ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

49 / 188
三十四話 ティオ・クラルス

 

 

暗い。苦しい。

 

自分()の体が勝手に動いて、一人の人間を狙い、それを邪魔する人間達を襲っていた。

 

どう足掻いて止めようとも体の自由が効かない。

 

そして……

 

『や、やめてくれぇ!! 死にたくな────』

 

『お、おい! 逃げ────』

 

キュゥィィィィン!

 

何の罪もない逃げ惑う人間達を咆哮(ブレス)によって、その地形ごと跡形もなく焼き払ってしまった。

 

──やめてっ、やめてたもうっ! 妾は人を、人間を殺しとうないっ!!

 

そんな願いも呆気なく、竜の息吹で何人かいた人間達は死体すら残らず死に、一人の青年だけ残ってしまった。その表情は、青ざめ恐怖に満ちており涙を流してぐちゃぐちゃに歪んでいた。

 

───あっあっ、あーーーーー!

 

その瞬間、心の奥底で秘めていた黒い何かが溢れ妾に纏わりつき、足掻こうとも為す術なく意識が呑み込まれ、目の前が真っ暗になった。

 

 

何日、何時間が経ったのかは分からないまだ己の言う事を効かない体は、まだ目当ての人間を殺しに探すために空を飛んでいた。

 

───誰か…誰でも良い妾を……殺して

 

竜人族として誇りを汚し続けている自分が哀れに思え殺してくれる者が現れて欲しいと願う。

 

しかし、そんな事を思ったが有り得ないと自覚していた。自分は亜人の中でも上位の竜人族。そして、その中でも、一、二を争うぐらいの実力者。

そんな自分を倒せる人間なんか居ないと思っていたが願っていた。

 

……だが、その願いは叶ってしまった。

 

自分に血を吐かせるほど有り得ない程のダメージを受けた。自慢の竜鱗が割れ、どんどん剥がされていく。

 

竜人でも実力者である妾がたった一人の人間に一方的に押されていく。

 

そして……

 

『喰らえ──〝天雷牙狼〟!』

 

真上を見て、こちらへと襲いかかる魔法であろう綺麗な巨大な紅雷の狼一瞬にして妾を呑み込んだ。

激しい雷の牙が全身にダメージを与えていく。

 

───あぁ、やっと……死ねる。解放されるのじゃな。

 

少し人間に負けたことが悔しいが、嬉しかった。

 

もう無意味に人間を殺さなくて済むと思って、竜人族の誇りがこれ以上、汚れずに済むと安堵した。

 

しかし、こんなにも妾を凌駕する相手を一目だけ見ておきたく薄目を開けながらその人物を見たそれは……

 

それは、綺麗な紅い雷を纏う白髪の青年だった。

 

──…………ああ。

 

そして、視界が暗転する瞬間まで、その青年の姿を妾は何故か目が離せなかった……。

 

 

================================

 

 

黒竜との戦いを終えたハジメは、一旦、気絶している黒竜の正体である黒髪の竜人族の介抱をシアに任せユエと話し合っていた。

内容は勿論、竜人族についてだ。

 

「ったく……何故、数百年前に滅ぼされた筈の竜人族が生存して、しかもこんな場所にいるか不明なんだよな」

 

「……ん、五百年前に滅びた筈」

 

「だよなー。やっぱ、本人に聞くしかないか……」

 

「あっ、ハジメさん!」

 

やはり、情報が少な過ぎるせいで頭を抱えるハジメだったが、竜人族の女性を介抱していたシアが突然、呼んでいるのが聞こえ応える。

 

「どうした、シア!」

 

「ハジメさん、この人、目が覚めそうですよっ!」

 

「! わかった、今向かう」

 

急いでハジメとユエが、シアの下へ向かって竜人族の女性を見ると、僅かながらも「……ん」と、声を出して薄目を開けながら目を覚ました。その瞳は竜の姿と同じ金色だ。

 

「〜ん、う、ーん。……此処は?」

 

「よう、目を覚ましたようだな」

 

「……はっ!」

 

「っ、うぉっ?!」

 

竜人族の女性は完全に目を覚ました瞬間、すぐさま上体を起こしたのでハジメは少し驚き、頭を上げて衝突を回避する。

 

「うむ、介抱してくださり感謝する……。って……そ、其方は?!」

 

竜人族の女性は感謝の言葉を述べ顔を上げてハジメを見た瞬間、驚愕して目を見開き声を張り上げながら少しハジメから後退る。

もしかしたら彼女は竜の姿でハジメと戦った時のことを覚えているのか、少し警戒をしてるんだとハジメは思い素直に謝罪する。

 

「……ああ、ボコボコにした件はすまないな、俺の名前は南雲ハジメだ。そっちは?」

 

「あっ、いや………アレは妾の失敗、故に別に謝らなくてよい。それに、申し遅れた。妾の名はティオ・クラルス。最後の竜人族──クラルス族の一人じゃ」

 

ティオの自己紹介を聞いて、記憶障害は無いだろうと判断したハジメは一安心すると、本題へと話題を変える。

 

「……なぁ、ティオ、すまないがどうしてあんな事になった経緯を教えてくれねぇか?」

 

「う、うむ実は……」

 

ティオの話を要約するとこうだ。

 

ティオは、ある目的のために竜人族の隠れ里を飛び出して来たらしい。その目的とは、異世界からの来訪者について調べるというものだ。詳細は省かれたが、竜人族の中には魔力感知に優れた者がおり、数ヶ月前に大魔力の放出と何かがこの世界にやって来たことを感知したらしい。

竜人族は表舞台には関わらないという種族の掟があるらしいのだが、流石に、この未知の来訪者の件を何も知らないまま放置するのは、自分達にとっても不味いのではないかと、議論の末、遂に調査の決定がなされたそうだ。

ティオは、その調査の目的で集落から出てきたらしい。本来なら、山脈を越えた後は人型で市井に紛れ込み、竜人族であることを秘匿して情報収集に励むつもりだったのだが、その前に一度しっかり休息をと思い、この一つ目の山脈と二つ目の山脈の中間辺りで休んでいたらしい。

当然、周囲には魔物もいるので竜人族の代名詞たる固有魔法〝竜化〟により黒竜状態になって。

と、睡眠状態に入ったティオの前に一人の黒いローブを頭からすっぽりと被った男が現れた。その男は、眠る黒竜の姿で眠るティオに洗脳や暗示などの闇系魔法を多用して徐々にその思考と精神を蝕んでいった。

 

当然、そんな事をされれば起きて反撃するのが普通だ。だが、ここで竜人族の悪癖が出る。そう、例の諺の元にもなったように、竜化して睡眠状態に入った竜人族は、まず起きないのだ。それこそ尻を蹴り飛ばされでもしない限り。

それでも、竜人族は精神力においても強靭なタフネスを誇るので、そう簡単に操られたりはしない。

 

では、なぜ、ああも完璧に操られたのか。

 

それは……

 

「恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃろうな。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されたのじゃ。いくら妾と言えど、流石に耐えられんかった……」

 

一生の不覚! と言った感じで悲痛そうな声を上げるティオ。しかし、ハジメはつかさずツッコミを入れる。

 

「それはつまり、調査に来ておいて丸一日、魔法が掛けられているのにも気づかないくらい爆睡していたって事じゃないのか?」

 

全員の目が、何となくバカを見る目になる。ティオは視線を明後日の方向に向け、何事もなかったように話を続けた。

ちなみに、なぜ丸一日かけたと知っているのかというと、洗脳が完了した後も意識自体はあるし記憶も残るところ、本人が「丸一日もかかるなんて……これでも成長したと思ったけどな……」と愚痴を零していたのを聞いていたからだ。

 

その後、ローブの男の後方に控えていたもう一人のローブを深々と被った者の命令に従い、二つ目の山脈以降でワザと【遺跡】の魔力暴走と周辺の魔物の洗脳を手伝わされていたのだという。

そして、ある日、一つ目の山脈に移動させていたブルタールの群れが、山に調査依頼で訪れていたウィル達と遭遇し、目撃者は消せという命令を受けていたため、これを追いかけた。

うち一匹がローブの男に報告に向かい、万一、自分が魔物を洗脳して数を集めていると知られるのは不味いと万全を期してティオを差し向けたらしいティオも番号しようとしたが無理だったらしい。

 

で、気がつけばハジメにフルボッコにされており、〝天雷牙狼〟を喰らって、目を覚ましたらしい。

 

「……ふざけるな」

 

事情説明を終えたティオに、そんな激情を必死に押し殺したような震える声が発せられた。皆が、その人物に目を向ける。拳をこれでもかと握り締め、怒りを宿した瞳でティオを睨んでいるのはウィルだった。

 

「……操られていたからって、ゲイルさんを、ナバルさんを、レントさんを、ワスリーさんをクルトさんを!殺したのは仕方ないとでも言うつもりかっ!」

 

どうやら、状況的に余裕が出来たせいか冒険者達を殺されたことへの怒りが湧き上がってしまったらしい。激昂してティオへ怒声を上げる。

 

「……………」

 

対するティオは、反論の一切をしなかった。ただ、静かな瞳でウィルの言葉の全てを受け止めるよう真っ直ぐ見つめている。その態度がまた気に食わないのかウィルは怒声をティオに浴びせ続ける。

 

「大体、今の話だって、本当かどうかなんてわからないだろう! 大方、死にたくなくて適当にでっち上げたに決まってる!」

 

「……今話したのは真実じゃ。竜人族の誇りにかけて嘘偽りではない」

 

なお、言い募ろうとするウィル。それに口を挟んだのはユエだ。

 

「……きっと、嘘じゃない」

 

「っ、一体何の根拠があってそんな事を……」

 

食ってかかるウィルを一瞥すると、ユエはティオを見つめながらぽつぽつと語る。

 

「……竜人族は高潔で清廉。私は皆よりずっと昔を生きた。竜人族の伝説も、より身近なもの。彼女は〝己の誇りにかけて〟と言った。なら、きっと嘘じゃない。それに……嘘つきの目がどういうものか私はよく知っている」

 

ユエが話しているのは、きっと、三百年前の出来事を思い出しているんだろう。孤高の王女として祭り上げられ周りは、結果の出た今から思えば、嘘が溢れていたのだろう。

もっとも身近な者達ですら彼女の言う〝嘘つき〟で、その事実から目を逸らし続けた結果が〝裏切り〟だった。

それ故に、〝人生の勉強〟というには些か痛すぎる経験を経た今では、ユエの目は〝嘘つき〟に敏感だ。

初対面でハジメに身を預けられたのも、それしか方法がないというのも確かにあったが、ハジメ自身が一切の誤魔化しをしなかったというのが、今にして思えば大きな理由だったのだろう。

 

ユエはそう呟くと遠くを見ており、傍にいるハジメは、ユエの気持ちを察してか優しく頭を撫でると彼女は嬉しそうに目を細めた。

 

「ふむ、この時代にも竜人族のあり方を知るものが未だいたとは……いや、昔と言ったかの?」

 

竜人族という存在のあり方を未だ語り継ぐものでもいるのかと、若干嬉しそうな声音のティオ。

 

「……ん。私は、吸血鬼族の生き残り。三百年前は、よく王族のあり方の見本に竜人族の話を聞かされた」

 

「何と、吸血鬼族の……しかも三百年とは……なるほど死んだと聞いていたが、主がかつて名を馳せた吸血姫か。確か名は……」

 

ティオもどうやら、ティオはユエと同等以上に生きていて、しかも、口振りからして世界情勢にも全く疎いというわけではないようだ。

今回の様に、時々正体を隠して世情の調査をしているのかもしれないがそのティオにしてユエの生存は驚いたようだ。

それほど、ユエは有名な人物だったのだろう。なんせ、大迷宮の奈落で封印されるほどだ。

 

ティオは、ユエの前の名前を呟こうとする前にユエが首を振って口を開いた。

 

「ユエ……それが私の名前。大切な人に貰った大切な名前。そう呼んで欲しい」

 

ユエが、薄らと頬を染めながら両手で何かを抱きしめるような仕草をする。

そして、ユエにとって竜人族とは、正しく見本のような存在だったのだろうと分かる。話す言葉の端々に敬意が含まれている気がする。ウィルの罵倒を止めたのも、その辺りの心情が絡んでいるのかもしれないと理解できた。

 

ユエの周囲に、何となく幸せオーラがほわほわと漂っている気がする。ウィルも、何やら気勢を削がれてしまったようだ。だが、それでも親切にしてくれた先輩冒険者達の無念を思い言葉を零してしまう。

 

「……それでも、殺した事に変わりないじゃないですか……どうしようもなかったってわかってはいますけど……それでもっ! ゲイルさんは、この仕事が終わったらプロポーズするんだって……彼らの無念はどうすれば……」

 

頭では黒竜の言葉が嘘でないと分かっている。しかし、だからと言って責めずにはいられない。心が納得しない。

ハジメは内心、「また、見事なフラグを立てたもんだな」と変に感心しながらも、ふと、ここに来るまでに拾ったロケットペンダントを思い出す。

 

「ウィル、ゲイルってやつの持ち物か?」

 

そう言って、取り出したロケットペンダントをウィルに放り投げた。ウィルはそれを受け取ると、マジマジと見つめた後、何故か嬉しそうに相好を崩す。

 

「これ、僕のロケットじゃないですか! 失くしたと思ってたのに、拾ってくれてたんですね。ありがとうございます!」

 

「あれ? お前のだったか、へぇ……」

 

ハジメは、ロケットに写っていた女性の写真からウィルは歳上好きかと予想する。ハジメ自身、人それぞれ好みがあるしな。と彼の性癖も理解して、うんうんと頷く。

 

しかし……

 

「はい、ママの写真が入っているので間違いありません!」

 

「マ、ママ?」

 

予想が見事に外れた挙句、斜め上を行く答えが返ってきて思わず頬が引き攣ってしまう。

写真の女性は二十代前半と言ったところなので、疑問に思いその旨を聞くと、「せっかくのママの写真なのですから若い頃の一番写りのいいものがいいじゃないですか」と、まるで自然の摂理を説くが如く素で答えられた。

彼の言葉に、その場のハジメ以外の全員も「ああ、マザコンか」と物凄く微妙な表情をした。

 

女性陣はドン引きしていたが……

 

ちなみに、ゲイルとやらの相手は〝男〟らしい……。

 

母親の写真を取り戻したせいか、随分と落ち着いた様子のウィル。何が功を奏すのか本当にわからない。だが、落ち着いたとは言っても、恨み辛みが消えたわけではない。

ウィルは、今度は冷静に、ティオを殺すべきだと主張した。また、洗脳されたら脅威だというのが理由だが、建前なのは見え透いている。主な理由は復讐だろう。

 

それを察せたハジメは首を横に振ってウィルの主張を反対する。

 

「駄目だ」

 

「なんでですかっ! ハジメ殿だって命懸けで戦ってたじゃないですか!」

 

命懸けではないんだけどなー、と思いながらハジメは、ウィルの疑問に淡々と応えていく。

 

「あぁ、戦いはした。しかし、それはティオが俺達に対しての敵意持っての行動じゃない、操られていただけだ。だから俺は、ここにいる全員から殺せと言われおうとも決してティオを殺さない。それにウィル、お前のそれは建前であって、ただの復讐を正しい行いにしたいだけだろ?」

 

「……っ!」

 

ハジメの的確な言葉に意表を突かれたウィルは口を噤み、苦い表情を浮かべる。

 

「お前の気持ちは理解できる。けど復讐なら他人の手じゃなく自分の手でやれば良い。だがな、一つ言っおくと、復讐(詰まらない事)なんてしたって何も生まれねぇよ……」

 

「……ハジメ殿は誰かに復讐をした事があるんですか?」

 

ウィルは、少し目を伏しながら応えるハジメの発言を察したのか、ハジメは復讐的な事をした事あるのをわかったのだろう、対してハジメは平然な顔で淡々と答える。

 

「あぁ、したさ。殺すまではしなかったが、顔面崩壊するまで殴った。けれどらやっても残ったのは虚無感しか残らねぇよ」

 

「……………」

 

右の拳を強く握締めて話すハジメの姿にウィルは呆然と立ち尽くし、そして、事情を知っておりハジメの気持ちも分かる妙子と奈々は悲壮な顔をして俯かせている。

 

場が沈む中、原因の一端であるハジメは「んじゃ、この話は一旦、終わり」と手を叩いて、半ば雑で話を終わらせティオへ視線を転じた。

 

「ティオ」

 

「なんじゃ? ごしゅ……いや、ハジメ殿?」

 

「(ごしゅ?)いや、お前が話していた二人のローブの奴等についてもう少し詳しく話してくれ」

 

 

ハジメの意見に納得したティオは、次いで、黒ローブの男が、一人は魔物を闇属性魔法で洗脳して大群を作り出して、もう一人が【遺跡】をワザと魔力暴走させて〝怪物氾濫〟を起こして町を襲う気であるとハジメ達に話す。

その数は、ティオの見た時点で既に三千から四千に届く程の数で、何でも、二つ目の山脈の向こう側から、魔物の群れの主にのみ洗脳を施すことで、効率よく群れを配下に置いているのだとか。

魔物を操ると言えば、そもそもハジメ達がこの世界に呼ばれる建前となった魔人族の新たな力が思い浮かぶ。

それは先生達も一緒だったのか、二人の黒ローブの男の正体は魔人族なのではと推測した。

 

しかし、その推測は、ティオによってあっさり否定される。何でも魔物を操っていた方の黒ローブの男は、黒髪黒目の人間族で、まだ少年くらいの年齢だったというのだ。

それに、黒竜たるティオを配下にしたが喜びもせず、仕切りに「ごめんなさい」等と震えながら謝罪の言葉を口にして、悲痛な表情だったことを覚えており、彼をよく見ると首には首輪らしきものが着けられていたと語る。

 

黒髪黒目の人間族の少年で、闇系統魔法に天賦の才がある者。ここまでヒントが出れば、流石に脳裏にとある人物が浮かび上がる。

愛子達は一様に「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった複雑な表情をした。限りなく黒に近いが、信じたくないと言ったところだろう。

 

ハジメは、ティオの話しを聞いて、一人の黒ローブは清水の可能性が高いと判断する。だが、同時に不思議に思う。ハジメが知る限り清水はそんな事をする奴ではない。それに、ティオが言っていた首輪が頭の中で引っ掛かる。

 

「!……っ、これは」

 

ハジメはティオの話を聞いて無人偵察機を飛ばしながら考え事をしてると、遂に無人探査機の一機がとある場所に集合する魔物の大群を発見して、その数に思考が一旦、止まってしまう。

 

「こりゃあ、三、四千ってレベルじゃないぞ? 桁が一つ追加されるレベルだぞ。こりゃあ……」

 

ハジメの報告に全員が目を見開く。しかも、どうやら既に進軍を開始しているようだ。方角は間違いなくウルの町がある方向。

 

「このままだと、一日あれば町に到着するレベルだな。確か怪物氾濫(スタンピード)での魔物の数は一番多いもの中でも二万……」

 

ハジメの言葉にこの世界生まれのウィル、ユエ、ティオはその事態に目を見開く。

 

「歴代最多の怪物氾濫(スタンピード)じゃないですか!!は、早く町に知らせないと!ここから五十キロ以内の人達を避難させて、王都から救援を呼んで……それから、それから……」

 

───〝怪物氾濫(スタンピード)

数十年以上攻略されていない【遺跡】から起こることが多く、またや遺跡内部の魔物が殺されないことにより、魔物を生み出す為の魔力が消費もされないという悪循環が起きる。

それによって、内部に溜まった魔力が規定値を越えてしまい一種の魔力暴走を引き起こし【遺跡】から溢れ出るほどの魔物を生みだし【遺跡】の外へと吐き出すという天災。

その数は少なくても千は遥かに超えるらしく難易度の高い遺跡で怪物氾濫が起こってしまえば軽く都市や国が壊滅寸前にまでさせるほど。

数百年前には王国の近辺に存在した国が近くのランクEXの遺跡による〝怪物氾濫〟によってたった一日で滅び呑み込まれてしまい、一つの巨大な遺跡になってしまうほどの脅威。

 

そして、今回の天災はウィルの発言からして歴代最多の〝怪物氾濫〟と言っても過言だはないらしい。それによって齎される被害の状況も計り知れない。

そんな事態の深刻さを理解した愛子が混乱しながらも必死にすべきことを言葉に出して整理しようとする。

いくら何でも数万の魔物の群れが相手では、チートスペックとは言えトラウマ抱えた生徒達と戦闘経験がほとんどない愛子、駆け出し冒険者のウィルに、魔力が枯渇したティオでは相手どころか障害物にもならない。なので、愛子の言う通り、一刻も早く町に危急を知らせて、王都から救援が来るまで逃げ延びるのが最善だ。と、皆が動揺している中、ふと真剣な眼差しでハジメを捉えたウィルが呟くように尋ねた。

 

「あの、ハジメ殿なら何とか出来るのではないですか?」

 

その言葉で、全員が一斉にハジメの方を見る。その瞳は、もしかしたらという期待の色に染まっていた。

 

「そんな期待に満ちた目で見るな。最初はなからそうするつもりだ。ウルの宿の人には飯で、お世話になったしな」

 

ハジメの答えを聞くとウィルに愛子、妙子と奈々、他の生徒達全員が喜びを顕にしていた。

 

「おい、喜んでないで、急いで町に戻るぞ。流石に歴代以上の〝怪物氾濫〟ならそれ相応の準備が必要だ」

 

ハジメがそう告げて全員を呼び掛けていると、思いつめたような表情の愛子が問い掛ける。

 

「南雲君、二人の黒いローブの男というのは見つかりませんか?」

 

「………いや、さっきから何度も群れをチェックしているんだが、それらしき人影はない。まぁ、何処かに隠れているかもな……」

 

「そ、そうですか……」

 

「先生、まずは町に向かう事を優先しろ。二人の黒ローブはその後だ」

 

「まぁ、ご主じ……コホンッ、ハジメ殿の言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇している以上、何とかしたくても何もできん。まずは町に危急を知らせるのが最優先じゃろ。妾も一日あれば、だいぶ魔力は回復するはずじゃしの」

 

「………」

 

一同へ、後押しするようにティオが言葉を投げかける。若干、ハジメに対して変な呼び方をしそうになっていた気がするが……気のせいだろうと頭に言い聞かせる。

 

「じゃあ、お前等行くぞ。ティオ」

 

「ん、なん……!──っ」

 

ティオが、魔力枯渇でまだ動けないのであろうとハジメが救出した時と同じようにお姫様抱っこでティオを軽々と持ち上げ下山する。

 

その時のティオの表情は顔を隠していてハジメからは余り表情が見えなかったのだがユエとシア、そして妙子と奈々達からは見えた。

顔を真っ赤にして嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになるもハジメに熱い視線を固定しているティオの表情が丸見えである。その為、女性陣はジト目で、男性陣からは悔しそうに涙を流してハジメを見る。

 

「「「「…………」」」」

 

「(視線?……俺、何かしたっけ?)」

 

「…………//」

 

向けられる視線の意味を知る訳がない当のハジメは、そのままティオを運びながら下山していく。そして、一行は、背後に大群という暗雲を背負い、急ぎウルの町に戻っていくのだった……。

 





〜下山して急いでウルの町に近い街道を走るハジメ一行〜

ハジメ達は魔力駆動四輪〝ブリーゼ〟で、行きよりも数倍の速度で帰り道を爆走し、整地機能が追いつかないために、荷台の男子生徒にはミキサーの如きシェイクを味わって貰っている。

と、その時、ウルの町と北の山脈地帯のちょうど中間辺りの場所で完全武装した護衛隊の騎士達が猛然と馬を走らせている姿を発見してハジメは〝遠見〟で見て顔を強ばらせた。

「(アレは……うわっ気持ち悪っ)」

遠見で写った光景は、先頭を鬼の形相で突っ走るデビッドやその横を焦燥感の隠せていない表情で併走するチェイスの表情がはっきりと見えていた。

しばらく走り、彼等も前方から爆走してくる黒い物体を発見したのかにわかに騒がしくなる。彼等から見ればどう見ても魔物にしか見えないだろうから当然だろう。武器を取り出し、隊列が横隊へと組み変わる。

「(流石、教会が遣わせた超重要人物の護衛隊……早い対応だな、俺は苦手だが……)」

別に、攻撃されたところで、ハジメとしては突っ切ればいいので問題なかったが、後部座席に座っている愛子はそんな風に思える訳もなく、青い顔で荷台の端にしがみつく男子生徒達が攻撃に晒されたら一大事だと、サンルーフから顔を出して必死に両手を振り、大声を出してデビッドに自分の存在を主張する。

いよいよ以て、魔法を発動しようとしていたデビッドは、高速で向かってくる黒い物体の上からニョッキリ生えている人らしきものに目を細めた。
普通なら、それでも問答無用で先制攻撃を仕掛けるところだが、デビッドの中の何かがストップをかける。

手を水平に伸ばし、攻撃中断の合図を部下達に送る。怪訝そうな部下達だったが、やがて近づいてきた黒い物体の上部から生えている人型から聞き覚えのある声が響いてきて目を丸くする。デビッドは既に、信じられないという表情で「愛子?」と呟いている。

一瞬、まさか愛子の下半身が魔物に食われているのでは!?と顔を青ざめさせるデビッド達だったが、当の愛子が元気に手をブンブンと振り、「デビッドさーん、私ですー! 攻撃しないでくださーい!」張りのある声が聞こえてくると、どうも危惧していた事態ではないようだと悟り、黒い物体には疑問を覚えるものの愛しい人との再会に喜びをあらわにした。

シチュエーションに酔っているのか恍惚とした表情で「さぁ!飛び込んでおいで!」とでも言うように、両手を大きく広げている。隣ではチェイス達も、自分の胸に!と両手を広げていた。

「……気持ち悪」

騎士達が、恍惚とした表情で両手を広げて待ち構えている姿に、ハジメは魔力を思いっきり注ぎ込み、更に加速した。距離的に明らかに減速が必要な距離で、更に加速した黒い物体に騎士達がギョッとし、慌てて進路上から退避する。

ブリーゼは、笑顔で手を広げるデビッド達の横を問答無用に素通りした。愛子の「なんでぇ~」という悲鳴じみた声がドップラーしながら後方へと流れていき、デビッド達は笑顔のまま固まった。そして、次の瞬間には、「愛子ぉ~!」と、まるで恋人と無理やり引き裂かれたかのような悲鳴を上げて、猛然と四輪を追いかけ始めるのだった。

「(恋心拗らせんてんなぁ………)」

「南雲君! どうして、あんな危ないことを!」

そう護衛騎士達を哀れんでいると、愛子がプンスカと怒りながら、車中に戻り、ハジメに猛然と抗議した。

「……止まる理由がないだろ、先生。止まれば事情説明を求められるに決まってる。今、そんな時間あるのかよ? どうせ町で事情説明するのに二度手間になるだろ?」

「うっ、た、確かにそうです……」

若干、納得いってなさそうだが、確かに、勝手に抜け出てきた事やハジメの四輪の事も含めれば多大な時間が浪費されるのは目に見えているので口をつぐむ愛子。ハジメの隣の座席に返り咲いていたユエが、耳元に顔を寄せ、そっと聞いた。

「……本音は?」

「笑顔の騎士達が気持ち悪かった」

「……ん、同感」

そして、ハジメ達はウルの町へと到着したのだった。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。