時間は少し戻る。ちょうど、リリアーナ達が王宮内に到着した頃。
パキャァアアアアン!!
「ッ!? 一体なにっ!?」
ガラスが砕かれるような不快な騒音に、自室で就寝中だった八重樫雫は、シーツを跳ね除けて枕元の黒刀を手に取ると一瞬で臨戦態勢を取った。明らかに普段から気を休めず警戒し続けている者の動きだ。
「………」
しばらくの間、抜刀態勢で険しい表情をしながら息を潜めていた雫だったが、室内に異常がないと分かると僅かに安堵の吐息を漏らした。
雫がここまで警戒心を強めているのは、ここ数日、顔を合わせることの出来ないリリアーナと愛子、そしてメルド団長と遠藤、檜山の事が引っかかっているからだ。
少し前から王宮内に漂う違和感には気がついていた。あの日、愛子が帰還した日に、夕食時に重要な話があるといって別れたきり姿が見えない事で、愛子の身に何か良くない事が起きているのではとも疑っていた。
そして、愛子が姿が見えなくなってから翌日、メルド団長がいなくなっており、そして妙子と奈々の二人が遠藤を、そして我儘小悪党組の三人も檜山を見てないと言う。
当然、五人の行方を探し、イシュタルから愛子達は総本山で異端審問について協議しているというもっともらしい話を聞き出したのだが、直接会わせてもらうことは出来なかった。そして、遠藤と檜山とメルド団長の三人は国王の勅命で何処かへと出向いてるとしか言われず、騎士団も副団長のホセがいるから大丈夫と言われたが、なお食い下がった雫だったが数日後には戻ってくると言われ、またリリアーナの父で国王でもあるエリヒドにも心配するなと言われれば、渋々ではあるが一先ず引き下がるしかなかった。
しかし、雫はそれでも漠然とした不安感は消えず、今のように、どこぞのスパイのような警戒心溢れる就寝をしていたのである。
「香織っ……アレ? 香織?」
雫は音もなくベッドから降りると、ある事に気付く。同じ部屋に寝ていた筈の香織が居ないのだ。雫は急いで装備を整えて慎重さを忘れて部屋の外へ出た。
「香織、何処に行ったの?」
(香織がいない……後、あの大きな音は?……いや、まず光輝の所へ向かって香織の事とかを伝えないとっ!)
部屋に居ない親友探しながら、雫は直ぐに向かいの光輝達の部屋をノックした。扉はすぐに開き、光輝が姿を見せた。部屋の奥には龍太郎もいて既に起きているようだ。どうやら先程の大音響で雫と同じく目が覚めたらしい。
「光輝、あなた、もうちょっと警戒しなさいよ。いきなり扉開けるとか……誰何するくらい手間じゃないでしょ?」
何の警戒心もなく普通に扉を開けた光輝に眉を潜めて注意する雫。それに対して光輝はキョトンとした表情だ。破砕音は聞こえていたが、王宮内の、それも直ぐ外の廊下に危機があるかもしれないとは考えつかなかったらしい。まだ、完全に覚醒していないというのもありそうだ。
ここ数日、雫が王宮内の違和感や愛子達のことで、「何かがおかしい、警戒するべきだ」と忠告をし続けているのだが、光輝も龍太郎もそして、香織さえ考えすぎだろうと余り真剣に受け取っていなかった。
「そんな事より、雫。さっきのは何だ? 何か割れたような音だったけど……」
「……わからないわ。とにかく、皆を起こして情報を貰いに行きましょう。後、光輝……香織が居ないのよっ!」
「なっ?! 香織がっ!わかった龍太郎っ!すぐ準備だ」
「お、おう!」
雫の香織が居なくなったの言葉で光輝は表情を変え、すぐさま龍太郎に指示して自分も装備を整えにいった。雫はそれだけ言うと、踵を返して他のクラスメイト達の部屋を片っ端から叩いていった。ほとんどの生徒が先程の破砕音で起きていたらしく、集合は速やかに行われた。不安そうに、あるいは突然の睡眠妨害に迷惑そうにしながら廊下に出てきた全生徒に光輝が声を張り上げてまとめる。
と、その時、雫と懇意にしている侍女の一人が駆け込んで来た。彼女は家が騎士の家系で剣術を嗜んでおり、その繋がりで雫と親しくなったのだ。
「雫様……」
「ニア! ねぇっ、香織は知らない?見なかった?!」
ニアと呼ばれた侍女は、どこか覇気に欠ける表情で雫の傍に歩み寄る。いつもの凛とした雰囲気に影が差しているような、そんな違和感を覚えて眉を寄せる雫だったが、香織の事を知らないかと話すと、ニアからもたらされた情報に度肝を抜かれ、その違和感も吹き飛んでしまった。
「大結界が一つ破られました」
「……なんですって?」
思わず聞き返した雫に、ニアは淡々と事実を告げる。
「魔人族の侵攻です。大軍が王都近郊に展開されており、彼等の攻撃により大結界が破られました。後、香織様は騎士団の方達と一緒にいると聞いてます」
「嘘、香織……そんな、一体魔人族もどうやって……」
もたらされた情報が余りに現実離れしており、流石の雫も冷静さを僅かばかり失って呆然としてしまう。
それは、他のクラスメイト達も同じだったようで、ざわざわと喧騒が広がった。香織の居場所がわかったのは良いが、魔人族の大軍が誰にも見咎められずに王都まで侵攻するなど有り得ない上に、大結界が破られるというのも信じ難い話だ。彼等が冷静でいられないのも仕方ない。
「……大結界は第一障壁だけかい?」
そんな中、険しい表情をした光輝がニアに尋ねる。王都を守護する大結界は三枚で構成されており、外から第一、第二、第三障壁と呼び、内側の第三障壁が展開規模も小さい分もっとも堅牢な障壁となっている。
「はい。今のところは……ですが、第一障壁は一撃で破られました。全て突破されるのも時間の問題かと……」
ニアの回答に光輝は頷くと、自分達の方から討って出ようと提案した。
「俺達で少しでも時間を稼ぐんだ。その間に王都の人達を避難させて、兵団や騎士団が態勢を整えてくれれば……」
光輝の言葉に決然とした表情を見せたのはほんの僅か。雫や龍太郎、鈴、永山のパーティーなど前線組だけだった。
他のクラスメイトは目を逸らすだけで暗い表情をしている。彼等は前線に立つ意欲を失った者達だ。とても大軍相手に時間稼ぎとはいえ挑むことなど出来はしない。
ならば俺達だけでもと、より一層心を滾らせる光輝に意外な人物、中村恵里が待ったをかけた。
「待って、光輝くん。勝手に戦うより、早くホセさん達と合流するべきだと思う」
「恵里……だけど」
「ニアさん、大軍って……どれくらいかわかりますか?」
「……ざっとですが十万ほどかと」
その数に生徒達は息を呑む。
「光輝くん、とても私達だけじゃ抑えきれないよ。……数には数で対抗しないと。私達は普通の人より強いから、一番必要な時に必要な場所にいるべきだと思う。それには、ホセさん達ときちんと連携をとって動くべきじゃないかな……それにニアさんの話だと香織ちゃんもホセさん達といるようだし……」
大人しい眼鏡っ子の恵里らしく控えめな言い方ではあるが、瞳に宿る光の強さは光輝達にも決して引けを取らない。そして、その意見ももっともなものだった。
「うん、鈴もエリリンに賛成かな。さっすが鈴のエリリンだよ! 眼鏡は伊達じゃないね!それにカオリンも其処にいるなら絶対にそうしよっ!」
「眼鏡は関係ないよぉ……鈴ぅ」
「ふふ、私も恵里に賛成するわ。少し、冷静さを欠いていたみたい。私も香織の無事を確認したいしね。光輝は?」
女子三人の意見に、光輝は逡巡する。
「そうだな! 良しっ、皆、俺達はホセさん達と合流する!」
しかし、光輝は普段は大人しく一歩引いて物事を見ている恵里の判断を結構信頼している事もあり、結局、恵里の言う通りホセ達騎士団や兵団と合流することにした。
光輝達は出動時における兵や騎士達の集合場所に向けて走り出した。すぐ傍の三日月のように裂けた笑みには気づかずに……
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「お〜い、雫ちゃぁん、 光輝くぅん、皆ぁ!」
「香織っ」
光輝達が、緊急時に指定されている屋外の集合場所に訪れたとき、既にそこには多くの兵士と騎士が整然と並び、前の壇上にはハイリヒ王国騎士団副団長のホセ・ランカイドが声高に状況説明を行っているところだった。そして、ホセの隣で大声を上げながら自分達を呼びながら手を振る香織の姿があった。月光を浴びながら、兵士達は、みな青ざめた表情で呆然と立ち尽くし、覇気のない様子でホセを見つめていた。
と、香織の呼び声で気付いたのか、広場に入ってきた光輝達に気がついたホセが言葉を止めて光輝達を手招きする。
「……よく来てくれた。状況は理解しているか?」
「はい、ニアから聞きました。えっと、ホセさん何故、香織はどうして此処に?」
ホセの歓迎の言葉と質問に光輝は頷き、そして尋ねた。
「香織殿は少し前に団員達の治癒を頼んでたんだ。それより、さぁ、我らの中心へ。勇者が我らのリーダーなのだから……」
ホセはそう言って光輝達を整列する兵士達の中央へ案内した。居残り組のクラスメイトが「えっ? 俺達も?」といった風に戸惑った様子を見せたが、無言の兵達がひしめく場所で何か言い出せるはずもなく流されるままに光輝達について行った。
無言を通し、表情もほとんど変わらない周囲の兵士、騎士達の様子に、雫の中の違和感が膨れ上がっていく。それは起きた時からずっと感じている嫌な予感と相まって、雫の心を騒がせた。無意識の内に、黒刀を握る手に力が入る。
そして、光輝達が、ちょうど周囲の全てを兵士と騎士に囲まれたとき、ホセが演説を再開した。
「みな、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」
兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。
「始まりの狼煙だ。注視せよ」
ホセが懐から取り出した何かを頭上に掲げた。彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。
そして……
カッ!!
光が爆ぜた。
ホセの持つ何かがハジメの閃光弾もかくやという光量の光を放ったのだ。無防備に注目していた光輝達は、それぞれ短い悲鳴を上げながら咄嗟に目を逸らしたり覆ったりするものの、直視してしまったことで一時的に視覚を光に塗りつぶされてしまった。
そして、次の瞬間……
ズブリッ
そんな生々しい音が無数に鳴り、
「あぐっ?」
「がぁ!」
「ぐふっ!?」
次いで、あちこちからくぐもった悲鳴が上がった。
先程の光に驚いたような悲鳴ではない。苦痛を感じて、意図せず漏れ出た苦悶の声だ。そしてその直後に、ドサドサと人が倒れる音が無数に聞こえ始める。
そんな中、雫だけは、その原因を理解していた。広場に入ってからずっと最大限に警戒していたのだ。ホセの演説もどこか違和感を覚えるものだった。なので、光が爆発し目を灼かれた直後も、比較的動揺せずに身構え、直後、自分を襲った凶刃を何とか黒刀で防いだのである。目が見えない状況で気配だけを頼りに防げたのは鍛錬の賜物だろう。
そして、閃光が収まり、回復しだした視力で周囲を見渡した雫が見たのは、クラスメイト達が全員、背後から兵士や騎士達の剣に貫かれた挙句、地面に組み伏せられている姿だった。
「な、こんな……」
呻き声を上げながら上から伸し倒されるように押さえつけられ、更に、背中から剣を突き刺されたクラスメイト達を見て、雫が声を詰まらせる。まさか、全員殺されたのかと最悪の想像がよぎるが、みな、苦悶の声を上げながらも辛うじて生きているようだ。
そのことに僅かに安心しながらも、予断を許さない状況に険しい視線を周囲の兵士達に向ける雫だったが、その目に奇妙な光景が映り込み思わず硬直する。
「あらら、流石というべきかな?……ねぇ、雫?」
「え? えっ……何をっ!?」
そう、瀕死状態のクラスメイト達が倒れ伏す中、たった一人だけ平然と立っている生徒がいたのだ。その生徒は普段とはまるで異なる、どこか粘着質な声音で雫に話しかける。余りに雰囲気が変わっているため、雫は言葉を詰まらせつつ反射的に疑問を投げ掛けようとした。
その瞬間、再び、雫の背後から一人の騎士が剣を突き出してきた。
「くっ!?」
よく知る相手の豹変に動揺しつつも、やはり辛うじてかわす雫に、その生徒は呆れたような視線を向ける。
「これも避けるとか……ホント、雫って面倒だよね?」
「何を言ってッ!」
更に激しく、そして他の兵士や騎士も加わり突き出される剣の嵐。雫は、それらも全て凌ぐが、突然、自分の名が叫ばれてそちらに視線を向ける。
「雫ちゃん!」
「香織!」
そこには、騎士に押し倒され馬乗りの状態から、今まさに剣を突き立てられようとしている香織の姿があった。雫は咄嗟に〝無拍子〟からの高速移動で振り下ろされる剣撃をかいくぐり一瞬で香織のもとへ到達すると、親友に馬乗りになっている騎士に鞘を叩きつけて香織の上から吹き飛ばした。
「香織、無事?」
「雫ちゃん……」
倒れ込んでいる香織を支え起こしながら、周囲に警戒の眼差しを向ける雫。
そんな雫の名を香織はポツリと呟き、両手を回して縋りつく。
そして、
……雫の背中に懐剣を突き立てた。
「あぐっ!? か、香織? ど、どうして……」
「……ホントに雫ちゃんって、こう言うのにダメだよね」
背中に奔る激痛に顔を歪めながら信じられないといった表情で、雫は自分に抱きつく香織を見下ろした。
香織は、笑顔でただ雫を見返すだけだった。
雫はそこでようやく気がついた。あの時……ホルアドの頃から香織の様子がおかしいと感じていた。しかし、自分で「香織は、私の親友は大丈夫だ」と心の中で言い聞かせてきた。
しかし、現実は違った。
香織はそのまま雫の腕を取って捻りあげると地面に組み伏せて拘束し、他の生徒達にしているのと同じように魔力封じの枷を付けてしまった。
「いや〜、雫ちゃんが単純で助かったよ〜」
「アハハハ、流石の雫でも、まさか〝親友〟に刺されるとは思ってなかった? うんうん、そうだろうね? いや〜、やっぱ、香織が味方でホントに助かったよ」
背中に感じる灼熱の痛みと頬に感じる地面の冷たさに歯を食いしばりながら、雫は他の正気でない兵士達は何かをされたのだと悟る。そして認めたくはないが、この惨状を作り出したであろう、今も笑顔の香織とニヤニヤと普段では考えられない嫌らしい笑みを浮かべるもうウンウンと頷く一人の親友の名を呼んだ。
「どういうこと…なの……香織、
そう、その人物は控えめで大人しく気配り上手で心優しい、雫達と苦楽を共にしてきた親友の一人、中村恵里その人だった。
重傷を負いながらも、直ぐには死なないような場所を狙われたらしく、苦悶の表情を浮かべて生きながらえている生徒達も、コツコツと足音を立てながら幽鬼のような兵士達の間を悠然と歩く恵里を呆然とした表情で見つめている。
恵里は雫の途切れがちな質問には答えずに、何がおかしいのかニヤニヤと笑いながら光輝の方へ歩み寄った。そして、眼鏡を外し、光輝の首に嵌められた魔力封じの一つである首輪をグイっと引っ張ると艶然と微笑む。
「え、恵里…っ…か、香織もっ…一体…ぐっ…どうしたんだ……」
雫達幼馴染ほどではないが、極々親しい友人で仲間の一人である恵里の余りの雰囲気の違いに、体を貫く剣の痛みに堪えながら必死に疑問をぶつける光輝。だが、恵里はどこか熱に浮かされたような表情で光輝の質問を無視する。
そして、
「アハ、光輝くん、つ~かま~えた~」
「うわぁ〜、恵理ちゃん。良いなぁ〜。私も…いずれ、ハジメ君と……フフ」
恵理はそんな事を言いながら、光輝の唇に自分のそれを重ねた。妙な静寂が辺りを包む中、ぴちゃぴちゃと生々しい音がやけに明瞭に響く。恵里は、まるで長年溜め込んでいたものを全て吐き出すかのように夢中で光輝を貪っていて、香織はその光景を羨ましそうに見ている。
光輝は、わけがわからず必死に振りほどこうとするが、数人がかりで押さえつけられている上に、魔力封じの枷を首輪以外にも、他の生徒達同様に手足にも付けられており、また体を貫く剣のせいで力が入らずなすがままだった。
やがて満足したのか、恵里が銀色の糸を弾きながら唇を離す。そして、目を細め恍惚とした表情で舌舐りすると、おもむろに立ち上がり、倒れ伏して血を流す生徒達を睥睨した。苦悶の表情や呆然とした表情が並んでいる。そんな光景に満足気に頷くと、最後に雫に視線を定めて笑みを浮かべた。
「とまぁ、こういう事だよ。雫」
「っ…どういう事よ…こふっ…」
「だから〜、言ったじゃん恵理ちゃん。雫ちゃんも光輝君をそんな目で見てないって」
わけがわからないといった表情で、恵里を睨みながら吐血する雫に、恵里は物分りが悪いなぁと言いたげな表情で、香織は「説明したのにな〜」と唇を尖らせる。恵理は頭を振ると、まるで幼子にものの道理を教えるように語りだしだ。
「うーん、わからないかなぁ? 僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」
「……光輝が好きなら…告白でもすれば…こんな事…」
雫の反論に恵里は一瞬無表情になる。しかし、直ぐにニヤついた笑みに戻ると再び語りだした。
「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」
そんな事もわからないの? と小馬鹿にするようにやれやれと肩を竦める恵里。〝ゴミ呼ばわり〟されても、余りの豹変ぶりに驚きすぎて怒りも湧いてこない。一人称まで変わっており、正直、雫には目の前にいる少女が初対面にしか見えなかった。
「ふふ、異世界に来れてよかったよ。日本じゃゴミ掃除するのは本当に大変だし、住みにくいったらなかったよ。もちろん、このまま戦争に勝って日本に帰るなんて認めない。光輝くんは、ここで僕と二人ず~っと、ずぅ~~っと暮らすんだから」
「まさか……香織も」
「うん、私も恵理ちゃんに協力してるんだ〜」
雫は信じたくないと表情しながら自分にとって一番大切な親友に視線を向ける。しかし、その親友…香織は雫を裏切るような言葉を返した。
「な、なんで………」
「ハジメ君を救う為だよ♡」
「南雲君を……救う?」
「うん!……だって、ハジメ君が私の告白を断る訳ないよっ! 私のことを嫌う訳ないっ! あの時からずっと思ってた!そして、わかっただんだよっ雫ちゃん! ハジメ君は縛られてるって!苦しめられてるって! あの園部優花にっ!」
「香織……アンタ、何……い、言って…」
香織は話していく内に内容が狂気的だった。雫、そしてクラスメイトさえ、顔を青ざめていく。
「園部優花さえ殺せば、ハジメ君は私のモノになる。後、ハジメ君にくっ付いているあの女共も同じように殺して〜、ハジメ君と二人で愛を誓うんだぁ〜」
クラスメイトを淡々と言う香織に二人の女子生徒が声を上げた。
「白崎さん!優花を殺すって……」
「それにユエさん達も……」
それは、ハジメと優花の幼なじみである。妙子と奈々の二人であった。
「妙子ちゃん、奈々ちゃん……」
「白崎さん!貴女は間違っ「二人ってさ〜、遠藤君探してたよね?」……え」
「どう言う事、香織ちゃん?」
「遠藤君ってさぁ〜、少し実力もあって、光輝君と違って面倒臭かったんだよ〜。だから……メルド団長と一緒に殺しちゃった♡」
「「「「「「!」」」」」」
「「え……」」
「香織…嘘、よね?」
香織の言葉にクラスメイト達が反応し、幼なじみの二人は大切な幼なじみの死に唖然として顔を青ざめさせていく。雫は香織の言葉を嘘だと願う。
「あれ〜、香織もう言うの〜?もう少しサプライズ感覚で言おうと思ったのにな〜」
しかし、恵理の言葉でその願いが潰えた。
「浩介が……死んだ?」
「浩ちんが……ふぇ、グズッ」
妙子は絶望とした表情となり、奈々は泣き出す。そんな二人をクスクスと笑いながらそう語る香織と恵理に、雫は、まさかと思いながら、ふと頭をよぎった推測を口からこぼす。
「…まさか…っ…大結界が簡単に…破られたのは……」
「アハハ、気がついた? そう、僕だよ。彼等を使って大結界のアーティファクトを壊してもらったんだ」
「流石っ、雫ちゃん」
雫の最悪の推測は当たっていたらしい。魔人族が王都近郊まで侵攻できた理由までは思い至らなかったが、大結界が簡単に破られたのは恵里と香織の仕業だったようだ。二人の視線が、彼女の傍らに幽鬼のように佇む騎士や兵士達を面白げに見ている事から、彼等にやらせたのだろう。
「君達を殺しちゃったら、もう王国にいられないし……だからね、魔人族とコンタクトをとって、王都への手引きと異世界人の殺害、お人形にした騎士団の献上を材料に魔人領に入れてもらって、僕と光輝くん。香織と南雲だけを放っておいてもらうことにしたんだぁ」
「馬鹿な…魔人族と連絡なんて……」
「それが……出来たんだよね〜。恵理ちゃん」
二人の発言の衝撃からどうにか持ち直し、信じられないと言った表情で呟く。二人は自分達とずっと一緒に王宮で鍛錬していたのだ。大結界の中に魔人族が入れない以上、コンタクトを取るなんて不可能だと、恵里を信じたい気持ちから拙い反論をする。
しかし恵里は、そんな希望をあっさり打ち砕く。
「香織が言ったように、【オルクス大迷宮】で襲ってきた魔人族の男の人。帰り際にちょちょいと、降霊術でね? 予想通り、魔人族が回収に来て、そこで使わせてもらったんだ。あの事件は、流石に肝が冷えたね。何とか殺されないように迎合しようとしたら却下されちゃうし……思わず、降霊術も使っちゃったし……怪しまれたくないから降霊術は使えないっていう印象を持たせておきたかったんだけどねぇ……まぁ、結果オーライって感じだったけど……」
恵里の言葉通り、彼女は魔人族の男に降霊術を施して、帰還しない事で彼を探しに来るであろう魔人族にメッセージを残したのである。フリード達がウィリスの死の真相を知っていたのはそういうわけだ。なお、魔人族からの連絡は適当な〝人間〟の死体を利用している。
恵里の話を聞き、彼女の降霊術を思い出して雫が唯でさえ血の気を失って青白い顔を更に青ざめさせた。
降霊術は死亡対象の残留思念に作用する魔法である。それを十全に使えることを秘匿したかったということは、実際は完璧に使えるということ。であるならば、雫達を包囲する幽鬼のような兵士や騎士、そして、自分を抑えるニアの様子から考えれば最悪の答えが出る。
「彼等の…様子が…おかしいのは……」
「もっちろん降霊術だよ~。既に、みんな死んでま~す。アハハハハハハ!」
「ホントにこの数を殺すのは大変だったよね〜」
雫は、もたらされた二人の非情な解答にギリッと歯を食いしばり、必死の反論をした。
「……嘘よ…降霊術じゃあ…受け答えなんて……できるはず…ない!」
「そこはホラ、僕の実力? 降霊術に、生前の記憶と思考パターンを付加して、ある程度だけど受け答えが出来るようにしたんだよ。僕流オリジナル降霊術〝縛魂〟ってところかな? ああ、それでも違和感はありありだよね~。一日でやりきれる事じゃなかったし、そこは僕も香織もどうしたものかと悩んでいたんだけどぉ……ある日、協力を申し出てくれた人がいてね。銀髪の綺麗な人。計画がバレているのは驚いたし、一瞬、色々覚悟も決めたんだけど……その時点で告発してないのは確かだったし、信用はできないけど取り敢えず利用はできるかなぁ~って、まぁ…その代償に協力者の檜山が死んだけど〜」
「残念だったよね〜」
ホント、焦ったよぉ~と、かいてもいない汗を拭うふりをする恵里に賛同する香織。おそらく、その過程にも色々あったのだろうが、そんなことはおくびにも出さない。
「!、じゃ、じゃあ…檜山君は……もう」
「はいっ、檜山は、もう死んでますっ! アハハッ!」
「大介が……」
二人の話で檜山も死んだと知るとクラスメイト達は更に顔を青ざめていくが、恵理はスルーして言葉を続ける。
「実際、国王まで側近の異変をスルーしてくれたんだから凄いよね? 代わりに危ない薬でもキメてる人みたいになってたけど。まぁ、そのおかげで一気に計画を早める事ができたんだ。くふふ、大丈夫! 皆の死は無駄にしないから。ちゃ~んと、再利用して魔人族の人達に使ってもらえるようにするからね!」
本来、降霊術とは残留思念に作用して、そこから死者の生前の意思を汲み取ったり、残留思念を魔力でコーティングして実体を持たせた上で術者の意のままに動かしたり、あるいは遺体に憑依させて動かしたり出来る術である。
その性能は当然、生前に比べれば劣化するし、思考能力など持たないので術者が指示しないと動かない。もちろん、〝攻撃し続けろ〟などと継続性のある命令をすれば、細かな指示がなくとも動き続ける事は可能だ。
つまり、ホセが普通に雫達と会話していたような事は、思考能力がない以上、降霊術では不可能なはずなのだ。それを違和感を覚える程度で実現できたのは、恵里のいう〝縛魂〟という術が、魂魄から対象の記憶や思考パターンを抜き取り、遺体に付加できる術だからである。
これは言ってみれば魂への干渉だ。すなわち恵里は末端も末端ではあるが、自力で神代魔法の領域に手をかけたのである。まさにチート、降霊術が苦手などとよく言ったもので、その研鑽と天才級の才能は驚愕に値するものだ。あるいは凄まじいまでの妄執が原動力なのかもしれない。
ちなみに恵里が即座にクラスメイト達を殺さないのは、この〝縛魂〟が、死亡直後に一人ずつにしか使用できないからである。
「ぐぅ……止めるんだ…恵里!香織! そんな事をすれば……俺は……」
「僕等を許さない? アハハ、そう言うと思ったよ。光輝くんは優しいからね。それに、ゴミは掃除してもいくらでも出てくるし……だから、光輝くんもちゃんと〝縛魂〟して、僕だけの光輝くんにしてあげるからね? 他の誰も見ない、僕だけを見つめて、僕の望んだ通りの言葉をくれる! 僕だけの光輝くん! あぁ、あぁ! 想像するだけでイってしまいそうだよ!」
「光輝君に言われてもな〜」
恍惚とした表情で自分を抱きしめながら身悶える恵里と何も感じてない表情をする香織。そこに、穏やかで気配り上手な図書委員の女の子と二大女神の一人の面影は皆無だった。クラスメイト達は思う。彼女達は狂っていると。〝縛魂〟は、降霊術よりも死者の使い勝手を良くしただけで術者の傀儡、人形であることに変わりはない。それが分かっていて、なお、そんな光輝を望むなど正気とは思えなかった。
「嘘だ……嘘だよ! ぅ…エリリンとカオリンが、二人が…っ…こんなことするわけない! ……きっと…何か…そう…操られているだけなんだよ! っ…目を覚まして二人共!」
「そうよっ! 鈴の言う通りよっ!恵理、香織っ!今なら戻ってこれるわっ!」
二人の親友である鈴と雫が痛みに表情を歪め、苦痛に喘ぎながらも声を張り上げた。その手は二人のもとへ行こうとでもしているかのように地面をガリガリと引っ掻いている。恵理と香織は、顔を見合わせ二人の自分達を信じる言葉とその真っ直ぐな眼差しにニッコリと笑みを向けた。そして、おもむろに一番近くに倒れていた近藤礼一のもとへ歩み寄りながら喋る。
「ねぇ、鈴? ありがとね? 日本でもこっちでも、光輝くんの傍にいるのに君はとっても便利だったよ?」
「……え?」
「参るよね?光輝くんの傍にいるのは雫と香織って空気が蔓延しちゃってさ。不用意に近づくと、他の女共に目付けられちゃうし……向こうじゃ何の力もなかったから、嵌めたり自滅させたりするのは時間かかるんだよ。その点、鈴の存在はありがたかったよ。馬鹿丸出しで何しても微笑ましく思ってもらえるもんね? 光輝くん達の輪に入っても誰も咎めないもの。だから、〝谷村鈴の親友〟っていうポジションは、ホントに便利だったよ。おかげで、向こうでも自然と光輝くんの傍に居られたし、異世界に来ても同じパーティーにも入れたし……うん、ほ~んと鈴って便利だった! だから、ありがと!」
「……あ、う、あ……」
衝撃的な恵里の告白に、鈴の中で何かがガラガラと崩れる音が響いた。親友と築いてきたあらゆるものが、ずっと信じて来たものが幻想だったと思い知らされた鈴。その瞳から現実逃避でもするように光が消える。
「恵里っ! あなたはっ!」
「まぁ、感謝は良いとして……じゃぁね近藤」
「バイバイ〜、近藤君〜」
近藤の傍に歩み寄った二人は、何をされるのか察して恐怖に震える近藤に向かって再び、ニッコリと笑みを向けた。光輝達が、「よせぇ!」「やめろぉ!」と制止の声を上げる。そして、恵理が剣を心臓に向けて突き刺そうとした時だった。
「目眩しだっ、〝シャイン〟!」
「クルルッ!」
その大声に反応して一体の黄色の鳥型の魔物が鳴き声した直後、恵理と香織の前で、体を発光させた。
「キャッ!」
「……っ?! チッ……そういえば居たねぇ、面倒臭いのがもう一人。……ねえ、清水?」
発光中に近藤は自分で転がりながら二人から離れ、発光が終わると恵理はある人物を睨む。
それは………
「へっ……従魔を仕込んでて良かったぜ」
闇術師の清水幸利だった。
「……恵理ちゃん」
「分かってる。清水を先に殺す。殺れ」
香織と恵理は目を細めながら、清水の近くにいる騎士に指示をする。指示された騎士は清水を殺す為、動き出す。
「はっ!俺は南雲やあの人達に恩があるっ、 先生にも。だから俺はまだ死ねない約束したからなっ!だからこの状況を覆すプレゼントをお前達に用意したっ!」
「何、御託言ってんの?さっさと死ねよ」
清水の言葉に恵理は無視して、さっさと殺せと指示する。騎士は剣を清水に突き立てようとした時だった。
「俺が何時、従魔が一体だけだと思ったか? 〝インビジブル〟!〝不可視〟を解除しろっ! そして、頼みましたっ、二人共!〝ガルル〟!」
「ゲロロォン」
ザッ!
「「おうっ!」」
「ガルゥッ!」
ガキィィィィン!
「なっ?!」
「何で生きて……」
清水の叫びと同時に清水の懐から出たカメレオンのような魔物が鳴く。その瞬間、清水の周りの空間が歪み二人の声と獣の鳴き声が聞こえる。そして、清水を殺そうとした騎士の剣が弾かれ、少し大きい魔物に襲われてしまい倒れてしまう。そして、香織と恵理はその騎士の一振を弾いた二人の人物に驚愕した。
妙子と奈々は、その人物達の一人を見て、絶望から喜びに変わる。
「浩介……アンタねぇ!生きてんなら声をかけなさいよっ、馬鹿!」
「浩ちん!よがっだっよ〜」
「メルド団長!」
「メルドさん!」
「確かに死んだ筈……」
「何で、何で、何で 生きてんだよっ! 遠藤! 団長!」
妙子と奈々、雫と光輝は喜びの表情を見せ、香織は戸惑い、恵理は叫ぶ。そう、目の前にいるのは二人は使徒との戦いで、恵理と香織の話で死んだとされた……
「白崎さん…いや白崎、そして中村……もう、てめぇ等の好きにさせねぇぞ……」
「カオリ、エリ……お前達はやり過ぎた。これは俺の指導者としての責任がある。……が、お前達も相応の罰を受けて貰うぞ」
小太刀とサングラスを構える〝深淵卿〟遠藤浩介と、騎士剣とはまた違う翡翠の輝きを持つ剣を手に持った王国騎士団団長メルド・ロギンスの二人だった……。
編集しました。七月三十日
愛子はハーレムに入れるか入れないか
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いる
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いらない