敵幹部でも主人公見たらテンションあがる…あれ?(冷や汗)   作:苦い経験100%

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みじかーめ


「あれ?詰んでね?」「ひっくり返せるだろおめー」

 

 アンニュイな風体の刑事───モリミネ・キョウヘイにとってその日は最も重要な契機となる。

 彼が担当していた現場『屋敷爆破跡地』を個人的に見て回っていた時のことだ。

 

 いきなり拉致られた。

 ()()()()()()()()()()に思い切り拉致られた。

 

 次の瞬間には何処とも知れぬ酒場にいた。カウンターバーではあるが、店主も店員もいない後ろ暗さ満載の店。

 そこにいたのは、下手人と思しき一人。

 その傍らには少女が一人。

 

 下手人と思しき褪せた灰色髪を持った青年は、今にも携帯を使おうとするモリミネを必死に止めた。

 

「まーまー、話を聞こうぜ刑事のオッサン、判断が早いぞオッサン助けろオッサン頼むぜオッサン」

「えっと…落ち着いてくださいおっさんさん?」

「今すぐしょっ引かれてぇのかクソガキズ」

 

 随分な挨拶だなこの野郎。

 そう思うキョウヘイは、ため息を吐く。

 

「で、なんだよお前ら。いきなり人を攫うわ、いきなり『ラメント』の動きの予測を語るわ、はっきり言って頭に入んねぇよ。誘拐までやってるとは思ってなかったが、弁明あるかトリイオオジ・ハイバラ」

「シャラ、やべェぞ。このオッサン優秀だ」

「優秀なおっさんさんですか?」

「そうだ、偉いオッサンだ。頭下げたくなる」

 

 ハイバラは笑いながら、余裕そうな顔を晒したまま、隣に座る黒髪青目の少女に言う。

 あくまでおっさん擦りをやめない二人。

 否、少女の方は無知なまま言っているのか。これは頭が痛いことになりそうだとキョウヘイは項垂れる。

 

「簡単な話だよ。近々でラメントは動く、絶対に動く。暴走騒ぎに、ここ最近で元幹部が喋らねェとは言えニュースの一面に登場だ。どうしたって動かなきゃならねェ」

「そりゃそうだろ。対策局がどんなつもりか知らねぇが、喧嘩を売るにしちゃ大胆すぎる。今頃、裏側は相当騒いでんじゃねぇのか? あ、テキーラ。ショットで」

「ああ。威厳の回復はもう無理だ。かつての『進化者の武力改革組織』なんて他所からの呼ばれ方も、今じゃ『クソガバ組織』だ。つーか割と余裕あるなオッサン」

 

 まさかの注文に、渋々ハイバラが立つ。

 そのままカウンターの向こうに消え、その場にはシャラだけがちょこんと残された。

 どうやら貸切だったらしい。

 そういう『場』を貸し出す店なのか、元からあった酒場を買い付けたのか、キョウヘイは助けの期待は出来ないと思い至れば、静かに腹を括る。

 そんな不安の中、シャラの声が通った。

 

「…あの、多分…きっと大丈夫です」

「あん?」

「あのひとは『優しかった』ひとだから」

「……ストックホルムって目じゃねぇな。

 しかしまぁ、ハラエドの妾腹が何してんだか」

「?!?!!」

「いやびっくりしすぎだろ。ハラエド院長抑えてんだからそら情報の一つや二つくらい『吐かせる』っての」

 

 言葉とは裏腹に、面倒なことになったとキョウヘイの内心は戦々恐々としている。

 マジか、まさかとは思っていたが、と。

 そんな彼の焦りなど知らず、呑気な顔をしてハイバラは酒の入ったグラスを持って来た。

 

「なんだ、意外と仲良くやってんじゃねェか」

「……この調子じゃ何も知らねえだろうな」

「あん?」

「何でもねえよ、要件さっさと言いな」

 

 が、取り敢えずは話を聞くことにしたらしい。持って来た酒を受け取り、一口で飲み干した。

 そんな刑事に、ハイバラは言う。

 

「銃貸してくれ、それとシャラ(こいつ)匿って?」

「嘘だろお前、ここまでしといてその二つ???」

 

 拉致までしてやることがしょぼ過ぎる。後者はまだしも銃を『貸して』と来たものだ。返すつもりもあるらしい。待遇が良いっちゃ良いのはこの為か? と思いつつ、予想外の手合いにとうとう刑事は頭を抱える。

 

「おま、…おまえ…っ、その連れてる子が何なのか、本気で知らねえのかお前…」

「何って、ただの妾の子だろ?」

「んなわけあるかぁ!! いいか、あのレポートの内容が妄想じゃなきゃ、恐らくそいつはあのドグサレ外道が頭ん中いじくり回して作りやがった『次の進化を探す鍵』だぞ!? そろそろクソ野郎達が血眼、にな───」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 灰色の瞳は、赫怒の一色。ひどく底冷えするような冷たさと、今にも爆ぜそうな感情の爆弾。

 しかし、口端は吊り上がる。

 怒り由来の破顔。確証を得たそれが、どれだけ危険なものか、刑事は嫌でも知っていた。

 

「そうか、やっぱ弄られてたか。頭。

 つーか内容にしては杜撰な処置…っと過呼吸…」

「……ッ」

「震えんなシャラ、オマエはオマエだ。誰が何をしようと、ここに来たいと思ったのはオマエしかいねェ。

 …そうだ、深呼吸しろ…そう、ゆっくり…」

 

 真に恐ろしいと思ったのは、その気遣い。

 事前にある程度予測していたのか、そしてそれをシャラに話していたのか。二人の間に大きな驚きこそなかったが、しかし少女は震えながら呼吸を浅くしている。

 ハイバラが補助に回るのは早かった。

 少女が俯いたまま深呼吸を繰り返すのを把握してから、ハイバラはキョウヘイに対して話を続ける。平坦な声色は、最早怒りの象徴でしかない。

 

「開頭手術痕があったから、もしやと思ったけど予想以上にクソだなあの院長。死刑になんねェのか?」

「そこは司法の仕事だ、俺からは何も言えねぇよ」

「なら、こいつはまだ何処にも預けられねェ。少なくとも、オマエみたいな所じゃないとな」

 

 ただ、それでも、ハイバラにとって、少女はタガのようなものなのだろう。怒りの中でも、思考がやるべきことを見失ってはいない様子だった。

 彼は刑事の方を向いて、口を開く。

 そこから放たれるのが、本当の取引だった。

 

「確実にあいつらはデカく動く。対策局には話を通すな。横から殴るために必要なことだ。

 幹部の一人、ディランはここで絶対に潰す。

 だから力を貸しな、凄ェおっさん」

 

 じゃなきゃお前の子どもも、シャラも死ぬと、脅しではなく単なる予測をハイバラは述べた。

 実子のことも把握されたか、と刑事は肩を落とす。

 彼はそのまま話の続きを促す。

 

「そいつが動くと、何故わかる?」

「これでも元アイザック直属の部下だぜ? 大方の思考は何となくわかる。一手だけなら読みを外さねェ。

 何処ぞの野郎みたいに、ワンナイトなんて変数ぶち込まれねェしな。安心だ安心」

「マジかよそいつイカれてんな」

 

 取引は成立した。

 

 

 

  ◆

 

 

 ───某所 ラメント簡易拠点。

 

 その場は戦々恐々としていた。

 隻腕の若白髪───キュリア・リズットが、久方ぶりの地下からの通信に怒りを露わにしているからだ。

 

 ただでさえ、最近キレ気味で不安定な彼が、今では輪をかけて不安定な有様である。

 八つ当たりに巻き込まれたく無いのが、構成員達の本音だった。

 何より、彼の怒りの対象が対象だ。

 

「ふざけんな!! 何でだよ!!」

『騒ぐな騒ぐな、耳と頭に響くよ』

 

 ラメントの首魁、アイザック・グローリー。

 幹部であるキュリアは、珍しく彼に対して、かなりの勢いでがなり立てている。

 

「今度は殺す、絶対に殺す!! あいつは裏切って逃げたクソ野郎だ!! あんたを馬鹿にして貶めたやつだ!! だから…ちゃんと殺すから…ッ!!」

『ああ、そうだ。殺せるならお前が殺せ。

 そこに異論はない。人員を増やすだけだ』

「…───なん、っ、…っぐぅ…」

 

 通信機越しの声は、ひどく穏やかだ。

 父親が聞き分けのない子どもをあやすようなそれは、怒りに飲まれていたキュリアの感情から行き場を奪っていく。不承不承に怒鳴ることをやめた彼は、大人しくアイザックの話を聞いていた。

 

『それと言っておく。真っ当な人間からすりゃ、俺達みたいな集まりなんてただのイかれた爆弾の詰め合わせだ。

 正しいんだよ。愚弄も罵詈雑言も何もかも。

 それが真っ当な、今ある世界だ』

 

 アイザックの声は落ち着いていた。

 何かがあったのか、それとも単に今は気を荒げるようなこともないからか、どちらにせよ、ここ最近、彼の側にいなかったキュリアにはわからないこと。

 だから、幼い精神が揺れていく。

 取り残された子どものように不安定になる。

 

『俺もお前も、それが嫌だから駄々を捏ねてる。

 そこに名声は無いし、名誉も無い。

 恐怖をそれらと勘違いするなよキュリア。

 ただ在ったものが薄れただけだ。

 まぁおかげで苦労しそうなんだが…!』

 

 通信機越しでも、頭を抱えるのがわかった。

 

『…この通信もリスクだ。いつ探知されてもおかしくない。だから連絡はこれっきりだ。

 動かしたくは無いが、ディランを使う。

 正直、ハイバラの行方が掴めてない状態だから切りたくなかったが…まぁ、仕方ない、そもそも地上に無事に出れなきゃおしまいだからな』

 

 だから、とアイザックは念を押す。

 

『出来る限り暴れてくれよ、キュリア。お前が動いて、お前が殺して、お前が騒いでくれたらそれで良い。

 いつも通りのお前で良い。何も変わる必要はない。初めて出会った、あの日から』

 

 キュリアの頭を過ぎるのは、初めての日。

 好き勝手に暴れていた自分を打ちのめし、殺意を肯定し、好きに壊していいと許された日。

 蛇のような瞳に、全てを見てもらえた日。

 

 その瞬間があるから、彼は狂っていられた。

 この先何があろうと、その記憶がある以上、彼はあくまでもアイザックの歩く道に追従する。

 彼はそうすると決めた人間だ。

 

 だから、激情はあくまでも装填された。

 あとはもう爆ぜるだけ、放たれるだけ。

 

「…わかり、ました」

『ああ、ありがとうな。

 …逐次投入にならなきゃ良いんだが』

 

 





Tips:シャラは知識はあるけど感情の発露が乏しい(のでたまにとんでもない行動をする)。

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