Rest In Peace   作:砂糖ノ塊

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初めましての方は初めまして。そうでないかたはお久しぶりです。砂糖ノ塊です。

前々からの目標であったオリジナル長編です。

頑張ります。

それでは本編、どうぞ。



1:出会いと悲しみの村

 昔々あるところに、二人の少女がいました。

 

 互いに教会に拾われた孤児だった二人は、まるで姉妹のように仲が良く、とても楽しい毎日を過ごしていました。

 

 たとえ本当の家族がいなくても、少女たちは幸せでした。

 

 ですがそんな幸せは長くは続きません。

 

 ある日少女の片方が病気で倒れてしまったのです。

 

 もう一人の少女は必死で祈りました。

 

 「神様おねがいします、どうかあの子を助けてください」

 

 何度も何度も、

 

 昼も夜もなく、

 

 必死で、必死で、必死で、

 

 少女は祈り続けました。

 

 しかしどれだけ祈っても、少女の神様には届きません。

 

 やがて病気で眠っていた少女は、目を覚まさなくなりました。

 

 それでも少女は祈り続けます。

 

 もう、それしか少女に出来ることがなかったのです。

 

 そして長い年月が過ぎて、

 

 遂に少女の祈りは届きました。

 

 

 

 

 

 神ではなく、悪魔に。

 

 

 

 

 

 〜【人界歴666年・セルトグラへ村】〜

 

「ふぅ……よし、今日の掃除もこのくらいでいいかな」

 

 その日、僕はいつものように村の離れたところにある古びた教会の掃除をしていた。

 

 ボロボロの壁に生えた苔を取り除き、カビの生えたひび割れた床を磨く。一日も欠かしたことのない僕の日課だ。

 

「あとは……」

 

 さっき綺麗にしたばかりの床に跪き、目をつむって両手を合わせる。

 

 僕が祈るのは一体の女神像。

 

 もう顔も半分欠けてるし、他のパーツだってところどころ無いけれど……

 

 それでも僕は祈る。

 

「神様お願いします。どうか……どうか…………」

 

 雨の降り続けるこの村の教会で、僕はひたすらに祈り続ける。

 

「この雨を、止ませてください」

 

 だって、僕にはそれしかできないから。

 

「……本当にいつまで降るんだろ、この雨」

 

 ガラスの割れた小窓の外は今日も雨がしとしと降っている。

 

「こんなにずっと降られると嫌になっちゃうよ……」

 

 "ずっと"正確に言うなら僕がこの教会で記憶喪失になって倒れていたあの日から。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕には青空の記憶が無い。

 

 きっともう村の誰も、空の青さを鮮明に思い出すことはできないだろう。

 

「はぁ……」

 

 ため息をついて空を見上げてみても、そこに広がっているのはどんよりとした灰色の雲だけ。

 

「……そろそろ帰るか」

 

 持ってきた傘をさして村へと帰ろうと教会の外に出たその時。

 

「え……」

 

 僕は彼女と出会った。

 

 いつにも増して大降りの雨の中、教会の外で傘もささずにこちらを向いて立っている彼女と。

 

 見る限り僕よりも年上で、触れたら壊れてしまいそうな繊細な雰囲気を纏った女性だった。

 

 周囲の風景に溶け込まない真っ黒な修道服。

 

 対照的に、この仄暗い雨の日に溶け込む様な、灰色の長髪。

 

 生気が宿っていないような白い肌と、この空と同じ色をした灰色の目。

 

 そんな彼女の灰色の瞳に見つめられ、僕はまるで金縛りにでもあったかのようにその場に固まってしまった。

 

「…………」

「…………」

 

 沈黙の中、雨の音だけがその空間を支配している。

 

「(ど、どうすれば……)」

 

 声をかけてみようか? しかしなんと声をかければよいのか? まず"アレ"は声をかけていい存在なのか?

 

 もしかしたら、幽霊とかそういう類の……

 

ゅん

 

 なんか喋った! 聞き取れなかったけど!

 

「(多分……生きてる人だ。でも何でこんなとこに……)」

…………ん

 

 ダメだ。また何か言ったみたいだけど全然聞き取れない。

 

 仕方ない……こうなったらこっちから声を……

 

「あの……大丈夫ですか……?」

「…………」

「……?」

 

 教会の中から声をかけてみるが返事がない。

 

 あれ……聞こえなかったのかな?

 

「その格好、修道女(シスター)の方ですよね? どうしてこんなところに……」

「へ……」

「へ?」

 

 

 

「くしゅん」

 

 

 

「…………」

「…………」

 

 それは彼女の冷たく怪しげな雰囲気とは正反対の、なんとも可愛らしいくしゃみだった。

 

「あ!」

 

 そういえばこの人びしょ濡れじゃん!

 

「ちょ、ちょっとあなた傘はどうしたんですか!?」

「…………ありません」

「えぇ!?」

 

 僕は急いで持ってきた傘を彼女に差し出した。

 

「と、とりあえずこれ使ってください! あともう少し行ったところに僕の村がありますから一緒に行きましょう!」

「いえ……私は……」

「そんなにずぶ濡れじゃ風邪ひいちゃいますよ!」

 

 そうして僕は無理矢理彼女を自分の村に連れ帰ることにした。

 

 これが僕と彼女の最初の出会いだ。

 

 もしも、この時僕が彼女に傘を差し出さなかったら……

 

 きっと何も始まらなかっただろう。

 

 

 

 

 

 〜【セルトグリヘ村】〜

 

 パチパチと音を立てる暖炉が、雨で冷えた僕の体を暖める。

 

「なるほどねぇー、それで連れ帰ってきたわけかい。グリフ」

「……ごめんなさい、キャンベラおばさん」

 

 僕は彼女を村へと連れ帰り、事の経緯をこの家の主であるキャンベラおばさんに説明した。

 

「いや別に責めてるわけじゃないけどさ。何というか……」

「…………」

「こりゃまた随分と濡れ鼠なこった。待ってな今着替え持ってくるから」

「その前にタオルか何かがいると思います!」

「あぁそうだね。それじゃあ……」

 

「ただいまー……ってえぇ!?」

 

「何でこんな立地最悪、国の果ての果て、辺境も辺境、山と森ばっかで良いとこなしの村に修道女(シスター)が……!」

「ミゲルさん、ここ自分たちの村ですよ。言ってて悲しくならないんですか……」

 

 外から帰ってきたなり大声で驚いたのは、キャンベラおばさんの息子のミゲルさんだ。

 

「お、丁度いいとこに帰ってきたねミゲル。お客さんにタオルを持ってきな!」

「え、てかこれどういう状況!?」

「グリフが連れてきたんだよ! いいからさっさと行きな!」

「はぁ!?」

「あはは……」

「グリフ! あんたもずぶ濡れじゃないか! さっさと着替えてきな!」

「は、はい!」

 

 相変わらず仲がいい親子だ。でもミゲルさんが戸惑うのも無理はない。後でちゃんと説明しなきゃ。

 

「ほれ、タオル持ってきたぞ」

「ありがとうございます」

 

 ミゲルさんからタオルを受け取って、彼女は不自然なくらいゆっくりとその灰色の髪を拭き始めた。

 

「(さっきも思ったけど、この人はどうしてあんなとこにいたんだろう?それにこの人何か変だ。さっきからずっと何かを気にしてるような……)」

 

「──の……あの……」

「あ、はい! 何です……かあああ!?」

 

 彼女の声に呼ばれ視線をあげると、目と鼻の先に人形のように白く整った彼女の顔があった。

 

「近い! 近いですよ!!」

「呼びかけても返事が無かったので」

 

 思わず後ろに飛び退く。どうやら僕よりも背の高い彼女は少し屈んでこちらの目線に合わせてくれたみたいだ。

 

「(って何を冷静に分析してるんだ僕は! もう少しで鼻先が触れ合っちゃうくらいの距離だったぞ!!)」

 

 や、やっぱりこの人変だ……何というか、言葉で上手く言い表せない違和感が全身から溢れ出している。

 

「あの」

「な、何ですか」

 

 今度は少し距離を取って話し始める。

 

「ここまで連れてきてくれてありがとうございます」

 

 そう言うと彼女は礼儀正しく深々と頭を下げた。

 

「あ、どういたしまして……」

「改めまして、私の名前はスオンといいます。以後お見知りおきを」

 

 そういえばここまで急だったからお互いに自己紹介もしてなかったな……

 

「僕はグリフです。よろしくおねがいします」

「グリフ……さん」

「"さん"はいらないですよ。多分、というか絶対に僕の方が年下ですから」

「分かりました。それではグリフと呼ばさせていただきます」

「…………」

「どうかしましたか」

「いや、何でもないです」

「そうですか」

 

 この人の違和感の正体が少しずつ掴めてきた気がする。

 

「(話し方がちょっと変……)」

 

 ちょっと変というか、彼女の発する言葉、そのどれもに感情がこもっていない。

 

 抑揚の無い完璧な棒読み。表情だってずっと無表情のまま。まるで感情のない人形を相手している気分だ。

 

「着替え持ってきたよ」

「ありがとうございます」

「おばちゃんの服でごめんねー」

「いえ、気にしませんので」

 

 そう言ってキャンベラおばさんから着替えを受け取ると、おもむろに自分の着ている修道服に手をかけた。

 

「ちょ、何やってるんですか!」

「何って……着替えようと」

「向こうで着替えてきてください!」

「分かりました」

 

 もう……ホントに何なんだあの人は……!

 

「はぁ……何かすごい疲れた……」

「……ねぇグリフ」

「はい?」

「あの修道女(シスター)、やっぱり少し変じゃないかい?」

 

 キャンベラおばさんがそう言うのも当然だろう。僕だってずっとそう思ってる。

 

「それにアイツのあの格好、どう見ても教会の修道女(シスター)だろ? 俺より若いってのも気になるが……それより、何でデカい都市にいるような人間がこんな辺境の村に来るんだよ」

「…………分かりません」

 

 ミゲルさんの言う通りだ。

 

 本来、修道女(シスター)というのは大きな都市、王都なんかの教会に仕える人のことだ。こんな国の最果ての村へ来るなんておかしい。

 

「……何か、ここに来る理由があるんだと思います」

「理由?」

「この村に何があるって言うんだよ。マジで山と森しかないぜ?」

「それは…………」

 

 教会の修道女(シスター)がこんな村に来る理由……

 

「悪魔……とか」

 

「なっ……!」

「や、やめておくれよグリフ! 縁起でもない……」

「ですよね……ごめんなさい」

 

 こんな辺境の村に悪魔なんて……そんなことあるはずがない。

 

 でも…………

 

「大丈夫ですよね……きっと僕の勘違いですよね……?」

「ああ! そうに決まってる!」

「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ」

 

 明るく笑う二人の笑顔は、いつも僕を元気づけてくれる。

 

 この村にいる人たちの優しさに、僕は救われた。

 

 もし……もしも、悪魔がこの村にいたとしても、今度は僕が皆を守らなきゃ……!

 

「どうかされましたか」

「何でもな……ってまた近いですよ!」

「そうでしょうか」

「もうちょっと距離感を考えてください! あと早く着替えてきてください!」

 

 話を聞いていたのか、ビショビショの修道服のままシスター・スオンは目の前に立っていた。

 

「なぁ、あんた」

 

 僕らの間にミゲルさんが割り込んでくる。

 

 僕が『悪魔』という単語を出してしまたっからか、心なしか少し警戒しているようだ。

 

「確かスオンさんとか言ったよな?」

「はい」

「俺の名前はミゲル。単刀直入に聞くが、あんた修道女(シスター)なんだろ?」

「一応は」

 

 一応……?

 

「その修道女(シスター)がこんな村に何の用で来たんだよ」

「ちょっとミゲル」

 

 ミゲルさんの言い方はだいぶ荒っぽいけれど、この人が怪しいということは確かだ。

 

「この村ではずっと雨が振り続けていると聞きました。そうですよね」

「……あぁ」

「それは悪魔の仕業です」

 

 悪魔。

 

 人には扱うことのできない"魔法"を操り、人間に災いをもたらす異形の者たち。

 

 僕らに向かって、彼女は抑揚の無い声で断言した。

 

「私はそれを退治しに来ました」

 

 僕はその言葉に、諦めかけていた希望を見出した。

 

 この雨を終わりに出来る。

 

 七年間、村の皆を苦しめてきた雨を。

 

 やっと青空が見られるんだ……!

 

「……この雨が悪魔の仕業だっていう確証があるのか?」

「グリフ、この雨がどのくらい前から降っているか分かりますか?」

「え、えっと……」

「七年前。ちょうどこの子があんたのいた教会で倒れてた時からだよ」

 

 僕の代わりにキャンベラおばさんが答えた。

 

「倒れていた……」

「あぁ、この子はね。七年前より昔の記憶が無いんだ」

「本当ですか、グリフ」

「…………はい」

 

 どうやら僕があの教会で倒れていた時にはすでに雨が降り始めていたらしい。

 

 僕にはその辺りの記憶もあやふやになってしまっている。事実、僕が目を覚ました場所もキャンベラおばさんの家だった。

 

「確かに僕は記憶喪失です。親の顔も名前も知りません。ただ『自分は"グリフ"という名前の人間だ』ということしか、僕は覚えてません」

 

 ずっと……僕の中は空っぽだ。

 

「もしかして、僕が記憶喪失になったのも、この雨が止まないのも、全部悪魔の仕業なんですか……?」

「グリフの記憶については何とも言えませんが、七年間も雨が降り続けているのは明らかに異常事態です」

「そして先程の質問の答えですが、このような天変地異を起こせるのは悪魔の使う魔法以外に考えられません」

「で、でもよ……俺たちは七年間で一度もそんな悪魔に遭遇したことないぜ?」

 

 こんな小さな村だ。悪魔が出たとなれば村中大騒ぎになるだろう。

 

「悪魔の中には人間に取り憑くものもいます」

 

「人間に取り憑き、身体を乗っ取って、まるで人間のように振る舞い周囲を騙す……"悪魔憑き"と呼ばれる者たちです」

 

 え……それって……

 

「この村の誰かに、悪魔が取り憑いている可能性が高いということです」

「な……!」

 

 この村はとても小さい村だ。だからこそ皆が助け合って暮らしている。

 

 僕だって目が覚めてからの七年間、村の人たちにはたくさんお世話になった。

 

 でも……この村の人たちの中に悪魔が紛れてる……?

 

 そんな……そんなのって……

 

「いい加減にしやがれ!!」

 

 そう怒鳴るとミゲルさんは彼女に掴みかかった。

 

「他所から急にやってきて『俺らの中に悪魔が紛れてる』だ!? 適当なこと言ってんじゃねぇぞテメェ!!」

「ちょっとミゲル! やめなさい!」

「適当ではありません。第一おかしいとは思いませんか? 七年間も雨が降り続けているなんて──」

「そんなの……もう慣れちまったってだけだ! 雨が降るなら降るなりに俺たちは支え合って生きてきたんだよ!!」

「そこが異常だと言っているんです」

 

 怒りをあらわにするミゲルさんに対して、全く怯むことなく続ける。

 

 まるで恐怖という感情そのものが欠落してるみたいに。

 

「なぜ七年間も雨が降っていて、この村の人たちは生きているのでしょうか」

「は……?」

 

「もし今日のような大雨が七年もの間続いているのなら、こんな小さな村、すぐに水没してしまうでしょう」

 

「それだけじゃありません。土砂災害、食糧危機、他にも多くの問題が発生します。そんな環境で人間が生きていける訳がない」

 

「ではどうやって、あなたたちは『支え合って生きて』これたのでしょうか」

 

 淡々と続く彼女の言葉を遮ることが出来る人はもうこの場にいなかった。

 

「考えられる可能性は二つ」

 

「一つ。悪魔が村の誰かに化け、この雨を魔法によってもたらしている」

 

「つまり今降っているこの雨が、ただの雨ではなく悪魔の魔法だということです」

 

「しかし、通常、悪魔の使う魔法というものは一度発動しただけでここまで長期間に渡って継続しません」

 

「この村で雨を降らせ続けない限りは」

 

 彼女はまるで感情が無いかのように淡々と説明をしていった。

 

「だから、村人に紛れてずっと雨を降らせているってことですか……?」

「その通りです。グリフ」

 

 ……理にかなっている、気がする。

 

 でも何でそんなことを……この村に雨を降らせ続けて、一体悪魔に何の得が……

 

「グリフ、こいつの言うことを真に受けないほうがいいぞ」

「え?」

「この女、何を企んでるか知らねぇが悪魔だ何だって言って俺たちをたぶらかす気だ」

 

 ミゲルさんは僕の肩を痛いくらい強く掴んで離さない。

 

「大体、あいつは何であんな使われてない教会にいたんだよ! 悪魔がいるんだとしたらあいつがその悪魔でもおかしくないじゃねぇか!」

「ミゲル……さん……?」

 

 あ、あれ……?

 

「グリフ? おい聞いてんのか!」

 

 おかしい……だって……だって…………

 

「ミゲルさん」

 

 

 

 

 

「どうしてこの人が教会にいた事を知ってるんですか……?」

 

 

 

 

 

 「貴様のその願い、叶えてやろう」

 

 悪魔は少女に言います。

 

 「だがな、命を生き返らせるにはそれなりの代償が必要になる」

 

 「貴様は命の代償に、何を差し出す?」

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