何とか幼なじみを説得する事が出来たハジメは若干、疲れてしまうも生徒達のいる席に向かい、腰を下ろして安堵した溜息を吐いた。
「ふぅ……やっと、納得して貰った」
何処まで先生達に話そうかとハジメは考えながらユエとシアに視線を転じたが二人はまだ奈々と妙子と楽しそうに会話をしていた。
「……それでハジメがねっ、見捨てずに私を救ってくれたの」
「私もハジメさんは家族や私みたいな亜人族を差別せずに救って嬉しかったんですぅ〜」
「こんなの聞かされるとユエさん達が、ハジメっちに惚れてしまうのは分かるかもね〜。ねっ、タエ?」
「うん、まぁ分かるけど……うん、ハジメなら絶対しそうだし………そういう性格は昔からだし……」
「……ん、やっぱ二人はハジメの事がわかってる?」
「それは……ね〜?」
「十二年近く幼なじみやってるからね。あの馬鹿のやりそうな事ぐらいなんとなく想像できるわ」
「おお、流石幼なじみですねぇ〜」
「えっへん、敬え!」
「奈々、調子乗らない」
ポカッと、妙子が奈々の頭を小突く。
「アダッ」
四人はそんなガールズトークを繰り広げていると妙子は自分達にとって確かめたい事を聞く。
少し目を細め真剣な眼差しを向けながら………
「ねぇ、ユエさん、シアさん……二人は、えっと、優花と会ったらどうするの? もし、優花からハジメを奪おうとするなら……」
妙子の言葉の意図を察したユエは、首を横に振り嘘でもない本当のことを伝える。
「……そこは、安心して。私も優花に会ってみたいし、認めて貰う様に頑張るから」
「私もユエさんと同じです。それに、優花さんと色々とハジメさんについて話してみたいですし」
「うんうん。ユウカっちは私達よりもハジメっちの事を知ってるし話すから凄いよぉ〜」
「……ん、楽しみにしてる」
妙子の質問をユエは親指を立てながら、シアもただただ話してみたいと二人共、妙子の言った事はしないとかえした。それを見た妙子は笑みを零した。
「……よし」
少し心配だったが仲良さそうに話す四人にハジメは安心してると、四人のガールズトークも終わったのか全員が席に着い段階でお話しという尋問を受けるハジメは、目の前の今日限りというニルシッシルに夢中で端折りに端折った答えをおざなりに返していく。
Q、橋から落ちた後、どうしたのか?
A、オルクスの〝奈落〟という場所に行き着いた。
Q、なぜ白髪なのか?
A、生きる為に魔物の肉を食ったら、色素が落ちた。
Q、その目はどうしたのか?
A、強い魔物と戦ったら溶けて失った。
Q、なぜ、直ぐに戻らなかったのか
A、戻るよりもやるべき事を見つけた。それに王国に戻ったところで何も得れないと判断したから。
そこまで聞いて愛子が、「もっと詳しく答えなさい!」と頬を膨らませて怒る。しかし全く、迫力がないのが物悲しく、ハジメは特に感じることなく、ニルシッシルを食べるのを専念した。
その様子にキレたのは、愛子専属護衛隊隊長のデビッドだった。見た感じ、先生に好意があるのが丸わかりだったので、愛する女性が蔑ろにされていることに耐えられなかったのだろう。拳をテーブルに叩きつけながら大声を上げた。
「おい、お前! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」
ハジメは、チラリとデビッドを見ると、はぁと溜息を吐いた。
「食事中だぞ? 教会の神殿騎士なら行儀よくしろよ」
全く相手にされていないことが丸分かりの物言いに元々、神殿騎士にして重要人物の護衛隊長を任されているということから自然とプライドも高くなっているデビッドは、我慢ならないと顔を真っ赤にした。
そして、何を言ってものらりくらりとして明確な答えを返さないハジメから矛先を変え、その視線がシアに向く。
「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう」
侮蔑をたっぷりと含んだ眼で睨まれたシアはビクッと体を震わせた。ブルックの町では、宿屋での第一印象や、キャサリンと親しくしていたこと、ハジメの存在もあって、むしろ友好的な人達が多かったし、フューレンでも蔑む目は多かったが、奴隷と認識されていたからか直接的な言葉を浴びせかけられる事はなかった。
つまり、ハジメと旅に出てから初めて、亜人族に対する直接的な差別的言葉の暴力を受けたのである。有象無象の事など気にしないと割り切ったはずだったが、少し、外の世界に慣れてきていたところへの不意打ちだったので、思いの他ダメージがあった。シュンと顔を俯かせてしまったシア。
よく見れば、デビッドだけでなく、チェイス達他の騎士達も同じような目でシアを見ていた。彼等がいくら愛子達と親しくなろうと、神殿騎士と近衛騎士である。聖教教会や国の中枢に近い人間であり、それは取りも直さず、亜人族に対する差別意識が強いということでもある。
何せ、差別的価値観の発信源は、その聖教教会と国なのだから。デビッド達が愛子と関わるようになって、それなりに柔軟な思考が出来るようになったといっても、ほんの数ヶ月程度で変わる程、根の浅い価値観ではないのである。
あんまりと言えばあんまりな物言いに、思わず愛子が注意をしようとするが、その前に俯くシアの手を握ったユエが、絶対零度の視線をデビッドに向けた。
最高級ビスクドールのような美貌の少女に体の芯まで凍りつきそうな冷ややかな眼を向けられて、デビッドは一瞬たじろぐも、見た目幼さを残す少女に気圧されたことに逆上する。
普段ならここまでキレやすい人間ではないのだが、思わず言ってしまった言葉に、愛しい愛子からも非難がましい視線を向けられて軽く我を失っているようだった。
「何だ、その眼は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」
思わず立ち上がるデビッドを、副隊長のチェイスは諌めようとするが、それよりも早く、ユエの言葉が騒然とする場にやけに明瞭に響き渡った。
「……小さい男」
それは嘲りの言葉。たかが種族の違い如きで喚き立て、少女の視線一つに逆上する器の小ささを嗤う言葉だ。唯でさえ、怒りで冷静さを失っていたデビッドは、よりによって愛子の前で男としての器の小ささを嗤われ完全にキレてしまった。
「……異教徒め。そこの獣風情と一緒に地獄へ送ってやる」
無表情で静かに呟き、傍らの剣に手をかけるデビッド。突如現れた修羅場に、生徒達はオロオロし、愛子やチェイス達は止めようとする。だが、デビッドは周りの声も聞こえない様子で、遂に鞘から剣を僅かに引き抜いた。
その瞬間、ドパンッ!と銃声が一つ。
「一々、聞いてりゃあ、うるせぇよ」
「ガッ!」
ハジメはデイビッドにゴム弾で額を撃って、即座に飛んで眼前に移動すると、デイビッドの首を締めるように掴む。誰もが、今起こった出来事を正しく認識できず硬直していた。
しかし、視線は、白目を向いてハジメに掴まれているデビッドに向けられたままだ。と、そこへ、大きな破裂音がし何事かと、フォスがカーテンを開けて飛び込んできた。そして、目の前の惨状に目を丸くして硬直する。
代わりに、フォスが入ってきた事で愛子達が我を取り戻した。その間にハジメは白目を向いたままのデイビッドをゴミのように投げ捨て、ドンナーをホルスターに閉まい全体に聞こえるようにそして、教会の騎士達だけに〝威圧〟を発動して愛子に冷えきった声音で告げた。
「先生、俺が戻らなかった理由の一つはこれだ。こいつ等、教会はゴミだ。信用も、信頼も出来ない、ただ魔力が持っていない、人とは違う特徴を持つだけで亜人を差別する奴等に俺は力を貸さない。寧ろ敵側についた方がマシだと思っている」
わかったか?そう眼で問いかけるハジメに、誰も何も言えなかった。直接、視線を向けられたチェイス達騎士は、かかるプレッシャーに必死に耐えながら、僅かに頷くので精一杯だった。
ハジメは、続いて愛子と幼なじみ達にも視線を転じる。愛子は、何も言わない。いや、言えないのだろう。迸る威圧感のせいだけでなく、ハジメは自分達の知らない間に何を得てそんな発言をしている理由を、そして何かを一人で背追い込もうとしているハジメに愛子の教師としての矜持が許さなかった。
「はぁ……」
少しやり過ぎたとハジメは、溜息を吐き肩を竦め〝威圧〟を解いた。愛子から返事はなかったが、なんとなくその心情を察したハジメは、無理に返事を求めなかった。幼なじみ達以外の生徒達は、明らかに怯えた様子だったので、敢えて関わっては来ないだろうと推測した。
凄まじい圧迫感が消え去り、騎士達がドウッと崩れ落ちて大きく息を吐いた。愛子達も疲れたように椅子に深く座り込む。ハジメは、何事もなかったように食事を再開しながら、シュンとしているシアの頭を撫でながら話しかけた。
「シア。これが〝外〟での普通なんだ。気にしていたらキリがないぞ?」
「はぃ、そうですよね……わかってはいるのですけど……やっぱり、人間の方には、この耳は気持ち悪いのでしょうね」
「そんな事ない」
「ふぇ?」
「俺はシアの耳は好きだぞ」
「……私も」
「……ハジメさん、ユエさんっ!」
少し照れた感じで自分を褒めるハジメとユエにシアが涙目から一瞬に赤く染まった頬を両手で押さえイヤンイヤンし、頭上のウサミミは「わーい!」と喜びを表現する様にわっさわっさと動く。
それで、シリアスな雰囲気は一気に吹っ飛んでしまった。
すると神殿騎士の一人のチェイスが、場の雰囲気が落ち着いたのを悟り、デビッドの治癒に当たらせる。同時に、警戒心と敵意を押し殺して、微笑と共に問い掛けた。ハジメの事情はともかく、どうしても聞かなければならない事があったのだ。
「あのオルクスで行方不明となった南雲君でいいでしょうか? 先程は、隊長が失礼しました。何分、我々は愛子さんの護衛を務めておりますから、愛子さんに関することになると少々神経が過敏になってしまうのです。どうか、お許し願いたい」
「……それで?」
「はい。そのアーティファクト……でしょうか。寡聞にして存じないのですが、相当強力な物とお見受けします。弓より早く強力にもかかわらず、魔法のように詠唱も陣も必要ない。一体、何処で手に入れたのでしょう?」
「…………」
予想通りドンナーに興味を示すチェイスは微笑んでいるが、目は笑っていない見え見えのポーカーフェイスでハジメはやはりかと呆れる。
それにチェイスは、先ほどのやり取りで、魔力が使われたような気配がないことから、弓のように純粋な物理な機構が用いられているなら量産が可能かもしれないと考えているだろう。
そして、そうなれば、戦争の行く末すら左右しかねないため、自分達が束になってもハジメには敵わないかもしれないとは思いつつも、聞かずにはいられなかったのだ。
彼の質問を無視するハジメが、チラリとチェイスを見る。そして、断ろうと言いかけたその時、興奮した声によって遮られた。クラス男子の玉井淳史だ。
「そ、そうだよ、南雲。それ銃だろ!? 何で、そんなもん持ってんだよ!」
「(おい、玉井ィィ!)」
玉井の叫びにチェイスが反応して、ハジメは内心、玉井にツッコミを入れて射殺すような目つきで玉井を睨みつける。それに気付いた玉井がブルっと体が震えた。
「銃? 玉井は、あれが何か知っているのですか?」
「え? ああ、そりゃあ、知ってるよ。俺達の世界の武器だからな」
しかし、続けて玉井の言葉にチェイスの眼が光る。そして、ハジメをゆっくりと見据えた。
「ほぅ、つまり、この世界に元々あったアーティファクトではないと……とすると、異世界人によって作成されたもの……作成者は当然……」
「……俺だな」
玉井のせいで隠すのは無理と判断した、ハジメは、あっさりと自分が創り出したと答えた。チェイスは、ハジメに秘密主義者という印象を抱いていたため、あっさり認めたことに意外感を表にする。
「あっさり認めるのですね。南雲君、その武器が持つ意味を理解していますか? それは……」
「この世界の戦争事情を一変させる……だろ? 量産できればな。大方、言いたいことはやはり戻ってこいとか、せめて作成方法を教えろとか、そんな感じだろ? 当然、全部却下だ。諦めろ」
取り付く島もないハジメの言葉。だが、チェイスも食い下がる。ハジメという最大戦力の確保と銃はそれだけ魅力的だったのだ。
「ですが、それを量産できればレベルの低い兵達も高い攻撃力を得ることができます。そうすれば、来る戦争でも多くの者を生かし、勝率も大幅に上がることでしょう。あなたが協力する事で、お友達や先生の助けにもなるのですよ? ならば……」
「なんと言われようと、協力するつもりはない。奪おうというなら敵とみなすし、後、言ったろ? 俺は教会を信用してないって、信用できねぇ奴等に協力する事は断じて無い」
それに、と続け様にハジメはチェイスのすぐ隣へと移動する。チェイスはいつの間にか隣に現れたハジメに驚愕する。
「もし、妙子や奈々を人質にしてみろ。そしたら、必ず俺は完全に教会を潰しに行くからな」
「っ!」
ハジメの静かな言葉に全身を悪寒に襲われ口をつぐむチェイス。そこへ愛子が執り成すように口を挟む。
「チェイスさん。南雲君には南雲君の考えがあります。私の生徒に無理強いはしないで下さい。南雲君も、あまり過激な事は言わないで下さい。もっと穏便に……。後、南雲君は、本当に戻ってこないつもり何ですか?」
「ああ、まだ戻るつもりはない。明朝、仕事に出て依頼を果たしたら、そのままここを出る。だが、いずれ目的を成したら先生たちの下へ戻るから安心しろ」
「どうして……」
「………世界のためだ」
それだけ言って立ち去ろうとするハジメに黙っていられなかった二人の幼なじみも待ったをかける。
「「ハジメ(っち)」」
「………二人に渡しておく」
二人が悲しそうにハジメを見やり、理由を聞こうとするが、それより早くハジメが席を立ち二人の幼なじみにある一枚の紙を渡して、ユエやシアの食事を終えたのを確認すると愛子達の引きとめを無視して二人を連れ二階への階段を上っていってしまった。
愛子自身も、怒涛の展開と教え子の変貌に内心激しく動揺しており、離れていくハジメを引き止めることができなかった。
チェイスは、傍らで治癒をかけられているデビッドの姿を見ながら、何かを深く考え込んでいる。
奈々と妙子はハジメが席を立った瞬間、自分達に渡されたメモのような紙に書かれた内容を見ていた。
食事はすっかり冷めてしまい、食欲も失せた。目の前の料理を何となしに眺めながら、幼なじみ達以外の誰もが、ハジメが退席した事で改めて〝ハジメの生存〟について深く考え始めた。
皆一様に沈んだ表情で、その日は解散となった。
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夜中。深夜を周り、一日の活動とその後の予想外の展開に精神的にも肉体的にも疲れ果て、誰もが眠りついた頃、しかし、愛子は未だ寝付けずにいた。愛子の部屋は一人部屋で、それほど大きくはない。木製の猫脚ベッドとテーブルセット、それに小さな暖炉があり、その前には革張りのソファーが置かれている。
冬場には、きっと揺らめく炎が部屋を照らし、視覚的にも体感的にも宿泊客を暖めてくれるのだろう。
愛子は、今日の出来事に思いを馳せ、ソファーに深く身を預けながら火の入っていない暖炉を何となしに見つめる。
すると、ドアからノックの音が聞こえ愛子は向かってドア越しから声をかけた。
「誰ですか〜、こんな時間に?」
「愛ちゃん私達だよ少し開けてくれない?」
「開けて〜。愛ちゃん先生〜」
「菅原さんと宮崎さん?」
愛子は何故、二人はこんな時間に此処へ? と思ったが何か理由があると思いドアを開けた瞬間、奈々が愛子に抱き着いた。
「あっ、開いた」
「愛ちゃんー」
「わっ、 宮崎さん、いきなり抱きつかないで下さい!」
「ゴメンってぇ〜愛ちゃん抱き心地がいいもん」
「抱き心地ってなんですか?!私は先生ですよ!って、それで、二人はどうして私の部屋に?」
「えっと〜」
「ハジメに貰った紙に夜中に愛ちゃん先生の部屋に来て欲しいとあったので」
「えっ! 南雲君が?」
「はい、話したい事があるからって……」
「そうなんですか…」
愛子はハジメが話したい事はなんなのかと考えてると、窓の方から声が聞こえた。
「おっ三人共、集まったようだな」
「「「!」」」
ギョッとして声がした方へ振り向く三人。そこには、窓の近くの壁にもたれながら腕を組んで立つハジメの姿があった。驚愕のあまり舌がもつれながらも何とか言葉を発する愛子。
「な、南雲君? な、なんでここに、どうやって……」
「ハジメ、デリカシーないよ」
「ハジメっち……」
三人のジト目にハジメは平謝りする。
「いや、そんな顔すんなよスマン。後、先生、忘れたか俺の天職は錬成師だぞ」
ハジメの突然の登場に驚いていた愛子だが、落ち着きを取り戻し問い掛けた。
「こんな時間に、しかも女性の部屋にノックもなくいきなり侵入とは感心しませんよ。わざわざ菅原さん達も呼んで……一体、どうしたんですか?」
ハジメは、そんな愛子のお叱りを柳に風と受け流し、非常識な来訪の目的を告げた。
「まぁ、そこは悪かったよ。他の連中に見られたくなかったんだ、この訪問を。先生と妙子達には話しておきたい事があったんだが、さっきは、教会やら王国の奴等がいたから話せなかったんだよ。内容的に、アイツ等、発狂でもして暴れそうだし」
「話ですか?」
もしや、本当は戻ってくるつもりなのではと、期待に目を輝かせる愛子。生徒からの相談とあれば、まさに教師の役どころであると思ったのだろう。しかし、ハジメは、その期待を即行で否定していく。
「いや、すまないが、まだ戻るつもりはない。だから、そんな期待した目で見るのは止めてくれ……今から話すことは、先生と妙子と奈々が一番冷静に受け止められるだろうと思ったから話す。聞いた後、どうするかは三人の判断に任せるよ」
そう言ってハジメは、オスカーから聞いた〝解放者〟と狂った神の遊戯の物語を話し始めた。
ハジメが、愛子にこの話をしようと思ったのは、もちろん理由がある。神の意思に従って、勇者であるキラキラ野郎達が盤上で踊ったとしても、彼等の意図した通り神々が元の世界に帰してくれるとは思えなかった。魔人族から人間族を救う、すなわち起こるであろう戦争に勝利したとしても、それはそもそも神々が裏で糸を引いている結果だ。
勇者などと言う面白い駒をそうそう手放す訳が無い。むしろ、勇者達を利用して新たなゲームを始めると考えた方が妥当である。
ただ、ハジメとしては、その事を、わざわざキラキラ野郎達を捜し出して伝えるつもりはなかった。ハジメにとって大切な幼なじみ達を連れて行けば良いことだ。
それに、仮に伝えたとしても、あの正義感と思い込みの塊のような男が、敵対心を抱いているハジメの言葉を信じるとは思えなかった。
たった一人の、しかも変貌した少年の言葉と、大多数の救いを求める声、どちらを信じるかなど考えるまでもない。むしろ、大勢の人たちが信じ、崇める〝エヒト様〟を愚弄したとして非難されるのがオチだろう。そう言う意味からも、ハジメはキラキラ野郎に関わるつもりは毛頭なかったのである。
だが、偶然に偶然が重なって、何の因果か愛子と幼なじみの二人と再会することになった。ハジメは、知っている。愛子の行動原理が常に生徒を中心にしていることを。つまり、異世界の事情に関わらず、生徒のために冷静な判断ができるということだ。
そして、日本での慕われ具合と、今日のクラスメイト達の態度から、愛子が話したのなら、きっと彼女の言葉は光輝達にも影響を与えるだろう、とハジメは考えた。
妙子と奈々には知って欲しいから呼ぶことにした。
その結果、彼等の行動にどのような影響が出るのかはわからない。だが、この情報により、光輝達が神々の意図するところとは異なる動きをすれば、それだけ神の光輝達への注意が増すはずだ。
ハジメは、大迷宮を攻略する旅中で自分が酷く目立つ存在になると推測しており、最終的には神々から何らかの干渉を受ける可能性を考えている。なので、間接的に信頼のある人物から情報を伝えてもらうことで、光輝達の行動を乱し、神から受ける注目を遅らせる、ないし分散させることを意図したのである。
また、神に縋る以外で、更に一つの目的であるハジメとも異なる帰還方法を探ってくれるのではという意図も僅かにある。更に言えば、かつて〝解放者〟がされたように、本来味方であるはずの人々を操り敵対させるという方法を光輝達で再現されないように、神への不信感を植えつけることで楔を打っておくという意図もある。
もっとも、この考えは偶然愛子と幼なじみ達に再会したことからの単なる思いつきであり、ハジメ自身大して期待していない。ハジメとしては、クラスメイト達に対して恨みも憎しみもない。ただ、自分にとっての大切な人達を守りたいだけである。
利用できればそうするし、役に立ちそうになければ放置である。今回は、たまたま利用できそうなので情報を開示したに過ぎない。
ハジメから、この世界の真実を聞かされ呆然とする三人。どう受け止めていいか分からないようだ。情報を咀嚼し、自らの考えを持つに至るには、まだ時間が掛かりそうである。
「まぁ、そういうわけだ。俺が奈落の底で知った事はな。これを知ってどうするかは先生と二人に任せるよ。戯言と切って捨てるもよし、真実として行動を起こすもよし。好きにしてくれ」
「な、南雲君は、もしかして、その〝神々〟をどうにかしようと……旅を?」
「あぁ、俺は神殺しをするつもりだ」
「アテがあるのハジメ?」
「うん、そうだよっ、絶対に危ないてっ!」
「危ないのは承知だし、アテなら大迷宮が鍵だ。興味があるなら探索したらいい。オルクスの百階を超えれば、めでたく本当の大迷宮だ。もっとも、今日の様子を見る限り、行っても直ぐに死ぬと思うけどな。あの程度の〝威圧〟に耐えられないようじゃ論外だがな」
三人は、夕食時のハジメから放たれたプレッシャーを思い出す。そして、どれだけ過酷な状況を生き抜いたのかと改めてハジメに同情やら称賛やら色々なものが詰まった複雑な目差しを向けた。
「奈々、同情なんかしなくていい」
「うっ、でも……」
「俺はお前達と浩介、そして優花と再会する為にも必死にもがいて生きて来たんだ。まだちゃんとした再会は先だと思うがな……そうえば優花は王国いるのか?」
「いや、大迷宮よハジメ」
「はあっ?! 何で、優花が大迷宮に一人でか?」
「そこは安心して、浩ちんがついてるから」
「浩介がついてるなら……まぁ、うん安心は出来る」
「どうしたのハジメ? そんなに焦って?」
「いや、無事なら良い。しかし手紙のやり取りをしてるなら伝えてくれないか? 本当に注意するのは魔物じゃなく仲間の方だ」
「「「!」」」
「どっ、どういう事ですかっ?!」
「玉井達の反応を見て俺はベヒモスと一緒に落ちた事になってんだろ?」
「はい、そう聞きましたけど……」
「それは違う、本当は俺と優花を明確に狙って魔法をぶつけられた」
「え? 誘導? 狙って?」
「やっぱり!」
わけがわからないといった表情の愛子と自分達の考えた事が当たったことに驚く二人だが、ハジメは、容赦なく愛子を更なる悩みに突き落とす言葉を残す。
「俺は、クラスメイトの誰かに殺されかけたって事だ」
「ッ!?」
顔面を蒼白して硬直する愛子に「もし、優花と浩介が大迷宮にいるなら連れ戻して欲しい。後、妙子と奈々も元気にやっていてくれ」と言い残し、ハジメは部屋を出ていったのだった。
シンとする部屋に冷気が吹き込んだように錯覚し、愛子は両腕で自らの体を抱きしめ蹲り、妙子と奈々が駆け寄って励ましていた。
しかし、愛子は動揺せずにいられなかった。大切な生徒が仲間を殺そうとしたかもしれない。それも、死の瀬戸際で背中を狙うという卑劣な手段で。生徒が何より大切な愛子には、受け入れ難い話だ。だが、否定すればハジメの言葉も理由もなく否定することになる。生徒を信じたい心がせめぎ合う。
そんな愛子に奈々と妙子はある提案をした。
「愛ちゃん先生、私達に考えがあります」
「考えですか……」
「はい、私達もまだハジメと話したい事があります。ですので───」
妙子は愛子にある提案を話した。
「! それは良い考えですねっ、分かりました!皆さん明日は頑張りますよっ!」
「「はいっ!」」
そうして、ある宿の下、一人の教師と二人の生徒は団結したのだった……。
ハジメと玉井との関わり
ハジメから玉井への印象は同じクラスメイトぐらい。
玉井からハジメへの印象は不良だけど頭が良く、女子にモテて、裏女神である優花とは恋人のような関係が非常に羨ましいと思っている。