ありふれた職業で世界最強if優花   作:白San

87 / 188
幕間 忍び寄る影

 

時間は少し遡る。

 

愛子が誘拐され、リリアーナが王都より脱出した日の深夜。王都の外れにある開けた場所に、人の姿があった。静かな場所でゆるりと吹く夜風の囁きと、冴え冴えとした月明かりだけが許されたような、静謐で、何処か物悲しい雰囲気が漂う場所。

 

それもそのはずだった。此処はある意味、墓地であるからだ。

 

もちろん、王宮の敷地内であるから、不特定多数の死者を埋葬するような場所ではない。あるのは、【神山】の岩壁を直接加工して作られた石碑だ。そびえ立つ石碑は、忠霊塔(国の為に忠義を尽くして戦死した者の霊に対して称え続けることを象徴としえ表す塔)のようなもので、王国に忠義を尽くしていった戦死者・殉職者は例外なく、此処に名前が刻まれている。

 

その忠霊塔の前に無言で佇んでいた人影の正体は、ハイリヒ王国騎士団団長メルド・ロギンスだった。

 

無表情であったが、その瞳には言葉では表せないほど強く重い感情が込められていた。

 

深夜を少し回ったこの時間に巡回中の騎士を除けば此処に

来る者はいなく、死者に安息を与えるこの場所はもう一つ有用な使い方できる場所であった。

 

「──団長」

 

風に紛れて消えそうなぐらいの小さな男の声が聞こえ、メルドはチラリと視線を向ければ、足音を立てずに待ち人が姿を現した。その男の名はホセ・ランカイド。王国騎士団副団長にして、メルドの腹心の部下だ。

 

「問題はなかったか?」

 

「はい、誰にも見られてはいません。とは言え、余り長居はできないでしょうが」

 

「そうだな、こんな真夜中に騎士のトップの二人が、こんな場所で密会だからな。今のお偉い方特に教会側からすれば、『一体何を企んでいる?』と目を血走らせるだろうしな」

 

僅かに口元を歪めて笑うメルドに、ホセは苦笑いをした。

 

「ホントに団長は教会を嫌ってますね。昔は少なからず“エヒト様”へのお祈りはしていたのに」

 

「……アイツが…アレスが追放されてからな…なんだか教会の事や〝エヒト様〟……神を余り信用出来なくなったんだ」

 

「彼……ですか… あの時の王国は荒れにも荒れましたからね。今では彼の名を神官とかの前で口にしてたら即異端審問ですから……」

 

「あぁ……それで兵士の様子は?」

 

表情を再び厳しいものに戻して、メルドは問う。ホセの表情は冴えず、それどころか顔は青ざめているように見えた。

 

「……兵団長を含め、約六割に“虚ろ”の症状が見られた事を確認しました」

 

ホセの言う“虚ろ”とはここ最近、王宮内に広がっている奇妙な症状で、簡単に言えば無気力症候群と言うべきか、仕事はちゃんと果たし、受け答えもするのだが、以前に比べると明らかに覇気が欠け笑うことはなく、人付き合いも最低限となり部屋に引き篭もることが多くなる。

 

その症状は徐々に広がりを見せ、遂には発言力が強い貴族や、騎士団でも分隊長クラスにまで症状が見られるようになった。流石にこれは何かがおかしいと、蔓延し出した不気味な現象に危機感を抱いたメルドは本格的な調査を乗り出していた。

 

「そこまで来たか。騎士団の一割強というのが幸いと思えてしまうな。いや、大隊長クラスに症状が見られないだけ、確かに幸いか」

 

「……しかし、団長。その、何と言いますか……本当に、これは何者かの攻撃でしょうか? 単に気が抜けているだけなのでは?」

 

ホセの報告を聞いて、ますます厳しい表情になったメルドに、ホセは遠慮がちにそう尋ねた。

 

「勇者が敗北し、使徒の一人の南雲が生存してたが我等の元から決別し、騎士団の英気を失い、数の有利という人間側の生命線を魔人族がひっくり返しつつあるこの状況でか? 気持ちは分からんでもないがな、ホセ。楽観視はやめておけ、お前までやられてしまうぞ」

 

「失礼しました」

 

ホセとて楽観視してるわけではない。副団長として、団長の発言に対し別の角度での否定的意見を出すのは職務でもあるのだ。ホセは一つ咳払いをしてから改めて口を開いた。

 

「それで、団長の方は? 陛下に何か影響は?」

 

「陛下は今のところは大丈夫だ。“虚ろ”の症状がない。寧ろ、覇気が増しているくらいだ。主の御名において、魔人族の蛮行は許しはしない、とな。……ただ……」

 

「? どうされました?」

 

普段にない歯切れの悪さを見せたメルドにホセは首を傾げる。

 

メルドはどう言うべきか迷ったが、結局、言葉が見つからず「なんでもない」と頭を振った。──まさか、些か神に傾倒し過ぎる気がする、例えるなら祈りを捧げている時のイシュタルのような感じだと言えるわけがない。己の信仰心はもうどうでも良いが、部下に対しては。

 

「宰相殿も問題があるように見えなかった。だが、中央の有力者方が無事かと問われれば、到底、そうは言えん」

 

そう言って、挙げられた症状の見られる貴族達の名を聞いて、ホセは思わずクラりと意識がぶれるのを感じた。本当の中枢を担う大貴族は無事であるが、各派閥に属する有力貴族の内、かなりの者達が発症していたのだった。

 

「陛下に具申し、騎士団から護衛を付けさせてもらっている。近衛も、神殿騎士も怪しい所だ。異変があれば即座に報告するように命じてある」

 

「陛下は“虚ろ”について何と?」

 

当然、エリヒド国王には、現在王国の中枢が正体不明の敵から精神攻撃を受けている可能性がある旨について報告がなされている。いくら、ただ無気力が目立つだけの症状とはいえ、数が数だ。早急な対応が必要なのは確か。だが、報告をしたメルドの表情は優れていなかった。

 

「……今、こうしてこそこそとお前と報告会なんてしている時点で、明白だろ?」

 

「もしかして、調査具申を却下されたのですか?」

 

そう、王宮の片隅で、深夜に人目につかないよう現状報告しあっているのは、エリヒド国王が本格的な調査を却下した上、メルドに余計なことにかまけないで軍備増強に専念しろと命じたからであった。表だって調査が出来なくなったメルドは、それでも己の危機感を信じて、こうして腹心の部下とできる限りのことをしているのである。

 

「魔人族の脅威が高まっているこの状況だ。陛下も不明確な情報のみでは、判断に困っているのかもしれん」

 

「しかし、それでも普段の陛下であれば団長の言葉なら……」

 

ホセの言葉をメルドは視線を止めた。確かに、今のエリヒド国王は些か強引な姿勢が目立つが、だからと言ってそう簡単に不服を口にするのは憚られる。

 

「だからこそ、俺達で陛下が判断するに足る情報を集めたのだろう?ホセ、闇属性の魔法に精通している者を集めろ。“虚ろ”の正体を探らせ、対抗策を用意させろ。あと、どうにか王宮の宝物庫の解錠を管理部に、後、神の使徒の幸利の協力が欲しいと愛子殿とイシュタル殿に申し出をしてくれ」

 

「了解です。ですが団長…光輝君達には?」

 

「俺が対応する。……今アイツ等は不安定な時期だ。余計な不安を与えたくないが……ままならんものだな。俺はとことん教育者に向いてないらしい」

 

自嘲するような溜息に吐くメルドに、ホセは笑みを浮かべて言う。

 

「大丈夫ですよ。団長の心遣いなら、きちんと伝わってますよ」

 

「ハッ……俺の心を知ってどうする。俺がアイツ等の心を知らねばならない。そして、其処に一番悩んでいるんだよ、俺は。剣の振り方、戦い方なら、悩むことなんてないことなのになぁ……こう言うのはアレスの方がよっぽど上手だから見本にはしてるがな…俺には難しいな」

 

「そうですね。彼の魔法や教え方は歳も二十もしないであれ程でしたが……でも、団長から話された方が、一番彼等は安心されますよ」

 

騎士団の入団なら、もとより覚悟の上での入団だ。故に、メンタルケアの主たる方法は、取り敢えず走る、剣を振る、一緒に酒を飲むだけである。そして大体はそれで解決する。が、意図せず故郷から連れ出され、戦わねば故郷に帰れない状況のただの学生達にそれをするのは、いろんな意味でアウトである。

 

だからこそメルドは不得意である非体育会系の子供達のケアに四苦八苦し、自分より遥かに教育者として上だと思えるアレスを見本にしているわけだが……

 

そんな子育てに悩む団長の姿に、ホセは苦笑いをせずにいられなかった。

 

その後、二、三の情報を共有と今後の方針を打ち合わせたメルドとホセは、互いに闇に紛れるようにして王宮内へと戻った。誰にもバレずに部屋に戻ったメルドは大きく息を吸う吐くと腰に下げた騎士剣を外して壁に立てかけた。そして、ドガッと身を投げ出すようにソファーへ腰を落とし、指先を眉間に押し当て揉みほぐすようにグリグリし、少し休息をした。

 

「……士気のみを落とす魔法、か。魔人族の仕業だと考えるのが順当だが、王宮に直接? 有り得ん。仮にそれができるなら、何故もっと強力な魔法を行使しない? 何故、下級兵士と騎士からなんだ? 悟られずに魔法を行使出来るのなら何故俺を狙ってこない? 騎士団団長の首を取ればそれこそ士気なんか簡単に落ちるだろう? 一体何か起こっているんだ?」

 

思考が口から流れ出る。危機を察知してからというもの、正体不明の敵の手段にメルドの気は張り詰め続けていた。限界には遠いが、それでも考えるべきことは多く、何より国のトップに自分の危機意識を共有できないことが彼の精神力を削り取る。

 

「………アイツは今頃、何をしてるだろうな」

 

ふと脳裏を過ぎったのは【オルクス大迷宮】で奇跡のような再会と圧倒的な力を見せつけた一人の少年の姿。死に瀕した自分を伝説級の秘薬を使ってまで救ってくれた恩人だ。

 

しばらく当時のことを思い出して何とも言えない表情を浮かべていたメルドは、おもむろに立ち上がるとデスクへと向かい、デスクの引き出しから取り出したのは便箋と封筒の二セット。ペンを手に取り、メルドは難しい表情をしながら書き始めた。

それは万が一に考えた布石だった。一つは【アンカジ公国】のゼンゲン公宛。そして、もう一通は彼の少年宛。もしかしたら、ゼンゲン公を通して渡して貰えるかもしれない。そうすれば、自分に何かあったとしても、あるいは起死回生の一手になるかもしれない。月明かりが差し込む静かな室内にカリカリとペンを走る音が響く。

 

ある程度書き終えたメルドが内容の見直しをしてると、不意に部屋の扉がコンコンッとノックされた。

 

ハッとして思わず壁に立てかけていた騎士剣を手に取ったメルドは警戒心を押し込めて平然とした音声で誰何する。

 

「誰だ?」

 

「……あの、メルド団長。俺です。檜山です」

 

「大介? どうした、こんな時間に」

 

「その、俺……どうしてもメルド団長に相談したいことがあって」

 

何処か切羽詰まったような、あるいは弱り切ったような音声でそう言う訪問者に、メルドは訝しみつつも部屋のドアを開けた。

 

部屋の前で檜山大介が一人ぽつんと突っ立っていた。

 

「相談と言ったが……こんな時間にか?」

 

「……すみません。迷惑かと思ったんすけど……クラスの連中には余り聞かれたくなくて」

 

「そうか……いや、迷惑とかじゃないぞ? さぁ、入れ」

 

メルドは檜山の沈んだ様子から何となく察した様子で、彼を部屋に招き入れた。

 

檜山のクラスの立ち位置は微妙なところだった。不用意な行動で仲間を窮地に追いやり、結果、クラスメイトの中でも実力を持った一人が奈落へと落ちてしまった。平身低頭で謝罪した結果、他の生徒達も余り触れたくないといった思いがあって、落ちた彼の幼なじみ以外は抗議はしたが、光輝が割って入るなどして弾劾はない。だが、まったく溝がないというわけではないのだ。

 

ハジメの生存を知ってからは変わったように感じる。

 

メルド自身気にしていたことであり、自ら仲間との関係について相談しに来てくれたなら、応えないわけには行かない。メルドはそう思った。

 

ソファーに座るよう勧めたメルドの言葉に、素直に従う檜山。だが、中々、話しだそうとしない。背を丸め、両手を揉みほぐすように絡めながら、貧乏揺すりをしている。

 

「……大介。お前の話したいことは何となく察している。だから、上手く話そうとしなくて良い。思ったことを言ってくれればいいんだ。何が問題なのか、どうすべきなのか。それは一緒に考えていこう」

 

慰めるようにそう言うメルドだったが、檜山の貧乏揺すりは一向に収まらない。顔を上げることもなく、随分と落ち着かない様子だ。知らぬ間に、余程追い詰められているのかと、メルドはメルドはもう一度声をかけようとした。

 

その寸前、再び、コンコンッとノック音が響いた。今晩は客が多いなと苦笑いしつつ、メルドが再び誰何する。

 

すると、返ってきたのは先程別れたばかりのホセの声だった。なにやら緊急で報告したいことがあると言う。

 

なんともタイミングが悪い。ここには檜山がいる。報告内容によっては聞かせるわけにいかないものかもしれない。

 

そんなメルドの気持ちを察したのか。

 

「……メルド団長。良いっすよ。俺、話が終わるまで、廊下で待ってるんで」

 

「そうか……。すまんな、大介」

 

申し訳なさそうにするメルドに、檜山は「いえ」と言葉少なく返事をして立ち上がった。

 

メルドは扉に手をかけ、檜山を送り出すと同時に、ホセを迎え入れようとドアノブに手を回した。ガチャと音が鳴り扉を開くと扉の前にはホセがいた。

 

“虚ろ”の状態のホセが……。

 

ぞわりっとメルドが総毛立つ。本能がけたたましく警鐘を鳴らす。刹那、

 

「ッ?!」

 

メルドが声にならない叫びを上げて身を逸らす。その眼前を騎士剣による凄まじい突きが通り過ぎた。

 

「ホセッ!貴様どういうつもりだっ?!」

 

メルドは怒声を上げるが、それに対する返事は、袈裟斬りの一撃だった。それを咄嗟に転がって回避するメルドはそのまま壁に立てかけてあった自分の騎士剣に手に取り、無言で追撃するホセの攻撃を受け止める。ギンッという金属同士がぶつかる音が響く。

 

「クソッ……やはり洗脳の類いかっ!?」

 

間近に見るホセの瞳には生気が感じられず〝虚ろ〟の症状であった。自分と別れた後に発症したとして、その後、すぐに自分を襲撃してくるなど、何者かの指示がなければ今までの発症者との行動が違い過ぎる。やはり“虚ろ”は精神攻撃系の類いの魔法と断定し、戦慄と焦燥の表情を浮かべるメルド。

 

とにかく、今はホセをどうにかしないといけない為、メルドは気合いと共にホセの騎士剣を弾く。

 

「多少の怪我は許せよ!」

 

メルドはホセへと突進する。騎士剣を弾かれて僅かに姿勢の崩れた今なら、体当たりで組み伏せれるだろうと判断した。しかし、ホセが予想外の行動を取る。一貫してメルドを狙っていた為に、標的は騎士団団長の身かと思っていたが、突進するメルドから目を逸らしたホセは、なんと呆然と突っ立っていた檜山へと急迫した。

 

不意の動きに、一瞬、メルドの動きが遅れる。それがこの土壇場で、まさか戦意を喪失するなんて予想外。否、これこそ檜山の相談したかったことだろうと、メルドは内心舌打ちをしつつ、急速転身した。

 

無理な姿勢からの減速なしの方向転換に軸足が悲鳴が上がるのを意識しつつ、なお強く踏み込む。バキャッと床板が踏み割れた音がするも無視し、メルドは檜山とホセの間に割り込んだ。

 

「ぐっ……この、力はっ」

 

ギリギリのタイミングで間に合い、再び騎士剣同士がぶつかり合い金属音が響く。だが、ホセの一撃は普段より断然破壊力があった。いつものホセは力より技術で戦うタイプの為、メルドにとって予想外であった。

 

今の状況では回避は出来ない。後ろには守るべき者がいる。押し返すには体勢が悪い。十分な膂力が発揮できないと判断したメルドは魔法でホセを吹き飛ばそうと決断する。

 

「耐えてみせろ! 副団長!」

 

多少のケガでは済まないかもしれないが、王国騎士団副団長のタフさを信じ、メルドは至近距離で風の砲弾を喰らわそうとする。

 

「鳴け、遍く風よっ───〝風──ッ〟!?」

 

魔法を放とうした瞬間、自分の脇腹に短剣を突き刺さそうとする檜山の姿が見え、詠唱が止まる。メルドは傷を喰らうのを覚悟したが……

 

ギィィンッ!と金属音が鳴り響き渡り檜山の短剣がメルドに届かなかった。檜山とメルドは驚き二人の間に入った人物を見る。

 

「やっぱ裏切り者はてめぇだったんだな檜山……」

 

そこにいたのは……

 

「浩介?!」

 

深淵卿こと遠藤浩介だった。

 

「チィッ……なんで、なんで!!てめぇが此処にいやがるんだ!遠藤ォ!」

 

檜山は自分の行動が上手くいくと思っていたのに防がれてしまい、溜まっていた怒りが爆発し、血走った目で自分の邪魔をした浩介を睨みながら叫ぶ。

 

「いや、緊急でメルド団長に伝えたい事があったから部屋に来たんだけど……戦闘音が聞こえたから急行したってわけ」

 

そう、浩介は夕方に目撃した愛子が攫われた件をメルドに報告する為、探していたが見つからず夜には部屋にいるだろうと判断し、部屋に向かっていたところで、この状況だった為、メルドの助けに入ったわけだった。

 

「浩介、助かった!」

 

「いえっ、団長!此処はヤバいですって離れましょう!」

 

メルドと浩介は背中を合わせながら、ホセと檜山の攻撃を受け流しながら話し合っていた、

 

「どういう事だ?」

 

「ホントはこの下にまだホセさんのような騎士や兵士の人が大勢いて、俺を見た瞬間、いきなり襲ってきたんすよ。でも全員、返り討ちにしましたが、時間が経たない内に此処に攻めてくる可能性があるんです」

 

「……ッ! そうか、クソッ」

 

メルドは、浩介の報告で自分の信頼する部下達はもう駄目だと知り、悪態をつく。

 

「わかった浩介! お前の言う通り脱出する。すまないが、此処から離脱する時間を稼いでくれ!」

 

「うっす!……ではっ───今宵のショウタイムいこうかっ!」

 

「逃がすかっ!」

 

メルドは浩介の報告と今の状況的に離脱を決心して、浩介に魔法を放つ為に時間を稼いでもらうと頼み、浩介はそれを了承して服からサングラスを取り出すと、深淵卿を発動すると共に分身を作りだす。

 

「我が分身達よ、時間を稼ぐぞ」

 

『おう!!』

 

檜山は二人を逃がさんと目を血走らせながら〝虚ろ〟のホセと共にメルドに目掛けて剣を振るうが全てアビスゲートと其の分身達に止められる。

 

「クソッ……ホントに遠藤てめぇは!」

 

「フッ……悪に堕ちた貴様なぞに我は負けんよ。後、今の我はコウスケ・E・アビスゲートだっ」

 

アビスゲートは小太刀で檜山の斬撃を受け止めると、分身達がホセや部屋に入ろうとしている騎士や兵士達の動きを確実に止める。しかし、その時だった。やはりと言うべきか扉からぞろぞろと浩介……アビスゲートが道中で倒した筈の騎士や兵士達が押し寄せてきた。

 

「む、やはり来たか!」

 

アビスゲートは予想よりも早くきたことに驚く。すると、檜山から下卑た笑い声が聞こえた。

 

「ヒヒッ……何度、倒しても無駄だっつうの。そいつ等死んでも止まらねぇからな!」

 

「なっ?! 檜山、貴様っ、この者達に何をした!」

 

檜山の発言に浩介が驚愕して問い詰めようとするが、檜山は黙秘をした。どうやら話したくないらしい。そうなればとアビスゲートは更に分身を増やして押し寄せる兵士達の対応を取る。それを見た檜山の表情が驚愕に満ちる。

 

「なっ、遠藤?! お前更に増えんのかよっ、クソがっ!」

 

「フッ……我を過小評価して貰っては困る。我は親友の隣に立つ為ならば努力も辞さないからな!」

 

檜山の悪態にアビスゲートは笑みを見せる。

 

そう、アビスゲートはハジメ達と別れてからも教会の裏を調べながら努力を怠らず、ずっと鍛錬をし続けきた結果、アビスゲートならする分身を十人程度なら問題なく増やせるようになったのだ。

 

「チィッ!天之河なんかよりめんどくせぇじゃねぇか!」

 

「フッ……我はあんな勇者より弱いと思った事は一度もない」

 

檜山はアビス・ゲートのチートさに歯噛みし。アビスゲートは天之河と比べられるのは心外だと口にする。

 

そして、アビスゲートと檜山と“虚ろ”の騎士達の小競り合いは、いよいよ終わりを告げる。

 

「よく時間を稼いでくれた浩介! もう、準備は整った。行くぞっ!──〝風槌〟!」

 

「うむっ」

 

「ちょっ?! 待ちやがれてめぇ等!」

 

メルドは部屋にあった大事な物を回収し終えるとアビスゲートに逃げると伝え、魔法で壁を破壊してアビスゲートと共に飛び降りる。メルドとアビスゲートの二人は飛び降りるがメルドの私室は王宮の四階である。普通なら大怪我で済まないが……

 

「───〝風撃〟!」

 

メルドは咄嗟の魔法を放ち、風圧で落下速度を減速させ、二人は見事に着地を決めた。

 

おそらく、すぐに檜山達も飛び降りて追ってくるだろうと二人は推測し、すぐに行動を再開した。

 

メルドは上級魔法を放つ為、詠唱を始める。

 

「天地を染める紅蓮の──」

 

「ムッ? 団長どう──っ!!」

 

メルドの詠唱が止まった事に疑問を抱いたアビスゲートは声をかけようとした瞬間、オルクスで会った魔人族以上……もしかしたら親友のハジメと同等レベルと思えるほどの圧に息を呑んだ。

 

「「────」」

 

二人はまるで、心臓を鷲掴みにされたかのよう。冷や汗が吹き出る。体もまともに動かず硬直し、己の息遣いや心音ですらうるさく感じてしまう。

 

その時だった………

 

「国王の事と言い、詰めが甘いと言わざるを得ません。やはり、所詮は人間のすること。手を貸さないといけませんか………」

 

怖気を振るうほど綺麗な声だった。だがその声には何も感情が伝わってこない。声が聞こえてようやく二人の体は動きだした。だがその動きはぎこちなく、二人は声がした方向──空を見上げた。

 

月光を背負うシルエットが見えた。驚くべきはその人影から伸びる一対の翼。銀に輝くそれは、余りにも非現実的であり、幻想的だった。

 

だが、その感動する心の余裕などない。肌で、頭で、魂で理解する……圧倒的な格の違いを。

 

しかし、それでも、二人は……

 

「……浩介、まだ動けるか?」

 

「フッ、メルド団長。誰にモノを言っている我はコウスケ・E・アビスゲート。何処までも巨悪に抗ってみせよう!」

 

「お、おぅ……良い意気込みだな!」

 

諦めていなかった。

 

メルドはアレスの件から教会を疑い初め、神への信仰心は薄れていた。そのせいか今、圧倒的に格が違う相手が目の前にしても王国騎士団団長として、この国を愛する一人の男として、そして一人の騎士として目の前の存在に立ち向かうと決めていた。

 

アビスゲート──浩介はこの目の前の存在は確実に自分の大切な幼なじみ、そして親友が大変な目に合うと瞬時に理解した。なら、一撃でも良い。殺せなくても良い。大切な親友(ハジメ)と幼なじみの手助けとなれば本望だと。

 

「主と我が母の望まれた事です」

 

銀の月が降ってきた。子供が遊びに使うようなボール程の大きさのお月様。命を滅する死の光。だが、二人は決して諦めない。地を蹴り、あの存在へと立ち向かうために駆け出した。

 

もしかしたら、ここで自分達は死に絶えてしまうのかもしれない……でも

 

「(俺達が死んだら、後は頼んだ……なんて言わんさ。あれはお前の敵だ。だから───)」

 

「(ハジメ。俺はここで終わりかもしれないでもっ、お前ならあの化け物を、神を殺せると信じてる。俺も諦めねぇからよ。だから──)」

 

((───存分にぶちのめせ!))

 

現王国最強の騎士と最強の片割れである深淵卿は遺言なのか分からないが……奈落から這い上がってきた化け物(親友)に勝利の祈りを捧げながら神の手先に立ち向かっていったのだった。

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

主のいなくなった部屋の中で、“虚ろ”な目をした兵士達が、壊れた床板と窓を修復を行っている傍らで、デスクの前に三人の人影と一人の使徒がいた。

 

「あれあれ? 神の使徒様がまだいるとはどういう事だい?仕事はもう終わっただろ? 」

 

「いえ……まだ命じられたことが一つ残ってるので」

 

「へぇ……何の───」

 

ザシュッ!

 

「………へ?」

 

「わおっ」

 

「ゲハッ……な、んで?」

 

使徒は話していた最後の仕事とは、三人の人影の一人──檜山のお腹を一ノ大剣で貫くことで示した。そしてすぐさま大剣を引き抜いた。檜山は突然の事で状況を理解出来ないまま倒れ伏せ、息絶える。

 

「主のお言葉です。『其方みたいな心も体も弱い者は我の世界に要らない』との事です。安心してください。遺体は主のご意向で神域で眠らせてあげます。感謝しなさい。そして最後に貴女方は少し爪が甘いですよ。では」

 

神の使徒はそう言い残して檜山の遺体を銀翼で運びながら空へ飛び立っていった。

 

「アハハ……檜山乙〜」

 

「──ちゃん、檜山君死んだら計画に支障が出ない?」

 

「あー、大丈夫、大丈夫。 檜山は今回の件で切り捨てるつもりだったし……余り支障がないんだよね〜」

 

「うわー、可哀想」

 

「香織こそ、どうなんだい? 檜山の奴、君の事が大好きだったんだよ?」

 

「へぇー……で? 私はハジメ君しか要らないからな〜」

 

「うわー、香織の方が酷いでしょ」

 

そう言い合いながらクスクスと二人の影は笑い合う。

 

「でも、今回は使徒様にマジ感謝だよ。団長のついでに少し目障りだった遠藤も殺してくれたしさ」

 

「だねぇ〜、私も光輝君と雫ちゃんはなんとか抑えれるけど、遠藤君はどうしようか迷ってたし……良かったよ〜」

 

そして、湧き上がった感情を抑えようとする為に香織は話題を変える。

 

「なんにしても、最大の二つの障害はクリアしたんだよ。後は、雫ちゃん達に感づかれなければどうって事ないし」

 

「その通り。彼女のおかげで国王様も宰相さんも頭がぶっ飛び中だし、教会は最初から障害ですらない。団長さんと遠藤が死んだ今、もう僕達を止められる者はいないっ!」

 

人影の声音に狂気が溢れ出す。同じく堕ちた香織も狂ったように笑みを深める。

 

人影の手元でグシャと何かを握り潰した音がした。見れば、そこには手紙らしきものがあった。メルドが彼の少年に届けたかった懸念の想いを綴られた手紙だ。

 

「さぁっ、加速していこう。坂道を転がる石のようにっ!終わりに向かって。僕の望んだ未来に向かって!」

 

「これで私も……ハジメ君を……フフフフ」

 

二人の口元が三日月のように裂け、瞳孔が収縮する。しばらくの間、主のいなくなった部屋の中に、悪意と敵意でべっとりとコーティングされた二つの笑い声が響いていた。

 

 

 

同時刻。

 

大陸の果て

 

大陸の南の果ての王国にて、凄まじい光景が広がっていた。圧倒的な数の魔物が、整然と並んでいるのだ。十万は越えているだろう。どれもこれも、【オルクス大迷宮】の深層レベルを有していることは、その身に纏う禍々しい気配が示している。〝蹂躙〟という言葉が、形を持って顕現したかのような光景だ。

 

驚いたことに、その内の何体かには、人が騎乗しているようだった。この集まりが、単にスタンピードではないことは明白だった。

 

そんな魔物と、騎乗者達の前方の空に、天空より一体の魔物が舞い降りた。それは、普通の灰竜よりも数倍の大きさの巨大な灰竜に騎乗している一人の男が声を上げた。

 

「聞け! 我等の偉大なる魔王様の眷属達よ! 私はウィリス・アルク元軍曹の後任となった。新軍曹の〝ゲルマン・マクベリー〟である!宜しく頼む!」

 

ゲルマンの発言が終わると同時に、地上からは歓声が上がる。ゲルマンは地上の歓声に笑みを浮かべると言葉を続ける。

 

「そして、示す時が来たのだ!我等の力を今! フリード様!」

 

ゲルマンがそう言うやいなや、またも前方の空に、一体の強大で壮麗な魔物が舞い降りた。煌めく純白の鱗が神威すら感じさせる。

 

天空を統べるのは己であると、無言で訴えるような威容を纏う白竜の背には、やはり、人が騎乗していた。赤い髪を風に靡かせ、白竜の背で凛と立つ姿に、ゲルマンの時よりも大きな歓声が上がる。

 

「先程のゲルマンの言う通り、神託が降りた。神の代弁者たる魔王陛下から、勅命が下った。───異教徒共を滅ぼせと」

 

厳格な重圧を感じさせる声音が地上に降り注ぐ。再び、爆発的で熱狂的な歓声が上がった。フリードは発言を終えた後、「後は任せる」といった感じにゲルマンに目線を送ると、フリードは後方に下がる。ゲルマンはフリードに頼まれたことに嬉しさを隠し切れず笑みを浮かべて話す。

 

「皆の者、知らしめてやろう! 神意を!我等の強さを! 我が物顔で北大陸を支配する愚か者共に、身の程というものを!」

 

狂的な使命感を帯びた声音に、踏み鳴らされた大地が揺れ、狂気の絶叫が大気を震わせる。

 

フリードはその光景を眺めながら、隠すように口元を悔しそうに歪め、拳に力が入ってしまう。〝今は我慢だ〟と、無駄に削られていく命をただ見ることしか出来ない自分を悔みながら………。

 

 

奇しくも、薄暗い部屋の人影が宣言したのと、南の果てで大軍を統べる男の補佐が宣言したのは同時だった。

 

 

───さあ、始めよう!僕達が幸せになるための、僕達のための物語を!

 

───さあ、雄叫びを上げろ!我等が主に勝利を!開戦の時だ!

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

ーある王宮のはずれの古びた小屋ー

 

この小屋は霊忠塔と同じレベルで人気がない場所。そんな場所に二人の影があった。

 

「メルド団長……無事すっか?」

 

「あぁ……少し所々に火傷を負ったが問題ない」

 

影の正体はメルドと浩介だった二人の服は神の使徒と戦闘のせいか服がボロボロで、よく見れば火傷跡や切り傷が所々にあった。しかし、運良くバレずに退避できて、生き残れることが出来たのなら僥倖であった。

 

「……んで、これからどうします? 俺達もう死人扱いだと思いますけど……」

 

「安心しろ浩介。この小屋は見廻りも余り来ない場所だ。後、少ないが部屋から取っておいた食料もある。此処なら数日は身を隠せるだろう」

 

「おおっ、流石、団長。でも、いつまで身を隠します?」

 

「そうだな……今の王国はもう駄目だ。傷を癒したら時がくるまで正体を隠しておこう」

 

「ウッス、了解です」

 

「だが浩介、助かったぞ。お前のおかげで」

 

「いやぁ〜、ホントっすね。 俺も成功するのは一か八かでしたが成功して安心しましたよ」

 

メルドは浩介に尊敬の眼差しを向け、浩介を称えた。

 

「まさか、影の中に潜れるなんてな………」

 

「いやまだまだっすよ。俺もこの〝影移動〟の技能を上達させないと……あの化け物に勝ち目ないですし…」

 

「……そうだな。だが次は勝とう」

 

「……ウッス」

 

メルドと浩介の二人はそんな会話をした後、古びた小屋で戦闘の傷を癒す為に休息を取るのだった……。

 




編集しました。十一月三十日

愛子はハーレムに入れるか入れないか

  • いる
  • いらない
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。