商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた場所。公的機関の目が届かない完全な裏世界。大都市の闇。人身売買の総元締をしている裏組織〝フリートホーフ〟の本拠地である。
いつもは、静かで不気味な雰囲気を放っているフリートホーフの本拠地だが、今は、騒然とした雰囲気で激しく人が出入りしていた。おそらく伝令などに使われている下っ端であろうチンピラ風の男達の表情は、訳のわからない事態に困惑と焦燥、そして恐怖に歪んでいた。
そんな普段の数十倍の激しい出入りの中、どさくさに紛れるように頭までスッポリとローブを纏った者が二人、フリートホーフの本拠地に難なく侵入した。バタバタと慌ただしく走り回る人ごみをスイスイと避けながら進み、遂には最上階のとある部屋の前に立つ。その扉からは男の野太い怒鳴り声が廊下まで漏れ出していた。それを聞いて、ローブを纏った者のフードが僅かに盛り上がりピコピコと動いている。
「ふざんけてんじゃねぇぞ! アァ!? てめぇ、もう一度言ってみやがれ!」
「ひぃ! で、ですから、潰されたアジトは既に五十軒を超えました。襲ってきてるのは二人組が二組です!」
「じゃあ、何か? たった四人のクソ共にフリートホーフがいいように殺られてるってのか? あぁ?」
「そ、そうなりまッへぶ!?」
室内で、怒鳴り声が止んだかと思うと、ドガッ!と何かがぶつかる音がして一瞬静かになる。どうやら報告していた男が、怒鳴っていた男に殴り倒されでもしたようだ。
「てめぇら、何としてでも、そのクソ共を生きて俺の前に連れて来い。生きてさえいれば状態は問わねぇ。このままじゃあ、フリートホーフのメンツは丸潰れ……それに、この醜態があの御方に知られたら俺達の人生はお終いだ!!」
「俺達が生き残るには、そいつらに生きたまま地獄を見せて、見せしめにする必要がある。連れてきたヤツには、報酬に五百万ルタを即金で出してやる! 一人につき、だ! 全ての構成員に伝えろ!!」
男の号令と共に、室内が慌ただしくなる。男の指示通り、組織の構成員全員に伝令するため部屋から出ていこうというのだろう。耳をそばだてていた二人のフードを着た者達は顔を見合わせ一つ頷くと、一人が背中から戦鎚を取り出し大きく振りかぶった。
そして、室内の人間がドアノブに手をかけた瞬間を見計らって、超重量の戦鎚を遠心力と重力をたっぷり乗せて振り抜いた。
尋常じゃない爆音を響かせて、扉が木っ端微塵に粉砕される。ドアノブに手を掛けていた男は、その衝撃で右半身をひしゃげさせ、更に、その後ろの者達も散弾とかした木片に全身を貫かれるか殴打されて一瞬で満身創痍の有様となり反対側の壁に叩きつけられた。
「構成員に伝える必要はありませんよ。本人がここに居ますからね」
「ふむ、外の連中は引き受けよう。手っ取り早く、済ますのじゃぞ? シア」
「ありがとうございます、ティオさん」
今しがた起こした惨劇などどこ吹く風という様子で室内に侵入して来たのはシアとティオだ。
いきなり、扉が爆砕したかと思うと、部下が目の前で冗談みたいに吹き飛び反対側の壁でひしゃげている姿に、フリートホーフの頭、ハンセンは目を見開いたまま硬直していた。しかし、シアとティオの声に我に返ると、素早く武器である長剣を取り出し構えながらドスの利いた声で話しだした。
「……てめぇら、例の襲撃者の一味か……その容姿……チッ、リストに上がっていた奴らじゃねぇか。シアにティオだったか?あと、ユエとかいうちびっこいのもいたな……なるほど見た目は極上だ。おい、今すぐ投降するなら、命だけは助けてやるぞ? まさか、フリートホーフの本拠地に手を出して生きて帰れるとは思って──」
好色そうな眼でシアとティオを見ながらペチャクチャと話し始めたハンセンの言葉を遮ってズドンッと、腹の底にまで届くような轟音が響き渡った。
見れば、シアが冷め切った眼差しを向けながら柄を収縮した砲撃モードのドリュッケンを構える姿があった。
問答無用に、至近距離から撃ち放たれた凶悪な破壊力を持つ無数の鉄球によりハンセンは右腕を根元から吹き飛ばされ、血飛沫を上げながら錐揉みして背後の壁に激突し、絶叫を上げながら蹲った。
「ボス!? 今のは何の音ですかい!?」
「無事ですか!?」
騒ぎを聞きつけて、本拠地にいた構成員達が一斉に駆けつけてくる。だが、
「子供を食い物にしてきたその所業……些か、妾も苛立っておる。あの世で悔い改めよ」
そんなことを冷え切った声音で呟いたティオが凄まじい火力を有する炎系魔法で階段を灰に変え上階へと至る道を無くしたため立ち往生することになった。
直後、右往左往する彼等に向けて、竜の牙が剥かれる。〝ブレス〟だ。ティオの片手からの縮小版とはいえ、奈落の化け物をして必死の防御を強いたそれは薙ぎ払われれば、木造の建物などひとたまりもないのは当然のこと。
フリートホーフの本拠地はハンセンの部屋を除いて見るも無残な有様へと成り果てた。辛うじて倒壊は免れながら、玄関側の壁が綺麗に消失し、風通しどころか、見通しも良くなってしまっている。
その縦半分となった本拠地の姿を屋内から出てきた構成員達は呆然と見上げることしかできない。
そこへティオは容赦なく、風刃や炎弾をマシンガンの如く撃ち放っていく。容赦の欠片もない攻撃に、構成員達は蜘蛛の子を散らすように逃走を図るが……それが叶うものは少ないだろう。
ティオが、外の構成員を一手に引き受けている間に、シアは、ドリュッケンを肩に担いだまま、悲鳴を上げてのたうつハンセンにツカツカと歩み寄ると、ドリュッケンを腹に突き落とした。「ぐえぇ」と苦悶の声を上げて何とか大槌を退かせようとするが、超重量のドリュッケンを片腕でどうこうできる訳もない。しかし、ハンセンは命乞いをせずに剣呑の眼差しでシアを睨む。
「クソがぁ……亜人如きが俺に傷を付けやがって……もう許さねぇ! てめぇ等は商品じゃなく奴隷にしてやる!来いゾクトニアァ!!」
瞬間、シアとティオの周りにそれぞれの付近に二つの魔法陣が浮き出ると、そこから四体の影が現れ、近くにいたシアとティオに攻撃を放つ。
「「!」」
突然、現れた魔法陣に驚きはしたものの二人は放たれた影からの攻撃をシアはドリュッケンを盾に、ティオは反攻戦技の〝流水〟を使って直撃を防ぐ。
そして、二人は攻撃を行ったモノは全身が鎧のような外殻を纏い、その両腕には分厚い盾が付いた四体の魔物であった。
「な、なんですか!?」
「む、此奴はゾクトニア? じゃが、どうしてこの魔物が?」
その魔物を見た二人の反応は様々で、シアは初めて見る魔物に驚愕しているが、ティオはというと何故、この地域にいることに疑問を抱いている。
すると、失った右腕の箇所を左手で抑えながらハンセンは下卑た笑みを浮かべて己の威厳を保つためか大声で言う。
「ハハッ、見やがれ!これが俺の天職〝召喚士〟である力だ!それにこの数のゾクトニアをなぁ!!」
天職〝召喚士〟。天職の中でも珍しい類いで、動物や土人形ゴーレムといった使役したものを任意の場所で召喚できる稀有な固有魔法〝召喚〟を持っている。
その力量は本人の度合いによるものだが、先程の召喚技量から派生技能である〝複数召喚〟をハンセンは習得しているだろう。それと同時にティオはとある違和感に気付く。
「(あのゾクトニア……なんらかの強化措置がされておるな)」
ゾクトニアという魔物を知るティオは召喚された四体はなんらかの強化措置が行われている気付き目を細めた。
「さぁ、行け!ゾクトニア! あの女共を叩きのめせ!!」
そう言ってハンセンが命令下すと四体のゾクトニアは従順にハンセンの命令に従ってシアとティオの方へ一斉に飛び出した。
「シア。妾が半分を受け持とう。もう半分は頼んだのじゃ」
「了解です!」
互いに背中合わせで話す二人は会話を終えると、それぞれ二体相手取るためと互いの邪魔にならないように少しだけ距離を取る。すると、飛び出した四体も二手に別れだす。
そして、シアに狙いを定めた二体の内の一体が距離が縮まった瞬間に、勢いよく飛び上がると鋭い爪を突き立てながら襲いかかってきた。それに対してシアはドリュッケンを構えて迎撃に入る。
「りゃぁぁあ!!」
敵の攻撃が届く前にドリュッケンを振るうシア。同時に可愛いらしい声を出しているが、その振るわれる一撃は並の魔物ならばミンチになるほどの凶悪な威力を誇る一振は襲い掛かるゾクトニアに嫌な音を立たせる共に軌道を物理的に変えて横へと吹き飛ばした。
「よし、次です!」
一体を吹き飛ばすと標的の切り替えをすぐにドリュッケンを持ち直すシアは、もう一体のゾクトニアの方へ飛び出すと共にドリュッケンを振り上げた。ゾクトニアの方もシアの攻撃に備えて両腕の大盾を突き出して守りの体勢に入る。
守りに入ったゾクトニアに対してならば、盾ごと粉砕してやろうと柄に力が入れる。
そして、そのままドリュッケンを振り下ろそうとしたその時だった。シアの脳内に未来のビジョンが映る。
「!」
突然、〝未来視〟に映し出された光景に驚愕しながらもシアは数秒先の未来に備えてドリュッケンの振り下ろす勢いを真下にではなく回転をつけながら横薙ぎに振るう。直後、真横からシアを目掛けて突進してきたもう一体のゾクトニアの大盾とドリュッケンがぶつかり甲高い金属音が鳴ると共に倒壊寸前のフリートホーフの本拠地が余波でミシミシと嫌な音が鳴る。
「いくらなんでも早すぎません!?」
木造建築から響く嫌な音が聞こえてくるが、それよりも目の前のゾクトニアに対してシアは戦慄する。
未来視で襲ってくるのが分かっていたのだが、その復帰の早さには声を上げてしまうシア。加えて、自分の攻撃を受けて鎧に数センチほどのヒビが入っただけという事実にシアは驚きを隠せない。
そんなシアが驚愕してる間にも、防御状態から攻撃へ切り替えた目の前の個体がその剛腕を振るう。
「っ!」
攻撃に気付いたシアは床を蹴って後ろへ下がって攻撃を回避すると同時にドリュッケンの柄を収縮しつつ砲撃モードにして向かいくるゾクトニアに狙いを定めてショットガンを撃ち込んだ。
しかし、ゾクトニアは両腕の大盾を乱暴に振るってガキンッと音を響かせながらショットガンの弾を全て弾いてみせた。
「っ、嘘!?」
人の腕などを軽く吹き飛ばせるほどの威力を誇るショットガンを至近距離で受けたというのにゾクトニアはまるで効いてないとことにシアは驚きの声を上げる。そこへ、後ろへ回り込んだもう一体がシアに向かって振り上げた両腕を勢いよく振り下ろす。
その凶悪な一撃に対してシアはドリュッケンを大振りに振るって攻撃の軌道を上手く逸らしつつ、それを起点に独楽のように回りだし遠心力を加えた強力な一撃を繰り出そうとしたが、
「うえぇ!?」
一撃が入る直前に、ゾクトニアは固有魔法を発動し青白い光を纏うと、シアの回転攻撃を諸に受けるも大盾にヒビを入れさせる程度に終わり、逆に、その余りの装甲の硬さにシアの腕がシビれてしまう。
「っ〜〜、どれだけ硬いんですかぁ!」
なんとか意地でドリュッケンを手から離さなかったものの骨にジンジンと響く感覚に涙目になって叫ぶシア。しかし、シアの文句など知ったことじゃない言わんばかりに二体のゾクトニアは問答無用に襲い掛かってくる。
「くぅ!」
執拗に振るわれる攻撃に、なんとか向かってくる攻撃の軌道を見切りながら持ち前のセンスで攻撃を躱す。だが、隙を突いて反撃を与えようとするも分厚い四枚の大盾と鎧によって阻まれ防がれる。ならばと、ゾクトニアの動きよりも早く立ち回って、隙を作って攻撃するやり方にシフトするが、この狭い空間のせいで速さを加えた威力を上乗せが出来ないことによる火力不足で無意味に終わる。
如何に素早く翻弄して死角からの攻撃しても、如何に余程の力を込めた一撃をぶつけても、大盾は愚か鎧すらもマトモに砕けない事実にシアは悔しさのあまり歯噛みする。
「もうっ、あったまにきましたっ!ギッタンギッタンにしてやるですぅ〜っ」
硬すぎるゾクトニアの装甲と何度も攻撃が防がれることに沸々と込み上げていた怒りが爆発するシア。まさか、ここまで苦戦を強いられるとは思っていなかったのだろう。すると、シアが攻めあぐねている状況を見ていたハンセンの野太い笑い声が響く。
「ハハハッ! 理解したか小娘共!コイツ等は特別な措置が施さされた個体!上級魔法は完全無効に加えて物理攻撃すらも高耐久の動く城壁! てめぇ等ていどじゃゾクトニアの装甲を破るのは不可能ってことだ!」
そう自慢気に語るハンセン。しかし、ゾクトニアの後ろで息巻いてるせいで小者にしか見えない。しかし、ハンセンの言ってることは正しく、その余りにも硬い装甲はシアを苦しめていた。
「っ?! またっ!」
再び、渾身の攻撃を放つが、再び青白い光を纏ったゾクトニアによる防御で完璧に相殺され弾かれる。そして、弾かれた反動でドリュッケンが後ろへ強く引っ張られ、そこを狙ったゾクトニアが襲い掛かるが持ち前の身体能力で攻撃を上手く躱すシア。だが、この膠着状態は確実にシアをジワジワと焦らせる。
「!」
そこへ、二体のゾクトニアによる同時攻撃。回避か防御か。普段ならどちらかを即決できるシアだが、今は焦る余り思考が纏まらず動きが遅れてしまう。直撃は避けられないと思ったその時、鮮やかな紫炎と颶風が合わさった攻撃が二体のゾクトニアを勢いよく吹き飛ばす。
「うへ?」
その光景に素っ頓狂な声を上げるシアだが、直後に、シアを助けた人物の声が話しかけてきた。
「シアよ無事かの? 」
それは勿論、ティオだった。彼女は自分を攻撃してくるゾクトニアと戦いながら周囲を俯瞰して危ない状況だったシアを手助けしたのだ。その見事な手腕にシアはつい見蕩れてしまう。
「ティオさん!」
「シアよ。戦いで、そうかっかするのはいかん。変に焦ってしまって動きが疎かになってしまっておるぞ?」
そう苦言を呈すティオは、迫る二体の攻撃を反攻戦技〝流水〟を使い、まるで流れる水の如く敵の攻撃を軽やかに受け流すと共に見事な体捌きと扇術で二体のゾクトニアを圧倒する。
「ゾクトニア。魔人領西部辺りに生息しておる魔物じゃったな。確か、固有魔法は耐久と魔耐を上昇させる〝城壁〟。その力は、中級魔法すらも無効化するとは言われておるが──」
ポツポツとゾクトニアについて語り始めるティオ。しかし、その間にも動きは止めずにゾクトニアの攻撃を軽やかに受け流し、
「それは全くの嘘じゃ」
そう断言するティオに対してハンセンは強く否定した。
「はぁ?!戯言をほざいてんじゃねぇぞテメェ! 俺はこの目で確認したぞ、上級魔法の
「たかが、魔法を込めただけの道具で試したと言われても片腹痛い。魔法とは個々の力量が異なれば同じ魔法であってもその威力は天と地の差に等しい。そして、此奴は耐久力が高いが、生物には必ず限界もあるというもの」
ハンセンの言葉を即座に両断するティオ。その態度に怒りが頂点に達したハンセンが声を荒あげ|る。
「じゃあ、なんだ!? テメェは魔法で其奴等を倒せるのかよ!!?」
「──ああ、できる」
ハンセンの怒号に鼻で笑ってそう断言したティオは手に持つ扇子に魔力を注ぎ込めると共に紫炎を纏わせる。これは〝魔力操作〟の派生である〝魔力圧縮〟だ。しかも、戦いながらコントロールを乱さずに〝魔力圧縮〟を続けていく。
やがて、扇子に凝縮された魔力は膨大な熱気と圧を放っており、準備が完了したのを確認したティオは敵の動きを乱す戦技〝乱風〟によって体勢を崩され隙を顕になった二体のゾクトニアに向けティオは手に持つ扇子を横一線に振るう。
「これで、終わりじゃよ」
直後、膨大に圧縮されレーザー光線となった紫炎によって二体のゾクトニアはまるで紙切れの如く横一線に両断して絶命させる。その信じられない光景にシアとハンセンは目を見開く。
対してティオは全く余裕の表情で、軽く一息を吐くとシアを見る。驚いていたシアもティオの視線に気付き彼女の方を見る。そして、その視線の意味も理解する。
──今度はお主の番じゃ。
それはティオからの期待とシアならば出来るという確信。
それを理解したシアは強く頷くとドリュッケンを両手に持ち直し強く握り締め呼吸を整える。同時にティオからの攻撃から復帰したゾクトニア達もシアへの方へ向かって動き出した。
「(ティオさんは魔力を扇子に流して圧縮させていた。ならば私も!)」
シアは集中するため目を閉じる。そして、ティオのやっていたことを真似るように己の魔力を全身とドリュッケンに流し込んで圧縮させていく。凝縮された魔力は体に凄く負荷を与えてくるがそれを我慢して圧縮を続ける。しかし、そこへゾクトニア達が駆け付ける。そして、飛び上がりシアへ攻撃を振るおうとした瞬間、シアの目がカッと見開いた。
「───っ、今!」
全身とドリュッケンに圧縮された魔力が一気に放出させ、一時的にシアの〝身体強化〟は上限を越え〝圧縮強化〟という新たに得た力で放たれるシアの一撃は音よりも早くゾクトニア達に叩き込まれた。
「は?」
常人では到底、視認することが不可能な速度で放たれたシアの一撃は音を置き去りにしてゾクトニア達の大盾と鎧を真っ正面からでも完全に叩き砕き、ハンセンが見たのは床に飛び散ったゾクトニアだったものの残骸。
「ひ、ひぃぃ!!」
事を理解した瞬間、先程の威勢のよさが嘘のように血の気が失せ顔を蒼白とさせるハンセンは腰を抜かしてその場で崩れてしまう。そこへ今度は逃がさないとばかりにシアの重力魔法によって質量が増したドリュッケンがハンセンの腹部へ突き落とされる。
「ぐへぇ!」
内臓が押し潰されるような痛みに苦悶の声を上げるハンセン。退かそうにも片腕がないため脱出は不可能、頼みのゾクトニアも目の前の二人に敗北した。故に、ハンセンに残されたのは醜く無様に命乞いをすることだけだった。
「た、たのむ。助けてくれぇ! 金ならあるし、さっきの件も謝る!もう、お前等に関わったりもしない! だからッゲフ?!」
「勝手に話さないで下さい。あなたは私の質問に答えればいいのです。分かりましたか? 分からなければ、その都度、重さが増していきますので……内臓が飛び出さないうちに素直に吐くことをオススメします」
「……シアよ。お主、やっぱりご主人様の仲間じゃの……言動がよう似とるの〜」
扇を仰ぎに、ツッコミを入れるティオの言葉はさらっと無視して、シアはハンセンにミュウの事を聞いた。
ミュウと言われて一瞬、訝しそうな表情を見せたハンセンだが、海人族の子と言われ思い至ったのか少しずつ重さを増していくドリュッケンに苦悶の表情を浮かべながら必死に答えた。どうやら、今日の夕方頃に行われる裏オークションの会場の地下に移送されたようだ。
ちなみに、ハンセンはシアとミュウの関係を知らなかったようで、なぜ、海人族の子にこだわるのか疑問に思ったようだ。
その様子からすると、シア達とミュウのやり取りを見ていたハンセンの部下が咄嗟に思いつきでシアの誘拐計画を練って実行したのだろう。
元々、シアの名前はフリートホーフの誘拐リストの上位に載っていたわけであるから、自分で誘拐して組織内での株を上げようとでもしたに違いない。
シアは、首のチョーカに手を触れて念話石を起動すると、ハジメに連絡をとった。
〝ハジメさん、ハジメさん。聞こえますか? シアです〟
〝…………シア。ああ、聞こえる。どうした?〟
〝ミュウちゃんの居場所が分かりました。ハジメさんは今、観光区ですよね? そちらの方が近いので先に向かって下さい。後、この方達、ゾクトニア?っていうティオさん曰く魔人族領に棲息する魔物を保有しているようです〟
〝何? まぁいい了解した〟
シアは、ハジメに詳しい場所とゾクトニアの情報を伝えると念話を切った。既にドリュッケンの重さで呼吸もままならないのか、青紫っぽい顔色になっているハンセンが必死に助命を懇願している。
ドリュッケンにかけた重力魔法を解いて、通常の重さに戻したシアは、ハンセンの上から退かせて肩に担いだ。ドリュッケンの重さからは解放されたものの、既に出血多量で意識が朦朧とし始めているハンセンは、それでも必死にシアに手を伸ばし助けを求めた。
「た、助け……医者を……」
「子供の人生を食い物にしておいて、それは都合が良すぎるというものですよ……それにあなたのような人間を逃したりしたら、ハジメさんとユエさんに怒られてしまいます。というわけで、さよならです」
「や、やめ!」
ザシャッと生々しい音が室内に響いた。シアは、振り下ろしたドリュッケンを勢いよく振り回して付着した血を吹き飛ばすと再び背中に背負い、ハンセンだったものを一瞥すらせずティオに向き直った。
「ティオさん。ここは手っ取り早く潰して、早くハジメさん達と合流しましょう!」
「う、うむ……シアも大概容赦ないのじゃ……じゃが取り壊すのは待ってくれぬか?」
「?……なんでです?」
「少し、調べたいことがあってな」
建物をさっさと壊そうとドリュッケンを振り上げるシアに待ったをかけるティオ。シアは何故?と首を傾げるが、ティオはハンセンのデスクまで移動すると何かを探し始めた。そして、施錠された引き出しを見つけると竜人の筋力で強引にこじ開けると中には沢山の重要そうな書類の束があった。
それを手に取ったティオは書類の一枚一枚を速読していく。
「ふむふむ……あった。これじゃな」
そして、目当てのものを見つけたのか、見つけたそれを懐に仕舞うとシアがそれはなんなのかと聞いてくる。
「ティオさん、それは?」
「うむ。これは此奴等の取引履歴書と顧客リストじゃよ。流石にゾクトニアといった魔物取り引きは妾とて看過できん」
魔人族領でしか棲息してない魔物を取り引きは流石に調べる必要があると感じたからだ。それに、
「これは、ご主人様の土産になりそうじゃし」
そう言って、また一つの書類の書類を拾う。そこには《フューレン陥落計画》についての計画書も見つけたティオはそれも懐へ仕舞い込む。
「なら、もうぶっ壊してもいいですよね!」
「う、うむ……そうじゃな(シアは怒らせるとマズイタイプじゃなぁ)」
目当てのものを回収し終えたのを見て振り上げていたドリュッケンをニコニコと笑みを浮かべながら勢いよく振り下ろすシア。その笑みからは物凄い怒気が見え隠れしている。
そんな怒気に気圧されつつもティオもフリートホーフ本拠地の破壊活動に勤しむ。
それから数分後、シアとティオが立ち去った後には、無数の屍と瓦礫の山だけが残った。
フリートホーフ───【フューレン】において、裏世界では三本の指に入る巨大な闇組織は、この日、実にあっさりと壊滅したのだった。
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「…シア達の所は心配無用だな」
「……ん」
一方、シアから念話を貰ったハジメとユエは、情報の場所へと急行していた。ミュウがオークションに出される以上、命の心配はないだろうが精神的な負担は相当なもののはずだ。奪還は早いに越したことはない。
そして、移動する最中にハジメはシアから齎された魔物の情報についてユエに聞くと彼女もその魔物について知っていた。
「……でも、シアの話だと今向かう場所にも魔物がいるかもしれない」
「だろうな。ユエ、シアが言ってたゾクトニアってのは楽に倒せそうか?」
「………ん。ハジメなら問題ない。アイツは鎧と盾は少し硬いけどそれだけの魔物」
「そうか。ならとっととミュウを助けにいくか」
「……ん!」
そう会話をしながら目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えている。
「流石に正面突破は得策じゃねぇな」
「……ん」
変に騒ぎを起こしてまたミュウが移送されては堪らないと思い、裏路地に移動するハジメは錬成を使って地下へと侵入した。
続いて降りてくるユエをしっかり抱き留めてから、気配遮断を使いながら素早く移動していく。
やがて、ハジメは地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人が居眠りしており、その監視の前を素通りして行くと、中には、人間の子供達が十人ほどいて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供達だろう。
基本的に、この世界の人間族のほとんどは聖教教会の信者であることから、そのような人間を奴隷や売り物にすることは禁じられている。
人間族でもそのような売買の対象となるのは犯罪者だけで、神を裏切った者として、奴隷扱いや売り物とすることが許される。そして、眼前で震えている子供達が、そろってそのような境遇に落とされべき犯罪者とは到底思えない。正規の手続きで奴隷にされる人間は表のオークションに出されるが、ここにいる時点で、違法に捕らえられ、売り物にされていることは確定な証拠だった。
「クソったれが」
そう目の前の光景に苛立ちを隠せず汚い言葉を吐き捨てるハジメだが、すぐに切り替え、突然入ってきたことに怯える子供達と鉄格子越しに屈んで視線を合わせると、静かな声音で尋ねた。
「ここに、海人族の女の子はこなかったか?」
てっきり、自分達の順番だと怯えていた子供達は、予想外の質問に戸惑ったように顔を見合わせる。牢屋の中にはミュウの姿はなかった。そのため、ハジメは、他にも牢屋があるのか、それとも既に連れ出された後なのか、子供達に尋ねてみたのだ。
しばらく沈黙していた子供達だが、ハジメの隣りにユエがしゃがみ込み優しげな瞳で「……大丈夫」と呟くと、少し安心したのか、一人の七、八歳くらいの少年がおずおずと質問に答えた。
「えっと、海人族の子なら少し前に連れて行かれたよ……お兄さん達は誰なの?」
やはり、既に連れて行かれたあとかと内心舌打ちしたハジメは、不安そうな少年に向かって簡潔に優しく笑みを浮かべながら返した。
「君達を助けに来たんだ」
「えっ!? 助けてくれるの!」
ハジメの言葉に、驚愕と喜色を浮かべて、つい大声を出してしまう少年。その声は薄暗い地下牢によく響き渡った。慌てて口を両手で抑える少年だったが、監視にはばっちり聞こえていたようで「何騒いでんだ!」と目を覚ましてドタドタと地下牢に入ってきた。
そして、ハジメ達を見つけて、一瞬硬直するものの「てめぇら何者だ!」と叫びながら何かの
「ユエ。アレがゾクトニアか?」
「……んん、違う。あの魔物はヴェルガ。でも、アレも魔人族領に棲息する魔物だったはず」
ユエ曰く、目の前で召喚された緑色の二メートル越えの巨体の魔物は
「……高い耐久と岩をも砕く膂力。そして、固有魔法は私の自動再生に近い魔法を保持している」
「面倒な魔物だなぁ」
なんてものを取り引きしてんだと溜息を吐くハジメに監視は召喚したヴェルガに「さっさと殺せ!!」と命令する。
瞬間、「ォォオオオ!!」と、雄叫びを上げてから襲いかかる二体のヴェルガ。それを見た子供達は、魔物によって殺されるハジメとユエの姿を幻視し悲鳴を上げる。
だが、そんな事はありえなかった。ハジメは、一歩踏み込むと、その瞬間、姿が掻き消えたと錯覚するレベルで一体のヴェルガの眼前にまで移動すると、左手で無造作にヴェルガの頭を掴む。
「自動つってもユエほどではないだろ?」
そう言うと、ハジメはそのまま力を任せにヴェルガの頭を砕き潰した。頭部を砕かれたヴェルガはそのまま固有魔法を発動させることなく屍と化す。
そして、もう片方も……
「──〝黒葬〟」
ユエが発動した無数の黒刃によって自動再生ができないレベルにまで切り刻まれ肉片へと成り果てた。
──闇属性最上級魔法〝黒葬〟
直接的な攻撃できる魔法が少ない闇属性魔法の中で直接攻撃が可能な魔法。己の影、周囲の影に質量を持たせ操作することができる魔法でありユエがしたような無数の黒刃のような攻撃など応用可能であるが操作難易度が極めて高い魔法。
五秒も経たない内に屍と成り果てたヴェルガを見た監視の男は、それが何なのか一瞬理解出来なかったようでキョトンとした表情をすると、ようやく何が起こったのか理解し、「なっ、なっ」と言葉を詰まらせながら顔を青ざめさせて一歩後退った。
ハジメは、問答無用にホルスターからドンナーを抜くと共に男の頭を撃ち抜いた。直後、銃声の乾いた音と共に一瞬で絶命する。
「監視なら、まず警笛鳴らすとかしろよ。雑魚が」
呆れた表情でそんな事を言いながら、文字通り監視を瞬殺したハジメに、子供達は目を丸くして驚いている。
そんな視線もお構いなしにハジメは監視の死体から〝
「しかし、この〝
「……そうだと思う」
「なら、アレか。下手したら、この組織の構成員達は〝召喚〟の
そう言いながら
「ユエ、悪いが、この子達を頼めるか? 俺は、どうやらもうひと暴れしなきゃならないみたいだ」
「ん……任せて」
「おそらく、もうすぐ保安署の連中も駆けつけるだろう。そいつらに預ければいい。イルワ支部長が色々手を回してくれるだろうし……細かい事は、あの人に頼む」
ユエが、若干、同情するような眼差しで遠くを見た。それはギルド支部がある方角だった。
実は、ここに来る前に、適当に捕まえた冒険者にイルワ宛の念話石を届けてもらい、事の次第をイルワに説明しておいたのだ。
ステータスプレート〝白金〟はこういうときに役に立つ。ハジメのランクを見た瞬間、平冒険者は顎が外れるくらいの大口を開け仰天してしまうほどで、頼んだ時も快く引き受けてくれた。
「やっぱり、最高ランクは役に立つな」
ハジメは改めて冒険者最高ランクという称号を獲得していて良かったと実感する。
ちなみに、イルワの方から念話石を起動することは出来ないので、彼は一方的にハジメから、巨大裏組織と喧嘩しているという報告と事後処理もろもろ宜しくという話を聞かされ、執務室で額に手を当てながら大笑いしていたりする。
まさか、頭を悩ます裏組織と争うことになったハジメ達に「本当に飽きさせない子だな」と、興味が尽きないイルワだった。
そうとは知らないハジメは、再び、地下牢から錬成で上階への通路を作ると子供達をユエに任せてオークション会場へ急ごうとした。と、その時、先ほどの少年が呼び止める。
「兄ちゃん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」
「……」
どうやら、この少年、亜人族であることなど関係なく、ミュウを励まそうとしていたらしい。自分も監禁されていたというのに中々根性のある少年だ。自分の無力に悔しそうに俯く少年の頭を、ハジメはわしゃわしゃと撫で回した。
「わっ、な、なに?」
「悔しいなら守りたいなら強くなればいい。今回は、俺がやっとくさ。次、守りたい人、助けたい人ができた時にお前が守ってやればいいさ」
それだけ言うと、ハジメはさっさと踵を返して地下牢を出て行った。呆然と両手で撫でられた頭を抑えていた少年は、次の瞬間には目をキラキラさせて少し男らしい顔つきでグッと握り拳を握った。
ユエは、そんな少年に微笑ましげな眼差しを向けると、子供達を連れて地上へと向かったたのだった。
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オークション会場は、一種異様な雰囲気に包まれていた。
会場の客はおよそ百人ほど。その誰もが奇妙な仮面をつけており、物音一つ立てずに、ただ目当ての商品が出てくるたびに番号札を静かに上げるのだ。素性をバラしたくないがために、声を出すことも躊躇われるのだろう。
そんな細心の注意を払っているはずの彼等ですら、その商品が出てきた瞬間、思わず驚愕の声を漏らした。
出てきたのは二メートル四方の水槽に入れられた海人族の幼女ミュウだった。
衣服は剥ぎ取られ裸で入れられており、水槽の隅で膝を抱えて縮こまっている。海人族は水中でも呼吸出来るので、本物の海人族であると証明するために入れられているのだろう。一度逃げ出したせいか、今度は手足に金属製の枷をはめられている。小さな手足には酷く痛々しい光景だ。
多くの視線に晒され怯えるミュウを尻目に競りは進んでいく。ものすごい勢いで値段が上がっていくようだ。一度は人目に付いたというのに、彼等は海人族を買って隠し通せると思っているのだろうか。もしかすると、昼間の騒ぎをまだ知らないのかもしれない。
ざわつく会場に、ますます縮こまるミュウは、その手に持っていた黒い布をギュッと握り締めた。それは、ハジメの眼帯だ。ミュウと別れる際、ミュウを宥めることに忙しくてすっかりその存在を忘れていたハジメは、後になって思い出し、現在は予備の眼帯を着けている。
そのハジメの眼帯が、ミュウの小さな拠り所だった。
大好きな母親と引き離され、辛く長い旅を強いられ、暗く澱んだ牢屋に入れられて、汚水に身を浸し、必死に逃げて、もうダメだと思ったそのとき、温かいものに包まれた。
何だかいい匂いがすると目を覚ませば、目の間には片目に黒い布を着けた白髪の男性がいた。驚いてジッと見つめていると、何故か逸らしてなるものかとでも言うように、相手も見つめ返してきた。ミュウも、何だか意地になって同じように見つめ返していると、鼻腔をくすぐる美味しい匂いに気が逸れた。
聞かれるがままに名を答え、次に綺麗な紅い光が迸ったかと思うと、温かいお湯に入れられ、男性に似た、しけし、少し青みがかった白髪のウサ耳お姉さんに体を丸洗いされた。温かなお風呂も優しく洗ってくれる感触がとても気持ちよくて、気がつけばシアと名乗るお姉さんを〝お姉ちゃん〟と呼び完全に気を許していた。
膝の上で抱っこされ、食べさせてもらった串焼きの美味しさを、ミュウは、きっと一生忘れないだろう。夢中になってあ〜んされるままに食べていると、いつの間にかいなくなつていたハジメと名乗る男性が帰ってきた。
少し警戒心が湧き上がったが、可愛らしい服を取り出すと丁寧に着せてくれて、温かい風を吹かせながら何度も髪を梳かれているうちに気持ちよくなってすっかり警戒心も消えてしまった。
だから、保安署というところに預けられてお別れしなければならないと聞かされたときには、とても悲しかった。
母親と引き離され、ずっと孤独と恐怖に耐えてきたミュウにとって、遠く離れた場所で出会った優しいお兄ちゃんとお姉ちゃんと離れ、再び一人になることは耐え難かったのだ。
故に、ミュウは全力で抗議した。
ハジメの髪を引っ張ってやったし、頬を何度も叩いたし、目に着けた黒い布だった取ってやったのだ。「返して欲しければ、ミュウと一緒にいるがいい!」と。
しかし、ミュウが一緒にいたかったお兄ちゃんとお姉ちゃんは、結局、ミュウを置いて行ってしまった。
ミュウは、身を縮こませながら考えた。
やっぱり、痛いことをしたから置いて行かれたのだろうか?黒い布を取ったから怒らせてしまったのだろうか?自分は、お兄ちゃんとお姉ちゃんに嫌われてしまったのだろうか?
そう思うと、悲しくて悲しくて、ホロリと涙が出てくる。もう一度会えたら、痛くしたことをゴメンなさいするから、黒い布も返すから、そうしたら今度こそ……どうか一緒にいて欲しい。
「(お兄ちゃん……お姉ちゃん……)」
ミュウがそう呟いたとき、不意に大きな音と共に水槽に衝撃が走った。「ひぅ!」と怯えたように眉を八の字にして周囲を見渡すミュウ。すると、すぐ近くにタキシードを着て仮面をつけた男が、しきりに何か怒鳴りつけながら水槽を蹴っているようだと気が付く。
どうやら更に値段を釣り上げるために泳ぐ姿でも客に見せたかったらしく、一向に動かないミュウに痺れを切らして水槽を蹴り飛ばしているらしい。
しかし、ますます怯えるミュウは、むしろ更に縮こまり動かなくなる。ハジメの眼帯を握り締めたままギュウと体を縮めて、襲い来る衝撃音と水槽の揺れにひたすら耐える。
フリートホーフの構成員の一人で裏オークションの司会をしているこの男は、余りに動かないミュウに、もしや病気なのではと疑われて値段を下げられるのを恐れて、係りの人間に棒を持ってこさせた。それで直接突いて動かそうというのだろう。ざわつく客に焦りを浮かべて思わず悪態をつく。
「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しのごときが!」
そう言って、司会の男が脚立に登り上から棒をミュウ目掛けて突き降ろそうとした。その光景にミュウはギュウと目を瞑り、衝撃に備える。が、やってくるはずの衝撃の代わりに届いたのは……
聞きたかった人の声だった。
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ、クソ野郎」
次の瞬間、天井より舞い降りた人影が、司会の男を踏みつけると、そのまま脚立ごと猛烈な勢いで床に押しつぶした。ビシャアア!と司会の男から破裂したように血が飛び散る。まさに圧殺という有様だった。
衝撃的な登場をした人影──ハジメは、潰れて一瞬で絶命した男の事など目もくれず義手で水槽を殴りつけた。バリンッ!という破砕音と共に水槽が壊され中の水が流れ出す。
「ひゃう!」
流れの勢いで、思わず悲鳴を上げるミュウだったが、直後ふわりと温かいものに受け止められて、瞑っていた目を恐る恐る開ける。
そこには、会いたいと思っていた人が、声が聞こえた瞬間どうしようもなく期待し思い浮かべた人が……確かにいた。自分を抱きとめてくれていた。ミュウは目をパチクリとし、初めて会ったときのようにジーッとハジメを見つめた。
「よぉ、ミュウ。お前、会うたびにびしょ濡れだな?」
冗談めかしてそんな事を言うハジメに、ミュウは、やはりジーと見つめたまま、ポツリと囁くように尋ねる。
「……お兄ちゃん?」
「お兄ちゃんかどうかは別として、お前に髪を引っ張られ、頬を引っ掻かれた挙句、眼帯を取られたハジメさんなら、確かに俺だ」
ハジメが苦笑いしながらそう返すと、ミュウはまん丸の瞳をジワッと潤ませる。
そして……
「お兄ちゃん!!」
「よく、耐えたな。今度はしっかりと守ってやる」
ハジメの首元にギュッウ~と抱きついてひっぐひっぐと嗚咽を漏らし始めた。ハジメは困った表情でミュウの背中をポンポンと優しく叩く。そして、手早く毛布でくるむ。
と、再会した二人に水を差すように、ドタドタと黒服を着た男達がハジメとミュウを取り囲んだ。客席は、どうせ逃げられるはずがないとでも思っているのか、ざわついてはいるものの、未だ逃げ出す様子はない。
「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」
二十人近くの屈強そうな男に囲まれて、ミュウは、首元から顔を離し不安そうにハジメを見上げた。
「ミュウ、目を閉じてろ」
ハジメは、ミュウの耳元に顔を近づけると、煩くなるから耳を塞いで、囁くと、小さなぷくぷくしたミュウの手を取って自分の耳に当てさせた。ミュウは不思議そうにしながらも、焦燥感も不安感もまるで感じさせない余裕の態度をとるハジメに安心したように頷くと、素直に両手で耳を塞いで目を瞑り、ハジメの胸元にギュッと顔を埋めた。
「てめぇ、なに無視してんだ、アァ!?」
完全に無視された形の黒服は額に青筋を浮かべて、「商品に傷をつけるな! ガキは殺せ!」と大声で命じながら構成員達は懐から取り出した
直後、会場に二十を越えた魔法陣が展開されたと同時に四十を越えた数の魔物達が会場へと降り注いでいこうとしている。
その光景を見たギャラリーは騒ぎ出すが、ハジメは逆だった。
「(アレはヴェルガと、アレがシアが言ってたゾクトニアか)」
この数相手なら〝オルカン〟を使うのも考えたが、顔を埋めてるミュウのことを思うと少し躊躇いがある……。
「(ならっ!)」
ハジメは右腕で抱きつくミュウを支えつつ、腰を下ろし居合の体勢を取ると左の義手の腕から手の先を一本の鋭い刃と見立てて構え〝魔力操作〟、〝魔力圧縮〟を使って左に魔力を集中させる。
すると、無意識に〝纏雷〟も発動し、紅き雷も腕に帯びていきだし、膨大な圧がこの会場全てを呑み込んだ。
ハジメは戦技を一つも習得していない。名前は知ってる程度だ。しかし、持ち前の
其の名は、
「──〝雷切〟」
斬撃を飛ばす戦技〝牙流戦技〟。それも基本の型を飛び越え、しかも手刀で我流の斬撃をハジメは生み出した。
放たれた紅き雷の斬撃は召喚された魔物達を一秒も経たずに瞬殺してみせる。同時に追撃に〝紅雷〟と〝風爪〟を織り交ぜた紅い閃光が黒服達を襲い、リーダー格と思われる黒服の頭部と他の黒服の男十人程の首から上が瞬時に無くなった。
その一瞬の出来事に誰もが「えっ?」と事態を理解できないように目を丸くして空中で両断された魔物の死骸と首から上が無く崩れ落ちる黒服達を交互に見つめる。
そして、
「い、いやぁあああああっ!」
「こ、殺される!助けてくれぇ!!」
その時になってようやく、ハジメを尋常ならざる相手だと悟ったのか、生き残った黒服たちは後退り、客達は悲鳴を上げて我先にと出口に殺到し始めた。
「お、お前、何者なんだ! 何が、何で……こんなっ!」
混乱し、恐怖に戦きながらも、必死に虚勢を張って声を荒げる黒服の一人。奥から更に十人ほどやってきたがホールの惨状をみて尻込みしている。
そんな彼等をハジメは鼻で笑う。
「何で? 見りゃわかるだろ? 奪われたもんを奪い返しに来ただけだ。あとは……唯の見せしめだな。俺の連れに手を出すとこうなるっていう。だから、終わりは派手にいかせてもらうぞ?」
ハジメはそう言うと、〝空力〟を使ってホールの天井まで上がって行くと共にとある仕掛けを施してから、空けておいた穴に飛び込んでそのまま建物の外まで空いた穴を通って地上へと踊り出た。
〝ユエ。ミュウは無事確保した。そっちはどうだ?〟
〝……ん、避難完了。後は、客がワラワラ出てくるところ〟
〝そうか、じゃあフィナーレは派手に行こうか〟
〝んっ!〟
ハジメは、〝空力〟で更に上空に駆け上がりながら、ミュウに話しかけた。
律儀に言いつけを守り耳を塞いで胸元に顔を埋めていたミュウは、ハジメの「もういいぞ、ミュウ」という言葉に目をパチクリさせながら周囲を見渡し……「ふわっ!?」という驚きの声を上げた。
それはそうだろう。目を開けてみれば、周囲は【フューレン】という大都市を一望できるほどの上空なのである。地上には人工の光が点々と輝き出していて、美しいイルミネーションを作り上げていた。
初めて見るあまりに雄大で壮麗な光景に、ミュウは瞳を輝かせてわぁーきゃー言いながらハジメの胸元を掴んではしゃいでいる。
「お兄ちゃん凄いの! お空飛んでるの!」
「飛んでるんじゃなくて跳んでるだけなんだが……まぁいいか。それより、ミュウ、ちょっと派手な花火が見れるぞ?」
「花火?」
「花火ってのは……綺麗な閃光さ」
「閃光?」
碌な説明が出来ていないが、これからやることに変わりはないのでハジメは気にしない。ミュウを片腕で抱っこしたまま、〝空力〟で上空に留まりつつ、ミュウに「た〜ま〜や〜って言えば良い」と伝えると、探すついでにシアからの情報で把握したフリートホーフ関連する建物の外壁とかににマーキングしていた〝印〟を起動させ魔法を発動する。
「んじゃ、行こうか───〝
「た~ま~や~?」
ハジメの一言と間延びしたミュウの声が夕暮れの空に響いた──次の瞬間、【フューレン】全体に揺るがすほどの轟音と共に周囲のフリートホーフの関連建物を中心に凄絶な紅い閃光と衝撃が駆け抜ける。
裏オークションの会場となっていた美術館は、歴史的建造物?芸術品?何それ美味しいの?と言わんばかりに木っ端微塵に粉砕されていき、そこへフリートホーフ関連の建物も砂上の楼閣の如く崩壊していき、紅き雷の華が都市全体に咲き誇る。
──ハジメオリジナル雷魔法〝閃雷華〟
威力は上級魔法レベル。まるで華が咲くように爆発し、周囲に雷と爆炎を撒き散らす魔法。
この魔法をハジメは〝生成魔法〟で付与させて作り出した〝雷爆石〟を錬成して爆弾に作り上げていた。
そして、華の形をしているのは延焼を防ぐ為に指向性を持たせている為である。
突然と、都市中を紅く染め上げるように咲き誇る紅の華という非現実的な光景にミュウは昂るような声を上げる。
「ふぇえええ!?」
「どうだ、ミュウ? 驚いたか?」
「花火スゴイ……」
ミュウが紅の華を見て目を輝かせてると追い打ちをかけるように、少し離れた空に突然暗雲が立ち込め始めた。そして、雷鳴の咆吼と共に、四体の〝雷龍〟が出現した。
一体の場合と比べると二回りほどサイズが縮小されているが、その威圧感は衰えることなく、暗雲を背にうねりながら地上を睥睨する姿は、気の弱いものならそれだけで意識を飛ばしそうなほどだ。
「お、お、お、お兄ちゃん!なんか出てきたの!」
「おっ、アッチも始まったな」
ユエが生み出した〝雷龍〟四体は、それぞれ別方向に雷を迸らせながら紅の花畑を悠然と突き進む。
おそらく、【フューレン】にいるほとんどの人が、その偉容を目撃していることだろう。そして、四体の雷龍は、取り残していたフリートホーフの重要拠点四ヶ所に、雷鳴を轟かせながら同時に〝落ちた〟。
稲光で更に周囲と空を染め上げて、轟音と共に建物を消し飛ばす。地響きと落雷の音が【フューレン】に響き渡る。
ちなみに、関係のない一般人には危害が及ばないように注意はしている。関連施設やその周辺にも、無人偵察機〝オルニス〟を飛ばして、しっかりフリートホーフと関係のない人がいないか確認済みだ。なので吹き飛んだり消し炭になっているのはフリートホーフの人間だけである。
中には自分の行いに罪悪感を抱え、改心の余地ある者もいるのかもしれないが個人の人格まではハジメの知ったことではない。
〝ハジメさん! ミュウちゃんは無事ですか!?〟
〝ちょ、待つのじゃシアよ。って速っ。ホントにお主の身体能力はどうなっとるんじゃ!〟
ミュウと二人で収まりつつある消えていく炎雷の華を眺めていると、シアからの念話が入った。そうえば、二人には〝爆発〟やら〝雷龍〟やらをするなどの詳細は伝えていなかったことを思い出すハジメ。
〝ああ。無事だよ。奴等の拠点も大体潰したし……そうだな。多分、事務処理などが待ち構えてるイルワ支部長のもとにでも集合しようか〟
〝うぅ~、良かったぁ~。支部長さんのところですね? 了解です。直ぐに向かいますから早くミュウちゃんに会わせて下さいね?〟
〝ああ。わかってるよ。じゃあ、向こうでな〟
〝はいですぅ〟
突然、遠くを見つめて沈黙したハジメに、ミュウが不思議そうな眼差しを向ける。ハジメが「お姉ちゃんと、もう直ぐ会えるぞ?」と伝えると、「お姉ちゃん!」と嬉しそうに頬を綻ばせた。と、地上に降りたハジメの下へ捕まっていた子供達を保安員に引き渡したユエがやって来た。抱っこされるミュウをジーッと見つめている。ミュウの方は、そわそわと視線を彷徨わせて、ハジメを見上げた。その目が、「この人誰なの?」と言っている。
「ミュウ、彼女の名前はユエ。俺の大切な仲間の一人だ」
「……シアお姉ちゃんも?」
「あぁ、仲間だな」
「恋人じゃないの?」
「違うな、俺の恋人はここから、ちょっと離れた所にいるんだ」
「……ミュウも会える?」
「さぁな……どうだろうな?」
ミュウの言葉に遠い場所に視線を向けるハジメ。
すると、ユエがおもむろに進み出てきたのだ。「むっ」と初めて会うため警戒するミュウ。だが、ユエはそんなミュウの警戒心などお構いなしにミュウを奪い取ると、むぎゅ~と音がしそうなほどキツく抱きしめた。「むぅ~」と唸り声を上げながらジタバタもがくミュウだが、ユエは一向に離さない。そして一言、
「……反則。可愛すぐる」
「……クハッ」
どうやらウチの吸血姫様はミュウの事が相当お気に召したらしい。ようやくプハッと顔を上げて呼吸を確保したミュウは、至近距離でユエと見つめあった。
「……ミュウ。私はユエ。一人でよく頑張った。とっても偉い」
ユエは、優しげに目元を和らげると、抱きしめたままミュウの頭をいい子いい子する。
その優しい手つきと温かい雰囲気にミュウは自然と気が緩みホロホロと涙を流し始めた。そのまま、盛大にワッーと泣き始める。ハジメと再会したときは、まだ緊迫の中にあり、きちんと泣くことは出来なかった。それが今この瞬間、空気が緩んで今までの辛かった気持ちを全部吐き出したのだ。
ハジメは滅多に見せない優しい笑みをしながらミュウの頭を撫で、泣き止むのを待って冒険者ギルドの支部長のもとへ向かうのだった……。
魔物紹介
・ゾクトニア……全身鎧の二足歩行型の魔物。両腕に大盾が付いており、それで敵の攻撃を防いだり盾による攻撃が主。鎧の強度は高く両腕の盾は上級魔法ですら防ぐほどの硬度を持つ。
生息地は魔族領の西部の地域。
固有魔法〝城壁〟……青白い光を纏っている間、耐久と魔耐が底上げされる。
・ヴェルガ……別名緑鬼と呼ばれる二足歩行型の魔物。背は2メートル以上あり、岩をも砕く膂力と高い耐久を併せ持つ魔物。群れで行動することが多く、棍棒や石斧などの武器も扱う。
生息地は魔族領南部の地域。
固有魔法〝〟自動治癒〟……ユエの自動再生の下位互換のような固有魔法。心で臓や脳を潰されたら死ぬ。
人物紹介
・ハンセン
レベル75 天職〝召喚士〟
……裏世界三大組織の一つ〝フリートホーフ〟のボス。怒りやすい質で気に食わない奴なら部下だって殺すような性格。しかし、構成員の采配、鋭い感覚から三十年近くギルドや国に一度も捕まることはなかった。加えて、彼の天職である召喚士という珍しい職業を使って専属の道具作成師に〝召喚〟の
愛子はハーレムに入れるか入れないか
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いる
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いらない