敵幹部でも主人公見たらテンションあがる…あれ?(冷や汗) 作:苦い経験100%
───孤児院、マーサの部屋。
マーサ・クラークは落ち着いていた。
自身の息子がやらかしパート2をしたとか、息子を訪ねてきた女の子が泣き出したとか、色々動揺するであろう状況であっても彼女は感情を努めて抑えている。
その理由として、情報の出所である。過日の様に本人からの連絡ならいざ知らず、今回の場合は「最近何かと早とちりする子」からの連絡だ。
本当かどうか、判断せねばならない。
不法投棄されたものを拾ったり、自作したりした家具が揃うリビングの中。マーサは神妙な顔で、アマネとクサビに問う。声色は、恐る恐るといった感じであった。
「で、疑うようで申し訳ないが…実際どうなんだい?」
「…───」
悩むようにアマネはクサビを見て、唇を動かす。
読唇術を用いた会話だ。アマネは「せめてこの誤解は解きたい」という旨の言葉を無音で表す。
しばしの間が空いた後「落ち着いたみたいだし、大丈夫」とクサビが返した。どうやら、動転した状態での訂正を危険だと判断していたようである。
そんなやり取りの後、アマネは言った。
「そう、ですね…えっと、少し事情があってまだ話せないんですけど、ブラスは2回も間違えてません。
ボクはその、単に彼に助けられたんです。泣いちゃったのは…ボクの問題なんで!」
「すいません…その場で訂正出来ず…」
「よし待ってな、あの早とちり馬鹿の顎を砕いてくる」
「待ってください待ってください!!訂正させなかったあたしの方に責任ありますから!!」
何処からかバールのような物を持ち出したマーサを、目を剥いたクサビとアマネが必死に止める。
おそらく早合点の結果、あれよあれよと此処に流されてしまったのだろう。マーサはそんなことを予想しながら、一つ大きなため息を吐いた。
「…まぁ、あとで解いて貰えればいいさ。今からだと、働きに行く奴もいるし、朝の方が皆揃ってる」
「あ、だったらこれとか返したいんですけど…」
「ああ良いよ良いよ、貰っときな。早合点した迷惑料みたいなもんだよ、お得だお得」
事情については、話せるようになったら話してもらうがね。そう語ってマーサは釘を刺す。
それに対して2人はこくこくと何度も頷いた。
その後に「そういえば」と、アマネの方が話題を変える。彼女の口から出たのは懸念だった。
「本当に此処に泊まって良いんですか? 妊婦さんがいらっしゃるなら、こう…負担というか、ストレスになるとマズいんじゃ…」
「んぁあ、大丈夫。馬鹿みたいに騒がなきゃ問題ないよ。まぁ注意してくれたらありがたい」
「…身籠って何日になります?」
「267、半月切ったね」
クサビの質問に、マーサは即座に答える。
一般的に、出産日までの日数は十月十日。つまり赤子が誕生するまでは280日の時間を要する。場合によってはそれよりも早く生まれる場合も珍しくはない。
調べればわかる、難しくない知識だ。
〝───張り紙が機能する識字率に、診療所も機能する治安…暗黒街って意味の方のスラムとは程遠いねこれじゃ。公安室の立つ瀬がなくなりそうな話だよ〟
クサビはそう思考して、肩をすくめた。
自分達が厄介そうだからと、勝手に手を引いたところが「見返してやったぞ」と言わんばかりの大進歩。
特大の皮肉という他ないだろう。
それはさておき、アマネのおかげで一定の信頼を築けた頃合いか。思考を若干冷たくしながら、彼女は「そう言えば」と話題を変えた。
「地下じゃ一区で大きなことが起こったって話があるんですけど、こっちにも影響があったりとかしました?」
「ああ…あたしも聞いてるよ。どっかの進化者集団がやったらしい。細々としたグループはあったけど、大人数で大事を起こすような集まりが出来るとは思わなかった。
影響はないよ、勘弁して欲しいってのが本音だが…」
そう、それがずっと気になっていた。
アマネは再び思考する。今回の騒動を起こした組織は、かなりの規模を持っている。
隔離場、総合病院、そして足止め。
これら三つに戦力を割ける人数だ。
普通、そういったものが作り上げられる場合、どうしたって「動き」が出る。通常調査に加えて、スラム域の調査をやってれば何かしらの流れは掴めてもおかしくはない。
だがそうはならなかった。
出来たのは後手に回った対応のみ。組織が出来ていたことを調査で知り、密偵を放ってどうにか動きを掴めた程度。捕縛した何名かの構成員の情報から、朧げだったものを明確にすることが出来た。
雲のように捉え難いと思っていれば、思いの外すんなりと定まる。どうにも、チグハグな印象が強い。このことは、何人かの局員も不審に思っている。
そうして思考を巡らせていく中で、
「あと変わったことつったら…強いて言えば、2年前…そん時に新顔が来たくらいか…治療とかに明るい奴だったから、此処にいてもらってる。あとで挨拶しておくと良いよ」
その一言に、2人は微妙な表情で顔を見合わせた。
「あのすいません、ブラスさんがここを出たのは…」
「ん、ああ。2年と少し前だな」
「───…そう、ですか」
◆
───孤児院、個人部屋。
「神さまは、仲間から渡されたお酒を飲んで酔っ払ってしまったのです! そこから先は大混乱、神さまは王座を追われてしまい、夜空には…」
「…おい、これはオレが聞かないといけないお話か? つうか多分良くねぇだろ飲酒描写は。知らねぇけど」
「胎教?ってやつだろ、母ちゃん言ってた! でも本当にお腹にいてもわかるもんなの?」
「オレが知るか、生まれた後のガキに聞け」
金髪の幼い少年は、古ぼけた本を持っている。
彼は自前の碧眼をキラキラと輝かせながら、アッシュグレイの髪を一つ結びにした細身の男を見ていた。
男はその目を酷く疎むように見る。
「オラさっさとどっか行けクソガキ。オレは忙しいんだっての、やんなきゃいけないことがまだ沢山…」
「聞くぐらいしてくれよー!練習したいんだよー!今度はおれがお兄ちゃんになるんだよー!兄貴にしてもらった時みたいに、おれが教えてやる番だから!」
「じゃあオレには向いてねェよ。
…なんならその兄貴とやらに───」
途端、褪せた灰色の髪を揺らして男は部屋の扉を警戒する。彼の手は、少年をすぐに掴める距離だ。
側から見れば子どもを守る姿だが、しかし男の目は澱んでおり、保護者としての色を持っていない。
扉を叩く音が2度3度。少年は「なんだ?」と思って扉の方を見やり、開けようとするがその前に男は「誰だ」という声を扉の向こうへ投げる。
『あー、すいません。少しばかり、此処に滞在することになったので、挨拶をと』
「………ハイバラだ、医者の真似事をしてる。顔は見せないで良い。オレは全人類が薄っすら嫌いなんだ」
『ええはい、聞いています。ついでに、包帯かなんかの替えってあります? もうだいぶ古くて…』
軽い小さな舌打ち。男は子どもに布切れを渡し、扉の方を顎で指す。子どもはハイバラに対して呆れたような顔を向けては「こみゅしょー!」と大声で吐き捨てる。
そして古ぼけた本と共に部屋を出た。
扉の向こう側にいたのは、2人の女性だ。
部屋の方から「誰がコミュ障だクソガキ!!」と怒鳴り声が聞こえてきたが、それを気にする人はいなかった。
「はいこれ、お姉さん目ぇやったの?」
「ん、ありがと。まぁそんなとこかな」
クサビが少年から布を受け取る。
彼は彼で新たな来客をまじまじと見つめた。
アマネはそれに気づけば、膝を折って子どもと目線を合わせながら笑みを浮かべる。
「布、ありがとう。ハイバラさんのお手伝いさん?」
「ううん、おれはここの子だよ。あいつは居候。家賃代わりにみんなの傷とか見てくれてる」
「そうなんだ、お医者さまなんだね」
「新しい家族のこともみてもらってんだー、そうだ! 2人ともまだあいさつしに行くだろ? 大丈夫だと思うけどあんまりさわがないでな!」
「あはは、了解だよ…えっと」
「ああ、名前言ってなかった。おれはソウ!よろしくなー!」
無造作に伸ばした金の髪。色の濃い碧眼。天真爛漫を絵に描いたような少年は、にひひと得意げに笑って「なんかあったら聞いてなー!」と大声で言っては、ドタドタとどこかへと去っていった。
クサビとアマネは、それを見送ってから歩く。
その間に2人は唇をはくはくと動かす。読唇術。音を出さずに、2人はこれから先のことを話し始める。
『…一番手っ取り早いのは、
もう大隊で囲っちゃうことなんだけどさ』
『動かせる理由がまだないんですよね…』
『今のところだと、一番怪しいのはハイバラとかいうやつだね。連絡係で、他に何人か待機…みたいな感じかな。決定的なもの見つけたらとっ捕まえて吐かせたいところ』
『……ボクがここに残って、様子を見てみます。残る理由もそうですが、話題でブラフが何回か出来るかと』
『おっ、頼もしいね。じゃああたしは外を見るよ』
この先、全てがぶっ壊れる見通しを。
◆
「お待ちくださいクリフ副局長!!
流石にまずいですって!!」
「問題ない、権限ならある。裏付けにもなる報告もつい先程に娘から受け取った」
「いや、しかしですね!?」
「秘書。もしこれで俺が免職或いは降格になったとしても安心しろ。次の副局長はお前にするよう通してある」
「マジですかやった!!…って誤魔化されるかバカ!!」
金色の顎髭に、逆立った髪。
彼の手元には胃薬が絶えないが、それは彼が苦労人であることだけが理由ではない。
彼は改革を再三に渡り訴えるもの。
しかしそれが幾度も沈黙されているには理由がある。
「こちら『トイカケ』より『クロカゲ』へ!」
「マズイっつってるでしょーがクソライオン!!
情報源ですよ重要な人材ですよ!?」
「ある幹部にこちらの情報を流せ! なに直属以外の幹部に会えたことがない!? どうにかしろ! 話に乗った以上
「俺止めましたからね!?ね!?」
「幹部については後に知らせる、それとこれを伝えろ! その反応次第で渡す情報を変える!」
クリフ・サンダーズもまた問題児なのだ。
彼はいざという時こそ、自らの権利を使い倒す。その皺寄せとして、結果的に胃薬の量が増えるのだ。
その分、実績も得たものも多いのだが。
「───我々は貴君の故郷に手を放った後である!!」
Tips:ソウは4話冒頭でブラスと電話していた子
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