モンスターハンター //赤銅髪の少女//   作:[ysk]a

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3:始まりの森

 

 

 

 

 

 仕方なく、リズが食べ切れなかったお裾分けの処分を手伝い、食後の一服としてビールを煽っているときだった。ちなみにリズはミックスフルーツジュースである。

 

「リズちゃん、初めてのお仕事は何にするか、決まった?」

 

 相変わらず酒場は騒がしかったが、さっきのラッシュに比べれば全然収まったところで、ベッキーが話しかけてきた。

 カウンターに両肘をついて、その手のひらに顎を乗せ、ニコニコとこちらを見ている。

 アビスとリズが見る限り、どうやらオーダー等はかなり落ち着いて、ようやく落ち着いたところ、といったところだろうか。それでも、ベッキー以外の給仕の女性達はひっきりなしにカウンターとホール内を行き来しているのは見なかったことにしようと、アビスはジョッキをあおったまま心の中で呟いた。

 そんな中で突然振られたその質問に、リズはジュースを手に持ったまま固まってしまう。

 そういえば、このバカ騒ぎもあいまって、まだ一度も依頼掲示板で情報を確認していなかった。

 

「いえ、まだ掲示板も見てなくて」

「じゃぁ、私からリクエストしてもいいかしら?」

「リクエスト、ですか?」

 

 どういうことかわからない。そんな顔をして、リズが小首を傾げる。

 隣でのんびりとビールを飲んでいるアビスも、少し興味深そうであった。

 ベッキーはかまわず、嬉しそうに両手を合わせて言葉を続ける。

 

「そう。一つね、リズちゃんにちょうどいい依頼があるのよ。どうせだし、このままリズちゃんに回しちゃおうと思って」

「本当ですか! できるなら喜んでお願いしたいです! よかったぁ。正直、どんな依頼を受けるか、未だに方針を決めてなかったんですよね」

 

 高机から身を乗り出すように、リズはベッキーに顔を近づけて目をキラキラさせる。渡りに船とはこのことだ。

というのも、依頼というものには、大別して四種類がある。

 特定地域に出没したモンスターを狩る、討伐。

 依頼された品物を納品したり、フィールドで素材を集め回る、採集。

 飛竜を主な対象とした、討伐ではない、捕獲。

 そして、滅多にないが、その分かなりの高額な報奨金が支払われる、特殊。

 これらの依頼の内容とその所用期間を記した紙が、酒場にある『依頼情報掲示板』に張り出されていて、各々のハンターが自分でやろうと思った依頼をギルドに申請する、という方式がとられていて、しかしその四種類という数にはどれを選ぼうか迷ってしまうほどの量の依頼が殺到しているのだ。

 この中でも、特に緊急のものは、こうして受付嬢のベッキーやギルドマスターの口から直接知らされることが多く、今リズに持ちかけられた依頼は、きっと緊急のものに違いない。

 緊急のものなら、普通の依頼よりか多少は報奨金の額も高くなる。貧乏金欠状態のリズにとっては、まさに棚から牡丹餅並のチャンスなのだ。

 

「で、内容はどんなんだ、ベッキーちゃん?」

「あら、アビスさんもちょっと気になります?」

「単なる好奇心だよ」

「ま、いいですけれど」

 

 一瞬、ベッキーがなんだか怪しい笑みを浮かべた。ような気がした。

 とりあえず、アビスはそれに気づかないフリをして、一口ビールを飲んだ。

 ベッキーがああいう笑い方をするときは、決まってアビスに何かしら厄介ごとが舞い込むことが多い。

 内心、アビスは「(またか……)」とため息をつかずに入られなかった。

 

「東の農場の近くにある森に、青走竜《ランポス》の群れが現れたらしいの」

「青走竜《ランポス》、ですか?」

「ええ。数は少ないんだけど、やっぱり家畜への被害が酷くて、早急になんとかしてほしいって牧場主から今日依頼が来たのよ。どう?」

「う~ん……」

 

 正直、せっかくではあるが、この依頼を受けるかどうかリズは渋ってしまう。

 青走竜の群れ、というからにはきっと、その親玉である《ドスランポス》がいるはずだ。

 群れというものはその『頭』を叩けばいいのだが、そう簡単にいかないのが頭の痛いところ。

 いくら毒の類を持たない青走竜とは言っても、その真の恐ろしさは別のところにある。

 それが、「集団行動」だ。それも、亜種の黄走竜《ゲネポス》や紅走竜《イーオス》よりも複雑な連携行動を取れる。

 以前、リズがこれと似たような依頼を初めて受けた時の事だ。

 その時、たかが青走竜と侮ってしまったのが間違いだった。

 短期決戦のつもりで、すぐ見つけられた『頭』に攻撃をし始めたまではよかったが、いつのまにか周囲を十数匹ものランポスに囲まれてしまったのだ。

 とてもモンスターとは思えないような連携をとり始めた青走竜達に、次第にリズは追い詰められ、最終的に今でも背中に残ってる怪我を負ってしまった。左肩甲骨から骨盤の右上方まで走っている裂傷跡が、それだ。

 虎の子の閃光玉を使ってその場は切り抜けら得たものの、正直、今の貧弱な装備でもう一度あの集団と遣り合えといわれると、かなり心もとない。まぁ、あれからは何度も狩った事はあるが、どれもこれも危なっかしい内容ばかりだ。

できるなら、もっと装備を整えて余裕を持てるようになってからにしたい、が今のところのリズの正直な感想である。

 

「そんなに悩まなくても平気よ。群れのおおよその数は十五。『頭』を含めれば十六ね。アビスさんも一緒に行ってもらうから、ほとんどの雑魚は片付けてくれるでしょうし。実質はその三分の一を狩れば依頼達成みたいなものね」

「……は? 俺?」

 

 突然出された自分の名前に、さすがにアビスも驚きを隠せない。

 素っ頓狂な声とともに、手に持っていた麦酒杯を勢いよく高机に叩きつけてベッキーを見つめる。冗談ではないという顔だ。きっと、次には『何が悲しくて、いまさらランポスなんぞを狩らにゃならんのだ』あたりのことを言ってくるに違いない。

 

「おいおい、何が悲しくて、いまさらランポスなんぞを狩らにゃならねんだよ。リズちゃん一人で十分だろ?」

「あら、アビスさんは新人一人の面倒も見れないんですか?」

 

 予想通りの言葉が返ってきて、ふふん♪と、まるでせせら笑うかのように高机に座るアビスを見やるベッキー。

 

「そういうわけじゃねぇが、しかし何で俺なんだ? 他にもいるだろーが」

「セクハラ行為のことをお忘れで? ずいぶんと高い貸しになっているんですけれど?」

「いや、あれはその後に飛んできた鉄拳と相……」

「はい? 何かおっしゃいまして?」

「……」

 

 ベッキーの浮かべた笑顔に、アビスは鳥肌が立つのを抑え切れなかった。

 なるほど。あれだけでは全然物足りなかったというわけか。

 そんなことを、まるで飛竜に見つかった時と同じように硬直しながらアビスは冷静に考えてみた。ここで逆らったら、どう抵抗してもゲストハウスの医務室行きは確定に違いない。

 仕方なく、アビスがため息をついて降参の意を表したときだった。

 

「それに、アビスさんにとっても、これは悪くない話ですよ?」

 

 今度は違う意味でにっこりしたベッキーに、アビスの表情が?に染まる。

 理由を問いただす前に、ベッキーが高机越しにアビスの耳打ちした。

 

「(例の隻眼の『黒狼鳥』を目撃したとも、牧場主からの報告がありました。もしかしたら、現れるかもしれません)」

「!!」

 

 それだけで十分だった。

 予想通りの反応を示したアビスに満足したのか、ベッキーはふふん!と、今度は機嫌よさそうに笑顔を浮かべる。

 隣でそのやり取りを見ていたリズは、二人の間における、深い意味での個人的な話なのだろうと察しをつけ、特に質問はしたりはしなかった。

 ある意味、それはハンター同士の暗黙の了解でもあり、同時にマナーでもあるからだ。

 しかしそれが暗黙であるように、全員が全員、律儀にそれを守っているわけはない。中にはズケズケと聞いてくる自分勝手な輩もいるのだ。リズは当然、そういう人間を毛嫌いしているし、アビスはもそれは同じだ。

だから、初対面でありながらも、まじめで礼儀正しいリズに、アビスは好感を覚えた。いつの時でも、深い詮索をするやつは鬱陶しい人間と相場が決まっているのである。

 そのことも手伝って、アビスはすぐに答えを出すことができた。ただし、ベッキーに対する苦笑付きで。

 

「わかった。俺も手伝おう」

「さっすが♪ どうかしら、リズちゃん? やってみない?」

 

 確かに、リズにとっても、聞くだけならば条件は最高だ。

 渡された契約書にある報酬も、実質たかがドスランポス一頭を狩るだけなのに、千五百ゼニーと破格である。さらにそこに契約金も上乗せされるのだ。結果として二千ゼニーもの報奨金がもらえることになる。

 それに加えて、聞くところによると超ベテランハンターのアビスが護衛に回ってくれるという。しかも無報酬で。

 これほど良条件が揃った依頼というのも、そうそうないものだ。

 普段の自分なら、深く考えることなく即決してしまっただろう。

 だが、先ほどからベッキーのアビスへの耳打ちが気になってしょうがなかった。あれに、何か今回の依頼について重大な事柄が含まれているような気がしてならない。

 それに、美味しい話には得てして裏があるものだ。正直、あまり気乗りがしないリズであったが……。

 

「お守りは任せろ。何かあったら俺が後始末してやるからよ!」

 

 結局、リズの悪い予感を力ずくで打ち消すように、武装ダブレット以外は肌がむき出しの背中を叩いてきたアビスの言葉に押されるようにして、リズは渋々とベッキーの依頼を承諾したのだった。

 ちなみに、背中を叩かれた時は、涙が出るほど痛かった。見た目どおりの怪力、だというのを忘れていた自分を恨めしく想い、しかしきっちりとアビスの脛に報復の一撃を与えたのを追記しておく。

 

 出発は翌日の朝、迎えに来る馬車に乗って向かうとの事で、リズとアビスは早々にハウスに戻り、明日に備えて休むことにした。

 とりあえず自分に与えられた豚小屋というべき『ポーン』の部屋に戻ってきたリズは、レゥにブーギー種なら大好物の豚煎餅をあげつつ、自分の外した装備の置いてある棚を少し焦点が定まらない、ぼんやりとした目で眺めていた。

 月光が、装備の金属部分に当たって鈍い光を放っている。

 ハンターになって、今までずっと愛用してきた品だ。ところどころの金属は激しく剥げ落ちたり、欠けたりして古臭さを盛大に語っている。しかし、強度は十分にある。まだまだ現役だ。

 

 ちなみに、今は村で着ていた普段着姿。

 ワンピースのように見えるが、実はひざ上までのスカートにノースリーブのシャツで、その上から腰下まで伸びている上着を着ているだけである。このミナガルデの夜にちょうどよく合う、過し易い服装だった。

 

「……明日か」

 

 緊張している。

 目の前に持ってきた手は小刻みに震え、動悸は先ほどから激しさを増したまま、緩まる勢いはない。

 まるで、初めて依頼を受けた時のようだ。

 十四歳になり、村長からようやく依頼を受けることを許可された時、たかがキノコを集めるだけのクエストだったが、リズにとっては初めての仕事。

 こうやって、棚の武具を眺めながら、自分の手の平を見つめていたのを鮮明に覚えている。

 この街では初めて、という点では確かに同じだ。

 だが、もう自分は何度も依頼をこなし、経験もある。それが、前回の時とは決定的に違う。

 自信、というにはあまりにも未熟で、経験というには、話にならないほど薄っぺらい。

 それでも、それは確かに『自信』であり『経験』なのには代わりないのだ。

 

「……大丈夫。やれるよ、ね?」

 

 おいしそうにぶた煎餅を食べているレゥに微笑む。

 レゥは食事を中断してリズを見上げると、何を言っているのかわかっていないかのように、首をかしげた。事実わかるはずもない。

 しかし、そのしぐさが嬉しかった。この五年間の孤独の中、ようやく相手ができたことが。

 夜、話を聞いてくれる存在ができたことが、何より嬉しい。

 ひとりぼっちは、やっぱりつらいものだから。

 帰ってきて誰も出迎えてくれない家は、もう嫌だから。

 だからリズはそっと、レゥを抱き上げた。

 

「よーしっ! 明日はがんばるぞ!」

 

 ありったけの元気をこめて、リズは言葉に表した。

これからだ。これからが、ようやくのスタートなのだから。

この程度のことで、立ち止まるわけには行かない。だからこそ、明日の依頼は、完璧にやり遂げてみせる。

リズは、久方ぶりの狩りに対する興奮と、未来への決意を固めて、腕に抱き上げたレゥを力いっぱい抱きしめた。

その中で苦しげに呻くレゥが、床に残っているぶた煎餅を名残惜しげに見つめていたのは、内緒である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お~い、起きろリズ。もう着くぞ!」

「……へみゅ?」

 

 翌日、目的地へと向かっていた馬車の中で、アビスの能天気な声が響いた。

 その声に導かれるように、変な擬音を出しながらリズはもっさりとまぶたを開く。それも半眼くらいに。

 視界はぼやけていて、しかもまともに焦点が結べないからいまいち目の前の状況がわからない。

 起き抜けということもあり、頭もボーっとしていて、考えも巧く回らない。

 一体自分はどこにいて、何をしているのか。あぁ、寝ていたんだ。ちょっと緊張して眠れなかったkら、馬車に乗ってすぐにうつらうつらし始めて……。

 今の脳のスペックで考えられるのは、せいぜいその程度だ。

 

「ったく……どんだけ寝りゃ気が済むんだ、このナイチチ娘は」

「(ぶちっ)あんですってぇっ!?」

「ごふぇぁっ!?」

 

 ほとんど、飛び掛ってきたランポスを盾で受け止めるか、そのまま転がって避けるかのような条件反射で、呆れていた誰かに向かって起き上がりざまにアッパーカットをお見舞いする。

 「ナイチチ」という言葉が、リズの今の頭の中では「枝イチゴ程度かそれ以下のぺらい(・・・)胸」に変換されていたと、誰がわかるだろうか。いやわかるまい。

 どうやったらそんな変換工程が起きるのか甚だ不思議ではあるが、もはやリズの脳の髄にまで刻み込まれた反射行動だ。いまさらどうこうなるものでもないのは明白である。

 

「……依頼を始める前に、死に、そう、だ………ごふっ」

「………ふぇ? あ、アビスさん!?」

 

 起きてみてびっくり。

 朝、起きて初めて目にした馬車の中は、結構いい具合に血が飛び散っている生々しい惨状でした。最後に「てへ☆」がついたらなおのこおと凶悪な表現になりそうな光景である。

 当然、何が起きた――もとい、何を引き起こしたのかわからないリズは、ただオロオロするしかなかった。

 

それからしばらくして―――。

 

「ったくよぉ。本気で依頼を開始する前に死ぬかと思ったぞ。その馬鹿力は一体どっからでてくるんだ」

「う、うるさいな! 寝ぼけてたんだからしかたないでしょ!?」

「にしては正確すぎるアッパーだったぞ。下手したら舌を噛み切っていたかもな」

 

 すぐ近くに小さな池があり、その近くにテントを張っったリズとアビスが、焚き火をはさんで向かい合うように座っている。

 重厚な漆黒の鎧に身を包んだアビスは、そのひざ上にこの狩場の地図を広げながら顎をさすっている。

 対して、リズは恥ずかしそうに顔を赤らめながら、肉焼きセットで肉を焼いているところだった。

 

「にしても、なにげに上手だな、その肉焼きの鼻歌」

「う……」

「ん~? なんだ、いっちょ前に照れてるのかぁん? んん~?」

「か、からかわないでよ! もう、気が散るから静かにしてよねっ!」

 

 ニヤニヤと、アビスは楽しげにリズが肉を焼く様子を眺めていた。

 それに対して、リズは顔をリンゴのように真っ赤にしながらも、三個目の肉に取り掛かっていた。

 

「まぁ、おふざけはここまでにして。そのままでいいから聞いとけ」

「だったら最初からまじめにしてくれればいいのに」

「そう怒るなって。緊張解けただろ?」

「もとから緊張なんかしてません」

「てなわけでだ。今回の目標は、ランポスの親玉である《ドスランポス》を狩ることだ」

「はい、上手に焼けました」

「お、サンキュ。って、話ぐらい聞いてくれ、まじめな話だから」

 

 つーんと、焼きたての肉を差し出しながらも、顔を背けながら否定の意を表すリズにアビスは苦笑するしかない。

 それ以上アビスは何も言わずに、差し出された肉を受け取って説明を続けることにした。

 

「リズはこの付近の狩場は初めてだよな?」

「一応……」

「そんじゃ、まずは軽くこの狩場の説明からしよう」

 

 豪快に肉を噛み千切りながら、アビスは手元の地図を顎で示した。

 

「ここは、ミナガルデより最も近い狩場で、通称『森と丘』って呼ばれてる地区でな。

 生態分布は比較的大人しいものが多く、初心者の狩り練習場としてもよく使われてる。

 だが、時に火竜の番が巣を作ったり、珍種の飛竜が現れたりと、なかなかにバリエーション豊かな依頼が寄せられる場所でもあり、ベテランの俺とかでも侮れない狩場でもあるんだな、これが。

 構成としては森と平原を含む丘が互いに半々と、多少傾斜の激しい場所がある。

うまく地形を把握していないと、獲物に逃げられることも珍しくは無いから、しっかり地図を頭の中に叩き込んどけよ。

 あぁそれと、この狩場の中央にある森のトンネルじゃ、時折『メラルー』とかの獣人が出たりして、よくハンターの持ち物を盗んだりもするんだ。そいつらはできるだけ気をつけること。もし盗まれたりしたら、とりあえずふん捕まえてとっちめればいい。そうすりゃ大人しく返してくれるからよ。

 それらすべて含めて、新米のハンターには丁度いい練習場所という認識が高い狩場、ってのがこの『森と丘』だ」

「へぇ」

 

 なかなかに詳しい説明に、リズは感嘆したようにつぶやいた。

 さらにアビスは説明を続ける。

 

「そして今回の依頼は、ランポスどもの退治だ。こいつらは大抵集団で行動し、その親玉に従っている」

「で、その親玉を倒せば、今回の依頼は終わり、と」

「あぁ。親玉をなくしたあいつらは、一目散に逃げ出すだろ。それで、ここら一帯の牧場主達も、しばらくは安心ってなわけだ」

 

 ややアビスが投げやりな説明なのは、その地の性格からだというのがここまでの付き合いでわかってきた。

 だが、それだけではないことに気づいてもいる。

 アビスは何も語らないが、きっと、彼には何か思いつめていることがある。

 時折険しくなるアビスの目をみて、リズは密かに心配になっていた。

 

「よし、支度が終わったら出発だ。まずは地図番号の八あたりから見ていこう」

 

 だが、アビスはそんなリズの心配の視線をよそに、手早く荷物をまとめると、さっそく出発の準備を整えたのだった。

 

 

 キャンプテントのある森を抜けると、周囲には壮観としかいいようのない風景が広がっていた。

 向かいに厳然と聳える霊峰のような山と、その麓に広がる、まるで宝石のような美しさを持つ森林。

 数百メートル先の対岸でも平原が広がり、湖のように広い川は、アプケロス達の格好の水のみ場となっている。

 ゆるい丘陵の草原を移動しながら、リズはひたすら感嘆していた。

 

「うわうわ! すっごい! きれー!!」

「……そんなにはしゃぐもんか?」

 

確かに、初めて目の前の光景を見た時の感動は、アビスとてよく覚えている。だが、ここまではしゃぐようなものではなかった。

そんなアビスの言葉など気にせず、リズは今までみたことのない壮大な光景に飲まれている。

 すぐ脇のアプトノスの群れに出くわしたときは、多少驚きはしていたものの、その長閑な光景に癒されもした。

 親子同士で仲良く水を飲むもの。ゆったりと草を食むもの。じゃれあう子アプトノス達。

 それはどこか、自分達ヒトの生き方と変わらないように思えた。

 ふと、そこで悲しそうに顔をゆがめるリズをみて、アビスは溜め息をついた。

 

「……考えていることはわかるが、しょうがないことだ」

「わかってますよ」

「ならいいが、な」

 

 二人はそのままアプトノスの集団を素通りすると、目的の場所に向かって、森林の中へと入っていった。

 

 地図番号八。

 森と丘という狩場において言うならば、森に位置する場所だ。

 鬱蒼と茂った木々でできた、天然のトンネルを潜り抜けると、湿った雑草やコケの緑の強い匂いが、リズ達の鼻腔をついた。

 表とは違う裏の世界、とでも言おうか。

 中央の大きな岩を囲むように、サークル状に開けた森の広場。

 それが、この場所を端的に表す表現だろう。

 空を見上げても、天然の天井がその視界を阻み、隙間から漏れてくる陽光がまるで光の柱のようだ。

 遠くで小鳥がさざめき、時折吹く風が子葉を擦りささやかな合唱を奏でる。

 そんな中をゆっくりと進みながら、アビスは隣に歩くリズに説明した。

 

「ここはな、実は結構前までキャンプ地だったんだ」

「え……そうなの?」

「ああ。……ほれ、あそこ、見てみ」

 

 入ってきた場所からぐるりと回って、アビスはとある場所を指差した。

 確かに、そこにはボロボロに朽ち果てたテントと、もはや名残しか感じることができない焚き火の跡がある。

 

「だんだんこのエリアまでモンスターが侵入してくるようになったらしくてな。もともと、視界も広いし安全っていう点じゃぁ不安要素があったのかもしれん。一度ハンターがキャンプで休んでいるというところをランポスが襲ってからは、今のキャンプ地に移ったらしいぞ」

「……襲われた、って」

「食われた、ってことだな」

 

 ちょっと顔に不安をよぎらせながら見上げてくるリズを見て、アビスはにやりと笑った。なんとも底意地の悪そうな笑みである。

 

「俺たちも気をつけなきゃなぁ。もしかしたら、暢気に寝てるところをキシャァッ!」

「ひぅっ!?」ずざざざ!

 

 情けない声を上げて後ずさりするリズ。

 ちょっと驚いた顔をしたアビスは、しかし次にはそれを抑えきれずに大爆笑をしていた。

 

「ぶあっはっはっは! そんなにびびるなって。だーいじょうぶだよ。くくっ……今の場所は全然安全だ。襲われることなんか……ぷっ」

 

 それっきりアビスは顔を背けて肩をプルプルと震わせてしまう。

 リズは、自身の顔が真っ赤になりながら火照るのと、湧き上がる殺意を抑えるために必死だった。握りあげた右拳がめりめりと言っている。

 しかし、そうやって口を真一文字に引き締めて、一体どうやって説教くれてやろうかと寸刻悩んだときのことだった。

 

――――ギャァッ! ゲゲェッ!!

 

 森全体に響き渡るような、甲高い声。

 一斉に羽ばたく小鳥たち。

一瞬の喧騒の後に、不自然な閑静があたりを包み込む。それに伴って周囲に、『いつもの』緊張感が漂い始めた。

 

「……今のは」

「そういうこったな」

 

 空気が張り詰める。

 それは、二人がいつも味わう、始まりの合図。

 【狩猟者】としての、覚醒の時間。

 

「……リズ、いるぞ」

「うん……っ」

 

 バイザーを下ろし、背負っていたへヴィボウガンを油断無く構えたアビスは、目配せでリズを見やった。

 それに答えて、リズは頷く。

 右手の盾を構えなおし、柄を強く握り締める。

 大丈夫だ。やれる。

 不安と緊張感の中で、リズは心の中で自分に言い聞かせた。

 いよいよ、始まる。

 初めてじゃない。けれども、初めての場所。

 大丈夫だ。やれる。

 やることは至ってシンプルだ。今までと、なにも変わってなんかいない。

 リズは一度大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。

 

――シャリィン……。

 

 静かに、腰から左手で引き抜く。

 鈍く、しかし煌くように輝く刀身。ほんの少し湾曲した、見るものを惚れ惚れとさせるようなデザイン。

 かつて、権力者が危険な任務をハンターに依頼した際に授けたとされる名剣【オデッセイ】を元にしたというそれは、単にその栄光を真似したかったのか。それとも、その利益に肖ろうと思ったのか。

しかし、そんなことはどうでもよかった。

事実なのは、今まで苦楽をともにし、信頼し、この命を預けた相棒だということ。そして、今から、これからもそれは変わらないであろうということ。それだけで、十分だ。

 やれる。私は……。

 

「ハンターなんだから」 

 

 静かな呟きと共に、狩りが、始まった。

 

 

 

 

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