モンスターハンター //赤銅髪の少女//   作:[ysk]a

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7:青き者達の狩り 後

 

 

「(斬れ味が落ちた!?)」

 

 まさかここに来て、自分の武器の威力不足が現れるとは。

 だが、このまま攻撃をやめてしまうわけにはいかない。

 リズは食い込んだ刃にはかまわず、そのまま剣を食い込ませた青走竜の首ごと、力任せに地面へとたたき付けた。

 それっきりその青走竜は動かなくなってしまった。それが首の骨を折られて絶命したからなのか、それとも気絶してそれ以上動けなくなっただけなのかはわからない。そもそも、今はどうでもよかった。

 たたきつけた青走竜の頭を踏みつけて、力いっぱい剣を引き抜く。

 案の定、ハンターナイフの中心部分には、大きな刃こぼれが生じてしまっていて、どうみてもこのままでは使い物にはなりそうもなかった。唯一の救いといえば、物打の部分がまだ無事なところだろう。

 

「(……でも、刺すならまだできる)」

 

 それは、自分への鼓舞。屁理屈にも近い、無理やりの闘争心の喚起であった。

 だが、それは微かの儚光にすぎない。

 多少苦心してナイフを抜き取ったリズの背後から、残っていた青走竜が襲い掛かってきた。

 油断があったのかもしれない。一匹をしとめられたこと、まだ剣が使えること。

 気が付いたときには、もうそのギラリと唾液にまみれて光る牙の一撃は、リズの首を噛み砕こうと接近していた。

 とっさに体を前に転がして、同時に後ろを驚愕のまなざしのまま振り向く。

 ちょうど青走竜はその顎の一撃を空振りしたところで、空を切った牙同士がぶつかり合う、妙に不気味な音が静かにリズの耳朶を叩いた。

 さらに追い討ちをかけるように、リズの体全体を影が覆いつくした。

 それが何を意味するのか――たった二年という短い経験でありながらも、リズはそれを身にしみるように理解している。

 つい先ほどかわしたばかりの、超脚力による青走竜の跳躍攻撃。それも、普通の青走竜の二回りも大きな【頭】の攻撃。

 この戦い、リズは完全に本能に頼りっぱなしであった。そして、今回もそれに救われることになる。

 とっさに地面を這ったまま横に転がり、自分の腕の薄皮一枚を跨いで隣に食い込んだその鋭い爪を見やりながら、リズはひとまず体勢を整えた。

体中は泥だらけ、噛まれた腹部、激痛の止まない左腕。  

 

「(長くはもたない。早く決着をつけて応急処置をしないと……っ)」

 

 焦る思考を押さえつけるようにして、瞬時に周囲に視線を走らせる。

残りあと二匹。ついに二匹になってしまったためか、こちらを威嚇して相当慎重にこちらの出方を伺っている。

 今のこの状況を考えてみると、先ほどの恐怖は、はっきり言って増している。

 

「(私、勝てるの……こいつらに?)」

 

 剣は刃こぼれし、それを研ぐ暇も無い。

 さらに言えば敵は二匹といえど、モンスターとは思えないほどに狡猾な連携をしてくる相手。

 かつての切り札だった閃光玉は資金不足で今回は持ち合わせていない。目眩ましにはなるであろうけむり玉にしても、まさか使うことになるとは思わなかったから持ってきてなど、当然無い。

 安定した攻撃力に欠けた刺突しかできない剣と、ただ逃げ回り防ぎ続けるしかないこの状況。果たして、どう切り抜ければいい!?

 

「(お兄ちゃん……)」

 

 記憶がよみがえる。

 おぼろげな、覚えているというのが不安になるくらいにぼやけてしまっている、過去の思い出。いや、それは思い出というにはあまりにも残酷すぎる出来事。

 まだ物心すらつかないような幼い自分。

 

――ゴメン……ゴメン………母さんっ……父さんっ!!

 

泣きながら、自分の顔にその熱い雫を滴らせて、荒れ狂う暴風雨のような災厄から身を挺して、両親すらも"見捨てながら"自分を助けた兄。

 幼いながら、その時自分ははっきりと理解していた。兄は、両親よりも、私を護ることを選んでくれたのだと。

 まるで刷り込みのような、それは絶対で揺ぎ無い、そして覆しようの無い、リズの中での究極の守護。

 そんな守護者が、今また助けてくれるのではないか。いつか消えてしまった兄が、もしかしたらたった今、死の間際に立つ自分を助けに現れてくれるのではないか。

 何度、何度この非現実的な期待をしたことか。そして、何度この期待を自分で殴り捨て、再び心の奥底にしまい、今ある現実を直視したことか。それは、血を吐くような思い。泣き叫びたくなるような現実。失われて久しくない、孤独への慟哭。

 

――そのすべてを、ただ押し殺す。

 

「……」

 

 ここに来て、少女の思考はようやく冷静というものを取り戻した。

 それは、少女の癖とも呼べるような、そんな儀式に近い現象であった。

 何十何百何千と繰り返すその行為は、少女のトラウマのようなものかもしれない。    

 我慢しきれなくなった恐怖に陥ったとき、少女は更なる恐怖を上書きすることで、その恐怖を乗り切る。

 その危うい方法で、少女は窮地をいつも乗り切ってきた。

 揺らいでいた瞳が細められ、思考は急速に冷却されていく。

 怖くなど無い。あの恐怖に比べれば、この程度の恐怖はなんてことなどない。

 空気が鋭くなった気がした。

 感覚が本来の鋭敏なものを取り戻し、同時に腹部と左腕の激痛をもよみがえらせる。

 ともすれば気を失いかねないほどの激痛の中、リズはもう一度自分の武器に視線を投げた。

 刀身の物打と呼ばれる部分より若干下、切っ先から三~四寸ほどのところが欠けていた。これでは、一応切れることは切れるが、今までのような切れ味は期待できないだろう。

 不幸中の幸いといえるのは、それでも先端は以前の鋭さを持ったままということくらいか。おかげで刺突と、限定された一部による切断程度ならなんとかなる。

 本来の用途とは違ってきてしまうが、こうなったら仕方が無い。なれない攻撃方法とはいえ、やらなきゃならない状況なのだ。

 青走竜たちはリズの様子を伺っているようだった。

 遠巻きにリズを見つめながら、じりじりと左右に円を描くようにして距離を保ちながら移動している。

 なるほど、とリズは内心で納得する。これでは簡単に手が出せない。

 どちらに攻撃をしようにも、背を向けた瞬間残ったもう一匹が背後から襲ってくる。そうなったら、下手をすれば致命傷をおってしまいかねないということが、容易に想像できた。

 だが、リズとて時間をかけることはできない。

 出血は多少弱まっているものの、完全に止まったわけではなくてまだまだ血は流れっぱなしだ。

 あともって二、三分。

 それまでに片をつけなければこちらが失血によって倒れてしまう。

 まるで砂時計のようだ、とリズは内心でごちた。

さらさらさらさらと流れ出ていく砂のように、自分という時計から徐々に血が流れていくさまが、なんだか面白くも思えたのだった。

 時間は、かけられない。もう一度、心の中でつぶやく。

 

「なら、これしかないっ」

 

 リズの想定は一瞬で終わった。

 自分を一つの点と考え、そこから二つの点へと線を伸ばす。

 長いほうが【頭】までの距離であり、短いほうがもう一匹の青走竜までの距離だ。

 その二つの線のなす角度は九十度。いわゆる、直角三角形のような形の図面を思い起こして、さらにそこから試行してみる。

 そこから出た結論は三つ。そのうち、リズは賭けにも等しい行動を選ぶことにした。

 

「あぁあぁああっ!!」

 

 狙いは【頭】!!

 だらりと垂れた左腕で、激痛を我慢しながらナイフを逆手に握り力の限り握り締めて右手の盾を前に走り出す。気を抜けば、その場で気絶してナイフを取り落としそうになるからだ。

 青走竜の脚力とは、単純にその体躯から違いがでる。

 人間でも、巨漢ならば規格外の筋力を誇るように、青走竜であっても体躯が大きければ大きいほど、その自慢の脚力は計り知れないものになってくる。

 当然、その脚力は跳躍における飛距離に深く関係し、脚力があればあるほど、その飛距離は長くなるのだ。

 それを踏まえて、リズはこの行動に賭けることにした。

 もう一匹の青走竜に背を向けて、その背中に爪をつきたてられることを危惧しながらも行動に移した最大の根拠は、その『体躯による飛距離』を考慮してのことだった。

 つまり、普通の青走竜の体躯ならば、ぎりぎり自分のところまで飛距離は届かない『のではないか』という直感に頼った行動だった。

 決死の覚悟でこちらに走ってくるリズを見て、【頭】は一度だけ大きな威嚇の声をあげる。もちろん、そんなものリズは意にも介さない。

 瞬く間にその一人と一匹の距離は縮まり、手を突き出せばその指が届くという距離になって、リズの薄皮一枚を隔てた背後に、ひときわ大きな土を踏みしだく音が聞こえた。振返って確認するまでも無い。青走竜が跳躍してきたが、その攻撃が届かずに終わったということだ。

 

「(やったっ)」

 

 賭けに勝ったことに内心ガッツポーズをとり、リズはその走る勢いのまま斜め前方に向かってその身を投げ出して転がった。

 【頭】からすれば、それは突然リズが消えたように見えたであろう。

 人間とは違い、視野が左右に広い目を持つ青走竜からすれば、突然正面から足元に潜られてしまうという行為を目で追うのは難しい。しかも、慣れない視野である正面にその焦点を合わせているとなればなおさらだ。

 結果、一瞬だけであろうとも【頭】は致命的な隙を晒してしまい、リズはその天恵のような隙を逃さなかった。

 

「でぇえぃっ!」

 

 転がりながら振るったナイフは、運のいいことに【頭】の左足をその物打で切り裂いた。そして地面に頭から突っ込みそうに成るのを、寸前で右手を突きたてそれを支点に前転を行なう。

 ガクンと【頭】の足から力が抜け、その体が大きく横へと傾く。

 リズは前転から即座に身を起こし、着地と同時に足をおもいっきり踏ん張って、もと来た方へと体を捻って振り向いた。

 視界に入るのはぐらりと傾いた【頭】と、それにお構いなしに突っ込んでくる、目と鼻の先にいる青走竜。

 考えはしない。体がただその場に適合するように、反射的に行動を起こす。

 振り向きざまに、右手の盾をスコップのように地面に突き立てると、それを突っ込んでくる青走竜にむかって振り上げた。

 盾によって掘り起こされた土の飛礫が青走竜の視界を覆う。

 

―――ギゲェッ! 

 

と、視界を潰されたことによって一際大きな悲鳴を上げた青走竜へ、リズは横で地面に倒れる【頭】を尻目に走り出す。

体を大きく仰け反らせて鳴き続ける青走竜の腹部に、これまでの怒りとばかりに右足の膝蹴りを叩き込む。

いくら鱗が硬くとも、鉄繊維で編みこまれた防具をまとった膝蹴りは、じかにその内臓へとダメージを与えた。

間髪いれずに今度は左のハイキック。見事に頭蓋を蹴り抜くと、そのまま勢いを生かして一回転、右手の盾を裏拳のようにして再びその頭蓋へと叩き込んでやった。

 それでノックダウン。一瞬だけ、その自分の仕事振りに満足する。それがいけなかった。

 

「ぅあっ!?」

 

 突然背後からの衝撃。

 冷たい岩の塊でもぶつけられたかのように、リズは吹っ飛ばされてゴム鞠のように地面をはねて転がる。

 瞬時に受け身は取れたが、衝撃によってしばらく呼吸が止まる。

 肘を立てながら起き上ろうとしたところで、リズは背筋を凍らせた。

 反射的に面を上げると、今まさに上空から【頭】が飛びかかってくるところだった。

 まだ背中の痛みを覚えたまま、リズは右手の盾を掲げて、さらに左手も添えながらその空襲を防ぐ。

 さすがに、リズなど比較にならない、見た目以上の質量を誇る巨躯を受け止めきれるわけがなく、またしてもリズはその地面へと縫いつけられるようにして背中から倒れこんでしまった。

 

「くっ……! このっ!」

 

 執拗に自分の頭を噛み砕こうと襲ってくる【頭】の攻撃を盾でさばきながら、リズは【頭】の下からその腹を蹴り上げた。

 鈍い音打撃音が何度も森の中に響き渡り、それと同時に何度も金属と牙がぶつかる。いうまでもなく、リズの盾と【頭】の牙だ。

 五度目の蹴りで、ようやく【頭】の押さえつけていた力が緩み、それを逃さずリズは両足でその腹を渾身の力をこめて蹴りあげた。

 衝撃で【頭】が後方に大きく吹っ飛ぶ。

 その隙を縫って、リズはとにかく無様でもいいから立ち上がった。

 体の激痛はもはや限界を超えている。噛まれた腹部からはひっきりなしに抗議が届くし、その抗議のせいで気絶してもおかしくないくらいだ。

 視界も徐々に霞み始め、気のせいか、頭がふらふらしているように感じる。

 左手はもう、大量の出血でぬるぬるとしてて気持ち悪い。激痛を我慢して柄を握りしめなければ、逆手から普段の通りに持ち替えたナイフを落としてしまうくらいだ。

 そんな満身創痍のリズが立ち上がるのと同じくして、蹴り飛ばされた【頭】も、最後の意地とばかりに片足で跳ね起きた。

 それを見ながら、リズはふと思い出す。

 

「(アビスさん……大丈夫かな……)」

 

 不安が募った。

 なんだろう、嫌な感じがする。

 言いようのない焦りが体を支配し、いつしか激痛すらも忘れさせてしまう。

 早く手伝いに行かないと。手遅れになる前に。

 なぜ、こんなにも体が逸るのか。理由に見当がつかない。でも、でも……!

 

「っ……」

 

 思い出したように、リズは自らの腹部に手を当てる。

 長くはない。これが、最後の一戦だ。

 それは【頭】も悟っているのだろう。先ほどから、こちらを窺うようにして威嚇している。

 泥と血で汚れた面を上げて、リズは目先の標的を睨みつけた。

 荒い息がうざったい。頭の奥で鳴り響く脈がうざったい。ギャァギャァわめくあの【頭】がうざったい。

 なにもかもが邪魔だった。今はただ、あの人が心配で、他がどうでもいい。

 今になって、今更になってこんな気持ちが湧き起こるとは。

 似ているのだ、あのアビスという男は。

 それなりに自信満々で、でもどこか危なっかしくて一人になどしておけない。

 誰かが傍にいてあげなければ、自分のことなど省みない行動ばかりをする。

 それに……。

 

「さっき、助けられたしね……」

 

 ぼそりと、荒い息の中呟いて、リズは少しだけ深呼吸をする。

 それが、最後の思索。

 息を大きく吸い、頭の中をクリアにする。

 考えるのはただ単純な一つのこと。

 ゆっくりと、吸い込んだ息を吐き出しながら体を沈め――

 

「っ!!」

 

 ギリリッと、奥歯を噛みしめて大地を蹴った。

 沈んだバネがはじけるように、リズがその赤銅色の髪を靡かせて駆ける。

 体を伝う血が飛沫となって虚空に舞い散り、それが艶やかな鮮血の軌跡となる。

 瞬く間にリズは三間もの距離を縮めると、一層その体を大地に沈め、天を突きぬくように真一文字に右足を蹴りあげた。

 蹴りあげたその蹴脚は、周囲を切り裂くかのような大気との擦過音を小さく静かに響かせて、目標を貫こうとした。

 しかし、顎下からまるで槍のように突き出されたその蹴脚を、【頭】は紙一重で頭をずらして交わす。

 いくらその蹴脚に込められた殺気が過剰であろうとも、それを避けるとなると、その反射神経は他のモノとは一線を画している。

それは生来から持ちえた動物的本能でありながら、動物離れした反射であった。

 きっとこの【頭】は潜り抜けた場数がケタ違いなのかもしれない。

 だが、それでもこの相手は執拗に過ぎた。

 自らの率いる群れを、途中まで援護があったとはいえ、その後には満身創痍になりながらも単身で壊滅させるに至り、あまつさえ今では自分に決して軽くない一撃を加えて、追い詰めてきてまでいる。

これを、ヒトの間では決死の攻撃というのだろう。

左腕は血まみれ、だけでなく腹部から下肢までもその出血によって鮮血にまみれた姿は、ある種の亡霊すらを想像させる。

 【頭】は、本能の鳴らす警鐘に従って、目の前の存在を恐れていた。

 勝てない、この血まみれの幽鬼のようなヒトには勝てない。

 だが、逃げ出そうにも逃げ出せなかった。

 切りつけられた左足は、とてもここから逃げ出せるような軽傷などではないからだ。

 だから、【頭】はもう覚悟を決めていた。ここが、自らの死地になるのだと。

 

「でぇいっ!」

 

 リズは交わされた右足を引き、今度は左手のナイフを【頭】めがけて突き出す。狙いは体ならどこでもいい。とにかく、少しでも動きを制限したいっ!

 そんな渾身の一撃を、【頭】は片足で横っ跳びに躱すと、着地の反動を利用して今度はリズへと飛びかかった。

 襲い来る牙を見て、反射的に右手の盾を掲げる。

 牙と盾とがぶつかりあり、耳障りな金属との擦過音が森の中に響いた。

 一撃をなんとか凌いだリズは、崩れた態勢を奥歯を噛みしめながら踏みとどまり、負けるものかともう一歩を踏みこみ、深く体を沈めてもう一度その身を駆けた。

 懐に潜り込まれる形で接近を許した【頭】は、即座にリズを追い払おうとその鋭い爪をもった前足をもって攻撃を仕掛ける。

 振り上げた前足がリズの右肩を掠るのと、その横っ腹にナイフがつきたてられるのは、ほぼ同時の出来事だった。

 

「ぐぅうう!!!」

 

 いつの間に持ち替えたのか、盾をもつ右手の中には左手にあるはずのナイフが逆手に握られ、それを押し込むように左手が柄に添えられている。

 

「(あとはこれを捻って、そのまま引きずりだせばっ……!)」

 

 そんなあと一歩のところで、そいつはまだ諦めていなかった。

 痛みを感じていないのか、反動でさらに腹の傷が広がるのにもかかわらずに強引に体を振ってリズを振り払うと、傷に構わずリズに向かってタックルを見舞う。

 もはや立ってるのさえつらくなっていたリズに、その攻撃はたとえようもなく効いた。

 ずるりと手は柄からはなれ、あっさりと二間ほどの距離まで突き飛ばされて地面を転がる。

 地面にぶつかった際に強く背中を打ったため、一瞬呼吸が止まった。

 致命的すぎる。これはまずい。立ち上がるのすら絶望的になってしまった。

 血の足りない頭で必死に思考を巡らせる。

 気がついた時にはもうなくなっている愛用のナイフ。当然、まだ【頭】の腹に刺さったままだ。

 なんでか知らないけど体中血まみれだし、全身はまるで鉛を乗っけてるみたいに重い。

 ちょっと肘をついて起き上がろうとしたけど、無理だ。重すぎる。大タル爆弾を二つ抱えたほうがまだ軽いくらいだ。

 意識が朦朧とする。目を開けていても目の前がくらくらするんだ。変なの。

 あ、片方真赤。おかしいな、地面が真赤に見える。違う。血が目に入ったんだ。拭かなきゃ。違う。それより起き上がらないと。あと少し。あと少しで倒せる。

 

 立て。立て。あと少し。立て。立て。立て。立てっ!

 

 うわごとのように、ただ頭の中で繰り返し繰り返し、徐々に体の隅々に力を入れる。

 まずは四肢。右足、左足、右手、左手、肩、両膝、両肘、胴体。よし、まだやれる。ぎりぎりやれる。

 それはまるで、幽鬼のようだった。

 血まみれになりながらも、手足をがくがくと震わせながらも、それはとにかく立とうとしている。

 【頭】は、自身の傷だけでぼんやりしていたわけではない。

本能的に恐怖したのだ。この、殺しても死にそうにないヒトに。

リズが地面に倒れ伏し、起き上がろうとしている間に、その気になって入れば決着がついていたかもしれないのに。

 ヒト風に言うならば、体がすくんでいた。

 腹部を貫通したナイフは依然健在で、無事では済んでいない重傷を負いながらも、しかし明らかにそのヒトよりかは動けるはずの【頭】は、おびえていた。

 動けなかったのだ。まるで体を木の影に縫い付けられてしまったかのように。

 ついに、そのヒトは立ち上がる。

 たった一人で【頭】の敷いた陣地を潜り抜け、壊滅にまで追い込んだそのヒトが。全身を血みどろにして。

 

「……」

 

 ヒト――リズは無言のまま、その左手を腰にまわした。

 思考などない。理性などもはや無用の長物だ。

 あるのはただの本能、記憶、衝動。ただ、目の前の獲物を狩るという、至極原初的な目的と欲求本能。

 ハンターとして骨、血液、その全ての髄にまで浸みこんだ、呆れ返りたくなるほどに愚直な衝動。

【頭】は軽くステップを取ろうとしたが、腹部の激痛で思うように体が動かなかった。

 実際には半間程の距離をステップするつもりだったのに、その五分の一程度しかしていない。

 しかし、【頭】それでも構わぬと、とにかくリズとの距離を縮めにかかる。

 死の匂いを感じる。

 このときが、一番獲物をとらえるときに厄介な瞬間であると、何より多くの狩猟をおこなってきた【頭】にはわかった。

 ゆえに、相手のアクティブを待たずにこちらから打って出る。

 正真正銘、これが最後の一手!!

 見ているのか、それとも感じているのか、とにかくリズはその行動に反応した。

 相変わらずその動きは幽鬼のように緩慢で理性が感じられないが、アクションは起こそうとしている。

 左右に小刻みなステップを刻んで近づいてくる【頭】を、垂れ幕のように下がった前髪の奥からギラリと見据える。

 最後の交差。

 その一瞬は――。

 

 

 

 

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