敵幹部でも主人公見たらテンションあがる…あれ?(冷や汗) 作:苦い経験100%
その日の深夜、マーサの部屋に蝋燭が灯る。
机を挟み、向かい合うようにマーサとアマネが座る。お互いの手元には、温められた白湯がある。
時刻は恐らく真夜中、誰も起きてなどいない。
そんな時間に2人は休息を惜しんで、共通の話題を話し合おうとしていた。
「そしたら〝良いんだよ、俺のことは〟なんて言って、自分のことは何も言ってくれなくて!」
「相変わらずだねあのバカ息子。ここにいた時もそうだったよ。食い物を手に入れても他の子に渡して、澄まし顔で〝俺はお腹空いてないよー〟なんて強がってさぁ…」
それは、とある男の話。
「昔っからそうなんだ。苦しい時になーんも言ってくれない。親失格だよねぇ、要は子どもが辛いってのを話してもらえない親だってんだから」
「そんなこと…!」
「いんやそうだよ。あたしは、きっとあの子に我慢させ過ぎちまったんだと思う。あの子はなんつーか、大人びてたからさ。だから、子どもの世話とか任せちまってた。
頑張ってるのに…甘えさせてやれなかったんだ」
子どもは幼い頃から飢えていた。頭の中にある知識も過去も、何の役にも立たない程に飢えていた。
…いかに知恵や力があろうとも、飢えていては意味がない。極単純な道理にして摂理。命を喰らわなければ生きていけない。彼はそれを身を以て学んでいた。
彼は周りより精神の発達が幾分早かった。
親であるマーサはそれを「自らの手はいらない」と誤認した。いや、誤認せざるを得なかった。
彼以外にも抱えている子どもがいたし、共に生きる仲間達のこともあったから、成長した彼を見て「支える側」に引き込んでしまった。
「…だからかねぇ、しでかしちまったのは。
帰ってきてくれるかなとか、考えちまっ」
「ごほっ、げぼっかはっ!?」
「うおおおお!? だ、大丈夫かい!?」
「い、いえ…咽せただけで…ごほっ!」
そして子どもはそれに応えた。
いや、応えすぎてしまったというべきか。
彼は学んだことに加え、生来の記憶と知識を以って子ども達に様々な教えを授けた。
いざという時は子ども達のために戦った。
側から見れば立派な人材だ。
「─けほっ……彼は会いたいって、言ってました」
それでも確かなことがある。
たとえ酒の場での言葉だとしても、それはきっと本当のこと。それ故に彼は今も苦悩している。
今もなお薄れることのない思いは、いくつかの夜を経て歌声を紡ぐ喉によって届けられた。
「皆良い人って言ってた時の顔、笑顔で! 会いたいって言ってたから、だからきっとまた会えます!その時に目一杯甘やかしちゃいましょう!ボクも協力しますから!!」
「お、おう…その、すごい意気込みだね…」
「甘えられなかったら甘えても良いって!!そう思えるように!!何回だって!!」
うがぁ!とムキになった幼子のような顔。緑髪の少女は、ある種の挑戦に挑むような心持ちでもあった。
何もかんも「助けて」を言えない彼と、それを取り巻く周りの悪意のせいである。
というか全て後者のせいである。
ともかく、マーサは目を瞑った。
一つ大きな区切りをするように深呼吸。彼女は眉間を揉んで、悔いるように俯く。
しかし、確かに目を開く。
そしてアマネの方を見て意を決したように言う。
「…うん、そうだな。あんたには話しておく。あいつの過去を知っている限りの範囲で」
「彼の、過去を?」
「あんたみたいな奴だから、きっと知っておくべきだ。
あいつと会うんならなおのこと」
マーサは「怒られたらあたしのせいにしな」とおどけながらも、その顔は少しぎこちない。
あって間もないアマネでもわかる綻び。
だけどそれは、罪悪感ではない。
もどかしさとか、無力感だとか、自分の至らなさを悔いているかのような顔に見える。
「初めて会った時、ブラスは酷い有様だった」
一人の母親は、己が子の過去を紐解く。
その傾聴者は、思いを力に変える喉を持つ女。
「あいつも飢えた子どもの一人だった。骨と皮だけの子どもの全身に、血がこびりついた有様でさ。
人の皮膚を裏返しちまったみたいな姿だった」
そんな子どもを、かつてのマーサは保護した。
彼女は語る。過去、このスラムは類を見ないほど荒れていた…この世の最底辺、第四スラムはハッキリ言ってそんな有様だった。毎日がチンピラ、ゴロツキ、悪党、人間のクズ、犯罪者、マフィアの見本市だ。
はっきり言って、子どもを抱える余裕はなかった。
それでも彼女達が彼を拾ったのは子どもが「そう」なるのが、此処だと気づいたため。
そんなのは駄目だと、それを許すほど人として終わりたくないと、その時から変化が始まった。
「そんで保護してしばらく経つと、あいつは泣きそうな顔でこう言うんだ。〝おれにできることはありませんか、おれはなにをしたらいいんですか〟何度も何度も、何度も言ってきたから、あたしは何にもしなくて良いって言った。
とにかく体を治して欲しかったから。
でもそしたらこの世の終わりみたいな顔して〝じゃあいますぐでていきます〟なんて言うからさ! もう馬鹿なんじゃないかって思った!!」
積もった不満を口にするように、母親は大声で言う。頭を抱えながら「そういうとこだぞほんとお前」とため息を吐き、アマネもウンウンと何度もしきりに頷いていた。
「あたしは色んなことを教えた。スラムの生き方、物の食い方とかね。あいつはあいつで、計算とかは出来たから」
しみじみと語る、緑の目は懐かしさを帯びる。
おかしなこともあったのか、マーサはケラケラと軽い調子で昔の思い出を笑っていた。
「…いつの日か、ブラスが皆に教える側にいた。
ここにいる奴らの殆どは、ブラスに勉強を教えてもらったことがあるんだよ。
ブラスはあたしらに『人にしてもらった』なんて言ってくれたけどね、あの子もあたしらを人に戻してくれた」
そうして、地獄が変わって行った。
尽力による治安の改善で、死者の減少。
読み書き出来る人が増えて、稼げる人も増えた。
その日その日が安定して続き始めたのだ。
「…彼がそんなだから、ボクは───」
ぽつり、と緑髪の少女がこぼす。
つい口から漏れ出たような言葉なのか、彼女は慌てて口を塞ぐ。しかし、マーサは笑って「言いなよ」と言った。
アマネは逡巡する様子を見せる。本当に言っても良いものか、そう悩んだけれど───彼女は結局、意を決して言った。
「自分の全部を、彼に使いたいと思ってるんです」
「???????????」
母の脳がオーバーフローを起こした。
いきなりすぎるし、重たすぎる。
「…ッスゥーーーー……えっと?」
「? 自分の全部を、彼につか」
「ああ聞き間違いじゃなかったね!ごめんね誤解させちまったね!?発言と顔が不一致すぎて困惑したのであって聞こえなかったわけじゃねぇんだわ!!」
アマネは顔を赤らめながらニヤけていた。
そんな初恋を惚気るような感じで軽々と自分の全部を、だなんて言うから脳が言語をうまく処理できる筈もない。
場の空気が180度裏返ったと思いながら、マーサは恐る恐ると言葉を選んで言う。
「…あの、あの子一応こう、酒でしでかしちまってるし、責任とかも抱えちまってるからこう、なんだ…」
「ああ大丈夫です!それはそれでこれはこれなので!」
「あんた実はどこぞのヤクザの娘さんだったりしない?」
「え、そんな酷く見えます!?」
ああ、酷く重たいねと言いそうになるがマーサはその言葉をすんでのところで飲み込んだ。
その代わり、否定せずに話題を変える。
…可愛らしい声と顔立ちの筈なのに、どうしてか彼女から一瞬「
「…その、…一応どうしてそう思ったのか聞いても?」
「うーん…助けてもらったから助けたいのに、突っぱねられて、ムキになってるのもあると思うんです」
でもやっぱり、と彼女は言う。
「好きになっちゃったし、放っておけないって思っちゃったんです。どうしようもないくらい」
彼女の喉に、彼の辿った道が刻まれた。
◆
〝独りになんてさせないから
小さな事じゃないよ
大きな痛みだろ
僕はいなくならないって誓うよ〟
◆
ご大層なことを考えてなくても、それらしい拠り所を嘯けば人は面白いくらい簡単に集まる。
もしくは圧倒的な何かを見せるとかだ。
多くの人は事実に気づいても、もうどうしようもないと諦めて、何故か勝手に沼の底へと沈んでいく。
その選択から目を逸らし、その選択を正当化し、そして真実を見ないまま力に頭を浮かされていく。
形骸化したそれに集る様は、まるで腐肉に集う蛆虫だ。
やがて腐ったものが本題になり、当初の目的から外れて、壊れていく様は愉快なものだ。
〝報復を、報復を〟
ああ、だけどその気持ちは、よく分かる。
崩れ去った山にわざわざ集ったお詫びに、何もかも壊して、平らかな地平を見せてやろう。
心の奥底で、そうなった方がマシだと思っているお前達のことはわかっているつもりだ。
俺がそうで、お前達もそうだから。
でも俺は決して折れたわけじゃないと、きっと知らないのだろう。お前達は、俺にないものを持っているから。
───苛立ち、無力感、そして諦観。
その中に溶けて消えてゆくもの。
だけど皆全てが最高に等しくひどく気持ち悪い。自他の澱み全てが気持ち悪い。力に溺れていく被害者、力に驕って振るう加害者、対立を利用する悪徳者、尚それでも良くしようとする治療者。
そんなこの世の構造をいらないと思った。
多分だけど間に合わない。良くはならない。悪くなるしか道はないと嘆くなら、それを加速させてやろう。
そうして全部、真っさらにしてやろう。
〝慣れないことまでやって、その果て目的が八つ当たりな時点で、あんまりいい印象ないよ〟
〝すごい歯向かうし口答えするなお前〟
〝すこぶる悪印象ですアイザック様〟
〝何なんだお前ほんとマジで〟
でも一つ、掘り出し物を見つけた。
面白いことに、盲目的なやつじゃない。一度負けても折れるような心でもない。
力は使えるから、脅して使おうと思った。放置するには厄介だから、使えるだけ使おうとぼんやり考えていた。
でもそいつがいた所は面白かった。
どいつもこいつも、この世の淀みなんかどうでも良いって顔して生きてる群体がそこにある。
そいつと、そいつの仲間が作った場。
そいつは今も泥の中1人だけ、1人だけ前を見ている。
目を塞がないで、ずっと自分がやらかしたこと、やっていくこと、やってしまったことを見ている。
そのくせ、何処までも欲張りで我儘だ。
気味が悪いけど、少し見てみたい。
詰めて折れたらそれでおしまいでいい。
少しだけ、面白いこともあった。
それだけの話でいい。きっとな。
そう思ってたらあいつはとんでもねぇトラブルを持って来た。慣れないことをやってる俺への
本人もやっちまったって顔して言うもんだから、真実なんだと分かって尚のこととんでもねぇと思った。
いやなんでその立場でワンナイト? ロック過ぎるだろ、俺が思うのもアレだがイカれ極まってんなオイ。
脅しが通用しないかも、なんて思ったりもした。
でもまぁそれ以上に慣れないことやってる真っ最中にアクシデント持ってきて欲しくないんだよふざけんなって気持ちがあるけどな。
「───ああ、寝ちまってた」
そんな夢での振り返り。俺の夢が過去を巡った。
そんで目が覚めた俺の頭に、何かが閃く。
「……うわ、マジか…惜しいな…」
直感のように冴えた感覚と、空への意識。
それが俺に幾つかの先を教えてくれる。
でも今回の内容は、あまり嬉しくない。いや、嬉しくないというかあんまりワクワクしない。
〝神父が堕ちる時、青褪めた騎士は死ぬ〟
落胆が半分と、うまくいったかって気持ち半分。
まぁどうあれ、儲けはある。エリヤがマイナス方面に振り切ってくれるのはありがたい。念の為ではあるけれど、自分が変わる姿は見ておきたいものだ。
とは言え、あくまで勘みたいなものだ。この通りになるには、下手に状況は動かさない方が良いだろう。
「…二度寝すっかなぁ」
その時が来るのは、もう少し後。それまで、もう少し休んでいよう。計画とか面倒だし怠い。そもそも、一本通った考えをまとめるのも、通すのも苦手なんだ。
やろうと思いついたらやる方が得意だ。
いやはや、我ながらひっでぇ薄っぺら。
そんなことを考えながら目を瞑る。
ああ、またかっこよさ気な言い回しを考えないとか。あはは、後からダサって思わないようなやつ考えないと。
…いやなんかもう無理そうだけど。
とりあえず今はぐっすり───と、メッセージか。
「スラムに行かせてたやつか。どうした?」
『…すんません、あの野郎が地下からやってきたド重たい女に目ぇつけられてるっぽいです』
「うわはははは!!あいつ生きたイレギュラーか何かかよクソッタレ!!叩けばまだホコリでるんじゃねぇの!?」
『笑ってる場合ですか…もしあいつがそいつともワンナイトしてて、あの女が地下のヤクザとかだったら…』
「笑えねぇよそんでもってもしそうだとしたらあいつはもう人の心がないエージェントか何かだと思いたいよ!!とりあえず事実確認してくる!!」
ああもうほんとクソッタレ…!
あの予知みたいなの受取拒否とか出来ねぇかなぁ!?
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