「あの、クローバーさん?」
「っ!?」
こちらに振り返る彼は、目を大きく見開き心底驚いた顔をしていた。
「こんなところでどうしたんですか?」
「なんでも、ない」
気まずそうに視線を地面へと向け、腰を下ろしたクローバーさん。僕も同じように彼の隣に座った。
「パキラさんのこと、出迎えてあげないんですか?」
「…………行く。けど」
「けど?」
「パキラ姉さん、せっかく『お姉様』に会えたから、邪魔したら、悪い」
『お姉様』……あぁ、シスターのことか。
「『お姉様』は、パキラ姉さんの憧れ。昔から、よく、話してくれた」
「二人ともとても仲が良さそうですからね」
「俺は、会ったこと、なかった、けど、あの人の話を、するときは、姉さんはいつも嬉しそう。だから、俺も楽しい」
ふとクローバーさんの顔が曇る。
「でも、その後には、決まって悲しそうな顔する。だから、俺も悲しい」
「悲しそうな顔……」
ふとシスターに出会えて号泣するパキラさんの顔が思い浮かんだ。
「『自分には何も出来なかった』って、すごい悔しそう」
「『目の前で家族がいなくなるのを、止められなかった自分が嫌い』って」
その言葉は、僕の胸の奥の暗い部分にも突き刺さった。
目の前で家族が、大切な人たちが徐々に悪魔に殺されていったことを、僕は何一つ知らなかった。
何も出来なかった。
最後の、最期まで。
「俺は、パキラ姉さんが、好き」
「うぇ!? あ、ん!?」
急に愛の告白!?
「パキラ姉さんは、俺を助けて、くれた」
「俺が欲しかったものを、たくさんくれた。家族も、家も、名前も、俺には、無かった」
「この包帯だって、姉さんが巻いてくれた」
嬉しそうに頭の包帯に手をやる。
「そう……なんですね」
ここにいる人たちは皆孤児。経緯は知らないけど、おそらく全員が幸せな半生を送ってきたとはいかないだろう。
「グリフは、"奴隷"って、知ってる?」
「"奴隷"……確かサンナ王国の南にある国で今でも容認されてるっていう……」
「そう、俺は、昔奴隷だった」
昔、本で読んだだけの知識だが、奴隷というのは低賃金かつ劣悪環境で強制的に働かされているらしい。
人身売買、人間の価値をお金で換算し取引される。このサンナ王国内ではもちろん禁止だ。
事情は様々だが、親に棄てられたり、返しきれない借金があったり、そういうやむを得ない理由で人は奴隷になる。いや、させられる。
「奴隷ってそう簡単に抜け出せるものじゃないはずですけど、ブロッサム教会がクローバーさんを買ったってことですか?」
「たぶん、違う。パキラ姉さんが、『来る?』って聞いたから、だから俺は、ここにいる」
……奴隷強奪なんて、とんでもない事なのではないか?
「俺は、パキラ姉さんに、救われた。パキラ姉さんが笑っていると、俺も笑顔になれる。あの人には、ずっと笑っていて欲しい」
「クローバーさん……」
この人は、とても一途だ。
本当に一途にパキラさんのことを思っている。
……この人の助けになりたいと思うのは、おかしなことだろうか?
「だから、グリフにも手伝って欲しい」
「っ! 僕に……ですか?」
一瞬、心を読まれたのかと思って驚いたが、多分そんなことは無いだろう。
「ダメか……?」
「……僕に出来ることなら」
「ありがとう……! グリフは良い人だ……!」
僕の手を取り、子供のように喜ぶクローバーさん。
途切れ途切れの言葉でも、彼がとても喜んでくれているのは容易に理解できた。
「それで、僕は何をすれば?」
「友達、になって欲しい。パキラ姉さんの、友達に」
「パキラさんの?」
「姉さんは、今よりもっと小さい頃に、神の加護が発現したみたい、だから、その時の友達、皆離れていった」
「どうして離れていったんですか?」
「加護の力は、特別な力。人は自分たちの理解できない存在を、恐れ、遠ざける」
「だから…………」
「余計な気遣いはいらないわ」
気がつくと目の前にシスター……に抱きついているパキラさんが立っていた。
「どこに行ったかと思ったら、ここにいたんですかグリフ」
「シスターこそ、まだ捕まってたんですね」
「言い方が悪いわよアンタ」
これは憧れとかもうそういう次元じゃないぞ。"依存"と言っても差し支えないレベルだ。
「パキラ姉さん」
「アンタって子は……何をコソコソしてるのかと思えば、そんなくだらないことを客人に相談してんじゃないわよ」
「くだらないこと、じゃない。大事なこと」
しばらくの間クローバーさんとパキラさんの睨み合いが続いた。
「はぁ……まったく、頑固ねアンタ」
諦めたように溜息をつき、今度は僕の方へ向き直る。
「まぁ? アタシの可愛い弟からの頼みだし? アンタがどうしてもって言うなら友達になってあげてもいいわよ?」
照れくさそうに、けれどどこか嬉しそうに、二つに結んだ金髪の片方を指でクルクルといじるパキラさん。
「グリフ、姉さんは、恥ずかしがってるだけ」
「あ、それは何となく分かります」
「ちょっと!?」
僕もいつまでも座ってる訳にはいかないので、立ち上がって僕よりほんの少し背の高いパキラさんと目線を合わせる。
「……で? アンタはどうしたいの?」
少し不安げにそう尋ねるパキラさん。
彼女はさっき、クローバーさんに「頑固だ」と言ったけれど、この人も充分頑固で素直じゃない。
「何笑ってんのよ」
「え? あ、ごめんなさい」
どうやら無意識のうちに笑みが零れてしまっていたらしい。
これ以上機嫌を悪くさせない方がいい。
「あの、じゃあよろしくお──」
「しょうがないわね! そこまで言うなら友達になってあげてもいいわ!!」
「…………」
まだ言いきってない……けどまぁいっか。
「姉さん、よかった」
「アンタは心配しすぎよ! そしてグリフ!」
「は、はい?」
「改めてよろしく頼むわ! 友達として!」
「はい! よろしくお願い……」
あれ? 友達だからもう少しくだけた口調の方がいいのか?
「これからよろしく! パキラちゃん!」
手を差し出し、出来る限り笑顔で僕は握手を求めた。
その一方で、パキラちゃんは口をポカーンと開けている。
「……ちゃん付けされるあの赤頭巾の気持ちが分かった気がする」
分かりたくもなかったけど、そんな嫌味を言いながら、彼女は僕の手をとった。
「それとクローバーさんも」
「俺、も?」
「ほら、せっかくこうやって知り合えたんですし、この街のこととか、教会のこととかもっと教えて欲しいですから!」
「…………うん。ありがとう」
座ったままの自分に差し出された手を、彼は少し躊躇いげに、けれどしっかりと握りしめた。
「クローバー、でしたね。私からもお礼を言わせてください」
「私は自分の都合でパキラや家族の側にいることができませんでした。彼女たちには寂しい思いや不安な思いをさせたと思います。だから……」
「妹の側に居てくれてありがとう」
相変わらずの無表情で、感謝の言葉にも感情はこもっていなかったが、シスターの気持ちは確かに伝わっているようだった。
「どう、いたしまして、で、いいのかな」
「ほら! いつまでもへたりこんでんじゃないわよ! 立ちなさい!」
「あっ」
パキラちゃんに言われ、クローバーさんはようやく立ち上がった。
「それとねクローバー。アンタ、久しぶりにお姉様に会えたアタシに気を使ってこんなとこに隠れていたみたいだけれど、余計な気を回しすぎだわ」
「……ごめん」
「久しぶりにアタシが帰ってきたのよ? 弟のアンタが誰よりも先に出迎えないでどうするのよ!」
「ごめん……」
「背筋伸ばしてもっと堂々としてなさい!」
パンパンとクローバーさんを叩いてから、思い切り威張るような仕草をしてパキラちゃんは言い放った。
「アンタはなんてったってこのアタシ、『銃天使』パキラの弟なんだから!」
そう言い切る姿には、シスターと離れ離れになり不安と後悔で泣いていた女の子なんてどこにも見当たらない。
「うん、ありがとう」
どこまでも自信に満ち溢れた、弟想いの天使の姿だった。
「そういえばクローバーさんっていくつなんですか? 明らかに僕とパキラちゃんより上な気がするんですが」
「確か、十八? よく、分かってないけど」
「身長も僕より全然大きいですし……」
「な、何よ、何なのよその目は!」
「パキラちゃんって傍から見たらお姉さんというよりかは」
妹に見える。と言い終えるよりも先に──
「教会に入ったのは私のが先だから私が『お姉さん』なの!!」
怒られてしまった。かなりの声量で。
「俺も、それが、いい。弟、がいい」
「ほらね!?」
「ほらねって……」
「まったく、失礼しちゃうわ! それに! アタシのお姉様はロゼお姉様とマリーお姉様だけ……っ」
「え?」
マリーお姉様?
「マリー……? そんな人、いない、気がする」
「クローバーさんでも知らない人なんですか?」
「え、えぇ……その……」
言い淀んでしまったパキラちゃん。やってしまったというような表情でシスターを見る。
「マリーは私の親友です」
「あ、そうなんですね。じゃあ後で挨拶しに行かないと」
「もういません」
……もういない?
「それは、教会を出ていったってことですか? それともシスターみたいに破門にされた──」
「死にました」
あまりに自然に、無感情にそう言うから、聞き返すことすらできずにその場に立ち止まった。
少し前を行くシスターが、こちらを振り返ってもう一度告げる。
先程クローバーさんへ感謝の言葉と同じように。感情の無い言葉で。
「マリーゴールドは七年前に死にました」
〜【???】〜
「さぁ……時は来た!」
「目標は王都ブルーティカス! 及びブロッサム教会!!」
「皆の者! 今こそ復讐の時だ!! あの忌々しい人間どもを残らず踏み潰せ!!」
ウ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ !!!!!
「『