ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

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三十二話 北の山脈地帯

 

──夜明け

 

月が輝きを薄れさせ、東の空がしらみ始めた頃、ハジメ、ユエ、シアの三人はすっかり旅支度を終えて〝水妖精の宿〟の後にする。

手には、移動しながら食べられるようにと握り飯が入った包みを持っている。極めて早い時間でありながら、嫌な顔一つせず、朝食にとフォスが用意してくれたものだ。流石は高級宿、粋な計らいだと感心しながらハジメ達は遠慮なく感謝と共に受け取った。

 

朝靄が立ち込める中、ハジメ達はウルの町の北門に向かう。そこから北の山脈地帯に続く街道が伸びているのだ。馬で丸一日くらいだというから、魔力駆動二輪で飛ばせば三、四時間くらいで着くだろう。

 

ウィル・クデタ達が、北の山脈地帯に調査に入り消息を絶ってから既に五日。生存は絶望的だ。ハジメも、ウィル達が生きている可能性は低いと考えているが、万一ということもある。生きて帰せば、イルワのハジメ達に対する心象は限りなく良くなるだろうから、出来るだけ急いで捜索するつもりだ。幸いなことに天気は快晴。搜索にはもってこいの日だ。

 

幾つかの建物から人が活動し始める音が響く中、表通りを北に進み、やがて北門が見えてきた。と、ハジメはその北門の傍に複数の人の気配を感じ目を細める。特に動くわけでもなくたむろしているようだ。

 

朝靄をかきわけ見えたその姿は……愛子と生徒五人の姿だった。

 

「……何となく想像つくけど一応聞こうか……何してんの?」

 

ハジメが半眼になって愛子に視線を向ける。

 

「私達も行きます。行方不明者の捜索ですよね? 人数は多いほうがいいです」

 

「却下だ。行きたきゃ勝手に行けばいい。が、一緒は断る」

 

「な、なぜですか?」

 

「単純に足の速さが違う。先生達に合わせてチンタラ進んでなんていられないんだ」

 

見れば、愛子達の背後には馬が人数分用意されていた。しかし、ハジメは乗馬できるのか?と訝しげな視線を送る。特に奈々に対して、

 

「アレ……なんか私、ハジメっちに馬鹿にされている気がする」

 

奈々が何か言ってるがスルーし、ハジメは愛子達の横を通り過ぎようとすると、妙子が脅し紛いの発言を吹っかけてきた。

 

「あら、そんな事言って良いの?」

 

「あ?」

 

「手紙で優花にハジメが女の子を二人侍らせてるって伝えとくわ。色々と脚色を入れてね」

 

「おいっ、それは卑怯だぞ!」

 

「じゃ、どうするの、ハ・ジ・メ?」

 

妙子の脅しに声を荒あげるが、妙子は我関せず「ヘイ、言っちゃうよ〜」と煽り口調でどんどんハジメを追い込んでいく。

 

「グッ……はぁ〜、わかった。わかった同行を許すから優花に変な事を伝えないでくれ頼む」

 

「交渉成立ね」

 

「はいはい」

 

妙子の脅しに屈したハジメは腹を括り、彼、彼女達の同行を許すと愛子が寄って来た。

 

「南雲君、先生は先生として、どうしても南雲君からもっと詳しい話を聞かなければなりません。だから、きちんと話す時間を貰えるまでは離れませんし、逃げれば追いかけます。南雲君にとって、それは面倒なことではないですか? 移動時間とか捜索の合間の時間で構いませんから、時間を貰えませんか? そうすれば、南雲君の言う通り、この町でお別れできますよ」

 

「………分かったよ、先生。だが、着いていっても話せることなんて殆どないぞ」

 

「構いません。ちゃんと南雲君の口から聞いておきたいだけですから」

 

「はぁ、全く、先生はブレないな少し安心するよ」

 

「当然です!」

 

ハジメが折れたことに喜色を浮かべ、むんっ!と胸を張る愛子。どうやら交渉が上手くいったようだと、生徒達もホッとした様子だ。

 

「……ハジメ、連れて行くの?」

 

「ああ、この人は、どこまでも〝教師〟なんでな。生徒の事に関しては妥協しねぇだろ。放置しておく方が、後で絶対面倒になるし……妙子のあの脅しには流石に敵わない」

 

「ほぇ~、ハジメさん妙子さんには弱いんですね」

 

「いや、単に脅しが怖いだけだ」

 

「ハジメ、何か言った?」

 

「なにも言ってないぞ〜」

 

妙子のニコニコと問い詰めて来たが棒読みで返事をするハジメは、この人数では二輪は無理な為、宝物庫から魔力駆動四輪〝ブリーゼ〟を取り出した。

まるで軍事用のハマーを彷彿とさせる重厚感なフォルムに、一見して分かる外付けの武装が搭載されているせいか更に重厚感が増している。艶消しのブラックカラーと、後方に銃座まるピックアップタイプの巨体は、遠見で見れば進路上の一切合切を轢殺せんとする魔物に見えるかもしれない*1

ポンポンと大型の四輪車を消したり出現させたりするハジメに、おそらくアーティファクトを使っているのだろうとは察しつつも、やはり驚かずにはいられない愛子達。

 

「こ、これは車?!」

 

「ハジメっち、こんなの作ってたの?!」

 

異世界で車を見て騒ぐ愛子達の横でハジメは「乗れない奴は荷台で頼む」と言い残して運転席に行くのであった。

 

 

前方に山脈地帯を見据えて真っ直ぐに伸びた道を、ハマーに似た魔力駆動四輪〝ブリーゼ〟が爆走する。

サスペンションがあるので、街道とは比べるべくもない酷い道ではあるが、大抵の衝撃は殺してくれる上、二輪と同じく錬成による整地機能が付いているので、車内は当然、車体後部についている硬い金属製の荷台に乗り込むことになった男子生徒も特に不自由さは感じていないようだった。

 

そして、車内ではハジメは愛子と夜で聞けなかった互いの情報交換をしており今は失踪している清水の事を聞いていた。

 

「へぇー、清水の奴がいなくなったのか……」

 

「はい。突然、清水君がいなくなりまして……あんな積極的に貢献していたのに…」

 

「……そうか」

 

しかし、清水は勝手に居なくなる奴じゃないと知っているハジメは首を傾げながら、昔のこと、自分と清水と初めて会った時のことを思い出していた。

 

 

一年ほど前。

 

集団でイジメられていた男子生徒を助けたハジメは男子生徒の肩に手を置いて心配する。

 

『おい、大丈夫か?』

 

『えっ、あ、あの! ありがとう! 助けてくれて。でも君も怪我がっ』

 

『あー、怪我のことは心配すんな、平気だからな。俺は南雲ハジメだ。 お前は?』

 

『し、清水幸利です』

 

『そうか、清水とりあえず、お前もケガしてるから一緒に保健室行くか?』

 

『う、うん』

 

それが清水幸利とハジメの最初の関わりを持った日り

 

それを思い出していたハジメも、行方不明の清水のことが気になる。北の山脈には複数の【遺跡】もあるらしく、もしかしたら清水はそこにいる可能性もある。

 

「もし、山脈に清水の痕跡が見つかったなら捜すのを手伝おう」

 

「! 南雲君、ありがとうございます!」

 

ハジメはウィルの件が優先であるが清水にはそれなりに友好関係があったので捜索の手伝いを了承した。

 

 

──北の山脈地帯

 

標高千メートルから八千メートル級の山々が連なるそこは、どういうわけか生えている木々や植物、環境がバラバラという不思議な場所だ。

日本の秋の山のような色彩が見られたかと思ったら、次のエリアでは真夏の木のように青々とした葉を広げていたり、逆に枯れ木ばかりという場所もある。

また、普段見えている山脈を越えても、その向こう側には更に山脈が広がっており、北へ北へと幾重にも重なっている。

現在確認されているのは六つ目の山脈までで、その向こうは完全に未知の領域である。

何処まで続いているのかと、とある冒険者が五つ目の山脈越えを狙ったことがあるそうだが、山を一つ越えるたびに生息する魔物が強力になっていくので、結局、成功はしなかった。

そして、もう一つ北の山脈が危険な理由は【遺跡】の多さだ。今、確認されている遺跡の数は十を超えており、四つ目の山脈ぐらいまでなら第三級程度の遺跡でるがそれ以降はレベルが違うらしく、六つ目の山脈まで発見された遺跡は金ランク級相当の遺跡だった。もしかしたらそれ以降の山脈にはランクEXの【未踏破遺跡】が眠っているかもしれない。

それ故に、ギルドは北山脈の六つ目以降の山脈にいる強力な魔物達はランク不明の遺跡から溢れ出た魔物だと考えているため、第一級未満の冒険者の立ち入りを禁止しており、破った者は自己責任らしい。

 

ちなみに、第一の山脈で最も標高が高いのは、かの【神山】である。今回、ハジメ達が訪れた場所は、神山から東に千六百キロメートルほど離れた場所だ。

紅や黄といった色鮮やかな葉をつけた木々が目を楽しませ、知識あるものが目を凝らせば、そこかしこに香辛料の素材や山菜を発見することができる。ウルの町が潤うはずで、実に実りの多い山である。

 

麓にブリーゼを止めると、しばらく見事な色彩を見せる自然の芸術に見蕩れた。女性陣の誰かが「ほぅ」と溜息を吐く。先程まで、生徒の膝枕で爆睡するという失態を犯し、真っ赤になって謝罪していた愛子も、鮮やかな景色を前に、彼女的黒歴史を頭の奥へ追いやることに成功したようである。

 

「広いな……アレを使うか」

 

ハジメは、もっとゆっくり鑑賞したい気持ちを押さえつつ、ブリーゼを〝宝物庫〟に戻すと、代わりに実用試験と兼ねて、とある物を取り出した。

それは、全長三十センチ程の鳥型の模型と小さな石が嵌め込まれた指輪だった。模型の方は灰色で頭部にあたる部分には水晶が埋め込まれている。

 

そしてハジメは、指輪を自らの指に嵌めると、同型の模型を四機取り出し、おもむろに空中へ放り投げた。

そのまま、重力に引かれ地に落ちるかと思われた偽物の鳥達は、しかし、その場でふわりと浮く。愛子達が「あっ」と声を上げた。

 

音もなく空を飛ぶ四機の鳥は、その場で少し旋回すると山の方へ滑るように飛んでいった。

 

「あの、あれは……」

 

「アレは俺が作った無人偵察機の〝オルニス〟だ」

 

「む、無人偵察機……」

 

──重力制御式無人偵察機〝オルニス〟

【ライセン大迷宮】で、遠隔操作されていたゴーレム騎士達を参考に、ミレディから快く貰い受けた材料から作り出されたアーティファクト。

生成魔法により、あまり適正がない重力魔法を鉱物に付与して、重力を中和して浮遊する鉱物〝重力石〟を生成、それにゴーレム騎士を操る元になっていた〝感応石〟を組み込み、更に同室の魔力を注ぐと遠隔にあっても片割れの鉱物に映る景色を、もう片方の鉱物に移すことができる〝遠透石〟を頭部に組み込んで完成させたものだ。

 

今回は、捜索範囲が広いので上空から確認出来る範囲だけでも無人偵察機で確認しておくのは有用だろうと取り出したのである。

既に彼方へと飛んでいった無人偵察機を遠くに見つめながら、愛子達は、もういちいちハジメのすることに驚くのは止めようと、おそらく叶うことのない誓いを立てるのだった。

 

ハジメ達は、冒険者達も通ったであろう山道を進む。魔物の目撃情報があったのは、山道の中腹より少し上、六合目から七号目の辺りだ。ならば、ウィル達冒険者パーティーも、その辺りを調査したはずである。そう考えて、俺は無人偵察機をその辺りに先行させながら、ハイペースで山道を進んでいく。

 

おおよそ一時間と少しくらいで六合目に到着したハジメ達は、一度そこで立ち止まった。理由は、そろそろ辺りに痕跡がないか調べる必要があったのと……

 

「はぁはぁ、きゅ、休憩ですか……けほっ、はぁはぁ」

 

「ぜぇー、ぜぇー、大丈夫ですか……愛ちゃん先生、ぜぇーぜぇー」

 

「うぇっぷ、もう休んでいいのか? はぁはぁ、いいよな? 休むぞ?」

 

「……ひゅぅー、ひゅぅーハジメっち、ヤバい」

 

「ゲホゲホ、異世界に行く前にも思ってたけど南雲達は化け物か……」

 

「どんだけ、体力がねぇんだ?……いや、俺が化け物なだけか?」

 

予想以上に愛子達の体力がなく、休む必要があったからである。もちろん、本来、愛子達のステータスは、この世界の一般人の数倍を誇るので、六合目までの登山ごときでここまで疲弊することはない。

ただ、ハジメ達の移動速度が速すぎて、殆ど全力疾走しながらの登山となり、気がつけば体力を消耗しきってフラフラになっていたのである。

 

四つん這いになり必死に息を整える愛子達に、ハジメは若干困った視線を向けつつも、どちらにしろ、詳しく周囲を探る必要があるので休憩がてら近くの川に行くことにした。ここに来るまでに、無人偵察機からの情報で位置は把握している。

 

「……しょうがねぇな」

 

未だ荒い呼吸を繰り返す愛子達を見兼ねてハジメは妙子と奈々、愛子を軽々しく持ち上げた。

 

「ハジメ?!」

 

「おお〜」

 

「なっ、南雲君!?」

 

「しょうがねぇから運んでやる」

 

運んでくれるハジメに、やはり昔から変わらないなと含みのある笑を見せる妙子と奈々だが、愛子の方は生徒に担がれてることに申し訳なさを感じている。

 

「ありがと、ハジメ」

 

「ありがと〜、ハジメっち〜」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「じゃあ、行くぞ」

 

三人の感謝を貰いつつハジメが出発を促すと男子生徒三人が待ったを掛けた。

 

「俺たちも運んでくれよー!」

 

「そうだそ南雲! 俺たちは!?」

 

「不公平だっ!」

 

「は? お前等、戦闘職だろ? 自力で頑張れよ。後、俺は流石に六人を持つのは流石に面倒くさい」

 

「「「クソォーー!」」」

 

正論を言われてぐうの音も出ずに嘆く男子生徒達を無視してハジメ達は先に川へと向かった。ウィル達も、休憩がてらに寄った可能性は高い。そして、ハジメ達は川に着くと、ユエ達は男子共を待つ時間に休憩を俺は川の上流にオルニスを飛ばし痕跡を探していた。

 

「……まだ、改良の余地はまだあるな」

 

七機の操作が限界なことに更なる改良が必要と感じながら痕跡を探すハジメ。しばらくするとフラフラしながら男子生徒達も合流した。そしてハジメの方にも進展があった。

 

「……これは」

 

「ん……何か見つけた?」

 

ハジメがどこか遠くを見るように茫洋とした目をして呟くのを聞き、ユエが確認する。その様子に、愛子達も何事かと目を瞬かせた。

 

「川の上流に……これは盾か? それに、鞄も……まだ新しいみたいだ。当たりかもしれない。ユエ、シア、妙子達も行くぞ」

 

「ん……」

 

「はいです!」

 

ハジメ達が、阿吽の呼吸で立ち上がり出発の準備を始めた。愛子達は本音で言えばまだまだ休んでいたかったが、無理を言って付いて来た上、何か手がかりを見つけた様子となれば動かないわけには行かない。

疲労が抜けきらない重い腰を上げて、再び猛スピードで上流へと登っていくハジメ達に必死になって追随した。

 

ハジメ達が到着した場所には、ハジメが無人偵察機で確認した通り、小ぶりな金属製のラウンドシールドと鞄が散乱していた。ただし、ラウンドシールドは、ひしゃげて曲がっており、鞄の紐は半ばで引きちぎられた状態で、だ。

 

「これは……」

 

ハジメ達は、注意深く周囲を見渡す。すると、近くの木の皮が禿げているのを発見した。高さは大体二メートル位の位置だ。何かが擦れた拍子に皮が剥がれた、そんな風に見える。高さからして人間の仕業ではないだろう。ハジメは、シアに全力の探知を指示しながら、自らも感知系の能力を全開にして、傷のある木の向こう側へと踏み込んでいった。

 

先へ進むと、次々と争いの形跡が発見できた。半ばで立ち折れた木や枝。踏みしめられた草木、更には、折れた剣や血が飛び散った痕もあった。

それらを発見する度に、特に愛子達の表情が強ばっていく。しばらく、争いの形跡を追っていくと、シアが前方に何か光るものを発見した。

 

「ハジメさん、これ、ペンダントでしょうか?」

 

「ん? ああ……遺留品かもな。確かめよう」

 

シアからペンダントを受け取り汚れを落とすと、どうやら唯のペンダントではなくロケットのようだと気がつく。留め金を外して中を見ると、女性の写真が入っていた。

おそらく、誰かの恋人か妻と言ったところか。大した手がかりではないが、古びた様子はないので最近のもの……冒険者一行の誰かのものかもしれない。なので、一応回収しておく。

 

その後も、遺品と呼ぶべきものが散見され、身元特定に繋がりそうなものだけは回収していく。どれくらい探索したのか、既に日はだいぶ傾き、そろそろ野営の準備に入らねばならない時間に差し掛かっていた。

 

しかし、未だに野生の動物以外で生命反応はないことに訝しむハジメ。ウィル達を襲った魔物との遭遇も警戒していたが、それ以外の魔物すら感知していない。

位置的には八合目と九合目の間と言ったところだが、山は越えていないとは言え、宿の主人のフォスから聞いた情報だと普通なら、弱い魔物の一匹や二匹出てもおかしくないはずだ。

 

「……逆に不気味だな……っ! これは?!」

 

魔物のいないという不気味に感じていた、その時だった。再び、無人偵察機が異常のあった場所を探し当てた。東に三百メートル程いったところに大規模な破壊の後があったのだ。ハジメは全員を促してその場所に急行した。

 

「おいおい、何があってこうなったんだよコレ……」

 

そこは大きな川だった。上流に小さい滝が見え、水量が多く流れもそれなりに激しい。本来は真っ直ぐ麓に向かって流れていたのであろうが、現在、その川は途中で大きく抉れており、小さな支流が出来ていた。まるで、横合いからレーザーか何かに抉り飛ばされたようだ。

 

そのような印象を持ったのは、抉れた部分が直線的であったとのと、周囲の木々や地面が焦げていたからである。

更に、何か大きな衝撃を受けたように、何本もの木が半ばからへし折られて、何十メートルも遠くに横倒しになっていた。川辺のぬかるんだ場所には、三十センチ以上ある大きな足跡も残されている。

 

「ここで本格的な戦闘があったようだな……この足跡、大型で二足歩行する魔物……確か、山二つ向こうにはブルタールって魔物がいたな。だが、この抉れた地面は……」

 

ハジメは、間違い無くこの地面とこの場に残る魔力の残留を感じて、このクレーターは、ブルタールの仕業じゃないと推測できる。

それは、同じく感じ取っていたユエも同じらしい。そして、この山脈地帯には、それ以上の存在がいるということを。

 

無人偵察機を上流に飛ばしながら自分達は下流へ向かうことにした。ブルタールの足跡が川縁にあるということは、川の中にウィル達が逃げ込んだ可能性が高いということだ。

ならば、きっと体力的に厳しい状況にあった彼等は流された可能性が高いと考えたのだ。

 

ハジメの推測に他の者も賛同し、今度は下流へ向かって川辺を下っていった。すると、今度は、先ほどのものとは比べ物にならないくらい立派な滝に出くわした。

ハジメ達は、軽快に滝横の崖をひょいひょいと降りていき滝壺付近に着地する。滝の傍特有の清涼な風が一日中行っていた探索に疲れた心身を優しく癒してくれる。と、そこでハジメの〝気配感知〟に反応が出た。

 

「ユエっ!」

 

「!……ハジメ?」

 

ユエが直ぐ様反応し問いかける。ハジメはしばらく、目を閉じて集中した。そして、おもむろに目を開けると、驚いたような声を上げた。

 

「気配感知に掛かった。感じから言って人間だと思う。場所は……あの滝壺の奥だ」

 

「生きてる人がいるってことですか!」

 

シアの驚きを含んだ確認の言葉にハジメは頷いた。人数を問うユエに「一人だ」と答える。愛子達も一様に驚いているようだ。

それも当然だろう。生存の可能性はゼロではないとは言え、実際には期待などしていなかった。ウィル達が消息を絶ってから五日は経っているのである。もし生きているのが彼等のうちの一人なら奇跡だ。

 

「ユエ、頼む」

 

「……ん」

 

ハジメは滝壺を見ながら、ユエに声をかける。ユエは、それだけで意図を察し、魔法のトリガーと共に右手を振り払った。

 

「───〝波城〟 〝風壁〟」

 

すると、滝と滝壺の水が、紅海におけるモーセの伝説のように真っ二つに割れ始め、更に、飛び散る水滴は風の壁によって完璧に払われた。

 

詠唱をせず陣もなしに、二つの属性の魔法を同時に、応用して行使したことに愛子達は、もう何度目かわからない驚愕に口をポカンと開けた。きっと、かつてのヘブライ人達も同じような顔をしていたに違いない。

 

魔力も無限ではないので、ハジメは、愛子達を促して滝壺から奥へ続く洞窟らしき場所へ踏み込んだ。

洞窟は入って直ぐに上方へ曲がっており、そこを抜けるとそれなりの広さがある空洞が出来ていた。天井からは水と光が降り注いでおり、落ちた水は下方の水溜りに流れ込んでいる。溢れないことから、きっと奥へと続いているのだろう。

 

その空間の一番奥に横倒しになっている男を発見した。傍に寄って確認すると、二十歳くらいの青年とわかった。端正で育ちが良さそうな顔立ちだが、今は青ざめて死人のような顔色をしている。

 

「微かに息をしてるが、こりゃ、起きるのに時間が掛かるな……」

 

口に手を当て微かに息をしてることを確かめたハジメは手っ取り早く青年の正体を確認したいのでギリギリと力を込めた義手デコピンを眠る青年の額にぶち当てた。

 

「ぐわっ!!」

 

悲鳴を上げて目を覚まし、額を両手で抑えながらのたうつ青年。愛子達が、あまりに強力なデコピンと容赦のなさに戦慄の表情を浮かべた。

対してハジメは、そんな愛子達をスルーして、涙目になっている青年に近づくと端的に名前を確認する。

 

「お前が、ウィル・クデタか?クデタ伯爵家三男の」

 

「いっっ、えっ、君達は一体、どうしてここに……」

 

状況を把握出来ていないようで目を白黒させる青年に、ハジメは落ち着かせるように声をかける。

 

「一旦、落ち着け。デコピンをしてしまったの悪く思うが、質問に答えてくれないか」

 

「えっ、えっ!?」

 

「お前は、伯爵家三男のウィル・クデタで間違いないか?」

 

「えっと、うわっ、はい!そうです! 私がウィル・クデタです!はい!」

 

「そうか……俺はハジメ、南雲ハジメだ。フューレンのギルド支部長イルワ・チャングからの依頼で捜索に来た冒険者。君が生きていてなによりだ」

 

「イルワさんが!? そうですか。あの人が……また借りができてしまったようだ……あの、あなたも有難うございます。イルワさんから依頼を受けるなんてよほどの凄腕なのですね」

 

尊敬の眼差しを含んだ眼差しと共に礼を言うウィルを見て、同じ貴族でもあの豚とは違うようでなによりだ。

そんなウィルの生存を確認ができたハジメは僅かに頬が緩んむが、すぐに平常に戻り彼に問い掛ける。

 

「起きたばかりですまないが、ウィル、君に何があったのかと同行していた他の冒険者達のことを教えて欲しい」

 

「あっはいっ 実は………」

 

ハジメの質問にウィルはここまでの経緯を話し始めた。

 

要約するとこうだ。

 

ウィル達は五日前、ハジメ達と同じ山道に入り五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタールと遭遇したらしい。

流石に、その数のブルタールと遭遇戦は勘弁だと、ウィル達は撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いているうちに数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川にいた。そこで、ブルタールの群れに囲まれ、包囲網を脱出するために、盾役と軽戦士の冒険者二名が犠牲になったのだという。

それから、追い立てられながら大きな川に出たところで、前方に絶望が現れた。

漆黒の竜だったらしい。

その黒竜は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、特大のブレスを吐き、その攻撃でウィルは吹き飛ばされ川に転落。

流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

そして、ウィルは、流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

 

ウィルは、話している内に、感情が高ぶったようですすり泣きを始めた。無理を言って同行したのに、冒険者のノウハウを嫌な顔一つせず教えてくれた面倒見のいい先輩冒険者達、そんな彼等の安否を確認することもせず、恐怖に震えてただ助けが来るのを待つことしか出来なかった情けない自分、救助が来たことで仲間が死んだのに安堵している最低な自分、様々な思いが駆け巡り涙となって溢れ出す。

 

「わ、わだじはさいでいだ。うぅ、みんなじんでしまったのに、何のやぐにもただない、ひっく、わたじだけ生き残っで……それを、ぐす……よろごんでる……わたじはっ!」

 

洞窟の中にウィルの慟哭が木霊する。誰も何も言えなかった。顔をぐしゃぐしゃにして、自分を責めるウィルに、どう声をかければいいのか見当がつかなかった。生徒達は悲痛そうな表情でウィルを見つめ、愛子はウィルの背中を優しくさする。ユエは何時もの無表情、シアは困ったような表情だ。

 

「……………」

 

が、ウィルが言葉に詰まった瞬間、彼の傍にいたハジメがウィルの胸倉を掴み上げ人外の膂力で持ち上げ宙吊り状態にした。

そして、息がつまり苦しそうなウィルに、意外なほど透き通った声で語り始めた。

 

「生きたいと願うことの何が悪い? 生き残ったことを喜んで何が悪い? その願いも感情も当然にして自然にして必然だ。ウィル、お前は人間として、極めて正しい」

 

「だ、だが……私は……」

 

「それでも、死んだ奴らのことが気になるなら……それを背負って、生き続けろ。その過程で自分が本当に守りたいモノを見つけたりして、己の生きる目的を探せ。そして、これから先も足掻いて、足掻いて死ぬ気で生き続けろ。そうすれば、いつかは……今日、生き残った意味があったって、そう思える日が来るだろう」

 

「……生き、続ける」

 

涙を流しながらも、ハジメの言葉を呆然と繰り返すウィル。ハジメは、ウィルを乱暴に放り出し、自分に向けて「何やってんだ」と自嘲めいたツッコミを入れつつウィルに謝罪する。

 

「すまんな、ウィル……少し熱が入っちまった」

 

「いえっ、大丈夫です……」

 

自身の被害妄想で完全な八つ当たりに近いことは自分でもわかっている。しかし、それでもウィルの言葉に納得できなかった。まるで子供のような癇癪を起こしてしまいまだ精神が未熟であると自覚する。

そんなハジメは軽く自己嫌悪に陥っている中、ハジメのもとにトコトコと傍に寄って来たユエ、そして、シアも励ましに来た。

 

「……大丈夫、ハジメは間違ってない」

 

「……クハッ、ユエ、ありがとな心配してくれて」

 

「……ん」

 

「私もハジメさんの意見に賛同ですっ」

 

「そうかい、シアもありがとさん」

 

「えへへ〜」

 

二人の励まし、心を支えてくれる言葉で何とか切り替えるハジメ。そうだ、自分には大切な人達がいる。そして、戻らないといけないのだ。最愛の人(優花)の下へと胸に刻んで………

 

ハジメは今もずっと胸ポケット大事にしまっている最愛の人の髪飾りを胸ポケット越しにギュッと握り締めた。

 

「……よし、ウィルの生存の確認が出来たし、清水の痕跡を探しながら下山する………ッ!?」

 

そして、全員を促して清水の捜索及び下山をしようとした瞬間、突如、強大な魔物の様な存在が接近していることを感知した。

それは、再度、ユエの魔法で滝壺から出てきた一行を熱烈に歓迎するものがいたからだ。

 

「グゥルルルル」

 

「もしかして、あれか? 漆黒の竜って奴は……」

 

低い唸り声を上げ、漆黒の鱗で全身を覆い、翼をはためかせながら空中より金の眼で睥睨する。

以前、攻略した【ブルリア遺跡】の主であるグリーン・ドラゴなど唯のトカゲとしか思えてしまうほど目の前の存在にハジメは圧倒される。

 

そう、それはまさしく〝竜〟だった……。

 

*1
ハジメはベヒモスをイメージして作製した




北の山脈六つ目にある第一級ランク遺跡【ザククロミリア遺跡】
推定レベル88
全二階層という通常の遺跡より比較的に小さい規模だが、その主はデュラハントと呼ばれる首のない二頭の馬が引く戦車に乗った漆黒の炎を纏う大剣に漆黒の鎧を装備した首無しの騎士の魔物。

正にその強さは別格で挑戦した銀ランク冒険者チームを幾つも壊滅させ、多くの金ランク冒険者も葬った上位の魔物。

最初に遺跡を攻略した冒険者は白金ランク冒険者【戦姫】

報酬には、宝石などの財宝と特殊な炎属性の魔法が付与された漆黒の大剣【デュラン・ダルト】。
現在も、このアーティファクトは【戦姫】が所持している。


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