商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。昼間だというのに何故か薄暗く、道行く人々もどこか陰気な雰囲気を放っている。
そんな場所の一角にある七階建ての大きな建物、表向きは人材派遣を商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織〝フリートホーフ〟の本拠地である。いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。
そんな普段の数十倍の激しい出入りの中、どさくさに紛れるように頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入した。バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階のとある部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで漏れ出していた。それを聞いて、ローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。
「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」
「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組です!」
「じゃあ、何か? たった四人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか? あぁ?」
「そ、そうなりまッへぶ!?」
室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ! と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもしたようだ。
「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れだ。そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!」
男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうというのだろう。耳をそばだてていた二人のフードを着た者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が背中から戦鎚を取り出し大きく振りかぶった。
そして、室内の人間がドアノブに手をかけた瞬間を見計らって、超重量の戦鎚を遠心力と重力をたっぷり乗せて振り抜いた。
ドォガアアア!!
爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更に、その後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。
「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」
「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? シア」
「ありがとうございます、ティオさん」
今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのはシアとティオだ。いきなり、扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭、ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器を取り出し構えながらドスの利いた声で話しだした。
「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。シアにティオだったか? あと、ユエとかいうちびっこいのもいたな……なるほど見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら、命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思ってッ!?『ズドンッ!』グギャアアア!!!」
好色そうな眼でシアとティオを見ながらペチャクチャと話し始めたハンセンに、シアは冷め切った眼差しを向けて問答無用にショットガンを撃ち放った。飛び出した無数の鉄球によりハンセンは右腕を吹き飛ばされた状態で錐揉みしながら背後の壁に激突し、絶叫を上げながら蹲った。
騒ぎを聞きつけて本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくるが、ティオが炎系魔法で階段を灰に変え上階へと至る道を無くしたため立ち往生する。更に〝ブレス〟縮小版を横凪に打ち払い、七階をハンセンの部屋を除いて全て消し炭にした。風通しどころか、見通しも良くなったフリートホーフの本拠地、茫然と上階を見上げる構成員達に、ティオは、風刃や炎弾をマシンガンの如く撃ち放っていく。容赦の欠片もない攻撃に、構成員達は蜘蛛の子を散らすように逃走を図るが……それが叶うものは少ないだろう。
ティオが、外の構成員を一手に引き受けている間に、シアは、ドリュッケンを肩に担いだまま、悲鳴を上げてのたうつハンセンにツカツカと歩み寄ると、ドリュッケンを腹に突き落とした。「ぐえぇ」と苦悶の声を上げて何とか大槌を退かせようとするが、超重量のドリュッケンを片腕でどうこうできる訳もなく、ハンセンに出来たことは、無様に命乞いをすることだけだった。
「た、たのむ。助けてくれぇ! 金なら好きに持っていっていい! もう、お前らに関わったりもしない! だからッゲフ!?」
「勝手に話さないで下さい。あなたは私の質問に答えればいいのです。わかりましたか? 分からなければ、その都度、重さが増していきますので……内臓が出ないうちに答える事をオススメします」
「……シアよ。お主、やっぱりご主人様の仲間じゃの……言動がよう似とるの〜」
後ろを振り返りながら、ツッコミを入れるティオの言葉はさらっと無視して、シアはハンセンにミュウの事を聞く。ミュウと言われて一瞬、訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか少しずつ重さを増していくドリュッケンに苦悶の表情を浮かべながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送されたようだ。
ちなみに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかったようで、なぜ、海人族の子にこだわるのか疑問に思ったようだ。おそらく、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐計画を練って実行したのだろう。元々、シアはフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていたわけであるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。
シアは、首のチョーカに手を触れて念話石を起動すると、ハジメに連絡をとった。
〝ハジメさん、ハジメさん。聞こえますか? シアです〟
〝…………シア。ああ、聞こえる。どうした?〟
〝ミュウちゃんの居場所が分かりました。ハジメさんは今、観光区ですよね? そちらの方が近いので先に向かって下さい〟
〝了解した〟
シアは、ハジメに詳しい場所を伝えると念話を切った。既にドリュッケンの重さで呼吸もままならないのか、青紫っぽい顔色になっているハンセン。シアは、ドリュッケンにかけた重力魔法を解いて、通常の重さに戻すとハンセンの上から退かせて肩に担いだ。ドリュッケンの重さからは解放されたものの、既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死にシアに手を伸ばし助けを求めた。
「た、助け……医者を……」
「子供の人生を食い物にしておいて、それは都合が良すぎるというものですよ……それにあなたのような人間を逃したりしたら、ハジメさんとユエさんに怒られてしまいます。というわけで、さよならです」
「や、やめ!」
グシャ!
シアは、振り下ろしたドリュッケンを勢いよく振り回して付着した血を吹き飛ばすと再び背中に背負い、ティオに向き直った。
「ティオさん。ここは手っ取り早く潰して、早くハジメさん達と合流しましょう!」
「う、うむ……シアも大概容赦ないのじゃ……」
「? ……何か言いました?」
「な、何でもないのじゃ〜」
ボソッと呟かれた言葉に反応して笑みを返すシアにティオは冷や汗を垂らしながらシラを切り、フリートホーフ本拠地の破壊活動に勤しむ。
シアとティオが立ち去った後には、無数の屍と瓦礫の山だけが残った。〝フリートホーフ〟フューレンにおいて、裏世界では三本の指に入る巨大な組織は、この日、実にあっさりと壊滅したのだった。
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「…シア達の所は心配無用だな」
「……ん」
シアから念話をもらったハジメとユエは、情報の場所に急行していた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なもののはずだ。奪還は早いに越したことはない。
目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。ハジメは、騒ぎを起こしてまたミュウが移送されては堪らないと思い、裏路地に移動すると錬成を使って地下へと侵入して、ユエと共に、気配遮断を使いながら素早く移動していく。
「(此処だな……)」
やがて、ハジメは地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人が居眠りしており、その監視の前を素通りして行くと、中には、人間の子供達が十人ほどいて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。
「……完全にクロだな」
この世界は、基本的に、人間族のほとんどは聖教教会の信者であることから、そのような人間を奴隷や売り物にすることは禁じられている。人間族でもそのような売買の対象となるのは犯罪者だけで、神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とすることが許されるらしいが、眼前で震えている子供達が、そろってそのような境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるが、ここにいる時点で、違法に捕らえられ、売り物にされていることは確定な証拠だった。
ハジメは、突然入ってきたことに怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、静かな声音で尋ねた。
「ここに、海人族の女の子はこなかったか?」
てっきり、自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑ったように顔を見合わせる。牢屋の中にはミュウの姿はなかった。そのため、ハジメは、他にも牢屋があるのか、それとも既に連れ出された後なのか、子供達に尋ねてみたのだ。
しばらく沈黙していた子供達だが、ハジメの隣りにユエがしゃがみ込み優しげな瞳で「……大丈夫」と呟くと、少し安心したのか、一人の七、八歳くらいの少年がおずおずと質問に答えた。
「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」
やはり、既に連れて行かれたあとかと内心舌打ちしたハジメは、不安そうな少年に向かって簡潔に優しく笑みを浮かべながら返した。
「君達を助けに来たんだ」
「えっ!? 助けてくれるの!」
ハジメの言葉に、驚愕と喜色を浮かべて、つい大声を出してしまう少年。その声は薄暗い地下牢によく響き渡った。慌てて口を両手で抑える少年だったが、監視にはばっちり聞こえていたようで「何騒いでんだ!」と目を覚ましてドタドタと地下牢に入ってきた。
そして、ハジメ達を見つけて、一瞬硬直するものの「てめぇら何者だ!」と叫びながら短剣を抜いて襲いかかる。それを見て、子供達は、刺されて倒れるハジメとユエの姿を幻視し悲鳴を上げた。
だが、そんな事はありえなかった。ハジメは、突き出された刃物を左手で無造作に掴み取り、そのまま力を込めて短剣の刃を粉々に砕いてしまった。
ハジメが、手を広げるとバラバラとこぼれ落ちる刃の欠片。監視の男は、それが何なのか一瞬理解出来なかったようでキョトンとした表情をすると、手元の短剣に目を落とした。そして、柄だけになっている姿を見て、ようやく何が起こったのか理解し、「なっ、なっ」と言葉を詰まらせながら顔を青ざめさせて一歩後退った。
ハジメは、問答無用で一歩詰めると男の頭を鷲掴みにし、そのまま地面に叩きつけた。
グシャ!
そんな生々しい音共に、一瞬で男は絶命する。
「監視なら、まず警笛鳴らせよ。雑魚が」
呆れた表情でそんな事を言いながら、文字通り監視を瞬殺したハジメに、子供達は目を丸くして驚いている。そんな視線にもお構いなしにハジメは、錬成で鉄格子を分解してしまう。子供達の目には、一瞬で鉄格子を消し去ってしまったように見えたため更に驚いてポカンと口を開いたまま硬直してしまった。
「ユエ、悪いが、この子達を頼めるか? 俺は、どうやらもうひと暴れしなきゃならないみたいだ」
「ん……任せて」
「おそらく、もうすぐ保安署の連中も駆けつけるだろうしな。そいつらに預ければいい。イルワ支部長が色々手を回してくれるだろうし……細かい事は、あの人に丸投げしよう」
ユエが、若干、同情するような眼差しで遠くを見た。それはギルド支部がある方角だった。実は、ここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛の念話石を届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいたのだ。
「やはり、ランク金は役に立つな〜」
ハジメはそう薄ら笑みを浮かべながら呟いた。
ちなみに、イルワの方から念話石を起動することは出来ないので、彼は一方的にハジメから、巨大裏組織と喧嘩しているという報告と事後処理もろもろ宜しくという話を聞かされ、執務室で真っ白になっていたりする。
ハジメは、再び、地下牢から錬成で上階への通路を作ると子供達をユエに任せてオークション会場へ急ごうとした。と、その時、先ほどの少年が呼び止める。
「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」
「……」
自分の無力に悔しそうに俯く少年の頭を、俺はわしゃわしゃと撫で回した。
「わっ、な、なに?」
「ま、悔しいなら守りたいなら強くなればいい。今回は、俺がやっとくさ。次、何かあればお前が守ればいいさ」
それだけ言うと、ハジメはさっさと踵を返して地下牢を出て行った。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。ユエは、そんな少年に微笑ましげな眼差しを向けると、子供達を連れて地上へと向かったたのだった。
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オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。
そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。
出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだ。衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。
多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。
ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていた黒い布をギュッと握り締めた。それは、ハジメの眼帯だ。ミュウと別れる際、ミュウを宥めることに忙しくてすっかりその存在を忘れていたハジメは、後になって思い出し、現在は予備の眼帯を着けている。
ミュウは、身を縮こまらせながら考えた。やっぱり、痛いことしたから置いていかれたのだろうか? 黒い布を取ったから怒らせてしまったのだろうか? 自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか? そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、黒い布も返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。
しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。ハジメの眼帯を握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。
フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。
「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しのごときが!」
そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。が、やってくるはずの衝撃の代わりに届いたのは……聞きたかった人の声だった。
「そのセリフ、そっくりそのまま返そうか? クソ野郎」
それはハジメだった。
ハジメは天井から舞い降り男の頭を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押しつぶした。ビシャアア! と司会の男から破裂したように血が飛び散る。まさに圧殺という有様だった。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すそうか? クソ野郎」
ハジメは、潰れて一瞬で絶命した男の事など目もくれず義手で水槽を殴りつけた。バリンッ! という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出す。
「ひゃう!」
流れの勢いで、思わず悲鳴を上げるミュウを抱き締めるとミュウは目をパチクリとし、初めて会った時のようにジッーとハジメを見つめる。
「よぉ、ミュウ。お前、会うたびにびしょ濡れだな?」
冗談めかしてそんな事を言うハジメに、ミュウは、やはりジーと見つめたまま、ポツリと囁くように尋ねる。
「……お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんかどうかは別として、お前に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、眼帯を取られたハジメさんなら、確かに俺だ」
ハジメが苦笑いしながらそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。
そして……
「お兄ちゃん!!」
ハジメの首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。
「よく、耐えたな。今度はしっかりと守ってやる」
ハジメはそう言って、ミュウの背中をポンポンと叩きながら手早く毛布でくるんでやった。と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達がハジメとミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。
「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」
二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは、首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。
「ミュウ、目を閉じてろ」
ハジメは、ミュウの耳元に顔を近づけると、煩くなるから耳を塞いで、囁き、小さなぷくぷくしたミュウの手を取って自分の耳に当てさせる。ミュウは不思議そうにしながらも、焦燥感も不安感もまるで感じさせない余裕の態度をとるハジメに安心したように頷くと、素直に両手で耳を塞いで目を瞑り、ハジメの胸元にギュッと顔を埋めた。
完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、商品に傷をつけるな! ガキは殺せ! と大声で命じた。その瞬間、
「──〝轟雷閃〟」
ハジメがそう呟くと共に紅い閃光が黒服達を襲った。そして、リーダー格と思われる黒服の頭部と他の黒服の男十人程の首から上が無くなった。誰もが「えっ?」と事態を理解できないように目を丸くして首から上が無く崩れ落ちる黒服達を見つめる。
ようやく、ハジメを尋常ならざる相手だと悟ったのか、黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。
「む、無詠唱ォ?! お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」
混乱し、恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。
そんな彼等をハジメは鼻で笑う。
「何で? 見りゃわかるだろ? 奪われたもんを奪い返しに来ただけだ。あとは……唯の見せしめだな。俺の連れに手を出すとこうなるっていう。だから、終わりは派手にいかせてもらうぞ?」
ハジメはそう言うと、〝空力〟を使ってホールの天井まで上がって行き、いつの間にか空いていた穴に飛び込んでそのまま建物の外まで空いた穴を通って地上へと出た。
〝ユエ。ミュウは無事確保した。そっちはどうだ?〟
〝……ん、避難完了。後は、客がワラワラ出てくるところ〟
〝そうか、じゃあフィナーレは派手に行こうか〟
〝んっ!〟
ハジメは、〝空力〟で更に上空に駆け上がりながら、ミュウに話しかけた。律儀に言いつけを守り耳を塞いで胸元に顔を埋めていたミュウは、ハジメの「もういいぞ、ミュウ」という言葉に目をパチクリさせながら周囲を見渡し……「ふわっ!?」という驚きの声を上げた。
「お兄ちゃん凄いの! お空飛んでるの!」
「飛んでるんじゃなくて跳んでるだけなんだが……まぁいいか。それより、ミュウ、ちょっと派手な花火が見れるぞ?」
「花火?」
「花火ってのは……綺麗な紅い閃光だ」
「閃光?」
碌な説明が出来ていないが、これからやることに変わりはないのでハジメは気にせずにミュウを片腕で抱っこしたまま、〝空力〟で上空に留まりつつ、ハジメはミュウに「た〜ま〜や〜って言えば良い」と伝え、ある複合の新魔法を放った。
「んじゃ、行こうか───〝紅雷華〟」
「た~ま~や~?」
ハジメの一言と間延びしたミュウの声が夕暮れの空に響いた瞬間、フューレン全体に轟くほどの轟音と共に周囲のフリートホーフの関連建物をも巻き込んで凄絶な紅い閃光の衝撃が走り、裏オークションの会場は言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていき、紅き雷の華が咲き誇った。
「おぉ〜(初めて放ったが、威力は凄まじいな……)」
「ふぇえええ!?」
「どうだ、ミュウ? 驚いたか?」
「花火スゴイ…」
ミュウが紅雷華を見て目を輝かせてると追い打ちをかけるように、少し離れた空に突然暗雲が立ち込め始めた。そして、雷鳴の咆吼と共に、四体の〝雷龍〟が出現した。
「おっ、アッチも始まったな」
ユエが生み出した〝雷龍〟四体は、それぞれ別方向に雷を迸らせながら赤く燃える空を悠然と突き進む。おそらく、フューレンにいるほとんどの人が、その偉容を目撃していることだろう。そして、四体の雷龍は、取り残していたフリートホーフの重要拠点四ヶ所に、雷鳴を轟かせながら同時に〝落ちた〟。稲光で更に周囲と空を染め上げて、轟音と共に建物が崩壊する音がフューレンに響き渡った。
ちなみに、関係のない一般人には危害が及ばないように注意はしている。関連施設やその周辺にも、無人偵察機を飛ばして、しっかりフリートホーフと関係のない人がいないか確認済みだ。なので吹き飛んだり消し炭になっているのはフリートホーフの人間だけである。個人の人格までは知ったことではない。
〝ハジメさん! ミュウちゃんは無事ですか!?〟
〝ちょ、待つのじゃシアよ。って早いのじゃ!〟
ミュウと二人で収まりつつある炎や噴煙を眺めていると、シアからの念話が入った。そうえば、二人には何をするのか詳細は伝えていなかったことを思い出すハジメ。
〝ああ。無事だよ。奴等の拠点も大体潰したし……そうだな。多分、悲鳴を上げているだろうイルワ支部長のもとにでも集合しようか〟
〝うぅ~、良かったぁ~。支部長さんのところですね? 了解です。直ぐに向かいますから早くミュウちゃんに会わせて下さいね?〟
〝ああ。わかってるよ。じゃあ、向こうでな〟
〝はいですぅ〟
突然、遠くを見つめて沈黙したハジメに、不思議そうな眼差しを向けるミュウ。ハジメが「お姉ちゃんと、もう直ぐ会えるぞ?」と伝えると、「お姉ちゃん!」と嬉しそうに頬を綻ばせたと、地上に降りたハジメの下へ捕まっていた子供達を保安員に引き渡したユエがやって来た。抱っこされるミュウをジーと見つめている。ミュウの方は、そわそわと視線を彷徨わせて、ハジメを見上げた。その目が、「この人誰なの?」と言っている。
「ミュウ、彼女の名前はユエ。俺の大切な仲間だ」
「……シアお姉ちゃんも?」
「あぁ、仲間だな」
「恋人じゃないの?」
「違うな、俺の恋人はここから、ちょっと離れた所にいるんだ」
「……ミュウも会える?」
「さぁな……どうだろうな?」
ハジメとミュウがそんな話をしてるとユエがおもむろに進み出てきたのだ。「むっ」と警戒するミュウ。だが、ユエはそんなミュウの警戒心などお構いなしにミュウを奪い取るり、むぎゅ~と音がしそうなほどキツく抱きしめた。「むぅ~」と唸り声を上げながらジタバタもがくミュウだが、ユエは一向に離さない。そして一言、
「……可愛すぐる」
「…クハッ」
どうやらウチの吸血姫様はミュウの事が相当お気に召したらしい。ようやくプハッと顔を上げて呼吸を確保したミュウは、至近距離でユエと見つめあった。
「……ミュウ。私はユエ。一人でよく頑張った。とっても偉い」
ユエは、優しげに目元を和らげると、抱きしめたままミュウの頭をいい子いい子する。その優しい手つきと温かい雰囲気にミュウは自然と気が緩みホロホロと涙を流し始めた。そのまま、盛大にワッーと泣き始める。
ハジメは苦笑いしながらミュウの頭を撫で、泣き止むのを待って冒険者ギルドの支部長のもとへ向かうのだった。
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「倒壊した建物二十二棟、半壊した建物四十四棟、消滅した建物五棟、死亡が確認されたフリートホーフの構成員九十八名、再起不能四十四名、重傷二十八名、行方不明者百十九名……で? 何か言い訳はあるかい?」
「計画的にやっただけだ。反省も後悔もない」
「はぁ~~~~~~~~~」
冒険者ギルドの応接室で、報告書片手にジト目で俺を睨むイルワだったが、出された茶菓子を膝に載せた海人族の幼女と分け合いながらモリモリ食べている姿と反省の欠片もない言葉に激しく脱力する。
「まさかと思うけど……メアシュタットの水槽やら壁やらを破壊してリーマンが空を飛んで逃げたという話……関係ないよね?」
「……ミュウ、これも美味いぞ? 食ってみろ」
「あ~ん」
ハジメは平然とミュウにお菓子を食べさせているが、隣に座るシアの目が一瞬泳いだのをイルワは見逃さなかった。再び、深い、それはもうとても深い溜息を吐く。片手が自然と胃の辺りを撫でさすり、傍らの秘書長ドットが、さり気なく胃薬を渡した。
「まぁ、やりすぎ感は否めないけど、私達も裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言える。彼等は明確な証拠を残さず、表向きはまっとうな商売をしているし、仮に違法な現場を検挙してもトカゲの尻尾切りでね……はっきりいって彼等の根絶なんて夢物語というのが現状だった……ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね……はぁ、保安局と連携して冒険者も色々大変になりそうだよ」
「まぁ、元々、其の辺はフューレンの行政が何とかするところだろ。今回は、たまたま身内にまで手を出されそうだったから、反撃したまでだし……」
「唯の反撃で、フューレンにおける裏世界三大組織の一つを半日で殲滅かい? ホント、洒落にならないね」
苦笑いするイルワは、何だか十年くらい一気に年をとったようだ。
「まぁな……」
流石に、ちょっと可哀想に感じたハジメは少しイルワに同情してしまったのである提案をした。
「一応、そういう犯罪者集団が二度と俺達に手を出さないように、見せしめを兼ねて盛大にやったんだ。支部長も、俺らの名前使ってくれていいんだぞ? 何なら、支部長お抱えの〝金〟だってことにすれば……相当抑止力になるんじゃないか?」
「おや、いいのかい? それは凄く助かるのだけど……そういう利用されるようなのは嫌うタイプだろう?」
「良いさ、アンタには色々やって貰ったしな…これぐらいはするさ」
「感謝するよハジメ君」
イルワはハジメからの提案を有り難く受け取った。
ちなみに、その後、フリートホーフの崩壊に乗じて勢力を伸ばそうと画策した他二つの組織だったが、イルワの「なまはげが来るぞ~」と言わんばかりの効果的なハジメ達の名の使い方のおかげで大きな混乱が起こることはなかった。この件で、ハジメは〝フューレン支部長の懐刀〟とか〝白髪眼帯の雷使い〟とか〝紅い化け物〟とか色々二つ名が付くことになったが……ハジメの知ったことではない。ないったらないのだ。
大暴れしたハジメ達の処遇については、イルワが関係各所を奔走してくれたおかげと、意外にも治安を守るはずの保安局が、正当防衛的な理由で不問としてくれたので特に問題はなかった。どうやら、保安局としても、一度預かった子供を、保安署を爆破されて奪われたというのが相当頭に来ていたようだ。
また、日頃自分達を馬鹿にするように違法行為を続ける裏組織は腹に据えかねていたようで、挨拶に来た還暦を超えているであろう局長は実に男臭い笑みを浮かべて俺達にサムズアップして帰っていった。心なし、足取りが「ランラン、ルンルン」といった感じに軽かったのがその心情を表している。
「それで、そのミュウ君についてだけど……」
イルワがはむはむとクッキーを両手で持ってリスのように食べているミュウに視線を向ける。ミュウは、その視線にビクッとなると、また引き離されるのではないかと不安そうにハジメやユエ、シア、ティオを見た。
「こちらで預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還してもらうか……二つの方法がある。君達はどっちがいいかな?」
誘拐された海人族の子を、公的機関に預けなくていいのかと首を傾げるハジメに、イルワが説明するところによると、〝金〟と今回の暴れっぷりの原因がミュウの保護だったという点から、任せてもいいということになったらしい。
「ハジメさん……私、絶対、この子を守ってみせます。だから、一緒に……お願いします」
シアが、ハジメに頭を下げる。どうしても、ミュウが家に帰るまで一緒にいたいようだ。ユエとティオは、ハジメの判断に任せるようで沈黙したまま見つめている。
「お兄ちゃん……一緒……め?」
「まぁ、最初からそうするつもりで助けたからな……ここまで情を抱かせておいて、はいさよならなんて真似は流石にしねぇよ」
「ハジメさん!」
「パパ!」
ミュウとシアは歓喜したがハジメはミュウの発言に脳が一瞬フリーズして身体が硬直した。
「……ミュウ。今なんて言ったんだ? なんか、聞いてはいけないような単語が聞こえたんだが……」
ハジメの疑問に、ミュウは平然と返した。
「……パパ!」
「………………な、何だって? 悪い、ミュウ。よく聞こえなかったんだ。もう一度頼む」
「パパ」
「……そ、それはあれか? 海人族の言葉で〝お兄ちゃん〟とか〝ハジメ〟という意味か?」
「ううん。パパはパパなの」
「うん、ちょっと待とうか」
ハジメが、目元を手で押さえ揉みほぐしている内に、シアがおずおずとミュウに何故〝パパ〟なのか聞いてみる。すると……
「ミュウね、パパいないの……ミュウが生まれる前に神様のところにいっちゃったの……キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの……だからお兄ちゃんがパパなの」
「何となくわかったが、何が〝だから〟何だとツッコミたい。ミュウ。頼むからパパは勘弁してくれ。俺は、まだ十七なんだぞ?」
「やっ、パパなの!」
「出会った時のお兄ちゃん呼びにしてくれ!」
「やっーー!! パパはミュウのパパなのー!」
その後、あの手この手でミュウの〝パパ〟を撤回させようと試みるが、ミュウ的にお兄ちゃんよりしっくり来たようで意外なほどの強情さを見せて、結局、撤回には至らなかった。
「ハァ……こうなったら、もう、エリセンに送り届けた時に母親に説得してもらうしかないか」
ハジメはミュウの説得に出来ないと判断し、奈落を出てから一番ダメージを受けたような表情で引き下がった。
イルワとの話し合いを終え宿に戻ってからは、アホ三人は誰がミュウに〝ママ〟と呼ばせるかで紛争が勃発し、取り敢えず、ハジメは恋人でもないのにそんな論争をしてる三人の頭に軽めの拳骨(ハジメ基準)をして黙らせた。
結局、〝ママ〟は本物のママしかダメらしく、三人とも〝お姉ちゃん〟で落ち着いた。
そして夜、ミュウたっての希望で全員で川の字になって眠る事になり、ミュウがハジメと誰の間で寝るかで再び揉めて、精神的に疲れきったハジメが強引にミュウを間にして三人を縛って寝た出来事があったが、なんとか眠りに付き激動の一日を終えることが出来た。
この日、ハジメは十七歳でパパになった……これより子連れの旅が始まったのであった………。
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おまけ
ハジメ「なぁユエ…」
ユエ「…ん?」
ハジメ「もし、優花と再会したら吊るされそうな気がするんだが?」
ユエ「……再会したら三人の女を侍らしながら子連れで帰って来る恋人………ん、頑張ってハジメっ!」
ハジメ「うん、吊るされるなこれは……」
ハジメは遠い目をしながら空を見上げるのだった。
編集しました。十一月十六日
愛子はハーレムに入れるか入れないか
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いる
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いらない