少女は自分に名前を付けたのだと理解した。

 今まで、それほど多くのハンターを見てきたわけではないが、しかしここまで若く、そして元気で優しい少女は初めてだった。しかも、名前まで付けてくれている。

 

「さてと、少しお腹も空いてきちゃったかな。行水して、一緒にご飯食べにいこっか」

 

 相変わらずその背後にハートマークを乱舞させながら、少女はニコニコと自分を地面に降ろした。ご飯という言葉にビクッと緊張したが、少女の様子からどうやら対象は自分ではないらしい。 

 それを理解したプーギー――レゥは、トコトコと少女から少しだけ離れて、ガサゴソと寝転んだ。どこかに行くのだろう。それまで待っているとするか。

 

「……っ。な、なるべく早く帰ってくるからね!?」

 

 何を必死に我慢しているのか、見上げた少女の顔はとても苦しそうだった。

 そのままものすごい勢いで部屋を出て行き、ズダダダとこのフロア一体に響くような足音を立てて走り去っていく。

 一体、なんだというのだろう?

 ことごとく、自分の予想と違う行動を取り続ける少女に、レゥは疑問を抱きながらも、しかしどこか惹かれていた。

 

 

 

 

「アビスさん、こんばんわー」

「おう、リズか。って、なんだよその豚」

「えへへ♪ レゥっていうの。可愛いでしょ♪」

 

 酒場の入り口にあるベルの、ガランガランという音に反応して振り返ったアビスが見たものは、頭の上にピンクの生き物を乗せた赤銅色の髪を頭の上で結わえ、ポニーテールにしている可愛らしい昼間の少女だった。

 さきほどゲストハウスまで案内してやったリズである。

 服装は昼間とまったく同じだが、どこかさっぱりとした感じがある。行水でもして体の汚れを落としてきたのだろう。

 改めて見ると、確かに。少女に胸はないが、他は見事なものだった。

 正直、ハンターなどやるよりも、王国か街のアリーナで踊り子や歌姫でもやってたほうが断然いいと、アビスは内心思った。

 肌は健康的に日焼けした褐色で、そのすらりとした腕と足は到底ハンターとは思えないほどに細い。大樽でも蹴ろうものなら簡単に足首が折れそうである。まぁ、それが間違った認識であることは、昼のうちに理解したが。

 顔とて、これまた端整だ。すっきりとした鼻筋と、やや強気――かなり、の間違いかもしれない――がちな切れ長の瞳は、睨めば鷹のように細く鋭くなるが、普段はくりっとしていて可愛らしい。

 素直に感想を述べれば、かなりの美少女だろう。本人に言ったら間違いなく顔を赤くするに違いない。

 さらに、どことなくアイルーを連想させるその笑顔の破壊力は計り知れない。昼の間にその笑顔を見ていた酒場の男連中は、いつのまにやらリズの親衛隊なるものを結成しようとしている。どいつもこいつもロリコンばかりだ。まぁ、アビスもその心情がわからないでもなかったが。

 事実、アビスとてその笑顔には魅入ってしまった。

 見ただけで癒される、いや、元気になれる笑顔を持つ人間は、そうそういないのだから。

 そういう人物が、パーティーに一人でもいれば士気は相当向上するし、それによって窮地から脱することができる可能性もまた高くなる。それほど、『士気』というものは単純で、また重要であった。

 そんなリズであるが、対してアビスはというと、装備は全て外してあり、上も下も作務衣のような服を着ている、厳めしい男のなりである。

 装備を外しているときはいつもこの格好だ。動きやすいし、なにより慣れ親しんだ服でもある。ハンターとなって三十年近いが、今も昔も、この服の着心地は変わらなかった。

 長い髪は鬱陶しいので、東方の国から来たというハンターにもらった髪留めで、リズと同じように頭の上で結わえている。こちらはリズよりかは全然短く、結わえている元が長い棒状になっている。一見すると、こちらのほうが尻尾に近く見えた。東方の国でいう、『侍』の髪型らしい。ハンターランクにもそんな名前があったのをアビスはちらりと思い出した。

 左目には、縦に長く存在する傷がある。そのせいで、左目には二度と視力が戻ることはないが、今ではそれにも慣れていた。むしろ、今のほうが自然であるようにも感じる。

 両目が使えないせいで、必然と無事な右目に頼っていたためか、おかげで右目の視力が格段に上がり、今では損でもなんでもないと思っている。むしろ、視力が命である《銃撃士》ガンナーにとっては、願ったりかなったりの結果ともいえた。

 二キロメートル程度先の標的なら、裸眼の状態でもピンポイントで打ち抜ける自信がある。可変倍率スコープを使えばその距離はさらに伸びる上に、それこそ本当に超長距離の狙撃ができるのだ。

 もちろん、それは今現在自分が持っている武器でしかできない芸当だ。

 それが、この街の工房のジジ共に無理を言って、かなりの改良をしてもらった一品、《グラビモスロア》である。

 銃身の限界強度までの改良から始まり、火薬量を増量するために従来より広く作った薬室、その他にも薬室の拡大による反動の増加を軽減するため、重火弓の隅々に耐反動緩衝材を組み込んである。さらに、最終射程を延ばすために特注のロングバレルも装備済みだ。

 もちろん、この《グラビモスロア》はアビスにしか使いこなせない。

 反動は、たとえ同じ名前の物でも――いくら緩衝材を組み込んであるとはいえ――段違いに強いし、その銃弾のスピードも違う。それゆえ、自分の狙った位置よりも着弾点がずれるということもあるため、相当使い慣れなければただの過ぎた代物でしかないのだ。

 そんな、完全にじゃじゃ馬となってしまった一丁の武器を使いこなすアビスのハンターランクは、現在ミナガルデにいるハンター達の中でも最高クラスであるランク二四の『フォレストガーディアン』。当然、クイーンクラスのゲストハウスに泊まれる身分である。

 だが、アビスはあえてワンランク下のビショップクラスの部屋を使っている。

 本人曰く、「落ち着かない」らしい。自分みたいに、ゲストハウスでは現在のランクより下のクラスの部屋を使えることを、昼間リズにも伝えるべきだったとは思うが、まぁ別にかまわないかと放置していた。ギルドマスターが何も言わないなら、自分から言う必要もないだろうと思ったからである。

 そんなアビスは、このミナガルデの街で知らないものはいないほど有名だ。そしてアビスも、この街にいるほとんどのハンターと顔見知りである。それは当然、この日からこの街にやってきた新顔のハンターも含まれていた。

 それにはリズも含まれているし、先ほどゲストハウスにリズを送り届け、また酒場に戻って来てからさらに、六人ほどの新顔のハンターとも会っている。その内の三人が、別の街から移ってきたハンターだった。

 そうなればもちろん、アビスは様々なハンターを見てきたことになる。豪腕を生かした荒くれも者だったり、飛竜の前に出したら一瞬で食われてしまいそうな気弱なものだったり、気の強い、男気たっぷりな女ハンターだったり。

 その中でもとりわけ、頭の上にプーギーを乗せているなどというハンター――つまりはリズであるが――は、アビスが見てきた中では一人としていない、珍妙なハンターであった。

 

「いや、プーギーに名前をつけるのはかまわないけどよ、ここまで連れてくるこたぁねぇだろ」

「だって、可哀想じゃない。この子も独りじゃさびしいに決まってるでしょ?」

「そうかぁ? 俺なんか、そんな豚今はどこにいるのかもわかんねぇぞ。一応餌はやってるはずだが……」

「あー、ひっどーい! 一体プーギーを何だと思ってるのよ! こんな可愛い子をいじめるなんて、アビスさんの鬼! 悪魔! 毒を持ってじわじわと獲物をしとめる《イーオス》みたい!」

「ちょっとまて。何で俺が《イーオス》なんだ」

「アビスが《イーオス》か!」

「そりゃいい、ぴったりじゃねぇか!」

「「「あっはっはっはっは!!!」」」

「おめーらやかましいぞ!」

 

 リズの言葉に酒場の大勢が大爆笑する。

 どうやら《イーオス》という表現がツボに入ったらしい。

 確かに、アビスの戦いのスタイルは紅走竜《イーオス》に似ていた。いや、むしろそっくりそのままである。

 持ち前の武器である《グラビモスロア》は、通常弾等の基本弾に加え、『毒弾』という特殊弾も撃てる。

 アビスはまずその毒弾で目標を毒状態に持ち込み、その状態を維持するように戦うというスタイルなのである。

 ゆえに、《イーオス》というリズの表現は的を得ているのだ。

 紅走竜《イーオス》は、アビスとまったく同じ方法で獲物を狩る。

 毒々しい、紅い艶やかな皮が特徴的で、その発達した喉にある毒袋から分泌される毒は、大型の昆虫でさえたちどころに昏倒させてしまうほどの猛毒だ。それを獲物に吐きつけることで、獲物を徐々に弱体化させ、その大きな顎で捕食するのである。

 ちなみに、紅走竜はその毒に対する耐性を得たことで、自身の生命力自体も上がったという、走竜下目の中でも随一の生命力を誇る存在である。

 

「確かになぁ。アビスの戦い方はやらしぃからよぉ」

「ねっとりと嬲るように、が信条だったけか?」

「さぞや責められる女はじれったいことだろうよ!」

「てめぇらだまれ! ったく……」

 

 アビスは、野次と下ネタを飛ばしてくる酒場の知り合いに苦笑で返しながら、ニコニコと頭上のレゥと戯れているリズを見た。 

 ちょっと迷惑そうな顔をしているプーギーだが、どうやら満更でもないみたいである。おとなしくリズにされるがままになっていた。

 その横顔に、見慣れぬものを見たアビスは、思わず質問をしていた。

 

「ん、リズ、お前ピアスしてたんだな?」

「え? あぁ、これのこと?」

 

 アビスの問いかけにリズは自身の耳に指を当てた。

 少女の耳たぶから垂れているのは、銀の鎖に巻かれた剣を模したピアスである。一見すると、なんともないただの装飾品のようにも思える。だが、アビスは、自分の記憶のどこかに引っかかるものを覚えた。

 

「お父さんからもらったの。というか、ずっと子供の頃だけど。しつこくおねだりしてたら、誕生日の日にくれたのよ」

「……結構高そうだな。それに、かなりの稀少鉱物っぽい。なんか付加効果でもついてるのか? たとえば『ブルーピアス』みたいな、寒さに対して若干強くなるとか」

「それはわからないけど、お兄ちゃんは大切にしろ、って言ってたかな。言われなくてもそうしてるけど」

 

 えへへ、と笑顔を浮かべるリズを見て、その表情の裏の意味に、アビスは気づいた。

 

(……やれやれ。やだねぇ、勘が鋭いってのも)

 

 両親は、物心つく頃からいないのだろう。

 でなければ、あんな笑顔は浮かべられない。

 あれは、親類縁者の死を見た人間が浮かべるものだ。

 たとえ里親や他の肉親――兄や姉など――から愛されようとも、実の両親に愛されるというのとは根本的に違う。

 子供の頃、と言っていたが、きっと記憶も曖昧に違いない。それが余計、リズの悲壮感、いや寂寥感を強めているのだろうに違いなかった。

 これ以上、この話をすると藪蛇をつつきそうだったので、アビスは強引に話を変えることにした。

 

「当面の目標はあるのか?」

「えっと、とりあえずは赤火竜《リオレウス》を狩ること。それまでに、お金を貯めて、お金を貯めて、お金を、貯めて……ご飯を……ご飯を、食べたい…………うぅ」

「あ~うん。わかった。お金に困ってるのはよぅくわかったから。そんな泣きそうな顔するなって」

 

 ぐじぐじと、腹の飢餓を訴える抗議と共に鼻をすすり始めたリズを見て、アビスは苦笑としながらオーダーを頼むことにした。

 もう自分は夕飯を済ませていたが、隣のリズを見てサービスしてやろうと思ったのだ。昼間の侘びのつもりでもある。

 事実、泣きそうな言動から察するに、相当ピンチなのだろう。

 たぶん、ハウスからここに来る前、依頼をする時のために装備を整えることで、持ち金のほとんどを使ってしまったに違いない。その結果が今の状況で、ようするに、もっとも安い食事ですら我慢しなければ危ない、ということなのだろう、とアビスは予測をする。

 食事において最も安上がりなのは、自分で食料を調達してハウスで作ってもらうことなのだが、まだこの街に着てばかりなら材料も何もないはずだし、先ほど予想したように、お金がなければその材料自体を買えやしないだろう。

 そう思うと、少し哀れにも思えてきたのだ。

 

「ベッキーちゃん、ジャングルリブの炭火焼ヤングポテト添えと、ドテカボチャのクリームスープを二つ」

「はいはい。リブは一つ?」

「ああ」

「少々おまち~」

 

 笑顔を浮かべて厨房に引っ込んでいくベッキーを見送って、やれやれと呟きながらビールを飲む。

 あの笑みはきっと、アビスの考えに気づいたからだ。

そう思い至って、アビスはなんだか、今日はらしくないなと心の中で自嘲する。

 普段なら、こんなことをするなどありえるはずがないのに。そんな自分に、思わず苦笑してしまっていた。

 

「あの、なんでスープが二つなの?」

「ん? あぁ、一つは俺の。一つはリズの。ついでにリブもな」

「え、えぇ!?」

 

 きょとんと不思議そうに尋ねてきたリズに対して、アビスはさらりと答えてやる。

 すると、頭上にレゥを載せたままリズは目を見開いて驚いて見せた。

 まぁ、驚くのも無理はない。昼間あれだけ意地悪したのだ。いきなり奢ってもらうという親切行為をされたら、疑いもしたくなる。

 

「……なにか企んでない?」

「いやいや、昼間の侘びだよ」

「む……で、でも! その、まだ出会ったばかりの人にご馳走してもらうなん……『ぐぎゅぅ』……てっ」

「腹は正直、だな」

 

 必死で遠慮しているリズの腹から、またもや可愛らしい抗議が聞こえ、たちまちリズが顔を真っ赤にする。本当に、よく赤くなる子だ。

 その様子が面白くて、アビスは喉の奥で笑いをこらえるのに必死だった。

 

「で、どうする? いらないのか?」

「……ご馳走に、なります」

 

 ひざの上で手を組んで、真っ赤になりながら、蚊の鳴きそうな声で呟いたリズに、アビスはにんまりと笑顔を浮かべてやった。

 

「うぉおおおおっ!!!! リズちゃん可愛いぃいいいいっ!!!!!!!」

「惚れた!! 堕ちた!!! リズちゃん、俺からもおすそ分けだぞおおおお!!!!」

「むしろこの俺を食べてくれぇえええええっ!!!!!」

「……ったく。この酒場はロリコンしかいねぇのか」

 

 酒場中から湧き上がる歓声と怒号と悲鳴と共にリズの目の前にあれやこれやと差し出される様々な料理の前に、その当の本人は何が起きたのか理解できず、ただオロオロするばかりだった。

あっという間に料理で溢れ始めたカウンターテーブルの様子を見アビスは、この酒場の男連中のアホさ加減に呆れつつも、しかしどこかこの酒場の連中らしい態度に気分もよくなる。こういう風に快く新人を迎えられるのは、この街にいるハンター達の美点だ。

アビスはそのことを、まるで自分のことのようにうれしく感じながら、大ジョッキのビールを飲み干した。

  

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