ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

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百三話 英雄の凱旋

 

太陽が顔を隠し、夜の帳が下りた頃。

 

【フェアベルゲン】は(ほの)かで温かな自然の灯りに照らされていた。燃えやすいが燃え尽きにくい特殊な木の枝で作った松明や、燐光振りまく樹海の虫を閉じ込めたカンテラの灯りだ。

 

優花の再生魔法により、急速に復興が進んだ今の【フェアベルゲン】は、元の〝静謐と幻想の都〟と表現すべき美しさを、ある程度であるが取り戻している。一見すると、先の魔人族や帝国の襲撃が夢であったかのようだ。

 

故に、住人達は一日の終わりにホッと力を抜いて、家で一家団欒を楽しむという、襲撃以前の生活を見せていたのだったが、今夜は少し違っていた。

 

「誰か!西集落の備蓄状況が分かる奴はいないか?!」

 

「家の割り振りは終わったか?! 時間がねぇぞ!」

 

「東集落の備蓄は大丈夫そうだ! そっちはどうだ?!」

 

「お前等、いつまで英雄様と優花様談義をしてやがる!早くこっちを手伝え!」

 

まるで、昼夜が逆転したかのような喧騒。種族、老若男女、職種に関わらず、誰も彼も忙しそうに走り回っている。とはいえ、彼等の表情に、混乱や焦燥の色は見えない。寧ろ、かつてない希望の輝きで彩られているようだった。

 

そんな都の喧騒を開けっ放しの窓から夜風と共に取り入れつつ、長老衆の一人───森人族族長のアルフレリック・ハイピストは大きく吐いた。ついでに、感極まってか涙が出そうになるのを止めようと目頭を軽く抑える。そして、はにかんだ表情で手元の書類に視線を戻した。

 

書類の内容は、数千人規模の同胞の受け入れ態勢に関する報告書、それに伴う各申請書等などである。

 

「……なぁカムよ。本当に夢ではなく現実よな?」

 

アルフレリックがポツリと呟くと、直後、まるで部屋の中に突然と現れたかのように人の気配が発生した。

 

「本当だ、アルフレリック。我等は、もう帝国という脅威は無くなったのだ」

 

姿を見せたのは、気配を殺して控えていたカム・ハウリアだった。カム達ハウリア族は、亜人族の解放を【フェアベルゲン】に伝え、受け入れ態勢を整えさせるために、ハジメの〝ゲート〟で先に戻っていたのである。

 

ハウリア専用の念話石があれば効率的に連絡が行えるので、通信要員の役割を担っているというわけだ。ちなみに気配を殺していたのは、感傷に浸っていたアルフレリックの為だと思ってのことである。

 

カムの言葉に、アルフレリックは頷く。

 

「分かっている。だが、私達の世代で亜人が虐げられる時代を終わらせられると思うと嬉しいのだ」

 

「ああ、我々の亜人族の願いは数時間後に完全となるのだ。気持ちは分かるがな。我等とて、ボスがいなければ、まさかここまで成果を挙げられるとは夢にも思わなかった」

 

「ボス……南雲ハジメか。本当にあの者が樹海に来てからと、我等、亜人族は色々と救われたな。こんな大き過ぎる恩。どう報いるべきか………」

 

「フッ、アルフレリックよ。ボスはそんなものを期待していないだろう。ボスはそういう御方だ──っと、また報告が上がったぞ」

 

そう言うカムを、アルフレリックは一瞥した。

 

カムは、念話石で仲間と何かを話しているようで、視線は虚空に向いているが、その姿には一分の隙も無い。それどころか、先程まで控えていた時の気配のなさが嘘のように、一族の長に相応しい覇気を纏っていた。

 

かつて、愚かだった自分達長老衆の前に平伏し、一族処刑の決定がされてからは諦観の表情を晒していたのに……

 

今じゃ、とても同一人物とは思えなかった。元の温厚で気弱な雰囲気は微塵もなく、優しさは変わらなそうだが、口調も変わり、自分達の敵だとみなせば切り刻まれそうな鋭利さを感じる。

 

アルフレリックは、本当に変わったなと思いながら、二日ほど前のことを思い出す。

 

『戻ったぞ、アルフレリック!』

 

カムが率いるハウリア族が帰還したことに【フェアベルゲン】の者達がハウリアの帰還に喜びの歓声を上げた。

 

しかし、戻ってきたカム達は、急いだ様子ですぐにアルフレリック達長老衆を集めた。そして、帝国であった事の次第と、解放された奴隷の受け入れ態勢を整えるようにしてくれと伝えるもんで、集められた長老衆達は動揺が走った。

 

それもそうだ。カム達の救出から何故か帝国と戦争仕掛けて、〝帝城落とし〟の成功。そして、神の一柱の襲来。神と戦ったハジメは重症ながらも勝利。そして、一番の驚いたのは帝国に囚われた亜人奴隷の解放だった。

 

長老衆達は、虚偽かと疑ったが、これまでの魔人族と帝国の襲撃、【フェアベルゲン】の復興の際の防衛などにもハウリア族のお陰で救われているようなものであり、カムの人柄から、こんなところで虚偽を言う必要はない。

 

だからこそ、

 

『ウォォォォォォォォ!!』

 

長老の誰もが立場も関係無く、たった一人の亜人として感嘆の叫び声を上げたのだった。

 

 

「本当に変わったものだ」

 

そんなことを思い出しながらアルフレリックは嬉しそうに一言呟くと、カムの言う報告を持ってきた者が部屋に入ってきた。

 

「お祖父様、炊き出しの準備が整いましたわ。これが消費後の備蓄量です」

 

〝鈴を転がすような〟と表現すべき可憐な声と共に、書類を差し出したのはアルフレリックの孫娘──アルテナだった。

 

地面に着きそうなほどの長い金の髪と、深い森を思わせる翡翠の瞳を持った彼女もまた、帝国に誘拐されていたところをハジメとハウリア族に助けだされた者の一人だ。こうして無事に故郷に戻ってきた今は、精力的に祖父の補佐をしている。とはいえ、深き森のお姫様のような彼女にとって、先の誘拐事件は辛い経験だったはず。祖父としては心配せずにはいられない。

 

「ご苦労だった。……しかし、アルテナ。お前も帰ってきて間もないのだ。あまり無理せずに、少し休んだらどうだ?」

 

「わたくしなら平気ですわ、同胞達が帰ってくるというのに、族長の孫娘として、じっとはしてはいられません」

 

気遣うアルフレリックに、アルテナは毅然とした態度を取る。アルフレリックは、そんなアルテナを眩しそうに見やった。深窓の令嬢如く育った彼女だが、その能力は実に高い。気構えも申し分ない。正直な話、この忙しい時にアルテナの補佐はありがたい。一時は生存を諦めた孫娘、凛とした姿に心が温まる───

 

もじもじ、そわそわ。チラッチラッ。

 

全然、凛としていなかった。妙に浮ついた雰囲気だ。先程までの真面目な雰囲気はどこにいったのか。訝しむアルフレリックだったが、彼女の視線がカムに向いていることで察しがした。苦笑いして溜息を一つ。

 

「アルテナ。彼のことが(・・・・・)気になるなら、カムに聞いてみればどうだ?」

 

「!い、いえ、わたくしは別にハジメ様のことなんて……」

 

「私は一言も南雲ハジメのこととは言っていないが?」

 

「お祖父様!そんな揚げ足を取るような意地悪をなさらないでくださいませ!」

 

孫娘の可愛いらしい動揺に、アルフレリックは微笑ましものを見るような眼差しを向けつつ「しかし、この反応のガチではないか?」と懸念を抱く。

 

アルテナは、その人柄、容姿、生まれから縁談が多いのだが、今のところ全てを突っぱねている。理由は、祖父の後を継いで国のために仕事がしたいから、ということらしい。なので今まで、浮いた話もなかったのだが………

 

アルフレリックの中で爺馬鹿の面がむくりと起き上がってきた。

 

「ふむ。南雲ハジメは、我等亜人に優しく、確かに国を救い、そしてお前の恩人であるが、あの者は見る限り相当女子に人気がありそうと思うが……少し難しい者だぞ?」

 

「ですからっ、そういうのでありませんわ! もうっ、ハジメ様が同胞を連れてきてくださっていると聞いて、少し気になっただけです。ええ、それだけですわ!」

 

ぷいっとそっぽを向くアルテナ。どうやらへそを曲げてしまったらしい。もっともそれは、勘違いされた憤りより、本心を見透かされて恥ずかったからという照れ隠しのようである。

 

あせあせっと部屋を出ていこうとするアルテナに、アルフレリックは再び苦笑いを浮かべる。まだ明確な感情ではないのが救いか。もし、彼を追う道を選んだ場合、前途の多難さは想像に難くない。できれば、愛しい孫娘には平穏な道を歩んで欲しいというのが、祖父としての偽らざる気持ちである。と、その時、意外にもカムが、今まさに出ていこうとしたアルテナに声をかけた。

 

「アルテナ嬢」

 

「え?は、はい、カムさん。どうなさいました?」

 

どこか面白がるような笑みを浮かべるカムに、アルテナが少し警戒したような表情で返事をする。身構えるアルテナに、カムはにこやかに口を開いた。

 

「ボスは、一見多くの女性を侍らせて、怖そうに見えるが、その実、お優しい方だ。傍にいる女性達もちゃんと愛しておられるし、彼女達の為ならばなんでもされる御方だ」

 

「は、はぁ……なるほど?」

 

戸惑うアルテナに、カムはニヤリと不敵に笑った。

 

「ちなみに、そんなボスの傍にいる女性達の一人は我が娘──シアだ。何せ、我等と共に帝国を敵に回した理由が、〝シアの笑顔を曇らせないため〟だからな」

 

「! そ、そうなのですか?」

 

「そうだ。ボスはな、シアのためなら平気で国を取れるのだよ。そう、シアのためなら、な。ま、何せ神をも倒す御方だからな。フフフフ」

 

「!」

 

言外に、「お前では娘に勝てんよ」と言われることを、アルテナは敏感に察した。実は、アルテナの年齢はシアと同じ十六歳だったりする。なので、同い年の女の子と比べられた挙句、勝負にならないと言われては……ムッと来るのも仕方ないだろう。

 

「シアさんというのは……あの淡い青みがかった白髪の方ですわよね。お言葉ですが、わたくし、あの方に劣っているとは思いません。確かに過ごした時間が違うという意味では差はあるのでしょうが……わたくしとて、同じくらい時間があれば……」

 

「いやいや、うちのシアはいろいろな意味で特別だからなぁ。やはり、アルテナ嬢のためにも、無駄なことはやめるべきだと忠告させてもらおう。不毛なことをしていると適齢期を逃してしまいますぞ?」

 

「大きなお世話ですわ!」

 

「はぁ。カム、私の孫を虐めるのはそれくらいにしてくれんか……」

 

ぷりぷりと怒るアルテナに、ニヤつくカム。二人を見て、アルフレリックは盛大に溜息を吐く。

 

カムが挑発紛いのことをしたのは、ちょっとしたお節介だったりする。もちろん、アルテナには申し訳ないが、シアに対しての、だ。樹海から出ていったシアとハジメの関係は、言って見ればハジメに惚れたシアの押しかけだった。だが、帝国の際に再会した二人の様子を見る限り恋人の一人になって、スるにまで至っていたのを聞いてカムは感嘆した「そろそろ、孫の顔が見れるのでは!」と。

 

その一押し、言い換えれば孫を見るための切り札にアルテナを使えないかと企んでいたのである。シアが聞けば、「巨大なお世話ですぅ!!」と言いながら、ドリュッケンを担いで怒りそうだ。

 

アルテナが内心で対抗心を燃え上がらせているのを感じてほくそ笑むカム。少女の淡い恋心(まだ未満?)を娘のためならば躊躇いなく利用するカムにアルフレリックは苦笑いを浮かべていると、その時、にわかに外が騒がしくなった。今までの忙しさからくる喧騒ではなく、不測の事態に緊迫するような騒がしさだ。怒号まで聞こえ始めている。

 

「何事だ!」

 

アルフレリックが窓に駆け寄り、大声で叫ぶ。直後、騒ぎの原因を目の当たりにした。

 

「光の、柱……だと」

 

その言葉通り、木漏れ日のように、否、それとは比べものにならないくらいの強い光が、天より木々を通り抜けて広場を照らしていたのである。理解しがたいことに目を見開くアルフレリック。そこへ、どこか誇らしげな、落ち着いた声音が響いた。

 

「案ずるな、アルフレリック。あれは飛行用のアーティファクトだ。そして───ボスのご帰還だ」

 

【フェアベルゲン】の広場を真昼のように照らす光の正体。そう、それは、樹海の上空に到着したフェルニルのサーチライトだった。降り注ぐ光から、亜人達が蜘蛛のこのようの逃げ出している。そして、遠巻きに、一体何事かと戦々恐々とした表情で天を仰いだ。戦士達が悲壮感を漂わせながらも必死に武器を構えている。

 

直後、人が捌けるのを待っていたかのように、ぽっかり出来た広場の中央へ、木々の枝をへし折りながら巨大な影が降りてきた。飛空艇を当然知らない人達は、「すわっ、新手の魔物か?!」と悲鳴を上げて右往左往している。

 

そんな大混乱中の中、降下してきたフェルニルは船底下部のゴンドラをゆっくり着地させた。魔物ではない。それは間近で見て分かった。だが、この見たこともない物体は何だ?自分達に何をする気だろう。

 

そんな不安が広場に渦巻く。誰もが緊張に満ちた眼差しをフェルニルに注いでいた。

 

一拍。突如、ガコンッという音が響き、ゴンドラの前後がパカリと開いた。

 

ビックゥ!と震える人々。戦士達も例外ではない。亜人らしく、それぞれのケモ耳をピィーンと伸ばし、長いケモシッポを持つ種族は股の間に挟んでしまっている。

 

人々が注視する中、扉が開いたゴンドラから出てきたのは……

 

未知のモンスター──などでは突然なく、恐る恐るといった様子の兎人族の少女だった。兎人族の少女は、険しい表情で自分を睨む同胞達にウサ耳をヘニョンとさせている。その気弱の様子は、まさに〝自分達が知るウサギさん〟だ。隠密型戦闘民族(暗殺一族)になっちゃったハウリア族ではない!

 

少し気が抜けた様子の住民達は、一拍して理解をし始めたようだ。

 

「本当に、戻ってきたのか……」

 

誰かの呟き。信頼しているハウリア族からは聞いていたが半信半疑だった希望は、今、現実となった。兎人族の少女を皮切りに、ゴンドラから次々に、奴隷にされていた亜人達、もう二度と故郷にの地を踏むことが出来ないと絶望していた者達が出てくる。

 

彼等は一様に、未だに信じられないといった表情で周囲を見回していた。静謐で清涼な空気。たくましく、それでいて包み込むような安心感を与えてくれる木々。懐かしい【フェアベルゲン】の灯り。そして、もう二度と会えないと思っていた同胞達。

 

草木が水に吸い取るが如く、じわじわと実感が押し寄せて来る。

───〝故郷に帰って来た〟のだと。

 

それは、【フェアベルゲン】の住民達も同じだった。

 

おもむろに、一人の女性がふらりと進み出る。垂れイヌ耳の三十代半ばくらいの女性だ。彼女は、目の端に涙を溜めながら、そっと、失ったと諦めていた最愛の名を呼んだ。その声に反応したのは、同じく垂れイヌ耳の少年だった。帝都にて、光輝が気に掛けていた少年だ。少年は、女性の姿を視界に捉えると、顔をくしゃくしゃにして涙を流し、ダッと駆け出した。

 

「母さん!」

 

膝を突いて両手を広げた女性の胸にイヌ耳少年が飛びつく。母さんと呼ばれた女性は、腕の中に夢幻でないことを確かめるかのように、きつくきつく抱き締めた。そして、親子揃って奇跡の再会に歓喜の涙をホロホロと流す。そんな親子の再会を機に、帰ってきた亜人達と住民達が地を揺らさんばかりの歓声を上げて互いに駆け寄った。家族、友人、恋人───大切な人を見つける度に、声を嗄らす勢いで無事を喜び合う。

 

【フェアベルゲン】は大きな喜びに包まれ、普段の静謐さはどこかにいったこと思うほどの、かつてないお祭り騒ぎになった。そんな歓喜が溢れる亜人達の喧騒の中、フェルニルから降り立ったハジメ達にアルフレリックを始めとした長老衆達が駆け寄ってくる。

 

「南雲ハジメ……全く、とんでもない登場をしてくれたな。しかし、その傷は……」

 

「アルフレリックか。まぁ、いろいろと面倒だったから許してくれ。この傷も大丈夫だ」

 

アルフレリックが、頭上のバッキバッキに折れられた木々を見て苦笑い気味に言いながらハジメの額に巻かれてる包帯を見て、心配そうな視線を送ると、ハジメは頬をポリポリと掻きながら、若干、バツの悪そうな表情になった。

 

確かに、オルステッドとの戦いと莫大な魔力消費で疲れていたのは事実。樹海の外から歩いてくることも、〝ゲート〟で一人一人転移させるのも面倒だったのも事実だ。とはいえ、正確に【フェアベルゲン】の位置に捉えたのは、あらかじめカムに座標位置を知らせるアーティファクトを持たせていたからであり、つまり、疲れていようがいまいが、最初から直接乗り付けるつもりだったのだ。とんだ確信犯である。初めて訪れた時、この都を〝見事〟などと称賛しておきながら、いろいろ面倒なので破壊しますとは、頭のおかしい人と思われかねない所業だ。

 

一応、やってしまった事は確かなので、ハジメは、最愛の天使(マイエンジェル)の優花に頼みを入れる。

 

「優花、頼めるか?」

 

「うん、分かってる」

 

ハジメがそう言うのを予想していた優花は、苦笑いしながら、バキバキに折れまくった木々に手をかざした。

 

「───〝絶象〟」

 

───再生魔法〝絶象〟

 

あらゆる損壊を再生し復元する魔法である。

 

優花が魔法のトリガーを引いた瞬間、頭上のバッキバキの木々が一瞬で元の姿を取り戻した。何度見ても、やはり目を疑うような神秘的で脅威的な光景だ。そして、その中心には、純白の白から煌めく銀へと変わった魔力光を纏った優花様。緩やかな螺旋を蛍火のような光に包まれる姿は、まさに女神だ。ハジメは、その美しさにウンウンと笑みを浮かべながら頷いて後方彼氏面感を出している。

 

「おおっ、我等の優花様が、また奇跡を見せくださったぞ!」

 

「優花様万歳!!フェアベルの守護女神!」

 

あの光景を見て、亜人達がヒートアップ。跪き、感涙の涙と共に崇め奉る。

 

「や、やめなさい!私を崇めるなぁ〜!!」

 

優花が顔を真っ赤にして、あたふた走り回りながら、跪く人々を必死に立たせようとする。

 

「また、女神が生まれてしまったのぅ。先生殿は豊穣の女神と呼ばれとるし、形ではあるじゃが唯一神を崇める大陸で、よう、こうもポンポンと神が生まれるのぅ」

 

愛子と共に聖教教会の総本山を消し飛ばし、神とタイマンしたティオが、感慨深そうに、あるいはちょっと呆れたように言った。それに対し、顎に手を当てつつキリッとした表情をするユエ。

 

「……ん。真っ向から神共に喧嘩を売るスタイル。良いと思います、ハジメ」

 

「おりがとよ、ユエ。だが、一つ違うあるとしたら優花は元々女神様だぞ」

 

「やっぱり、ハジメさん。少し休みましょ?頭がイカれてきてますよ」

 

ハジメが何故か訳分かんないことを言い始めて来たので、シアは真面目にハジメを心配する。

 

「優花も……大変ね」

 

「シズシズが何か、同情してるね」

 

「ええ、優花みたいに私も幼なじみの後始末は大変だったから分かるわ………」

 

雫が遠い目で、その人物達を見る。そして、その人物である光輝や龍太郎がウッ!と、目線を雫から逸らす。

 

そんな無宗教だったはずの亜人達の中に、優花教が生まれそうな混沌とした状況の中、アルテナがアルフレリックに耳打ちする。

 

「お祖父様。立ち話もそれくらいになさって、そろそろ……」

 

アルテナの視線は、たった今、フェルニルから降りてきた最後の乗客──ガハルドと、晴れてハジメと恋人の一人になれてエヘエヘと笑みを浮かべるリリアーナと侍女のヘリーナ、その二人を護衛しているハジメ仲間の一人であるアレスを含めた王国一行に注がれている。

 

一応、ガハルドには、【フェアベルゲン】の情報を極力渡さないよう、光と音を完全遮断するフルフェイスの仮面──ハジメお手製の五人目の仮面・某ロックバンドの方が被るのと同じような狼──を被らせているので、早々正体は分からないだろう。しかし一度、都に来ているアレスは以外の王女のリリアーナと専属侍女のヘリーナ、そして近衛騎士達を見れば、彼女達がやんごとなき身分の人間であることは一目瞭然。

 

奴隷解放の事実と合わせれば、狼仮面は皇帝だと推測する者も出てくるだろう。一見すると、ただの狼の仮面をつけた、変人にしか見えないが。

 

長老衆を筆頭に、上層部の亜人達はガハルドの来訪を知っている。が、住民達は知らない。不倶戴天の敵のトップが目の前にいると知れば、いつ暴動が起きてもおかしくない。「ふざけた狼の仮面を付けやがって!馬鹿にしてんのか!」と襲いかかるかもしれない。だが、今後の帝国との関係───ガハルドを生かしたまま誓約の力で安全を確保する。

 

という、重大な支障が出る危険は絶対に避けなければならない。

 

そんな懸念故のアルテナの催促だった。もっとも、内心では懸念以上に「何故、帝国の皇帝は、あんな変な狼の仮面を被っているのでしょう?」と疑問で溢れていたが。隣の雫がピクンッと反応した。仮面フォックスは察しが良いのだ。

 

「む、そうだな。南雲ハジメ、いや、南雲殿。大体の事情はカムから聞いている。本当にお前さんには、色々と助けられた。そして、今回も囚われた同胞達を解放してくれた。まずは、フェアベルゲンを代表して礼を言わせて貰う」

 

「事を成したのはハウリア族だぞ。俺はうぜぇクソ神の一柱をぶん殴っただけだ。そこは間違えないでくれよ?」

 

アルフレリックの深い感謝を示す言葉と態度に、ハジメは気のない様子でヒラヒラと手を振る。そして、フェルニルとゴンドラを〝宝物庫〟にしまいながら勘違いされないよう自分はクソな神をぶん殴っただけだと訂正を入れた。

 

広場から突然、巨大な物体が姿を消したことに、喜びに沸いていた亜人達が目を瞬かせた。そして、長老衆とハジメが向き合うハジメ達に注目する。

 

ハジメの物言いにアルフレリックは「前から思っていたが、律儀な男だな」と苦笑いを浮かべて頷いた。

 

「ああ、もちろん分かっている。まさか、最弱のはずの兎人族が帝国を落とすとはな……。長生きはするものだな。おそらく私は今、歴史的な瞬間に立ち会っているのだろう」

 

ハウリア族が戦いに挑み、勝利を掴み取って同胞を救い出したことをアルフレリックの口から証言されたことで、住民達も大切な人を取り戻しくれたのは誰なのか理解したようだ。アルフレリックの隣で背筋を伸ばすカムに注目が集まる。彼等の瞳に宿っているのは、魔人族と帝国を退け、更に同胞を救ってくれたハウリアの族長に大きな敬意で英雄を見るような色だった。

 

一時は、故郷を捨てて逃げ出し、たくさんの家族を失って、樹海に戻った後も追放処分を受けそうになっていたというのに……

 

今は英雄扱い。

 

父親の堂々としている姿に、シアは、胸の奥の深い部分から何か熱く大きなものが込み上げてくるのを感じた。

 

誇らしくて、嬉しくて………

 

シアの手がそっと握られ、優しく抱き締められた。

 

「……ユエさん、優花さん」

 

「……ん」

 

「シア」

 

短い言葉。けれど、十分だ。それだけで二人の優しい気持ちが伝わった。見ればハジメも、優しい眼差しを向けている。シアのウサ耳がふみょんと揺れた。

 

「カムの横に、立ってやったらどうだ?」

 

ただのひ弱なウサギ少女が、大迷宮攻略のを旅まで乗り越えてきたのだ。あまり戦いをしておらず苦労してきたのはシアの方が上だ。英雄に対する眼差しを、シアもまた受ける資格がある。

 

かつて自分を化け物として排除しようとした同族達の前に、堂々と立ってやったらどうだ?と、言うハジメの表情と声音は、恋人達にしか普段見せない柔らかさだ。

 

光輝を筆頭に、雫達やリリアーナ達はギョッと目を見開くほど。アレスは、そんなハジメの年相応な姿に安心したのか頷き、優花達、ハジメの恋人達は「そんなに驚くことか?」と顔を見合わせて首を傾げていた。

 

そんな旅の仲間の様子に、シアは、なんだか物凄くくすぐったい気持ちになりつつ、「はい、行ってきます!」とカムの元へ歩き出した。

 

が、そこで娘を無視するのがカムクオリティー。

 

同族達の視線を向け、一瞬何か考える素振りを見せたカムは、次の瞬間、ニヤリと笑った。そして、スっと右手を掲げる。そうすれば、瞬時に現れるハウリア達!

 

広場のほぼ中央だと言うのに、シュババッと一瞬で出現。一糸乱れぬ動きで整列し、惚れ惚れするような〝休め〟の体勢を取った。

 

あちこちから「どこから来たんだよ!」「どうやって現れたの?!」という声が聞こえくる。

 

「あ、あれ? 父様?一体何を───」

 

「聞けっ、同胞達よ!!」

 

父親と並び立てなかったシアちゃん。とぼとぼとハジメのもとへ帰る。「知ってましたし。父様が、ここぞという時に私をスルーするの、知ってましたし」と呟いている。ハジメ、優花、ユエの三人がかりでウサ耳をモフ慰めした。

 

カムは娘の悲しみに気付いた様子もなく、兎人族らしくない強烈な覇気を纏って、住民達に向かって声を張り上げた。

 

「長きに亘り、屈辱と諦観な海で喘いでいた我が同胞よ。聞け! 此度は帝国に打ち勝つことが出来た。だが、永遠の平和など有り得ない。お前達の未来は、そう遠くない内に脅かされることになるだろう」

 

その言葉に、広場にいる何人かの亜人達が恐怖で震えた。また、帝国での辛い日々がやって来るのかと、どこか縋るような目で演説するカムを見つめる。

 

「そうなれば、お前達はまた昨日までの日々に逆戻りだ。それだけではない。今度は、奴隷を免れていた仲間も同じ目に遭うだろう」

 

未来が暗いことに変わりないという事実を突きつけられて、亜人族達は伏し目がちとなる。

 

「お前達は、それでいいのか?」

 

いいわけがない。尊厳の尽くを踏みにじられるような日々に戻りたいわけがない。まして、そんな辛さを、大切な者に味わわいせたいわけがない。

 

だが、だからといってどうすればいいというのか……

 

カムは俯く同胞に視線を向けつつ、答えなら目の前にあるだろうと更に声を張り上げた。

 

「いいわけがないな? なら、どうすればいい。簡単だ。今、隣にいる大切な者を守りたいと思うなら……戦え。ただ搾取され諦観と共に生きることを良しとしないなら……立ち上がれ。我等、亜人の境遇を変えたいのなら行動に移せ!我等は強い!亜人の強さを信じろ!決意さえすれば強くなれるのが我等だ!我等ハウリアがそれを証明しただろう!!」

 

誰かが「……あ」と声を漏らした。強大な敵を打ち破り自分達を救い出したのは、特別な存在などではなく、亜人の中で一番の最弱種族だ。俯いていた亜人達が、一人、また一人と顔を上げていく。

 

「帝国で受けていた屈辱を思い出せっ。不遇な境遇に甘んじるな! 大切な者を守るには言葉だけじゃ意味は無い!諦観に浸るなら己を磨け! 心を火を灯せ!」

 

カムの言葉に、亜人達の瞳に光が宿った。萎れていたケモ耳やケモシッポが、生を与えられたかのようにピンッと立ち上がる。

 

それを見たカムは、少し口の端を吊り上げて笑うと、

 

「戦う術なら教えよう。大切な者を守るため、戦うと決意するなら、我等と共にフェアベルゲンを、故郷を守ろうではないか。ハウリア族は、いつでも歓迎する!!」

 

そう言って、演説を締め括った。整列するハウリア達は、どっかの誰かのように不敵に笑う。カムが再びバンドシグナルを出す。そうすればハウリア達は忍者かのようにシュバッ!と散開して一瞬で姿をくらました。

 

それを見て、亜人達が更に瞳を輝かせる。幾人かの若い亜人の中には、今にも志願すべく駆け出しそうだ。

 

ほくそ笑むカム。

 

「ボス、お話の最中に失礼しました。こうでもして戦力を増やそうと思いまして」

 

「お、おう。それは別にいいんだけどよ……アルフレリック達ぐらいには言っとけよ?」

 

苦笑い気味のハジメは、近くで頭を痛いのか手で抑えるアルフレリック達長老衆を見る。カムは軽く「スマン、スマン」と笑って謝っている。

 

「……こうして亜人族は戦闘民族になりましたとさ」

 

「やめてくださいよ、ユエさん!その原因のハウリアの一人として、物凄くいたたまれないので!」

 

シアの悲しみ再び。

 

遠からず、もしかしたら亜人族が戦闘民族となり、後の世で「亜人族をこんな集団にしたのは誰だ?!」と問われることがあったとしたら、シアは、こう答えねばならないかもしれないのだ。

 

───私の旦那様と、父様ですぅ……、と。

 

確かに居たたまれない。

 

「んんっ。さて、それでは奥に案内しようか。アルテナ、頼むぞ」

 

相談無しの突然の戦力増加の歓迎に頭を痛めるアルフレリックが、どうにか気を取り直して案内を促した。流石は、長生きを生きる最年長の長老だ。他の長老衆や戦士達が頭を痛めてる中で、素晴らしいリーダーシップである。

 

「それでは皆様、こちらにどうぞ。案内致します。さぁ、ハジメ様も」

 

何故か、ハジメの手に取ってにこやかに案内しようとするアルテナ。こちらはこちらで、カムの挑発を意識しているようだ。取り敢えずシアによるインターセプト。ハジメに向かって伸ばされたアルテナが手がベシッと叩き落とされる。シアとアルテナの視線が交わった。何故だか、バチバチと散る火花が幻視できる。

 

「わ・た・し達!の案内、お願いしますね、アルテナさん」

 

にかやかに笑うシア。森のウサギさんに相応しい素敵な笑顔。だがしかし、ウサ耳は口ほどにものを言う。フシャァーーと威嚇するようにウサ毛が逆立っている。

 

「ええ、もちろんですわ、シアさん。ですが、人が多いのですから、はぐれないように念のため手を引かせていただきますわね?」

 

にこやかに笑うアルテナ。森のお姫様に相応しい素敵な笑顔。だがしかし、エルフミミは口ほどにものを言う。ピクピクピクッと抗議するように高速で動いている。

 

そして、遂に二人はハジメの腕を片方ずつ取って胸を押し付ける始末。

 

そんな光景を「計画通り!」と言いたげに、ニヤリと笑うカムの様子を見て、ホントに疲れ気味であるハジメは、大体事情が察しがついたのか、にこやかに殺気を向けた。一瞬にして、カムが滝のように冷や汗を流す。

 

ハジメは、ガクブルし始めたカムにジト目を向けつつ、溜息を吐いて、投げやりな感じで言う。

 

「なんでもいいから、早く案内してくれ……」

 

「「では、私が!!」」

 

いつもは、そう人に見せない疲れを見せるハジメをシアとアルテナは互いにハジメの手を引っ張っていきながら目的の場所へと向かったのだった。やや、引き摺られ気味で、

 

そんな三人の様子を、優花達は恋人組はやれやれといった感じで、除く人達は、それぞれ不思議そうな、或いは複雑そうな眼差しをハジメの背に向けるのだった……。

七章の後にステータス紹介したほうがいい?

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