☆
リズは、約半年前に今と似たような状況に陥ったことがあった。
四方八方をランポスに囲まれ、まさにこのままなぶり殺しにされる、という状況だった。
その危機を救ったのは、孤児院の子供たちがくれた、一つの閃光玉。
みんなが少しずつ集めてくれた光蟲を使って作ってくれた、文字通りの、お守りだった。
だが、隙を突いて投げた閃光玉でも、すべての青走竜を混乱させることはできず、閃光玉の白光を免れた一匹による背後への一撃を受けてしまい、それが今は大きな傷跡となって残ってしまっていた。
それが、リズの一つのトラウマである。
現に、脚はガクガクと、小さく震えていた。
隣りあわせで気を張り詰めているアビスからは、極度の緊張が感じ取れる。
当然だろう。いくら青走竜であっても、これほどの数に囲まれてしまっては、絶命する前に生きたまま肉をついばまれることになりかねない。
その痛みがどれほどのものに成るのか。背中に傷を負ったときのあの激痛を思い出し、きっとそれ以上なんだろうなぁと、背筋を凍らせながら想像してしまった。
「……まさか、ここまで頭が切れる野郎がいるとはな」
「どうするの? やっぱり、ベッキーさんの言ってた数よりも全然多いよ?」
普段とはまったく違う、真剣そのもののアビスの声を聞いて、揺らいでいた気持ちがさらに不安に染まる。
怖かった。
正直に言うと、今すぐにでも逃げ出したかった。それほどに怖い。
あの時だってそうだった。
その場で泣き喚き、もうどこにいるかもわからない兄に、助けを求めたかった。
そうすればきっと、きっと助けてくれる。
いつも、大切なときには自分を守ってくれた兄が、きっと。
自分たちのキャラバンが壊滅するとき、ぼんやりとだが、兄がとにかく自分を守ろうとしていたのを覚えている。
荒れ狂う二体の、巨大な二本角の化け物を大人達が相手にし、自分や小さい子たちはとにかくそこから逃げようと必死で、とてつもなく怖かった。
荷車が空を舞い、破壊された荷物の破片が雨のように降り注ぎ、時には破損した馬車の木材がそばに落ちてきて、さらにはズタズタにされたアプトノスの血肉や腸が悪夢のように降り注いだ。
キャラバンの非力なものたちは逃げ惑い、戦える者たちは血だらけになりながら怒号をあげる。
そんな大恐慌の中、ただしっかりと手を引いてくれたのは、誰でもない、たった一人の兄。
戦うことすら放棄して、ただ自分を守るために手を引いて逃げる、みんなから見れば情けないだろうけど、そのときは世界中のなによりも頼もしい、世界中で誰よりもかっこいい兄だった。
そんな現実逃避をし始めて、リズは気づく。
それは、過去のことだ。
私は、その兄の妹。
勇敢で、誰になんと言われようと決して曲がらない頑固さを持つ、誰よりも誇りに思う兄の妹。
兄はきっと、この大陸中にその名を轟かせるだろう。そんな兄の妹が、こんなに情けなくていいのか。
「(負けない。負けるもんかっ!!)」
それは兄への嫉妬。兄への憧憬。兄への羨望。
そしてなにより、兄の妹であるという、誇り。
震える足に激をとばすように力強く大地を踏みしめ、真正面を見据える。
まだ震えはある。だがそれは武者震い。そう、ただの武者震いだ。
ハンターであるもの、恐怖とはいつも隣り合わせ。いつ死ぬとも知れぬ、この果てしない極限の世界において、それはもはや仲の良い隣人と同じようなもの。
だったら、今更何を恐れるというのか。なにより、自分は今までやってこれたではないか。
「(信じろ、自信をもて、私っ)」
ぎゅぅっと、拳を強く握りしめる。
切り抜ける。この、苦難の状況を!
そう、覚悟をようやく固めた矢先。
「このまま待っててもラチがあかねぇ。こうなったら強引に抜けるぞ。目をつぶれ!」
「へ!? ちょっと……!」
目をつぶれ。それは、もはや本能的な位置で体に染み付いている動作だ。
反論しながらも体は勝手に反応し、ぎゅっと強くそのまぶたを閉じる。
「よーくみとけよっ!」
すると寸刻の間をおかずに、眼球を刺し貫くのではないかというほど激しい白光があたりを包み込んだ。
それが閃光玉であるということと、体が勝手に駆け出すのはまったくの同時だった。
「走れ、リズ!」
「(わかってる!)」
心の中でだけ答えて走り出したリズは、徐々にまぶたを開けて視界を捉える。
走り出した目の前には、突然の衝撃で混乱している三匹の青走竜。
リズはそのまま走ると、背部から剣を抜き取りそのままの勢いで飛び掛るように切りかかった。
十分な勢いと助走をつけられたその凶刃は、あっさりと一匹の頭蓋を叩き割り、その脳漿と肉片を周囲に飛び散らせて絶命する。
続けて、振り下ろした剣をそのまま薙ぐようにして、その隣にいたもう一匹を切り払う。
振り抜かれた刃が青走竜の喉を切り裂き、こひゅっという情けの無い空気が抜けるような音と共に、今度は鮮血の噴水がその裂傷から湧き上がった。
リズは動きを止めない。
そのまま勢いを利用して転がり、すばやく起き上がると今度は残りの一匹に向かって飛び掛った。
軽くジャンプをした勢いと、前に飛び出す加速力と体重を加えた、いわゆる『ジャンプ切り』は、片手剣を使うもの達にとっては必須の技術である。
たとえ切れ味が悪くとも、十分な勢いと力が乗れば、とても大きな威力となるのだ。
証拠に。
リズの振り下ろした一撃は、易々と青走竜を袈裟懸けに切り倒していた。
そこでようやく一息をつき、剣を勢いよく一振り。血糊を払うためだ。
だが、まだ状況は待ってはくれない。
大きく息をついて軽く呼吸を整えると、軽く周囲を見渡した。
どうやらアビスもかなりの数を片付けたらしく、当初より半分にまで減っている。
そして、陣形を乱された青走竜たちは、閃光玉の影響から回復した者たちから無駄なく、再び陣形を立て直し始めている。それは、リズからみても感心するほどの、あまりにも統率の取れた行動だった。
同時に気づく。
いつの間にか、その陣形が何かを護るようなものであることに。
そう、たとえれば、王都において、近衛師団が王族を護るように組むような、そんな陣形。
そして聞こえる、リズには聞きなれたあの鳴き声。
――ゲェッゲェッ!!
野太いのに甲高い、聞いているのが嫌になる、耳障りな鳴き声。
リズが顔をしかめるのと同時に、アビスが憎憎しげに、その漆黒のキャップの中で呟いた。
「ちっ……まぁ、ギリギリか」
二人はほぼ同時に、顔を上げる。
その視線の先には、予想通りの存在があった。
真っ赤で、どの固体よりも大きな鶏冠。
鋭くとがった、どの固体よりも長く太い牙。
そして、どの固体よりも一回りも二回りも大きな体躯。
「(……これが、私のターゲット)」
街に来て初めての依頼。
そのターゲットとなるのが、今まさに目の前にいる、あの大きな青走竜。
間違いなく、そいつこそが。
「きやがったな、【頭(ドス)】」
アビスの咆哮に近い怒鳴り。それに答えるかのように、【頭(ドス)】はさらに甲高く、森中に響き渡るように咆えるのだった。
☆
ソレは、空を旋回していた。
敵はいないか。獲物はいないか。
酷く好戦的で、戦いを好む凶暴な種族。
その存在は近年発見され、ハンター達の間ではその風貌を見間違えてあっさりと返り討ちにあってしまうものが多い。
黒に近い紫色の甲殻。
鮮やかな紫赤の鬣。
鋭くとがった、堅殻な嘴。
その姿を始めてみるハンターは、必ずつぶやく。
――アレは、耳鳥竜《イャンクック》なのか……?
そんな、油断とも警戒とも取れる、疑問に満ちた問いを。
「……!」
そして、ソレは見つけた。
自分の敵を。自分の獲物を。
ただソレを支配するのは欲望だ。
攻撃、殺戮、破壊。そして、戦闘。
ただ孤高に。
ただ孤独に。
ただ、さすらい続ける。
それが、彼らを【黒狼鳥《イャンガルルガ》】と呼ばせる、所以であった。
☆
戦いは、もはやどちらが対等なのかすらわからない状況になっていた。
アビスはただひたすらに引き金を引き絞ってはリロードを繰り返し、リズは切れ味が落ちてはじかれるのにも関わらず、襲い掛かる青走竜たちを退け続ける。致命的な一撃を与えられないゆえに、数が減らないからだ。
だから、いつしか二人は互いの役割を反転させていた。
攻撃はアビスが担当し、その護衛をリズがする。
リズが剣を研ぐ暇も無いゆえに、このままでは嬲られてしまうというのを考えての、アビスの考えだった。
「ちぃ……後から後から湧いてきやがるっ」
「あの頭、すごい頭いいっ! わっと!?」
飛び掛ってきたランポスを盾で受け止めて、力任せに突き飛ばす。
その青走竜に向かってアビスが放った散弾が無数の風穴を穿つ。
アビスは即座に振返ると、ろくに照準も構えないまま再び引き金を引く。
ちょうど飛び掛ろうとしていた青走竜の腹に散弾のほとんどが叩き込まれ、その青走竜は逆に吹っ飛ばされながら絶命した。
もう、あたりは血の海と言っても良かった。
一体何匹殺したのか。それすらも考えるのが面倒だ。
多分、今ので二十匹はいっているかもしれない。しかし、その数を裏付ける死体が残っていないのは、走竜下目の特殊な体質のせいだろう。
走竜下目だけでなく、世界中のモンスターは、その生命活動が停止すると、ある一定時間後に内側からその存在を腐食させ、あっというまに溶かしてしまう溶解液が分泌される。(飛竜種はまた別であるが)
特に、走竜下目はそれが顕著で、一分もしないうちにその死体は溶けて地面にしみこんでしまうのだ。
それゆえ、素材の剥ぎ取りはその固体の死亡直後がもっとも望ましく、時間かけるほどその剥ぎ取りは困難を極める。
蛇足と成ってしまったが、それがこの場に青走竜の死体が残っていない理由だ。同時に、そのくらいの時間、二人は延々と青走竜たちの攻撃を防いでいることになる。
そう、防いでいるのだ。
決して攻勢に出ているわけではない。むしろ、その逆で、気を抜けばそのまま食い殺されてしまうという、まさに極限状態なのだった。
「このっ…! ちょっと、アビスさん! いつまでこうしてるつもり!?」
「俺もどうにかしてぇんだがな! 奴さん、中々チャンスをくれねぇよ!!」
さすがに、リズの息が上がっている。そのことに気づいたアビスは、早めにどうにかしないと、このままでは自分は平気だとしても、リズが先にばててしまうのが目に見えている。
切れ味が落ちたことで、致命的な傷を与えられないことが、体力の浪費につながっているのだろう。
本当に誤算だった。
まさか、これほどまでの大群隊だったとは。さらに言えば、その統率者である【頭】の、固体としての能力の高さもだ。
これほどの数の青走竜を纏め上げ、さらには的確な攻撃、陣形、連携をくませる集団とは、いくら百戦錬磨のアビスといえども、ついぞ出会ったことはない。
そういう意味では、強敵に出会うことができたと喜んでもいいのかもしれないが、正直、走竜下目の強敵と出会えたところでうれしくもなんとも無い、というのが実の感想だ。
「どうせなら、鎧竜とかの強敵のほうが、俺はうれしかったんだけどよ」
「は!? いきなりなんの話よ!?」
「俺の趣味の話しだ、よっ!」
ズドムと、腹に響くような銃声を轟かせて、今また一匹の青走竜の頭を打ち抜いた。
リズがそれに続いて、アビスの近くにきていた青走竜と、盾ごとぶつかって吹っ飛ばす。青走竜の爪と、リズとの盾がこすれあって、なんともいえない不協和音が響いた。
しばしの安全を取り戻した二人は、隣に立ちながら警戒を緩ませない。どこから攻撃されても、即座に対応できるように、リズは腰だめに剣を構え、アビスは散弾を再び装填する。
ふと、そこで青走竜たちの動きが変わった。
ゆっくりと、リズたちの正面にすべての青走竜たちが集合し始める。
「……?」
「なに……?」
二人も、その行動に疑問と、そして違和感を感じ始めた。
違う。
何かが違う。
青走竜たちが見ている標的が、自分たちではない。
そのことに気づいて、アビスはハッとした。
「リズ、こっちだ!」
「え……」
アビスはすばやくボウガンを背中のラックに引っ掛けると、リズの手を引いて走り出した。
しかし、その行動も少し遅かったのかもしれない。
――KYEeeeEEEeeEEEEEEEE!!!!!
風圧が二人を巻き込み、走るどころか、歩くことすらままならないほどの圧迫感を与える。
目に入るほこりを防ぐように、両腕を目の前にかざして風をよける。
それは、リズも聞いたことのある音だった。
いや、正確に言えば、その羽音だ。
空気を打ち付けるような、力強い羽ばたき。
見なくても、それがどんな存在なのかわかる。
だが……。
「なに……アレ」
リズは、見たことがない。
いや、確かにリズにとっては見たことも無い飛竜は数多くある。
鎧竜と呼ばれる溶岩の中にも潜れる飛竜や、ココット村の伝説に出てくる一角竜だって、書物でそのスケッチを見ただけで実物を見たことなど無い。だが、どんな飛竜でも、たとえ見たことは無くても、かすかでも噂などは聞いたことがあるのだ。
だが、ソレは、まったくの未知であった。
漆黒とも取れる、闇に近い紫の甲殻に三又の棘に分かれた大きな尻尾。
鋭くとがった、ともすれば耳鳥竜ではないかと思える嘴。
その頭を飾る、薄紫の鬣が、さらにその可能性を助長させる。
なによりもその風貌に強烈なインパクトを与えているのが、その左目にある傷であった。
「イャンクック……じゃない?」
リズの、確信をもてない疑問の声が、大きな羽音につぶされた。
同時に、リズは本能的な恐怖を味わう。
それは、訓練でどうにか成るような恐怖ではない。
もっと原初的な、遺伝子の底に刻みつけられている、虐げられる側としての本能。
その恐怖から来る震えを、無理やり押さえつけるように体を抱きしめると、吹き上がる暴風に顔をそらしながらもリズは視界の端にソレの姿を捉え続けた。
ぱっと見てわかる、どこか禍々しささえ感じさせる風貌は、とてもあの穏かとも言える耳鳥竜のものではない。
それでも、似通った点が多く、リズは確固たる確信を持てずにいた。
「ああ。アレはイャンクックなんて生易しい野郎じゃねぇ」
「……知ってるの、アレ」
アビスは、その鈍く赤く光るゴーグルの中からにらみ付けていた。
まさか、ベッキーの言ってたことが本当だとは思わなかった。
本音を言えば、ちょっとした痕跡だけでも見つけられたら御の字とするつもりだったのに。
「俺はツいてる……やっぱりリズ、お前についてきて正解だったよ……!」
「……っ」
リズは、とてもうれしそうに述べるアビスの言葉に、思わず身を引きつらせた。
……怖い。
自分がアビスに抱く感情――恐怖が、はっきりと手に取れる。
そして、リズが再び意識をソレに向けると、ソレはついに、ゆっくりと大地に降り立つところだった。
その脚の鋭利な爪で、しっかりと大地を踏みしめる。見るだけで、その爪がどれだけ鋭いかがうかがい知れた。きっと、その爪に掴まれた獲物は、まるでナイフが紙を引き裂くかのようにさっくりと裂けることだろう。それは、リズの想像に難くない事実でもある。
そんな、全身が凶器に近いその存在を先ほどから目の当たりにしていた青走竜たちが、ギャァギャァとさらにやかましくがなり立てる。どうやら威嚇のつもりらしい。
その耳障りな合唱を聞きながら、アビスは低く笑っていた。
くぐもった笑い声が、その漆黒のキャップの中から聞こえてくる。
それだけでなく、リズは漆黒の岩の鎧に全身を包み、その血のように紅いゴーグルから、爛々とした意思も感じた。
それはもちろん、決して正のものではなく。
復讐?
そう、復讐だ。そんな、負の意思。
リズはここに来て初めて、このアビスという人間の真の部分を垣間見たように思えた。
「探したぜぇ……黒狼鳥《イャンガルルガ》っ!!!!」
アビスの歓喜と憎悪に満ちた、隣で聞いていたリズが寒気を催すほどに恐ろしい咆哮が、薄霧をふきとばされつつも、まだ寒さを残している森の中に、盛大に響くのだった。
☆
少し昔話をしよう。
アビスという男は、もう齢三十後半の、初老とも言っていい男だ。
そんな彼は、つい五年前までパートナーがいた。
彼よりも十歳も若い、しかしアビスと双璧を張れるような、ベテランのハンターである。
主に使う武器は大剣。それも、角竜剣とよばれる、角竜種からとれる素材で作った見た目からしてもゴツい、すさまじい剛剣の使い手だった。
二人はミナガルデにおいてもとても優秀なハンターで、ひいては街のハンター達の憧れでもあり、そして暫定的なリーダーのような存在でもあった。
ミナガルデの双璧といえば、新入りでもない限り知らないもののいない、まさに街中での有名人だったのである。
そんな名コンビの片割れが『死亡』したという情報は、一日をおかずして街中に広がることとなった。
未知の飛竜との戦闘。生存したのはアビスのみ。
これは皮肉なことに、前衛である剣士と、後衛であるガンナーの生存率を端的に表してさえもいた。
装備のほとんどが破壊され、半ば裸身を晒した重症の状態で、アビスはギルドのマスターに言った。
「あいつは……必ず……殺す」
二人がその日に受けたクエストは、森と丘での耳鳥竜退治。
もはや二人にとっては簡単といっても差し支えの無いほど、歯ごたえの無いクエストだ。
当然、それゆえの油断もあったかもしれないが、命を落とすほどの油断は決してしていなかった。
ハンターたるもの、その稼業にはいつも死が付きまとうし、完全な油断は即座にその帰れぬ溝へと落ちてしまうことを意味する。
その点で言えば、つまりは二人とも肩透かしをくらったような、そんな、なんとも言えない物足りなさへの不満とも言えるような、そんな油断と言えた。
もちろん、彼らの失敗は、その油断も一端を担っているのかもしれない。
だが、最大の要因は、やはり情報の誤りであったと、ギルドの誰もが認めていた。
二人が、ギルドの情報を元に探し出した耳鳥竜は、耳鳥竜であり、耳鳥竜ではなかった。
見たことも無い色の甲殻。似ているが、しかし見たことの無い風貌。
それが、ハンター達の中で、後に【黒狼鳥《イャンガルルガ》】と呼ばれることになる、新種の飛竜との出会いであった。
結果、アビスは片目を失ったうえに全治三ヶ月の重症、相棒は死亡。
この上位ハンター一名の負傷および一名の死亡という結果は、ギルド全体を震撼させると同時に、その【耳鳥竜もどき】の飛竜の調査が、緊急的に全大陸において行なわれた。
主に調査を行なったのは大陸において最も有名となっている王立古生物書士隊。そして、各地の伝承などに詳しい人々達。
それから数年をかけて、彼らが一丸となって調査した結果、この【耳鳥竜もどき】は正式に、黒き狂風【黒狼鳥《イャンガルルガ》】と呼称されることになったのだった。
そして、それがアビスのその後の人生を決定付ける、決定的なまでに運命の試練の相手となることを、誰も知ることは無かったのである。
☆
まさにそれは、荒れ狂う黒き暴力、黒き狂風であった。
着地して周囲を見渡した黒狼鳥は、一度甲高い雄たけびを上げたかと思うと、いきなりその尻尾を振り回して青走竜たちをなぎ払った。続けざまに嘴の中からチロチロと赤い舌が見え、轟々と灼熱が滾る火球が放たれた。舌に見えたのは、その嘴の中にためられていた炎の一端の見間違いであった。放たれた火球は、青走竜を巻き込みながら、その灼熱の業火で大地をえぐる。伝わってくる余波から、リズはその威力に身震いした。下手をすれば、リオス科のそれに匹敵するものかもしれない。
なんの警告も無い、目に付いたものをとにかくひたすらに攻撃するその好戦的な性格。
まさに凶暴という一言が似つかわしい存在だった。これほどまでに、この言葉が似つかわしいものがいるのか。
ソレを驚いたまま見つめるリズの目の前で、アビスは唐突にボウガンを構える。
「ちげぇだろ、おい。てめぇの相手は……このぉっ………お・れ・だ・ろぉがあっ!!!」
瞬間、リズは幻を見た気がした。
アビスの構えるへヴィボウガン。
名を、【グラビモスロア】という。
外装に鎧竜――グラビモス亜種の漆黒の甲殻を用いて銃身を強化し、さらにその銃口周りをグラビモスの顔に見立てて細工してあるという、ある人からみれば悪趣味ともいえるような代物だ。
特徴としては毒弾の発射に特化し、さらに普通の鎧竜の素材から作られた【グラビモスハウル】に比べて、他の弾の装填数が一発ずつ多くなっているのも大きな特徴だ。
それもそのはず。
そもそも【亜種】――つまり【色違い】という存在は極めてまれで、ハンターが一生を送る中で三回も出会えるか出会えないかというくらいに希少なのだ。
それを考えれば、全身を鎧竜亜種の装備で固めているアビスはものすごいのだが、当然リズがそこまで知るはずも無い。
ただわかるのは、その銃身の顔が、笑っているように見えたこと。
まるで、復讐の相手を見つけたことを喜ぶかのように、不気味に笑ったように見えたのだ。
そしてその口から放たれるのは、アビスの待ちに待った復讐という宴の始まり。つまりは、挨拶代わりの土産。
――ズドムッ!
音自体は、この日で聞きなれたものだった。
しかし、伴う迫力が、違いすぎる。
その発射を目の当たりにしたリズは、全身が粟立つのを感じた。
それは、確かに怒りの一撃だったのだろう。しかし、リズにはどこか、哀しみに満ちているようにも、見えたのだった。
放たれた弾丸は、的確に黒狼鳥の背部の甲殻に着弾、数秒の間を置いて爆発した。
徹甲榴弾と呼ばれる、炸裂式の爆裂弾である。
先ほども青走竜に対して使用していた、極めて殺傷力の高い弾丸であると同時に、この徹甲榴弾と拡散弾と呼ばれる弾丸は非常に扱いが難しく、この弾丸自体を打てるボウガンはそれほど多くは無い。
さらに、一度に装填できるのはたいていが一発のみであり、二発の装填となると本当に数える程度のものしかない上に、作るのも困難な物が多いのだ。
それを言えば、アビスのボウガンはそのうちでも多彩な弾丸を撃てる、貴重なボウガンでもあった。
小さいけれども、しかし確かなダメージのある爆発に驚いた黒狼鳥は、この狼藉を働いた愚か者を探し出すために、その鋭い隻眼をアビス達へと向けた。
再び、リズは体の奥底からくる恐怖を感じる。
背筋が凍り、肌が粟立つ。それも、耳鳥竜と相対したときのとは比べものにならないほどの、全身がすくみ上がる恐怖だ。
ギラリ、と。黒狼鳥の隻眼に怪しい光が灯ったように見えた。
「リズ……」
「な、なに?」
「【頭】の相手、頼めるか」
「……まさか、一人で戦うの!?」
その悲鳴のような問いに、アビスはただ無言のままに頷いた。
「あいつを俺が引き離す。ありがたいことに、あの馬鹿が暴れてくれたおかげでランポス共の数はかなり減ってる。お前でも十分に狩れるはずだ」
「で、でもっ」
「すまん。これだけは、譲れん」
「……」
顔をこちらに向けることなく、すばやくボウガンの薬室に次の弾を装填するアビスを、リズは非難がましく見つめた。
だが、アビスはそれに気づきながらも意に介さなかった。
結局、こちらに向かって威嚇を始めた黒狼鳥を見て、リズは渋々と首を縦に振る。
「わかった。でも、後から私も行くから!」
「それまでに終わらせるよう、がんばってみるがな」
アビスは、冗談めかしてそう言うや否や、グラビモスハウルを構えると、ほとんど狙わずにその引き金を引いた。
そしてそれを見ることなく、リズはアビスに背を向けて走り出す。
先ほどの騒動で、青走竜たちはリズ達が通ってきたエリア、つまり、一番初めに青走竜の先遣隊と遭遇した場所に逃げたのがわかっている。
今は、アビスを信じ、自分の仕事を先に終わらせることが重要なのだと、走りながら自分に言い聞かせた。
共に戦っていてわかった。アビスは、噂に違わない、それこそ滅多にいないような凄腕のハンターだ。
自分なんかとは比べものにならないくらいの修羅場をくぐりぬけ、それに見合う技術を持ち、尊敬できる誇りを持っている。
だけど、今のアビスは、危ういと思う。下手をしたら、その命を落としてしまいそうなほどに。
「(何ができるかなんてわからないけど……でも!)」
少しでも、力になりたい。
できるならば、あの人を引き止めたい。
何故かはわからないけれども、リズはそう思った。
そのためにも、まずは自分の仕事を片付ける。そして、それから応援にかけつければいい。
多少の焦りを感じながらも、リズは急いで隣のエリアに向かって走るのだった。