敵幹部でも主人公見たらテンションあがる…あれ?(冷や汗)   作:苦い経験100%

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なんでぇ?(8,000字行った)
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「ずっと背伸びをしていた」「だから大人には遠かった」

 

 トレーニングルームを後にして、休憩室の方へ…とは言っても、真横なのでそんなに時間はかからない。

 というかほぼ一瞬だ。廊下を少し歩けば着く。

 

 夜が更けたせいか、廊下は人がいない。

 窓から見える電灯もまばら気味だ。当直の人や、自分から残ってる人がほとんどなのだろう。

 

 休憩室に入る。あるのは外を見れる大窓、洗面所、自販機、それとテーブルとソファがセットに置いてあった。

 …前々から思ってたが、こう、近未来的なデザインが多いのは趣味なのだろうか?

 カッコいいから好きだけども。

 

「……顔洗うか…いやダメだ今包帯巻いてる」

 

 洗面所の前まで行ってから気づいた。ミイラみてえな顔してんな、蒼白色の髪と目でかろうじて誰かわかる有様だぞオイ。とりあえず、後で巻き直しておこう。

 …我ながら贅沢な思考になったもんである。

 

 包帯を解く。布が擦れて、打たれた所が痛む。解いた後に鏡を見直せば、頬が若干腫れていた。

 訓練じゃなかったら何回死んでたか。相手がヤバい奴だから、なんてのは言い訳にもならない。極端な話、これが実戦だとしたらアマネは死んでいた。

 

「……っ」

 

 顔を洗───いっっっっだ!?!! そりゃそうだわ治ってもないのに強く触ったり水浴びせたりしたらそりゃ痛えわバっっっっっカじゃねぇの俺!!!?

 

「が…っ!! ぉあ…ッ!? ……!!」

 

 痛すぎて声も出ねぇ。鏡の前で顔押さえたまま呻いてる姿とか、傍目から見てホラーすぎる。畜生、真面目に思考回そうとした途端にこれだよ。しまらねえにも程がある。

 ったく、自分のシリアス力の無さが泣けてくる。

 俺は肩を落として、ため息を吐く。

 軽く優しく顔を拭いてから、自販機で水を買い、その辺りのソファに腰掛ける。

 水を一口飲んで、呼吸を落ち着かせた。

 

「…うわ、血の味……げぇ…」

 

 顔を思いっきり殴られた時に、口の中を切ったのだろう。飲んだ水も鉄臭い。思い出すことが多すぎて好きじゃない味だ。つーか口の中から血の匂い半端なっ。

 いやでも記憶が蘇る。

 どうしたって真っ先に思い出すのは先のことだ。吹っ飛んだ俺の右足。泣いて歌って、足を繋いでくれたアマネ。トラウマが刻まれたあの日庇った名前も知らない誰か。

 強く残った言葉が、頭をよぎる。

 

『…ボクの大事な人を蔑ろにしたのは誰かな』

『まアレだな。良いことするにしたって、やり方があるってことだな。きっちり学んどけ、また彼女泣かすぞ』

 

 前々から、薄ら思ってはいた。

 守れていても、護れていないって。

 

 外からの傷とか、クソ拗らせた厄ネタとか。

 そんなのから何かが傷ついたり、殺されたりしないように鎌を振るって来たけど、周りの人達が傷つかないよう保つことは出来てなかった。

 誰かを助けたら、誰かが泣いてた。

 切ることはできても、繋ぎ止めるのが下手くそだ。

 このままじゃ駄目だとわかってはいる。

 少なくとも、もし運命があるとしたら、そいつはもう俺のやり方を見逃してくれないだろう。

 

 やらかしで何とかなったけど、それが二度も三度も続くわけがないっつーか続いてたまるか。

 …そもそも、かましたやらかしに救われるってなんだよ。災い転じて福をなすってレベルじゃねぇよ。災いを無理やり福に鍛造してるようなもんだろこれ。

 

「あー、───…バカだなぁ、俺」

 

 ソファの背もたれに身を預けた。

 途端に、疲労がどっと押し寄せて来る。今日はしこたま殴られたのもそうだが、最近色々と考えさせられることも多すぎて、少し気を抜けば頭が重くなる。

 天井を見上げるように力を抜く。

 無機質な電光がじっと俺を照らしていた。窓から見える夜空は真っ暗で、だけど落ち着く色だ。

 一人で頭ん中を整理するには向いた夜。

 

 『守りたいのか? 鎮圧したいのか?』

 

 訓練中に最強から言われた言葉を思い返す。戦い方までブレてちゃ話にならない。

 アマネが倒れた瞬間をフラッシュバックする。

 それが今の俺の限界だ。

 受け止めなければならない現実だ。

 

 やりたい事なんて、最初から分かっていたのに。

 大事な人達を守りたいから、鎌を振るっていた筈だ。見ないふりして通り過ぎることが出来ないから、鎌を振るうしかなかった筈だ。

 ひっでぇ矛盾だって思う。

 

 俺は誰かから大切に思われてるなら、俺も俺を大切にしなくちゃいけなかったんだ。

 そうしないと、大事な人から泣いていく。

 俺が大切な誰かが傷ついて苦しんだように、その大切な誰かもきっとそうだったのに。

 俺はずっとそれを、見ないふりをしていた。

 大事に思われてるにも関わらずにだ。

 本当、バカにも程がある。

 

 でも遅すぎるスタートラインに、やっと立てた。

 頭は冴えてる、呼吸が甘い、胸が重い。

 夜空が近い、目が冴えている、心が沸き立つ。

 

「…よしっ! …いってぇ!!!!」

 

 心機一転で顔を叩いて自爆した。しまらねぇが、今更気づいたろくでなしには丁度いい。

 分かってんのに目を逸らしていた。

 だから、さっさと走り出して挽回しなくちゃ、方々にかけた迷惑に報いることができない。

 

 既に知り得た流れ、なんてのは何処にもない。

 そんなものは最初から覆した。つーか真面目な思考してんのにワンナイトが頭をよぎるの本当にやらかしのデカさを改めて思い知る。この記憶のせいでシリアスが軒並み死んでくけど、後悔はない。

 死にたいくらい反省するけど。

 

「…今は動向も掴めてないけど、裏切った蝙蝠野郎には恨み骨髄だろうしなぁ…っと」

 

 さて、内省は終わり。

 やりたいことも、やるべきこともはっきりした。

 次に思考を割くのは、ラメントのこと。今はまだ地下にいるだろうが、恐らくもう何人かは地上に出ていると想定すべきだろう。とは言え、そんなに人数はいないだろう。

 

 問題は、誰が出て来ているかじゃない。

 地上に来たあいつらが、真っ先にやりそうなことだ。

 

 地下に追いやられた時点で、そこから全員を損失を少ないまま地上に出すことが大目的。

 そんでもってあの暴走した進化者が、あいつらの手引きしたことだとすれば、他の奴らが出るための揺動だというのが妥当だろう。

 そんでもって、能力が暴走するほど他者の精神を追い込めるのは、幹部であればアナーキスト、そしてクロユリ。

 前者は投獄中だから無し、後者もあり得ない。

 

 クロユリは自由自在に幻を作って定着させる能力を持つ。脆いが、しかし確かなリアリティのものを。人を惑わす点において、彼女に勝るものは存在しない。

 だが、彼女の目的は分かってる範囲じゃ「自分と同系統の進化者を囲い込む」ことで、ラメント全体への仲間意識は希薄だ。良くて部下を派遣する程度だろうか。

 もちろん、記憶の中ではという前置きが入るが。

 

「…粛清に人回すほど余裕があるとは思えねぇけど…キュリアがどう動くか」

 

 局長は「頭の中で『分からない』と判断したものは、警戒しておいた方がいい」と言っていた。

 …キュリアが認める『同類』の範囲はあくまで、自身らに与するもの。それ以外は敵か不用品として扱う。この点から考えると、裏切り者への殺意は恐らく想像以上だ。

 

 あいつの性格からして、家族達や子ども達は狙われるだろう。単に殺すか、再び人質として奪いに来るか。

 可能性が多くて予想がつかない。

 なんなら、俺がこっちで関わった人達…今の班員、アンニュイな刑事のおっさん、一時バイトしていた店の店長、アマネにまで矛先を向けても、おかしくはない。

 

「一回、意見にまとめて上に送るか。一人の頭より、たくさんの頭の方がいいだろうし…いや本当に今更だな、バカにも程があんだろ俺」

 

 幸い、ラメントに関することなら、局長にそのまま書類を送れる(検査は当然入るが)し、一人で抱えても仕方ないことは、他の人を頼ろう。

 そうじゃないと、取りこぼすだろうし、また泣かせる羽目になる。

 

 兎にも角にも、やることは決まった。

 少し夜更かししても、色々考えたことをまとめて提出しておこう。時間はそれこそ一秒だってない。隙があるなら、そのうちに動いておかねぇと…。

 それと、大事なこともある。

 ちゃんと話しておかないと。変な別れ方しちまったし。多分まだアマネも帰ってないはず。帰るなら俺に連絡するだろうし。

 

「…うし、戻る、か───っ」

 

 

 

 

 

  ◆

 

 

 ブラスが席を外している間、ハルニレはでんぐり返しが失敗したような体勢のまま床に転がっていた。

 黒のツーブロック、威嚇するような鋭い目。

 普段ならその出立ちに気圧されるものもいるのだろうが、いかんせん体制が悪い。

 しかし、こういった事に対し無自覚なのか、ひっくり返った足の隙間から覗く顔はそのまま喋り出してしまい、なんともシュールな姿を晒す。

 

「…顔を合わせた時から思っていたが」

「ごめん、その面白い体勢で喋るの一旦やめよう? 何にも話が入ってこないから」

「なんだと貴様」

「…ふんっ、ふふ…ふぐっは、ひははははっ!!」

 

 アマネは露骨に顔を逸らす。

 ミナヅキはとうとう決壊して笑い出した。

 

「……甚だ遺憾だが、佇まいを正さないとお前達とはまともに話すことすら難しいらしい…」

 

 ぎりぃ! と歯軋りをする音。

 それと共にハルニレは立ち上がった。

 その様を見て、やはり水色の髪を持つ小さな少女はコロコロと笑っている。どうやら彼女はシュールギャグに弱いらしい。ギャグの意図は無かったのだが。

 

 とにかく、ハルニレは問い直す。

 

「過去に一度、俺はあの男…ブラスとは戦闘した覚えがある。その時の奴は明確に〝向こう側〟の存在だった。

 だから奴の現在の立場が、何らかの謀略であることも理解している」

「……………ウン、ソウダヨ」

「…知らないって、幸せ」

 

 過去が頻繁に殴ってくるなぁ、とアマネの翡翠にも似た緑の瞳が遠くを見る。ハルニレはブラスの加入を何らかの作戦ないし取引と飲み込んではいるようだが、起因が一夜の過ちと知れば彼は驚きで「ほあ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛!?」と奇声を上げるのではなかろうか。

 

 そんなことを思いつつ、アマネは彼の話に耳を傾ける。特段仲が良いわけでもなく、むしろ悪印象の方が強いが、しかし会話を断絶するほどの嫌悪もなかったから。

 その発言が、探るようなものでも。

 

「だが、奴は確かに『被害』を見過ごしたもので、加担したものだ。その存在と、お前は事もあろうに笑い合い、思慕を示している。…そのチョーカーは奴からの贈り物か? だとすれば思慕には留まらんか」

 

 アマネは、咄嗟に自身の喉元を触る。

 黒革のチョーカー。その留め具は蒼白色のストーン。

 それは確かにブラスからの贈り物であり、彼との関係性を定めた彼女にとって大事なものだ。

 そして別に隠す必要もないことでもある。

 彼女はそれをこともなげに暴露した。

 

「うん、付き合ってるけど」

「そうか、しか…なんだって?

 

 出鼻をくじかれたハルニレはフレーメン反応を起こした猫のような顔をして、アマネを二度見する。

 緑のショートヘアの少女は首を傾げた。

 なんだっても何も、確信があったから聞いたのではなかったのか? と彼女は不思議そうだ。

 

「隠したりとか、その…しないのか? いや、ほら、奴の元々の立場は…わかってるだろう」

「うん、わかってる。

 でもね、ボクは不公平になっちゃったんだ」

「……っ!」

 

 知ってか知らずか。アマネはハルニレが続けようとした話を、笑顔で封殺していた。

 側から聞けば、惚気にも聞こえただろうが。

 

「アマネ、何か強くなった? たのもし」

「えー…どうだろう? 凹む時は普通に凹むし…いや、それを言ったらミナヅキちゃんもだよ。

 何というか…、前より能力使いこなしてない?」

「だとしたら、アマネのおかげ。会話出来る分、頭も良くなった。幅も広がる。ぴーすぴーす」

「大袈裟だよー」

 

 瑠璃色の少女と、緑色の少女が笑い合う。

 その横で黒髪の少年は口元を戦慄かせた。

 

「…っ、貴様はッ!!」

 

 乾いた破裂音じみた怒鳴り声は、焦りもあったのかも知れない。ハルニレに漏れず、E班のメンバーはミナヅキを除き、アマネに対して手酷い扱いをしていた。

 半端者だと、部外者だと辛く当たった。

 その不満の源泉は、アマネの元が非能力者であったことに由来する。

 後天的に力を得て、普通から転落し、その上で己達の輪に入ろうとする彼女のことをハルニレは良く思えなかった。理解を示すことを諦めた。

 彼女に悪意がないと知りながら。

 

 そんな彼女が、自身とは遠い何処かにいる。半端者と扱った自身を認めたくなるような、矮小化してしまうような、そんな若さゆえの焦りがある。

 

「何も思わないのか、奴が加担した、看過した被害に…! ただ本意ではないから良いのか!? 事情があったから良いのか!? それでは被害を被った人達は納得しないし出来ないだろう…!」

 

 あるいは、過去と若さ由来の潔癖さもあるのか。

 しかし、アマネは思った。彼にもきっと、それなりに重い何かを経験したのだろうと。

 だから、彼の言葉を否定しないし、吐いた言葉がそのまま彼に刺さることも指摘しないし、言い返すこともしなかった。

 

「…言ったでしょ、ボクは不公平なんだって」

 

 力強い宣言がそこにあった。

 

「わかってる、知ってる。ブラスのやったことは。その上でボクはブラスの人生を『そうだったんだね』って頷いた。

 大切な人達を守りたいとか、やってしまったことの後悔とか、子ども達には未来を選べるようになって欲しいとか、欲張りってくらいあるブラスの背中を押したんだ」

 

 翡翠の瞳は毅然として、かつての恐怖と向き合う。

 それは彼女が確かに進んで来た証だろう。

 

「でもね、卑怯なことを言わせてほしいな。家族や大切な人が殺されそうな時、キミは『正しいこと』が出来る? …ボクはきっと無理だ。父さんも母さんも、友達も恋人も、切り捨てることなんて出来ないよ」

「ッ───!」

「…ボクはブラスの側に立つし、ブラスの歩く道に付き合う。これは絶対に揺るがないし、変わりようがない。

 だからきっと、たくさんの人に恨まれたりすると思う」

 

 それでも離さない、と彼女は言った。

 少女にしては珍しい明確な断絶だった。反撃の意思だった。これ以上ない強い言葉だった。

 その力強い双眸は、まるで鳥のようだった。

 

 ハルニレはずきり、と胸が痛んだ。

 彼の脳裏に何かが走ったのか、それとも単に忘れてはいない自身の原点を思い返したのか。

 だが同様のまま、その言葉は口を出た。

 

「……なら…母さんも」

「?」

「…何でもない…ッ!! 何も!!!」

 

 咄嗟に出た『母』という単語。

 自覚は早かったのか、首を傾げたアマネに対し、彼は声を荒げながら踵を返す。

 まるで逃げるような足の速さ。

 だが話を聞いていたもう一人の少女、ミナヅキはその逃亡を許さなかったようだ。

 どばん! と大きな音だった。

 小柄な身の丈に似合わぬ力強い音は、ハルニレの行こうとする先を足で塞いでいる。

 …壁に足の跡がつかないことを祈るばかりだ。

 

「一つ言わせろ。今のお前になら、話すべきだ」

「何のつもりだミナヅキ…!」

「わたしの能力、知ってるか」

「…身体能力の際限ない強化だろう!

 それが今更なんだと…!!」

「わたしが今、喋れるのはアマネのおかげ」

 

 唐突な告白だが、それはハルニレの頭を殴った。

 彼女の辿々しい喋り方の真実は、その実教わったものだと、あまりにも唐突な暴露。

 ミナヅキは、胸に手を当てながら言う。

 

「この喋り方、教わるまで話せなかった。この能力、前例、無かった。脳が強いまま。どもってばかり、思考と行動がガタガタ。でも、今はこの通り。脳が慣れた」

「…………ぉれ、は…」

「その本当を、今のお前に知って欲しかった。

 今の偏屈アガタなら、ちゃんと意味もわかるだろ」

 

 半端者と下していた者は、その実最初から奔走していたぞと瑠璃色の瞳が、黒い瞳を見据える。

 過去の選択が今に追いつき始める。

 そしてまた、選択の時がやって来ただけの話。

 

「………づ、ぁああああああああッ!!!!」

 

 だが、それは今性急に下すものではない。

 少なくとも、ハルニレ・アガタという少年には時間が必要だった。彼には一人になる時間が必要だったし、彼もそうしなければ『保てない』と確信していたのだろう。

 逃げるように去った背中を、二人の少女は見送る。

 アマネは「あ…」と咄嗟に手を伸ばしたが、ミナヅキは肩をすくめてからため息を吐く。

 

「…世話焼ける、追いかけてそのまま帰る。

 アマネもあいつ連れてもう帰れ、遅いから」

「……うん、そうするよ。ありがとうミナヅキちゃん」

 

 今日も昔も、と少女は微笑んだ。

 

 

 

 

  ◆

 

 

 

 

 そろそろ戻ろうかと、伸びをしていたのだが、隣の部屋からいきなりクソでかい壁ドンが聞こえて、俺は驚いて床にひっくり返ってしまった。

 …尻餅である、尾骶骨クッソ痛い。

 腰のあたりを二、三回叩きながらゆっくり立つ。ヒビが入ってないことを祈るばかりだ。

 

 ペットボトルの水を飲み干す。

 空になった器をゴミ箱へ入れる。

 

 忘れ物───は、ないか。そもそもトレーニングルーム前のロッカーボックスに全部置いたまんまだった。

 やっぱまだ今の生活には若干不慣れらしい。

 

「よし、じゃあ行くか」

 

 …心臓が若干、リズムを乱す。

 頭の中がもやもやする。言葉が浮かんでは消えていく。緊張というか、言いたいことはあるのに何を言ったら良いのか、分からないもどかしさがある。

 でも、足は隣の部屋に急ごうとする。

 俺がきちんと考えて決めたこと。

 今までの謝らなくちゃいけないこと。

 それを俺はアマネに言うべきだと思ったし、言わないといけないという義務感みたいなものがある。

 

 でも、本当に男って馬鹿だと思う。

 

「あ、いたいた! ブラス、もう遅いから帰ろっ!」

 

 …アマネを一目見ただけで、思考が全部爆ぜた。何というか、今まで落ち着いてなかったというか、視野が狭まっていたのは、うん、認める。

 でもその自覚が「あ、トレーニングウェアかわいっ」はなんかもう台無しだろう色々と。

 どうも、やっぱり、俺は男らしい。

 

 で、そこからはもうダメだった。

 

 一回自覚した火種が、今までの全部を燃やしてくる。守られていたんだと、命を繋いでもらってるんだと、大事にされているんだと、今度はちゃんと理解できた。

 俺は、ちゃんと見えるようになっていた。

 溢れ出した心が、俺の行動を勝手に決めていた。右手は伸びた途端に彼女の腕を掴み、自分の元に抱き寄せ、力強く抱きしめている。

 

「…? ちょ、ぶら、すっ!?」

「………」

「まっ、待ってよ! ボク、ほら、いま汗臭いだろうし、その、あの、ちょっと聞いてる!?」

 

 いつのまにか、俺は背が伸びていた。

 前は同じくらいだった身長も、今では僅かに俺の方が上だ。同じ目線で見つめられないことは残念だが、もっと伸びれば自身の体に彼女を閉じ込めるように抱きしめられるだろうし、悪くないことだと思った。

 

 …腕の中にある身体は、熱い。

 運動後の熱がまだ冷えてないのだろう。冷めて風邪を引かないと良いな。ここ最近、冷えて来た。子ども達にも、家族にも、そろそろ防寒具を送って…いや、違うな。今度、一緒に買いに行こう。

 …でも、今は。

 

「悪りぃ、ちょっと甘える。あんたの体温とか欲しいから。後で怒ってくれ」

「んー! んーっ!?」

 

 より強く抱きしめる。

 苦しいと、背中がバシバシ叩かれるけど、その抗議も今だけは見なかったことにする。

 柔らかい身体だ。脆くて、優しくて、壊しやすい。ああ、やだなぁ。ずっと無事でいて欲しい。無理なことだってわかってんのに、そう望まずにはいられない。

 一生、ここにいて欲しい。

 繋ぎ止めていたい。何処にも行って欲しくない。

 

「へ?」

 

 望んでもいるけど、拒んでもいる。

 馬鹿馬鹿しいほどガキみたいな矛盾。傷ついて欲しくないくせに、その願いが傷つけると知ってるから、その欲望を飲み下してる。でも思うだけなら良いだろう。

 

「…ごめん。俺さ、ちゃんとするから。皆のことも、あんたのことも。絶対泣かせないように、悲しまないように、ちゃんとするから、だから、そのさ」

 

 ああ、駄目だ。

 綺麗に言えると思ったのに。

 子どもみたいな言い方になってしまった。

 

「…守って、生きたい」

 

 …言ってしまえば、簡単なことだったから。

 やりたいことは変わらない。皆が無事で、笑ってくれたら、それで良い。俺がしてしまったこと、見過ごしたことも、その分もちゃんと考えた上で。

 

「それで、あんたや皆と笑っていたい」

 

 叶うなら、途方もないくらい長く。

 生きて守って笑って苦しんで立ち上がって歩きたい。

 

「でも、独りじゃ無理だってやっと学んだ。やっとわかった……やっと、甘えられる気がする」

「……それは甘えじゃないよ。独りじゃ限界があるに決まってる。だから当然のこと。

 ボクはね、助けたいから助けるし、他の人もそうだし、そんな理由じゃない人も同じ目的だから力を貸してくれる」

 

 きっと『守りたい』のは皆がそうだと、彼女は笑う。沢山の問題はあるけど、とその笑い声に苦さを宿しながらも、強く抱きしめ返してくれた。

 

「…なーんかやっとキミと一緒になれた気がする」

「げ、そんなヤバかった!?」

「うん、ずっと勝手にどっか行こうとする感じ」

「……それは大変申し訳ない」

 

 どこからともなく夜の風が吹いた。冷たいそれが、二人の体を冷やす。不快ではない。

 この冷たさも、いまは心地いい。

 さて、やることをきっちりやらなくっちゃ。

 俺はもう、きっと折れようがないんだから。

 

 

 ───そうして、じゃらり、と俺の体の中から鎖の擦れるような音が聞こえた気がした。

 

 





Tips:ミナヅキの能力は脳のリミッターを外し、身体を強化するもの…なのだが、その強化の幅が無制限であり、制御も難しかったため、訓練時代はまともに喋ることができなかった。
 本来の場合、ミナヅキから順番にE班の仲間達を理解していく…のだが、そんな流れをぶっ壊したのが一話である。

短め番外編

  • 学パロ世界線
  • ひたすらキスだけのブラスとアマネ
  • 彼氏持ち女性陣トーク
  • 野郎どもの猥談
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