遅くなりましたm(_ _)m
雲海の上を、滑るように飛行する物体がある。
降り注ぐ陽の光を浴びてキラキラと輝くそれは、トータス世界唯一無二の空飛ぶ乗り物──飛空艇〝フェルニル〟だ。
直下の雲海は、それこそ大海原のように水平線の彼方まで続いている。本来の綿菓子を彷彿とさせるような真白ではなく、青銅のような濁りがあるため尚更そう見える。
そのせいだろうか。船の形状と合わせて、今のフェルニルは、まるで空の海を遊泳する巨大マンタのようである。
「おぉ〜。全然地上が見えませんねぇ〜。上から見た樹海みたいですぅ」
ウサ耳をぴこぴこ。ブリッジの丸い窓に張り付くようにして外の景色を眺めていたシアが感嘆の声を上げた。
確かに、雲海は樹海の濃霧が作り出す霧の海を彷彿とさせる。
その光景がシアを思い出させたようだ。母──モナの墓所であり、〝とっておきの場所〟でもある大木の上でハジメと語り合った夜のことを。月光にきらめく奇跡のような霧の海を眺めながら過ごした。二人っきりの時間を。
その最愛の人とは、更に関係が深まっており、思わず「えへへ〜」と照れ笑いが浮かんでしまう。ウサ耳&ウサシッポだってご機嫌にふりっふりだ。
「……ん。シュネー雪原は常に曇天に覆われてる。地上はいつも吹雪。まさに極寒の地」
「ええ、私も数年ほど前に一度挑戦しましたが、
何やら思い出し笑いしているシアを微笑ましそうに見やりながら、隣の窓から外を眺めていたユエが説明を、ソファーに座ってティータイム中のアレスが自身の体験談を語る。
そうユエ、ティオ、アレスの語ったように、西の【魔国ガーランド】と、北の【ハルツィナ樹海】に囲まれたこの場所では、決して晴れることのない曇天が常闇の如き暗い世界を作り出し、ただでさえ最悪の視界を、更に猛烈な吹雪がホワイトアウトさせる。大地は完全に雪と氷に覆われていて、気温が氷点下数十倍以上に上がることはない。
まさに極地というに相応しい地獄のような場所だ。
「まぁ、アレスの話を聞く限りだと自然現象じゃあないだろうな」
ソファーに座る優花に膝枕して貰っているハジメが呟いた。眼帯越しに、魔眼石が青白い光を放っている。リラックスしているように見えて、外部カメラ用のアーティファクトとリンクさせた魔眼石で外をしっかりと警戒しているらしい。
「曇天も雪原も、まるで見えない境界でもあるかのように区切れておったからのぅ。……まぁ、十中八九、解放者が何らかの手を施したんじゃろうな」
ティオが感心と驚嘆の滲む声音を漏らした。
その言葉の通り、【シュネー雪原】は、完璧に外界と区切られていた。北の樹海にも、西の魔人領においても、過去一度として雪原被害が出たという記録はない。
見えない境界が、雪と氷の異界を作り出しているのだ。いくらファンタジーな世界とはいえ、自然現象である可能性は限りなく低かった。
自身の太ももに乗せるハジメの頭を嬉しそうに、優しく撫でていた優花が、思い出すように虚空へ視線を彷徨わせる。
「確か、雪原の奥に大きな
「ああ。氷と雪でできた大迷宮──氷雪洞窟だ」
「一般的には、
「まぁな。けど、確実に大迷宮だから心配いらないぞ、優花。こちとら、ミレディとリューティリスに直接聞いたし、その大迷宮を攻略したフリードもユエが言質取っている。創った連中の二人と目的の大迷宮を攻略した奴から貰った情報だからな」
あ、そういえばそうね。と、優花は納得したように頷いた。と同時に、きっと今向かう極寒も試練の一つだろうと思い、それを言葉通りショートカットしている事実に、なんとも言えない表情になる。
「それでどうじゃ、ハジメ。きちんと羅針盤は機能しておるかの?」
ティオが優花の隣に座ると、ごく自然にハジメを抱き締めた。凄まじい迫力の胸の感触がハジメに頬に伝わる。優花がニコッと笑みを浮かべる。そして、次の瞬間、ハジメをティオから奪い返すとギュッと抱き締めた。ティオも「むっ」と、負けじとハジメを奪ってギューっと抱き締める。
奪って抱き締める。また、奪って抱き締める。そんな二人の争いを気に留めず平気そうにいるハジメは問題なさそうに頷いた。
「ああ。大丈夫だ。それにしても、改めて概念魔法を付与されたアーティファクトは凄いな、これ、単に羅針盤の針が望んだ場所に向くだけじゃなく、なんとなく目的の場所とか、そこまでの距離とかが感覚で分かるなんてさ」
ハジメが、手に持つ古めかしい懐中時計のような物を少し掲げた。【ハルツィナ樹海】の大迷宮を攻略した際、創設者であるリューティリス・ハルツィナから貰い受けたアーティファクト〝
既存の魔法でも、神代魔法でもなし得ない、〝概念〟をこの世に発現させる魔法の極地──概念魔法が込められたアーティファクトだ。
リューティリス曰く、全ての神代魔法が行使可能で、かつ、現実の理を上書きする極限の意志がなければ発動しないとのことである。
かつてミレディ達解放者全員で挑んでも、たった三つの概念しか生み出せなかったというのだから、その難易度の高さは溜息ものだ。
争いは終わって二人で決めたのか、ティオと二人でハジメを抱き締めていた優花が、ハジメの感嘆混じりの言葉に、同じく感嘆を滲ませた声音で同意した。
「そうね、地球の場所もなんとなくわかったからね。本当に難しい感覚だったけど……」
「その分、魔力の消費はヤバかったけどな。まさか、今の俺が一発で魔力枯渇状態に追い込まれるとは思わなかった。危うく、白目を剥いてぶっ倒れてしまうところだったからな」
苦笑いしながら言うものの、ハジメの瞳には隠し切れない歓喜の色が滲んでいた。
この世界に来て、優花と最初に交わした最初の約束。
──優花達と共に故郷へと帰る
その鍵となる希望を、樹海の大迷宮を攻略した際に掴んだのだ。再び、あの時の微笑を浮かべるハジメ。
柔らかさと強さが同居したような、形容し難い、けれど切ないほど心を焼き付く微笑。この場の誰もがその微笑に笑みをこぼす。
室内が和やかで温かな空気が包み込む。
窓辺からユエとシアが戻ってくると、そのままユエはポスッとハジメと優花の間に収まり、シアもティオの隣に座るとハジメに話しかけた。
「いよいよ最後の大迷宮ですね! 早く攻略して、神をぶっ倒してミュウちゃんを迎えに行ってあげたいですね!」
「そうだな。元気にしてるといいが……」
この異世界で、なんとも数奇な運命のもと出会った幼き海人族の少女。自分をパパと呼び慕ってくれる彼女の存在は、ハジメの心に大きく影響を与えた。
約束をするほどに。いつか、地球に、ハジメの故郷に連れて行くと。
大陸の反対側という離れた地へ、思いを馳せるように視線を向けるハジメに、シアはにっこり微笑みながら言う。
「元気に決まってます。だって、ハジメさんの愛娘ですよ? 私達が会いに来れないなら、旅をしてでも自分から会いに行くなんて宣言しちゃう強い子です」
違いない、とハジメは笑いながら頷いた。そして、視線をシアに移す。
「カム達とも時間を取らないとな」
「ハジメさん……えへへ、ありがとうございます!」
実は、ハジメはカム達ハウリア族に対して、【フェアべルゲン】を発つ前に、この世界を離れて地球に来てみないかと提案をしていたりする。
答えは〝否〟だった。
理由も、ハジメ自身も分かっており、この提案もダメ元であった。帝国との決戦の際、彼等の決意を受け取っていた故に。
そう、この世界でも大切な者を自分達の手で守っていく決意を。
亜人族にとって厳しすぎるこの世界で、戦い続けるという決断を。
それこそが生まれ変わったハウリア族の矜恃であり、アイデンティティであると。
家族と離れることになるシアを想い、納得しながら溜息を吐かずにはいられなかったハジメに、カムは穏やかに、そして嬉しそうに笑いながら「シアを幸せにしてくれるだけで十分ですよ、ボス」と、語った。
その時のカムの顔は、紛れもなく娘を想う父親のそれだった。
神共を殺しも終えたら、両世界を行き来することを可能にする研究をしたいと考えている。とはいえ、まだ説明しかされず全容のはっきりとしない概念魔法の創作・行使となれば、すんなりとはいかないだろう。
ハジメとしては、いつか必ず実現する腹づもりであったが、それがいつになるかは分からない。今も色々な案を出してるが現実的かつ論理的な案は少なく、一番の可能性がある案は〝ハルツィナ大迷宮〟で自分の中にあると確信した強力な〝機神の力〟を上手く概念と合わせるという案を〝脳内設計〟で立ててはいるが、しかし、それは〝機神の力〟と〝概念魔法〟を扱えるという前提があり、その他にも、不確定要素が多々あるので保留している。
そんな現状てるあるために、直ぐに再会できる、と安請け合いする気はなく、神を殺し、地球への帰還方法を確立した後、最後の日くらいはシアに家族と過ごす時間を作ってやりたい。
そんなハジメの心情を手に取るように分かるシアは、それはもう、蜂蜜をたっぷりとかけたパンケーキを思う存分頬張ったような幸せいっぱいの表情で、そっとハジメの手を取った。
「でも、ハジメさん。父様達とのお別れは十分に済ませましたから。変に気を遣わないでいてくれる方が父様達も嬉しいはずです」
「そうか?」
「はいです!それに、ハジメさんはアルテナとリリアーナさんの為に頑張らないといけないですし!」
シアの言葉にハジメは、「あ」と漏らす。そして、忘れてた……と、頭に手を当てる。アルテナの件は、樹海から発つ前日に、アルフレリックから「嬉しいような嬉しくないような気持ちで複雑だが、アルテナを幸せにしてくれるなら私は構わない」と了承を得たので大丈夫だが……
「リリィはどうするか……」
リリアーナは王女だ。アルテナも姫と呼ばれてはいるが、それは長老の孫娘であるためでそう呼ばれるらしく、シアもカムが新しく長老になったため、亜人達から〝シア姫〟と呼ばれている。本人は「恥ずかしくて嫌ですぅ!」と嘆いているが……
しかし、リリアーナは違う。彼女は列記とした王女で、王国は現在は国王が不在のため、その職務は現在はリリアーナが行っている。もし、地球に連れて行くとなると王国が破綻する可能性があるが故に、リリアーナを連れていっていいのかとハジメは悩む。
そんな中、アレスが「大丈夫ですよ」と、口にしながら微笑みかける。
「リリィは、真面目であって、生粋の仕事中毒ですが、ハジメ殿の言葉を無下にはしないと思いますよ」
「本当か……?」
「ええ。ですが、あの子も心配性ですから……もしかしたら、王国が安定するまでは動かないかもしれせんが……」
「まあ、そん時は気長に待っておくよ」
「ええ、その方がリリィも嬉しいと思っていますよ」
そう言って話し合う彼等であったが、少し先の未来で、どこかの元ワーカーホリック王女様が「大好きな兄と自分の侍女が、自分の傍でイチャイチャしてるのが凄くストレスだった」と、頭を悩ましながら愛しの旦那に愚痴をこぼすことを彼等と王女様は、まだ知らない。
「ふふ、ハジメさんって、ミュウちゃんやアルテナの時でも思いましたけど、身内には過保護ですよねぇ〜」
ちょっとからかうような口調で、シアはおかしそうにくすくすと笑った。
それに合わせて、ユエもクスッと笑いながら悪戯っぽく瞳を輝かせる。
「……ん。ハジメは身内に甘々。溺れないように注意が必要」
「じゃな。妾達はハジメに守られるのではなく、隣で支えていたいからのぅ〜」
「ふふ、そうね。ハジメは一人で抱え込む性格だから私達を頼って欲しいわ」
ティオと優花まで、そんなことを言いながら笑うものだから、ハジメとしては仏頂面になるしかない。なんだか、ダメ女製造機だと言われているようで非常に居心地が悪かった。そして、腕で口を覆いながら笑うのを必死に耐えているアレスを後で、今度こそボコボコにしようと、ハジメは決心するのだった。
と、そこで、ハジメの心情を
ブリッジに入ってきたのは光輝、龍太郎、鈴、そして、雫だ。
優花、ティオ、ユエ、シア。まさに両手に花……いや、両手に二花といった状態でソファーに座るハジメを見ても、いつものことなので、誰も大した反応を見せない……
否、一人だけ、何故かピクリッと眉を痙攣させ口元をへの字に曲げた。
それに気が付いた様子もなく、ハジメは、これは幸いと話題の転換を図る。
「随分と熱心にやってたな。どうだ? アーティファクトの新機能に慣れたか?」
その言葉通り、光輝達はハジメによって改良されたアーティファクトの扱いに慣れるために、フェルニルの甲板で訓練をしていたのだ。
疲れたのか、あるいは別の理由か、一度、「ふぅ」と息を吐いた雫は、訓練の手応えを口にする。
「ええ、南雲君。おかげさまでホントに凄いわね」
「そうか、不具合はなかったか?」
そう言って、不具合はないかと尋ねるハジメに、鞘に収めた聖剣に触れながら光輝が答える。
「ああ、問題はなかった。というか驚いたよ。魔力の通りが段違いだ。出力自体も随分と上がっているし、新しい機能もかなり有用だ」
そう言いながらも、光輝の表情はなんとも複雑だ。
それは、あっさり強くなってしまったことに対してか、それとも、その原因がハジメであることに対してか。あるいは、その両方か。
そんな複雑な心情を抱いている光輝を、手を組みながらチラッと横目で見るアレスは溜息を一つ。
そして光輝に続き、快活に笑いながら龍太郎が続く。
「いやぁ、マジですごいぜ! 空中を踏むって感覚は戸惑ったけどよ、慣れればマジ使える。籠手の威力も倍増したしよ。実戦で使うのが楽しみだぜ!」
武器の改良の他にも、光輝達にはいくつかのアーティファクトが与えられている。空中に足場を作る。〝空力〟が付与されたブーツもその一つだ。
改良された籠手をガツンガツンと打ち合わせて、龍太郎は、まるで新しい
隣に座る鈴が、ちょろりんと伸びた二房のおさげ髪を盛大に煽られて、迷惑そうな顔をしつつ頷いた。
「龍太郎くん達と違って、鈴だけ完全に新しいアーティファクトだから、ちゃんと扱えるかちょっと心配だったんだけど、実際に使ってみるとすごかったよ! これで鈴も……ちゃんと戦える。守るだけじゃない。戦える!ありがとう!南雲くん!」
屈託のない、けれど強い意志を感じさせる笑顔を見せる鈴。そちらもで言えば、この旅の同行を懇願したのは鈴である。
たとえ仲間と別れることになっても、もう一度、彼女に──中村恵里に会って話をするのだと。そのために力が欲しいのだと。そう願って、決意して、最後のチャンスを与えて欲しいとハジメに頭を下げた。
文字通り、目の色が変わるほどの意気込みに対しハジメは、クハッと笑みをこぼして一言。
「それは何よりだ。存分にその力を振るってくれ」
「「「「!」」」」
そう言って、ハジメは鈴に激励を贈った。そして、ハジメの口から出た以外な言葉に、言われた本人である鈴は勿論、光輝、龍太郎、雫の三人も大きく目を見開いた。
天職〝結界師〟……守ることに天賦の才を有する彼女に、ハジメが戦うための力を与えたのは、そんな彼女の気持ちを、覚悟を、認めたていたのかもしれない。
「私も問題ないわ。むしろ、機能が多すぎて実戦の中での選択に戸惑わないか不安だけど……そこは、アレスさんの師事通り経験値を稼ぐしかないわ」
知ってるわ、私、知ってるわ。こういうのを〝魔改造〟というのよね?と言いたげな、ちょっと引き攣り気味の表情で、膝の上の相棒である黒刀──
「そいつは重畳。〝昇華魔法〟の練習がてらとはいえ、本気で手を加えた甲斐はあったみたいだな。つっても、天之川の聖剣に関しては少々納得し難いところなんだが……」
「え? ちょ、ちょっと待て南雲! なんだその不吉な言葉は!?」
まさか、さっき不具合を聞いたのは、「あれネジが一本余ったな……まぁ、ちゃんと動いてるならいっか!」みたいなノリの質問だったのか!?と光輝は顔を青ざめさせた。
ハジメは苦笑いしながら首を横に振る。
「心配すんな、そういう意味じゃねぇよ。ただ、聖剣ってのはやっぱり特別製みたいでな。キャパシティーを余すことなく、精密かつ絶妙なバランスの上に作られてんだ」
「えっと、つまりどういうことだ?」
「聖剣は、改良の余地はなく元から完成されてるアーティファクトってことだ。下手に根幹部分に手を出したら、逆に性能を弱める可能性もある。だから俺がしたのは、整備と外付けオプションの追加くらいだ。とても改造なんて言える仕事はしていない」
曰く、聖剣は相当古いアーティファクトのようで、長い年月により少し機能不全を起こしていたらしく、ハジメがしたのは、言わば錆落としのようなものだったらしい。
ハジメをして、改造の余地なしと言わせる聖剣に誰もが目を丸くした。特に、光輝はマジマジと聖剣を見つめている。
「アレスの聖槍も同様だ。それに、アレはオスカーが生み出したんじゃなく、作り直したっていう方が合っている」
「……ほう」
ハジメの言葉に、アレスが興味を示す。
「余程、扱えないほど壊れていたんだろう、アレスの聖槍は。調べると、天之川の聖剣と同じくらい古い時代に作られた代物だった。それをオスカーの奴が扱えるような作り直した感じだった。だからも俺も習って、アレスの聖槍同様に錆落としみたいなことしかしてない」
「それは、面白いことが聞けましたね」
アレスはにこやかにそう言うと、〝宝物庫〟から自身の聖槍〝ロンギヌス〟を取り出し、槍の柄の部分を指でなぞるように優しく触れる。
「ま、とにかく天之川は、アレスみたいに完全に使いこなせれば、魔人領に行っても問答無用に潰されることはないだろう。その前に大迷宮だが……まぁ、せいぜい気張れよ」
素っ気ない言葉と表現のハジメだが、与えた力は本物である。光輝達が、特に鈴が目的を果たすためにはありがたすぎるほどの恩恵だ。
「(南雲君、やっぱりちょっと光輝達との接し方が変わってるような気がするわね)」
なんとなく、雫はそう思った。この世界に転移する前は、何度も衝突していた二人。しかし今は、光輝はどう思っているのか不明だが、ハジメの方は言動は変わらないのだが、その奥には何か柔らかい感情があるように見える。
そう感じているのは、頼みを受けてもらえた鈴なども同じようで、内心では「南雲くんって、あんな顔するんだ」と思っていたりするが……もちろん、怖いので口にはしない。
と、その時だった。
ハジメが不意に視線を羅針盤に落とした。そして、目を大きく見開いた。
「っ?!」
そして、羅針盤を握りしめながらハジメは、勢いよくソファーから立ち上がった。
「ん!?」
ハジメのいきなりの行動に、ユエがビクッと体を震わし、隣で座っていた優花達や近くにいる光輝達も驚きの表情を見せる。
「ハジメどうしたの?!」
「そうよ、いきなり立ち上がってっ」
優花と雫が声をかけるも、振り向きもせずにハジメは苦い表情で前方に視線を向けるだけだったが、直後、怒声混じりのハジメの声がブリッジ内に響く。
「全員、何か掴まれ!!」
「え、どうし───」
隣の優花が問い掛けようとした次の瞬間、ブリッジ内が大きく揺れ重力の楔から解き放れたような感覚に襲われる。
「キャッ」
「ん?!」
「わわっ」
「む?!」
「おっとっ」
「っ、何?!」
「うぉお!? なんだ!」
「ぐっ!!」
「キャァァア!!」
激しい揺れに声を上げた優花達だったが同時に下腹部を殴るような急降下特有の感覚に察すると、全員が瞳に真剣さを宿す。しかし、何かに掴まってないといけないことに緊張が走る。
「ハジメ殿!! 一体何が!?」
やむを得ずに聖槍を床に突き刺して揺れに耐えているアレスがハジメに何があったと聞く。
「分からねぇ!! 何故か羅針盤の針が狂ったと同時に俺とフェルニルの魔力パスが途切れた!!」
簡潔に状況を伝えたハジメは、床に義手を突き刺しながら声を上げる。
「今から、俺とフェルニルの魔力パスを直接繋げてみる!」
そう言って、墜落する前に自身とフェルニルの魔力パスを繋げようと奮闘するハジメ。が、それを許さないのかフェルニルは既に雲海へ突入し、窓の外は陽光が失せ、代わりに、塗り絵でもしたかのような灰色の雲一色に染まっていた。
そこに、稲光らしき閃光が迸った。刹那、フェルニルに更なる衝撃が走る。雷がフェルニルを襲ったらしい。全員が息を呑む中、ハジメも緊張が走り冷や汗を流す。光輝達も表情を強ばらせる。
「は!? 翼がやられた!」
暴風と雨粒が弾丸のように窓を叩き、石が弾けるような連続した音がブリッジに響く中、ハジメの驚愕に満ちた声が響いた。
無数の氷の礫が、激しさを増す落雷が襲い更に船体にダメージを与えていくことにハジメが奥歯を噛み砕くほど勢いで苦い表情になる。
「(くそっ、駄目だ!このままだと墜落する!!)」
ハジメがそう思ったと同時に今後の予定を替える。
「全員、口を閉じろ!! 今から地上に降りる!衝撃が来るだろうが、無事に全員生還させる!」
ハジメはそう言い切ると、更に魔力を流していく。それを見たハジメ以外の全員は顔を見合わすと頷き合い目を閉じて、次に目を開ける時も自分が無事なことを願う。
「ウォォォォオ!!」
雄叫びを上げながらフェルニルの緊急着陸を始めていくハジメ。船体が傷付き、色々な箇所が損傷して操作の難易度が跳ね上がっているが、〝瞬光〟などを発動して対応するも、目が血走り、鼻と口から少量の血が流れ、全身から魔力の奔流が迸って痛みを与えていく。
そんな生死を賭けた過酷な状況にハジメは不敵な笑みを浮かばせ、
「クハッ……やってやらぁぁあ!!」
そう叫びながらハジメは、フェルニルを可能な限り操縦で、降下速度を落としていく。
そして、ハジメ達を乗せたフェルニルは地上へ落ちるかのうよに降下していくのであった……。