今日から、投稿を再開しようと思います( *¯ ꒳¯*)
──ゼロ。
ガハルドの乾杯と共に会場の光が消え失せ、会場は闇に呑み込まれた。
「なんだ?! 何が起こった?!」
「いやぁ! なに! なんなのぉ?!」
一瞬で五感の一つを奪われた帝国貴族達が、混乱と動揺の声を震わせながら怒声を上げる。
「狼狽えるな! 魔法で光をつくっ───がぁ?!」
「どうしたっ───ギャァ?!」
「何が起こってい───あぐぅっ!」
比較的優秀だった者達が、指示を出しながら魔法で光球を作りだし灯りを確保しようとする。が、直後には悲鳴と共に倒れ込む音が響いた。更に、混乱する貴族達が次々と悲鳴を上げていく。
その異様な状況に、会場は再び混乱に陥った。特に、令嬢方は完全にパニック状態で、闇雲に走り出しては、そこかしこから転倒者や衝撃音が聞こえ始める。
「落ち着けぇ! 貴様等それでも帝国人か!」
暗闇の中、ガハルドの声が響き渡る。
闇夜も払拭しそうな程の喝は、暗闇と悲鳴の連鎖で恐怖に陥りかけた帝国貴族達の精神を強制的に立て直させた。
そこで、更に指示を出そうとしたガハルドだったが……
ヒュ! ヒュ! ヒュ! と、連続した風切り音がガハルドを強襲する。
「ッ?! チィッ! こそこそと鬱陶しい!」
通常では考えられないほど短い癖に、驚く程の速度と威力を秘めた矢が四方八方へと飛来していく。
その上、絶妙にタイミングをズラし、実に嫌らしい位置を狙って正確無比に間断なく矢を撃ち込まれるので、さしものガハルドは防戦一方に追い込まれてしまった。しかし、それでも真っ暗闇の中、風切り音だけで矢の位置を把握して、儀礼剣だけで捌いているのは流石と言うべきだろう。
怒声を上げるガハルドの中心にギン! ギン! ギン!と金属音が衝突する音が連続で鳴り響く。
次々と立ち上がる悲鳴と、物や人が倒れる音が響く中、ようやく冷静さを取り戻した幾人の者達が灯りとして火球を作り出すことに成功した。
険しい表情で周囲を見回しつつ衛兵を大声で呼ぶ彼等の視界の端に何か黒い影のようなものがヒュッ!と風切りながら横切る。
「ッ?! 何者っ───げふっ?!」
咄嗟に火球を飛ばそうとした帝国貴族の男。しかし、その寸前、彼の背後の闇から影が飛び出した。真後ろにいるのに、男はまるで反応しない。そして、その無防備な項に、黒塗りの小太刀が一閃された。
結果は単純。まるで、冗談のように、男の首が宙に舞った。クルクルと回って、生々しい音と共に地面に落ちたそれは、何処かキョトンとした表情をしており、未だ死を自覚していないかのようだった。
光に誘われる蛾のように、光を作り出した者のところへ向かっていた帝国貴族や令嬢達は、火球が消滅する寸前に垣間見えた影と、一瞬で人の首が飛ぶ光景を目の当たりにし、無様にも腰を抜かしていく。
気が付けば、照明を照らしていた火球は全て消えて、再び闇一色となっていた。
「ひっ、ば、化け物っ! 化け物だっ」
「し、死にたくないっ、誰かぁ!誰かぁっ」
腰を抜かした者の多くは令嬢や文官だったが、少なからず軍の将校もいる。前線から退いて贅沢の極みを尽くしていた彼等には、死神の鎌に等しい暗闇と襲撃者の存在に精神が耐えられなかったのだろう。
彼等は一人の例外もなく、何もできないまま、そしてしないまま、音もなく肉薄した黒装束達に手足の健を切られ、痛みにのたうちながら倒れ伏すことになった。
そんな情けない者達もいるが、ここが実力至上主義を掲げる軍事国家である以上、いつまでも混乱に甘んじているわけがない。
ガハルドのように礼儀剣は持っていなくても、護身用の懐剣を頼りに何度か襲撃を凌いだ猛者達が、仲間の気配を頼りに集まり陣形を組み出した。
「くそっ! 相当の手練れだぞ! 気配がまるで掴めない!」
「愚痴ってる場合か! ローグ、テッド! 視界確保を優先! 他は防御に徹しろ!」
背中を合わせるなり、中央に術者を据えて詠唱を任せる。という見事な連携だ。比較的にガハルドに近くにいた者達、おそらく近衛だろう彼等もすぐに陣形を組んでガハルドの背後を守りだした。
「これ以上好きにさせるな! 反撃開始だっ」
〝炎弾〟で明かりをつくり、そう息巻いたガハルドだったが、直後、目の前に金属塊がコロコロと転がってくる。
「なんだ? これは……」
訝しみながらも正体を確かめようと接近するガハルドの側近を務める男。それは、彼だけではなく離れた場所で明かりを確保した者達も同じだった。
猛烈に嫌な予感がしたガハルドは、咄嗟に制止の声を掛ける。
「よせ! 無闇に近付くな!」
「ッ?!」
ガハルドの言葉に反射的に従って後ろに飛び退ろうとする側近だが、その金属塊のもたらす効果からすれば無意味な行動だった。それは次の瞬間に証明された。
カッ!と光が爆ぜキィィィィィィン!と耳を裂く暴音が周囲を無差別に蹂躙する。
「ぐぁあ?!」
「何がァ?!」
咄嗟に目を瞑り、腕で顔を庇うガハルド達だが、あまりの不意打ちに完全に防ぎきれず、一時的に視力と聴力が失ってしまう。
そして、その瞬間を襲撃者たるハウリア族が見逃す筈がなく、絶妙なタイミングで急迫しながら、極限の〝気配遮断〟で標的の懐に踏み込む。そして、漆黒の小太刀を一閃。ニ閃。
五感の二つを奪われ、抵抗する余裕のない近衛達は、手足の健はあっさりと切り裂かれ、激痛な痛みに悲鳴を上げて倒れ伏してしまう。
直後、口にナイフを突き込まれて、詠唱封じの為に舌を切り裂かれてしまう。
離れた場所でも同じように、反撃をしようとしていた者達が、手足の健を切られて舌を裂かれていく。大きな魔術を行使しようとした者は容赦なく首を飛ばされた。
そんな中、ギンギン!と金属音同士の激突音が響く。その音の正体はガハルドだった。なんと、ガハルドだけは目も耳も潰された状態で、極限まで気配を殺したハウリア族二人の斬撃を防いだのである。
これには襲撃をしているハウリア族の二人も、覆面の隙間から覗く瞳を大きく見開いて驚きを露わにした。
その一瞬の動揺を感じ取ったのか、隙を突いて気合いを一発。ガハルドは震脚の如き踏み込みで衝撃を発生させる。
「っ!」
「くっ!」
体勢を崩された二人のハウリアが思わず呻き声を上げた。そこへガハルドは目の使えない状態なのに、ゾッとするほどの正確な斬撃を繰り出す。
ハウリアの二人は咄嗟に小太刀を交差させて全力防御。二連撃とは思えない破壊力を持った斬撃を、最高レベルの耐久力を持つ小太刀は見事耐えきるものの、その使い手の二人は吹き飛ばされてしまう。
そこへ、吹き飛ばされた二人と入れ違いに、間髪を容れず矢が殺到する。篠突く雨の如きクロスボウによる一斉射撃。しかし………
「散らせ。───〝風璧〟!」
たった二言で発動した強烈な風の障壁に、全矢あっさりと軌道が逸らされてしまう。
「撃ち抜け。───〝炎弾〟!」
そして、再び二言で魔法を発動。十も作り出した〝炎弾〟を〝風璧〟で感じ取った矢の射線に沿って一斉掃射する。
ハウリア達は既に移動していたが、全ての〝炎弾〟の着弾位置が全て自分達が潜んでいた場所。ガハルドに戦慄する気配が無数に湧き上がる。気配を殺していたハウリア達が僅かに漏らしてしまう。
ガハルドの閉じたままの目蓋が僅かに開き、見えてないのもかかわらず、その瞳がギラリと野獣じみた危険な光を宿している。
「そこかぁ」
グリン!と首が回った。その視線が闇の奥にいるハウリア達を捉える。あの一瞬の動揺だけで、居場所を掴み取られたのだ。
「爆ぜろっ。──〝炎弾〟!」
再び放たれる〝炎弾〟の群れに、背を向けながら、闇の奥のハウリア達に向かって一直線に突進するガハルド。
直後、パーティー会場の天井付近に向かって飛んでいった背後の炎弾が一瞬の収縮のあと轟音と共に大爆発を起こした。
しかし、ハウリア達は苦悶の声を上げながらも、物陰に隠れたりなどして、爆発を回避し、今度は気配に緩急をつけ、ガハルドの感覚を狂わせていくことで攻撃を凌ぐことにするが、それも〝辛うじて〟という状況だ。
視界を奪われながらも、躊躇うことなく戦いに踏み込める胆力。高まる殺気は凄絶の一言。見えずとも斬撃の正確性は刻一刻と増していく。
──これが皇帝。
──これが軍事国家の頭。
力こそ全てと豪語する戦闘者達の王。それを身を似って実感したハウリア達は……
「上等」
「なます斬りにしてやる」
萎縮するどころか誰もがその口に凄惨な笑みを浮かべた。覆面の隙間から覗く瞳はギラギラと獰猛と輝き、一人一人から濃密な殺気が噴き出す。
気配操作の効果が薄くとも、仕留めて殺る。と言わんばかりに、ハウリア達はまるで一つの生き物のように動き出した。
四方八方からヒット&アウェイを基本とした絶技と言っても過言ではないレベルの連携攻撃が殺到する。
「ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか! なぁ、ハウリアぁ!」
襲いくる斬撃を独特ほど剣術で弾き返しながら、ガハルドは楽しげに叫ぶ。どうやら、とっくに襲撃者はハウリア族だとバレていたようだ。
ハウリア達はガハルドの雄叫びを聞いても、もはや何も言わない。ただ、殺気を滾らせていく。
「あぁ? ビビって声も出せねぇのか?!」
言葉からしてやはり聴力が少しづつだが回復しているらしい。そのガハルドの叫びに、一際強烈な殺気を振りまくハウリア──カムが小太刀の二刀を振るいながら、その溢れ出る殺気とは裏腹に無機質な声をポツリと返した。
「戦場に言葉は無粋。切り抜けてみよ」
「ハッ、上等だ」
暗闇に火花が舞い散り、更に激しさを増す剣戟は嵐の如く舞う。単体戦力はガハルドの圧勝。しかし、ハウリアはカムを起点にした群体戦力。
両者の力は拮抗し、互いに決定打を打てない千日手状態。
数十秒。いや、数分か………
会場で、意識はあるものの口も手足も切り裂かれて苦悶に表情を浮かべる者達は、なぜ外から誰も駆けつけないのかと苛立ちながらも自分達の王の勝利を願う。
だが同時に、襲撃者が兎人族であるという有り得ない事態に、その未知に、恐怖に慄く体を止められずにいた。と、その時、彼等の予想を裏切るような事態が動いた。
「ッ! なんだっ? 体がっ」
ガハルドは突如ふらつき始め、急速に動きを鈍らせたのである。それを「待ってました」と言わんばかりに四方八方からハウリア達は飛びかかる。
辛うじてそれを弾き返すガハルドだったが、最初からガハルドの異変は想定済みだったようで、絶妙なタイミングではなた矢が遂にガハルドに直撃した。
「ぐぁっ!」
ふくらはぎを深々と貫かれ、ガクンと膝を折るガハルドは遂に剣を取り落とした。
ガハルドは、瞬時に魔法を発動しようとするも、刹那のタイミングで交差するようにすれ違った二人のハウリア族が、戦闘中に確かめていた位置に小太刀を振るい、隠し持っていた魔法陣やアーティファクトを破壊または弾き飛ばす。同時に残りの腕と足にも矢が突き立った。
「──ッ!」
迸る激痛。悲鳴こそは上げなかったが、その体は意思に反してゆっくりと傾いて……………
ドガッと音が響く。遂にガハルドが倒れ伏したのだ。
静まり返るパーティー会場。誰も言葉を発せない。物理的に口を閉ざされているからというものもあるが、きっと、たとえ口が利けたとしても言葉を発する者はいなかっただろう。
視界が暗闇に閉ざされていようとも理解してしまう。その事実は、帝国人から言葉を、或いは思考自体を奪うには十分過ぎる衝撃だった。
そう、ヘルシャー帝国皇帝陛下の───敗北。
それ即ち、帝国という一つの強国が、最弱種族に落とされた瞬間だった。
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時間は少し戻る。
「急げっ。パーティーに何かが起きている!一刻も早く陛下のもとへ行くぞ!」
しんしんとした帝城内に焦燥の滲む怒声が響いた。声を張り上げたのは帝国軍第三連隊隊長のグリッド・ハーフだ。駆ける後ろには、部下の兵士が二十人程が連なっている。
パーティー会場が暗闇に包まれた同時刻、地下の宝物庫の警備に当たっていた彼等は、警備の途中、突如、異変を知らせる魔法具が反応し、慌てて駆けつけいるのである。
この魔法具はガハルドが身につけている備えの一つであり、起動した瞬間に、連動する他の魔法具の色が変わるというもので、具体的に何が起きているのかまでは分からない。とはいえ、皇帝陛下自ら発する警告と緊急招集命令であるのだ。
何か異常で急迫した事態が起きているのは間違いなく、その片鱗は、帝城内の異様な雰囲気が示していた。
「連隊長殿!どうなっているのですか?! 他の部隊は?! 何故、誰もいないのですか?!」
そう、あちこちいるはずの巡回も、同じく緊急招集を受けてる筈の詰所の兵士達も、誰も合流しない。そんな不安を隠し切れない部下の叫びに、グリッドも嫌な予感を覚えながら答える。
「とにかく、今は陛下のもとへ急げ! 勅命だぞ!」
やけに静かな帝城の敷地内。途中にグリッドの小隊と合流した兵士達も加わり、最終的に三十人程となったグリッド達は、帝城内部からの連絡路を通るルートで、パーティー会場のある建物へと飛び込んだ。
その直後………
「こんばんはです、帝国兵の皆さん。今夜はいい夜だと思いませんか?」
急迫した状況に似合わない可憐な声が響いた。
「お前は……」
グリッドが目を見開く。他の兵士達は息を呑んだ。
本来なら使用人が忙しく行き交っている筈のエントランスは異様に静まり返っており、そして、荘厳なシャンデリアと中央の階段の下にはただ一人、着飾った美少女がいたからだ。
モフモフなウサ耳がピコピコと動き、一歩踏み出せばふんわり広がるムーンライト色のミニスカートドレス。脚線美はもはや芸術的とすら言える。ニッコリド微笑む美貌もさることながら、そのドレスと同じ淡青白色の髪が流れる様は神秘的であり、愛している
そして、やって来たのがグリッドだと気が付いた直後から、顔を伏せて震えている姿も嗜虐心を唆る。
「チッ、構っている暇はない。行くぞっ」
だが、そこは連隊長。千を越える部隊を率いる権限を与えられた者だ。優先すべきことを弁え、兎人族の少女──シアを無視して会場へと向かおうとする。
だが、その足は止まった。いや、止められたのだ。
「くふっ、ふふふっ、あはははっ」
震えていた理由が、恐怖ではなく、笑いを堪えるためだとわかったからである。
「っ、何がおかし──」
「なんという、なんという僥倖ですか! まさか、やって来るのが貴方だなんて!」
「どういう意味だ?」
「嬉しい、という意味ですよ」
シアに会えて嬉しいと言われて悪い気はしないだろう。だが、この時ばかりは、グリッドはそうと思えなかった。寧ろ肌が粟立った。
「今、私の家族が皇帝さんを襲撃しています。助けに行きたければ、私を倒すしかありません」
「連隊長殿! いつまで足を止められておるのですか! こんな兎人族如き、無視して行きましょう!」
じれた兵士の一人が、シアの言葉を戯れ言と切って捨てた。そして、さっさと進もうと駆け出す。忠誠心の厚い彼は、一刻も早くガハルドのもとへ向かいたかったのだろう。だが、シアの脇を抜けようとした彼は……
「私を倒すしかない。そう言いましたよね?」
次の瞬間、姿を消した。直後、轟音が響いた。
グリッド達が油を差し忘れた機械のようなぎこちなさで、音の発生源へと顔を向ける。彼は
………飛び散っていた。あたかも泥団子を思いっきり壁にぶつけたように。
視線を戻せば、拳を真横に突き出したシアがいる。腰が入ってるいように見えない。まして相手は非力な兎人族の、しかも少女だ。なのに、ただ、無造作に突き出しただけの拳で、装備を身に付けた大の男を、認識が追いつかないような速度で殴り飛ばしたのだ。
ゴクリっと、息を呑む音が静まり返ったエントランスで響く。気を、呑まれたのだ。あり得べからず状況に。
シアは微笑んだまま淡々と続ける。
「何故、私一人がここにいると思いますか? 会場に入るためには、絶対に通らなければならないこのエントランスで」
それは言わずとも、先の部下を見れば分かる。駆け付けるだろう帝国兵を潰すためだ。どれだけ事前に制圧戦を上手くやろうとも、必ず取りこぼしが必ず出る。ガハルドとの戦闘中に乱入されるのは、たとえ小隊規模でも避けたいところ。
だからハウリア族は、単体最強戦力を一人、この場所に配置したのだ。
そう、族長の娘で、最強のハウリアたるシアを。
にわかに、シアの指輪が輝きを放つ。グリッド達がハッと我を取り戻す中、シアの頭上に出現する巨大な戦鎚ドリュッケン。見もせず、パシッと小気味よい音を響かせて握り込み、手首の返しだけで回転させる。
それだけで、轟々と風が吹き荒れる。衝撃が迸る!
「貴方と貴方の部隊が相手なら、改めて名乗っておきます。私はシア。シア・ハウリア。かつて貴方達が取り逃してしまった───
ニッコリ笑い、誇らしげに名乗りを上げ、大好きな彼から貰った凶悪な戦鎚をそっと撫でてから肩に担ぐ。そして、誘うようにスっと片手を出して、たおやかな指先をクイックイッと曲げる。
誤解などしようもない。誰にだって分かる。即ち……
───相手してやるからかかってこい。
言葉を失っていたグリッドの額に青筋がくっきりと浮かび上がった。
「化け物、だと? 兎人族如きが舐めた口をっ」
確かに、普通の兎人族とは違う。だが、それでも所詮は兎人族。魔法一つも使えない憐れな種族の、その中でも最弱だ。そんな〝兎人族如き〟に気圧されていたという事実に、プライドを痛く傷つけられたらしいグリッドは
「お前達っ、勅命の前だ! あの兎人族は殺してから先に進む! 多少力が強かろうと所詮は亜人! 魔法で仕留めろ!」
即応したグリッドの部下達が詠唱を開始。部下数人が、今度は油断なくシアへ強襲をかける。
そんな彼等に、招き手を握って逆さにすると親指を下に突き下ろし、
「ウッサウサにしてやんよ、ですぅ!」
踏み込んだ。爆ぜる鉱石の床。刹那、吹き飛ぶ前衛。そして、シアの姿が後衛の目前に。
「ッ?!」
驚愕に目を見開く後衛の二人。次の瞬間、横殴りの暴風により彼等の
一拍遅れて血のシャワーが降ってくるが、その時には、シアは既に先程強襲をかけて来た前衛二人の前にいた。
「しまっ──」
「なんだ、今の───」
ようやく起き上がった二人の頭部は、ドリュッケンの一撃でピンボールと化す。血の雨が降り注ぐ中、それを頭から被ったグリッドがようやく指示を出す。
「さ、散開!散開だ!」
密集していては、まとめて薙ぎ払われる。シアの異常な膂力からそう判断したのだろう。そして、シアを中心にして周囲に散らばる兵士達。
「うりゃ!」
可愛いらしい掛け声とは裏腹に、凄まじい速度で投げられたドリュッケンは、そのまま帝国兵の一人を壁の染みにした。武器を手放したと喜色を浮かべるグリッド達だったがそれは………
シアが大きく腕を振ると、帝国兵の体にのめり込んてるいたドリュッケンが引き寄せられるように飛び出した。よく見れば、彼女の手元には柄の先端が握られており、その柄からはドリュッケン側の柄へ鎖が伸びている。手元の柄とパージして、特殊なフレイルのように変形する機構だ。
「今だっ!」
「死ねぇ!」
完全に引き戻す前にと帝国兵二人が襲いかかる。その時、シアは手元の柄にあるトリガーを引く。その瞬間、空中にあるドリュッケンから連続した炸裂音。打撃面から放たれた弾丸が、迫っていた二人を背後から見事に撃ち抜く。
ドシャッと崩れ落ちる二人を飛び越えて、反動で宙を舞ったドリュッケンを空中でキャッチするシアは即座に射撃モードに変えて連続発砲。更に五人が血の海に沈む。
「このっ、喰らえ! 化け物め!」
仲間の死を見せつけられながらも完成した魔法〝緋槍〟を十連。散開した帝国兵達の絶妙な連携による包囲攻撃。
そんな迫る十本の炎の槍を前にシアは、
「しゃらくせぇですぅ!」
こんな炎の槍なんて自分の
「馬鹿なっ」
「有り得ない!」
亜人に対する絶対的なアドバンテージ。その魔法が、まさに鎧袖一触。思わず絶叫した兵士達だったが、次の瞬間、シアが〝宝物庫〟から取り出した鉄球を、ドリュッケンで弾き飛ばし顔面に、拳大の鉄球がめり込んだために物言わぬ屍となった。
そして、あっと思った時には、更に二人、接近したシアの殴打を受けて体をひしゃげさせていた。開戦してまだ一分も経ってないだろう。
なのに……
「こ、こんなこと………」
既に、グリッドの隊の戦力は半分以下となっていた……。
「こんなこと、あってたまるかぁっ」
己を奮い立たせるように雄叫びを上げて、グリッドが斬り掛かる。流石は連隊長というべきか。身体強化した踏み込み、斬撃は見事の一言。シアが兵士の一人に攻撃を加えた直後を狙うというタイミングも素晴らしい。
もっとも、この
「なっ」
ガッとグリッドの斬撃を、シアはドリュッケンを振り下ろした反動で跳ね上がった片足のヒール部分と靴底の間で挟むようにして受け止め、斬撃を阻んだのだ。
そして、シアは剣を挟んだまま、体を一回転。グリッドは剣ごと巻き込まれるようにして体勢を崩され……
「ですぅ!」
刹那、シアの拳がグリッドの腹部にズドンッと衝撃が入るほどのボディブローを決めていた。
「かはっ」
体をくの字に折り曲げ、よたよたと後退りするグリッド。その腹に、今度は大好きな
しかし、手加減をされたのか、即死はしなかった。グリッドは意識を辛うじて繋ぎ止めながら、激痛の中、部下が一人また一人と吹き飛んでいく光景を目の当たりにする。
……誰も動かなくなるのは三十秒も掛からず、そして、カッカッカッとヒールが床を打つ足音だけが響く。
グリッドが目線を向けると目の前に、返り血を浴びていない麗しい皮を被った化け物ウサギがいた。
「ま、まで……まっでぐれぇ……」
グリッドは血を吐きながらの命乞いをする。
──目の前の存在が分からない。
──恐怖で体が震えていく。
──自分は、あの時、一体何を逃してしまったのか。無防備にも樹海の外を彷徨いていた兎人族の群れを、これを幸いと追い回した。
──絶望を与えるように、男や老人は目の前で殺してやった。それで、最弱種族のウサギ共は心が折れて屈服する筈だった。
──【ライセン大渓谷】に逃げ込んでも生き残れる可能性はなく、逃げて疲れて、そうして最後には部下が捕らえてくれる筈だった。
──珍しい髪色の、とびっきりの上玉。蹂躙してやれば、どんな声で泣くか。仲間に見せびれかしてやろうと思っていたのに…………。
────自分はこんな化け物に手を出そうしたのか?
胸元を掴まれた。軽鎧とはいえ金属のそれが、まるで粘土のようにぐしゃりとひしゃげる。即座に掴みやすい形状が作られた。
「た、だのむっ。だずけでくれ! そ、そうだっ。あ、あのどき、捕らえだ連中の居場所をお、教えでやるっ。お、俺を殺しだら、取り戻ぜなぐ───」
「……ホントにハジメさん以外の男性方の多くって、ダメな人にしか見えませんね。それに貴方にもう、語るべき言葉は持ちません」
グリッドの命乞いを自分の恋人と比べて落胆しながらバッサリ切るシアは片手で持ち上げ宙吊りにする。思うところが、ないわけではないのだ。恨み辛みが沢山ある。
だから、楽に死なせてやるものかと無意識の内に手加減してしまって、彼を最後に残すことになってしまった。
だが、復讐に身を焦がして我を失うようなことは、ハウリアとして、何よりハジメの仲間として、恋人の一人として、シア自身が許せない。
───だから、この一撃。この一撃で、全てをうち払うですぅ! シア・ハウリアが、樹海に生まれた化け物が、また一歩、仲間と、ハジメさんと前に進むために!
シアはグリッドを上に投げると同時に、大きくドリュッケンを振りかぶる。そして、ニッと、まるで大好きな
「月までぶっ飛びな! ですぅ!」
「やめっ───」
轟音。ピンボールのように吹き飛んだグリッドは、そのままエントランスの天窓を突き破って外へと消えた。
窓から見える今夜の月──繊月。
シアの言葉の通り、グリッドは薄笑いする月に向かって消えていったのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
轟ッと風を唸らせドリュッケンを一振り。
「……みんな……少しは報いることはできましたか?」
──今はもういない失った家族。
彼等を思いシアは少しの間、瞑目した。
「よし。次も頑張らないとっ」
瞑目した後、シアはまだ来るであろう増援の帝国兵達を待ち構えるのだが……
「………来ない」
そう、来ないのだ。シアの予想だと、すぐさま増援の帝国兵達がエントランスへとドタバタと駆けてくる足音がする筈なのだが、それすらもない。
シアにある不安が過ぎる。
「はぁっ、はぁっ」
「!」
すると、荒い息遣いが聞こえたシアはやっと来たか!と思ったのだが、しかし妙だった。聞こえてくる音で数は一人なのだ。不思議に思ったシアを首を傾げてる。
「ハァ、ハァッ!」
段々と音が近付き、やがてシアの目に映ったのは一人の帝国兵の姿。しかし、彼はシアのことを気付きもせず、後ろばかりを警戒しており、今にも泣きそうな表情で必死に逃げている。この血の海と化しているエントランスにも気付いていないようで、まるで、この惨状よりも後ろにいる何かの方が余程恐ろしいのか……
「ッ?!」
そう思った瞬間、シアに数秒先の最悪の未来の
そして、やっとシアの存在に気付いたのか帝国兵が必死な表情で亜人であるシアに助けを乞うかのように手を差し出した。
「助けっ───」
しかし、助けを求む声は何かによって掻き消され、同時に帝国兵の姿が伸ばした腕以外が全て消え去った。残された腕はボトッと床に落ち、グシャッと生々しい音が鳴ると、今度は、鉄が砕かれ、肉が削げ、骨を砕くような咀嚼音がエントランス内に鳴り響く。
その余りに悲惨な光景にシアは片手で口元を覆う。
「ほぅ……この惨状は貴様がやったものか〝イレギュラー〟の仲間よ」
声が聞こえ、エントランス入り口の方を見ると、そこには一人の男がいた。その男から発せられる異様なオーラにシアは冷や汗を流しなながらも、最大級の警戒の体勢を取ってドリュッケンを構えるのだが、
「えっ──」
シアはその男の姿を見て声を漏らした。それは、その姿は自分が知る大好きな仲間の一人と同じような服装なのだから………
「……帝国兵共は脆すぎたのぅ。さて兎人族の娘よ貴様はどうする? 其処をどくのか? 儂を楽しませてくれるのか? どっちじゃ?」
対して男の方はシアの反応を気にせず、帝国兵達に落胆の言葉を口にしながら、目の前にいるシアに笑みを浮かべながら提案する。
一つは戦わずパーティー会場の道を通すこと。
もう一つはパーティー会場の道を阻み、あの存在と戦うこと。この二択である。
しかし、シアの当の前から答えは決まっていた。手に持つ戦鎚を強く握り締めると大きく振り回す。
「答えは決まっています。───私は貴方を止める。それが私の答えです!」
シアはそう言って真剣な眼差しと共に戦鎚を男に向ける。その答えを聞いた男はシアを見る。真剣で真っ直ぐな輝きを放つ瞳と懐かしく感じる淡青白色の髪を見て、ニィッと口元を歪ませた。
「ガハハハッ。これも何かの因果か……良いだろう!その覚悟、気に入った!兎人族なのが勿体ない!」
謎めいたことを言いながら、男は快活に笑い声をあげる。そして、両手をバッと広げると何処からでも掛かってこいと余裕の態度をみせる男。
「儂に素晴らしい余興をさせてくれよっ。小娘!」
「……舐めるな、ですぅ!」
一柱の神に立ち向かう一人のウサ耳少女は、大事な人達の為に、巨大な戦鎚を男に振りかざしながら激突するのであった……。
作品名を変えた方が良い?
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そのままで
-
変えた方が良い