魔人族の侵攻の後、ハイリヒ王国は大変な後処理が行われていた。
中村恵里に傀儡兵化されていた兵士は五百人規模に上り、広場にいてハジメにミンチにされてしまった約三百人を除けば姿を消したようだ。おそらく、アルヴの命令でフリードが作っていた対軍用ゲートで一緒に魔人族の領土に行ったのだろう。
後の調査でわかったことだが、王都の近郊に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔法陣が地中の浅いところに作られていたようで、それがフリードの対軍用空間転移の秘密だったようだ。
また、国王を含む重鎮達は、恵里の傀儡兵により殺害されており、現在はハイリヒ王国国王の座は空席になっている。混乱が収まるまではリリアーナと、無事だった王妃ルルアリアが王都復興の陣頭指揮を取るようだ。おそらく一段落ついて落ち着いたら、同じく無事だったランデル殿下が即位することになるだろう。
一番、混乱に拍車を掛けているのは聖教教会からの音沙汰がないことだ。
王都が大変なことになっているというのに、戦時中も戦後も一切姿を見せない聖教教会に不安や不信感が広がり、【神山】から教会関係が降りて来ないことを不審に思って、当然、確かめに行こうとする者は多かった。しかし、王都の復興やその他もろもろのやらねばならない事が多すぎて、とても標高八千メートルを登山できる者などいなかった。ちなみに直通のリフトはハジメ達が停止させているので、地道な登山しか総本山に辿り着く方法がない。
そうして色々なことが判明しつつ、魔人族の襲撃と手痛い仲間の裏切りや死から五日が経った。
香織と恵里の二人と仲が良かった鈴は言わずもがな、その妄執と狂気がクラスメイトにもたらした傷は深かった。そして、檜山の死に、いつも一緒だった近藤と中野や斎藤は引きこもりがちになっている。
そんな心身共に深い傷を負った光輝達は、リリアーナ達の王都復興に力を貸しながらも、立ち直るために療養しつつ、あの日から姿を見せないハジメ達の事をチラチラと考えていた。
前線組や愛ちゃん護衛隊のメンバーはハジメの実力を知っていたつもりだが、光輝達が一斉に立ち向かっても歯が立たなかった魔王アルヴを圧倒し、そして光の柱で大軍を殲滅したような圧倒的な力までは知らず、改めて隔絶した力の差を感じて思うところが多々あった。
光輝達ですらそうなのだから、居残り組にとっては衝撃的な出来事だった。帰還したメンバーからハジメの生存や実力のことは聞いていたが、実際のハジメの凄まじさは、自分達の理解が万分の一にも達していなかったことを思い知ったのだ。誰も彼もハジメの事や優花の事、ハジメの仲間の事が気になって仕方ないのである。
そして、それが顕著なのが雫だった。やるべき事はしっかりやっているのだが、ふとした時に遠い目をして心ここにあらずといった様子になるのだ。雫は心から信頼していた親友の裏切り、そして仲の良かった友が親友の裏切りで死ぬ羽目になってしまい、憔悴してるのがわかる。優花の事を想っているのだろうということは誰の目にも明らかで、優花が死んだところを目撃していたクラスメイト達はどう接すればいいのか分からずにいた。
しかし、そんなクラスメイト達と違って、ハジメと優花の幼なじみ三人はずっと訓練や復興の手伝いをしている。幼なじみが胸を貫かれたのに雫みたいに憔悴しておらず、三人共、ハジメならなんとかなると心から絶大な信頼を置いているからだ。
ハジメと雫達の会話から、何やら優花が戻ってくるようなことを言っていたが、死者蘇生など本当に出来るのか半信半疑どころか無理だとしか思えなかったので、安易な慰めも出来なかったのだ。
よもや恵里のように生きた人形にでもするのではないかと邪推し、その場合、雫を更に傷つけることになるのは容易に想像が付くため、特に光輝などは露骨にハジメ達を警戒していた。
光輝自身も二度に渡って何も出来ずハジメに救われたという事実と、大切な幼なじみの香織の裏切りに相当落ち込んでおり、自分とハジメの差や、操られて魔人族に連れていかれた香織(光輝の中ではそういう認識)も相まって、魔人族もそうだが、ハジメに対していい感情も持てていなかった。
それが、いわゆる〝嫉妬〟であるとは、光輝自身自覚がない。仮に気が付いたとしても認めることは容易ではないだろう。認めて、その上で前に進めるか、やはりご都合解釈で目を逸らすか……光輝次第だろう。
光輝も雫も、そんな様子で明るいとは言えず、龍太郎は脳筋なので頼りにならず、クラスメイト達は全体的に沈んでいたが、クラス全体が沈みきらず、王都復興に向けて動けているのは、ひとえにメルドの存在あってだろう。
メルドは流石は王国騎士団団長と言うべきか生き残った兵士、騎士達を再編成及びまとめあげ、早急に王都の復興にあたりながら、裏切りで落ち込むクラスメイト達も励まし一人一人鼓舞していった。
メルド自身、自分がもう少し“虚ろ”を警戒していたらこんな事はなかっただろうと内心自分を責めていた。
そんな風に生徒達はそれぞれ心に重りをこびり付けたまま、今日も今日とて王都復興のためにメルドとリリアーナの手伝いをしていた。
本日は王国騎士団の再編成を行うため、練兵場にて各隊の隊長職選抜を行っていた。ちなみに新たな騎士団副団長の名はクゼリー・レイル。女性の騎士でリリアーナの付きの元近衛騎士である。
「お疲れ様でした。光輝さん」
選抜試験における模擬戦で、騎士達の相手を務めていた光輝が練兵場の端で汗を拭っていると、そんな労いの言葉が響いた。光輝がそちらに視線を向けると、リリアーナが微笑みながらやって来るところだった。
「いや、これくらいどうってことないよ。……リリィの方こそ、ここ最近ほとんど寝てないんじゃないか? ほんとにお疲れ様だよ」
光輝が苦笑いで返すとリリアーナもまた苦笑いを浮かべた。お互いここ数日、碌に眠る時間が取れていないのだ。もっとも睡眠時間が削れている理由は、二人では全く違うのだが。
「今は寝ている暇なんてありませんからね。……死傷者、遺族への対応、倒壊した建物の処理、行方不明者の確認、外壁と大結界の補修、各方面への連絡と対応、周辺の調査と兵の配備、再編成……大変ですが、やらねばならないことばかりです。泣き言を言っても仕方ありません。お母様も分担して下さってますし、まだまだ大丈夫ですよ。……本当に辛いのは大切な人や財産を失った民なのですから……」
「それを言ったら、リリィだって……」
光輝はリリアーナの言葉に、彼女もまた父親であるエリヒド国王を失っていることを指摘しようとしたが、言っても仕方のないことだと口をつぐんだ。リリィは光輝の気持ちを察してもう一度「大丈夫ですよ」と儚げに微笑むと、話題を転換した。
「雫の様子はどうですか?」
「……変わらないな。普段はいつも通りの雫だけど、気が付けばずっと上を見上げてるよ」
そう言って光輝は、練兵場の中央でクゼリーと話をしている雫に視線を転じた。
二人はリリアーナを通して友人関係にあることもあり、かなり親しげな様子で何やら編成のことで議論しているようだ。しかし、ふと会話が途切れた時など、自然と視線が上、つまり【神山】の頂上付近に向いているのがよくわかる。
「ハジメさん達を……待っているのですね」
「そうだね。……正直、南雲のことは余り…信用できない…雫には会って欲しくないと思ってるんだけどね……」
リリアーナは少し驚いたような表情で雫から光輝に視線を戻した。光輝の表情は何とも複雑な色を宿しており、内心が言葉通りだけでないことは明らかだった。嫉妬、猜疑、恐怖、自負、感謝、反感、焦燥その他にも様々な感情が入り混じって飽和しているような、表現しがたい表情だった。
リリアーナは光輝にかけるべき言葉を見つけられず、ハジメ達がいるであろう【神山】の頂上を仰ぎ見た。
空は快晴で、ほんの数日前には滅亡の危機に晒されていたとは思えないほど晴れ晴れとしている。そんな空模様に何となく能天気さを感じて、少し恨めしい気持ちを抱いたリリアーナはジト目を空に向けた。
と、その時、何やら空に黒い点が複数見え始めた。訝しそうに目を細めたリリアーナだったが、その黒い点が徐々に大きくなっていくことに気がつき、何かが落ちて来ているのだとわかると慌てて傍らの光輝を呼んだ。
「こ、光輝さん! あれっ! 何か落ちて来ていませんかぁ!」
「へ? いきなり何を……っ、皆ぁ! 気をつけろ! 上から何か来るぞぉ!」
リリアーナの剣幕に驚いた光輝だったが、促されて向けた視線の先に確かに空から何かが落ちて来ているのを確認して「すわっ、敵襲かっ!」と焦燥を表情に浮かべて大声で警告を発した。
雫達が慌てて練兵場の中央から光輝達の傍に退避したのと、それらが練兵場に降り立ったのは同時だった。
ズドォオン!! そんな地響きを立てながら墜落じみた着地を決めて、もうもうと舞う砂埃の中から姿を現したのは……ユエ、シア、ティオ、アレス、そしてアレスにお姫様抱っこをされながら、抱えられていた愛子の五人だった。
「愛子先生!」
「「愛ちゃん先生!」」
真っ先に雫と妙子、奈々が飛び出す。ハジメの言葉通り、信じて待っていたのだ。勢い余るのも仕方ないだろう。しかし、愛子達の中にハジメと優花の姿がないことから徐々にその表情に不安の影が差し始める。
「うぅ………神山から飛び降りるのはもう……嫌。……って八重樫さん、皆さん!」
「先生? 二人は? なぜ、南雲君と優花がいないの?」
「そうですよっ先生! ハジメと優花は?!」
「ユウカっちは無事なんですか?!」
愛子は神山から初ダイビングで目を回すが直に治り、クラスメイト達が元気にしてるのを見て嬉しそうに表情が緩むが、三人の怒涛の質問がくる。
愛子はいきなりの質問で慌てるが、代わりに愛子を支えていたアレスが三人を落ち着かせるように答える。
「そんなに慌てなくても、安心してください。お嬢様方」
「えっ……貴方は?」
「まぁ、私のことなど後程説明しますのでは……ほら、あちらを見てください」
雫達は初対面のアレスに戸惑うも、アレスの言葉に従って上を見上げる。それに釣られて妙子や奈々、クラスメイト達も騎士団も見上げる。
見上げた先、そこには少し恥ずかしそうにほんのりと顔を赤く染める優花をお姫様抱っこしながら、優雅に地上を降りているハジメの姿だった。そして、よく見ればハジメに抱えられている優花は地上の全員に向かって手を降っている。
そのまま、ゆっくりと地上へと着地したハジメは、抱えてる優花を地上へ下ろす。優花はハジメに「ありがと」と感謝を伝えながら地面に足を付けるとうるうると涙を溜める幼なじみ達や雫、クラスメイト達を見る。
そして、
「皆、五日ぶりかな?」
笑みを浮かべながら話しかける優花。その元気な姿に、
「優花!」
「ユウカっち〜!」
「ちょっ、二人共!?」
感極まった妙子と奈々の幼なじみ二人は優花の無事が分かると大粒の涙を流しながら優花に抱きついた。
「ひっぐ、ぐすっ、よかったぁ! よかったぁ!」
「びぇぇぇぇん!、ユウガァァ〜」
「二人共……ゴメンね心配させちゃって」
泣き始める二人に申し訳なく優花は二人を抱きしめる。二人も優花を抱き返す。すると、浩介が走って来ていた。全速力で走ってきたのだろう、息遣いも荒い。
浩介は優花達の傍まで、行くと両手を膝の上に置いて「ふぅー」と一息つくと優花に話し掛ける。
「流石ハジメだな……でも、園部…本当に良かった。俺……」
「浩介、大丈夫だから。ほらっ」
浩介は自分がアルヴに何も出来ずに優花を殺され、自分の実力不足に悔やんでいたが、長年幼なじみをやってる優花は浩介の心情を察したのか「私、生きてるぜっ」と親指をグッと立てる。
「ハハッ、何だよそれ……ありがとな」
浩介は優花は自分を励まそうとしてるんだと分かり、嬉しさで泣きそうになるが、笑って誤魔化すのに専念する。
そんな、久しぶりの再会で誰もが微笑んでいる中、一人の人物が優花の方へ歩み寄った。
「……優花」
「…雫」
雫は抱きついてきた二人と浩介とは雰囲気が少し違っていた。それは申し訳なさと後悔みたいな感情が優花は雫から感じ取った。
「優花……その香織のせいで、私があの子を……ちゃんと見てれば……ほ、ホントに…」
「違う!あれは雫のせい…「アレは八重樫のせいじゃねぇだろ?」……ハジメ」
雫は香織のことをちゃんと見ていなかった自分に非があると優花に謝ろうとするのを優花は止めようとしたがそれよりも早くハジメが前に出て雫の言葉を否定する。
「な、南雲君……」
「だが、確かにお前の親友は裏切って、優花を殺した原因の一人なのは変わらねぇ」
「……ッ!」
「おいっ、南雲っ!香織は操られてるだけだ! それに雫になんて事を言うんだ謝っ……「黙れよ。今、アホ勇者とは話すことは一つもねぇよ」…なっ!? アホだとっ…南雲!」
ハジメは雫に皆が敢えて言わないでいた香織の裏切りが優花が殺される(今は復活した)原因になった一端だと淡々と告げる。その言葉に雫の表情は今にも泣きそうで、ギュッと自分の服を握り締めていた。そこに光輝が激昂するが、ハジメは一言でバッサリと切り捨て無視する。
雫は現実を受け止めている。しかし、もう心が壊れそうになっていた。だって、今まで自分の心を支えていた親友が裏切ったなのだから……
「南雲君……そうよね。恵理に協力をした香織も王都を滅茶苦茶にした一人よね……でも、私どうしたら…「なら、止めてやれば良い」……ぇ?」
雫はそれでも平静を保とうと口元を震わせながら話すも、自分でもどうすれば良いか分からなくなってきた。その時、雫の言葉をハジメが遮った。
「私が……香織を……?」
「あぁ……白崎は今後も何かをやらかすだろう。あんなクソ神共と一緒に行動を共にしているしな。でも、それでお前の心が痛むなんら止めれば良いさ。戦って、勝って、説教して……そして白崎の親友としていれば良いじゃねぇか?」
「……南雲君」
「俺は今でも中村と白崎のした事は絶対に許さねぇ……でも、お前が白崎を止めたいと言うなら力を貸すよ。
そう言いながら、ハジメは優しく雫の頭に右手を乗せる。
「だから、今は何も背負わなくて良い。八重樫も女の子だ。泣きたい時は泣け。そしたら、何時かお前に寄り添ってくれる奴が現れるだろうしな」
雫はその言葉を聞いた瞬間、ハジメを見る。それは自分を心配して、優しい表情で自分を励ましてくれる彼の姿が……
「(ああ、やっぱり……貴方はいつも私をこうして元気付けてくれるのね……)」
そう……また、あの時みたいに………
「な、なぐ…も、君…私……ひっぐ、ぐすっ、うわぁぁぁん!」
「おっ!……ったく、こんなに溜め込んでたのかよ苦労人め……まぁ、今回は俺が受け止めといてやるよ」
雫はハジメの言葉で何かが肩から落ちた気がした。それと同時に耐えていた涙が溢れ出てしまい、自分の頭を撫でていたハジメに抱きつき、大声をだしながら涙を流す。そんな初めて見る雫の姿にハジメは戸惑いながらも笑って、優しく雫の頭を撫でながら宥るのであった。
そんな二人の光景を見ていた優花達は……
「……優花、良いのアレ?」
「そうですよぉー。私もハジメさんにあんなふうに抱きついて撫でて貰いたいですぅ〜」
「いや、シア……今はそんなことを言う状況じゃないじゃろ?羨ましいのは分かるのじゃが……」
「そうだよ。ホントに良いの優花?」
「ハジメっちが取られるかもよ〜?」
「取られるって……まぁちょぴり羨ましいけど、今は雫が元気にならないとね(なんで……私達の恋人はあんなに無自覚天然誑し野郎なんだろ?)」
抱きついて泣く雫を頭を撫でながら宥めるハジメを見て羨ましがる恋人達と、優花を心配する幼なじみの二人に優花は少しあの光景を〝嫉妬〟しながらも、しょうがないなぁ困ったような笑みを浮かべながらハジメの姿を見つめる。
「良いなぁ……シズク」
「リリィもハジメ殿に構って貰えば良いのでは?」
「ムッ……何年経っても、兄様は乙女心がわかってませんね!」
「乙女心って……」
羨ましいそうに見てる可愛い妹分に「自分も行ってみたらどうだ?」と言うと、何故か乙女心がわかってないと怒られ頭を傾げるアレス。
「南雲っ!雫を「いや、今は構うなよ」……っ遠藤!」
「そうだぜ〜、天乃河ぁ」
「清水……君もかっ!」
光輝があの空間に入ろうとするのを止める浩介と清水。
こんなやり取りがあり、誰もが唖然呆然としているなか、しばらくの間、晴れ渡った練兵場に温かさ優しさに満ちた泣き声が響き渡っていた。
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「あ、ありがとう…南雲君。でも…それで、一体、どうやって優花を生き返らせたの?」
盛大に泣きはらしたせいで目元を真っ赤に染めて、恋人でもない(しかも相手は友達の恋人)男に抱きつきながら泣いてしまったせいで、頬も同じくらい羞恥で真っ赤に染めた雫が、照れを隠すようにそっぽを向いたまま事情説明を求めた。
場所は練兵場から移動して現在は光輝達が普段食事処として使用している大部屋だ。雫に対して、優花の状態の説明をするのに、取り敢えず落ち着いた場所でとリリアーナに促されたのだ。なお、この場には雫だけでなく、クラスメイト全員と愛子、リリアーナとメルドが同席している。
「そうだな……簡潔にいうと、魔法で優花の魂魄を保護して、傷は再生魔法で塞いだんだ」
「なるほど……全然わからないわ」
ハジメの簡潔すぎる説明に雫がジト目を送る。その眼差しには明らかに「説明する気あんのか? あぁ?」という剣呑さが潜むが、しかしハジメと目が合うと顔を赤く染まってしまい俯いてしまう雫。だが、ハジメのやる気ゼロな説明に呆れた表情をしながら優花がハジメの頭を軽く小突いて代わりに説明する。
「ハジメの代わりに私が説明するわ……雫。今、私達が使ってる魔法が神代と呼ばれる時代の魔法の劣化版だってことは知ってるわね?」
「……ええ。この世界の歴史なら少し勉強したもの。この世界の創世神話に出てくる魔法でしょ? 今の属性魔法と異なってもっと根本的な理に作用でき……待って。もしかして、そういうこと? 南雲君達は神代魔法を持っていて、それは魂魄……人の魂というものに干渉できる力ってこと? それで、死んだ優花の魂魄を保護して、穴が開いた体も再生させたのね?」
「正解よ。流石、雫」
雫の頭の回転の早さに笑みを浮かべる優花。ハジメも前から分かっていたことだが、内心、改めて感心していた。
「でも、どうして五日も掛かったの?ユエさんとかもいるなら、もう少し早く終わると思うのだけど……」
「まぁ……八重樫の言う通り、優花の治療は三日で終わることができた」
魂魄魔法は魂魄の固定と定着を行うことで擬似的に不老不死を実現できるというぶっ飛んだ神代魔法だ。
〝固定〟とは、死ぬことで霧散してしまう魂魄に干渉して霧散・劣化しないよう保存する魔法で、最初、ティオと愛子が優花に施したのはこれである。死亡から数分以内でないと効果がないので、二人が間に合ったのは幸運だった。
「じゃあ、どうして……残りの二日は?」
「そうよ……三日で優花は治ったんでしょ?」
「……優花の手に入れた新たな力を慣らす為に模擬戦とかを少々な」
「模擬戦?」
「えっ、どゆこと?」
「二人共、落ち着いて。ちゃんと説明するから」
身を乗り出す雫と妙子を落ち着かせながら優花が続きを話す。
「まぁ……見た方が早いよね。見せても良い、ハジメ?」
「まぁ……直に知ることになるしな。良いぞ」
「えっ? ちょっとどう言うこ……「〝天使化〟」…えっ?」
雫と妙子、そして優花の能力を知らないこの場にいる誰もが目を見開いて言葉を詰まらせた。
そこには……
「えっとぉーー、私が少し魂魄状態の時にある方から貰った力の〝天使化〟です……」
両方の人差し指同士をツンツンと苦笑いしながら喋る。優花の姿は髪は赤みがかかった栗色の髪から美しい銀髪に変わり、背中にはまるで天使といえるぐらい美しい純白の白い翼が生えていたのだった。
「これが優花が手に入れた能力でな。まぁ、療養も兼ねて能力の確認をしながら俺たちは模擬戦してたんだよ」
ハジメは説明を続けるが突然の出来事に誰もが唖然として声が出せない状況だった。しかし、ある二人の人物が口を開く。
「なぁ……ハジメ、今の園部の姿が滅茶苦茶、あの時の〝神の使徒〟だっけ? 似てんだけど」
「あぁ、本当に似ている。その神々しさ、あの時の感じを思い出す。ハジメ、説明を頼む。 まあ、しかしだが、俺としては其処にいる男のことも気になるがな……」
「………」
それは以前は負けたものの、神の使徒と戦った浩介とメルドの二人だった。それもそうだろう。今の優花の姿はあまりにも使徒の姿と似ているからだろう。
しかし、メルドの方は優花のことも気になっているだろうが、それより彼はハジメ達側の席に座るアレスに視線を向ける。そして視線を向けられてる当のアレスは少し「うっ」となるも、黙秘を貫いていた。
沈黙が続く中、雫は、スッと表情を真剣なものに変えてハジメ達の方を向き姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「南雲君、ユエさん、シアさん、ティオさん。優花。今回は私の親友がごめんなさい。貴方達にはまた大きな借りが出来てしまって……返せるアテはないけど…今度こそは私が絶対、香織を止めるわ」
「……相変わらず律儀な奴だな。まぁ、あんまり気にすんな。俺は大切な恋人を助けただけだ。それに、また変に溜め込むと心が壊れるぞ?」
ハジメの非常に軽い対応に、雫は苦笑いを見せる。優花だけでなく自分達も救われているのだ。それも命を二度も。自分達の窮地を救ったことさえ、きっとハジメにとっては大切な存在を守る為だけだと言うその余りの差にもはや笑うしかなく、ハジメを見てると鼓動が止まない心境だった。
そして、何となく平然とした態度をする彼に憎らしくもあったので雫は唇を尖らせて指摘する。
「……その割には、私のことも気遣ってくれたし、光輝と龍太郎のために秘薬もくれたわね?」
「それは、八重樫が壊れちまったら、このクラスは崩壊するだろ? それは御免だからな」
「ほ、崩壊って、アナタ…ねぇ……」
微妙な空気が漂い始め、敏感に察した雫が、雰囲気を戻す意味も込めて話を続ける。聞きたいことは山ほどあるのだ。
「あの日、先生が攫われた日に、先生が話そうとしていたことを聞いてもいいかしら? それはきっと、南雲君達が神代の魔法なんてものを取得している事とそして、優花のその姿にも関係があるのよね?」
ハジメは雫の言葉を受けて愛子に視線を向ける。説明しろと無言の圧力が愛子にかかった。愛子はコホンッと咳払いを一つすると、ハジメから聞いたクソ神共の話とハジメ達の旅の目的を話し、そして、自分が攫われた事や王都侵攻時の総本山での出来事を話し出した。
全てを聞き終わり、真っ先に声を張り上げたのは光輝だった。
「なんだよ、それ。じゃあ、俺達は、神様達の掌の上で踊っていただけだっていうのか? なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会したときに伝えることは出来ただろう!」
非難するような眼差しと声音に、しかし、ハジメは面倒そうにチラリと光輝を見ただけで何も答えない。無視だった。その態度に、光輝がガタッ!と音を立てて席を立ち、ハジメに敵意を漲らせる。
「何とか言ったらどうなんだ! お前が、もっと早く教えてくれていれば!」
「ちょっと、光輝!」
諌める雫の言葉も聞かず、いきり立つ光輝にハジメは五月蝿そうに眉をしかめると、盛大に溜息をついて面倒くさそうな視線を光輝に向けた。
「俺がそれを言って、お前、信じたのかよ?」
「なんだと?」
「どうせ、思い込みとご都合解釈大好きなお前のことだ。大多数の人間が信じているクソ神は死んでいて、そのクソ神より強力なクソ神共が俺達を駒として此処に呼んだと言われた挙句、お前のしていることは無意味だって俺から言われれば、信じないどころか、むしろ、俺を非難したんじゃないか? その光景が俺の目にはっきりと浮かぶよ」
「だ、だけど、何度もきちんと説明してくれれば……」
「アホか。なんで俺が、わざわざお前等のために骨を折らなけりゃならないんだよ? まさか、俺がクラスメイトだから、自分達に力を貸すのは当然とか思ってないよな? 俺は自分の力は大切な為にしか使わない……あんまふざけたことばっか言ってっと……
永久凍土の如き冷めた眼差しで睥睨するハジメに、クラスメイト達は、恐怖のあまりさっと目を逸らす。
だが、光輝だけは納得できないようで未だ厳しい眼差しをハジメに向けている。ハジメの隣で優花が、そしてユエ達は二度も救われておいて何だその態度はと言いたげな目を向けているが光輝は気が付いていない。
「でも、これから一緒に神と戦うなら……」
「待て待て、勇者(笑)。俺がいつお前達と協力してクソ神共と戦うんだよ。神は俺の獲物だし、今のお前達はただの足手纏い、要するに邪魔だ」
その言葉に、光輝は目を大きく見開く。
「なっ?! 邪魔って、俺は勇者だぞっ!この世界でも相当な実力を持っているんだぞ! それを南雲っ!お前は足手纏いと言うのかっ!」
「あぁ……特にご都合解釈を加速させてる自意識過剰勇者なんかといたら寧ろ邪魔にしかならねぇよ……」
「南雲、貴様ァッ!」
「ちょっと!聖剣はダメよっ 光輝!」
光輝が吠えるが、ハジメには届かない。ハジメは、まるで路傍の石を見るような眼差を光輝に向ける。それに完全にキレたのか光輝は腰に携えた聖剣を抜こうとする。それを見て雫は光輝を止めようとするが、光輝の動きの方が一拍早く、聖剣を抜きる直前だった。
「……っ!?」
しかし、光輝は抜くことはなかった……いや、やめさせられたのだ。何故なら一瞬で、自分のすぐ目の前に、ほんの数ミリの距離に槍の矛先が突きつけられているからだ。
「これが、今代の勇者ですか……手記に書いている人物像と違い過ぎて、失望ですよ。全く」
突きつけている人物はずっと沈黙を貫いていた人物……それは、〝元〟王国最強の神官アレスだった。そして、言葉を続ける。
「この世界を甘く見るなよ……ガキ風情が」
それも、アレスの光輝を見る目はハジメ達と接する時のような優しい眼差しじゃなく、ゴミを見るような絶対零度の眼差しであるのだった……。
編集しました。七月三十一日
愛子はハーレムに入れるか入れないか
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いる
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いらない