敵幹部でも主人公見たらテンションあがる…あれ?(冷や汗) 作:苦い経験100%
子どもの頃の記憶は、常に人を苛む。
少なくとも、僕にとってはそうだ。
特異対策局の局長だなんて、たいそうな肩書を持っていながら、過去に囚われている。
眠りに落ちる都度に、過ぎ去った日々が主張する。
僕の後悔、僕の慚愧、僕の苦痛。傷口は既に古いのに、膿んで腐ることも、乾いて風化することも訪れない。
僕がそれを最も赦せないままでいるから。
『マサムネ、こっちよ? ほら!』
だから夢を見るんだ。毎度のように。
忘れる筈もない、白い髪の少女がいる。
同じ家で育った幼馴染。
『…どうしたの? おなか、いたい?』
幼い頃の、風化しない記憶。僕がヤタカガミという苗字を捨て、マツバを名乗った契機。今の僕を模った全て。
当時の僕らは、今よりずっと幼いけれど。
「…痛くないよ、コトネ」
僕だけが、大人になってしまった。
そんな夢の中で目を閉じる。
どうしても瞼の裏から離れない光景は、夢の中であっても同じなようで、それは克明に映る。
〝私にとってあなたは幸せになって当然の存在だから〟
ナイフを手にした少女は、満面の笑みを。
僕の手が届かぬまま、最後の言葉が続いていく。
〝だからさようなら、大好きな人
私ね、あなたの重荷になりたくないの。
あなたは長生きするのよ、とってもね〟
同じ家で、家族同然に育った彼女の最期。
酷いものだった。惨憺だった。悲嘆そのものだった。
本気で、何かを救いたいと思った時に限って。
人間は往往にして己の無力さを知る。
『ねぇ、私が実は進化者でしたって言ったら信じる?』
「…………」
『あはは! 困った顔してる!』
彼女は自ら抵抗をやめた。
異能を使わぬと誓った。
その首を差し出し、尊厳すらも差し出した。
それでも僕の家族らが与えたのは、冷たい部屋と、倫理の外れた試みの数々だった。
『ねぇ、マサムネ。あなたは幸せでいてね?
約束よ。私、あなたの笑顔が大好きなの』
世界は混迷としている。
それは不公平で、不平等で、不条理だ。
悪辣なものが栄え、醜いものが蔓延る。
理不尽なことばかりで、報われる献身などない。
だから僕は、あの怠惰と傲慢に満ち溢れた家に生まれた大人として、父の腐った血を引いた最後の一人として、この世界を壊してしまおうと、壊さなければと思った。
この悪夢には感謝している。
このリフレインには意味がある。
僕の決意が、僕の意思が、緩む都度に、揺らぐ都度に、そんな愚かな甘えを殺してくれるから。
「───…ょう! …くちょう!! 局長ッ!!!」
「んぬぉっ!? なんっ、敵襲ッ!?」
「だったらこんな悠長に起こさんだろ」
大きな声で、夢から目が覚めた。
少し霞んだ視界の中には、雄々しい金髪と落ち着いた金髪が見える。クリフとヤサカニさんだろう。僕は目を擦り視界から霞を取っ払ってから、大きなあくびを吐いた。
…二人揃って微妙な顔をする。
そりゃあ、人に向けてあくびは良くないけれど、八徹目なのだから多めに見て欲しい。
「どうしたんだい、二人揃って」
「それはこっちの台詞。何でよりにもよって集合墓地で居眠りなんかしてるのよ、風邪でも引きたいの?」
「えっ!風邪引いたら休めるのかい!?」
「クリフ、こいつ叩っこんどきなさい。ICU辺りに」
「諦めろ。こいつのワーカーホリックは精神科でも匙をぶん投げてへし折るくらいだ」
散々な言われようだ。
心外そうな僕を見ては、ため息を吐いたクリフは本題に入る。散々な態度も追加だ。
「…エディン政府から連絡があった。お前の予測通り『処刑隊』の反乱により国内はガタガタ。エリヤの引き渡しは無期限延期が決定したらしい」
「それは僥倖、僕も面会を頑張るとしよう。
で、向こうのご老人は他になんて?」
「さぁ? 海外のスラングには疎くてな」
「その海外の軍人上がりがよく言うよ。上官を口汚く罵っていた君は一体どこへ行ったのやら」
些細な過去を振り返る。進化者であった少年兵の遺体を抱き抱え『こいつは人間だ』と、何度も主張する君だったから、僕は
僕と同じ志の貴方だから。
僕とは違う原点の貴方だから。
だけどゴールは同じだ。進化者の扱いから、弾圧を破棄する。僕は二度とあってはならない光景を作り出さないため。君は家族と街の安全、そして不和を癒すため。
背中を預けるに足る存在だ。
「……懐かしむトークもいいけれど、あと少しで時間よ。本気でやるつもりか知らないけど」
「本気だよ、僕が冗談言ったことあったかい?」
「嘘なら腐るほど吐いたわね、朴念仁」
「隙あらば僕のこと刺すよね君」
ヤサカニさんからジロリと睨まれる。
とても心の傷が痛い。彼女の態度の原因は十割僕のせいなので、強く言えないでいる。
威厳も何もないな、一応偉いんだけど僕。
まぁそれでも離れないでくれたのは有難い。
てっきり僕の家ぶち壊し殺し計画から除け者にした日から、見放されたものだと思っていたから。まさかわざわざ対策局にまで来るとは思わなかった。
単に彼女の家からの命令かもしれないけどね。
没落したとはいえ、僕には人脈とツテが残っているから。
…少し思考がズレた。
夢のおかげか、思考がついつい過去に引っ張られてしまう。今は過去よりも、現在に目を向けないといけない。
僕は爪先で地面を二、三回わざと叩く。
「リモートワークの方は問題なさそうかい?」
「ブラスとアガタ、それとイサカが手こずったようだが、何とか趣旨は理解出来たようだ。
あとは今日の夜次第ってところか」
「……駄目だもう夜とあの子がノイズすぎる」
「あのな? 思っていても黙れお前」
「話の腰オートで砕くわねあの子のやらかし…」
あの子の場合、折ったんじゃ無くて…いや、この先はやめておこう。我ながらドギツすぎるしなんかもうセクハラとか飛び越えてシンプルにカスだ。
固かった空気がいやでも死ぬ。
真面目なんだか不真面目なんだか。そんな空気がこの事件には嫌でも付きまとう。
なんだか肩の力が抜けてしまう。
「さ、それじゃあ内容確認してくるよ。
まずは前哨戦。会議もやるし記者会見だ。
うん、我ながら馬鹿だなこのスケジュール」
「本当にな、死にたいのかお前?」
僕もしかして威厳ないかな?
◆
仮眠を終えたフジワラ・アマネは、散歩に出ていた。仕事に関係のない外出。軽く周囲を巡る程度。そんな予定だった筈のそれは、思いの外遠方に足を運ぶ羽目となる。
それは彼女がある光景を見たからだ。
道路に自分が何者か喚き蹲る青年がいた。バッグがいつの間にかなくなったと困惑する女性がいた。
一様に『何かを無くした』という景色が広がっている。
「───ッ…こっちか!」
それが一本道に連なっている。
アマネは早々にこの旨を連絡すると同時、その道をひた走った。
「あらま、意外と早いねー…来るの」
下手人はあっさりと見つかった。
時間は過ぎた。今は全てを夕暮れに染める逢魔時。
人に不穏を告げるその刻限は、事実その通りで、この巡り合わせはあまりにも暗い前途だ。
カラスが鳴く。
カァカァ、カァカァと不気味に嘯く。
飛ぶ鳥の影が、夕日の地面を泳いでいた。
電柱や健物は枯れ落ちた木の幹のようだ。枝もない墓標じみた連なりは、物言わぬ影をただ等間隔に映し出す。
その黒と橙でまだらな光の奥に、それはいた。
「やほ、幸せそうな女の子」
長く、目を覆い隠す黒髪の女。
その隙間からは、爛々とした水色の光がある。
「いいよね、幸せ。私も欲しいね」
爛々とした青色の目が覗く。
まともな精神ではないのは見てとれた。
纏う衣服がツギハギなのも、その破綻っぷりに拍車をかける。ゴシックなのか、サイバーなのか、パンクなのか。
統一性のない生地が、彼女を示すかのよう。
「でも手にした途端にゴミなんだ。だから多分、私は奪うのが好きなんだと思う。
人から奪うことがね、それが私の自己紹介」
「…ラガ・フォーティア…ッ!」
「あっは、やっぱり知ってたぁ。はじめまして、アマネちゃん。あんたも十分幸せそうだ」
ラガ・フォーティア。
特異対策局からマークされていた者の一人。昨今増加している暴走能力者の原因としての疑惑が掛かっている。
所有する力は「右手で触れた対象からものを『奪って』それを自分のものにするに加えて、自身のものを『吐き出し』て与える」というもの。
そんな彼女が接触を図ってきた。
その事実にアマネは自身の迂闊さを呪った。
〝マズった…! そもそも『無い』とか『無くなった』って事態が頻発してる時点で気づこうよボク…! 仮眠明けで判断鈍った!?〟
歯噛みする緑髪の少女。
不安のせいか、その右手は首元のチョーカーへ。
それを見たラガは下卑た笑みを浮かべる。
「ひっはははッ!! いいね、幸せの証ってやつ?
…ねぇ、ねぇねぇねぇねぇ? あんたの心も記憶も全部空っぽにして壊しても、その頭はまだ幸せを感じられるのかなぁ…っ?」
「ボクを壊していいのは、後にも先にも一人だけだ」
イカれた笑みの女は右手の五指を鳴らす。
迎え打つように少女は構えを取る。
初手はラガ、右手を突き出した突進。
単調な動き。アマネは身を捻りかわし、カウンターの容量で鳩尾を目掛けて肘を振るう。
だがラガは咄嗟に飛び退き、距離を稼いだ。
そして再び一方的な独白を続ける。
「私一人だけ、か…私さぁー、ブラスのことも、君達みたいな正しく力を使える人のことも嫌いなんだよね」
「…いきなりだね」
「私は人から奪うのが好きだったりするんだ。幸せとか物とかね。取ったあとの反応も悪くない。
それはてっきりこの力を持って生まれたからなんだって思っていた、だから私はこんなでも、まぁしょうがないかなって思ってた」
ラガは右手を掲げる。触れたものをから、何かを奪う力。生来からあるそれに、影響されたと彼女は考えていた。
だけどさ、と彼女は続ける。
「例えばブラスは死を与える力を持ってるのに、殺戮に酔わない。殺しを厭わないけど、行動としちゃ逆の方が好きっぽい。子ども守ってたし。
そして、あんたら対策局側もみんなそう。
能力に沿った行動を誰一人とて取らない。ルールを守るか、人を守るかだったんだ」
力の有無や、性質に関係のない行動と人格。
「それじゃ単に私の性格が悪いみたいじゃん。
私がただしい理由になってよ、胸糞悪いな」
「…何、言ってるの?」
それが気に食わないのが、彼女という個人。
あまりにも狭い視界と世界。その小さな箱の中にいたいだけの、奪うことを好むラガは笑う。
その違いに、アマネは目を剥いた。
しかしラガは独り言を終えた途端に、また構えを取る。右手を主軸としたそれは『奪う』ことしか考えていないものだ。
「…じゃ、続きやろっか、先ずは大事そうなそのアクセェッ!! ───っおぉおおっ!?」
『帰還命令…罰則…』
「!? 何この、…っ黒い人…?」
だが、その行動が乱入者により止められた。
突如現れたそれは、黒い布で全身を覆っていて、体格も顔もわからない。声もくぐもっている。
黒布はラガを拘束し、立ち去ろうとする。
その一連の動作は早かった。
まるで焦っているかのような行動は、人間らしさがあったが、その外見があまりにも不気味だ。
「あー…バレちゃったかー…ちぇー」
「待て!」
逃げようとする黒布を捕縛しようとする。
だが黒布はラガを縛ったまま飛び退いた。
抱えられたままのラガはベロを出して笑う。
「予備調査はそれなりかな。でもまた遊ぼうね、今度はしっかり壊してあげるから。
そしたらブラスも多少堪えるでしょ、あはは。
じゃ、また近いうちに」
そうして、二人は夕暮れの向こうに消えていった。
Tips:マツバ・マサムネ(旧名ヤタカガミ・マサムネ)は割と子どもや年下に甘いのだが、若いなら無限に食えるだろと思っている節があるため、何か奢るときは焼肉の食べ放題がテンプレート化している(飽きられるまでがセット)。
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