ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

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八十八話 新生ハウリア反撃の始まり

 

カムを伴って、ゲートを通って岩石地帯に空間転移して来たハジメ、ユエ、シアの三人は、ハウリア達の熱狂的な歓迎に出迎えられた。

 

ハウリア達自身も、お互いに肩を叩き合ったりして、無事を喜び合っていた。

 

「ぐすっ、良かったですぅ。みんな無事で良かったですぅ。ハジメさん、ユエさん、ありがとうございますぅ」

 

涙声で感謝するシア。

 

一目。家族の無事な姿を見たいと言った彼女の願いは確かに叶ったのだ。

 

「……ん、間に合って良かった」

 

ユエが背伸びして、シアの頭を良い子良い子すると、シアの涙腺は決壊。そのままお姉さんに縋り付く妹のように抱きついた。

 

「ま、いろいろ予想外だったが良かったな。しかし、見た感じアレスの奴が帰ってきてないな……まだ、何か調べてんのか?」

 

まだ、帰ってきてないアレスのことを心配しつつも、ハジメは優しい手つきでシアのウサ耳を撫でた。と、その時、ハジメの耳に風切り音が聞こえた。

 

ごく自然な動作で掲げられたハジメの手。其処には黒い鞘に納められた見覚えのある刀が片手白羽取りの要領で掴み取られていた。

 

「………なんのつもりだ、八重樫?」

 

鞘の納めた状態の黒刀でハジメに殴りかかった襲撃者の正体は八重樫 雫、その人だった。

 

片手の指先で掴んでいるにもかかわらず、どれだけ力を込めようともビクともしないハジメに舌打ちをしつつ、雫はなお、ギリギリと力を込める。

 

「……ストレス発散のために南雲君に甘えてみただけよ。大丈夫、私は南雲君を信じているわ。優花達に対してみたいに、そのマリアナ海溝より深い度量で受け止めてくれるって……だから大人しく! 私に! タコ殴りに! なりなさい!」

 

「……キツネがそんなに嫌だったか? それなら獣耳カチューシャが良かったのか? 良かれと思ったのに」

 

「嘘おっしゃい! あなたの意図は分かってるのよ!絶対、悪ふざけでしょ! 何となく雰囲気に流されたけど! ある意味、自業自得ではあるけれど! 一発、殴られずはいられないこの気持ち! 男なら受け止めなさい!」

 

「んな、理不尽な……」

 

どうらや、キツネ仮面のダメージは思っていたより相当、深かったらしい。

 

確かに、拒めばよかっただけなので、場の雰囲気や仮面自体の優秀な機能に流された雫の自業自得である。

 

しかし、そうとは頭の中で理解していても、明らかに悪ふざけが入っていたハジメの言動と帝国兵の罵りが地味に効いて、雫は八つ当たりせずにはいられなかった。

 

もっとも、ハジメと雫の実力差は明らかであり、実際、黒刀の鞘がギチギチと音を立てるだけで押し切れる気配が全くない。 なので仕方なく、雫はハジメが備えつけてくれた黒刀の能力を一つ解放することにした。文字通り、ハジメなら多少痛みは感じても受け止めるだろうと、ある意味、信頼を込めて。

 

「こんのぉ! 奔れ(はしれ)───〝雷華〟!」

 

「お? おぉ〜」

 

バチバチと放電する黒刀を摑みながら、しかし、痛がるどころか、感心した様子を見せるハジメ。雫は思わずツッコミを入れる。

 

「ちょっと、南雲君。電流流しているのに、なんで平気なのよ」

 

「いや、なんでも何も、お前、俺が雷を纏ったりしたり、レールガンを放っているところを何度も見てるだろうに。生身で雷の上位の〝紅雷〟を扱うのに、この程度の電撃が効くわけ無いだろ? それと八重樫達はアレスが戻ってきたところを見たか?」

 

「くっ、仕方ないわね……今回は引くわ。でも、いつかその澄まし顔を殴ってやる。後、私達も南雲君達よりも早く戻ったけど、アレスさんが戻ったところを見てないわ」

 

「………そうか」

 

もっともな返答に、雫は渋々といった様子で引き下がった。彼女の背後には目を丸くしている光輝達がいる。どうやら、思いがけない雫の行動に驚いてるようだった。

 

優花は面白そうに、ユエはジト目で、それぞれ雫を見つめている。小声で、

 

「雫の八つ当たりが見れて面白いわ……まぁ、私達から見れば唯の甘えにしか見えないけど」

 

「……ん、優花に同意。アレは甘え」

 

などと話し合っている。その話しを聞いていたティオもうんうんと頷いていた。

 

「ボス、少し宜しいですか?」

 

ようやく、喜び合いが終えたらしいカム達が、〝宝物庫〟から何かを取り出してから、それを空へ飛ばしていたハジメの方へと歩み寄ってきた。

 

真剣な表情であることから、ハジメも目を細め、ただの再会の挨拶ではないことを察する。錬成で手っ取り早く椅子を車座状に設置すると、その内の一つに腰掛けて、視線で了承の意を伝えた。

 

「まず、何かあったのかといことですが、簡単に言えば、我々は少々やり過ぎたようです………」

 

そう言って始まったカムの話を要約すると、こういうことだった。

 

カム達は、〝狂化〟帝国兵の他に殿を務めた帝国の部隊員達も相当の数を撃破している。

 

本隊に合流できなかった兵士の数と生き残りの証言から、帝国側は【フェアベルゲン】に通常の戦士達とは毛色を異なる未知の集団がいると警戒を強めたらしかった。

 

既に魔人族によって大きな被害を出した後だからだろう。彼等の警戒心歯極めて高く。バイアスの指揮の下〝亜人族は樹海から出ない〟という常識を捨てて、奪還に来る可能性を意識してたようだ。

 

というのも、カム達が帝都に到着したとき、さらわれた大勢の亜人族は即労働に駆り出されるでもなく、一箇所にまとめられていたのだ。

 

しまったと思った時には既に遅かった。厳重に厳重を重ねて構築された監視網に発見され、カム達は一時撤退を余儀なくされた。

 

帝国兵側も相当驚いたことだろう。何せ、網にかかった正体不明の原因は、温厚で争い事とは無縁の愛玩奴隷である兎人族だったのだから。しかも、樹海でもないのに、包囲する帝国兵に対して匠な連携を駆使して対等以上に渡り合ったのだ。当然、その非常識は帝国上層の興味を引いてしまう。

 

その結果………

 

「我等は生け捕りにされ、連日、取り調べを受けていたわけです。あちらさんの興味は主に、ハウリア族の変わり様の原因と所持していた装備の出所。そして、フェアベルゲンの意図ってところです。どうやら、我等をフェアベルゲンの隠し玉か何かと勘違いしてるようで……実は一族郎党処刑されかけた関係だとは思いもしないでしょうなぁ〜。ま、今は仲良くやってますけどね、ハハっ」

 

尋問官にも、【フェアベルゲン】の情報など吐けとか言われたが、無視を貫く姿は国のためならば自分達はどうなってもいいと覚悟を持つ奴等だと関心を強められてしまったらしい。

 

特に、何度か尋問を見に来たガハルドなど、不敵な笑みを浮かべながら新しい玩具を見つけた子供のように瞳を輝かせていたという。

 

「で?捕虜になった言い訳がしたいわけじゃねぇんだろ?さっさと本題を言え」

 

「失礼しました、ボス。では、本題ですが、我々ハウリア族と新たに家族として迎え入れた者を合わせた新生ハウリア族は───帝国に戦争を仕掛けます」

 

カムの鋭い眼差しでなされた宣言に、その場の時が止まる。そう錯覚するほど、ハジメと、カムを含めたハウリア族以外は、一切の動きを止めて硬直していた。理解が追いついていないのか、或いは驚愕のあまり思考停止に陥ったのか。

 

周囲に静寂が満ちて、僅かに虫の奏でる鳴き声が夜の岩石地帯に響く。

 

その静寂を、最初に破ったのはシアだった。

 

「何を、何を言っているんですか、父様? 私の聞き間違いでしょうか?今、私の家族が帝国と戦争をすると言ったように聞こえたのですが………」

 

「シア、聞き間違いではない。我々ハウリア族は、帝国に戦争を仕掛ける。確かにそう言った」

 

僅かに震えながら、努めて冷静であろうとしたシアだったが、カムの揺るぎない言葉を聞いて血相を変えた。

 

「ばっ、馬鹿のことを言わないで下さいっ!何を考えているのですかっ!確かに父様達は強くなりましたけれど、たった百人とちょっとなんですよ? それで帝国と戦争?血迷いましたか! 同族を奪われた恨みで、まともな判断もできなくなったんですね?! それに、戦争するならフェアベルゲンの戦士達も加えることはしないんですかっ」

 

「シア、そうではないのだ。我々は正気だし、フェアベルゲンの戦士達は、まだ怪我を負っている者が多いから無理に戦わせたくない。それに、これは私の独断である。後、ちゃんと話を───」

 

「聞くウサ耳を持ちません! 復讐でないなら調子に乗ってるんですね?だったら今すぐ武器を取って下さい!帝国の前に私が相手になります。その伸びきった鼻っ柱を叩き折ってやります!」

 

興奮状態で〝宝物庫〟からドリュッケンを取り出し、豪風と共に一回転させビシッとカムの眼前に突きつけるシア。その表情は、無謀を通り越して、ただの自殺としか思えない決断を下したカム達への純粋な怒りで満ちていた。

 

淡青白色の魔力が荒れ狂い、物理的圧力すら伴ったプレッシャーが放たれる。その迫力は凄まじく、それこそ光輝達異世界チート組が霞むほどだ。

 

事実、いつも元気に笑っていて、怒ると言ってもどこかコミカルさがあるシアからは想像もできない怒気と迫力に、光輝達は息を呑んで硬直している。

 

だが、そんな勇者達さえ怯む迫力で戦鎚を突きつけられた当のカムは、臆することなもなく、ただ静かな眼差しで娘を見つめ返していた。

 

睨み合う、或いは見つめ合う二人に誰もが固唾を呑んで見守る中、やはり動いたのは、ハジメだった。

 

「シア」

 

「……ハジメさん、今は家族で話してるんです。邪魔を───んぅ」

 

「「「「「「「「「「?!」」」」」」」」」」

 

 

いつの間にか、シアの後ろに迫っていたハジメは、シアを呼び掛ける。シアは、たとえ大好きな恋人であるハジメであっても今は邪魔されたくないのでハジメの方へ振り返り、邪魔しないでと言おうと瞬間、ハジメはシアの言葉を遮るようかのように唇を奪う。

 

光輝達とハウリア達はハジメのいきなりの行動で目を見開いてある意味、硬直してしまう。カムもいきなりのことでポカンと口を開けている。

 

 

「?!んぅ……ハジ…しゃ…んん!」

 

シアが唐突のキスに驚きながらも、更に舌どうしが絡み合うキスとして顔が真っ赤になる。そして、離れようと暴れるが、それと逆にハジメは離れないようにとシアの片手で後ろ頭を抑えガッチリと拘束する。

 

「んん───ぷはぁっ……ハァハァ」

 

ざっと、十数秒。唐突のベロチューと仲間や家族の前で恋人とのキスのところを見られたりで、ふにゃりと力が抜けてしまったシア。四つん這い状態になってハァハァと熱い吐息を漏らしつつ、恨めしげにハジメを睨んだ。キスは嬉しいけれど、時と場合を考えて欲しいと、その目が言葉より雄弁に物語っている。

 

ハジメは優しい笑みを浮かべると、今度はシアのウサ耳を撫でる。それは、優しげで労るような手つきでハジメを恨めしげに睨んでいたシアも表情が和らぎ、あえなく気持ちよさそうに目を細めてしまう。

 

「どうだ、少しは落ち着いたか?カムの話はまだ終わってないんだ。ぶっ飛ばすのは話を聞いた後からでも遅くはないだろ?」

 

「うっ……そうですね……すみません。ちょっと頭に血が上りました。もう大丈夫です。父様もごめんなさい」

 

ウサ耳をへにょんとさせて、シアは反省を示すと、カムは優しげに目を細めると頭を振った。

 

「家族を心配することの何が悪い?謝る必要などないよ。こっちこそ、もう少し言葉に配慮すべきだったな。……私もいろいろと焦っていたようだな。それにしても、くっくっくっ」

 

「な、なんですか、父様。その笑いは……」

 

「いや、お前が幸せそうで何よりだと思っただけだ。……しばらく見ない間に、ボスと恋人の一人になったと見える。愛されてるようで何よりだ。そろそろ孫の顔が見れたりするか?」

 

「なっ、ま、まごって、何を言ってるんですか、父様! ハジメさんともう、シマしたけど……子供はまだ……あっ」

 

カムにからかわれて、自分でも地雷を口にしたシアは顔を真っ赤になり、その顔を隠したいためかハジメの胸元に抱きつく。見ればハウリア達全員、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。

 

「クハっ……」

 

(どいつもこいつも、いい性格になったな……)

 

ハジメはそんなことを思いながら苦笑いをして、シアの視線をスルーしてカムに尋ねた。

 

「カム、まさかと思うが、その話をしたのは俺に参加を促すためじゃないだろうな?」

 

「ははっ、それこそまさかですよ。ただ、こんな決断ができたのも、全てはボスに鍛えられたおかげです。なので、せめて決意表明だけでもと、そう思っただけですよ」

 

カムは笑いながら、ハジメの推測を否定した。どうやら、本当に自分達だけでやるつもりのようだ。彼等の瞳に宿る決意は本物で、復讐心に狂っているわけでも、力を得て調子に乗っているわけでもないことがよく分かる。

 

しかしそうなると、本当に無謀としか言いようがない決断であり、その決断に至った理由が気になるところだ。

 

「理由は?」

 

「意外ですな、聞いて下さるのですか?興味が無いと思いましたが……」

 

「俺に鍛えられて決断ができたってことは、お前等が無謀をやらかそうって原因は俺にもあるだろ? それだけなら知ったことじゃないが………」

 

そう言って、ハジメはチラリと横にいる。家族の未来を想いウサ耳をへたらさせているシアの姿を見て、言葉を続けた。

 

「俺もこれから、家族(・・)になる奴等が心配でね」

 

その言葉を聞いたカムは嬉しそうに目元を緩め、「なるほど」と頷き理由を話し出した。

 

「先程も言った通り、我々兎人族は皇帝の興味を引いてしまいました。それも極めて強い興味を。帝国は実力至上主義を掲げる強欲が強い者が集う国で、皇帝も例には漏れません。そして、弱い者は強い者に従うのは当然であるという価値観が性根に染み付いている」

 

「つまり、皇帝が兎人族狩りでも始めるって言いたいのか?殺すんじゃなくて、自分のものにするために?」

 

「肯定です。尋問を受けているとき、皇帝自らやって来て〝飼ってやる〟と言われました。もちろん、その場で歯の裏側に仕込んでいた隠し刃を投げつけましたが……」

 

皇帝に向かって隠し刃を投げつけたというカムの言葉に、ハウリア達は「流石、族長!」と盛り上がり、光輝達は「あの、ガハルド陛下に?!」と驚愕を顕にした。

 

無理もないだろう。捕まっていながらも、皇帝陛下に隠し刃を投げつける者など、亜人族以外の種族も含めてカムが史上初なのではないだろうか。

 

「しかし、そのせいで逆に気に入られてしまいまして。全ての兎人族を捕らえて調教してみるのも面白そうなどと、それは強欲そうなると顔で笑っていましたよ。断言しますが、あの顔は本気です。再び樹海に進撃して、今度は多くの兎人族を襲うのでしょう」

 

当然、今度は愛玩用ではなく、戦闘用として、だ。

 

カムは難しい表情をして、溜息を一つ。

 

「まだ、未だ立て直しきれていないフェアベルゲンでは次の襲撃には耐えられない。そこでもし帝国から見逃す代わりに兎人族の引渡しを要求されれば………」

 

「なるほどな。受け身に回らず、文字通り同族の全てが奪われる、か」

 

「肯定です。フェアベルゲン側もこの要求されても、引渡しは行わないと思います。しかし、それだとフェアベルゲンはまた、戦地となってしまう。そして、我々のせいで沢山の亜人の未来が奪われるのは……耐え難い」

 

どうやら、思っていた以上二カム達は状況的に追い詰められていたようだ。

 

カムの言う通り、フェアベルゲン側はこの要求を呑む気はないだろう。しかし、そうなると結果的にフェアベルゲン側は防衛戦が必須になるだろうが負けるのは確実。

 

そして、捕まってしまったハウリア以外の兎人族は地獄を見ることになる。彼等が〝強い兎人族〟という強い望みに応えられなければ、女、子供は愛玩奴隷に、それ以外は殺処分になるのがオチだろう。

 

「だが、まさか本気で百人ちょいなんて数で帝国軍と殺り合えるとは思ってないだろう? それに、アッチには数も不明な〝狂化〟帝国兵だっているんだ。戦力差は圧倒的だ」

 

「もちろんです。平原で相対して雄叫びを上げながら正面衝突など有り得ません。それに、ボスの言う通り奴等があの帝国兵を出すなら我々の勝利は無くなるのは確実。しかし、我々は兎人族。気配の扱いだけは、どんな種族にも負けやしません」

 

そう言って、ニヤリと笑うカム。ハジメもカムの意図を察する。

 

「つまり、暗殺か?」

 

「肯定です。我等に牙を剥けば、気を抜いた瞬間、闇から刃が翻り首が飛ぶ……それを実践し奴等に恐怖と危機感を植え付けます。いつ、どこからか襲われるか分からない、兎人族はそれができる種族なのだと力を示します。弱者でも格下でもなく、敵に回すには死を覚悟する必要がある脅威だと認識させるわけです」

 

「皇族が暗殺者に対する対策をしてないと思うか?」

 

「勿論しているでしょうな。しかし、我等が狙うのは皇帝の一族ではなく、彼等の周囲の人間です。流石に、周囲の人間全てまで厳重な守りなどないでしょう。昨日、今日、親しくていた人間、或いは部下が、一人、また一人と消えていく……。我々に出来るのは、今のところこれくらいですが、十分効果的だと思います。最終的に、亜人族達に不干渉の方針を取らせることができれば十全ですな」

 

なんとも、えげつない策であるが、皇族一味を暗殺するなどと言うよりは、よほど現実味がある。ただ、それだと、帝国側に脅威を感じさせるには必然的に時間が掛かってしまうので、大規模な報復行為に出られる可能性が高いだろう。

 

帝国側が兎人族の本格的な捕縛戦又は殲滅戦に出るか、それとも、実力至上主義のもと、その力を認めて交渉のテーブルに着くか、どちらが早いとかいう紛れもない賭けだ。それも極めて分の悪い賭け。

 

それでもやらなければ、どちらにしろ兎人族の未来はないだろう。既にハウリア族は全員、覚悟を決めた表情だ。

 

「……父様……みんな……」

 

シアは悄然と肩を落とした。帝国兵相手に立ち回り、絶対監獄というべき帝城の地下牢からも逃走を果たした兎人族を、皇帝は指摘興味と公的責務として見逃しはしないのだろうと察したのだ。

 

カム達が残された道は、同族や亜人達を見捨てて生き残るか、全員仲良く帝国の玩具になるか、身命を賭して戦うか、そのどれしかなかった。

 

「シア、そんな顔をするな。以前のようにただ怯えて逃げて蔑まされて、結局蹂躙されて、それを仕方ないと甘受けすることのなんと無様なことか。今、こうして戦える、その意志を持てること、我等の故郷や同族達を守れるのが、私達はこの上なく嬉しいのだ」

 

「でも!」

 

「シア、私達は生存の権利を勝ち取るために戦う。ただ生きるためではない。ハウリアとしての矜恃をもって生きるためだ。どんな力を持とうとも、ここで引けば、結局、私達は以前と同じ口だけが達者な敗者となる。それだけは断じて許容できない」

 

「父様……」

 

「前を見るのだ、シア。これ以上、私達を振り返るな。お前は決意したはずだ。ボスと共に外を出て、前へ進むのだと。その決意のまま、真っ直ぐ進め」

 

カムが、族長としてでも、戦闘集団のボスとしてでもなく、一人の父親として娘の背中を押す。自分達のことでこれ以上、立ち止まるなと、共にいたいと望んだ相手と前へ進めと。

 

泣きそうな表情で顔を俯けてしまうシアに愛しげな眼差しを向けたあと、カムはハジメに視線を転じて目礼をした。〝娘を頼みます〟とでも言うかのように。

 

無言無表情のハジメの代わりに、光輝が、いかにも「俺がなんとかする!」とでも言いそうな雰囲気で腰を上げるが、雫の黒刀に後頭部をぶん殴られて撃沈した。雫はストレスが溜まっているようで、光輝の止め方がいつもより雑であった。

 

ハジメが反応を示さないでいると、シアがハジメへと振り返った。だが、シアが口を開く前に、何を言うか察したカムが叱責するようにシアの名前を強い口調で呼び止めた。

 

「シア!」

 

それにビクッ!と体を震わせるシア。

 

カム達は、ハジメに助けを求めるつもりはなかった。自分達のミスでまんまと敵の罠にはまり、皇帝の目に留まってしまったことは自業自得と言える事態なのだ。ここでハジメの力を当てにして解決を委ねるようでは、以前と何も変わらない。

 

カムが言ったように、この戦いは、兎人族が掲げることができるようになった矜恃を貫くための戦いなのである。

 

そして、シアもまたそれは理解していた。ただ逃げるだけしか出来なかった自分も同じであり、今は、ハジメの仲間としての矜恃がある。

 

だが、余りにも分が悪い賭けを行おうとしている家族に、心は否応なく痛む。結局、シアは何も言えずに口をつぐんだ時だった。シュバッと風を切るような音と共にハジメの下へ鳥の形がした物がハジメの肩に着地する。

 

ハジメ以外の全員が目を丸くするが、ハジメは無表情を崩し、笑みを見せる。

 

「……来たか」

 

ハジメはそう呟いた後、立ち上がりってから俯くシアに話し掛ける。

 

「シア」

 

「ハジメさん……」

 

シアの瞳に、僅かばかりの期待の色が宿る。

 

「今回の件で、俺が戦うことはない」

 

「っ………そう、ですよね」

 

しかし、続くハジメの言葉に泣き笑いの表情をして再び俯いてしまった。背後で光輝が何かを喚ことして、脇腹に当てられた黒刀から電流を流され気絶したのを尻目に、ハジメは、早とちりをして沈むシアのほっぺを苦笑いしながらムニムニした。

 

「おいこら、早とちりをするな。戦わないが手伝わないとは言ってないだろ?」

 

「へ?」

 

ハジメの言葉に、シアはほっぺをみょ〜んとされながら間抜けな声を出す。カム達も、ハジメの言葉の意味を図りかねたのように困惑した表情で顔を見合わせている。

 

「今回の件はハウリア族が強さを示さなきゃならない。容易ならざる相手はハウリア族だと思わせなきゃならない。この世界においてクソみたいな亜人差別が常識である以上、俺が戦って守ったんじゃあ、俺がいなくなった後に同じことが起きるからな。何より、カム達の意志がある。俺はそれを尊重したい。だから、俺は一切、戦うつもりはない」

 

ハジメはそこで視線をカムへと転じた。

 

「しかし、状況が変わったし、それに俺の大事な恋人がこんな顔をしてんだ、黙って引き下がると思ったら大間違いだぞ?」

 

「し、しかし、ボス……なら、一体……」

 

困惑を深めるカム達に、ハジメは牙を剥くような不敵な笑みを浮かべて宣言する。

 

「カム、そしてハウリア族。シアを泣かせるようなチンケな作戦なんぞ全て却下だ。お前等は直接、皇帝の首にその刃を突きつけろ。髪を掴んで引き摺り倒し、親族、友人、部下の全てを奴の前で組み伏せろ。帝城を制圧し、助けが来ないと、一夜で帝国は終わったのだと知らしめてやれ!ハウリア族にはそれができるのだと骨の髄まで刻み込んでやれ!この世のどこにも安全がないのだと、帝国の歴史にその証を立ててやれ!」

 

辺りに静寂が満ちる。誰もが、ハジメの気勢に呑まれて硬直している。ゴクリッと生唾を飲む込む音がやけに明瞭に響いた。

 

ハジメは、周囲を睥睨しながらカム達を方へと見つめ声を出す。

 

「………まさか、できないのか?」

 

「「「「「「「「ッ?! いえっ!」」」」」」」」

 

ハジメの視線がカム達を貫く。そして、カム達はすぐさま跪いて平伏する。ハジメはそれを見て言葉を続けながら声を上げる。

 

「……俺が膳立てしてやるんだ。だから、お前等は雑魚ではなく皇帝を攻めろ。そして、研ぎ澄まさせた意地と己の信念の刃で、邪魔する者を尽く斬り伏せろ!」

 

「「「「「「「「「はっ!!」」」」」」」」」

 

「主役はお前等だ!気合いを入れろ! 新生ハウリア族、百二十二名で……」

 

「「「「「「「「「「………」」」」」」」」」」

 

「帝城を落とすぞっ」

 

「「「「「「「「はっ! ボスのご命令とならばっ!!」」」」」」」」

 

膳立てするとは何をする気なのか、帝城を落とすなどそれこそ不可能ではないのか、そんな疑問は、ハウリア達の頭にはこれっぽっちもない。自分達が信頼してる、自分達を口だけじゃなく自分達の手で守りたい者を守れるようにしてくれたボスが、扉の鍵を開けてくれるというのだ。

 

ならば、その先で待っている障害くらい切り裂けなくては、新生ハウリア族の名折れである。ボスに顔向けができない。

 

故に、ハウリア達は心は一つとなって、〝帝城落とし〟への闘志が燃え上がった。

 

帝都から離れた岩石地帯に、闘志と己の信念の貫くためにハウリア達は尊敬するボスに跪いた。

 

「うぅ〜、シズシズ、あの人達怖いけどなんかカッコイイよ〜」

 

「そ、そうね。……南雲君の発想も凄いけど……シアさんが羨ましく感じてしまうわ……」

 

「南雲の奴……凄ぇな。な、光輝!」

 

「あ、ああ……」

 

雫達が、それぞれ違った表情で異様な熱気に包まれるハウリア達の様子を眺めていた。

 

「う〜む、凄いのぅ。兎人族がここまで変わるとは。流石はご主人様じゃ。しかも、あっさり帝国潰しを目的にしよるし……」

 

「………それでこそ、ハジメ。惚れ直してしまう」

 

「ふふ、シアの表情を見てよ、二人共。とろけちゃってるよ。同性の私でも、ちょっとドキドキしちゃうくらい可愛いわ。抱きしめたい」

 

「………ん、確かに。ハジメが決断したのは、他に理由があったと思うけど、一番はシアを泣かせないためだから……。当たり前」

 

「ふふ、そうじゃのぅ〜」

 

ユエ達の方は、蕩けた表情でハジメを見つめるシアについて語り合っていた。

 

三人共、最初からこうなると分かっていたのか、シアから暗さが払拭されたのを見て嬉しそうに目元を和らげて笑みを浮かべていた。

 

その後、帝城落としの詳細を詰めたハジメ達は、その時に備えて各々休むことになった。

 

シアはしばらくの間、ハジメの傍を離れたがらなかった。いつもの元気の良さは鳴り潜め、しかし、決して暗く沈んでいるわけではなく、頬を薔薇色に染めてハジメの胸元にピトリと引っ付いたまま寄り添うのだ。

 

ウサ耳が時折、ちょこちょことハジメに触れては離れてを繰り返す。それは、ただただ、傍でハジメを感じていたいという気持ちを顕にしているようだった……。

 

 

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一夜を開けて、東の空が白み始める少し前、岩場に腰掛けた二つの人影があった。少し早く目が覚めたハジメと優花である。

 

ちなみに、岩場に座っているのはハジメだけで、優花はハジメの膝の上に横抱きに座っている。

 

見張り役以外の全員がまた寝静まっていて、場所も死角となっているので、ハジメと優花は久しぶりに二人っきりの静かな時間を満喫していた。

 

心地良さすら感じる沈黙の中、、夜明けを待っている二人。おもむろに、ハジメの肩口に頭を預けていた優花が顔を上げ、前触れも無くハジメの頬にキスをした。チュッという可愛らしい音が、朝の静寂を僅かに揺らす。

 

「………どうした、いきなり?」

 

「うん? なんか昨夜のことを思い出してなんとなくね」

 

優花が言う昨夜のことと言えば、〝帝城落とし〟のことだろう。だが、それがキスに繋がるのか分からず、自分を優しげに見つめる優花を見つめ返しながら、ハジメは首を傾げた。

 

「そんなに深く考えなくても、ただ単にハジメは私達を愛してくれてるなぁ〜。って思うと嬉しくって」

 

ということらしい。優花はそう言いながら、再びキスを落とした。

 

「そうえばさ、ハジメ?」

 

「ん、なんだ?」

 

「どうして、ハジメはあんな事を言い出したの?手伝う気はいたと思うけど、最初は静観を貫いてたからさ」

 

「あぁ、それは……理由はこれさ」

 

優花の疑問を答えるためにハジメは〝宝物庫〟からある物を取り出した。優花はハジメの取り出した物に見覚えがあった。

 

「それって、昨夜の鳥型のアーテイファクト?」

 

それは、昨夜ハジメの肩へと降り、〝帝国落とし〟の説明をカム達にする際にハジメが今、取り出したアーテイファクトを使って話していたのを優花は思い出した。

 

「これはな、半自律型起動無人偵察機〝オルニスΑ〟だ」

 

 

────半自律型起動無人偵察機〝オルニスΑ〟

 

ハジメが以前作成していた重力制御式無人偵察機〝オルニス〟に改良を加えたアーテイファクトであり、以前のオルニスはハジメの制御が必要であったがこれは魔力を流すだけで後は、操作をしなくても勝手にハジメがプログラムしていた事を実行するように出来ている。

 

因みにこの〝オルニスA〟には、〝構造把握〟を有しており、外からでも大体の建物などの構造が把握できるようになっている。しかし、この〝オルニスA〟は作製期間が長引くため、一機しか作られていない。

 

「それで、その、〝オルニスA〟で何かしてたの?」

 

「コイツには、二つの調べごとを頼んでいた。一つは帝城について、もう一つはアレスの居場所(・・・・・・・)だ」

 

優花のを質問をハジメは返答すると、その内容に優花は目を見開き、質問を口にする。

 

「帝城のことは、昨夜、ハジメが説明していたから分かったけど……アレスさんのことはどうだったの?あの場で、説明していなかったじゃない? 」

 

「………アレスが最後にいた場所までは把握したが、其処からの魔力が途切れていたのを確認した。俺の推測だが、もしかしたら、帝国に〝クソ神共〟が干渉している可能性があると踏んでいる。アレスもそれに気付いて昨日は俺達と別れて、単独で調べ物をしていた。もしかしたら、そん時に、〝クソ神共〟のなんかと戦い、行方知らずとなった感じだろうな……」

 

「嘘……」

 

ハジメは話しを聞いて優花は信じられないのか両手で口を抑えていた。しかし、ハジメは真剣な表情で自分の拳を握りしめながら話し続けた。

 

「でも、俺はアレスは絶対に生きている。アイツは簡単に殺られる性格じゃねぇ。何があって生きて帰ってくる俺はそう信じてるさ」

 

「……ハジメがそう言うんだったら私も信じるわ。それに、アレスさんは大切な仲間だしねっ」

 

そんな優花の言葉に、ハジメは少しムッとする。アレスは大切な仲間なのは分かるが、愛してる女が自分と違う男の話をして、笑みを浮かべられると、なんとなく気に食わなかったのだ。なので取り敢えず、今は自分のことしか考えられないようにする為に問答無用で優花の唇を奪うことにした。

 

「ん……んっ、あむっ…ハジっ……んっ」

 

東の空がいよいよ白み始め、二人の後ろに影ができ始める。ピッタリと重なった影は、時折離れるものの直ぐにまた重なり、その度に生々しい音が響く。

 

優花の瞳は熱に浮かされたように潤み、頬は薔薇色、唇は艶やかに輝いている。

 

そのまま、二人は自然な動きで続きを………

 

と、しようとしたところで、ハジメ達のいる岩陰の向こう側から人の声が聞こえた。

 

「お〜い、南雲。いるのか?」

 

どうやら、光輝のようだ。寝床にいないハジメを探しに来たらしい。陽も昇ってきたので、他の者達も起き出しているのだろう。

 

「チッ。いいところであのクソキラキラ野郎。邪魔…「ムッ、優花だけズルい。私もハジメっ」……?!」

 

悪態を吐きながら、しょうがないと優花を抱えたまま立ち上がろうとするハジメだったが上から聞き覚えのある声と共に立ち上がるのを阻まれた。上からの邪魔した正体はユエだった。ユエも優花を探しに来ており、この現場を目撃し、自分も混ざりたくなり、仰向けになっていた優花とアイコンタクトで結託したのであろう。凄い連携でハジメは二人に押し倒されたのだった。

 

そして……

 

「……ハジメ。私ともしよ?」

 

「ゴメン、ハジメ。ハァハァ、私もあんなことされて我慢出来ると思っているわけ?」

 

「ちょっ、おま……んむっ」

 

ハジメを押し倒した二人は、顔を薔薇色に染めながらハジメに襲いかかった。

 

「光輝、南雲君いた?」

 

「あぁ、こっちから気配がするからいるとおもっ──?!」

 

光輝の後ろから雫や鈴、龍太郎も現れた。雫の質問に答えながら岩場を迂回した光輝だったが、其処で目撃した光景に思わず硬直する。固まった光輝を訝しげに見ながら、雫達も岩場を覗き込み………

 

ビシッ!と硬直した。

 

更に後ろからシアとティオの二人がやってくる。そして、硬直する光輝達を訝しげに岩場へと迂回して……

 

「ちょっとぉおおおお! 三人共っ朝っぱらから何をしているんですかぁ?!」

 

「優花とユエ、朝から羨ましいのぉ〜」

 

「「二人も混ざる?」」

 

「「混ざる(ですぅ) (のじゃ)!」」

 

ハジメは流石に二人の追加はヤバイと思い、咄嗟に立ち上がろうとするが、優花とユエの二人にガッチリと腕を拘束されてしまい、立ち上がれずにいると、駆け付けたシアとティオもハジメを拘束するように抱きつき始める。

 

「ちょっと、待てっ! お前……ぁ、あああああ!!」

 

そして、ハジメの頑張りは無謀に終わったのだった。

 

少し、離れたところで、硬直していた光輝達が慌てたように戻っていく。

 

鈴は「大人だぁ……、三…いや、今は五ッ?!」と顔を染めながら硬直したままだったので、雫が脇に抱えて運んでいった。もっとも、その雫もハジメ達のところをチラッチラッと見つつ、耳まで真っ赤に染まっていたが。

 

東の空に昇る朝日は、新生ハウリア族の戦いの狼煙と同じなのだが……

 

なんとも締まらない始まりだった……。

 

 

 

 

ちなみに、ハジメが解放されたのは、それから一時間ちょっとしてからで、顔が少しやつれており、フラフラ状態であった。そして、その逆に女性陣はやけにツヤツヤだったのであった……。

 

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