ガヤガヤ、ザワザワと王都は普段に増して喧騒に満ちていた。
いつもなら〝活気に満ちた〟と表現すべきところだが、現在の王都における人々の表情を見れば、そう表現するには些か悲しみに暮れる者が多すぎるだろう。王都への侵攻は、本当に突然のことだったのだ。
あの日から五日経った今も、人々の胸に去来する喪失感や悲しみは僅かな衰えもなく心に痛みを与えていた。しかし、それでも復興へと向けて歩みを止めないのは、きっと、それこそが〝人の強さ〟なのだ。
そんな悲しみと強さに満ちた王都のメインストリートを、ギルド本部からの帰りに大人買いしたホットドッグモドキをモグモグと食べながら結界のアーティファクトの場所を目指して歩くのは白髪眼帯の少年ハジメだ。傍らには、優花とユエと雫だけがいる。ギルド本部に行った後に大結界の修復に行くので、そのアーティファクトの場所への案内を雫が買って出たのである。
シア達は王宮でお留守番だ。今の王都で他種族が堂々と歩くのは無意味に人々を刺激する行為だと判断し自発的に居残ったのだ。たとえ、王都の人々が、自分達を襲ったのは魔人族だと分かっていても、今は〝人間族ではない〟というだけで八つ当たりの対象になりかねないというわけだ。
聖教教会のお膝元である王都においては、奴隷の亜人族すら忌避されるくらいで、元々、人間族以外はほとんどいない。なので、妥当な判断と言えるだろう。愛子達は忙しいリリアーナのお手伝い、ティオはここ数日ぶっ通しで消費していた魔力の充填のため睡眠中、アレスはリリィの専属のメイドの人に見つかり、連れていかれていった。アレスは最初は逃げようとしたが、その時のメイドの人の笑みが優花の同等の圧を持つ彼女にアレスは為す術なく連行されていったのを見てハジメはアレスに両手を合わせて健闘を祈ったのだった。
「それにしても……報告に行っただけなのに疲れたわ」
ホットドッグモドキを食べ歩きしてるハジメの隣で同じくチーズ風味を食べている八重樫が口を開く。
「俺も彼処までガヤガヤなると思ってなかった」
「……ん」
「私はそんな事より聞きたいのはハジメとユエは何をしたのよ、あの人に……」
「俺はやってない、ユエがやった」
「………ん、後悔も何もない」
それは、ハジメ達がフューレンからのミュウのエリセンまでの保護、護衛の依頼を完了を報告するためギルド本部にいたのだが、同じ〝金〟ランクの冒険者で一応、先輩にあたる〝閃刃〟のアベルに絡まれていたところに、貴族のような着飾った服を着た女性、その従者であろう少女とブルックにいたクリスタルベルに似た人物に助けて貰った。
それに聞けば、クリスタルベルに似た彼女?は以前ブルックでユエに告白したが振られ、強硬手段に出たところにハジメの威圧と手刀にやられ、ユエにスマッシュされた元冒険者の男だと言う。今はクリスタルベルの元で漢女とは何たるか学んでいるそうだ。ちなみに名前はクリスタルベル命名のマリアベルらしくクリスタルベルの推薦で金ランクの試験の行うためにギルド本部へ来てたらしい。
話を聞いたハジメは耳を疑ったが、金ランクであるアベルを軽く卸した強さを見て本当だと分かり、たった数ヶ月で彼処までの戦闘技術の急成長にハジメは少なからず驚いていた。
「(それに、隣にいたバネッサって人、だいぶ強いな………)」
同時にマリアベルの隣にいたバネッサという名の女性も身のこなしを見て、相当の強者だとわかった。
「(あの人も金ランクの冒険者か?)」
モグモグとホットドッグもどきを食べきりハジメは隣の人物も金ランクの冒険者だと結論づける。因みにこのギルド本部のことをアレスに話すと「ああ、ギルドですか……あの人がいるなら私も顔を見せに行かないとですね」と追放期間にイルワ以外にアレスを助けてくれた人物がギルドにいると語っていた。
「まぁ……ハジメ達は暴れ過ぎってことね」
ハジメの隣で呆れた表情の優花の言葉にハジメは反論する。
「いや、其処まで暴れてないって、なぁ、ユエ?」
「………ん」
「いやいや、暴れてるわよ。二人の二つ名何よ〝デビル・ビスクドールズ〟って……」
ユエと共に反論するも、雫も優花の言葉に賛同されてしまうも、二つ名の件についてはハジメも頭を痛めた。
「いや、俺も知りてぇよ……」
いつか、この二つ名を作った奴は見つけ次第、絶対に吊るそう。ハジメはそう決心しながら優花達と結界のアーティファクトの場所へと向かうのであった。
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雫の案内の元、結界のアーティファクトの場所へ向かうと其処にはかなりの数の兵士によって厳重に警備をされていた。
「……おい、八重樫。ホントに入れんのか?」
そう場所に近付くにつれ、ハジメに対する剣呑な眼差しが強くなっており、入れるのか心配するが……
「大丈夫よ、ほら」
雫が言ったように、兵士達は八重樫に目を向けると、剣呑さが消え、目元を和らげ、通してくれた。
「嘘。マジ、顔パス……」
「フフン、褒めても構わないわよ」
「流石だな、八重樫は」
「いや、素直に褒めるのね……」
「いや、お前が褒めろって」
ハジメは雫が何故、称賛だけで顔を赤くするのが分からずにいると隣にいた優花とユエにジト目で「誑し」と言われ更にハジメの頭に疑問符を浮かべることになった。
雫のおかげでほとんど顔パスで通った先には大理石のような白い石で作られた空間があり、中央に紋様と魔法陣の描かれた円筒形のアーティファクトが安置されていた。
「これが、結界のアーティファクトか……」
しかし、そのアーティファクトは本来なら全長二メートルくらいあったのだろうが、今は、半ばからへし折られて残骸が散乱していた。
「ん、アレは……」
その周りには頭を抱えてうんうんと唸る複数の男女の姿があった。おそらく、大結界修復にやって来た職人連中だろう。
「おや? 雫殿ではありませんか。……どうしてこちらに? 後、優花殿もお久しぶりです」
その内の一人、それはハジメも顔見知りである人物だった。それは職人気質の六十代ぐらいの男のウォルペンだった。ウォルペンは、ハイリヒ王国直属の筆頭錬成師である。
「お久しぶりです、ウォルペンさん」
「こんにちは、ウォルペンさん。私は、ただの案内です。大結界が修復できるかもしれない錬成師を連れてきたんです」
「なんですと? もしや、そちらの少年が?」
優花と八重樫に挨拶してからウォルペンは、ハジメに視線を転じると、雫の手前口には出さなかったものの明らかに胡乱な眼差しを向けている。流石に少ししか交流しかないウォルペンでは目の前にいる人物がハジメだと分からないだろう。
「久しいな、ウォルペンさん。五ヶ月振りぐらいか?」
一瞬、ウォルペンはハジメの言葉に最初は誰だ?と、訝しむが、マジマジと顔を見て目を見開いた。
「まさかっ!お前っ、ハジメかっ!?」
大声だが、ウォルペンは確認をとる。
「えぇ」
ウォルペン達とは一緒に共同作業などをした仲であるも、一週間程度の付き合いであったが自分を覚えててくれた事にハジメは嬉しく感じた。
「おいっ、お前等! ハジメが帰って来てくれたぞっ!!」
ウォルペンは、ハジメだと分かると態度を一変し、すぐさま他の錬成師達を大声で呼び付ける。すると、所々で作業していた錬成師達が手を止めて一斉に駆け寄ってきた。
「おう、坊主! 無事なようで俺は嬉しいぞ!」
「生きているとは聞いてはいたが、ここまで姿が変わってるとな流石に分からなかったわい!」
「いやっ、良かったハジメ! お前は俺達、錬成師にとっての金の卵だからなっ!」
「いや、しかし……ハジ坊。お前とまた話し合えて嬉しいぞっ!」
「クハッ……俺もウォルペンさん達も元気で何よりですよ」
錬成師達は本心でハジメとの再会に喜んでいるようで、ハジメも流石に照れ臭くなり、頬をポリポリと掻いていた。
そんな、ハジメとウォルペン達の会話をすぐ後ろで聞いていた優花達は嬉しそうに眺めていた。
「彼、凄い人気ね」
「まぁね、私もハジメの錬成の鍛錬中とかに工房へ会いに行ってたけどウォルペンさん達、ハジメのこと凄いって認めていたからね」
「……そうなの?」
「うん。それにハジメが奈落に落ちて、私がまだショックで眠っている時に教会がハジメを無能扱いして処理するつもりだったらしいけど、それを何処かで聞き付けたウォルペンさん達も猛烈に反対してたらしいわ」
「えぇ、南雲君を無能扱いしようとしてた教会にウォルペンさん達……激怒して教会を壊そうとまでしようとしていたからね」
そう、ウォルペン達、王国直属の錬成師達はハジメを無能扱いにしてたのに対し激怒して、一時期、王宮で錬成師達のボイコットが起き教会を壊そうしようとしたぐらいだ。
「……それは、凄い」
ユエは優花と雫から話を聞いてそう言葉を漏らした。
久しぶりの再会というわけで少しばかり他愛のない会話をした後に、ハジメは結界の復旧作業に取り掛かる。
「まず……確認しないとな」
ハジメはそう呟きながらアーティファクトの残骸に手を当てる。発動するのは〝鉱物系鑑定〟と〝脳内設計〟の派生技能〝構造把握〟だ。
「へぇ、なるほど……そりゃあ、強力なはずだ」
「ハジメ、直せるのか?」
「あぁ、任せろ」
大結界が何百年もの間、王都を外敵から守り抜いてきた理由に納得して頷くハジメに、ウォルペンが直せるか聞くのに対して、ハジメは自信満々で返す。
そしてハジメはアーティファクトの残骸に触れ〝錬成〟を始める。すると、紅いスパークがハジメを中心に広がり、その手元にあるアーティファクトの残骸が次々と元の位置に融合されていく。
その錬成速度と精度に、ウォルペンのみならず彼の部下達が一斉に目を剥いた。ハジメの本格的な〝錬成〟を初めて見た雫も、白い空間に舞い散る鮮やかな紅いスパークに目を奪われているようで、「綺麗……」と呟いている。
「よし……これで魔力を流して……と」
僅か数十秒で神代のアーティファクトを修繕し終えたハジメは、ついでに魔力を注ぎ込み大結界を発動させてみた。
すると、円筒形のアーティファクトは、その天辺から光の粒子を天へと登らせていく。直後、外で警備をしていた兵の一人が部屋に駆け込んできて、第三障壁が復活したことを告げた。
「……なんということだ錬成技術もそうだが、神代のアーティファクトをこうもあっさりと……ハジメお前どうやったんだ?」
ウォルペンは最初は唖然としていたがすぐさま気を取り直してハジメにどうやったかと聞く。ハジメはウォルペンの疑問に平然と返す。
「俺が使ったのは〝錬成魔法〟だけじゃなくて〝生成魔法〟っていう魔法でなウォルペンさん達には使えない魔法を使ったんだよ。このアーティファクトを調べたところ、錬成だけじゃ完全には修復までに至れないからな」
「神代の魔法か………なら、俺達じゃ上手く修復出来ねぇ訳か」
ハジメの言葉にウォルペンは自分達だけでは結界のアーティファクトを直せなかったのか納得する。
実際、ハジメが〝構造把握〟で調べたところ大結界のアーティファクトには生成魔法により空間魔法が付与されており、王都の結界は特殊な空間遮断型の障壁だった。
そうなれば、普通の錬成師には修復できないはずである。もちろん、空間魔法は鉱石に付与されているので、ウォルペン達なら地道にでも復元はでき、完全とは言えないまでもある程度の修理はできるかもしれないが、今までのより質が落ちてしまうだろう。
ハジメはそう思いながら、直ったアーティファクトを眺めていると、ウォルペン達が寄ってくる。
「ハジメ、ホントに助かった。お前が来なけりゃ、結界の修復は大分先だったからな」
「いや、良いんだよ。俺としてもウォルペンさんやアンタ達には恩があるしな」
「ガハハッ、そうか……でも、本当に感謝する」
ハジメの言葉にウォルペンは嬉しそうに笑い、握手を求め手を差し出す。ハジメもそれに応じて手を差し出し握手をした。
「ハジメ、次は俺達がお前の助けになる。……まっ、お前なら自分で何とかしそうだがな」
「クハッ……頼りにしてますよ」
ハジメはウォルペンの言葉に笑みを浮かべながらウォルペンと握手と交わしたのだった。
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夕方。
茜色の空が広がり、人影が大きく薄く伸びる頃、王宮の西北側にある山脈の岸壁を利用して作られた巨大な石碑の前に人影が佇んでいた。
「ごめんなさい……」
そう、呟く人影の正体は愛子だ。
彼女の前にそびえ立つ石碑は、いわゆる忠霊塔の石碑版である。王国に忠義を尽くした戦死者・殉職者は例外なく、ここに名を刻まれるのだ。現在も、石碑前には、今回の騒動で亡くなった多くの人々の遺品や献花が置かれている。
未だ、戦死者の確認中で石碑に名は刻まれていないが、ホセ達もここに名を連ねることになる。
そんな遺品の中には、愛子にとって見覚えのある武具がそっと置かれていた。損壊した西洋剣だ。それは、逝ってしまった愛子の生徒達――檜山大介のアーティファクトである。檜山の死体自体は見つからなかったが裏切った恵理と香織の証言、そして現場となるメルドの部屋に大量の血の痕跡が見られ、すぐ側には破損した西洋剣が落ちていた為、確定ではないが、現場証拠により檜山大介は死亡したことになった。
愛子がポツリとこぼした懺悔の言葉は、一体、何に対するものなのか分からない。檜山を日本に連れて帰ることが出来なかったことか、それとも、自分の生徒達が起こしたことで多くの人々が亡くなったことに対してか、あるいは、自分のしたことも含めた全てか……。
愛子が悄然とした雰囲気で俯きながら、何かを堪えるように立ち尽くしていると、足音が聞こえ、愛子が、ハッとしたように俯いていた顔を上げ視線をそちらへ向けるとそこには……
「アレスさん……」
「奇遇ですね、愛子殿」
愛子の視線の先にいたのはアレスだ。夕日に照らされても青き輝き透き通る瞳を真っ直ぐ愛子に向けている。その手には花束が、見るからに献花しに来た事がに愛子は理解した。
アレスは、愛子の表情から何を考えているのか察し、苦笑いしながら献花台にパサリと花束を置いた。
「愛子殿、そんな気になさらないで頂きたい。貴女の生徒の裏切りは貴女だけの責任じゃありません」
「え? あっ、いや、そんな、でも……」
愛子に話しかけたアレスに、愛子は動揺したように手をワタワタと動かして誤魔化す。アレスは、冗談だとでも言うように肩を竦めると、無言で愛子の傍らに佇んだ。
チラリチラリとアレスを見るが、巨大な石碑を見上げるアレスは愛子のことを特に気にした様子もなく、話をする気配もない。無言の空間に何となく焦りを覚えて、愛子は仕方なく自分から話しかけた。
「え~と、アレスさんは何故此処に?」
「そうですね……。私は王国から追放された身ですが、私とて王国の民なのは変わりありません。死んだ王国の騎士や兵士には私の知人も少なからずいますからね」
アレスの言葉に愛子は更に心が痛む。愛子は、両腕を組むようにして二の腕をさする。それはまるで、冷え切った体を温めようとしているかのようだった。
「愛子殿。まさか、総本山でやったことをまだ気にしてるのですか?」
アレスの言葉に、愛子は体をビクッと震わせるも何も言わず目を下に逸らした。
「…………(無言。肯定ですか)」
無言の肯定。一時は、均衡を崩しそうな精神をハジメ達のフォローとティオの魂魄魔法によってどうにか立て直した愛子だったが、再び、罪悪感やら倫理観により精神が磨り減ってきているようだ。よく見れば目の下には化粧で隠しているが隈が出来ており、ここ数日眠れていないことが明らかだった。もしかすると、悪夢でも見ているのかもしれない。
再び降りる静寂。アレスは何を言うでもなく無言のままだ。場の空気に居た堪れなくなったのか、愛子が覇気のない声音でアレスに尋ねる。
「……アレスさんは……辛くないですか?」
「……
「……」
アレスの言葉に、愛子が辛そうに顔を歪める。アレスにばっさり切られたことも、愛子の精神を更に締め上げる要因となった。
「……誰も……責めないんです」
「はい?」
愛子が、堪りかねたように言葉を漏らした。
「誰も、私を責めないんです。クラスの子達の私を見る目は変わらないし、王国の人々からは、称賛じみた眼差しさえ向けられます」
それは事実だった。クラスメイト達は、ハジメの凄惨な戦闘の印象が強すぎて、愛子が殺人に加担したということに余り実感が持てず、むしろ愛子が自分達のために矢面に立って戦ってくれたという印象を抱いているし、王国の貴族や役人達は洗脳を解いてくれたと感謝しているくらいだ。
「デビッドさん達にも全て話しましたが、彼等でさえ、少し考えさせて欲しいとその場を離れるだけで直ぐに責めるようなことはしませんでした。私は、彼等の大切なものを根こそぎ奪ったというのにっ」
噛み締めた唇から血が滴り落ちた。愛子は、責めて欲しかったのだろう。人を殺すという行為は……重い。狂人や性根の腐った者でもない限り、普通は罪悪感や倫理観という名の刃によって己の精神をも傷つけるものだ。そういう者にとって、責められる、罰を与えられるというのは、ある意味救いでもある。
愛子自身も、無意識にそれを求めたのだろう。しかし、それは与えられなかった。しばしの沈黙の後、アレスは静かに尋ねた。
「……愛子殿は後悔していますか?」
「っ……いえ、あの時、覚悟をしてティオさんと……教会の行いを見過ごすことは出来ませんでしたから……貴方の助けに……それに、きっと、放っておけば生徒達が酷い目に遭うと……だから……」
苦しげに声を詰まらせながら〝後悔はない〟と話す愛子。
アレスはそんな愛子の話を聞き、愛子を見ながら優しく微笑む。
「ハジメ殿の言った通り貴女は度を超えた善人のうようだ」
「……」
「愛子殿、貴女には罪悪感を抱いていて欲しい。その重さを背負っていくべきです」
「罪悪感を……抱く?」
「はい、そしたら…ハジメ殿達も貴女のその〝人間らしさ〟を見てたらきっと彼等も世界に戻っても人間らしく過ごせます。私も貴女を見てると、まだ殺しに躊躇いがあった自分を思い出す」
「アレスさん……」
「それに、この世界に貴女方を呼び寄せてしまったのは私達です。其の責任は私も背負っていきましょう」
アレスの言葉に、愛子が目を大きく見開く。まさか、責めるでも慰めるでもなく、これからも苦しんでくれと言われるとは夢にも思わなかったのだろう。まさか、一緒に責任を背負っていくと言われるとは思わなかっただろう。だが、愛子の心は、その我が儘で、ある意味、追討ちを掛けるような言葉にまるで暗雲を払われるような衝撃を覚えた。
自分のした決意と行動の結果を受け止めることは大変なことだ。ましてそれが痛みを伴うものなら尚更。逃げてしまいたくなるし、折れてしまいそうになる。生来の性格が、あるいは決意と覚悟がそれを許さないから余計に苦しい。
だが、そんな自分を見て、助けになるという人がいる。失った大切なものを、感じずとも忘れないでいることが出来るという人がいる。
愛子は思った。
───ああ、本当に何でこの人は何て、優しい人だろう
愛子の頬を透明な雫がするりと零れ落ちた。今まで、自分がやったことなのに泣くなんておこがましいと耐えてきたものがあっさり決壊してしまった。
ホロリホロリと涙を流す愛子に、アレスは紳士らしく視線を逸らし、後ろを向きながら困ったように最後の言葉を伝える。
「まぁ、どうしても、苦しくて苦しくて折れてしまいそうな時は……他に誰もいなくて……ほんとに誰もいなくて困り果てていたなら…………背中くらいは貸しましょう」
「アレスさん…は…ホントに優しい人です、ね」
「愛子殿が泣いていることに気がついてなんていませんよ?」と言わんばかりに背を見せるアレスに、愛子は、泣き笑いをしながら近寄ると、ポスっとその背中に顔を埋めた。
「では、少しだけ貸して貰いますね。……アレスさん」
「はい。どうぞ、ご自由に」
気軽に応えるアレスに愛子は頬を緩めつつ、その身を預ける。そして、溜め込んだものを吐き出すように涙を流しながら、改めて誓いを立てた。すなわち、教師で在り続けると。そして、罪を背負い続けると……頑張れそうな気がしたのだ。
二人の影が大きく東に伸びる。暫らくの間、日暮れの中ですすり泣く声が響いていた……。
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「まさか、アレスが先生を慰めていてくれたなんてな」
「ハハッ、偶然ですよ偶然」
王宮内の食堂にて、俺達は話をしながら如何にも他人事といった様子で目の前の夕食である王宮料理に舌鼓を打っていた。
「……で、アレス。先生は耐えれそうだったか?」
アレスから話の内容を聞いていたため、ハジメは少し心配そうにそんな質問をした。それに対し、アレスは食事の手を止めて少し考える素振りを見せる。
「彼女なら大丈夫だと思いますよ? 最悪、私の魂魄魔法で安定させたりしますが、愛子殿なら時間が経つにつれ消化できると思いますよ」
「……そうか、助かるよ」
ホントにこの男は違う世界の住人なのに……こんなに献身的だろう。いや、アレスはリリアーナの兄みたいな存在だしホントに似た性格しているな、と。ハジメは笑みを零す。
ハジメ達が仲間内で、ある意味仲良く盛り上がっていると、不意に食堂へ集団がやってきた。愛子達を含むクラスメイトだ。どうやら、愛子も含めて全員いるらしい。
ハジメはチラリと彼等を見やると、僅かに眉をしかめる。あらかじめ、彼等が食事をする時間は聞いていたから、仲間内でゆったり食事できるように時間をずらしたのだがその目論見は外れてしまった。
「でも、まぁ……気にする程ではないか」
ハジメはそう思い直し、そのまま食事を再開する。優花達も特に気にしてはいないようだ。
だが、クラスメイト達はそうもいかないようで、ある者は興味津々な様子で、ある者はどこか気まずそうに、またある者はどういう態度をとればいいのか分からないと戸惑ったようにそわそわしていて、声を掛けることが躊躇われるようだ。ちなみに、愛子は別の意味でアレスをチラチラと見ていいる。
「あっ、優花、隣良い?」
「あっ、私はっその隣りぃ〜」
「ふふ、良いわよ二人共」
妙子と奈々の二人のお願いに優花は勿論と了承し、二人は優花の隣の座席に座る。
光輝達も席に着くと、王宮の優秀な侍女達が一斉に動き出し配膳を行っていった。ハジメ達と同様のメニューだ。
と、その時、向かいの座席にいるアレスに目を向けると、愛子がアレスの傍にいた。徐々に愛子の頬が薄く染まり、恥ずかしげに目が逸らしている。それでも、チラチラとアレスを見たあと、内緒話でもするように声を潜めて声をかけた。
「あ、あの、アレスさん……その、さっきのは……その、出来れば……」
愛子は顔を赤くしながら話しているとアレスはそっと自分の口に手をやり「シーッ」とポーズをしていた。おそらく愛子のためにも秘密にしておきたいのだろう。
「……はっ、はい。ふふ、ありがとうございます」
愛子もアレスの意図に察したのだが、目の前でイケメンの微笑みにボフッと顔を真っ赤にしながら自分の席に戻っていく。
「……アレは堕ちた」
優花とは逆側に座るユエはそう呟く。其の一幕を見ていたリリアーナは気まずそうに視線を逸らし、彼女のすぐ後ろにいるメイドの視線がアレスに突き刺さる。その視線に気付いたアレスは気まずそうだったがハジメはスルーした。
「……ハジメ、少し良いか?」
そんなことでハジメは何事もなく夕食を食べていると、唐突に浩介が話しかけてきていた。
「どうした浩介?」
「俺に大迷宮の場所を教えてくれ」
「あ?」
ハジメは突然の浩介が口にした内容に持っていたスプーンを落としてしまった。
「なら、浩介も俺達と同……「違う。俺はハジメ達と違う大迷宮を攻略するつもりだ」……本気か?」
ハジメは元々、浩介が大迷宮に向かうという意思があるならハジメは連れていく気はあったが浩介の言葉にハジメは眉を顰める。
「あぁ、本気だ。俺は、お前の隣で並べるようになりたいんだ。だから、神代魔法もお前の手を借りずに自分の手で手に入れたい」
「だが、浩介。大迷宮はそんな………「じゃあ、私達が浩介に同行するなら良いでしょ?」……妙子」
「ちょっ、妙子。何言ってん…「二人が行くなら私も行くー!!」…ちょっ、奈々まで!?」
妙子の着いていく発言に優花はガタッと音を立てながら席を立って止めようとするも、その隣に座ってた奈々も参加すると宣言したことに優花は目を見開く。
すると、妙子が真剣な表情で優花の肩を掴んで口を開いた。
「優花。私だって、アンタが胸を貫かれた時からずっと思ってた。無力だって、弱いんだって、でも! 私も優花やハジメの力になりたいのっ!だって、二人は私達にとって大事な幼なじみだもん!大切な友達なんだから!」
「うん!私だって、二人だけが傷付くのはもうイヤ! 私も二人の力になりたいっ!」
「お前等……」
「三人共……」
三人の意思を聞いてハジメは暫し考える。隣にいる優花も自分と同じ気持ちなんだろう。
「俺は反対だ」
「……っ」
「でも、お前達は大迷宮に挑む覚悟はあるんだな? 天之河みたいな半端な覚悟で挑んでも死ぬだけだぞ?」
ハジメは席から立ち上がり、余り幼なじみ達にはしたくなかったが〝威圧〟を発動しながら三人を睨みつける。
威圧を受けた三人は怯みそうになる。しかし、なんとか踏ん張り顔を上げた。
「あぁ、あるに決まってる!」
「やってやるわよっ」
「私もっ!」
三人は迷いなく覚悟を以て答えた。三人共その瞳にはもう何をしても揺るがないだろうとハジメには見え〝威圧〟を解除する。
「……そうかよ。わかった三人にはある大迷宮の場所を教えるよ」
「……っ、助かるっ」
「でも、ホントに良いんだな」
「あぁ」
ハジメは再度、浩介に聞く。しかし、浩介の揺るぎない回答を聞いて、つい笑みが零れる。
「クハッ……なら、頑張れよ親友」
「任せろよ。親友」
ハジメと浩介は、親友らしく軽口を交わしながら拳を合わせる。その光景を微笑ましい顔で見ていた優花が浩介に言いつける。
「浩介。もし妙子達になんかあったら吊るすわよ」
「いや、何もする訳……「イヤーン! 浩チンに襲われるぅ!」……ンだと、宮崎。ゴラァア!」
「「「アハハハっ」」」
優花の言葉に浩介が大丈夫と言う時に奈々が変に発言することに浩介がキレた。その光景にハジメ達やこの場にいるクラスメイト達も連られて笑っていると待ったをかける者がいた。
「南雲っ! やはり、俺も連れて行ってはくれないか?」
光輝だ。
「はぁ……言ったろ?半端な覚悟の奴は無理だって」
ハジメは先の話で光輝に告げたことを再度告げる。
「あぁ、俺にはまだ何が半端な覚悟なのか分からない! だが、俺としても香織と恵理を取り戻したい!救いたい! それには強い力が、神代魔法が必要だっ! だからお願いだ、頼むっ!」
「………」
まだ何が足りないのか理解はしてないのだろう。しかし、あの光輝が自分に頭を下げるところを見て本気なのは伝わってくる。
困ったハジメは自分では判断しかねるのでアレスに視線を向ける。すると、視線に気付いたアレスは察したのか、席から立ち上がって天之河に視線を向けて話しかける。
「勇者。貴方がいまさっき言ったことに揺らぎはありませんか?」
「……はいっ! ありませんっ!」
「…………まぁ、良いでしょう」
「じゃ、じゃあ…「しかし、その言葉が嘘ならば強制的に王都に返します。ホントに邪魔されたら洒落にならないので」…分か、りました……」
光輝はアレスの条件を飲んだ。そして、アレスは話が終わったと俺に視線を向ける。ハジメは面倒臭いがアレスが認めたし、ハジメも了承することにした。
しかし、ハジメはアレスの判断の理由が気になり、こっそり〝念話〟で話す。
〝なあ?なんで試験やなんかで試さないんだ?〟
〝時間の無駄ですし、試験をしたって不合格だった場合、ああだこうだ言いそうですし〟
〝ああ……そういうこと〟
ハジメはアレスの意見にごもっともと思った。自分でも思う。光輝ならそうしそうだと。
〝だから、連れて行くだけ連れてって、神代魔法を集めていくのが得だと思った訳です〟
〝了解だ。アレスもすまないな、お荷物を連れていくかもしれないが〟
〝ハハッ。構いませんよ〟
そして、ハジメとアレスの〝念話〟が終わった。
その後、ハジメは優花達四人から何度も「あーん」されていきクラスメイト達からの視線が凄く、その中の二つぐらいの視線は他と違う感じの視線だった。
ハジメは「あーん」をされながら今日一日を回想する。
【神山】から天使となった(昔から天使だが)優花をお姫様抱っこしながらフリーフォールで登場し、冒険者ギルドの一幕、ウォルペン達と再会を果たした。
「なんか、長い一日だったな……」
「ハジメ、どうしたの?」
「いや、なんでもない」
「じゃっ、はい、アーン」
ハジメの呟きに優花が反応したが誤魔化し優花の髪を優しく撫でる。すると優花は嬉しそうに笑みを浮かべ、またハジメにアーンを再開する。
ハジメ達は、明日にはリリアーナ達を連れて王都を出発する。ハジメは、帝都に入るつもりなど毛頭ないが……きっと、〝何事もなし〟などということはないだろう。
果たして、東の地には何が待ち受けているのか……ハジメは、新たな騒動を予感しつつも、大切な恋人達と大切な仲間達を見る。
「まぁ、どうにでもするさ」
何が来たって、返り討ちにしてやるとハジメはそう思いながら肩を竦めるのだった……。
編集しました。八月一日
愛子はハーレムに入れるか入れないか
-
いる
-
いらない