敵幹部でも主人公見たらテンションあがる…あれ?(冷や汗) 作:苦い経験100%
「───面倒だな…だが楽しい!!」
キュリア・リズットは電子を操るものであっても、電子世界の支配者ではない。
現実世界でコンクリートブロックを運ぶのは容易だが、素手で壊すのは難しい感じとは本人の言である。
それに対してラメントの幹部は皆「何言ってんだこいつ」と返して彼をキレさせたのはまた別の話だ。
ともかくとして、データベースにいる彼は、目標である「とあるデータ」を探し、復号し、解析し、奪取する真っ最中である。この作業の中、彼は酷く集中していた。
四方をサーバーに囲まれ、そのうちの一つに手をやり、もう片方の手をコンソールに置きながら、作業を進めている。
「………」
だから、ブラス・リッターは話しかけないでいる。
彼は鎌をいつでも出せるようにしたまま、周囲を警戒する。
電灯が落ちた廊下の中で、静かに呼吸を続ける。朧げな光が辛うじてある廊下で、ため息を吐く。
沈黙故に、外の声が聞こえる。
争う音と怒号、聞いていて気持ちのいいものではない。ため息を吐いてしまうのも無理のないことだ。
そして、彼もそれを生み出すことに加担した。
データベース付近には、特異対策局の人間が横たわっている。気絶しているものもいれば、本当に死んでしまったものもいるのだろう。
だが、こんな風景を見たくは無かったし、見せたくも無かったし、そもそも関わりたくも無かった。
ブラスがそう思ったことも事実だ。
「後ろめたいことばっか増えるなぁ…あー………きついかもしれない…」
自分が生きることに関係のないことだ。
殺したくないと思っても、周りが殺す。殺せないと言えば、大切なものに何をされるかわからない。
気付いたらもうどうしようもなくなってる。
彼は漠然とした恐怖をゆっくりと味わっていた。
しかし、それでも。それでも被害は抑えられた方だ。本来であれば残った僅かな患者は死に、設備は壊され、医薬品の数々は燃え滓となった。
彼が行動にした(手段はどうあれ)妨害がなければ、もっと酷いことになっていた。
理解していても、それを受け入れられない。
頭の中を巡ってしまう。
だから───。
「───は?」
その予想外に、盛大にむせた。
彼の知る未来にはない光景。いや、そんなことを言ってしまえば前提が破綻してるのでもうほとんど役に立たない既知の未来なのだが。
ともかく、思考に耽っていた頭は盛大に困惑したし、体の方はパニックでむせた。
「えほっ、がはっ!? オイ嘘だろマジでガバの化身なのかあいつは!?」
ガバ*1の化身と呼ばれた彼は完全な予想外。
黒のツーブロックと、同じ色の無愛想な目。鋭いそれは、もはや威嚇と呼んで良い。
「功績が、いる…!!」
「んなっ…!」
その男、ハルニレは敵を見た。
そして右足で強く床を踏む。大量の氷槍を発生する。鋭利極まる極寒の刃達は、皆例外なくブラスを狙う。
フードを被ったままのブラスは、咄嗟にその手へ大鎌を現出させた。
色を変える煙より構成されたそれは、身の丈程の大きさを持つ。酷く鋭いそれが伴う輝きはない。鎌の刃は煙り、朧げにしか光を発さない。
それは曇った夜空に浮く星や月のように。宵闇の中で映えるそれは、人の手に収められている。
微かな光輝は、雲霞の如く氷槍を横一閃で砕く。
そしてその一閃、その切り口から伝播するように全ての氷が砕け散り、カケラを辺りに散らす。
散らばる透明なそれは、硝子の花火のよう。
砕けたものが綺羅星のように光る光景の中、ハルニレは敵意に満ちた顔で、フードを被るブラスを睨む。
「
「クズ呼ばわりには同意する。でも先走りが過ぎる。折角氷を出せるんだから頭を冷やせよ…!」
「抜かせ…!」
トン、とハルニレの右足が床を鳴らす。氷が発生する。攻撃のためではなく、移動のために。
右足の底から迫り上がる氷は、瞬く間にブラスとの距離を詰めていく。
それが分かるや否や、ブラスは後方に飛ぶ。
合わせて顔を隠すフードが揺れた。
それを追うように、黒髪の男は氷を踏み台にして飛び蹴りを放つ。それを見たブラスは、咄嗟にハルニレの足が向いた方向から慌てて退避する。
「───! 流石に見抜くか!」
その次の瞬間には、蹴りを放つ足から大量の氷が構築された。もし、退避することなくその場にいれば、ブラスはそのまま氷の牢に飲み込まれていたか───、
「…ったく、狭いとやりづらい…!」
それとも、ハルニレが死んでいたか。
大鎌を持つ少年は、舌打ちをしながらトンと足を鳴らす。途端に、氷の牢と成るはずだった氷塊が砕け散る。
鎌の刃先は、確かに氷を殺していた。
「な…!」
「引く時に『切った』よ、ギリギリだったけど」
くるり、と三日月のような鎌が回る。上手くいったことへの安堵ゆえか、ブラスのドヤ顔には、脱力感があった。
いまいち締まらない「見せつけ」だが、しかし確かなそれに、ハルニレ・アガタの足は躊躇する。
それを見抜いたか、ブラスは力を抜く。
そして鎌の石突を床に置いた。
何のつもりだ、とアガタは問う。その声に対して、ブラスは悩むように何度か口をもごつかせた。
不意に彼の目はアガタの後ろを見る。
途端、安堵したようにため息を吐いたかと思えば、鎌を持ち直し、刃の峰を敵の方向へ突き出す。
そして何処か切実そうに言った…不思議なことに、その声のトーンは先程のものと比べて少し低いものだ。
「応援、呼んだらどうだ。というか呼んでくださいお願いします本当にガバなんです」
「…バカにする…!」
「クソっ走者の敵がよぉ!!」
◆
四方は真っ暗闇。周りには誰もいない。そもそもここが何処なのかも分からない。
とどのつまり、外ハネのある緑のショートヘアをもつボク、つまりフジワラ・アマネが置かれた現状は───
「は、はぐれたぁ…!?」
見事なまでの孤立だった。周りに味方も敵もいない状況。ボクは両手を髪に置き、膝から崩れ落ちる。
…こうなったのは、ついさっきのこと。
元々ハルニレくんと上司であるイサカ主任の下へと向かおうとはした。
なのにハルニレが独断専行で何処かへ行こうとするものだから、それを止めたのだ。
そしたら彼は舌打ちをして氷を出し、それを目眩しに行方をくらませたのである。
「……あ、だめだ…泣きそうボク…」
口から乾いた笑いが溢れる。
…当たりが強いのは、もう仕方ない。彼等の気持ちもわからなくはないのだし、と思いながら震え混じりのため息を吐く。
彼等がした苦労や痛みを自身は知らない。
後から「成った」ボクが、距離を近づけようとすれば「いけしゃあしゃあとこの野郎…」と思うのも仕方ない。
そんな風に考えて、自身にも悪いところがあると思い直して、ゆっくりとやるべきことを考える。
右耳の通信機に手を当てる。聞こえて来るのは砂嵐のみ。強力な雷撃系の進化者でもいるのか、先程から報告も出来なくなってしまっていた。
完全な孤立に、ボクは心が折れそうになる。
「……───…よし、うじうじするのやめ! 落ち込みタイムしゅーりょー! 頑張らないと!」
言うまでもなく、空元気だ。
誰に見せるわけでもないのに笑顔を浮かべてるのは、自身の心への麻酔として。
…こんなメンタルじゃ、お酒でやらかすわけだ。
空元気を伴いながら、ボクは行動を再開する。
ひとまず、通信の状況を見つつ上官或いはハルニレくんとの合流が目的となるだろう。
ボクは自身の喉をトントン、と二回叩く。
上手くいくかな、と不安の独り言。これはボクにとっても初めての試みである。
呼吸を一度、緩く長く息を吸う。
込めるものは「求める感情」であり、それが宿る歌声は特定の人物を探す音の波となるはずだ。
「La───!」
声が大気に光の波紋を生む。広がり行くそれは、音の届く範囲までを探った。
「…いた! …上の方!」
総合病院の構造はシンプルだ。分野毎に西館、東館、中央館の三つに分かれており、ボクは今中央にいる。
その上にどうやらハルニレくんも上司もいるらしい。距離は離れているけど。
とにかく行き先が決まれば、あとは簡単だ。
ボクは察知した方向へと足を進めていく。
近いのはハルニレくんの方。先にそっちと合流してしまおう、そう考えていた。
「…っ…!」
階段を上がる。一段ずつ、走りながら。
今日もきっと変わらずに振り回される日。
部屋に戻ってため息を吐いて寝る夜。
階段を上がる。天窓が映す夜に近づくように。
その中で…聞き慣れない音を、聞いた。
軋むような音。ぎちきち、と気持ちの悪い音。
今にも割れそうなガラスのような。
上の階に来た時、まず感じたのは寒気だ。
廊下には冷気が立ち込めていた。
辺りには氷の残骸が散らばっていた。
下手人が誰なのかわかりやすい。
戦闘の形跡なのは丸わかりだ。それは廊下の一本道全体にあり、その端まで続いている。
その道を警戒を抱きながらボクは進み、そして見た。
「───…」
黒を基調とした装い。目深に被ったフード。右手に握る身の丈程の大鎌。嘆くように顔へ置かれた左手。憂鬱そうなため息。体つきから見るに、恐らくは男性。
見知らぬ人だ。知らない人のはずだ。
だのにどうしてか、既知感が溢れ出した。
手元、体格、肩周り、足、手の動き。
ため息の音。微かな声にも似た呼気。
朧げな一致、匂わされた今日という日。
知っている微かな情報が、一個人を示す。
…自分でも、自分でも本当にこの時だけは、薄情で嫌になった。まるで機械みたいって思った。人に優先順位を付けたんだって思った。
……うん、認める。今この時、この瞬間───どうしたって、ボクの視界には同じ班員である
倒れている彼よりも、その先にいる誰かを見ていた。
気持ちの悪い音が止まない。いや、更に強くなる。こんなこと、ボクには初めてのことで、ストレスで幻聴でも聞いたんじゃないかと思った。
でも気のせいじゃないとわかった。ボクが足を進める度、廊下の先にいる『誰か』から鳴る音は大きくなる。
───気持ちの悪い音は、その『誰か』のものだった。
「…いや…誰か、なんかじゃ…ないよね……」
分かりきっている。どうしてか分かってしまう。もし間違っていたら、なんて不安はない。
ボクがそう言うと、彼は肩をすくめた。
そして無言で鎌をボクへ向けようとして…しかし、躊躇するように降ろす。
…それがなんだか、どうにもおかしくて。同時にちょっとムッとしたから、熱くなる顔と上擦った声を実感しながら、気恥ずかしさを抑え込んで最低なことを言う。
「なんだよ、夜はそんな優しさなかったくせに」
「…〜〜〜〜ッ!!」
わなわなと震える。うん、キミならそうなると思った。知らないとか、人違いだとか、キミは絶対に言わないって、なんとなく分かってた。
でも同時に、それは答え合わせにもなった。
気恥ずかしさも、顔の熱も消えていく。代わりに装填されたのは、意識にも上らなかった言葉。
「言ってよ、ブラス」
何を、だなんてボクにもわかっちゃいない。
けど口から出た言葉に、彼は大きく肩を震わせた。
「───ッ」
フードの奥で、息を呑む音が聞こえた。
短め番外編
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