ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

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やっと再会編だ…( ´ー`)


四十五話 それは紅い雷鳴と共に

 

「うそ……だろ? 光輝が……負けた?」

 

「そ、そんな……」

 

「や、やだ……な、なんで……」

 

隠し部屋から出てきた仲間達が、吊るされる光輝を見て呆然としながら、意味のない言葉をこぼす。流石の雫や香織、鈴も言葉が出ないようで立ち尽くしている。そんな、戦意を喪失している彼等に、魔人族の男が冷ややかな態度を崩さずに話しかけた。

 

「はぁ、こんな単純な手に引っかかるとは。色々と……舐めてるガキだと思ったが、その通りでしたか」

 

雫が、青ざめた表情で、それでも気丈に声に力を乗せながら魔人族の男に問いかける。

 

「……何をしたの?」

 

「ん? これですよ、これ」

 

そう言って、魔人族の男は、未だにブルタールモドキに掴まれているメルド団長へ視線を向ける。その視線をたどり、瀕死のメルド団長を見た瞬間、雫は理解した。メルド団長は、光輝の気を逸らすために使われたのだと。知り合いが、瀕死で捕まっていれば、光輝は必ず反応するだろう。それも、かなり冷静さを失って。

 

おそらく、前回の戦いで光輝の直情的な性格を魔人族の男は把握したのだ。そして、キメラの固有能力でも使って、温存していた強力な魔物を潜ませて、光輝が激昂して飛びかかる瞬間を狙ったのだろう。

 

「……それで? 私達に何を望んでいるの?わざわざ生かして、こんな会話にまで応じている以上、何かあるんでしょう?」

 

「やはり、貴女が一番状況判断出来るようだ。なに、特別な話じゃない。前回の君達を見て、もう一度だけ勧誘しておこうかと思ってね。ほら、前回は、勇者君が勝手に全部決めていただろう? 中々、アビスゲートのような優秀な者はいるようだし、だから改めてもう一度しようかと。で? どうでしょうか?」

 

魔人族の男の言葉に何人かが反応する。それを尻目に、雫は、臆すことなく再度疑問をぶつけた。

 

「……光輝はどうするつもり?」

 

「クク、聡いですね……悪いですが、勇者君は生かしておけない。こちら側に来るとは思えないし、説得も無理だろう? 彼は、見た感じ自己完結するタイプだろうからね。なら、こんな危険人物、生かしておく理由はない」

 

「……それは、私達も一緒でしょう?」

 

「もちろん。後顧の憂いになるってわかっているのに生かしておくわけないですよ?」

 

「今だけ迎合して、後で裏切るとは思わないのかしら?」

 

「それも、もちろん思っています。だから、首輪くらいは付けさせてもらいます。ああ、安心して下さい。反逆できないようにするだけで、自律性まで奪うものじゃない首輪ですのねで」

 

「自由度の高い、奴隷って感じかしら。自由意思は認められるけど、主人を害することは出来ないっていう」

 

「そうです。理解が早くて助かります。そして、勇者君と違って会話が成立するのがいい」

 

雫と魔人族の男の会話を黙って聞いていたクラスメイト達が、不安と恐怖に揺れる瞳で互いに顔を見合わせる。魔人族の提案に乗らなければ、光輝すら歯が立たなかった魔物達に襲われ十中八九殺されることになるだろうし、だからといって、魔人族側につけば首輪をつけられ二度と魔人族とは戦えなくなる。

 

それは、つまり、実質的に〝神の使徒〟ではなくなるということだ。そうなった時、果たして聖教教会は、何とかして帰ってきたものの役に立たなくなった自分達を保護してくるのか……

 

そして、元の世界に帰ることは出来るのか……。

 

どちらに転んでも碌な未来が見えない。

 

しかし……

 

「わ、私、あの人の誘いに乗るべきだと思う!」

 

誰もが言葉を発せない中、意外なことに恵里が震えながら必死に言葉を紡いだ。それに、クラスメイト達は驚いたように目を見開き、彼女をマジマジと注目する。そんな恵里に、龍太郎が、顔を怒りに染めて怒鳴り返した。

 

「恵里、てめぇ! 光輝を見捨てる気か!」

 

「ひっ!?」

 

「龍太郎、落ち着きなさい! 恵里、どうしてそう思うの?」

 

龍太郎の剣幕に、怯えたように後退る恵里だったが、雫が龍太郎を諌めたことで何とか踏みとどまった。そして、深呼吸するとグッと手を握りしめて心の内を語る。

 

「わ、私は、ただ……みんなに死んで欲しくなくて……光輝君のことは、私には……どうしたらいいか……うぅ、ぐすっ……」

 

ポロポロと涙を零しながらも一生懸命言葉を紡ぐ恵里。そんな彼女を見て他のメンバーが心を揺らす。すると、一人、恵里に賛同する者が現れた。

 

「俺も、中村と同意見だ。もう、俺達の負けは決まったんだ。全滅するか、生き残るか。迷うこともないだろう?」

 

「私も恵理ちゃんに賛成かな」

 

「檜山、香織……それは、光輝はどうでもいいってことかぁ? あぁ?!」

 

「じゃあ、龍太郎君は、もう戦えない光輝君と心中しろっていうの? 私達全員と?」

 

「そうじゃねぇ! そうじゃねぇが!」

 

「代案がないなら黙ってろよ。今は、どうすれば一人でも多く生き残れるかだろ」

 

香織と檜山の発言で、更に誘いに乗るべきだという雰囲気になる。二人の言う通り、死にたくなければ提案を呑むしかないのだ。しかし、それでも素直にそれを選べないのは、光輝を見殺しにて、自分達だけ生き残っていいのか? という罪悪感が原因だ。まるで、自分達が光輝を差し出して生き残るようで踏み切れないのである。

 

そんなクラスメイト達に、絶妙なタイミングで魔人族の男から再度、提案がなされた。

 

「ふむ、勇者君のことだけが気がかりというなら……生かしてあげましょうか?もちろん、君達にするものとは比べ物にならないほど強力な首輪を付けさせてもらいますが。その代わり、全員魔人族側についてもらいますけど」

 

雫は、その提案を聞いて内心舌打ちする。今、笑みを浮かべている魔人族の男は、最初からそう提案するつもりだったのだろうと察したからだ。光輝を殺すことが決定事項なら現時点で生きていることが既におかしい。問答無用に殺しておけばよかったのだ。

 

それをせずに今も生かしているのは、まさにこの瞬間のためだ、おそらく、魔人族の男は前回の戦いを見て、光輝達が有用な人材であることを認めたのだろう。だが、会話すら成立しなかったことから光輝がなびくことはないと確信した。しかし、他の者はわからない。なので、光輝以外の者を魔人族側に引き込むため策を弄したのだ。

 

一つが、魔人族は魔物がいなくても、光輝や雫達まとめて殺せる実力があるのに現時点では殺さないことで反感を買わないこと、二つ目が、生きるか死ぬかの瀬戸際まで追い詰めて選択肢を狭めること、そして三つ目が〝それさえなければ〟という思考になるように誘導し、ここぞという時にその問題点を取り除いてやることだ。

 

現に、光輝を生かすといわれて、それなら生き残れるしと、魔人族側に寝返ることをよしとする雰囲気になり始めている。本当に、光輝が生かされるかについては何の保証もないのに。殺された後に後悔しても、もう魔人族側には逆らえないというのに。

 

雫は、そのことに気がついていたが、今、この時を生き残るには魔人族側に付くしかないのだと自分に言い聞かせて黙っていることにした。生き残りさえすれば、光輝を救う手立てもあるかもしれないと。

 

魔人族の男としても、ここで雫達を手に入れることは大きなメリットがあった。一つは、言うまでもなく、人間族側にもたらすであろう衝撃だ。なにせ人間族の希望たる〝神の使徒〟が、そのまま魔人族側につくのだ。その衝撃……いや、絶望は余りに深いだろう。これは、魔人族側にとって極めて大きなアドバンテージだ。

 

二つ目が、戦力の補充である。魔人族の男が【オルクス大迷宮】に来た本当の目的、それは迷宮攻略によってもたらされる大きな力だ。ここまでは、手持ちの魔物達で簡単に一掃できるレベルだったが、この先もそうとは限らない。幾分か、魔物の数も光輝達に殺られて減らしてしまったので戦力の補充という意味でも雫達を手に入れるのは都合がよかったということだ。

 

このままいけば、雫達が手に入る。雰囲気でそれを悟った魔人族の男が微かな笑みを口元に浮かべた。

 

しかし、それは突然響いた苦しそうな声によって直ぐに消されることになった。

 

「み、みんな……ダメだ……従うな……」

 

「光輝!」

 

「光輝くん!」

 

「天之河!」

 

声の主は、宙吊りにされている光輝だった。仲間達の目が一斉に、光輝の方を向く。

 

「……騙されてる……アランさん達を……殺したんだぞ……信用……するな……人間と戦わされる……奴隷にされるぞ……逃げるんだ……俺はいい……から……一人でも多く……逃げ……」

 

息も絶え絶えに、取引の危険性を訴え、そんな取引をするくらいなら自分を置いてイチかバチか死に物狂いで逃げろと主張する光輝に、クラスメイト達の心が再び揺れる。

 

「……こんな状況で、一体何人が生き残れると思ってんだ? いい加減、現実をみろよ! 俺達は、もう負けたんだ! 騎士達のことは……殺し合いなんだ! 仕方ないだろ! 一人でも多く生き残りたいなら、従うしかないだろうが!」

 

檜山の怒声が響く。この期に及んでまだ引こうとしない光輝に怒りを含んだ眼差しを向ける。檜山は、とにかく確実に生き残りたいのだ。最悪、ほかの全員が死んでも優花と香織と自分だけは生き残りたかった。イチかバチかの逃走劇では、その可能性は低いのだ。

 

魔人族側についても、本気で自分の有用性を示せば重用してもらえる可能性は十分にあるし、そうなれば、二人を手に入れることだって出来るかもしれない。もちろん、首輪をつけて自由意思を制限した状態で。檜山としては、別に彼女達に自由意思がなくても一向に構わなかった。とにかく、二人を自分の所有物に出来れば満足なのだ。

 

檜山の怒声により、より近く確実な未来に心惹かれていく仲間達。と、その時、また一つ苦しげな、しかし力強い声が部屋に響き渡る。小さな声なのに、何故かよく響く低めの声音。戦場にあって、一体何度その声に励まされて支えられてきたか。どんな状況でも的確に判断し、力強く迷いなく発せられる言葉、大きな背中を見せて手本となる姿のなんと頼りになることか。みなが、兄のように、あるいは父のように慕った男。

 

メルドの声が迷宮内に響き渡る。

 

「ぐっ……お前達……お前達は生き残る事だけ考えろ!……信じた通りに進め!……私達の戦争に……巻き込んで済まなかった……お前達と過ごす時間が長くなるほど……後悔が深くなった……だから、生きて故郷に帰れ……人間のことは気にするな……最初から…これは私達の戦争だったのだ!」

 

メルドの言葉は、ハイリヒ王国騎士団団長としての言葉ではなかった。唯の一人の男、メルド・ロギンスの言葉、立場を捨てたメルドの本心。それを晒したのは、これが最後と悟ったからだ。

 

光輝達が、メルドの名を呟きながらその言葉に目を見開くのと、メルドが全身から光を放ちながらブルタールモドキを振り払い、一気に踏み込んで魔人族の男に組み付いたのは同時だった。

 

「〝剣聖〟!……一緒に逝ってもらうぞ!」

 

「……それは〝最後の忠誠〟。詰まる所、自爆ですか? 滑稽ですね」

 

「抜かせ!」

 

メルドを包む光、一見、光輝の〝限界突破〟のように体から魔力が噴き出しているようにも見えるが、正確には体からではなく、首から下げた宝石のようなものから噴き出しているようだった。それを見た魔人族の男が、知識にあったのか一瞬で正体を看破し、メルドの行動を呆れを通り越して面倒くさそうに溜息を吐く。

 

その宝石は、名を〝最後の忠誠〟といい、魔人族の男が言った通り自爆用の魔道具だ。国や聖教教会の上層の地位にいるものは、当然、それだけ重要な情報も持っている。闇系魔法の中には、ある程度の記憶を読み取るものがあるので、特に、そのような高い地位にあるものが前線に出る場合は、強制的に持たされるのだ。いざという時は、記憶を読み取られないように、敵を巻き込んで自爆しろという意図で渡された品。

 

メルドの、まさに身命を賭した最後の攻撃に、光輝達は悲鳴じみた声音でメルドの名を呼ぶ。しかし、光輝達に反して、自爆に巻き込まれて死ぬかもしれないというのに、魔人族の男は一切焦らず、余裕の表情をかましていた。

 

そして、メルドの持つ〝最後の忠誠〟が一層輝きを増し、まさに発動するという直前に魔人族の男の軍剣を持つ手と体がブレた。

 

「その程度で私を?──下らない」

 

と、いつの間にか、メルドの背後へと移動した魔人族の男の声が響いた直後、臨界状態だった〝最後の忠誠〟ごと斬り裂きメルドから大量の血が吹き出す。そして、よく見ると、魔人族の男が持つ軍剣の刃にはべっとりも血が付着していて先端からはその雫も滴り落ちている。

 

「カハッ?!」

 

いつ斬られた?とメルドが〝剣聖〟と呼ばれた魔人族の男の斬撃の速さに困惑する直後、〝最後の忠誠〟を叩き斬られたせいで宝石内に内包されていた魔力が暴発した。そして、雫達が見たメルドの姿は、上半身は焼き焦げているような火傷。爆心地である胸部は服ごと炭化してしまって倒れ付した姿がそこにあった。

 

「……メルドさん!」

 

光輝が、血反吐を吐きながらも気にした素振りも見せず大声でメルドの名を呼ぶ。メルドが、その声に反応して、自分の腹部から光輝に目を転じ、眉を八の字にすると「すまない」と口だけを動かして悔しげな笑みを浮かべた。

 

「やはり、滑稽……つまらない」

 

直後、剣が横薙ぎに振るって付着した血を払うと、焼き焦げたメルドが蹴り飛ばす。人形のように力を失ってドシャ!と地面に叩きつけられたメルドから、少しずつ血溜りが広がっていく。誰が見ても、致命傷。満身創痍の状態で、あれだけ動けただけでも驚異的であったのだが、今度こそ完全に終わりだと誰にでも理解できた。

 

咄嗟に、間に合わないと分かっていても、優花が遠隔で回復魔法をメルドにかける。僅かに出血量が減り、火傷も治っていくように見えるが、優花自身、もうほとんど魔力が残っていないので傷口が一向に塞がらない。

 

「お願い! 治って!」

 

魔力が枯渇しかかっているために、ひどい倦怠感に襲われ膝を突きながらも、必死に優花は回復魔法をかける。

 

「滑稽でしたが、あの傷で立ち上がって組み付かれるとは思いませんでした。流石は、王国の騎士団長。称賛に値します。ですが、今度こそ終幕……これが一つの末路です。君達はどうします?」

 

魔人族の男が、軍剣を鞘に収めながら光輝達を睥睨する。再び、目の前で近しい人が死ぬ光景を見て、一部の者を除いて、皆が身を震わせ、吐き気を催している。魔人族の男の提案に乗らなければ、次は自分がああなるのだと嫌でも理解させられる。

 

檜山が、代表して提案を呑もうと魔人族の男に声を発しかけた。が、その時、

 

「……るな」

 

未だ、馬頭に宙吊りにされながら力なく脱力する光輝が、小さな声で何かを呟く。満身創痍で何の驚異にもならないはずなのに、何故か無視できない圧力を感じ、檜山は言葉を呑み込んだ。

 

「はて? 死にぞこないの勇者が何を言っている?」

 

魔人族の男も、光輝の呟きに気がついたようで、どうせまた喚くだけだろうとつまんなそうに問い返した。光輝は、俯かせていた顔を上げ、真っ直ぐに魔人族の男をその眼光で射抜く。

 

魔人族の男は、光輝の眼光を見て思わず息を呑み微かに笑みを浮かべた。なぜなら、その瞳が白銀色に変わって輝いていたからだ。得体の知れないプレッシャーに思わず戦士として感情が湧き上がりながら、本能が鳴らす警鐘に従って、馬頭に命令を下す。雫達の取り込みに対する有利不利など、気にしている場合ではないと本能で悟ったのだ。

 

「はぁ……アハトド殺りなさい」

 

「ルゥオオオ!!」

 

馬頭、改めアハトドは、魔人族の男の命令を忠実に実行し、〝魔衝波〟を発動させた拳二本で宙吊りにしている光輝を両サイドから押しつぶそうとした。

 

が、その瞬間、

 

カッ!!

 

光輝から凄まじい光が溢れ出し、それが奔流となって天井へと竜巻のごとく巻き上がった。そして、光輝が自分を掴むアハトドの腕に右手の拳を振るうと、ベギャ! という音を響かせて、いとも簡単に粉砕してしまった。

 

「ルゥオオオ!!」

 

先程とは異なる絶叫を上げ、思わず光輝を取り落とすアハトドに、光輝は負傷を感じさせない動きで回し蹴りを叩き込む。

 

ズドォン!!

 

そんな大砲のような衝撃音を響かせて直撃した蹴りは、アハトドの巨体をくの字に折り曲げて、後方の壁へと途轍もない勢いで吹き飛ばした。轟音と共に壁を粉砕しながらめり込んだアハトドは、衝撃で体が上手く動かないのか、必死に壁から抜け出ようとするが僅かに身動ぎすることしか出来ない。

 

光輝は、ゆらりと体を揺らして、取り落としていた聖剣を拾い上げると、射殺さんばかりの眼光で魔人族の男を睨みつけた。同時に、竜巻のごとく巻き上がっていた光の奔流が光輝の体へと収束し始めたのを見て魔人族の男は確信しながら呟いた。

 

「クク…やはり、限界突破の派生っ〝覇潰〟ですか!」

 

〝限界突破〟終の派生技能[+覇潰]。通常の〝限界突破〟が基本ステータスの三倍の力を制限時間内だけ発揮するものとすれば、〝覇潰〟はその上位の技能で、基本ステータスの五倍の力を得ることが出来る。ただし、唯でさえ限界突破しているのに、更に無理やり力を引きずり出すのだ。今の光輝では発動は三十秒が限界。効果が切れたあとの副作用も甚大。

 

だが、そんな事を意識することもなく、光輝は怒りのままに魔人族の男に向かって突進する。今、光輝の頭にあるのはメルドの仇を討つことだけ。復讐の念だけだ。

 

光輝は、魔人族の男の傍にいる魔物達には目もくれない。聖剣のひと振りでなぎ払い、怒声を上げながら一瞬も立ち止まらず、魔人族の男のもとへ踏み込んだ。

 

「お前ぇー! よくもメルドさんをぉー!!」

 

「面白い!」

 

大上段に振りかぶった聖剣を光輝は躊躇いなく振り下ろす。魔人族の男は笑みを浮かべながら、咄嗟に、剣を振るい盾にするが……光の奔流を纏った聖剣はたやすく軍剣ごとを切り裂いていき、魔人族の男と共に袈裟斬りにした。

 

軍剣を盾替わりにして、後ろに下がっていたのが幸いして、両断されることこそなかったが、魔人族の男の体は深々と斜めに切り裂かれて、血飛沫を撒き散らしながら後方へと吹き飛んだ。

 

背後の壁に背中から激突し、砕けた壁を背にズルズルと崩れ落ちた魔人族の男の下へ、光輝が聖剣を振り払いながら歩み寄る。

 

「流石は勇者の〝限界突破〟……少し、侮ってましたよ」

 

ピンチになれば隠された力が覚醒して逆転するというテンプレな展開に、魔人族の男が諦観を漂わせた瞳で迫り来る光輝を見つめながら、皮肉気に口元を歪めた。

 

傍にいる白鴉が固有魔法を発動するが、傷は深く直ぐには治らないし、光輝もそんな暇は与えないだろう。完全にチェックメイトだと、魔人族の男は激痛を堪えながら、右手を伸ばし、懐からロケットペンダントを取り出した。

 

それを見た光輝が、まさかメルドと同じく自爆でもする気かと表情を険しくして、一気に踏み込んだ。魔人族の男だけが死ぬならともかく、その自爆が仲間をも巻き込まないとは限らない。なので、発動する前に倒す! と止めの一撃を振りかぶった。

 

だが……

 

「すまない先に逝く……我が親友、フリード、カトレア……」

 

和らいだ表情で、手に持つロケットペンダントを見つめながら、そんな呟きを漏らす魔人族の男に、光輝は思わず聖剣を止めてしまった。覚悟した衝撃が訪れないことに訝しそうに顔を上げて、自分の頭上数ミリの場所で停止している聖剣に気がつく魔人族の男。

 

光輝の表情は愕然としており、目をこれでもかと見開いて魔人族の男を見下ろしている。その瞳には、何かに気がつき、それに対する恐怖と躊躇いが生まれていた。その光輝の瞳を見た魔人族の男は、何が光輝の剣を止めたのかを正確に悟り、侮蔑の眼差しを返した。その眼差しに光輝は更に動揺する。

 

「ククッ……まさかと思いましたがこれは呆れますね。まさか、貴方は今になってようやく気がつきましたか? 〝人〟を殺そうとしていることに」

 

「ッ!?」

 

そう、光輝にとって、魔人族とはイシュタルに教えられた通り、残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位版、あるいは魔物が進化した存在くらいの認識だったのだ。実際、魔物と共にあり、魔物を使役していることが、その認識に拍車をかけた。自分達と同じように、誰かを愛し、誰かに愛され、何かの為に必死に生きている、そんな戦っている〝人〟だとは思っていなかったのである。あるいは、無意識にそう思わないようにしていたのか……

 

その認識が、魔人族の男の和らいだ表情で親友の名を呼ぶ声により覆された。否応なく、自分が今、手にかけようとした相手が魔物などでなく、紛れもなく自分達と同じ〝人〟だと気がついてしまった。自分のしようとしていることが〝人殺し〟であると認識してしまったのだ。

 

「まさか、私達を〝人〟とすら認めていなかったとは随分と傲慢なことですね。まぁ大概、聖教教会の教えでしょうが……彼等も酷い教えをしますね。こちらも言えたことでは無いですけどね」

 

「ち、ちが……俺は、知らなくて……」

 

「ククッ、貴方は〝知ろうとしなかった〟の間違いでしょう?」

 

「お、俺は……」

 

「ほら? どうしました? 所詮は戦いですらなく唯の〝狩り〟でしょう? 目の前に死に体の一匹がますよ? さっさと狩ったらどうでしょうか?貴方が今までそうしてきたように……」

 

「……は、話し合おう……は、話せばきっと……」

 

光輝が、聖剣を下げてそんな事をいう。そんな光輝に、魔人族の男は心底軽蔑したような目を向けて、返事の代わりに大声で命令を下した。

 

「アブソドは彼処に集結してる人間共を!アハトド!貴様は、剣士の女と投げナイフを持った治癒師の女を狙いなさい! 全隊、攻撃せよ!」

 

六足亀の魔物、名をアブソド。その固有魔法は〝魔力貯蔵〟。任意の魔力を取り込み、体内でストックする能力だ。同時に複数属性の魔力を取り込んだり、違う魔法に再利用することは出来ない。精々、圧縮して再び口から吐き出すだけの能力だ。だが、その貯蔵量は、上級魔法ですら余さず呑み込めるほど。魔法を主戦力とする者には天敵。

 

ここまで魔力を貯めていたアブソドから膨大な魔力砲が龍太郎達がいる場所へと放つ。

 

「永山ァ!」

 

「分かっている!」

 

魔力砲を前に後ろのクラスメイトを守ろうと龍太郎と永山の二人が肉壁となる。直後、魔力砲が直撃した二人は全身に火傷を負いながら力なく倒れる。

 

「龍太郎! 永山君!──っ」

 

二人が倒れる姿を見て叫ぶ雫だが、此方も危険な状態である。衝撃から回復していたアハトドが魔人族の男の命令に従って、猛烈な勢いで自分と優花に迫っているのだ。

 

光輝達の中で、人を惹きつけるカリスマという点では光輝に及ばないものの、冷静な状況判断力という点では最も優れており、ある意味一番厄介な相手だと感じている雫と回復魔法と付与魔法の二つを行使してるところを目にして、支援系天職の頂点とも言える〝神天治癒師〟だと推測した魔人族は優花を真っ先に狙わせたのだ。

 

他の魔物達も、龍太郎と永山という盾を失い、一斉に雫と優花以外のメンバーを襲い始めた。優秀な人材に首輪をつけて寝返らせるメリットより、光輝を殺す事に利用すべきだと判断したのだ。それだけ、魔人族の男にとって光輝の最後の攻撃は脅威だった。

 

「龍太郎…永山……どうして!」

 

「自覚のない子供だ……私達は〝戦争〟をしてるんですよ!未熟な精神に巨大な力、貴方は危険過ぎる!何が何でもここで死んでもらう! ほら、お仲間を助けに行かないと、全滅しますよ!」

 

自分の提案を無視した魔人族の男に光輝が叫ぶが当の魔人族の男はウンザリしながら取り合わない。そして、魔人族の男の言葉に光輝が振り返ると、ちょうど雫が優花を庇いながら一緒に吹き飛ばされ地面に叩きつけられているところだった。アハトドは、唯でさえ強力な魔物達ですら及ばない一線を画した化け物だ。不意打ちを受けて負傷していたとは言え〝限界突破〟発動中の光輝が圧倒された相手なのである。雫が一人で対抗できるはずがなかった。

 

光輝は青ざめて、〝覇潰〟の力そのままに一瞬で雫とアハトドの間に入ると、寸でのところで〝魔衝波〟の一撃を受け止める。そして、お返しとばかりに聖剣を切り返し、腕を一本切り飛ばした。

 

しかし、そのまま止めを刺そうと懐に踏み込んだ瞬間、いつかの再現か、ガクンと膝から力が抜けそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。

 

〝覇潰〟のタイムリミットだ。そして、最悪なことに、無理に無理を重ねた代償は弱体化などという生温いものではなく、体が麻痺したように一切動かないというものだった。

 

「こ、こんなときに!」

 

「光輝!」

 

「天之河君!」

 

倒れた光輝を庇って、雫がアハトドの切り飛ばされた腕の傷口を狙って斬撃を繰り出し、優花は投げナイフをアハトドの傷口に向かって投げた。流石に傷口を抉らたり刺されたりして平然としてはいられなかったようで、アハトドが絶叫を上げながら後退った。その間に、雫は、光輝を掴んで仲間のもとへ放り投げる。

 

光輝が動けなくなり、仲間は魔物の群れに包囲されて防戦するので精一杯。ならば……自分がやるしかない! と、雫は魔人族の男を睨む。その瞳には間違いなく殺意が宿っていた。

 

「……ふむ。あなた方は、殺し合いの自覚があるようですね。むしろ、あなた方が勇者と呼ばれるにふさわしいと思いますが?」

 

「……そんな事どうでもいいわ。光輝に自覚がなかったのは私達の落ち度でもある。そのツケは私が払わせてもらうわ!」

 

「雫、援護するわ!」

 

魔人族の男は、白鴉の固有魔法で完全に復活したようでフラつく事もなく、しっかりと立ち上がり、雫と優花をそう評した。雫は、光輝の直情的で思い込みの激しい性格は知っていたはずなのに、本物の対人戦がなかったとはいえ認識の統一、すなわち自分達は人殺しをするのだと自覚する事を今の今まで放置してきた事に責任を感じ歯噛みする。

 

雫とて、人殺しの経験などない。経験したいなどとは間違っても思わない。だが、戦争をするならいつかこういう日が来ると覚悟はしていた。剣術を習う上で、人を傷つけることの〝重さ〟も叩き込まれている。

 

しかし、いざ、その時が来てみれば、覚悟など簡単に揺らぎ、自分のしようとしていることのあまりの重さに恐怖して恥も外聞もなくそのまま泣き出してしまいたくなった。それでも、雫は、唇の端を噛み切りながら歯を食いしばって、その恐怖を必死に押さえつけた。

 

そして、神速の抜刀術で魔人族の男を斬ろうと〝無拍子〟を発動しようと構えを取った。しかし、魔人族の男の方が早かった。

 

「遅いですよ」

 

「くっ!」

 

魔人族の男は一瞬に雫の間合いに入り、吹き飛ばした。同時に雫は悟った。あの魔人族は、光輝の性格を理解した上で、攻撃はわざと受けたのだと、そして、自分よりも剣の技量が格上の存在だと。

 

「雫!」

 

「貴女も逃がしませんよ、魔物共いきなさい!」

 

「……キャッ!」

 

優花が雫のもとへいこうとした時、魔人族の男は分かってたように魔物共に優花を狙うように襲わせ、アハトドが優花をその巨腕で吹き飛ばした。

 

「園部さんっ!」

 

「……人の心配をするより自分の心配もした方が良いですよっ!」

 

「……ッ!」

 

バギャァ!!

 

「あぐぅう!!」

 

雫は自分と同じように吹き飛ばされ優花のもとへ向かおうとしたら、いつの間にかに魔人族の男が近付き、雫を蹴り飛ばそうとしていた。

 

雫は咄嗟に剣と鞘を盾にしたが、魔人族の男は〝身体強化〟を使っており、雫の相棒を半ばから粉砕しそのまま雫の肩を捉えた。地面に対して水平に吹き飛び体を強かに打ち付けて地を滑ったあと、力なく横たわる雫。右肩が大きく下がって腕がありえない角度で曲がっている。完全に粉砕されてしまったようだ。体自体にも衝撃が通ったようで、ゲホッゲホッと咳き込むたびに血を吐いている。

 

「雫!」

 

口元に血が付いてても、近くにいた優花は、衝動のままに駆け出す。魔力がほとんど残っておらず、先程アハトドに吹き飛ばされたせいで体がフラつき足元がおぼつかない。クラスメイトがいる所から制止する声が上がるが、優花の耳には届いていなかった。ただ一心不乱に雫を目指して無謀な突貫を試みる。当然、無防備な優花を魔物達が見逃すはずもなく、情け容赦ない攻撃が殺到する。

 

「っ……邪魔!」

 

だが、優花は悪態をつきながらそれらの攻撃は全て光り輝くシールドが受け止めたり、投げナイフで応戦したりして走り抜けていく。

 

「雫!」

 

優花は、多少の手傷を負いつつも雫の下へたどり着いた。そして、うずくまる雫の体をそっと抱きしめ支える。

 

「そ、園部さん……何をして……早く、戻って。ここにいちゃダメよ」

 

「ううん。雫には色々お世話になったからさ、力になりたいの」

 

「……いいえ、世話になったのは私の方だわ園部さん……いいえ優花」

 

「ふふっ、雫やっと私の名前言ってくれたね。こんな状況なのになんか笑っちゃうわ」

 

雫を支えながら眉を八の字にして微笑む優花は、痛みを和らげる魔法を使う。雫も、無事な左手で自分を支える優花の手を握り締めると困ったような微笑みを返した。

 

そんな二人の前に影が差す。アハトドだ。血走った眼で、寄り添う二人を見下ろし、「ルゥオオオ!!」と独特の咆哮を上げながら、その極太の腕を振りかぶっていた。

 

今、まさに放たれようとしている死の鉄槌を目の前にして、優花の脳裏に様々な光景が過ぎっていく。「ああ、これが走馬灯なのね?」と妙に落ち着いた気持ちで、思い出に浸っていた優花だが、最後に浮かんだ光景に心がざわついた。

 

それは、(ハジメ)と初めて出会った公園を思い出す。

 

彼があの公園で今は失くしてしまった髪飾りを着けてくれた思い出。

 

───嬉しかった。大事なお母さんのプレゼントを彼は見つけてくれた。

 

一緒にウィステリアの手伝いをした思い出。

 

───ハジメと一緒に作業するのが幸せだった。

 

イジメから守ってくれた思い出。

 

───ハジメが変わったのは私が原因であって、今でも自分の人生の汚点だと思っている。

 

忘れてはならない自分の戒め。

 

そして、あの月下の夜にやっと、お互いの想いが通じあい初めてのキスをしたあの日。

 

───嬉しかった。いつまでもハジメと隣にいたいと思う程だった。

 

いなくなったとしても、幼なじみ達と共に生存を信じて追いかけた。 だが、それもここで終わる。そんな思いが、気がつけば優花の頬に涙となって現れた。

 

再会したら、彼の名前を呼びたい。キスしたい。抱きつきたいと思っていた。その想いのままに、せめて、最後に彼の名を……自然と口に出していた。

 

「……ハジメ」

 

彼の名を紡いだ瞬間、優花の中に彼の言葉、約束した言葉が頭の中に再生された。

 

『俺は優花の支えになる!優花の笑顔を守り抜くこれからも、ずっと約束する!』

 

そんな約束した彼の言葉が再生された瞬間だった。

 

ドォゴオオン!!

 

轟音と共にアハトドの頭上にある天井が崩落し、同時に紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭が凄絶な威力を以て飛び出したのは。スパークする漆黒の杭。杭は、そのまま眼下のアハトドを、まるで豆腐のように貫きひしゃげさせ、そのまま地面に突き刺さった。

 

全長百二十センチのほとんどを地中に埋め紅いスパークを放っている巨杭と、それを中心に血肉を撒き散らして原型を留めていないほど破壊され尽くしたアハトドの残骸に、眼前にいた優花と雫はもちろんのこと、光輝達や彼等を襲っていた魔物達、そして魔人族の男までもが硬直する。

 

戦場には似つかわしくない静寂が辺りを支配し、誰もが訳も分からず呆然と立ち尽くしていると、崩落した天井から人影が飛び降りてきた。その人物は、優花達に背を向ける形でスタッと軽やかにアハトドの残骸を踏みつけながら降り立つと、周囲を睥睨する。

 

そして、肩越しに振り返り背後で寄り添い合う優花と雫を見やった。

 

振り返るその人物と目が合った瞬間、優花の体に電撃が走る。悲しみと共に冷え切っていた心が、いや、もしかしたら大切な人が消えたあの日から凍てついていた心が、突如、火を入れられたように熱を放ち、ドクンッドクンッと激しく脈打ち始めていく。

 

「……言ったろ?絶対に守るって(・・・・・・・)

 

優しい笑みを浮かべながら、そんな事を言う彼に、考えるよりも早く優花の心が歓喜で満たされていく。

 

髪の色が違う、纏う雰囲気が違っているだが、わかる。彼だ。見間違える筈がない十何年も一緒にいて、生存を信じて探し続けた彼だ。

 

そう、

 

「ハジメッ!」

 

───私の大切な愛しい人(ハジメ)だ………。




編集しました。十一月十九日

愛子はハーレムに入れるか入れないか

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