ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

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遅くなりましたm(*_ _)m


百二十三話 早朝の二人

 

早朝特有の、静謐で満ちる【フェアベルゲン】の都。

 

その凪いだ水面のような静けさに波紋を広げるが如く、小鳥の(さえず)りが少しずつ大きくなっていく。葉擦れの音と相まって優しい森の音楽のようだ。

 

だが、そんな【フェアベルゲン】にあっても、都の外れ──森の奥の人気のない場所は、相反する鋭い音が響いていた。

 

「疾っ! ふっ! はっ!」

 

短く鋭い呼気に合わせ、ヒュッヒュッと空気を裂く音が鳴る。同時に、霧を散らすように黒線が宙を奔った。それは、淀みなく、水が高きから低きへと流れるような自然さを以て振るわれる黒刀が描いた軌跡。

 

使い手の動きも極めて洗練され、翻る特徴的な黒髪と合わさると、まるで神に捧げる神楽舞の如き神秘性すら感じられた。円を描くようにして、木の葉が舞い落ちる森の中で踊る黒刀と黒髪。

 

彼女の作り出した剣界に入った木の葉は尽く四散し、それに交じって玉の汗が飛び散る。一体、何時間そうやって踊り続けていたのか。

 

彼女──雫の足元には、すり足が地面に刻んだ幾条もの円と、細切れになった木の葉の残骸が散らばっていた。

 

一本芯を通したような美しい姿勢で、ただひたすら無心となって刀を振るう。

 

「───っ」

 

が、このまま永遠に踊り続けるのでは思われた雫の演舞に、突如、乱れが生じた。剣筋がぶれて斬れるはずだった木の葉をすり抜ける。

 

くるりくるりと地面に落ちる木の葉と同じく、雫も円運動の遠心力に弄ばれくるりくるりとバランスを崩した。辛うじて転倒するとという無様だけは避けられた雫だったが、たたらを踏んで黒刀の鞘を支えにする己の姿には、剣士として苦い顔をせざるを得ない。

 

「はぁはぁ……ああっ、もうっ!」

 

苛立ちしげに頭を振る雫。トレードマークの黒髪のポニーテールが、その心情を表すように右に左に盛大に荒ぶる。

 

「明鏡止水。明鏡止水よ、雫」

 

わざわざ言葉にしつつ、大きく深呼吸をして心に静謐な泉を思い浮かべる。

 

精神を整え、静かな状態を保つ練習は、日本にいた頃、それこそ剣術を習い始めた当初からやっていることだ。もはや習慣にすらなっているそれにより、雫の荒れた心は直ぐに静けさを取り戻した。と、思われたが、その水面にゆらりと浮かび上がる少年の姿が………

 

「ぬぁあああああいっ!!」

 

途端、そんな女の子にあるまじき雄々しい絶叫を上げながら、雫は心に描いた水面を叩き斬るように、黒刀を大上段から振り下ろした。

 

「(違うったら違うっ!! ぜぇ〜〜ったい! 違うってばぁ!!)」

 

もはや凪いだ水面などどこにもない。むしろ、台風の直撃を受けた海の如く、雫の心は荒れ狂ってしまっている。

 

「(違うって、そもそも違うの意味も分からないし! 私は冷静だし!)」

 

どう見ても冷静ではなかった。心の中の絶叫も支離滅裂である。

 

実は、まだ日が昇らない内からずっと鍛錬をしていた雫は、先程から、集中しては直ぐに乱れて剣筋が鈍り、渋面をしながら立て直した後、また直ぐ心のどこかに飛ばして足元を疎かにする、ということを繰り返していた。

 

その姿は〝何か〟が鍛錬の邪魔をしているというよりも、鍛錬によって〝何か〟を振り払おうとしているかのようだった。

 

何故、雫は未だ夜と言っても過言ではない時間からそんなことをしていたのか。

 

昨日、【ハルツィナ大迷宮】から帰還したハジメ達一行は、その疲れを癒すため早々に休息に入った。当然、雫も食事と風呂を貰った後、直ぐにベッドに入ったのだが……

 

何故か(・・・)、全く眠れなかった。何時間も悶々としながら、ベッドの上で無意味にコロコロ転がり続け、結局、このままベッドにいても仕方ないと、丑三つ時を回っているにもかかわらず黒刀を片手に飛び出したのだ。

 

雫は一晩中悶々とさせたものとは何か。

 

それは、先程、明鏡止水を妨げたものと同じもの。ふとした拍子に心の水面(みなも)に浮かんでくる───一人の少年だった。

 

「セイッ! セイッ! セェエエイ!!」

 

雄叫びも更に荒ぶっていく。

 

考えまいとしても、否、むしろ、そうしようとするほど、思い出されるのは大迷宮での出来事。段階を移動する転移陣を起動した直後、さらわれた夢の世界。

 

捕らえられた者にとって甘やかなその世界で、雫は今思い出しても赤面してしまうような〝イタイ〟夢を見せられた。

 

それが自分の理想的な世界などとは……絶対に認めないし、誰にも話せない。まして、その世界で酷く乙女だった自分に寄り添う者が……

 

「うりゃあああああっ!!」

 

極めつけは大迷宮の最終試練だ。

 

突然、彼が(・・)何処かへ転移されてしまって、物凄く不安が押し寄せる最中、感情を反転させるというとんでもない魔法が原因で、あの黒い物体に愛情を感じてしまったことは思い出したくない出来事。

 

しかし、一番問題なのは、雫が、かの少年を酷く嫌ってしまったこと。否、オブラートに包まず言うなら、憎々しいとすら思ってしまったのだ。

 

それはつまり………

 

「ちがーーうっ! 友情よ! 友情バンザーーイ!!」

 

もう太刀筋も何もない。キャラ崩壊すら起こしていそうだ。いたずらに振り回された黒刀が、どこか非難するように、粗雑な風切り音を響かせる。

 

普段なら、これではダメだと仕切り直すのだが、雫はお構いなしに、その乱れた太刀筋で強引に幻影を──何故か頼りに感じさせてしまう不敵な笑みを浮かべたかの少年を──叩き斬った。

 

霧散する不敵な笑みは、しかし、消えたかと思った直後、最後の大迷宮攻略後の〝あの笑顔〟へと変わってしまい………

 

「ちぇすとーーーーっ」

 

八重樫流にそんな掛け声はない。今まで口にしたことすらない。心の中の祖父や父が「雫……お前、何をやっとるんだ」と呆れた目を向けてくるが、今の雫は八つ当たりじみた素振りで忙しい。心の祖父と父はまるっと無視する。

 

そんないっぱいいっぱいで我武者羅な雫の姿は、普段の凛とした雰囲気とは随分とかけ離れて、もし、ここにクラスメイト達がいれば、みんなあんぐりと口を開いて驚きを顕にしたことだろう。

 

その後もしばらくの間、雫は平然と混乱の狭間で、時に鋭く、時に我武者羅に刀を振り続けた。何かを振り切るように、あるいは否定するように〝その感情〟に気が付かないふりをしながら、勘違いだと言い聞かせながら、ハルツィナは孔明だと思いながら(本当は、ただの変態だったけど)。

 

やがて、心地いい……という感覚を通り越した疲労が雫の思考を鈍らせ始めた頃、ようやく雫の心は元来の静けさを取り戻した始めた。

 

荒れていた原因についても、転移する前からの関係性や大迷宮という常軌を逸した環境が、彼に向ける信頼の念を一時的に変な方向に捻じ曲げていたのだと結論づける。もう、彼を思い浮かべても平静なまま乱れはしない。いつも通りだ。

 

「ふぅーーー!」

 

ゆっくりと息を吐き、チンッ!と小気味いい鍔鳴(つばな)りを響かせながら納刀する雫。瞑目が視界を闇に閉ざすが、汗を掻いた肌は視界以上に朝の爽やかさを伝えてくる。

 

頬に張り付いた一房の髪もそのままに熱い息を吐く姿は、どこか艶めかしい。

 

そんな風に、雫の鍛錬の余韻に浸っていると、不意に声を掛けられた。

 

「流石と、言いたいところだが八重樫にしては少し乱れてたな。何か悩んでるのか?」

 

「っ!? にゃに!?」

 

物凄く聞き覚えのある声。それが直ぐ後ろから響いてきたことにより雫の心臓が跳ねた。ついでに口調も激しく乱れた。全く以て、いつも通りではなかった。

 

「まさか」と思いつつ、バッと声の方を振り返る雫。

 

そこに理想通りの人物──ハジメが立っていた。雫の鍛錬を邪魔しないためか、あるいはただの悪戯か……気配を殺して接近していたようだ。

 

「な、南雲君。驚かさないでよ。いきなり背後に立つなんて悪趣味よ」

 

バクバクと脈打つ心臓を宥めながら、雫は咎めるように目を細めた。それに対して、非難を受けたハジメはというと………

 

「……にゃに……クハッ」

 

「!?」

 

笑いを堪えつつ、雫の可愛らしい誰何(すいか)をリピートした。キッと、眼差しに込めた非難を色を強める雫。しかし、その頬がうっすらと染まっているため迫力は皆無だった。

 

その自覚があるのか、雫は、今度は言葉に棘を生やして投げつけた。

 

「な・ん・の・よ・う・か・し・ら!!」

 

一言一言、強く区切られた言葉に、ハジメは僅かに失笑しながら軽く謝罪しながら、詫びに〝宝物庫〟からタオルを取り出し投げ渡した。

 

それを危うげなく受け取った雫は、今更ながら自分は汗だくという事実に気が付いたようだ。恥ずかしそうに視線を逸らしつつ慌てて拭い始めた。

 

その間に、ハジメは雫の質問に対する答えを口にした。

 

「特に用があったわけじゃない。目が覚めたんでな。義手も修理も兼ねて鍛錬でも思って適当な場所を探していたら八重樫の魔力がしたんで見に来たんだよ。……その様子だと、相当前からやってたみたいだな。昨日の今日でよくやるよ」

 

「い、いつもじゃないわよ。その……なんか眠れなくて……」

 

「クハッ……まぁ、初の大迷宮攻略だったからな。気持ちが昂ってもしょうがないか」

 

「ま、まぁね」

 

まさか、違う意味で高ぶってしまった、荒ぶってしまった!とは言えず、雫は微妙に目を逸らしてしまう。そんな珍しく、どこか挙動不審な雫の様子に、ハジメは首を傾げながら目を細めた。

 

雫は更に落ち着きをなくす。ジロジロ。そわそわ。ジィー。ビクッ……

 

「……八重樫。お前、様子変じゃないか?さっきもらしくない剣の乱れようだったし。……まさか、何か後遺症でも……」

 

「へ!? えっと、いえ、平気よ? ええ、全く以て健康そのものよ。むしろ、絶好調よ」

 

「……いや、相当疲労しているように見えるし、妙に挙動不審なんだが……」

 

「きょ、挙動不審って何よ。私はいたって平常よ。常に周囲を警戒しているの。無闇に背後に立たないことね。思わず斬ってしまうかもしれないから!」

 

「お前はどこのヒットマンだよ。……まぁ、そこまで言うなら平気たと信じとく」

 

明らかに平常でない雫だったが、「本人がそう言ってるならいいが」と、ハジメは気にすることをやめた。そして、何かを思いついたような表情をすると、唐突に雫の方へ歩み寄っていく。

 

いきなり近寄ってきたハジメに、雫は激しく狼狽した。わたわたと、バリアでも張るように両手を前に突き出す。

 

「な、何? どうして近寄ってくるの? ダメ、ちょっと待って! 汗掻いてるし! 領土侵犯よっ。落ち着きなさい! あっ、タオルね? ほら、返すから……ってダメよっ。これは洗って返すから! だから、そこで止まって!」

 

「……一旦、落ち着け八重樫。ステイ、OK?……しかし、本当にどうしたんだ? 俺は黒刀(八咫烏)を渡して欲しいだけだ」

 

ハジメが歩み寄った分だけ後退る雫の態度は、まるで変質者と相対してしまった女の子のようで、さしものハジメが不機嫌そうな表情になる。

 

「こ、黒刀? なんでまた……」

 

「強化だよ。〝昇華魔法〟のおかげで更に弄れそうだからな。嫌ならいいが」

 

「そ、そう。強化ね。うん。してもらえるとありがたいわ」

 

雫はおずおずと黒刀の端を持ってハジメに差し出した。あくまで近付くつもりはないらしい。

 

汗を掻いたまま異性の傍にいることなど、この世界に来てからはよくあることだ。今更、何を気にしているのかと、ハジメはますます疑うような眼差しになっていたが、やはり「何らかの事情があるのだろう」と、適当に解釈して肩を竦めた。

 

無言で黒刀を受け取り、足をトンッと踏み鳴らす。それだけで、靴に仕込まれた錬成の魔法陣が発動し、ズズズッと地面から簡易なテーブルと椅子がせり出てきた。ハジメは椅子に腰掛けると〝宝物庫〟から様々な鉱石を取り出して黒刀と共にテーブルへ並べていく。

 

その様子をジッと見ていた雫だったが、その視線に気付いたハジメは「見るなら座っとけ」と促した。もう一度、向かい側に椅子がせり出てくる。

 

雫は、そわそわしながらも、ポテッと向かいの椅子に腰掛けた。

 

「…………」

 

「…………」

 

会話はない。カチャカチャとハジメが鉱石を弄る音と小鳥の囀り、そして葉擦れの音だけが響いている。再び、朝の静謐から戻ってきた。しかし、雫は特段、居心地の悪さを感じなかった。多少の緊張感はあったものの、なんとなく雫がそこにいることをハジメが受け入れてくれてる気がして、ハジメの突然の登場に波立った心も次第に落ち着きを取り戻していった。

 

「……集中、してるわね」

 

手元の黒刀から全く視線を逸らさないハジメを、なんとなしに見つめる雫。傍目にもハジメが深く集中しているのが分かった。

 

澄みきった鮮やかな紅色の魔力光に照らされるハジメの表情は、戦闘中のものと見紛うほど真剣だ。その手元では、数々の鉱石が変幻自在に姿形を変えていく。

 

心の中で、「やっぱり、綺麗ね……」と独り言ちる雫。

 

妖しくも神秘的な光に包まれながら、様々なものを生み出していく姿は、雫がイメージする御伽噺の中の〝魔法使い〟そのものだ。

 

魔法使いの〝魔法〟が目の前で行われている。そんな風に感じた雫は、気が付けば見惚れるようにぽ〜っとハジメを眺めていた。片肘を突いて手を頬に乗せながら、次第に、その目はとろんとし始める。

 

それは果たして、徹夜明けに襲ってきた睡魔のせいなのか。

 

それとも……

 

途中、ハジメが雫から血を採取するために突然手を取り、動揺した雫が椅子から転げ落ちるというハプニングがあったものの、概ね穏やかな時間が流れた。

 

そうしてしばらく経ち、刻一刻と重くなる目蓋と、妙な心地良さに身を委ねてしまおうかと雫が半ば無意識にそう思っていると、ハジメから声をかけられた。

 

「ほら。できたぞ、八重樫。〝昇華魔法〟の練習がてらやってみたが、我ながら良い得物ができたと思う」

 

「…………」

 

「八重樫?」

 

「……寝ちまったか?」

 

自身の腕枕に頭を預けて、ほとんど閉じかけた瞳でぽ〜っとしている雫に、ハジメは片目を眇めた。随分と無防備な表情を晒したものだと、少しの呆れが胸中を過る。

 

このまま、毛布など取り出して寝かせてあげようと思ったが体が冷えたらいけないし、黒刀の性能実験をしてもらいたいと雫の体をゆすりながら起こそうも反応がない。だが、ある妙案を思い付いたハジメ。

 

そして………雫の耳元まで顔を近付けた。

 

「起きろ、八重樫」

 

「にゃっ!?」

 

唐突に耳元に聞こえるハジメの声。

 

一瞬で跳ね起き、突然ハジメの顔との距離が近いことに、雫は顔を赤面にさせながら可愛らしい悲鳴を上げると同時に再び、椅子から転げ落ちた。その様を見ていたハジメは「少しやり過ぎた、か」と苦笑いを浮かべる。

 

「な、南雲君!! いきなり何するのよ!」

 

当然、復活した雫が怒りの咆哮を上げる。起き上がってテーブルをバンッ!と手をついて身を乗り出しながら少し申し訳なさそうな顔のハジメをキッと睨み付けた。

 

「すまない。呼ぼうと思ったら意識が飛んでるみたいだったから、起こしてやろうと思って」

 

「もう、南雲君って優しいけど、そういうところがいけないと………」

 

雫の説教が始まりそうなのを察したハジメは、それを制止するように黒刀を投げ渡して、雫は、投げ渡された黒刀を慌てて受け取る。

 

「〝昇華魔法〟を得る前は、鉱石に付与できる能力は一つ二つが限界だったんだが、〝錬成魔法〟と〝生成魔法〟のレベルが一段上がったおかげで複数の効果もつけれるようになった」

 

「そして私の説教を説明で回避したってことね……もう、いいけど」

 

ハジメが説教を回避しようと強化された黒刀の説明を始めたので、雫は盛大に溜息を吐きながらストンと腰を下ろした。ジト目のまま「まぁ、謝ったていたけど……」と、不満そうな表情をしながら。

 

「で、だ。その黒刀……〝八咫烏(ヤタガラス)二式〟には新たに幾つかの魔法を付加した。一つは〝重力魔法〟。刀の重さを変えることができる。加えて、刀身に物体を引き付けたり、逆に引き離したり、一瞬だが重力そのものを斬ることも可能にすることもできる」

 

「それは……凄いわね」

 

ハジメの説明に思わず目を丸くしながら手元の黒刀を見やる雫。だが、それで驚くには早すぎたようだ。続くハジメの説明を聞いている内に、その能力の絶大さに雫の頬は盛大に引き攣っていく。

 

曰く、〝空間魔法〟により、空間そのものを断裂させることができる。

 

曰く、〝再生魔法〟により、黒刀自身は放っておいても自動で修繕される。また、持っているだけで、気休め程度であるが使用者への回復効果も望める。

 

曰く、〝魂魄魔法〟により、相手の肉体を透過して魂魄そのものに斬撃ダメージを与えることが可能になった。

 

曰く、〝雷華〟〝爪閃(そうせん)〟も性能が向上しており、更に〝衝撃変換〟〝竜鱗化〟が新たに付与されているetc。

 

「………」

 

言葉もない。黒刀改め〝八咫烏(ヤタガラス)二式〟が、なんだか凶悪な兵器。あるいは魔剣の類へと進化している。黒刀を持つ雫の手がカタカタと震えている。

 

「それとアレスの〝詠唱[+詠唱無効]〟とステータスプレートの認証方法を応用した、新たな制御方法も組み込んでみた。最初に黒刀を〝詠唱発動状態〟にしておけば、以降、〝詠唱発動中〟は詠唱が不要になる」

 

要は、高い効果を発揮するのに比例して必要だった長い詠唱も不要ということだ。今まで、ワンワード詠唱で能力を発動していた雫だが、実のところ、それだと全力には程遠い効果しか発揮できなかった。これ以降は、アレスのように思考のみで発動も可能であるし、ワンワード詠唱でも最大限の力も発揮できる、ということらしい。

 

「剣士でスピードファイターの八重樫が、剣戟中に長ったらしい詠唱なんかしてられないし、近接武器での戦闘なら俺よりも遥かに強いアレスのような戦い方が八重樫には合ってそうだからな」

 

そう言ってハジメは説明を締め括った。

 

雫は冷や汗を掻きながら手元の黒刀を見つめる。どう考えても〝聖剣〟を軽く上回る性能と化している。この性能が知られれば、それこそ黒刀を巡って盛大な争いが起きそうだ。間違いなく、世界最強の刀剣である。

 

「い、いいのかしら……こんなの持っていて……」

 

「まぁ、念のためだ。八重樫もアレスとまでは言わないが、それぐらい強くなって欲しいからな」

 

「ア、アレスさん程って……って、念のため?」

 

アレス並の強さと言われて盛大に頬を引き攣るもハジメの言葉に首を傾げて聞き返す雫に、ハジメは天を仰ぎながら頷いた。

 

その眼差しは野生の狼のように鋭く、まるで視線の先にいる何かを射殺そうとでもしているかのようだった。

 

「分かっていると思うが、最後の大迷宮──シュネー雪原の氷雪洞窟を攻略すれば〝概念魔法〟を手に入れて本格的に神共との戦闘になる」

 

「……ええ、帝国に現れた〝オルステッド〟並の強さの神が五柱もいるんでしょ?」

 

「ああ。それにその内の一柱、奴等の主神である〝破壊神(・・・)ラーゼン〟はオルステッドよりも遥かに強い。他にも大量の〝量産型〟の神の使徒に、少ないが優花と同じように〝聖杭〟を持つ〝ネームド〟なんかもいる。現状、優花達、アレス、魔人族にはフリードの頼りになる味方もいるが………俺達の勝算は余りにも低いだろう」

 

「嘘。……だって、そのフリードっていう人は分からないけど、優花達もアレスさん、それにあのオルステッドを倒した貴方もいるのよっ。それなのに、なんで勝算が低いって分かるのよ」

 

雫の言葉に、ハジメは黙ってしまう。言っても分からないだろう。今のハジメは〝機神兵〟との戦いのせいで〝機神(デウス)〟の力を得た代わりに断片的だが、機神(デウス)の記憶も得たハジメが見たその想像を絶する光景は誰も到底、理解できるわけがない。だから、ハジメは無視して話を続ける。

 

「〝昇華魔法〟のおかげで、俺のアーティファクト作成能力も一段進化させたからな。神代魔法を直接会得しなくても、かなりの強化を可能になった。が、それでも奴等の足元に及ぶかどうかだ。だから、俺も覚悟を決めないとな………」

 

「え、覚悟ってどういう意味───」

 

「八重樫。俺達が氷雪洞窟を攻略してる間、〝神の使徒〟の襲撃の対応や他の大迷宮を挑むのも構わない。安心しろ、お前の以外に天之川達のアーティファクトの性能も上げておく」

 

「話はわかったけれど……覚──」

 

雫が言いかける前に、言いたいこと言ったという様子で立ち上がるハジメに、雫はどこか言いたげな表情をしながら待ったをかけた。

 

「……やっぱり、南雲君達だけで行くのよね?」

 

「ん?……ああ、そうだな。早急に神代魔法を会得して神共に対抗できるようにしておきたい」

 

「…………」

 

雫は、ハジメの気持ちは分かる。元々、自分達はハジメに無理言って付いてきたのだ。大迷宮一つだけ攻略に付き合わせてもらうという話で。

 

大迷宮の厄介さは【ハルツィナ大迷宮】で骨身に染みた。どうあっても、雫達が挑戦するには実力不足が否めない。つまり、付いていってもハジメ達にとっては枷にしかならないのだ。

 

しかも、次の【氷雪洞窟】さえ攻略すればハジメは帰還手段と神を倒しうる力も手に入る。だから、雫が無理して付いていく理由がなかった。

 

そんなわけで、答えないというより、答えられなかった雫は、ただ無言で首を振った。そんな雫を見て、ハジメは肩を竦めながら口を開いた。

 

「まぁ、八重樫なら次の迷宮攻略に連れていっても構わない………」

 

「え?」

 

ハジメから漏れ出た思わぬ言葉に、雫は驚いたように目を見開く。そして、一拍。何を思ったのか、うっすらと頬を赤く染め、それを隠すように急いで後ろを向いた。不自然に跳ねる心臓を宥めつつ、ハジメの真意を問いただそうとする。

 

「それはどういう………」

 

「氷雪洞窟の神代魔法は、フリードから強力な魔物を量産させる魔法と聞いている。それと、うちの大切な仲間達を除けば、人となりも実力も、この世界で一番信用してるのは八重樫だからな」

 

苦笑いしながら、そんなことを言うハジメ。しかし、今の雫には刺激が強かったようだ。信頼している相手に、真正面から信頼を返されるのは、やはり嬉しいもの。

 

雫のうっすら赤く染まっていた頬がぶわっと、更に赤面してしまう。

 

そんな雫を尻目に、ハジメは当初の目的である自己鍛錬の準備をしながら苦笑いを深めた。

 

「といっても、まぁ実際、本当に八重樫だけ連れていくわけにはいかないんだけどな」

 

「え……えっと、どうして………」

 

「いや、どうしてって……天之川達には、お前が絶対に必要だろ? 氷雪洞窟に行ってる間、天之川達が大人しくしていると思うか? 一時的にとはいえ、八重樫が離れることを許容すると? ないな。絶対にない。十中八九、暴走する。で、その矛先は、俺だろうしな。そして、面倒くさいことが起きて、俺が困る」

 

「………身も蓋もないのだけど」

 

雫がげんなりした表情になった。そんな雫に同情の眼差しを送りながらハジメは〝宝物庫〟から円月輪を無数に取り出し周囲に浮かべ始めた。

 

いずれにしろ、光輝達を置いて自分だけ付いていくという選択肢を、雫自身も持ってなかったので、雫は気を取り直して話題を転換した。

 

「それって、内側に物を転送させる機能がついてるチャクラムよね? そんなに取り出して何をするの?」

 

「鍛錬だ。元々、そのために来たって言ったろ?それに八重樫は戻らないのか?それだけ疲れていればぐっすり眠れるだろ?」

 

ハジメの言う通り、雫はかなりの疲労感を覚えており、今ならパタリと倒れ眠そうだった。

 

けれど……なんとなくこの場から離れ難い。

───今を独り占めしたいのだ。

 

そんな想いが雫の中で芽生え、ハジメが、三十個以上の円月輪を、自分を中心に円柱を作るように周回させ始めたのを眺めてると、気が付けば口を開いていた。

 

「……少し、見ていてもいいかしら?」

 

「? 俺のを見たって何の参考もならないと思うが……まぁ、構わない。だが、そこで寝ちまったら風邪引くぞ?」

 

「大丈夫よ。飽きたら勝手に帰るから」

 

雫の言葉に肩を竦めて了承を伝えたハジメは、目を瞑ってドンナー&シュラークを抜いた。それを見て雫も腰を下ろし、テーブルに肘を突いて、両手で頬を挟み込むように頭を支えながらハジメを眺め始める。

 

一拍。それが始まった。

 

タンッタンッタンッタンッ!と、連続した発砲音が響き渡る。

 

その銃口は、どうやら周囲を飛ぶ円月輪に向けられているようだ。放たれた弾丸は、驚異的なことに、常人では視認も難しい速度で飛び回る円月輪の中穴へ、吸い込まれるようにして飛び込んでいく。そして、〝ゲート〟が、別の円月輪から弾丸を弾き出し、全く別の方向と角度からハジメ自身を強襲した。

 

「────ふぅ」

 

小さく息を吐きつつ、真後ろから急迫した弾丸を半身になって躱す。と、同時に、別の円月輪を操作。掠めるようにして通り過ぎた弾丸を、円月輪による円柱結界から出ないよう、〝ゲート〟を通して再び内側へ喚び込む。

 

飛翔力を失うまで、延々と限定空間内で主を狙い続ける弾丸。

 

一連の行動の間にも、ハジメは延々と引き金を引いては、自分を狙う弾丸の数を増やしていく。四方八方から飛び出す弾丸を、木の葉がふらりふらりと最小の動きで躱していく。

 

その動きは、先程の雫の演舞じみた武芸に比べれば流麗さは欠けるだろう。

 

しかし、その洗練された合理的な動きは、雫とはまた趣が異なる美しさがあった。

 

雫の八重樫流が何百年と受け継がれてきた武術特有の美しい型であれば、ハジメが師範である(リー)から学んだ武術とは、美しさを捨て、戦いに勝つという目的だけに特化された型と言えるだろう。

 

弾幕という名の台風の目の中心で、障害を躱しながら、自ら嵐を巻き起こすというあまりに特異な鍛錬方法に雫が瞠目していると、ハジメが急に飛び上がった。そのまま、背中から紅の翼を広げると、更に〝宝物庫〟から円月輪を取り出し、今度は自分中心にして球状に取り囲ませた。

 

次の瞬間、紅い閃光の嵐が、大量の円月輪で作られた球体の中を駆け巡った。電磁加速させた致死の弾丸が、レーザーのように球体内を紅い線で区切る。

 

最初、直径二十メートルはあった円月輪の結界は徐々にその範囲を狭めていき、最終的には直径十メートル程度となって、至近距離からハジメに紅い閃光を吐き出し続ける。

 

それを、時に躱し、時に銃身で逸らし、時に〝紅翼〟で防ぎ、時に撃ち落として凌いでいくハジメ。左右の手に持つドンナー&シュラークが、別々の生き物のように動き回り攻防一体を体現する。

 

紅い光を纏う無数の円月輪に、内側を駆け巡る紅い閃光が合わさり輝きを増していくその様は、まるで空に浮かぶ紅いく月のようだった。

 

「………きれい」

 

どこかうっとりとした表情で、ハジメの紅を見る度に同じ言葉を呟いてしまう雫。

 

それは、ほとんど無意識故にこぼれ落ちた本音であり、響き渡る銃声は朝の静謐をぶち壊しにいるのだが、むしろ今の方が安らいでしまった雫は、そんな紅い月に見惚れながら徐々に目蓋を重くしていき………

 

そのまま、そっと意識を落としたのだった。

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

「んぅ…………ん?」

 

どこか艶めかしさを感じさせる声を漏らしながら、雫は薄く目を開けた。意識は未だ微睡みの中にあり、焦点の合わない瞳がぽ〜っと虚空を見つめている。

 

その視線の先には木目調の天井があった。更に、半覚醒状態の意識が、背中と後頭部に柔らかな感触を伝えてくる。

 

そんな寝起きの無防備な顔を晒してぽへ〜っとしている雫に、耳慣れた声がかかった。

 

「あ、おはよ、雫。ぐっすりだったわね。もう、昼よ?」

 

「ぅ?………優花?」

 

雫が声の方へふらふらと視線を向けると、そこには確かに友達の姿があった。すっかり身支度も整えており、窓際の椅子に腰掛けたまま雫に優しい微笑みを向けている。

 

淡い水底から浮上していくように意識がはっきりとした雫は、上体を起こして女の子座りをしつつ、丸めた手で目元をゴシゴシとこすった。ぼんやりした頭で、意識がなくなる前の記憶を辿っていく。

 

「ん? 私、どうして部屋に……確か、森の奥で……っていうか、ここ、優花の部屋?」

 

【フェアベルゲン】では、ハジメ達はそれぞれ個室が用意されている。そのため、見覚えのない部屋で優花がいることからすれば、ここは優花の部屋と推測できる。

 

優花は、こてんっと首を傾げながら尋ねてくる雫の可愛いらしい姿に、いつもの雫との雰囲気の違いにクスッと笑みをこぼしながら答えた。

 

「ええ、私の部屋よ。朝、早い時間にさ、ハジメが雫を連れてきたのよ。徹夜で鍛錬してたらしいわね? まぁ、否定するわけではないけど、大迷宮から帰ってきたばかりなんだし、ちゃんと休まないとダメよ」

 

「え、えーと、そうね。ごめんなさい。そ、それで、彼が私を連れてきてくれたの? 全然、覚えていないのだけど」

 

「雫、ぐっすりだったからね。凄く疲れていた様子だったわ」

 

もう、ちゃんと休んでね、と、大好きな恋人と同じことをしてる雫に呆れた眼差しを送りながらも優しく微笑みかける優花を尻目に、雫はどこか落ち着きのなくそわそわと身を(よじ)らせた。

 

普段、ポニーテールにしている長い黒髪が下ろされているせいか、クールより大人しさを感じさせ、女の子座りと相まって中々のギャップを発揮している。

 

見れば服も脱がされており、シャツ一枚という姿。こんな姿をクラスの男子達や、雫を〝お姉様〟と呼び慕う女子達が目撃でもしようものなら、きっと鼻血で虚空にアーチを作りながら良い笑顔で血の海に沈んだことだろう。

 

雫は、頬を少し褒めながら、上目遣いでおずおずと優花に尋ねた。

 

「えっと、彼、どうやって私を?」

 

自分が風邪を引いたらいけないと思ってかハジメが運んでくれたことに心拍数が上がるのを感じつつ、嬉しさと恥ずかしさが相まってしまい雫は身悶えしそうになる。

 

そんな雫の姿が余りにも新鮮過ぎた。優花がそんな雫の反応に面白がる程に。

 

「ふふっ、ハジメね。雫を起こさないようにお姫様抱っこ(・・・・・・)で運んでたわよ。嫉妬しちゃうくらいだったわ」

 

「お、お姫様だ────」

 

優花の言葉を聞いた雫は、みるみると顔の温度が上昇していき、脳がパンクしそうになる。既に思考が回ってない状態になっている。

 

詳しく聞けば、どうやら鍛錬中に別の場所で鍛錬をしていたアレスと会ったらしく、そのまま模擬戦をしようとなったらしく、寝てる雫を優花の部屋まで運んできたらしい。なお、雫の部屋ではないのは、単に部屋が分からなかったらしい。

 

「後、抱っこされてるときなんか雫ね。寝相が良いのか、悪いのか分からないけど、気持ちよさそうな表情でハジメにスリスリしてたわよ」

 

「へ───にゃああああ”あ”あ”あ”!!」

 

更にニコニコ顔の優花から投下された爆弾発言に、それを聞いた途端、雫はぶわっと顔全体が真っ赤に染まりながら恥ずかしさの余り、部屋に響き渡るほどの絶叫を上げるのだった………。





次回で七章は終了……かな?( ; ˘-ω-)
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