今回でハルツィナ大迷宮は終了です( *¯ ꒳¯*)
〝人型〟の本体を倒した優花とユエは、少し魔力を回復させ、互いの体を支え合いながら広場へ戻ってくると、待っていたシアとティオが笑顔で二人に声をかけた。
「ユエさ〜んっ、優花さ〜んっ。大丈夫でしたか?こっちはティオさんとアレスさんがマトモ過ぎたおかげで無事でした!」
「マトモ過ぎとは、ただ己を自制してたまでというのに……。それより二人共、お疲れ様じゃな」
二人の言葉を聞いて、シア達の方も無事であったことに安堵する優花とユエ。
「お疲れ様です、御二方。しかし、最後の十二の光とあの蒼き炎は凄まじいものでした」
優花の〝
「えぇ、十二全ての〝聖杭〟が揃うと、あんな凄いことが出来るなんて思いもしなかったわ」
「……ん、アレスが〝選定〟のやり方を詳しく教えてくれたから上手く出来た」
アレスは、二人の言葉と、それにユエの感謝の言葉に「教える甲斐がありましたね」と頷きながら笑みを浮かべていた。
その後、全員で回復薬や携帯食を口にして回復に専念したりして休息することしばし。
その間、敢えて感情反転の際の言動には言及しない。いろいろ藪蛇になりそうな者もいるし、何より、黒いあんちくしょうへの感情を、誰も思い出したくないからだ。
そうして、ある程度、全員の肉体的疲労が回復した頃、まるでそれを待っていたかのようなタイミングで、突如、天井付近にある大樹の一部が輝き始めた。その輝く場所から、メキメキッと音を響かせて大きな枝が生え始める。
その枝は、新たな通路となって伸びていくと、遂に優花達のいる広場まで到達した。そして、波打つように形を変えて天へと続く階段となった。
「さっきのが最終の試練だと思いたいところね」
優花が、〝限界突破〟の影響で、未だに倦怠感の残る体に苦笑いを浮かべて言う。ユエ達も同意であり、そして……
「…………ハジメ」
ポツリとユエが寂しそうにその名を呟いた。
そう試練が終わったのに自分達の恋人であるハジメは戻ってこなかった。自分達より下の場所で戦っていると試練の際、強大な魔力で感じ取って分かっていたが、試練が終わった際も、休息してる時も帰ってこず、今の優花達の心配は限界を越えそうになってしまっている。代わって、光輝達は精神的な疲労が限界に来ているようで、更に試練がないよう祈るような面持ちとなっている。
枝階段を上りきると、大樹の幹に見慣れた洞が出来ており、中には既に魔法陣があった。その上に全員が乗った途端、いつも通り光が溢れ出し、転移が始まった。
光が収まった後、優花達の目の前に広がっていたのは──庭園だった。
空気がとても澄んでいて、空が非常に近く感じられ、広さは学校の体育館くらい。美しい庭園で、清い水が流れる可愛らしい水路に、芝生のような地面が広がっている。小さな木々には果実が実り、その木々に囲まれるようにして、小さな白亜の建物もある。
優花達が立っているのは、そんな水路と木々に囲まれた庭園の一角らしく、四方に橋が架けられた円形の足場で、魔法陣が刻まれている。
「もしかして、あれか!?」
光輝が、どこか
庭園の最奥に、一際大きな木があった。今立っている場所と同じように、水路に囲まれた円形の小島の上に生えている。木の根元には、めり込むようにして石板があった。
今にも飛び出しそうな光輝を制止しつつ、優花達は周囲を観察する。一見して、非常に高所にあることが分かった。何せ、
ティオが慎重に庭園の縁まで行き、眼下を覗き込んだ。
「……なんとまぁ。どうやらここは大樹の天辺みたいじゃぞ?」
ティオの言葉に優花達も庭園の端へ集まる。
そうして下を見てみれば、なるほど、ティオの言う通りらしい。眼下には、広大な濃霧の海が見えたのだ。どう見ても、樹海の遙か上空だ。樹海の中で、そんな巨大なものがあるとすれば、それは大樹ウーア・アルトに他ならない。
そんな眼下の光景に唖然としている優花達に誰かが笑って話しかけた。
「クハッ……凄いだろ?この光景。俺も最初に見たときは驚いた。フェルニルで樹海の上を飛んだ際も大樹なんて見つけられなかったからな」
「え?」
優花達はその声に覚えがあった。
忘れるはずがない。間違えるはずがない。だって、大切な人の声なのだから。
優花達は声のする方へ急いで振り返った。
「よっ、お前等、待ってたぜ」
そこには、服が破れボロボロ、頬や肩など至るところから血が滲んでいた後が見え、義手は二の腕から下が破壊されてるが元気そうなハジメの姿がそこにあった。
「ハジメっ!」
会いたかったハジメの姿を目に捉えた瞬間、目から熱いものを流しながらも優花は走ってハジメに抱き着いた。それはユエ達も同様でハジメの元へ向かい抱き着く。特に優花なんかは抱き着きながら〝再生魔法〟を発動してハジメを治癒するという正妻ムーブをしている。
「……ハジメ!」
「ハジメ、さん!」
「ハジメよ!」
「うおっ」
優花、ユエ、シア、ティオはもう、絶対に離さないと言わんばかりに自分に抱き着いている姿にハジメはクハッと優しい笑みをこぼして四人纏めて抱き締める。
そして、遅れてハジメのところに来たアレス達もハジメの生存に安堵し、ホッと息を吐く。
一人は若干、そう思ってなさそうだが……
「ハジメ殿。よくぞご無事で」
「おう、アレス。お前も無事で安心したよ」
「ハハッ、簡単には死にませんよ」
笑って返す姿に本当にアレスが自分の仲間にいることに内心で感謝するハジメ。すると、そこへ雫も少し涙目になりながらハジメに話しかける。
「本当にびっくりしたわ、南雲君。貴方、突然転移されるんだもの」
「クハッ……すまんな八重樫。あれは俺も驚いた」
そんな会話をしてるとハジメに抱き着いている優花が話しかける。しかし、離れはしないらしい。
「それで、ハジメは試練突破したの?」
「……ああ、突破したさ」
試練突破を伝えるハジメだが、その表情は少し暗く辛そうだった。試練で何かあったのだろうが、優花は聞かないことにし、ただのハジメの無事でいることを喜ぶことにする。
「……でも、ハジメはどうやって此処に?」
次に腕にしがみついていたユエがハジメに聞く。どうやって庭園へ来たのか知りたいらしい。ユエの問いにハジメは、「あー」と、困った表情で右手で頬をポリポリと掻きながら答えた。
「すまん、分からん」
「………?」
ハジメの答えに、優花達は首を傾げて頭の上に?を浮かべる。ハジメは言葉を続ける。
「いや〜、俺、試練が終わった際に疲れて寝ちまってな運んで貰ったんだよ」
「運んで貰った?誰にですか?」
「それは──」
『わたくしでございますわ。迷宮攻略者様方』
聞いたことのない声が聞こえ、優花達が振り向くと体が木で作られた森人族の女性が笑みを浮かべながらそこにいた。ハジメ以外の全員の表情が驚愕に満ちる。そんな中、優花が声をかけた。
「あ、貴女は?」
『申し遅れましたわ。わたくしの名はリューティリス・ハルツィナ。解放者の一人であり、ここハルツィナ大迷宮の主でありますわ』
「「「「「「「えぇ?!」」」」」」」
にこやかに自己紹介するリューティリスに、ハジメ以外の全員は顔を見合わせ驚きの声を上げる。それもそうだ。数千年以上の前の解放者の一人が話しかけているのだから。
ハジメ以外の全員が驚愕に満ちる中、ユエとシアだけはあることを察して、ハジメの方へ向き直る。
「………ねぇ、ハジメ」
「これって、ミレディさんと同じような感じですか?」
「ああ、俺も最初は驚いたが、目の前のリューティリスも、ミレディと同じように魂魄だけを別の場所……ミレディはゴーレムだが、リューティリスは大樹に移動させて生き永らえていたらしい」
ハジメの解説に納得するユエとシア。すると、リューティリスがアレスを見てぱあっと表情を明るくし、距離を詰めていきながら話しかける。
『あら、髪は生えてますけど、貴方はラーちゃんさんの縁者ですね?』
いきなり距離を詰められて無言ながらも内心驚くアレスだったが、ラーちゃんさん。渾名だろうがリューティリスが言っているのは、自分の先祖であろうラース・バーンだろうと察したアレスは優しげな表情を見せるも、ある言葉に少し引き攣った笑みを浮かべる。
「んんっ、ええ。リューティリス様。貴女言う通り私の先祖はラース・バーンです」
『やっぱりですわ。魔力の波長がどことなく似てましたから。少し
「そうです、か。流石、解放者の一人ですね」
リューティリスの凄さに、そしてある事を見抜かれていることに苦笑いを浮かべて解放者は侮れないと感じてしまう。同時に、アレスはあることが気になりリューティリスに問うた。
「リューティリス様、お一つお聞きしたいのですが……」
『えぇ、いいですわ』
「私の先祖ラース・バーンはどんな方でしたか」
アレスの問いにリューティリスは、木で作られているというのに優しげな笑みを浮かべながら答えた。
『ラーちゃんさんは、一言だけ言えば頑固な方でしたわ』
「頑固、ですか……」
『ええ。しかし、凄く仲間想いであり、家族を愛していた御方でしたわ。わたくしは今でもあの方を尊敬し、大切な仲間だと思っておりますわ』
「ハハッ……そうですか。ありがとうございます」
『……ふふっ、いいですのよ』
自分の先祖の事を聞けて嬉しそうにするアレスの姿を見て、リューティリスは微笑むのだった。しかし、そんな和やかな雰囲気はすぐに終わりを告げてしまう。
それは、鈴の一言が始まりだった。
「え、じゃあ……リューティリスさんが大迷宮の主なら、あの試練も作ったのはリューティリスさんですか?」
その一言に事情を知らないハジメ以外の全員がバッとリューティリスに振り返った。全員、同じように目は物凄い圧を感じさせる狂気な眼差しで視線を向けられるリューティリスはビクッと体を震わす。ハジメは最終試練で優花達が何かあったのか知らないためキョトンとしているが、オルクスで酷い目にあってるハジメと、大迷宮の試練ですしと納得してる
『あ、あのどうしたのですの?』
いきなり詰められて、慌てふためくリューティリスに〝聖杭〟を周りに飛ばす優花が一言。
「最終試練」
『?……ああ、ウロボロス三世ちゃん達のことですね!』
最初は首を傾げるリューティリスだったが、最終試練のゴキブリ達のことだと分かると満面な笑みを浮かべる。
『可愛らしいですよね!あの子達』
「「「「「「全然可愛くない!!」」」」」」
『ピッ?!』
その後、十分近くほどリューティリスは、優花達に叱られるという解放者にあるまじき残念な姿の光景が出来上がり、それを眺めながらハジメはアレスから何があったかと聞き、内容を知ると顔を青くさせて「えげつな」と呟くのだった。
そして、何故か反論なのか「でも、興奮しますわよ!」と、ドM理論を持ち掛けたリューティリスに一同はドン引きし、その姿にも興奮する姿を見て、特にハジメ達は、ミレディと会っているので解放者はそういう人物達の集まりなのかと思うのであった。
その頃、ライセン渓谷に隠された大迷宮の主は「あれ?なんか、私達の尊厳が失われた感じがするなぁ〜」と呟いていたのは知らない。
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最奥の小島に続くアーチを渡る。
途端、石板が輝き出し、水路そのものが魔法陣となっていたらしい。煌めく水路から強火のような燐光がゆらゆらと立ち上る。
大迷宮攻略の際、いつも行われる記憶を精査される感覚と、その直後の知識を無理やり刻み込まれる感覚が襲ってきた。ハジメ達とアレスは慣れたものだったが、一人、その衝撃と違和感に「うっ」と呻き声を上げている。
ハジメが流れ込んできた知識から読み取った新たな神代魔法の能力は、最終試練で戦った
そして、試練を越えた者が新たな神代魔法を得たと分かったのかリューティリスは、ハジメ達の前まで着くと、そっと口を開いた。
『では、改めておめでとうと言わせていただきますわ。よく、数々の大迷宮と、わたくしの──このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えましたわね。あなた方に最大限の敬意を表すると共に興ふ……んんっ、酷く辛い試練を与えたことに深くお詫び致しますわ』
その姿はまさに女王。十分ほど前に、説教されて変態理論を持ち掛けていた人物に見えず、今のリューティリスは、どこかリリアーナのような王族に通じる気品や威厳があるように感じてしまう。
『しかし、これもまた必要なこと。他の大迷宮を乗り越えてきたあなた方ならば、あの神々……獣を創りし神〝創獣神オルステッド〟。血濡れの女神〝吸血神スカーレット〟。使徒を統率する女神〝聖母神エクストラ〟。〝最高神ラーゼン〟という我々が倒した〝エヒト〟の後に現れた厄災との関係、過去の悲劇、そして今、起きている何か……全て把握しているはずですわね?それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心というものを知って欲しかったのです。ここまで辿り着いたあなた方なら、心の強さというもの、逆に、弱さというものも理解なさったでしょう。それが、この先の未来で、あなた方の力になることを切に願っています』
神妙な顔でリューティリスの話を聞くハジメ達。
『あなた方が、わたくしの魔法──〝昇華魔法〟をどう使うのかはお任せします。ですが、どうか、力に溺れることだけはありませんよう。そうなりそうな時は、絆の標に縋りなさい』
リューティリスはそう言って微笑む。
『わたくしの与えた神代の魔法〝昇華〟は、全ての〝力〟を最低でも一段進化させますわ。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価は、もっと別のところにあります』
ハジメの目がクワッと開かれた。それもそうだ。昇華魔法の真価など与えられた知識の中にはないのだから。
『昇華魔法は、文字通り全ての〝力〟を昇華させます。それは神代魔法も例外ではありません。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わせることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業というべき魔法──〝概念魔法〟に』
誰かがゴクリと生唾を飲み込んだ。その音がやけに大きく響く。ハジメも大きく目を見開いて驚きをあらわにしている。その脳裏には、かつて【ライセン大迷宮】で言われたミレディ・ライセンの言葉が過っていた。
──必ず、私達〝解放者〟全員の神代魔法を手に入れること。ハジメンの望みのために必要なことだから
確か彼女は、声援を送る前にそう言っていた。それは、このことを言っていたのだろう。
『概念魔法……そのままの意味ですわ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法なのです。ただし、この魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても、容易に習得はできません。なぜなら、概念魔法は理論ではなく、極限の意志によって生み出されるものだからです』
それが、魔法陣に知識転写されなかった理由。
ハジメは説明を聞いて口元に指を当て考える。〝極限の意志〟なんて、ふわっとした説明なんだ、と。そして、何故、
『わたくし達〝解放者〟七人がかりでも、たったの三つしか生み出すことができませんでした。もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのですけれど……。その内の一つを、あなた方に譲りましょう』
リューティリスがそう言った直後、石板の中央へと歩きだすとスライドさせ、奥から懐中時計のような物が出てきた。
それを手に取ったリューティリスは、ハジメに渡した。表には半透明の蓋があり、中には指針が一本だけあった。裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていて、どうやら攻略の証も兼ねているようだ。
ハジメが、手にしたそれをしげしげと見つめていると、リューティリスが説明を再開した。
『名を〝
───望んだ場所を指し示す。
「?!」
その言葉を聞いた瞬間、ハジメは、自分の心臓が跳ねる音を確かに聞いた。体中に火が入ったような気がする。周りの音が消え、ただ、頭の中に同じ言葉が繰り返される。
〝望んだ場所を指し示す〟
なら、それなら……
『望めば、その場所へと導いてくれますわ。探し人の所在でも、隠された物の在り処であっても、あるいは──別の世界であっても』
「───っ」
きっとリューティリスが言っている〝別の世界〟とは、神のいる世界〝神域〟のことだろう。極限の意志のみによって概念魔法が生み出されるというなら、解放者達の意志など決まっている。それは当然、神を倒すこと。
ならば、この羅針盤は〝神域〟を探し出すために作られたのだろう。おそらく、オスカー辺りが概念魔法を生成魔法で付与した材料を使って、この羅針盤を創造したに違いない。
神を殺す。それがハジメの旅の目的の一つ。
そして、もう一つは優花達と共に日本へ帰還すること。
神殺しを成せても、帰還方法は今まで手掛かりな情報は神代魔法ぐらいしか無かった。だが、ようやく故郷に帰るための一手を掴んだ。
ハジメの胸中に、どうしようもないほどの歓喜が湧き上がる。到底、言葉になどできない。表現の仕方も分からない、圧倒的な歓喜。
やっと、この世界に転移された時に優花と約束したことを叶えられるのだと。
堪えろ。まだ、その時ではない。まだ神々を
ハジメは、溢れ出そうになる瞳の奥の熱に、己の心に、そう言い聞かせた。グッと、変わり果てた、されど誇りでもある今は破壊された左腕の義手を右手で掴む。
改めて、決意を固めるように。
傍らの優花が、とびっきり優しい眼差しでハジメを見上げている。そして、ハジメの後ろから優しく包み込むように抱き締めた。
『全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなた方はどこにでも行けますわ』
ハジメの歓喜の姿を見て微笑むリューティリスは最後の言葉を紡ぐ。
『自由な意志のもと、未来を、今を選択できますよう。あなた方の進む道の先に幸があらんことを、心から祈っておりますわ』
リューティリスはそう言い終えると同時に石板の輝きも収まる。その前で、余韻に浸っているような、あるいは、今起きた出来事を一生懸命咀嚼しているかのような静かな時間が流れる。そよそよと吹く風の音と、葉擦れの音だけが辺りに響いていた。
やがてその静寂をハジメが破った。
努めて冷静であろうとしているかのように、感情を抑えた声音でリューティリスに尋ねる。
「リューティリス、念の為に聞くが……〝昇華魔法〟を使えば……空間魔法で……世界を越えられるか?」
ハジメの背後で光輝達のハッとする気配が上がった。
リューティリスは、その言葉の重みをハジメの記憶を読み取って知ったから故に、彼にそんな可能性に縋らないで欲しいために躊躇いなくその可能性を否定した。
『………ごめんなさい。無理ですわ』
「そうか……すまん、変な事を尋ねた」
ハジメは、そんな分かっていたのに聞いたことに自分の感情の昂りを収めようと目頭を抑えながら反省する。
ただ昇華しただけの〝空間魔法〟で世界を越えれるなら、きっとリューティリス達──解放者達は苦労はしなかったに違いない。
リューティリスは言った。解放者達は計三つの概念魔法を作ったと。
一つは〝導越の羅針盤〟に付与した概念。望んだ場所に指し示す魔法。ならば、後の二つは異なる世界に渡るための概念と、そこに巣食う神々を打倒するための概念に違いない。つまり、概念魔法の域に達しなければ、世界を越えることは至難だということだ。
そんな物哀しげで無理に表情を繕うハジメを見て、優花は慰めるかのように優しく彼を抱き締めた。そんな優花の行動に優しげな眼差しを向けると、そっと美しい栗色の髪で指で梳いた。
地肌に触れる感触に、優花はくすぐったそうに首を竦めながら上目遣いでハジメを見つめる。
「なに、問題ないさ。あわよくばと思っただけだ。必要な神代魔法は残り一つ。それを手に入れればいい。それで、神殺しをしてから、浩介達と日本に戻ればいいだけだ」
ハジメが笑って言う。
その見慣れたはずの恋人の笑顔に、しかし、優花は何故か懐かしく感じてしまい自分の心臓が跳ねる音を聞いた。
どこか、違うのに懐かしく感じるハジメの笑み。
柔らかく、温かい。そう、それは自分の記憶ではなく、
「優花?」
「へぁ?……うぅ」
ハジメの呼びかけに、優花は
ジッと見つめ合う二人。
直後、優花と同じように息を呑んでハジメを見つめていたシアが、我を取り戻して二人だけの空間を止めに入る。
「ゴホンゴホンッ。ハジメさ〜ん、優花さ〜ん、いいですか?リューティリスさんが顔を両手で隠して恥ずかしそうにしているのでイチャイチャから戻ってくださ〜い」
シアの少し上擦った声音での言葉にハジメと優花が振り返れば、確かに木で作られて長年生きてるはずなのに恥ずかしそうに顔を両手で隠すリューティリスの姿がそこにあった。
ハジメが、何故か頬を上気させているシアと、これまたポ〜ッとして自分を見ているユエとティオ達に首を傾げる。
その様子をアレスは、保護者のような目でハジメ達を微笑みながら見る。
すると、そんなハジメに光輝が声をかけてきた。
「な、なぁ、南雲。さっきの話……その概念魔法が使えるようになれば……」
「ああ、帰れるだろうな。少なくとも、転移先はこの羅針盤が教えてくれるだろう」
「そう、か………」
光輝が希望を見たような表情になると同時に、唇を噛み締めた。龍太郎や鈴、雫も、その表情には歓喜が見える。だが、言いたいこと、確認したいことを、グッと堪えているような表情なのは、光輝と一緒だ。
おそらく、まだ完全に帰還手段が手に入ったわけではないことと、全ての神代魔法を手に入れらる可能性が高いのはハジメしかいないために遠慮がちになっている。
特に、目に映る限り三人はそれが顕著であることに気付き、ハジメは目を細めながらその三人に尋ねた。
「それより、やけに自信なさげにそんなことを聞いてくるってことは……お前等、ダメだったな」
「「「うっ!?」」」
ハジメの言葉に、光輝、龍太郎、鈴の三人が胸を抑えて項垂れる。昇華魔法があれば、全ての能力レベルを最低でも一段上げることが出来るのだ。もちろん、そこは神代魔法なので、昇華させること自体に莫大な魔力は必要だし、言ってみれば副作用なしの限界突破のようなものなので時間制限もあるだろうが、それでも、一般的な表の【オルクス大迷宮】くらいは歯牙にもかけず攻略できるだろう。その下層にある本当の大迷宮も、それなりに進めるはずだ。
にもかかわらず自信なさげなのは、つまり〝昇華魔法〟を得られなかったという結論に至る。そして、三人のその反応を見れば分かることだ。ハジメはリューティリスを見る。ハジメと目が合ったリューティリスは申し訳なさそうに重い口を開いた。
『申し訳ありませんわ。そちらの三人方は攻略を認められませんわ』
「「「うっ」」」
その言葉が再び三人の心を突き刺した。
そんな落ち込んで項垂れる光輝達だったが、一人、心配そうな、また、どこか気まずげな様子でオロオロとフォローしようとしている人物が……
「なぁ、リューティリス。八重樫はどうなんだ?」
『え、っと、認められていますわ』
リューティリスの言葉に三人が雫を見る。
「!……えっと……ええ、使えるみたい」
「ほ、本当なのか、雫!」
「マジかっ! やったじゃねぇか!」
「流石、シズシズ! 鈴の嫁!」
確かに、快楽の試練と理想世界の夢、そして感情反転は自力で乗り越え成長したことを思えば十分に攻略を認められるだろう。戦闘能力は足りなくても、精神力は十分に神代魔法を得るに値するものだった。
その事実を純粋に喜ぶ鈴。喜びつつも「俺も欲しかった!くっそぉ」と素直に悔しがる龍太郎。そして笑顔で称賛しながら、どこか表情に影を落とす光輝。
雫は、そんな光輝を心配そうにチラチラと見ている。
「ま、とにかく、だ。一度、フェアベルゲンに少しゆっくりしよう。流石に義手を修理しないと、次の迷宮攻略には望めない。限界突破とあの力の後遺症も少し残っているしな……優花達に癒されたい」
「ええ、わかったわ」
「……ん、任せて」
「任せてくださいですぅ!」
「ふむ、そうじゃな。妾達に任せよ」
そう言ってくれる四人にハジメは視線を巡らせる。何かを確かめるような深い眼差しで。それから、天を仰いで、視線を空へ向けた。己の中を確かめるように。
ハジメの唐突な行動に、キョトンとする優花達。
ハジメは、そんな優花達に視線を戻すと、少し困ったような笑みを浮かべた。それは先程、優花に見せた時とは違う表情だ。
「……ぁ」
それは優花の声。大きく見開いた目は、まるで忘れかけていた何かを唐突に思い出したかのよう。そして、直後に見せた泣きそうな顔は、過去の自分の犯した罪で変わってしまう前のハジメを思い出しているようだった。
ハジメの事をそれなりに知ったユエ、シア、ティオも、先程のハジメの表情のように息を呑んでいる。
やはり、このほんの僅かな時間の間にハジメは変わったように思えた。
どう表現すべきか。
適切な言葉を見つけられない優花達だったが、敢えて言うなら、自分達に見せてくれる強さと優しさに付け加えて滅多に見せない弱さを加算したような、そんな不思議で、何故か無性に心惹かれずにいられない魅力的な表情だった。
ぽへっとしたまま動かないユエ達に、ハジメは小さく笑って、
「どうした?ほら、帰るぞ?早くお前達に癒されたい」
そう言って、ひょいと背を向けた。
「…………」
そんなハジメの後ろ姿を優花は黙って見つめている。
優花がハジメに惹かれた……いや、初めて恋に落ちた瞬間であるあの公園での出来事。
そして、あの時の彼を自分のせいで変えてしまったこと。
嬉しくて、懐かしくて、だけど〝彼〟を変えてしまった罪悪感が押し寄せてしまい色々な感情が頭の中がぐちゃぐちゃになって足が前に進めない。
ふと、手に熱を感じる。
「………大丈夫」
「ユエ……」
そこにはユエが、優花の腕に自分の手を添えていた。その微笑みはとても柔らかい。ユエ自身、優花が何を考え、思っているのか分からない。だが、傍で支えれることは出来る。同じ人を愛し、互いを信頼し合える仲間として。そんな思いが込められた少ないユエの言葉の意味をシアとティオも理解し、優花へ近付くとシアはユエと逆の腕に、ティオは優花の両手に手を添えた。
優花は三人が自分を安心させようとしてくれることに嬉しくて笑みをこぼした。それを見た三人も同じように笑みをこぼし、ハジメを想う彼女達の絆が深まったようだ。
見れば、既にリューティリスに案内してもらった下に降りるための転移陣を起動させているハジメが、「何してるんだ?」と。振り返って小首を傾げている。
ユエ達は、もう一度、笑い合うと、飛び込むようにしてハジメのもとへ走った。アレスも微笑を浮かべ歩き出した。雫達も、故郷に帰れる可能性が見えたという希望で、明るい表情で追随する。一人、無理をしているのが丸分かりの笑みを浮かべる少年がいるが………
全員が転移陣の上に立つと、別れ際にリューティリスがハジメ達に声をかけた。
『皆様、ご武運を。もし、わたくしの力が必要ならば、いつだって力になりましょう』
「おう、その時は力を貸して貰うよ」
『ええ、待ってますわ』
そう会話を終えると転移陣から光が溢れ出し光の燐光が転移陣の周りをを包み込んでいく。そして、転移するまでの間、リューティリスは微笑みながらハジメ達を見送るのだった。
何はともあれ、ハジメ達は、こうして七大迷宮の一つ【ハルツィナ樹海】の攻略は、新たな力と確かな希望を掴み取るという結果と共に幕を下ろすのだった……。