眼前にいる竜の体長は七メートル程。漆黒の鱗に全身を覆われ、長い前足には五本の鋭い爪がある。背中からは大きな翼が生えており、薄らと輝いて見えることから魔力で纏われているようだ。空中で翼をはためかせる度に、翼の大きさからは考えられない程の風が渦巻く。
だが、何より印象的なのは、夜闇に浮かぶ月の如き黄金の瞳だろう。爬虫類らしく縦に割れた瞳孔は、剣呑に細められていながら、なお美しさを感じさせる光を放っている。
その黄金の瞳が、空中よりハジメ達を睥睨していた。
低い唸り声が、黒竜の喉から漏れ出している。その圧倒的な迫力は、かつてライセン大峡谷の谷底で見たハイベリアや【ブルリア遺跡】の主であるグリーン・ドラゴの比ではない。どちらも、一般的な認識では、厄介なことこの上ない高レベルの魔物と遺跡の主であるが、目の前の黒竜に比べれば、まるで小鳥とトカゲだ。
その偉容は、まさに空の王者というに相応しかった。
蛇に睨まれた蛙の如く、愛子達は目の前の存在に硬直、ウィルにいたっては真っ青な顔でガタガタと震えてしまっている。
「……ちっ、あれがウィルの言っていた黒竜か」
先の川の一撃で支流を作ったという黒竜の残した爪を目撃したハジメは強い魔物だと想像していたが………
「オルクスの奈落レベルか」
実際の目の前の黒竜から感じる魔力と威圧感はハジメの予想の斜め上を行っている。奈落の主のヒュドラには遠く及ばずとも、それでも九十層クラスなのは間違いない。
黒竜は、ウィルの姿を確認するとギロリとその鋭い視線を向けた。そして、硬直する愛子達を前に、おもむろに頭部を持ち上げ仰け反ると、鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。
キュゥワァアアア!!と、何かを収束させるような気が不思議な音色が夕焼けに染まり始めた山間に響き渡る。瞬間、ハジメの脳裏に、川の一部と高位ランクの冒険者を消し飛ばしたというブレスが過ぎった。
「ッ! 退避しろ!」
ハジメは警告を発し、自らもその場から一足飛びで退避した。ユエやシアも付いて来ている。だが、そんな警告に反応できない者が多数、いや、この場合ほぼ全員と言っていいだろう。
愛子や生徒達、そしてウィルもその場に硬直したまま動けていない。愛子達は、あまりに突然の事態に体がついてこず、ウィルは恐怖に縛られて視線すら逸らせていなかった。
「チッィ!!」
「ハジメ!」
「ハジメさん!」
ハジメは、〝念話〟でユエとシアに指示を出しつつ、〝縮地〟で一気に元いた場所に戻り、愛子達と黒竜の間に割り込みんだ。
そして、〝宝物庫〟から二メートル程の柩型の大盾を虚空に取り出し、左腕を突き出して接続、魔力を流して大盾の下部からガシュン!と杭を出現させる。そして、それを勢いよく地面に突き刺した。
直後、竜からレーザーの如き黒色のブレスが一直線に放たれた。音すら置き去りにして一瞬で大盾に到達したブレスは、轟音と共に衝撃と熱波を撒き散らし大盾の周囲の地面を融解させていく。
「ぐぅ! おぉおおお!!」
ハジメは、気迫を込めた雄叫びを上げてブレスの圧力に抗う。体と一緒に、大盾はいつの間にか紅く光り輝いていた。だが、ブレスは余程の威力を持っているらしく、しばらく拮抗した後、その守りを突破して大盾に直撃した。
大盾は、それでもブレスに耐えた。ハジメの〝金剛〟すら突破する威力と熱に徐々にその表面を融解させていくが、壊れそうになるたびに〝錬成〟で即座に修復し、その突破を許さない。
固定のために地面に差し込んだ杭が圧力に負けて地面を抉りながら徐々に後退していく。靴からスパイクを錬成し、再度、金剛を張り直してひたすら耐えた。大盾と連結した左腕を突き出し、更に右腕も添える。
取り出した大盾は、タウル鉱石を主材にシュタル鉱石を挟んでアザンチウムで外側をコーティングしたものだ。錬成師であるハジメならば、仮にアザンチウムの耐久力を超える攻撃をされても、数秒でも耐えられるなら直ちに修復することができる。
仮に突破されても、二層目のシュタル鉱石は魔力を注いだ分だけ強度を増す性質を持つので、ハジメの魔力ならまず突破はされない。
しかし、人外の膂力を持つハジメであってもブレスの勢いは凄まじく徐々に押され始めている。地面には、差し込まれた大盾の杭とハジメの踏ん張る足で痕がついていく。
後ろにいる愛子達や幼なじみ二人の身を案じて盾役に徹するハジメはこの拮抗状態に笑みを浮かべた。
「クハッ……我慢比べかよ、上等だぁ!」
ブレスは未だに続いている。周囲にあった川の水は熱波で蒸発し、川原の土や石は衝撃で吹き飛びひどい有様だ。
ブレスの直撃を受けて、どれほどの時間が経ったのか。ハジメは、永遠に等しいほど長い時間だと感じているが、実際には十秒経ったか否かといったところだろう。歯を食いしばりながら、そんな事を考えていると、遂に、待望の声が聞こえた。
「〝禍天〟」
その魔法名が宣言された瞬間、黒竜の頭上に直径四メートル程の黒く渦巻く球体が現れる。見ているだけで吸い込まれそうな深い闇色のそれは、直後、落下すると押し潰すように黒竜を地面に叩きつけた。
「グゥルァアアア!?」
豪音と共に地べたに這い蹲らされた黒竜は、衝撃に悲鳴を上げながらブレスを中断する。
しかし、渦巻く球体は、それだけでは足りないとでも言うように、なお消えることなく、黒竜に凄絶な圧力をかけ地面に陥没させていく。
───重力魔法〝禍天〟
ユエが習得した神代魔法の一つ。渦巻く重力球を作り出し、消費魔力に比例した超重力を以て対象を押し潰す。加えて重力方向を変更することにも使える便利な魔法だ。
重力魔法は自身にかける場合はさほど消費が激しいものではない。しかし、物、空間、他人にかける場合や重力球自体を攻撃手段とする場合は、今のところ魔法の天才であるユエでも最低十秒の準備時間を必要とする。まだ、消費魔力などの効率化には時間が掛かるだろう。
ユエによって、地面に磔にされた空の王者は、苦しげに四肢を踏ん張り何とか襲いかかる圧力から逃れようとしている。が、直後、天からウサ耳なびかせて「止めですぅ~!」と雄叫び上げるシアがドリュッケンと共に降ってきた。激発を利用し更に加速しながら大槌を振りかぶり、黒竜の頭部を狙って大上段に振り下ろす。
凄まじい轟音と衝撃波。
インパクトの瞬間、轟音と共に地面が放射状に弾け飛び、爆撃でも受けたようにクレーターが出来上がる。【ライセン大迷宮】でミレディ(ゴーレム)にトドメを刺したときの比ではない破壊力だ。
原因は、ハジメがドリュッケンに施した改造で、主体である圧縮されたアザンチウム鉱石に〝重力魔法〟を付与したからである。ただし、オルニスのような重力を〝中和〟するのではなく〝加重〟する性質を付与させた鉱石だ。
注いだ魔力による超重量の一撃をまともに受けた者は深刻なダメージは免れないはずだ。そう、まともに受けていれば……
「グルァアア!!」
黒竜の咆哮と共に、ドリュッケンにより舞い上げられた粉塵の中から火炎弾が豪速でユエに迫った。ユエは、咄嗟に右に〝落ちる〟事で緊急回避する。だが、代わりに重力球の魔法が解けてしまった。
火炎弾の余波で晴れた粉塵の先には、地面にめり込むドリュッケンを紙一重のところで躱している黒竜の姿があった。
黒竜は、拘束のなくなった体を鬱憤を晴らすように高速で一回転させドリュッケンを引き抜いたばかりのシアに大質量の尾を叩きつけた。
「あっぐぅ!!」
間一髪、シアはドリュッケンを盾にしつつ自ら跳ぶことで衝撃を殺すことに成功するが、同時に大きく吹き飛ばされてしまい、木々の向こう側へと消えていってしまった。
黒竜は、一回転の勢いのまま体勢を戻すと、黄金の瞳でギラリとハジメを…………素通りして背後にいるウィルを睨みつけた。
「チイッ……やっぱ、狙いはウィルかっ!」
黒竜の狙いにハジメは、直ぐさま大盾を〝宝物庫〟に戻すと、ドンナー・シュラークを抜きざまに発砲する。
轟音と共に幾条もの閃光が空を切り裂いて黒竜を襲った。回避など出来ようはずもない破壊の嵐の直撃を受けた黒竜はその場から吹き飛ばされ、地響きを立てながら後方の川へと叩きつけられ、盛大に水しぶきが上がった。
ハジメは、射線上にウィルがいるのはマズイと、自ら黒竜に突貫する。手元でドンナー・シュラークをガンスピンさせ空中リロードをしながら、再度連射し追い討ちをかける。
しかし、黒竜は、川の水を吹き散らしながら咆哮と共に起き上がると、何と、ハジメを無視してウィルに向けて火炎弾を撃ち放った。
「ッ!」
ウィルが狙われないように、敢えて接近し怒涛の攻撃をして注意を引こうとしたのに、黒竜は、そんなハジメの思惑など知ったことではないと言わんばかりにウィルを狙い撃ちにする。
「ユエ!」
「んっ〝波城〟」
「ひっ!」と情けない悲鳴を上げながら身を竦めるウィルの前に、高密度の水の壁が出来上がる。飛来した火炎弾はユエの構築した城壁の如き水の壁に阻まれて霧散した。
「っ、て、手伝わないと!」
「お、おう!」
怒涛の展開にようやく我を取り戻した生徒達が魔法の詠唱を始めたり、曲刀による斬撃を放つ。二人の幼なじみ達も鞭による衝撃波と氷の礫を放ってハジメ達に加勢する。
しかし、妙子による衝撃波も、奈々の氷の礫、他の生徒達の攻撃もまるで巨岩に小石を投げつけたのかのように、その硬い黒鱗によって阻まれてあっさりと弾かれてしまう。
「「「「「っ!」」」」」
その様に悲壮な表情になりつつも、生徒と幼なじみ達はもう一度、黒竜に攻撃をユエの守りの後ろから放つものの………
「ゴォアアア!!」
今度は、黒竜の体に届くどころか、その前に、咆哮による衝撃だけであっさり吹き散らされてしまった。しかも、その咆哮の凄まじさと黄金の瞳に睨まれて、ウィル同様に「ひっ」と悲鳴を漏らして後退りし、男子生徒の二人に至っては尻餅すらついてしまっている。
「……チィっ、お前等、先生と一緒に隠れとけ!!」
申し訳ないが、なけなしの勇気が空振りに終わり、怯えてる妙子達を戦力外だと判断したハジメは、愛子にこの場所から離れるよう声を張り上げた。
それに逡巡する愛子。ハジメとて愛子の教え子である以上、強力な魔物を前に置いていっていいものかと、教師であろうとするが故の迷いを生じさせる
その間に、周囲の川の水を吹き飛ばしながら黒竜は翼をはためかせて上空に上がろうとした。しかも、ご丁寧にウィルに向けて火炎弾を連射しながら。
「思った以上に硬いな……」
ハジメも先程からレールガンを連射してるが、一向に注意を引けない。黒竜の竜鱗は、あのサソリモドキを彷彿とさせる硬度。レールガンの直撃を受けても表面を薄く砕く程度の効果しかない。
黒竜の竜鱗をどう突破するか策を張り巡らせながら、何故ウィルを執拗に狙っているのかを考えていた。
しかし、同時にハジメは黒竜に対して不自然さがあった。ウィルを狙う動きが邪魔されても任務を遂行するようでまるで機械のように従順だ。
そう、それは誰かに操られているかのように………
「(操られて)……まさかっ!」
ハジメは、そこまで執拗にウィルを狙う理由は明確にわからなかったが、ある推測を仮定すると合致がいく。それならばと目標が定まっている今なら好都合だと、早速、ユエとシアに指示を飛ばす。
「ユエ! シア! 二人はウィルの守りに専念しろ!こいつは俺がやる!」
「んっ、任せて!」
「了解ですぅ!」
ユエは、ハジメの指示を聞くとウィルの方へ〝落ちる〟ことで急速に移動し、その前に立ちはだかった。チラリと後ろを振り返り、愛子と妙子と奈々以外の生徒達を見ると、こういう状況で碌に動けていない事に苛立ちをあらわにしつつ不機嫌そうな声で呟き、シアはユエみたいに不機嫌ではないが、後ろに行くように促した。
「……死にたくないなら、私の後ろに」
「皆さん、ちゃんとユエさんの後ろにいて下さい!」
生徒達に関してはどうでもよかったが、一応ハジメが気にかけてる愛子と彼の幼なじみである妙子と奈々に関しては、絶対に守ろうと決心する。生徒達は、ユエの冷たい言葉にも特に反応することなくほうほうの体で傍に寄って来た。
周囲の水分を利用し、無詠唱で氷の城壁を築いていくユエの傍が一番安全と悟ったのだろう。その氷壁の完成度に〝氷術師〟である奈々はユエとの差に少し絶望する。
本来なら、彼等とてもう少し戦えるだけの実力は持っている。しかし、いくらハジメが生きていたと分かっても、あの日、ベヒモスやトラウムソルジャーに殺されかけ、ハジメの奈落落ちにより〝死〟というものを強く実感した彼等の心には未だトラウマが蔓延っていた。
愛子について来たのも、勇者組のように迷宮の最前線に行くようなことは出来ないが、じっともしていられないという中途半端さの現れでもあったのだ。なので、黒竜に自分達の魔法が効かず、殺意がたっぷり含まれた咆哮を浴びせられ、すっかり心が萎縮してしまっていた。
とても、戦える心理状態ではなかった。特に妙子と奈々に至っては、またあの時みたいに大事な幼なじみであるハジメの力になれない事に悔しそうに涙を流すのだった。
一方その頃、ハジメは、黒竜の攻撃と炎弾を受け流しながら、ウィルや奈々達にはユエとシアが守っていることを確認して、存分に攻撃に集中できるようになったと理解する。
「じゃあ……そろそろ、思いっ切りやろうぜ黒竜」
ハジメは不敵な笑みを浮かべながらドンナーをホルスターにしまうと、宝物庫から〝シュラーゲン〟を取り出す。
そして、即座に〝纏雷〟と雷属性魔法〝轟雷〟を発動して威力を底上げしたシュラークの照準を黒竜に定めた。
「クハッ、ここまで無視されたのは初めてだ……なら、どうあっても無視できないようにしてやるよ!」
黒竜は、流石に、ハジメの次手がマズイものだと悟ったのか、その顎門の矛先をハジメに向けた。思惑通り、無視出来なかったようだ。
死を撒き散らす黒竜のブレスが放たれたのと、シュラーゲンが充填を終え撃ち放たれたのは同時だった。
共に極大の閃光。必滅の嵐。黒と紅の極光が両者の中間地点で激突する。衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、周囲の木々を根元から薙ぎ倒した。威力だけなら、おそらく互角。
しかし、二つの極光は、その性質故に拮抗することなく勝敗を明確に分ける。ブレスは継続性に優れた極光ではあるが、シュラーゲンのそれは、一点突破の貫通特化仕様で更に〝轟雷〟により敏捷性と威力も上がってるのにしたがって、必然的にブレスの閃光を突破して、その力を黒竜に届かせた。
ブレスを放っていた黒竜の頭部が突然弾かれた様に仰け反る。ブレスを突き破ったシュタル鉱石製フルメタルジャケットの弾丸が黒竜の顎門を襲ったのだ。
しかし、致命傷には程遠かった。ブレスの威力に軌道が捻じ曲げられたようで、鋭い牙を数本蒸発させながら、頭部の側面ギリギリを通過し、背後ではためく片翼を吹き飛ばすに止まった。
「グルァアアア!!」
「クハッ。まだまだ行くぜ黒竜よぉっ──〝紅狼〟!」
ハジメは〝紅狼〟を発動しながら目にも止まらぬ速度で黒竜に突貫する。紅雷の爪を纏った拳で黒竜を殴り飛ばし〝空力〟〝縮地〟を発動。超速を以て急降下し、仰向けになっている黒竜の腹に紅雷を纏った〝豪脚〟を叩き込んでいく。
「……しっ」
効いてることに笑みを零しながら、ズドンッ!と腹の底に響く衝撃音が轟く。更に追撃と言わんばかりの雷撃に黒竜の体がくの字に折れる。
地面は、衝撃により放射状にひび割れ黒竜が、悲鳴じみた咆哮を上げるがダメージは大きいとは言えないだろう。レールガンに耐える装甲を持つ黒鱗なのだ。
しかし、そんなこと想定済みのハジメは、更に追撃をかけるため大きく左の義手を振りかぶった。義手からはキィイイイイイ!!!という機械音が鳴り、紅い雷もバチバチと集中的に義手に纏わり付いた落下する前から発動しておいた〝振動粉砕〟と全体に纏っていた紅雷を義手に集中させていく。
「喰らえっ!」
ハジメは、大質量・高速で突っ込んで来た岩石をも一撃で粉砕した破壊の拳を、容赦なく黒竜の腹にぶち込んだ。
ドォグゥウウ!!と、くぐもった音が響き、腹の鱗に亀裂が入る。衝撃を伝えることを目的とした攻撃なので内臓にも相当ダメージが入ったようだ、黒竜は再び苦悶の声を上げると口から盛大に吐血した。
このままではまずいと思ったのか、黒竜は、片翼に爆発的な魔力を込めて暴風を巻き起こし、その場で仰向け状態から強引に元の体勢に戻った。ハジメは、再び、〝空力〟を使ってその場を退避する。
それも、大量の置き土産を残して──。
黒竜が、空中に逃れたハジメに黄金の瞳を向けた瞬間、その腹の下で大爆発が起きる。竜の巨体が、その衝撃で二メートルほど浮き上がったほどだ。置き土産は紅雷で強化された〝炸裂手榴弾〟である。
「クゥワァアア!!」
同じ場所への更なる衝撃と雷による痺れに、今度は悲鳴も上げられずくぐもった唸り声を上げることしか出来ない。耐えるように頭を垂れて蹲る黒竜の口元からはダラダラと血が流れ出している。心なしか、唸り声も弱ってきているようだ。
「流石に効いてるよな……」
黒竜はウィルから目を離しハジメに向けて痺れる体を無視して、顎門を開いて火炎弾を連射した。さながら対空砲火のように空中へ乱れ飛ぶ火炎弾。
しかし、その炎はただの一撃も当たることはなかった。〝空力〟と〝縮地〟を併用し、縦横無尽に空を駆けるハジメは、いつしか残像すら背後に引き連れながら、ヒット&アウェイの要領で黒竜をフルボッコにしていく。
「遅ぇ、よ!」
ドンナー・シュラークで爪、歯茎、眼、尻尾の付け根、尻という実に嫌らしい場所を中距離から銃撃したかと思えば、次の瞬間には雷のような速度で接近して〝振動粉砕〟またはショットシェルの激発+〝豪腕〟のコンボで頭部や脇腹という急所をメッタ打ちにしていき、雷魔法による電撃の痺れで黒竜の動きを鈍らせていく。
「クルゥ、グワッン!」
若干、いや、確実に黒竜の声に泣きが入り始めている。硬い黒鱗のあちこちがひび割れ、口元からは大量の血が滴り落ちていた。
「すげぇ……。やっぱ南雲はすげぇな…………」
ハジメの戦闘をユエの後ろという安全圏から眺めていた玉井淳史が思わずと言った感じで呟く。言葉はなくても、他の生徒達や愛子も同意見のようで無言でコクコクと頷き、その圧倒的な戦闘から目を逸らせずにいた。ウィルに至っては、先程まで黒竜の偉容にガクブルしていたとは思えないほど目を輝かせて食い入るようにハジメを見つめていた。
「グッ、グルゥ…」
「……………」
そろそろだと判断したハジメが、シュラーゲンやオルカン等で一気に片をつけないのはある推測をしたからだ。ハジメは、黒竜の一通りの動きを見て不信感を感じていた。簡単に言えば黒竜の魔力じゃない魔力が黒竜に纏わり付いてる事に接近戦をしている最中に気付いたのだ。
あの黒竜は操られている、と。
もし、操られてるだけなら気絶させれば正気に戻る筈だ。例え戻らなくても拘束は出来る。
そうして、ハジメは黒竜のダメージ状態を見てそろそろ一気に決めれると思い真剣な眼差しで黒竜に優しく告げた。
「安心しろ……今すぐ救ってやる」
「グゥガァアアアア!!!」
だが、未だに意識を取り戻せず痛みに苦しむ黒竜の咆哮と共に、全方位に向けて凄絶な爆風が発生した。純粋な魔力のみの爆発だ。
爆風に耐えながら、それを好機と判断したハジメは〝紅狼〟で上昇した敏捷性、〝空力〟、〝縮地〟を発動して一瞬にして黒竜の真上に移動した。
「グルッ?!」
ハジメの敏捷力目が着いていけず、遅れて黒竜は己の真上にハジメいることに気が付き、即座にブレスを放とうとするも、それよりも早くハジメの魔法の発動が早かった。
「喰らえ───〝天雷牙狼〟!」
黒竜の真上に大きな紅き雷できた大狼の顔が現れた。大狼は大きな口を開いて一瞬にして黒竜全身を飲み込んだ。その光景を真上から見下ろしていたハジメはポツリと呟いた。
「……生きてるよな」
流石にやり過ぎてないよな、大丈夫だよな、硬い竜鱗が貫通されてボロボロだったので少し威力を抑えめに放ったのだが、それでも紅雷で姿が見えない黒竜に対してハジメは死んでいないかと不安になり内心、焦り冷や汗をかいていた。
「……ん、流石ハジメ」
その頃、ユエはハジメの必殺の魔法を見て勝利は確信としていた。だって、あの魔法は以前、自分とハジメを死の寸前で追い詰めたヒュドラを滅した最強の魔法なのだから。
そして、紅き大狼が黒竜を飲み込んだ光景をユエ以外の初めてハジメの最上級の魔法を見るシアと愛子、生徒達、ウィルはあまりの壮絶な光景に口をポカンと開けて唖然としていた。
やがて黒竜を飲み込んだ雷は消えていき、ハジメ以外の誰しもが黒竜を倒せたと思っていたがそれは直ぐに其れは瓦解する。
そこには、黒竜はまだ空に残っていたからだ。
驚いたユエは、ハジメも全力を使って魔法を放ち、動けない状態にあると思い援護しようと急いで魔法を放とうしたが、ある事実に気付いて魔法を発動を寸前で止めた。
「禍……っ!」
「ユエさん、どうしたんですか?!」
「そうだよ! ハジメがやられちゃう!」
「……あれ、見て」
シアは何故ユエと妙子が魔法を止めたのが気になり声を上げる。それは、後ろにいる全員も同じ気持ちで視線がユエに向かう。しかし、ユエは視線なんか気にせず、黒竜の方に指をさして、シア達も黒竜の方へ視点を転じた。
すると、そこには……
「「「「「「「!」」」」」」」
シアや愛子達は黒竜に変化が訪れたのを見てユエは手を止めていたのだと理解した。
其の黒竜からは何か黒い何かが放出しており、ユエはアレが魔力だと察した。そして、黒竜は一気に黒い魔力が霧散すると、そこには黒髪金眼の美女が現れ、そのまま重力に逆らえず下へと落ちていった。
そのまま地面に激突するかと思われたが紅い閃光が横切り、彼女が地面と激突することはなかった。
「うぉっ! あっぶねぇ……間一髪」
勿論、紅い閃光の正体はハジメである。〝紅狼〟の雷を脚部に集中的に纏わせ加速して、落ちていく彼女を急いで抱きとめたのだ。
所謂お姫様抱っこの状態で……しかし、ハジメはそんな事は気にしておらずそれよりも彼女の生存確認を優先する。
「ふぅ……息はしてるな。ただの魔力枯渇で気絶してるだけ、か」
ハジメは抱いてる彼女の無事を確認すると、そのまま〝紅狼〟を解除して眠る彼女を運びながらユエ達の下へ向かった。
すると、降りている最中に下から声が聞こえ、ハジメは少し笑みを浮かべながら返事をした。
「……ハジメ!」
「ハジメさん!」
「ハジメっち!」
「ハジメ!」
「南雲君!」
「おう」
ハジメは下にいる全員が無事なことを確認して安心してると、何か知っているような顔をしてるユエが声をかけた。
「……ハジメ、もしかしてこの黒竜の正体って」
吸血鬼であるユエだからこそ直ぐに彼女の正体を理解したのだろう。ハジメはユエの言葉に頷いて口を開いた。
「あぁ、俺も信じられんと思ったんだが、ユエの思っている通り、コイツは〝竜人族〟だ」
ハジメが抱きしめる妙齢の女性。それは、約五百年前に絶滅……人の手によって滅ぼされたとうい竜人族であるのだった……。
重力魔法の適正
・ユエ……ほぼ十全に重力魔法を扱える。
・ハジメ……少しは適正はあるが、ユエよりも発動に時間をかけるため、生成魔法で鉱石に変えた方が早い。
・シア……体重などを変えれる程度。